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序章:モンスターの誕生
戦乙女 クリスティナ
しおりを挟む包囲戦が始まり半月にはなる。
未だ、まともな「戦闘らしき戦闘」は起きていない。
陣営を整え、森を一部切り開き、獣や魔獣を追い立てている。
聖光司祭らによる、「森の浄化」は、一向に進まない。
それもそうだろう。
昼なお暗きこの「闇の森」は、数千年以上に及ぶ呪いと瘴気の蓄積された忌まわしき土地なのだ。
一朝一日でどうにかなるわけもない。
途方もないことだ。
そもそもが此方に集まった軍勢の多くは、寄せ集めだ。
20を越す諸侯の連れてきた手勢私兵は各々百~五百程度。
豪族傭兵諸々含めて、総数としては万の規模だが、かつての帝国精兵に及ぶべくもない。
聖教皇による聖戦。
聞こえはよいが、果たしてどれだけの者がその意義を理解して居るものか。
元元老院議員。辺境領主。半ば野盗の親玉と大差のない豪族。はぐれ魔導師。傭兵団。
思惑は様々。
聖教皇の権勢に取り入ろうという者。
これを機に名を売ろうという者。
報奨目当て、またはもっと言えば略奪目当て。
闇の主の住む黒金の塔に、果たしてどれほどの財宝が眠って居るのか?
それを思えば、今ここで僅かなりともその分け前を拾いたいと駆け付ける者も少なくはない。
浅ましい。
私はそう思う。
欲と利害。
彼らの頭にあるのはそれだけだ。
この戦いの意義を、どれほど解っているのか?
解ってはいまい。
……とは言え。
私とてその意義の為だけに此処に居るかと問われれば、胸を張りそうだと言えるわけでもない。
「おう。そろそろ分担決まるってよ」
痩せた貧相な男が語りかけてくる。
戦団のチーフスカウトであり、ハーフエルフのサッド。
戦団。
私も所属している「疾風戦団」は、一般には所謂「戦士ギルド」と認識されている。
戦争や紛争での集団戦を請け負う傭兵団とは異なり、個人または少数の部隊での“仕事”を請け負う。
元々のルーツは主を失い放浪していた渡り戦士と呼ばれる者達だと言うが、半ば伝説のようなものだ。
受ける依頼は様々だ。
お宝探し。害獣退治。山賊退治に、私闘仇討ちの代理等々。
有り体に言えば、「戦闘請け負いの便利屋」と言ったところだ。
ただし、暗殺の類は受け付けない。
では、所属しているのは全て歴戦の戦士か、というと、必ずしもそうではない。
入団において最低限の戦闘技術試験はあるが、大剣を帯び鉄鎧で身を固めた大男ばかり、では、様々な依頼に対応できない。
弓のエキスパートも居れば、魔術を併用する魔法戦士、剣よりもむしろ錬金術や魔装具の扱いに秀でた者も居れば、商才に長けた者も居る。
サッドは、単純な戦闘能力で言えば、戦団中でも最低クラスだと言える。
しかしそれでも(そのことを指して揶揄する者達も居るが)、チーフと呼ばれているのは、隠密、偵察の能力が群を抜いているからだ。
性格ははっきり言えばゲスの極み。
陰湿で執念深く卑劣。他人を苦しめることに歪んだ喜びを見いだす異常者。
しかしその気質性質が、この男のスキルの高さにも繋がって居る。
「おーおう。派手にやってんねえ。御苦労なこって」
貧相な身体を反らせつつ、嘲るように口を開く。
観ているのは陣営の前方。
貴族やかつての元老員等が指揮する投石機の部隊。
「あんなモンで、闇の主の障壁を破れンのかねぇ?
