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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-119.マジュヌーン(71)農場にて -だろう生活ながら毎日
しおりを挟む合流してからの帰路は、来た時よりもかなり大人数になっていた。
ボルマデフの妻子と、同様に扱われていた女奴隷にその子供たち。カリブルとルゴイが預かった少年兵や予備兵。それに、俺が預かった奴らを含む人間種の奴隷たち。
さらには、混乱の中でマハとムーチャが集め解放した、囚われていた猫獣神たちも居る。
総勢で70人近く。今の農場の住人の倍以上だ。
あの炎の刺青を入れた奴と数名は、他の多数の奴隷たちと一緒にクトリア方面へと逃げたらしい。今ならルチアの同郷の奴のこととかも素直に教えてくれるかもしれねえが、まあ今更だな。いつか機会があれば……そしてもし奴が生き延びていたら……クトリアに行って話を聞いてみてもいいかもしれねえ。
なんにせよ、増えた道連れと一緒に砂漠の道無き道を歩いて帰る。
最初の数日、俺は甲羅馬の牽く砂ゾリの上で荷物と共に寝込んでいた。腕の怪我や失血、魔女食屍鬼に生命力を吸い取られたこともあるが、その上で“災厄の美妃”からのドーピングみてーな妙なエネルギーで動き回ったことの反動が来たんだろう。
マハもルゴイもかなり心配して甲斐甲斐しく世話を焼いてくれはしたが、何でか俺の中ではこれで衰弱して死ぬってことはあり得ねーってな確信があった。
レイシルドはあまり強くは無い回復魔法を使えるとかで、寝る前に起きる時、昼の食事休憩の時に、少しずつ回復呪文をかけてくれた。
アホのアスバルはたいした怪我もしてない癖に、「マハっち~、俺の怪我も優しく手当てしてぇ~ん」などと言ってムーチャに糞苦い薬を無理やり飲まされる。
そしてカリブルは、連れて来た少年兵達にほぼ付きっきりだ。
予備兵、戦奴の中にはついてこなかった奴らもいる。既にリカトリジオスへの忠誠心が完全に出来上がってた奴もいたし、ボルマデフ同様に家族や仲間を他の部隊に残してる者もいた。
少年兵の中にもリカトリジオスの“教育”が行き届きすぎちまってる奴らも居たが、カリブルはそいつらに関しては半ば力づくで攫うようにして連れてきた。数年前までリカトリジオスの少年兵で、実年齢は18才だというカリブルからすれば、かつての自分同然の奴らだ。放っておけるワケもない……という所だろう。
幾つかの“砂漠の咆哮”の野営地を経由して、ラアルオームまでたどり着いたのは17日後。
猫獣神たちは野営地で他の“砂漠の咆哮”の奴らに預けて、本来の部族を探して貰うことになった。中にはすでに捜索依頼の出ていた猫獣神も居るようで、もしかしたらけっこうな報酬が得られるかもしれない。
夕方には農場にまで着いて、その日はカシュ・ケン主催での帰還と歓迎のパーティーだ。
途中の野営地から速達の手紙を出していて、かなりの人数が居る事を伝えておいたから、事前にかなりの準備をしてくれていたようだ。
特段贅沢でも豪華でもないが、農場で採れた作物に、俺やマハが穫り貯めていた狩りの獲物。バールシャムやヴォルタス家が拠点としている東海諸島の海産物に、アールマールの密林地帯の果物類。そしてカシュ・ケン特製のバナナ酒に、アニチェト・ヴォルタス製のヤシ酒。種類の豊富さに関しちゃなかなかのものだ。
まして、小便水と残飯ばかり口にしていたリカトリジオスの奴隷にとっちゃ、涙なしには食えねーもんだったろう。
実際、現金な話と言えばそうなるが、リカトリジオスの洗脳が効いてた少年兵の数人も、この食事だけでかなり態度が軟化した。
生まれたときからリカトリジオス内に居たような少年兵は、その中での過酷な生活しか知らない。
ただ命令された通りに訓練をし、命令された通りに戦い、命令された通りに殺してきた。
それは奴らが望んで得た生き方じゃない。攫われたにしろ、リカトリジオス内で生まれたにしろ、奴らには選択権のない生き方だった。
その閉ざされた世界の中に生きてきた少年兵たちに、初めて「リカトリジオスの外側」を見せてやることが出来た。
初めは呆然とし、それから恐る恐る、そして半ば貪るようにしながら、「うめぇ、うめぇ……!」と泣きながら食う奴らのことを、一体誰が笑えると言うのか?
