遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-155.マジュヌーン(88)静寂の主 -最後にひとつ

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「これはこれは……ご無事で何より」
「ああ、そうだな。肝心な時にてめえらの姿が見えなくなッてた割にはな」
 久しぶりに見たそのトカゲづらに、俺は内心の苛立たしさを隠すこともできず悪態をつく。
 
「ええ、その点においては、我らも苦々しく思っております。
 既に予言もあり、裏切り者の存在も予見されていたにも関わらず……なんとも全てが後手に回ってしまいました」
 
 身体の調子はまだ万全じゃない。それでも無理矢理この“闇の手”の聖域にまで押し掛けたのは、コイツらに嫌味を言うためでも当たり散らすためでもねぇ。
 だが、今、アルアジルの吐いた言葉は聞き捨てならねぇ。
 
「───おい、そりゃどう言った意味だ?」
「よもやお忘れではありますまい? 我らに下された予言の言葉……、まさにその通りの結末が訪れたのですから」
 
 予言であり預言。
 “導きの声の伝え手”であるアルアジルが、かつて俺に話したそれは、確かこんな言葉だ。
 
『───西より立ち昇りし暗雲。“漆黒の竜巻”が静かに嵐への予兆を携えて来るだろう。
 山の頂の玉座は荒れ、暴威と奸計と裏切りの果てに、岩と丘に囲まれし町は火の渦へと巻き込まれ燃え落ちる。
 妖しき仮面の裏には卑小なる魂。捜し人の選択を誤れば、多くの命が失われ、多くの悲嘆が生まれ出る』

 俺はそれを、ルチアの依頼で受けたサーフラジルでのリカトリジオスの内通者探しだと思い、それを解決した事でスッカリ忘れていた。
 
 だが……。
 
「我らはこの予言……特に“妖しき仮面の奥には卑小なる魂”という部分を、私同様、王の影シャーイダールの仮面を持つ何者かのことを指していると、そう解釈しておりました。
 しかし、或いは、と。その仮面とは、比喩としての仮面ではないか? と、そう考え直してみたのです。つまり……表向き見せているのとは異なる、裏の顔を持つ者……その前の段落でも示されていた裏切り者と。
 そしてその予想は……当たりでした」
 
 アラークブ……。
 俺と同時期に“砂漠の咆哮”への入団試験を受けたが、能力はあるのにも関わらず最終試験には落ちる。
 その後、カリブルと従者契約をして各地で歴戦を重ねる。斥候隠密上手で、目立たず活動することが得意。
 そして奴がカリブルに対して持っていた忠誠心、信頼……それ自体は本物だったろう。
 だがそれでも……それは俺たちに見せていた表向きの顔だ。
 
 過去の、ここ最近の出来事がパパパと繋がる。
 サーフラジルでの山火事は、まさしく火の渦へと巻き込まれる様そのもので、加えてそれは、“砂伏せ”に猛き岩山ジャバルサフィサ、その他のリカトリジオスからの避難民を受け入れて、もはやただの農場と言うよりは小さな町とも呼べる程になってた俺たちの農場そのものとも言える。
 また今回もある意味では、事の始まり、発端には図らずも“漆黒の竜巻”ルチアも関わっている。
 
 つまり俺たちは完全に……「捜し人の選択を誤った」事になる……。
 
「……糞ッ……! ふざけるなよな……!?」
 今度こそ本当の、腹の奥底からの悪態が口から出る。ずいぶん前から、俺は選択を誤っていた。その結果が今の有様だ。
 
「いえ、決してふざけてるワケではありません。我々は我々なりに調べては居たのです」
 
 その俺の悪態を自分への非難と受け取ったのか、アルアジルはそう話を続ける。
 
「結果として全て徒労に終わったのは悔恨の至り。しかし、ことここに至れば、彼らとて十全に役に立ってもらえることでしょう」
 
 何の話だ? そう訝しむ俺を無視し、アルアジルは奥にいた巨漢のアールゴーラ、ゴリラに似た猿獣人シマシーマのムスタへと合図を送る。
 それを受けたムスタは、洞窟を改築して作られただろう聖域の壁にある燭台の一つを握り、レバーのようにグイと引っ張り下げる。その仕掛けで、近くの岩壁がずずずと音を立てて横へとずれ、階下へと向かう階段が現れた。
 