ま、お偉いさん方は“派手な仕事”を誇示してえだけなんだろうがね。
本当に必要な仕事は、俺ら“下々の者達”に丸投げして、な」
この“聖戦”の全体指揮権は、聖光教会に委任された“帝国の英雄”、リッカルド将軍にある。
今は無き帝国。その最後の英雄と言う呼ばれ方を本人がどれほど誇って居るかは分からないが、その戦歴には誰もが敬意を払わざるを得ない。
「我々が対しているのは、生ける伝説でもある“闇の主”だ。あらゆる手を講じてもまだ足りぬだろう」
そう返す自分の声が、我ながらやや強張って感じられる。
「あらゆる手、ねえ。
ま、確かに、魔術師ギルドとダークエルフ達との不戦協定を取り付けたのは、たいしたモンだよなぁ。
いと清らかな聖光教会の方々が、裏でどんな手を使ったのかは分かりませんがね」
ヒヒヒ、とでも言うような、枯れた笑いを添えて言う。
こうやって執拗にサッドが聖光教会やリッカルド将軍等を揶揄しているのは、詰まるとこ私への当て擦りなのだ。
私の父と、私の生い立ち。
もしーーーそれを言ったところでせんのないことではあるがーーー。
もし、父が暗殺により果てることがなく。
もし、存命し大任を全うしていたのならば。
或いは、あそこで指揮を執っていたのは、リッカルド将軍ではなく我が父であったかもしれない。
そしてもし。
そうであったのならば。
私もその娘として。
“聖なる戦乙女”の役割を担っていたかもしれない。
しかし現実には、父は10年も前に邪術士たちの放った刺客に討たれ、私は“戦闘請負の便利屋集団”の一人として、ここで“下働き”をしている。
投石機部隊は、聖光教会司祭達の“祝福”を受けた石を、間断無く塔へと向けて放ち続けている。
サッドの言うとおり、聖光教会の軍勢を拒み続ける闇の主の障壁と、それよりも遥か昔から伝わる“呪い”により護られた塔とその周囲の城壁には、まるで効いて居ないかに見える。
しかし全く効いていないという事は無いはずなのだ。
そして穿たれた僅かな亀裂から、何れは軍勢が雪崩を打つように塔へと討ち掛かることになる。
今回の“任務”を請けた疾風戦団の全てが、その野営地の中心に集められている。
我々に与えられた“依頼”での、役割分担が決められたからだ。
依頼内容は、地下洞窟、地下通路の探索と確保、及び掃討。
広大なる闇の森は、森そのものが防壁の役割を担っている。
大きく分けて、外周部、中央部、深淵部の3つに分けられる闇の森は、それら場所により性質が異なっている。
外周部は、所謂一般的な「危険な森」と大差はない。
ゴブリンやコボルドという小鬼の群が住み、野獣が跋扈し、迂闊に迷い込む旅人を餌食とする。
中央部に入ると、事情は異なってくる。
深淵部に近づくにつれ、“闇の森の呪い”は強くなっていくのだ。
太古より続く“闇の森の呪い”は、野獣をより強大な魔獣へと変異させ、樹木をも化け物とし、死者は亡者となってさ迷い、立ち入る者の肉体と精神を蝕んでいく。
それらに対抗するには、強い光の魔術による加護か、或いは“闇の魔法”を体内に取り入れるか、だ。
そのため、生まれつき闇魔法の加護を受けたオークや、“呪われたエルフ”であるダークエルフ。叉は、強力な“闇の魔術”を扱う邪術士達にとっては、むしろ他者からの攻撃を防ぐ防壁ともなる。
どちらが先かは分からぬが、中央部にはダークエルフ十二氏族の集落があり、そして深淵部、闇の森の最も闇深き場所には、代々の“闇の主”とその弟子や信奉者達の住む塔があるのだ。
聖光教会がその闇の森侵攻、そして闇魔法の使い手として最高峰である称号“闇の主”、トゥエン・ディンの討伐を諸侯へと呼びかけたのは1年ほど前だ。
滅びの七日間で帝国は崩壊し、各地は荒廃。諸侯等も相争うのに疲弊してきていた。
聖光教会はその間にも信者を増やし、人々に救いの道を指し示し続け、争いに膿んだ人々の支持は高まるばかり。
そして齎された神託……。
滅びの七日間という大災厄を引き起こしたのが“闇の主”その人であり、再びの災厄を防ぐためにも討伐が必要であるという預言。
それが、きっかけだ。
当然、ここに致るまで紆余曲折あった。
諸侯の思惑。闇の主、そして闇の森への恐れ。魔術師ギルドへの折衝。
