遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-143.マジュヌーン(76)静寂の主 -生きる

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 湿原の中、伏すようにしながら呼吸を小さく小さく抑えている。
 口の先には長めで中が空洞の葦の茎。まるで古臭い漫画の忍者だな。小さな呼吸を、水面から突き出させた筒でさらに小さく小さくしてやっている。
 そこから、静かにゆっくりと、さらに深い水の奥底へと進む。
 
 その中で感じるのは、音でも匂いでもない。
 身体、毛を動かす水の揺らぎ、流れ……そう言ったもの。
 
 ゆらり……ゆらり……ゆれる葦に水草。その中に現れる大きな影が、さらに水の中を揺らしてくる。
 全体のシルエットは流線型に近く、前方には巨大な口。鋸刃を思わせる牙がみっしり生え揃った口に挟まれれば、俺の身体など容易く噛み砕かれるだろう。手足は短く、ほとんど魚の鰭みたいなもんだ。そして太く長い尾は、水中での推進力と自在な動きをもたらすのみならず、近付くものを叩きのめす武器にもなる。
 湿原の中では潜みながら不意打ちを狙う天性のハンター。陸上では這うような動きしか出来ないが、見た目のわりに瞬発力と速度があり、前にも後ろにも死角はない。 
 やるなら集団でだ。
 太い縄で編まれた網で動きを封じ、口を縛り、長めの槍で上から突きまくる。
 猛き岩山ジャバルサフィサの連中がやる、ワニ狩りの基本手順。
 
 ただ、今目の前に居る巨大ワニを、その手で狩るのは面倒そうだ。体長は目算で6メートル近く。網で動きを封じるにゃあちとデカすぎる。
 
 なりかけ、ってヤツだ。
 獣が強い魔力を取り込んで魔獣化する。その魔獣へとなりかけの状態で巨大化している。
 
 その巨大ワニがゆらりゆらりと俺の目の前、水面近くを泳いでいる。
 葦の茎の空洞からの僅かな呼吸を止めて、完全に気配を殺してそいつを待つ。
 ゆらり……ゆらり……。黒い影はそのままゆったりとした動作でこちらへ近付く。
 ゆらり……ゆらり……。
 
 その時、水面で何かが跳ねた。
 巨大ワニの意識はそちらへと向けられる。
 その腹を……ぞぶり。
 えぐり、ねじり、首元から尾の近くまでをざっくりと切り裂いて、そのまま俺は離脱。
 巨大ワニは突然の攻撃に混乱し暴れまわり、身体をねじりよじり、見えない敵へと尾を振り回すが、動けば動くほど傷口は開き臓物がまき散らされる。
 
 生憎だがお仕舞いだ。少し離れた位置から岸辺へと上がり、派手な水しぶきを立ててのた打つ巨大ワニの様子を見る。
 与えた傷は致命傷。その上何より……。
 
 波しぶきで押し寄せる、巻き散らかされた臓物の一部へと目をやる。
 青黒く、あるいは赤紫色になりぐずぐずと腐敗してゆくのは、闇の魔力による腐敗の呪い。
 
 “災厄の美妃”は、吸い取り食らった魔力を使い、傷付けた相手に魔力での損傷を与える。どんな魔力も扱えるらしいが、今のところ俺がコイツで倒した……殺し、その魔力を奪って来たのは、動く死体アンデッドだの魔獣化した甲羅猪シャルダハカだの食屍鬼グールだのと、闇属性のものばかり。なのでコイツの中の魔力も闇属性に偏りまくっている。
 ただ、この闇属性魔力による腐敗の呪い、全く面倒なモンだぜ。
 
 まだやや痙攣するかにしている巨大ワニの死体が、水面に浮かんでしばらく。死んだと思ってうかつに近づいたところをガブリ……なんてやられちゃたまったもんじゃねえから、結構長く様子見だ。
 が、その様子見の時間の間にも、俺が切り裂いた腹の傷の腐敗は、じわりじわりと広がっていく。
 確実に死んだと思える頃合いに、俺は巨大ワニの死体へと近づくと縄を引っ掛け、甲羅馬シャルハサにも引かせて岸へと引っ張り上げる。
 “災厄の美妃”ではなく狩人の山刀を手にしてその腐敗した腹の傷周りと内臓を全て切り取る。
 だいたい全体の三、四割近くは腐って廃棄する事になり、“狩りの獲物”として考えりゃあかなりの損だ。
 
