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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-152.マジュヌーン(85)静寂の主 -お久しぶりね
しおりを挟むちょっとしたロケット砲か、ってなくらいの勢いで、俺は晴天の空を弧を描いて飛んでいく。
ダーヴェは怪力巨漢の犀人だが、その上投げに関しちゃ前世からのアマレス仕込み。その全力とは言え、軽量小柄な俺だからの飛距離か。
大賀はもとより、周りを囲むリカトリジオス兵達全てを飛び越して、畑の一区画外へとくるり着地。背後を振り返ると突然地面から現れたとげ付きの柵が連中を囲う。
どんな仕掛けか、害獣除けの柵を強化しておくなんて言ってたが、こりゃどう考えてもただの害獣除けなんかじゃねぇ。
明らかに、こういう事が起きる可能性を考えての「敵に備えた罠」だ。
「マジー! 一人ヴァ皆のダめ! 皆ヴァ一人のダめ!」
叫ぶダーヴェはまさに一騎当千、並み居るリカトリジオス兵達を素手で掴み、投げ、叩き伏せている。
どうする? どっちへ……どこへ……行く?
瞬時の判断はまずは俺たちの家。ダーヴェの作ったその家は、荒らされ壊され、何カ所かには血の跡に死体。小作人として働いていた脱走奴隷の南方人や、サーフラジルから来た猿獣人の躯もある。
「……へっへ、旦……那、遅ぇじゃねぇです……かい」
そうか細く聞こえる声は、酔いどれ老猿獣人のクィ・レン爺さん。
酒蔵の入り口で、壊れた酒瓶の中で血塗れになっている。
いや、血塗れ……なんてレベルじゃねぇ。その腹からはどくどくと大量の血が溢れ、辺りに広がるバナナ酒を赤く染めている。明らかに致命傷。まだ息があるのが奇跡だ。
「爺さん……!?」
「ふっ、へっへ、俺ァ……良い死に方だァ……。酒の海で……溺れて死ねるぜぇ……」
笑ってそう言う顔は、表情豊かな猿獣人の癖に、引きつり強張っている。
「薬師の……隠れ家洞窟……だ……。まだ……見つかっちゃ居ねぇ……と、思う……ぜぇ~~……」
「……分かった。ありがとうよ」
俺はクィ・レン爺さんの手を握り締めてそう答え、振り返らずに走り去る。
途上、食糧倉庫の近くでまた別の小作人の死体と、倉庫の荷を運び出しているリカトリジオス兵の一隊。隠れ避ける暇が惜しい。走り抜きざまに二人の首筋を切り裂く。別の一人がそれに反応し、手槍を投げつけて攻撃してくるが、今し方切り捨てた兵士を盾にして防いでからそれを蹴りつけてぶつけまた斬りつける。
三人が盾を構えスクラム組んでの突撃を、俺は飛び上がってから倉庫の壁を蹴りつけて連中の背後へ。着地と同時に低姿勢から膝裏を切り裂いて足を潰す。
残り四人はまだ倉庫の奥。無視して先へ進むか、ここでケリをつけるか数瞬の躊躇の間に、こちらへと注目してきた四人の上から別の影。
飛びかかり、拾っただろうリカトリジオスの手槍を相手に叩き付けるのはアリオ。一人がそれにふらつくが、完全な無力化とまではいかない。地に降り立ったアリオへと別の一人が短刀を向けると、上からさらに石礫が降り注ぐ。
気のそがれた二人を俺が切り裂き、もう一人はアリオが手槍の石突きで打ち据える。身体を折り苦悶するリカトリジオス兵へ追撃の石礫が降り注ぎ、その喉笛を俺が山刀で一突き。
「マジュ兄ぃ!」
「アリオ、他のガキ共は?」
「マハ姉さん達が隠れ家洞窟まで連れて行っとるハズや。俺は他のガキを探して集めとった」
「よくやったな。急ごう」
アリオと食糧倉庫のロフトに隠れていた数人を連れ立って隠れ家洞窟へと向かう。
進むにつれ、所々に血や戦闘の痕跡に、またリカトリジオス兵の死体も見られる。