誰もが、好んで闇の主を敵に回したいとは思わない。
地、水、火、風に光と闇。
それら魔法の六属性それぞれを冠する“主”の称号は、各属性を究めたとされる最も強大なる魔導師を示す。
トゥエン・ディンは人間の身でありながら、長年不在であった“闇の主”の座に就いた。
実力の無い者はたどり着くことも出来ぬ黒金の塔へ入り、守護者達をねじ伏せ従えさせ、ダークエルフ氏族達とも盟約を結び、塔とその地下に貯えられた様々な遺産を手中に収めた。
大学、そしてギルドの歴史上を見ても、破格の存在であった。
その闇の主トゥエン・ディンと、光魔法の使い手達を中心とした聖光教会との全面対決というのは、これもまた破格の出来事なのだ。
本質的な意味では、闇魔法と光魔法というのは敵対してはいない。
他の四属性において、火と水、風と土が相反する相克関係にあるとされるが敵対しているわけではないという事と同じだ。
しかし、一般的なイメージでは、そうでもない。
光魔法の多くが、祝福や治療、治癒、毒の浄化等々の効果を持つのに対し、闇魔法には呪いや腐敗、毒の生成に死者の使役など、陰惨で不吉な印象を与えるものが多い。
そのため、他の四属性と異なり、光魔法と闇魔法に対して多くの人々は、善と悪、生命と死のイメージを投影してしまう。
まして、滅びの七日間という災厄を経て数年の間、聖光教会は人々に施しと救済を与え続け、そして“邪術士”と呼ばれる闇魔法の使い手達はギルドで禁忌とされる邪悪な死霊術を使い“血の髑髏事件”等の問題を起こしていた。
そして、ここにきて聖光教会による神託。
人々の“闇の主”への不信感と恐れは、最高潮に達していた。
諸侯が、細かい軋轢や経緯を脇に退けて、共通の敵としての“闇の主”討伐軍を編成するのには、時勢としては何等支障はなかった。
魔術師ギルドと聖光教会が多くの交渉と協議を重ね、ギルド側から“不干渉”の確約を得たことも、彼等に自信を与えた。
さらには、闇の森のダークエルフ氏族も、討伐軍及び聖光教会と、ほぼ同様の不干渉不可侵の条約を結んだ。
外周部のゴブリン等の群は、討伐軍にとって何等驚異では無い。
しかし中央部のダークエルフ氏族達は、闇魔法に優れ、またウッドエルフ同様の弓と隠密術の使い手である。
人間の多くの正規軍は、数、質のどちらにおいても、平地での戦いであれば負けないだろう。
しかし呪われた闇の森で、ダークエルフ氏族と対峙する事になれば……勝てたとしてもその被害は甚大であっただろう。
そもそも、多くの人間にとって“闇の森”とは本来立ち入ることすら忌避される場所。
仮にダークエルフ氏族を討ち果たしたとしても、領地として得るべき魅力のある土地ではない。
あるとすればそれはまさに、闇の主の住む黒金の塔の中にある、知識と秘宝、なのだ。
魔術師ギルドが不干渉。ダークエルフ氏族とも戦わぬ。ならば、あるいは?
闇の主は確かに恐ろしい。しかしそれでも、所詮は一人の人間にすぎぬ。
何も知らぬ田舎の村人などは、「闇の森の塔に住む魔王」等と呼び闇雲に恐れもするが、聖光教会と有力諸侯の連合軍であれば、勝算は十分にあるはずだ。
帝国という支柱を失った諸侯には、それは実に心躍る魅力的な選択だった。
ダークエルフとの取り決めで許可された場所を切り開いて陣を構え、投石機を組み上げ塔と壁を攻め立てる。
しかしそんな正攻法だけで撃ち破れるはずもなく、別の攻め手も必要だった。
連合軍総司令となったリッカルド将軍は、疾風戦団以外にも各地の傭兵団や野盗崩れ等も金で雇い入れ、その第二の手段に当たらせた。
それが、地下洞窟の探索、だ。
黒金の塔には、表に見える不吉で高い闇の如き漆黒の塔部分の下に、遙か広大な地下迷宮があると伝えられている。
加えてそれらは、闇の森各所の地下洞窟とも通じているのだ、とも。
内部には魔獣や呪われた不死者が徘徊し、また地下迷宮には闇魔法で創られ、召喚された守護者達に死の罠が張り巡らされている。
そこを探索、調査して、露払いとして魔獣を屠り、罠を解除、破壊。地図を作り可能ならば塔内部への進入口を見つけ出す。
それが「依頼」だ。
ハイリスクだがハイリターン。
仕事の達成度により報酬は上がる。
得られた情報が侵攻の役に立てばさらに上がる。