「さあ、参りましょう」
 
 先導するのはムスタ。その後ろにアルアジルが続き、俺を促し、最後にはイカれた黒衣のダークエルフ、フォルトナ・ガルナハル。
 錬金薬師の蛙人ウェラナを除けば、俺が知ってる“闇の手”のフルメンバーだ。
 
 長く、曲がりくねった石の階段をしばらく降りると、ちょっとした体育館ぐらいの広さのホールに出る。
 到着した場所は、そのホールの周りをぐるり囲む2階席……といったところか。
 そこからさらに四カ所、下へと向かう階段が見え、そのウチ一つからさらに降る。
 
 他の区画同様に、魔法の灯火が灯されてそこそこ光源に不自由はない。だがそれでも薄暗い通路を進むと、次第に様々な気配が感じられてくる。
 
 そのいくつかは死体だ。そしていくつかは魔獣や魔物の類。
 だがそれよりも強く感じるのは、犬獣人リカート猫獣人バルーティ南方人ラハイシュ、或いはクトリア人やその他の獣人種……。
 つまりは、生きた人の気配、匂い。
 
「……何だここはよ?」
 無数の人の気配はするが、それは同時に血や糞尿、生気もなく病み衰えたかにも思える弱々しいもの。
 例えば病院、あるいは収容所。そういった場所の匂いであり気配だ。
 
「まずはこちらならば……覚えているのでは?」
 案内された先にはやはり予想通り、金属の格子に囲まれた牢獄。
 そしてその中の数人……ウチ一人はハッキリと覚えている。
 やや小柄で頭部のハゲかけた南方人ラハイシュの戦士。そう、バールシャムの河川交易組合の警備隊長であり、川賊達の頭目、偽グリロドと通じていた裏切り者のティドだ。
 
「この者はあの川賊の頭目と通じ、そしてその川賊の頭目は、リカトリジオスとも取り引きをしていました。
 ですので、何かしらの情報を引き出せぬものものかと、バールシャムの牢獄からさらい、尋問をしていました」
 
 バールシャム河川交易組合の組合長、キオンからティドの“脱獄”を告白されたのは最近のこと。
 内部からそうそう簡単には逃げ出せない厳重警備な事から、昔の川賊仲間が手引きしたのではないかなどと調査をしてみはみたが、何のことはない、奴をさらったのは“闇の手”だったという事か。
 あの降霊薬とやらでティドの“生き霊”を呼び出し、俺が尋問していたその最中、まさにこの地下深くの牢獄の中で、こいつらが本当の尋問をしていたってわけだ。
 
「こちらも同じく。色々と手を尽くしてはみましたが、やはり裏切り者のことなど知らぬ存ぜぬ」
 別の牢獄に閉じ込められてるのは猿獣人シマシーマ。巨漢のシャブラハディ族の司祭であり、“赤ら顔”ケルビの分離派教団にいた左司祭ハルトゥブと右司祭アシフに、それに従ってた僧兵、信者。
 
「彼らに至っては、まともなやり取りそのものが成立しませんでしたよ」
 “不死身”のタファカーリとその親衛隊、リカトリジオス兵士たち……。
 
 その他にも、どこかで見たことのあるような奴もいれば、全く見たことない奴らもいる。
 ただ皆一様に、衰え、疲れ、痛めつけられている……そんな様子だ。
 
 牢獄があり、また、別の区画に目を向ければ、手枷足枷に磔台。機械仕掛けのものや、針や棘が大量に生えているもの……いわゆる拷問部屋と思える場所もある。
 牢獄、拷問部屋……となりゃ、このホールの真ん中にある広い空間が何かッてのも、自ずと見えてくる。
 