 腐れた部位は、流れて行ったものを除いて、集められる限りは集めて広めに分散させて埋める。闇属性魔力の呪いで腐敗した肉をあまりまとめておくと、魔力の淀みとやらが出来るらしい。ま、要するに汚染地帯だ。
 
 それから残りをと網で縛りまとめると、近くに置いておいた荷車へと乗せて、また縄で括り付ける。
 血の匂いを嫌う甲羅馬シャルハサの為に、匂い消しの葉が付いた気の枝で蓋をせて、だ。
 それで、ようやく移動の準備完了。
 
 ▽ ▲ ▽
 
 “砂漠の咆哮”のラアルオーム野営地まではさほど掛からない。速度は出ないが、体格のわりにタフで頑強な甲羅馬シャルハサは、二頭立てで荷車に繋げば結構な荷を運べる。
 巨大ワニを含めて三頭分ほどのワニの死骸を確認してもらい、害獣退治の任務報酬を受ける。
 
「お、こりゃ、話に出てた巨大ワニじゃねーか? まさかお前、ひとりでコイツを退治したのか?」
 近くに居た“鋼鉄”ハディドと数人が面白そうに荷車を覗き込む。
「待ち伏せに罠だよ。流石にこんなのと正面から殴り合えるかってーの」
 適当に流してそう返すが、
「だとしてもたいしたもんだぜ」
 と、そこそこの連中が集まり出す。
 
「だが、かなり汚いな~。これじゃ高く売れねーぞ?」
「狩りじゃなく害獣退治依頼だからな。買い取り値段はどうでも良い。かなり捨ててはいるが、まだ食えるところも残ってるだろ。半分魔獣化してたから魔力抜きした方が良さそうだが、その後はまあ、あの連中にでも食わせてやれ」
 
 あの連中、てのは、ラアルオーム野営地に集まってる避難民の類。
 反リカトリジオスのまとめ役、サルフキルに頼まれたリカトリジオスからの解放奴隷や避難民の他にも、やはり残り火砂漠方面から逃げてきた連中は増えている。
 サルフキル達が連れてきた奴らの為の避難所は俺たちの農場に設営してあり、そいつらの面倒はカリブル他、反リカトリジオスの奴らがしているが、それとは別口で、こっちにもどんどん人が増えて来ている。
 
「まあったく、面倒くせーったらないぜ。特に犬獣人リカートの奴らは、部族単位、村単位でまとまっちゃあいるが、その分やたらと派閥争いみたいなもんまで持ち込んできやがる」
猫獣人バルーティ猫獣人バルーティで、個人単位の揉め事や喧嘩が絶えねえだろ?」
「はっ! 違ぇねえ。俺らが睨みきかせてなきゃ、どこで何がおっぱじまるか分かったもんじゃあねえな」
 
 俺たち“砂漠の咆哮”の活動範囲も、リカトリジオスの勢力圏の広がりと共にどんどん狭くなってきてる。その分、単純に仕事の実入りも減って来て、そういう理由での反リカトリジオス派、なんてのも増えてはいる。
 
「そういや、聞いたか?」
「何をだ?」
「廃都アンディル……。お前らが死に物狂いで逃げ出してきたあの街だがよ。結局リカトリジオスの連中が野営地として復興させたらしいぜ」
「マジかよ」
「何人かから報告があがってる。“不死身”のタファカーリの部隊は壊滅したが、戦略自体は別の奴が引き継いで、より綿密で大規模な部隊を派遣したらしい。
 食屍鬼グールはまだ残ってるそうだが、壁を作って封じ込めながら駆逐して、古い地下水脈を復活させてそれなりの水源を確保したとさ」
 
 変異食屍鬼グールの中には、軽トラ並みの突進力のある奴や、空高く跳躍して飛びかかってくる厄介な連中もいたが、全体としちゃあそいつらの数はそう多くねえ。手強いそいつらを集中してぶっ潰し、水源を中心とした一部区画をきっちり守れる形で復興した……てことなんだろうな。
 
