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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-135.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(63)「いや、それこっちのセリフ!?」
しおりを挟む猪人。 獣人種の中でも特に南の方、猿獣人の王国アールマールよりもさらに南の高原地域に多く住むとされる蹄獣人の一種。
蹄獣人の仲間は、東の半人半馬ケンタウロスの住む草原地帯なんかにも一部生息しているらしいが、クトリア近辺で見かけるのはかなり珍しいはず。
種族的特徴としてはとにかく頑強、タフネス、そして凶暴にして猪突猛進 。この辺はオークの特徴とされるものとやはり似ている。
蹄獣人の多くは犬獣人や猫獣人とは別の意味で戦士向きの者が多いと言われるが、その中でも猪人は格別だ。小回りは効かず手先が不器用だが、とにかく分厚い筋肉に突進力はとてつもない。
その、今現れた猪人が、リカトリジオスからカーングンスへの同盟締結の使者だと言う。
リカトリジオスは犬獣人の興した軍だが、犬獣人以外の獣人種も所属しているとは聞く。人間種も居なくはないが、それらはほぼ全て奴隷か戦奴。
とは言え、他の種の者も居るものの、リカトリジオスが犬獣人中心の組織なのは変わらない。そのリカトリジオスから蹄獣人でありながら同盟の使者として来ているというのは、かなり実力があるか、功績を立てたのか、その両方か……。
何にせよ、この“血の試練”での「10人のカーングンス達から10発ずつひたすら無抵抗で殴られ続ける」という試練を、ほんの数時間で終わらせた数少ない一人だという。
「よう、おもしろそうじゃねーか。俺にもやらせろよ」
「なッ……!?」
「何言ってんだおめは!?」
猪人のその言い様に、そう口々に異議を唱えるのは、マーゴと若巫女様側の若手カーングンス達。他の者達はざわめきつつも、目立って否定的な反応はない。
「イーノス、悪いがもう最後の相手は俺がするごどになってる。こごは遠慮してもらえねえが?」
若君様アルークがそう言うが、
「俺だって“血の試練”で力を証明したんだぜ? 今更仲間外れはねえだろうよ」
「もちろんそうだ。だがここは……」
リカトリジオスの中で決闘にて己の力を証明することが神聖視されるのと同様、カーングンスではこの“血の試練”で力……と言うか、根性を証明する事は神聖視される。だから、それを証明したこの猪人の言い分を無碍には出来ない。
「それによ、こういうときに誰を相手にするかを決めるのは、あいつの側だろ?」
あいつ……とは、もちろんアダンのこと。
「おう、ちょっと休息をくれ」
そのごちゃついた状況に、イベンダーがするりと割って入る。
アダンを呼び寄せ、額を合わせての作戦タイム。
「おいどうするよ? 確かにあの若君だかなんだかってのも腹に一物あるかもしれないけどよ。かと言ってあのデカブツ……あんなのに殴られたら、いくら鈍感アダンでもたまったもんじゃねえぜ」
「しかも、リカトリジオスなんですよね? 明らかに妨害してきますよ?」
「……だが、あの猪人、今の状況を理解しているのか?」
「確かに…… 僕らが今、“血の試練”を受けてる理由が、若巫女様の思惑に沿って、リカトリジオスとの同盟を破棄させる為だということを知っててここに来ているのかどうか……」
あの猪人は、「狩りに夢中になってて遅くなった」と言っていた。
それが事実なら、僕たちが何故ここでこうしているのかを知らない可能性は高い。けど……。
「いや、そこは分からんし、分からん以上、希望的観測じゃなく最悪のケースを想定して考えるべきだな」
「最悪……は、何です?」
「───そうだな、例えば…… 刺客を雇って俺達を襲撃したのは奴。そしてだから奴は俺たちについてある程度情報を持っている。この機会に乗じて俺たちの戦力ダウンか口封じを狙い、殺しにかかる……」
「───そりゃ、最悪だな」
イベンダーとJBの言葉に応じて、全員の視線がアダンへと向く。
「……おい、おいおいおいおいちょっと待て、待てよコラ、待ってったらよ? お前ら何そんな目で俺を見てんだよ?
