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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-153.マジュヌーン(86)静寂の主 -dog days
しおりを挟む三年ぶり。
言葉にすりゃあシンプルだ。中学卒業とともに別れて、高校卒業した後再開する。期間にすりゃあそんな話。
その三年ぶりの再会は、血と死体と火と煙に彩られ、お互いに見失っていた時間が一瞬にして無になるかのようだ。
「───見事だな、櫂……。いや、今はマジュヌーン……そう名乗ってるんだったか」
静かに、そして穏やかに、静修さんはそう言葉を続ける。
俺は押し黙り、ただひたすらに周りの気配を探る。
“不死身”のタファカーリの親衛隊にも似たガタイの良いリカトリジオス兵達に囲まれた静修さんは、それより一回り小さく、一見すりゃあ痩せて貧相にも見える。だが、その気配、佇まいは、決して小さなものじゃあねぇ。むしろその圧の強さだけで言うならば、周りの誰よりも……そう、リカトリジオス兵だけじゃなく、俺を含めた誰よりも大きな存在感を漂わせている。
マハとアスバルを捕らえて居た屈強なリカトリジオス兵が、合図を受けて二人を地に下ろす。
乱雑なその動作に思わず動きそうになるが、なんとか俺はその衝動を抑える。
「アンタは……シューって……呼ばせてるらしいな」
じわりと汗がにじむ感覚。
「ああ、大賀がいつも俺をシュウと呼んでたから、それでそう広まった。
だが、お前たちの真似をして、新たにこの世界での名を考えることにしたよ」
お前たち……つまり、俺だけじゃなくカシュ・ケンやダーヴェ、アスバルなんかのことも含めてだろう。
「アル・サメット」
聞いたこともない言葉。
「お前の名乗っているマジュヌーンは、あのアラビア人の言った言葉だろ? 精霊憑き……イカれた奴……。
俺のアル・サメットもアラビア語だ。意味は、静寂───」
静寂なる男……、シュー・アル・サメット……。
「……なら、その名前通り、大人しくここで終わり……てなワケにゃ……」
いかねぇのか……?
やや大げさに頭を振る静修さん……いや、アル・サメット。
「“砂漠の咆哮”の野営地は見事に壊滅してた。アンタのことだ。おそらく他の野営地だってかなりの打撃を受けてンだろうな。これで、この残り火砂漠の辺りじゃあもはやリカトリジオスの脅威になる勢力はねぇ」
“不死身”のタファカーリの策を引き継ぎ、静修さんが全軍の東征策を仕切る。そのための最初の一歩が“砂漠の咆哮”及びそこに居る反リカトリジオス同盟の粛正……見せしめ。
なら、もうその半分……いや、すでにそれ以上に目的は果たしているはずだ。
だがその問いにもまた、静修さんは首を振る。まるで聞き分けのない子供をあやすような仕草で。
「見事だ……とは言った。先ほどな。
だがそれはお前がこの世界で手に入れた猫獣人という種族のもつ身体能力、そして戦術に体術……それらをここまで鍛え上げたことへの賞賛だ。だが……」
そこでやや言葉を区切り、深く息を吸って、吐き出す。
その呼吸の間に、俺は両手をふとこへと滑り込ませ、指と指の間に何本もの投げナイフをの柄を握り込む。
投擲は瞬く間。
同時に投げられた八本ものナイフには、それぞれに毒薬が塗られている。かすっただけでも一大事。直撃すりゃさらに大事だ。
だがそのことごとくがかわされ、また盾で防がれる。
それでも走り出した脚は止まらない。
投げたと同時に地を這うような低姿勢。そのままダッシュで滑り込んで、マハとアスバル二人の脇の下へと両腕を回す。普段ならありえない程の馬鹿力、いやまさに火事場のクソ力ってやつか。痩せているとは言え俺と同じかそれ以上の体重がある二人を、なんとか持ち上げとって返そうとするが、ああ畜生、全く無理のある作戦だ。投げナイフを避けたリカトリジオス兵の手槍が俺の足を掬う。
「……そこだ。そこだよ、マジュヌーン。お前に足りないのは、まさにそこだ」
静修さん……アル・サメットはそう、やはり静かなまま言い放つ。
「お前は今、その二人を助ける事を優先し、だから周りの兵への攻めが甘くなった。必ず殺してやると言う純粋な殺意に欠けていた。
だから───」
倒れた俺に上からのし掛かるリカトリジオス兵達。そのガタイで両腕、両足を封じられ、身動きを封じられる。
「こうなる」
ゴキリ。
鈍く響くその音は、俺の両肩が外された音。
反射的に出てくる悲鳴を無理やり飲み込んで押さえ込む。
「なあ、マジュヌーン。
俺がお前に期待していたのは、そういう事じゃないんだ」
「期……待……?」
「ああ、そうだ。
俺がお前をあの沼へと突き落とし決別を告げ……お前の生き死にを天に任せたあのとき……。
俺には言葉に反するある確信があった」
確信……?