だが、隠れ家洞窟の少し手前で、痕跡が二手に別れた。
「……アリオ、このまま隠れ家洞窟まで他のガキ共を連れて行け」
「兄ぃは?」
「野暮用だ」
別れた一つは多数の集団。ぐるぐると辺りを回って、様々な方法で痕跡を消しながらも、このまま隠れ家洞窟へと進んでいる。だが別の一つは……ほんの数人。
匂い、足跡、歩幅……それら全てが物語っている。
マハとムーチャは、ガキ共を連れて隠れ家洞窟へと向かった。だが、それをリカトリジオス兵の一隊……いや、一班が追い掛ける。
犬獣人の追跡能力は高い。このままいけば隠れ家洞窟の位置がバレる。そう考えたマハは、敢えて目立った痕跡を残して別方向へ進んだ。
つまり、追跡者を引き付けるための囮になったワケだ。
一班ていどのリカトリジオス兵なら、マハにあしらえない数じゃない。だが敷地はそれなりに広く、ある程度分散されてるとは言え、ここに来てるリカトリジオス兵の数は少なくはないだろう。元々こちらの方が寡兵。後続が来れば状況は分からない。
素早く匂いを含めた痕跡を追う。囮になったのはマハと……こりゃアスバルか? 真っ先に逃げてるだろうと思ってたが、なかなか根性が座って来やがったな。
後を追うリカトリジオス兵の匂いは途中から増えだす。やはり予想通りに後続が加わったようだ。
数の増えた追っ手に対し、マハたちはまた痕跡を細工し、行ったと思わせ別ルートを取りつつ、それでいて完全には追っ手をまかないように動いている。
だが、追って行くごとに残された痕跡に血と戦いの様相が増える。
優雅な舞いのような戦いを信条とするマハらしからぬ、言うならば俺みたいな戦い方。隠れ、騙し、不意をついてすぐに逃げる……ゲリラ戦での一撃離脱。そういった泥臭い戦い方をしながらの逃走。そんな感じだ。
残されてるリカトリジオス兵の死体の傷も、いつもの鮮やかさがない。足を止め、ただ戦闘出来ない手傷を負わせる事だけを狙ったようなもので、ある程度は狙ってはいるのだろうが、ただ乱雑なだけにも見える。
それだけ、余裕がないのか。
まだ息のある、苦しみのたうつリカトリジオス兵の脇を抜け、俺はマハ達の痕跡を追う。
激しい戦いの痕もあるそれは、あまりに情報が多過ぎて正確な状況を読み取りにくい。
しばらくは追った先で、かなり大きな血の跡がある。
まさに激戦。激しく飛び散った血の跡に争った跡。不意打ちでマハの曲刀で切ったり、リカトリジオス兵が投げた手槍が当たった程度で出来るような痕跡とは思えねぇ。
誰の血だ? 匂いで判別出来ないかと、必死に鼻をひくつかせるも、やはり全体の情報が多すぎてうまく判別がつかない。けれどもなんとなくだが……犬獣人のものじゃねーような感じがしてきやがる。
杞憂か? 杞憂であってくれ。祈るような気持ちで走った先で、俺の身体に何かが勢い良く巻きついた。
衝撃につんのめりながら前倒しに倒れる。倒れるが、両手で体を庇うことも、バランスをとって転がり起き上がることもままならねぇ。
回転しながら飛んできたのはおよそ1メートルほどの丈夫な縄。その両端には拳大ほどの石がくくりつけられていて、それが俺の腰辺りに当たり、左腕とともに上体へぐるり巻きついてきた。
危うく外れた右腕の山刀を使い、手早く縄を切ろうと足掻くが、そう簡単にはいかない。
その地面に這う俺の元へ、数人の犬獣人が現れる。
幸いにも両脚は自由だ。左肩を地面に押し付けるようにし体勢を整え、地面を蹴り上げ跳ねる。油断して近づいた二人のリカトリジオス兵の顎先を蹴って、勢いのまま回転し地面に立つ。
慌てたリカトリジオス兵が盾と短刀を構え直すが、その隙に身体に絡みついた縄を解く。解きながらも立ち尽くしてなんかは居ない。素早く跳躍し囲みを抜け出し、リカトリジオス兵の一人の後頭部を蹴り飛ばす。