 邪神の呪いとやらの件があるから、多分あの町の近辺で死んじまったら自動的に食屍鬼グールにされちまうんだろうが、その辺をなんとか出来れば……つまり、食屍鬼グールかどうかをきちんと区別出来る方法さえ分かってりゃ、地理的な条件も悪くねえ野営地になンのかもな。

「……ここ最近避難民が増えてきてんのも、その辺が関係してんのかもしれねえな」
 そんな風に答えながらも、かもしれないどころか確定の話だな、と自分で自分の言葉に脳内でツッコミを入れておく。
 俺らにとって良い話と言えそうなのは、奴らが南征を諦めたっていうのだけはどうやら事実っぽいっていうことだけだ。狙いは北、シーリオにボバーシオ、そしてクトリア……か。
 
 巨大ワニ他を現金に換え、また害獣駆除の依頼料をも受け取り、それを腰の皮袋に収めながら野営地に集まっている隊商部族たちの露店をうろつく。
 ここンところ集まるのは南の高原地帯、蹄獣人ハヴァトゥ達からの交易品がメインで、北からの商品はガクンと減っている。隊商部族以外からなら、西のアールマールの密林地帯や、東の港湾都市バールシャム、そこ経由の東方諸島からの品々もあるだろうが、隊商部族の主な交易路は残り火砂漠を南北に縦断してのクトリア方面か、北の高原地帯の蹄獣人ハヴァトゥか、そのさらに南西方面の蜥蜴人シャハーリヤ達の住む沼沢地。
 どっちにせよこの辺で買えるものに、そうそう目新しいものは紛れちゃいねーんだよな。
 
 △ ▼ △
 
 俺が一人でカリブルなんかの依頼をこっそりと奪うみてえな形で害獣退治をセコセコとやってるのは、一つは“災厄の美妃”の性能、能力を色々と確かめておくためだが、もう一つは結婚祝いの品を買うためでもある。
 誰と誰のか? 当然、まずはカシュ・ケンとマーリカの、だ。
 
 まあ俺の言えた話じゃねえが、全くいつの間にそこまでの仲になってんだか……って感じだ。確かにカシュ・ケンはバールシャムの河川交易組合とも取り引きを続けてて、マーリカともよく会っていた。
 例のカシュ・ケン印のひょうたん入り蒸留バナナ酒はなかなか好評で、バールシャムでも東海諸島にダークエルフの火山島や南方の蹄獣人ハヴァトゥ達へも売れている。保存性が高いから陸路を行く猫獣人バルーティの隊商部族ともそこそこ取り引きするが、メインは河川交易組合とヴォルタス家。
 
 バナナ酒作りはウチの農場ではかなり大きな事業になって来てて、サーフラジルで雇ったクィ・レンの爺さんを中心に、リカトリジオスからの解放奴隷や避難民達に、サーフラジルの猿獣人シマシーマからも新たに数人雇って量産し始めている。
 その流れで、たまに出産育児の隠れ家として、やはり俺たちの農場の外れの土地に、ダーヴェ謹製の隠れが洞窟を借りている薬師部族の“砂伏せ”たちも、居留している期間には酒造りを手伝った利としてる。さらに薬効のある成分を混ぜることで特製の薬酒も作ってみたりもしてる。
 今も丁度、出産の為に数人の“砂伏せ”たちが寝泊まりしているから、薬も造りもそこそこ進んでる。
 
 農場で採れてる作物の方はと言うと、商品として売るよりも増え続ける労働者や避難民の食としての消費の方がメイン。
 なのでここの現金収入としてはバナナ酒に細工物、俺やマハの狩りや“砂漠の咆哮”での依頼、それからカリブル達砂岩の柱や、サルキフル達反リカトリジオス勢力に避難用キャンプとして貸している土地の賃料……という感じだ。
 賃料は安定した定期収入にはなるが正直サービス価格で貸してるので、儲けと言うにはちょっと少ない。
 狩りや依頼の収入にはばらつきがありすぎる。全くの不猟、またちょうど良い依頼がない時もあれば、立て続けに高収入が手に入ることもある。ま、運次第の臨時ボーナスみたいなもんだ。
 なので比較的安定収入かつ継続的、定期的に儲かるのが、カシュ・ケンのやってる諸々の事業。
 前世じゃあ冗談混じりに、「卒業したら起業しようぜ」なんて言ってた奴が、別の世界で猿人間に生まれ変わったらその通りに成功しちまうんだから、まったく何があるか分かりゃしねぇな。
 