「───で、お前らが集めて閉じ込め、拷問しても聞き出せなかった裏切り者……。そいつが誰かはもう分かってるし、もう何かを未然に防ぐこともできやしねぇ。
 今更になってこいつらの前に俺を連れてきて、一体何をさせようッてんだよ」
 
 その問いへの答えは、まさしく予想通りのもの。
 
「主様、あなたは“災厄の美妃”への供物があまりにも少なすぎますぞ」
「我らが“災厄の美妃”は貪欲だ。常に多くの魔力、多くの命を捧げ、その刃に喰らわせてやらねば、自在に操ることなど出来ぬ」
「そして我ら“闇の手”の役割の一つは、主殿が“災厄の美妃”へと捧ぐべき者達を選別し用意することにもあります。
 さて、いかがですかな? この者達は主殿にとって、それにかなう贄といえましょうか」
 
 ああ、そうかい、そうだろうな。
 あの時……俺に対しての殺意はなく、また魔力による“攻撃”も無かった。
 その状況でも“災厄の美妃”にお出まし願うには、捧げてきた供物、生け贄が全然足りなかった……。
 ああ、理屈は分かるぜ、その理屈はよ。
 
「───まず、薬だ。あの蛙人ウェラナの溜め込んで来た魔法薬の中から、治癒薬に……パワーを上げて闘いまくれるヤツを用意しろ。
 山ほどな」
 
 ▽ ▲ ▽
 
 ホールの中央の広い空間。
 その床は整えられた石畳で、そこかしこに血の跡や、破壊の痕跡が見て取れる。
 頭上から注ぐ光は魔法の【灯明】。炎のもたらす温かみのある光とはまた異なる、純粋な、青白い光に照らされて、俺はその中央からやや片側に寄った位置に立っている。
 その反対側。
 奥には例の牢獄が幾つもある通路から、ホールへと繋がる入り口の一つ。
 最初に現れたのは、軽装の革鎧を身につけた南方人ラハイシュの戦士ティドとその仲間の川賊達。
 それから、司祭服姿のシャブラハディに、仮面を外された死霊術師、リカトリジオスの兵装の犬獣人リカート達……。
  
 それぞれ一様に戸惑ったような、怯えたような表情に素振り。事情を飲み込めてる奴は多分ほとんど居ない。
 
 そして何より、先ほど与えられた薬により、拷問や牢獄での監禁により衰え痛めつけられた傷も体力もそこそこ癒え、さらには増強薬でパワーも上がってる。
 これだけの人数。徒党を組み脱走を図ろうとすれば出来そうなだけの数に体力。
 
「マジュヌーン……」
 真っ先に俺の存在に気付き、そう声をかけてくるのは“不死身”のタファカーリ。
 
「あ、ね、猫野郎……!? こら……何やっちゅうねん……!?」
 怯えと戸惑いと混乱を隠さないのはティド。
 
「……貴様が……我らを……解放したの……か?」
 左司祭ハルトゥブがそうある種の期待を込めたかにそう聞く。
 
「───半分当たりだ。
 だが、半分は違う」
 
 俺はそう、淡々と答える。
 
「怪我も治り、体力も回復した。十分動けるよな? そして、お前らお得意の武器もそこら辺に置いてある。勝手に拾って使え」
 
 ホールの隅には、連中が持ってたものや、それに似た武器類が置かれている。
 
「俺を殺せ。そうすればお前らは自由だ。あのトカゲづらやゴリラ達も、もう手出しはしねぇ。好きなところへ逃がしてやる」
 
 ざわめき、どよめき。
 
 そのさざ波のような声が反響し広がって、その中からまずは走り出した犬獣人リカート兵が壁際の手槍を拾うと、一斉に数本を投げつけて来る。
 それらをかわし、飛び上がって踏みつけると高く跳躍。懐の小さな投げナイフを、手槍を投げつけてきた“不死身”のタファカーリの親衛隊へと投げ返す。
 当然、例の毒が塗られたもの。
 