「前世からのお前との縁を断ち切る───言葉では俺はそう言った。
だが、心の奥底では、俺とお前の縁……運命は、簡単には分かちがたく、なまなかなことでは断ち切れない……。
そう言う確信があった」
やはり、相変わらず静かで感情の起伏すら感じさせない落ち着いた声でそう続ける。
「そのときのその確信は、小さな予感のようなものだった。いや、もしかしたらそれは……希望だったのかもしれない」
わずかに、わずかにだが、声の調子が上がる。
「その思いは、別れてからますます、さらに大きくなった。
そのお前が“砂漠の咆哮”に入り、活躍してると知り……小さな予感が運命的確信へと変わった」
晴天の空を見上げ、感慨深げにそう続ける。
「やはりお前と俺は分かちがたく断ちがたい宿縁で結ばれている。
そしてそのお前が、俺への怒りと憎しみを持ってして、かつての野獣の如き暴威を蘇らせて挑みかかる。
それを俺はまた持てる全ての力ではねのけ、叩き伏せる……」
それはもはや、俺への言葉じゃあない。誰への言葉でもない。
敢えて言うのであればそう───まるで神への誓いだ。
「それこそが……この新たな身体、新たな人生においての宿命だ」
「俺は……」
リカトリジオス兵にのし掛かられ、地面へと押し付けられながらも、俺は絞り出すようにそう言葉を吐き出す。
「……別に、アンタを憎んじゃ居ない。怒りも復讐もない……」
「そこが問題なんだよ」
怒り。俺のモノではない。静修さん……アル・サメットから発せられた僅かなそれは、怒りと言うよりかは苛立ちくらいのさざ波。
「お前は俺への怒りが足りない。
かつての、出会ったばかりの頃の、野獣のような野生もない。
ああ、前世でお前を“飼い慣らし”てしまった事が、ここまで響くとはな……」
さり気ない、まるで日常的なままの動作で腰の曲刀を抜き放ち───。
「やめろーーーッ!!」
血飛沫が上がった。
▽ ▲ ▽
肩口から腕を切り裂かれ、だが苦悶の悲鳴と言うよりかは、何故か驚きの表情を浮かべるのはリカトリジオス兵の一人。まるで自分が何故斬られたか分からない、と言う顔だ。
そしてそれは、斬りつけた静修さんも、それを見ていた俺も、他のリカトリジオス兵も同じ。
唯一その理由を十分に分かって居るだろう奴は、荒く息を吐きながらマハに肩を借りて立っている。
「……ばか、せーしゅー、てめー、何ワケ分かんねー事言ってンだよ、コラ……」
アスバルの虹色の瞳が、魔力を放っているのが目に見えるかのようだが、つまりはこれ、例の【魅了の目】だ。
人知れず、気付かれぬウチに【魅了の目】を使い、周りのリカトリジオス兵を魅了していた。恐らく魅了された本人も気がつかないままで。
だから静修さんが地に伏したままのアスバルへと曲刀を向け斬りつけたときに、本人すら意識せずとっさに庇ってしまった。
「だいたいテメー……弟相手に、ウンメーテキカクシンだの、なんだの……ストーカーか!? マジでキメぇっつーの!」
続けて喚くアスバルは、さらに魔力を込めて【飛行】を準備。
状況をうまく飲み込めずにやや茫然としたリカトリジオス兵を、素早く舞うかのような動きで蹴りつけ、また斬り、俺を解放し腕を掴んで引っ張り上げるのはマハ。
「マジュー!!」
そしてその俺とマハを素早く抱え込みそのまま上空へ向かおうとしたアスバルは……、
「……うッ……ぐわッ……!?」
風の魔力を辺りに撒き散らし暴発させ、弾き飛ばされる。
弾き飛んだのは俺もマハも同様。いや、周りのリカトリジオス兵達もだ。言うなれば瞬間的に小型の竜巻が現れたかのようなもの。俺もマハも猫獣人ならではの身のこなしとバランス感覚で、飛ばされつつもなんとか大きなダメージなく転がり着地するが、当のアスバルはそうもいかない。したたかに地面に身体を打ちつけもんどり打つ。
小型竜巻の暴れた跡、その中心近くで一人立っているのは、誰あろう静修さんだ。
そして静修さんの右手からは、驚く程の魔力が溢れ出ている。
何の魔力だ?
魔力の持つ属性だの系統だのといったモンについちゃあ、アルアジルからも色々とレクチャーを受けている。だが、今感じられるそれは、それらのどれとも合致する感じがしねぇ。俺が知らないだけか? まあそうかもな。それでも、何というかこの魔力は、変な話今まで見たことも感じたこともねーような純粋な魔力……力そのもののように思える。
「───魔人……。あの時の半死人はそう言ってたな。
大野や日野川……あいつらのように生きる魔導具として邪術士達に改造され、特殊な力を得た者達……」
日野川は魔力で炎を作り出すことが出来、そして大野はその作り出された炎を操ることができる。猪口の話が正しけりゃ、その二人は今、サーフラジルで放火活動に勤しんでいるハズだ。
「俺に植え付けられた魔力は……そうだな、言うなればチャージだ」
チャージ?