蹴りつつそのまま再び跳躍。さらに囲みから離れて着地すると、そこへ狙い澄ましたように例の両端に石をくくりつけた縄が再び飛んで来る。
低く伏せてそれをかわし、辺りの兵の位置と数を確認。
兵装は基本の盾と短刀軽装歩兵部隊。数は……わかる範囲で10は越える。
マハ達を追ってた奴らがその痕跡を見失ったのか、それとも……いや、そんなのは今考える事じゃねぇ。とにかくコイツ等を蹴散らして先に進むしかねえ。
頼りたいのは“災厄の美妃”。だが基本的にあいつは、魔力による攻撃がないとなかなか出て来ちゃくれねぇワガママ女だ。ならば俺らしく嫌らしく、小狡く卑劣な技を駆使するしかねぇ。
近寄る奴らに山刀で斬り掛かる……かに思わせ、地面をえぐり砂をぶつける。目潰し……とまではいかねぇが、気が削がれたその隙に、懐の投げナイフを投擲。まとめて投げた五寸釘程度のその投げナイフが、二人のリカトリジオス兵の顔と腕に刺さる。大盾を構えていても、こちとら結構な練習でコントロールを鍛えてきた。むしろ動きの鈍い分当て易い。
とは言えさして殺傷力はない小型のナイフ。それだけで確実に戦闘不能に出来る威力はない。ただし……蛙人の毒薬が塗ってなければ……の話。
即死級の猛毒じゃねぇ。下手こいて自分がやられたら洒落になんねぇからな。
懐に仕込んだ特製の革帯に、同じく特製の鞘が縫いつけられていて、その鞘の内側に何種類かの毒を仕込んでる。今投げつけたヤツには幻惑毒、要するに軽い酩酊状態にする毒。
毒が効き始めた二人がぐらり揺れる。足がもつれ、後続にぶつかられ、ちょっとした玉突き事故だ。
そこに、落とされてたリカトリジオスの手槍を投げ込みつつ、這うほどの低姿勢からの脛薙ぎでさらに倒れる。ムーチャの十八番だが、俺だってなかなかのもんだ。
最後尾にいた二人が、その渋滞の塊を上手く避けて両サイドから俺を挟み撃ちにして盾で押し潰そうとする。単純だがマトモに食らうとかなりの衝撃。ガタイの良い犬獣人二人に押し潰されれば、軽量級の俺だとひとたまりもねぇ。
再び転がって避けながら、幻惑毒仕込みの投げナイフ。かすっただけでも戦力減退、よろめき足元がふらついてくる。
そのふらつく一人の喉を突き刺し、蹴り上げてはねのける。もう一人にぶつかるそいつの胸板へと足をかけ、今度はそちらへ頭上からの一撃。
これでマトモに動けるリカトリジオス兵は一人も居ない。毒も怪我もなくただ巻き込まれて倒れてた数人に追撃を加え動きを封じ、軽い酩酊状態にある一人の首根っこを掴む。
「白い、猫獣人、どこ?」
奴らがマハを追ってたのか、その居場所を認識してるのか。簡素な犬獣人語でそう問うと、焦点のブレた目でどこぞを見ながら、口元を歪めて指をさす。
ああ、糞、何やってやがんだこの間抜け!
全身の毛が逆立つようなぞわりとした悪寒に震え、ぎこちない所作で振り返る。
そこにいた別の一隊は、明らかに今倒した雑兵どもより格上の装束に、偉丈夫な体躯。
そのリカトリジオス兵達が捕らえて居るのは傷だらけで血塗れの二人。それぞれに色白の肌、白く美しかった毛並みを血に染めたアスバルとマハだ。
そして、中心にいるのは、美しい毛並みの犬獣人。
白に近い薄茶ベースのやや短めの毛が、耳と尾だけは長く緩やかなウェーブかがった黄金色。そして身に着けている鎧もまた黄金……つまり、あのクトリアの地下で手に入れた金ピカものだ。
「久し振りだな、我が弟」
「───静修さん」
三年ぶりの……再会。
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