 で、そういった昇り調子の流れで、カシュ・ケンとマーリカの結婚話が出たんだが、これにはさらに展開がある。
 ロジウス・ヴォルタスと未亡人の船乗りヨアナも結婚する、と言う話だ。
 マハ達は他人事らしいテキトーさで、河川交易組合の会計係のハビエルとくっつけよう、なんて話をしていたが、まあ実際にくっついたのはそちらじゃなかった。生真面目一辺倒のハビエルはまだ浮いた話一つ無し……だそうだが、まあそれはどうでも良い。
 何だか知らんがこの2つの結婚の祝いを、ロジウスの拠点である東海諸島の島でやらないか、と言う話になっているンだよな。
 
 この辺の文化風習としては、いわゆる前世で考えるような結婚式ってのはそれほど一般的でない。まあ、式というほどかっちりしたもんじゃなく、隣近所と親戚一同集まってお祝いしながら宴会をする……ぐらいのことならちょっとやる。
 猿獣人シマシーマだと特に酒だ。猿獣人シマシーマは基本的にどいつもこいつも酒好きばかり。口実をつけちゃあやたらに集まって酒を飲むっていうのが常態だから、当然結婚だの出産だの、子供の成長の節目節目だのがありゃあ、何でも祝い事にして酒を飲む。
 
 帝国やクトリアだと、いわゆる派手な結婚式ッてーのは、貴族の風習だそーな。こっちの方は政治的なコネクションづくりのための披露宴ってところだ。
 ロジウスとしては当然後者寄り。貴族じゃないし、結婚そのものには政治性はないが、結婚式には政治性がある。
 カシュ・ケンとマーリカと共に結婚式、披露宴をしようと言うのには、カシュ・ケン、そしてバールシャムの河川交易組合との結びつきを商業的に重視してる……てなところだろう。
 
 マーリカはその辺も踏まえた上で、合同結婚式にはかなり乗り気。カシュ・ケンは基本的にゃどっちでも良いらしいが、マーリカが望むなら……と。
 ただ、東海諸島でのそれとは別に、農場で内輪の宴もやる予定だ。
 猿獣人シマシーマだから……ってワケじゃねえが、カシュ・ケンの奴も何かと理由をつけちゃあ宴会、酒宴をしたがる。お祭り好きは前世から変わらず……だな。
 
 何にせよお祝い事続きだ。となりゃあこちとらもそれなりに奮発して祝いの品を贈らなきゃならねえ。カシュ・ケンだけならまだしも、ロジウスの方には半端なものを出せやしねえからな。
 問題は、正直な話、海洋交易もしてるロジウスに、どんなものを贈りゃあ良いのかがまるで見当がつかねぇことだ。
 いっそのこと、どこぞの遺跡にでも潜って珍しい遺物でも見つけて来た方が良いかもしれねーんだよな。
 
「ンフ~? ピカピカのキラキラが一番だモヨー?」
 てのは、実は何気にキラキラ系が好きなマハの意見。
「そりゃあとにかく、高ぇモンだろ~?」
 即物的かつ身も蓋もないのはアスバル。
「そら安物は贈れねーけどよ。高きゃ何でも良いってモンでもねえだろ」
「つったって、他に何基準にすんのよ?」
 けだるい午後の日差しを避け、農場の木陰のハンモックでブラブラしながら果物をかじるアスバルは、まったく何も考えてないだろう面でそう返す。
 
「そりゃあ……なんかいろいろあんだろ? 縁起とかよ、そういうやつ?」
 あれだ、確か前世だと、入院患者の見舞いには鉢植えはダメとか、そんなのあったしな。
 
「船乗りは縁起にうるさい。アスバルは銀細工でフジツボを作って贈れ」
 そう横からムーチャが言うが……まて、多分そのフジツボっての、絶対船乗り的には縁起悪い方のヤツだろ?
 