俺が? あいつに? 殴られたぐらいで? 殺されるってか? おいおいおい、舐めてもらっちゃ困るぜ、おい」
「舐めとらん。舐めとらんが……それでもだ」
何だろう。 そんなに付き合いが長いわけでもないし、彼のことをよく知ってるかと言われるとそうでもないんだけれども、アダンってばこんなに強気の押せ押せタイプだったっけか? ……と、やや疑問に思っていると、
「おいアダン、若巫女様とかマーゴとか……女の前だしもうちょっと“ええ格好”しとこう……みたいな考えなら、止めとけよな?」
とJB。……あ~、はい、そっち……ね。
「はァ……!? そ、そ、そんなワケねぇだろ!? てか、お前、まあ、仮に!? 仮にそうだとして、そりゃ、女の前で格好つけられねーなんてな、男が廃るだろうよ!?」
ほぼ自白ですね、ハイ。
「……お前のそれが格好良いかどうかは別として……だ」
低く、落ち着いた、冷徹さすら感じさせる声でエヴリンドがそう続ける。
「仮にここで最後の一人を明日に延期したり、やり通せず持ち越したりとしてもそれ自体は大きな問題じゃない。
刺客にしろあの猪人にしろ、このカーングンスの野営地で仕掛けてくるほど馬鹿じゃあるまいし、そうしてくれればむしろしめたものだ。今度こそ返り討ちにし、証拠も得られる。
だが、仮に持ち越しになった場合、どちらを相手にしたかというのは重要だ」
「……そりゃあ、どーゆー意味だ?」
「あの若君様……アルーク相手に膝を折り持ち越しになったとしても、連中の評価が極端に下がることはなかろう。
何せ次期族長、つまりこいつらにとっちゃ英雄みたいなものだ。むしろその英雄を相手に善戦すれば、それだけで評価は上がる」
「ああ、そうか。確かにそうだな」
「んあ? な、何がだ?」
頷くイベンダー、まだピンと来てないアダン。
僕はと言うと……いや、言いたいことは理解できる気がする。ただそれがそんな……う~ん……。
「つまり、あの猪人とお前とで、ガチの“信頼度の比べ合い”になっちまう……て事だろ?」
そこにそう入って来るのはJB。
「そういう事だな。
“血の試練”が、カーングンス達にとってそいつの根性と信頼度を計る目安になってる以上、あいつと直接やり合えば、それがそのまま、俺たちとリカトリジオスのどちらかより信頼出来るか……の話にすり替わっちまう」
あ~……。
信頼度の比較、という意味では、確かに達成までの期間や何かでも同じだが、彼らの目の前で直接やり合う形になれば、より大きく、分かり易く比較される。
「……えっと……それはつまり、あの猪人にこちら側の主張を妨害する意図があれば、別にどさくさに紛れて殺す……なんて真似をせずとも、ただカーングンス達の目の前でアダンさんに恥をかかせるような形にすれば良い……と言う事ですか……?」
「そういう事だな」
ダミオン君の問いに、イベンダーが答える。ううむ、またなんつーか、ややこしい話になって来たなあ。
だがそこで、再びアダンが神妙な顔をして、
「……てことはよ……それ、逆もあるって事じゃね?」
と。
「逆?」
「つまりよ、俺が野郎の拳を10発見事に耐え続けりゃ、それだけで俺の信頼度が野郎の……リカトリジオスの信頼度の遥か上を行く可能性もある……って事だろ?」
それは……確かにそうかもしれない。
「そりゃ……まあ、確かにそうかもしれんが、すでに90発も殴られ続けとるんだぞ?
確かにお前さんの防御術からすりゃ、90発程度は大したことじゃないのかもしれんが、それでもスタミナは落ちてるし、いろんなところが腫れてもいる。
ここで回復ができない以上、リスクの方が高い」
イベンダーのその言葉に、アダン以外の全員が頷く。
「……とにかく、あの猪人のやり口に乗せられても、こっちにゃ何の得もねーのは確かだな」
JBがそうまとめ、アダンの目を見て確認。アダンは軽く小首をかしげるような、肩をすくめるようなジェスチャーをしつつ、肯定なのか否定なのかよく分からない反応。
その曖昧な反応にエヴリンドがギロリと睨むが、それを慌てて僕がたしなめる。ダメよ、そういう反応、反発されるから。
□ ■ □
「おーいどうしたよ。あンまり待たされてっと、こっちも眠くなっちまうぜ?」
生あくびを噛み殺すような仕草をしつつ、猪人がそう大声でがなる。
「おう、待たせたな! 英雄は……遅れてやって来る……てな!」
手首足首をぐるんぐるんと軽快に回しながら、元の場所へと戻っていくアダン。
広場の真ん中にはトーテム……カーングンスが祖霊として祀っている狼の意匠の彫られた飾り柱が建てられ、八方には篝火。祖霊の柱の両脇にアルークと猪人が立ち、奥にはアーブラーマ、トリーア、アーロフ達。
そして試練の場である広場の中では、数人のカーングンスやリカトリジオス兵が石をどけて砂をまき直し、地均しをして整えている。
その合間をゆっくり、威風堂々とでも言うかに歩くアダン。
「で、どうすんだよ? 俺か? アルークか? 別によ、俺はお前の邪魔してーワケでも、いじめてーワケでもねーからよ。無理して俺に殴られる方を選ばなくたっていいんだぜ?」
声の調子はあくまで陽気。だがこの物言い、明らかに挑発だ。
「なあに、なんてったってこの“血の試練”は、カーングンスにとっての栄誉ある試練だろ? 最後の最後で締まりの悪いことになったら申し訳ないからよ、ちっとは慎重にもなろうってもんさ」
返すアダンは、やはりそう明るく返す。おお、挑発に乗ってないね!
で、そのアダンから見て左側にいるのがリカトリジオスの使者の猪人。そして右手側にいるのがカーングンスの若君様ことアルーク。
明日に延期……は、まあ無い流れ。 もとより延期する予定はなかったが、この猪人のいやらしいところは、「延期するか、続けるか」という選択を、「猪人とアルークのどちらを選ぶか」、という選択に巧妙にすり替えてるところにもある。
この流れに持ってこられたら、「じゃあ、やっぱ明日で」とは、なかなか言えない。
アダンはやや思案するかに腕を組みもったい付ける。
さっきアダン自身が言ったようにカーングンスの栄誉ある試練、ということを強調すれば、その最後の相手に次期族長のアルークを選ぶというのはものすごく自然だし、彼らの敬意を失うこともない。
アルークはアルークでリカトリジオスびいきの可能性もあるが、猪人に殴られるよりはマシだ。
「……ようし、俺は───」
ようやくアダンが右手をあげ、その拳を対戦相手へとゆっくりと下ろす。
下ろして、指し示すのはもちろん……。
「……え?」
「は……!?」
「ウハハハハ、そうか! 俺とやるってか!? いいぜ、やってやんぜ!!」
「何で……ッ!?」
何故か本人も「信じられない」みたいな顔で呆然としつつ、 きっちりと突き付けた右手の拳の先で、一人猪人が大笑いをしていた。
その笑い声は、赤壁の渓谷の中、いつまでも木霊している。
「え!? な、何で……!?」
いや、それこっちのセリフ!?
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