「充電器……てなところだな。
俺自身は魔力で攻撃することも、身を守ることも、誰かの傷を癒すこともない。だが……誰かに魔力を与えることができる」
うっすらと、その静修さんの右手からの魔力が、倒れて呻いているアスバルへと“繋がって”いるように感じられる。
「おそらく邪術士共は、生きるモバイルバッテリーのようなものとして俺を利用したかったんだろう。あるいは、この世界の魔術の言葉で言うならば、生きる魔力溜まり……といったところか」
魔力溜まりと言うもののことも、アルアジルからの話でなんとなくは知っている。
濃い魔力が溜まって渦巻き出来たもので、魔術師達はそれを支配することで膨大な魔力を得、利用することが出来るという話だ。
「だが、奴らの誤算は……俺の意志で加重電に出来る……ということに気づかなかったことだ」
呻きつつ、頭を押さえてなんとか起き上がろうとするアスバル。
だがその背を踏みつけにし……。
「ぎゃあ!」
悲鳴。
俺が立ち上がり飛びかかろうと地面を蹴るよりも早く、曲刀がアスバルの背に生えた空人の特徴である美しい羽根を、根元から斬った。
さらにもう一枚。
立て続けの悲鳴に、血飛沫。
俺は立ちはだかる屈強なリカトリジオス兵を蹴り、斬り、はねのけて先へと進むが、あと数歩と言うところで再び組み付かれ土を舐める。
「魔力循環のコントロールというのはなかなか難しいようだな。だから、突然相手の許容量を超えた魔力を過充電してやれば、さっきみたいに暴発したりもする」
静修さんはその魔力を、別のリカトリジオス兵に押さえ込まれているマハへと放つ。それを受けたマハは、まるで電撃に打たれたかに悲鳴をあげ、硬直し痙攣する。
アスバルもまた別のリカトリジオス兵達に組み付かれていて、もはや悲鳴すら上げられずにヒューヒューと掠れた呼吸音だけが聞こえてくる。
「───だがまあ」
「待て、止めろ……!!」
「こうすれば……もう“おイタ”も出来まい」
ヒュッ、と再び振るわれた曲刀の先端が、今度はアスバルの両目を深く切り裂く。
瞳と羽根……どちらも空人であるアスバルが、生来的な魔力を使う上で必要な部位。
目がなきゃ【魅了の目】は使えないし、羽根がなきゃ【飛行】が出来ない。
痙攣するようにのた打ち暴れるアスバルを、リカトリジオス兵達はがっちりと押さえつけたまま微動だにしない。
糞ッ……! 出て来い、ワガママ女! 魔力を与えるだって? なら、テメーの大好物じゃあねぇのかよ!?
だが俺の心臓に巣くうワガママ女、魔力を食らう呪われた武器“災厄の美妃”は、僅かに反応してる気配はするものの、まるで表にゃ出てこねぇ。
それもそうだ。静修さんはその魔力を、一切俺には向けてきていない。
その俺の横へ、ズシッ、とでも言うかの音と振動。
横目にそれを見ると、そこには見慣れた灰色のゴツい皮膚……犀人のダーヴェに……赤茶けた毛むくじゃらのカシュ・ケン。
そしてそのどちらも……血にまみれて居る。
「手間取ったか?」
「……たいしたこと無い」
静修さんの問いにそう返すのは大賀。引き連れてるリカトリジオス兵の数は畑で見た時の半数にも満たないし、全身に浴びてる血には明らかに本人のものもある。
準備していた仕掛け、罠をカシュ・ケンが使い、ダーヴェが肉弾戦で大賀を相手取ったが……力及ばず倒された。そういうところか。
2人がまだ死んでないのは分かる。既に色んな匂いが混ざり合い判別し難いが、血の匂いはしても死臭はまだしてない。
だが、それでも半死半生。アスバル、マハも含めて、ここに居るのは俺を除けばもはや戦える状態じゃあねぇ。
そしてその俺とて、肩は外され、リカトリジオス兵達に押し倒され組み伏せられている。
「……やめろ」
か細く、絞り出したかのような惨めな声。
「やめてくれ、なあ……そんなことをやる必要はねぇ……そうだろう……?」
俺のその言葉に、大賀は軽く肩をすくめ、静修さんは再び……今度は強く、大きく言葉を吐き出す。
「───違う、違う違う、そうじゃない。何度言ったら分かるんだ? お前が今言うべき言葉は、そんな軽い言葉じゃない。
いいか、俺とお前は互いに憎しみ合い殺し合うべき運命にある。
だから───」
「やめろーーーーーーーーーッ!!!!」
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