 その攻防の合間に、数人がまたわっと隅の武器へと走り、それを手にして向き直る。
 
 ティドの仲間の川賊を斬り伏せ、それを盾に“不死身”のタファカーリ親衛隊を押し退ける。そのまま返す刀で僧兵を突き刺して、横の二人も蹴り飛ばす。
 自分を守る盾となる僧兵が一蹴され、慌てた左司祭ハルトゥブがさほど大きくはない石飛礫を魔力で創り出し、離れた位置から放って来た。
 
 ああ、待ちわびたぜ。
 
 その魔力で創られた子供の拳大の石飛礫数個を、突如現れた真っ黒な曲がった刃がそれを弾き、そのまま粉へと変えて……吸収する。
 
「“災厄の美妃”……!!」
 
 恐ろしげに叫ぶ死霊術師。そうだな、コイツは最も間近でこの女のヤバさを体感している。そして純粋な魔術師である自分では、これには全く立ち向かうことが出来無いことも十分以上に知っている。
 コイツに勝てるとしたら、少なくとも一切の魔術を使わず、純粋に物理的な力勝負、または数で押し込むしかない。だからこの死霊術師は、今の今まで何もしていなかった。かつては王の影シャーイダールとまで呼ばれた邪術士にしちゃあ、随分と消極的な策だ。
 
 だが……これでもう枷は外された。
 こいつが現れる時の吐き気に悪寒も慣れたもの。右手に握りしめた黒い刃は、久しぶりの食事に歓喜の声をあげている。
 
「何や!? 何なんや!? 何なんやお前……!?」
 
「わ、我らの、神の恩寵が……!」
 
「やめてくれ……頼む……やめてくれ……やめてくれ……!」
 
 悲鳴、懇願、嗚咽、恐怖。
 様々な感情、様々な反応。
 それらを魔力とともに斬り伏せ、吸収し、命を食らって行く。
 
「マジュヌーン……」
 
 最後にそこに立って居るのは、“不死身”のタファカーリ。
 巨漢で筋肉質の身体に優れた戦闘能力。正面からまともに立ち会えば、当然俺など相手にならない。
 だが今は……“災厄の美妃”は多くの魔力、多くの生命を食らった悦びに震え、歓喜の歌を高らかに唄っている。
 奪った魔力を力とする“災厄の美妃”の、チャージしたパワーは膨大だ。
 
「……それほどの力……何故、我ら獣人の為に使わん……?」
 
 今更な問い。
 
「貴様もクトリアの邪術士により隷属させられていた、家畜小屋生まれであろう?
 俺もそうだ。部族ごと帝国人どもに連れ去られ、奴隷とされ、多くの仲間を失った。
 我らの無念、我らの敵……それは人間どもだ!!
 その力をもって、クトリアの……そして帝国の人間どもを、嬲り殺し、すりつぶし、今度こそは奴ら全てを奴隷にしてやる事こそ……我らの使命であり悲願ではないか……!?」
 
 “不死身”のタファカーリ。
 奴隷の境遇から逃れ、多くの死地から生還し、多くの同胞、仲間の死を経験してきた男。
 
「知ったこっちゃねぇぜ」
 
 俺はそうボソリと呟いて、右手の黒く歪な刃を振るい首を切り裂く。
 “災厄の美妃”は噴水のように飛び散る“不死身”のタファカーリの血を浴びて、さらに悦び悶えるかに震えた。
 
 ホールの中に残されたのは、夥しい死体と血の海。ティド、川賊、分離派の内通者、僧兵、リカトリジオス兵にの親衛隊、“不死身”のタファカーリ……。
 
 そして最後に残っているのは……。
 
「───言いてぇことはあるか?」
 
 そこに居るのは、他の誰よりもよく見知った小柄な姿……アナグマによく似た犬獣人リカート戦士、アラークブだ。
 アラークブはただホールの隅に座ったまま、先ほどの激しい戦闘の間もまるで意識すら無いかのように無反応だった。
 
 沈黙。意識的なもんじゃねぇ。ただ単に話すことも話したいことも何もない。そういう沈黙だ。
 俺は“災厄の美妃”を軽く弄んで一回転させ、それからピタリと、座り込んだアラークブの首筋へと当てる。
 それでも、アラークブの表情は変わらない。
 