途中で得た財宝や収穫物はある程度自由にして良い。
つまるところ、実力さえあれば山のような利益が得られる。
無ければ……? さまよう死に損ないの仲間入りをするだけだ。
疾風戦団はこの手の「依頼」に関しては、他の傭兵団や野盗崩れなどより、遙かに長けている。
戦働きとなれば傭兵団。略奪となれば野盗、山賊。
しかし魔物退治に探索と宝探しなら、疾風戦団だ。
「班分けは話したとおり。
第一班ラシードは中央部。
第二班ナオミ、北。
第三班ジャーンダ、西。
第四班ロガ、南。
第五班ダヴォン、東。
残りは交代要員として陣にて待機」
そう告げるのは、この討伐隊任務の隊長を務める疾風戦団副長の1人、エリス・ウォーラーだ。
彼は一見すると体格も小柄な人間の中年男性にしか見えない。
実際、戦団副長の中では戦士としての力量は高くないが、魔術にも明るく知識が広い。
何より指揮能力が高いため、規模の大きな遠征のまとめ役によく抜擢される。
柔和で、ともすれば童顔にも見える顔立ちに、濃い髭を生やしているのは威厳づけの為なのだろうか、実際に彼を知る戦団員ならば、そんなハッタリ等必要ないことを分かっている。
「よう、お嬢様」
そう声をかけてくるのは、胸当てと特殊な篭手を身につけた女戦士、カイーラ・ウォーラー。
名前で分かるとおり、エリス・ウォーラーの縁者。端的に言って娘だ。
父同様に小柄だが、体術に抜きんでており、魔力の込められる特別製の篭手を利した格闘術を使う。
「ウチの班じゃアンタが要だから、アタシの側を離れんなよ。
きっちり、守ってさしあげるぜ?」
自由奔放で勝ち気な性格……ではあるが、時折この様に挑戦的な態度をあからさまにする。
彼女が私に対してある種のライバル心のようなものを持っているのは誰にも明らかではあった。
英雄の父を持つと言うことで、どうあれ私は特別視される事が多い。
羨み、やっかむ者。取り入ろう、利用しようとする者。或いは血の髑髏事件での責任を、死んだ父のせいだと言い張り罵る者……。
私が実力主義の疾風戦団に入ったのは、そういうしがらみから抜け出したい、という意識もある。
カイーラの立場は、私とやや似ている。
かつての英雄の娘と、戦団内で尊敬を集める副長の娘。
何を為しても、自分の名よりも親の名が先に来る。
自分の実力より、血筋をまず問われる。
その彼女が、私に対して複雑な感情を抱くことは不思議ではない。
そしてその複雑な感情を上手く処理出来ずに、結果当て擦りや揶揄を混ぜた攻撃的言動になるのも、分からなくもない。
分からなくもないが、正直、「面倒」なのだ。
サッドといい、カイーラといい、私に対して勝手な投影や思い入れをし、何やかやとちょっかいを出してくる。
正面きって喧嘩を売られるならまだ良い。
敵対するでも、友好的に振る舞うでもなく、ただ周りを飛び交う羽虫のようだ。
私は彼らにいちいち反応をしない。
反応したところで、ただ煩わしさが増すだけだ。
なので、戦団内では波風は立っていない。
カイーラの私へのライバル心も、若者同士の競い合いでもあるかに受け止められている。
どうでも良い。そう思われていても構わない。
私には目的があり、戦団内での地位や序列、揉め事や軋轢などは知ったことではない。
彼らのことなど、どうでも良いのだ。
「カイーラ、つまらない話はそのくらいにしておきなさい」
「はいはい。
相変わらずお真面目なこって」
軽く窘める様に割って入るのはリタ。
カイーラの姉である弓使い。
当然ながら彼女もまた副長エリス・ウォーラーの娘なわけだが、性格はまるで違う。
真面目で実直。正確に親の名に恥じぬよう期待通りに任務をこなすことと、妹の無茶をフォローすることしか考えていない。
彼女たちのコンビは実のところかなり相性が良く、姉妹故の呼吸の良さに、勢いのあるカイーラと正確な射撃のリタは、常に一緒に任務を請けている。
この二人と、チーフスカウトのサッド、魔装具使いのドワーフ、タルボット。
そしてチームリーダーの重装斧使いのダヴォン・マッカーシーと私を加えた六人が、第五班の面々であった。
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