 そう言や……と、そこで思い出したのは、バールシャムの雑貨商のパトラ・ザイジ。河賊退治の調査中にカシュ・ケンと聞き込みをして、その中の雑談で「船乗りに売るならトビウオの意匠が人気」てな話をしていた。
 あの馬面のおっさんは、河川交易組合の本拠地バールシャムで商売を続けていて、その辺の事情には詳しい。
 最近は資金稼ぎってのもあって荒事仕事ばかりやってるが、ちいとばかし足を伸ばしてみてもいいかもしれねえな。
 
 △ ▼ △
 
「あ~、船乗り言うても、漁師と河船船頭と海船乗りではまた違ぅてましてなあ~」
 馬面をさらに得意気に伸ばしながら、雑貨商のパトラ・ザイジが得々と述べる。
 
「トビウオは海船乗り、特に漁師に人気ですわ。何せトビウオのおる海は大漁でっさかいな。そこで網でも投げればスポーン、スポーンですわ。そら縁起がええ。
 河船船頭、河漁師は、トビウオよりはシギですな。あの、脚の長ぁい川鳥ですわ。あれも一応、大漁の縁起ですが、実際のとこトビウオに比べたらそないに魚穫れるもんでもあらへんけど、面白い昔話ありましてな。シギ女房言いまして、これはクトリアから移民して来たばっかりの頃の……」
「あ、いや、それはいい。漁師じゃねえ外洋船乗りにとって縁起の良いもんは無いか?」
 話が長くなりそうな気配がしたので切り上げさせて続きを促す。
 
「はぁ……、まあ~、外洋船乗りは、そうですな~……」
 長い顔をさらに長くしながら、パトラ・ザイジが間をおいて、
 
「ま、あんさんですわな」
 と、俺を指差す。
「は?」
「猫ですわ、猫。
 猫獣神バルータやら贈ったら、ごっつ喜ばれるんちゃいますか?」
「無茶言うなよ。猫獣神バルータは俺ら猫獣人バルーティにとっちゃ神様王様貴族様だぞ?」
「冗談ですがな、冗談。
 しゃーけど、猫が縁起良いのは確かでっせ。
 外洋船乗りにとっての天敵は、嵐と流行病とネズミですわ。そのネズミ退治に大活躍するのは猫」
「一応言っとくが、猫に似てても猫と猫獣神バルータは全然別モンだぜ? 他の猫獣人バルーティの前で下手にそんな事言うと引っかかれんぞ」
「かなんなぁ~」
 大袈裟に顔を歪めながら、ボリボリと頭を掻きつつそう返すが、河川交易組合の強いバールシャムには猫獣神バルータの居るような隊商部族はあまり来ない。来るのは俺やマハみたいな、旅のはぐれの猫獣人バルーティ。元々はクトリア人移民中心の街ということもあり、この辺りの町の中では一番猫獣人バルーティへの認識や扱いが雑だったりもする。
 
「それはそうと……聞いてまっか?」
 そこで、パトラ・ザイジが不意にそう話を切り替える。
「何をだ?」
「あの、例の河賊の手先だった……テドやら何や言うあほんだら」
 ティド、な、ティド。
 河賊退治の依頼を受けてこの町に来て、調査の過程で判明した町の中の内通者。そいつが河川交易組合会長が古くから信頼していた護衛兵の南方人ラハイシュ戦士のティドで、俺はなんだかんだあって親玉の邪術士を殺し、ティド含めた手下のゴロツキ連中を捕縛させた。
 この町の実権を握ってるのはその河川交易組合で、法の裁きも連中の裁量。何でも中洲の島の一つが監獄島で、ティド含めた河賊共の捕縛された連中は、ひとまずまとめてそこにぶち込まれていた筈だ。
 その後の事など興味もないから情報も入ってないが、強制労働の労役をさせられてるか、縛り首にでもなったかしてるはずだ……と、その時まではそう思っていた。
 
「せやろ? そう思うやろ?
 けどな、実際は違うとるらしいねんや」
「何がだよ?」
 妙にもったいぶった言い方のパトラは、長い馬面をまたまたさらに伸ばして続ける。
「あいつな、あの監獄島から逃げ出したらしいで」
 
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