 その虚無そのものを映し出したかのような目をしばらく見続ける。見続けたところで、やっぱり俺には何一つ読み取れやしねぇ。
 
 そのまま数分、数十分か。お互い変わらずに向き合っていると、ややあってようやくアラークブの口から言葉が漏れる。
 
「───愛していた」
 
 小さく、何の感情も浮き上がらないボソボソとした声。
 
「カリブルを、愛していた。
 部族も家族も、全てない。生まれたときから、リカトリジオスの戦奴。
 密命により、“砂漠の咆哮”へと潜入を命じられ、だが、あまり深く入ると目立つ事になる。
 だから、誰か有望な者に取り入り、従者となり、情報を探る……。
 最終試験は、そのために、あえて落ちた」
 
 ぼそぼそと続けられるアラークブの話は、やはり抑揚も感情も全てない。
 
「カリブルは、ちょうど良い目くらまし……。初めはそう思っていた」
 
 カリブルの名を口にして、僅かに声に熱がこもる。
 
「だが、彼と共に過ごし、闘い、夜と昼とを幾度となく越えて行くうちに……彼の過去に……魂に、誇り高き精神に……惹かれていった。
 彼の目的の為に働く事が、喜びとなった。
 彼と共に、リカトリジオスから彼らの部族を取り戻し、再興させる夢を見た……」
 
 浅く、粗い呼吸。
 
「───それが決して叶わぬものと知りながら、その夢の先にある未来を語り合った……」
 
 震えるのは恐れか後悔か。
 
「密命を帯びて潜入を続けるが、ワンゴボ閣下が失脚し、命を下す者が変わった。
 お前も知る男……シュー、あの男だ。
 
 あの男は、お前に執着していた。お前の情報や動向を特に知りたがった。
 そして……オレは、取り引きをした」
 
 それが、アラークブの“理由”だ。
 
「お前を引き渡す……。その代わり、カリブルと猛き岩山ジャバルサフィサたちを見逃して欲しい……と」
 
 だが、その取り引きはハナから守られる事はなかった。
 当然だ。俺への執着は個人的なもの。だが、リカトリジオス軍全体の方針、目的は、“砂漠の咆哮”とその中の反リカトリジオス勢力に打撃を与えること。
 どちらが優先されるかなんてのは火を見るより明らかだ。いや……少なくとも表向きは、リカトリジオスの方針を優先した……と思われるようにしなきゃならねぇ。
 
 アラークブにそれが理解できないワケはない。だがそれでも奴は……その一縷の望みに縋った。
 
 再びの沈黙。話し終えたアラークブは、それでもう全て終わったかとでも言うかに頭を垂れる。
 俺はその頭と首筋を見、それから一旦“災厄の美妃”を振り上げてから一閃。
 奴の顔の真ん中にまず斜めの傷を付けて、それから今度は逆方向から一太刀。

「……なッ……うぐぁッ……!?」
 
 吸収した闇の魔力をまとわりつかせた“災厄の美妃”は、バツの字に付けられた傷をまるでぶくぶくと泡立てるかのように腐敗させ始め、醜く爛れた大きな痕となる。元の顔も分からないほどに。
 
「何故、殺さん……!?」
「うるせえッ……!! この……死にたがり野郎が!!」
 まるで慈悲を乞うかに足元にすがりつくアラークブを、俺はしたたかに蹴り上げて床に転がす。
 
「てめぇのことなんか殺してやらねえよ。いいか、てめぇは愛する男を自分で死に追いやった愚かさを悔いながら、砂漠の中をのたうって生きろ!」
 奴の襟首を掴みあげ、俺はそう吐き捨てるように言い放つ。
 
「死んで楽になんかさせてやるもんか。てめぇはこれから一生、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて生きるんだよ!」
 
 その時初めて、俺はアラークブの顔に表情らしい表情が浮かんでるのを感じた。だがそれは、本当に奴のものだったのかどうかは、やはり分からねぇ。
 
「それからな、もしお前が誰かに会う事があったら、こう伝えろ───」

    
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