たかが食い物、されど……食い物、だ。
▽ ▲ ▽
「マ、マジュヌーン様……」
翌朝、急拵えで詰め込んだ天幕の中から出てきた南方人奴隷の一人が、そうおそるおそるとでも言うかに声をかけてくる。
「あの、わ、わたしら、その、な、何をすれば、よろしいので……」
朝飯前の軽い運動後の時間だ。炊事場ではカシュ・ケンとリムラ族のモーグ達が昨日の残りをぶっこんだスープなんぞを中心に朝飯を作っている。
「……もうじき朝飯だから、顔でも洗っておけば良いんじゃねーか?」
そう言うと呆けたような顔で口を開けて黙り込む。
しばらくして、俺はその南方人奴隷が言いたかったことをようやく理解し、
「あー……、ま、その辺のことは、飯が終わってから話すわ。適当に待ってろ」
とだけ返す。
何せ、今や80人超えの大所帯だ。俺たちが着く前に食器類なんかは揃えてくれたらしいが、さすがに椅子、テーブル類までは揃えられてねえ。
天幕を設置しておいた空間の真ん中あたりを仮の大食堂としてひとまとめに集めての地べたでの食事。
昨日の夜はかなり面食らいはしたものの、それでも酒や雰囲気に飲まれて賑やかしくもなっていたが、一晩あければありゃ夢か幻か、てなもんだ。現実の状況に頭が追いついていかねえって感じで、どいつもこいつもぼーっとしたツラしてやがる。
「よーし、とりあえずだいたい飯は終わったな? まだなら食いながらでも聞いてくれ。
改めて、俺はカシュ・ケンってな者だ。こっちのでけぇ犀人はダーヴェ。で、マジュヌーン、マハ、ムーチャ、アスバル……は、説明するまでもねーな?
一応、ここは俺たちの農場で、他にも働き手やらは居るが、その辺は追々な」
同じ猿獣人でも、ムスタみてーな強面じゃなく、愛嬌のあるカシュ・ケンによる「今後のこと」への説明会。
「で、ここは残り火砂漠の南、砂漠南端にあるラアルオームの街の近く。西に行き山を登れば猿獣人の王国のアールマールの入り口都市のサーフラジルで、川沿いに東に行けば港湾都市のバールシャム。
そこからなら、さらに南の蹄獣人の住む地域にも、東海諸島経由で北のクトリア方面や東方の火山島とかにも船で行ける」
地面に棒で簡単な図を書きながら、カシュ・ケンが説明する。
「そんでまあ、まずあんたら───南方人、クトリア人のあんたらたけど、バールシャムやラアルオームで働き口見つけて生活したいなら、河川交易組合やら知り合いの商人、職人らに紹介も出来る。
クトリア方面に戻りたいなら、ヴォルタス家の船に乗せてもらえるよう頼むことも出来る。あとまあ、東海諸島に働き口探したいなら、それも話は聞いてみる。
それと、もしこの農場で働きたいなら、それも後で話を聞くぜ。さすがに無条件に誰でも受け入れる……てなワケにゃいかねえがよ。
ま、急にそう言われても決められないだろうから、二、三日は天幕暮らしでこれからのことを考えてみてくれ」
これらは、昨日のうちに話し合って決めておいたことだ。とはいえ話し合ったのは俺とカシュ・ケンとダーヴェだけで、アスバルは「えー? 面倒くせーからおめーらでテケトーに決めといてよー。俺、知ぃ~らね」と言って、さっさとどこぞの女の所へ行っちまったけどな。なので今もここには居ない。
この話を一通り聞いても、南方人やクトリア人たちはやはり呆然としたように反応が薄い。
しばらくして、一人の南方人が、
「……あの、それ、は、その……」
といいかけつつも言い淀む。
それを別の南方人が引き継いで、
「お、俺たちは、ここで奴隷として働くんじゃねえの……です、か……?」
そう、やはり呆然としたように言う。
「何だお前ら、奴隷になりたくてついて来てたのか?」
「い、いや、そ、そういうワケじゃねー……です、けど……」
「……砂漠で迷って死ぬか、リカトリジオスよりはマシな扱いになりそうな所に行くか……どっちかっつったら……なあ……」
あの炎の入れ墨のあった南方人なんかは、砂漠を迷ってでも自由への道を探すことを選んだが、こいつらは今よりマシで、無策で逃げるより安全な方を選んだ、てところか。
ま、結果論で言えば正解の選択肢だったとも言えるだろうが、これはこれで覚悟のいる話だ。
シーリオやボバーシオ辺りの北の都市部で“砂漠の咆哮”が活動を広げだしたのは比較的最近の話で、残り火砂漠でも中央から西の方に住んでた南方人なんかは、多分ほとんど犬獣人や猫獣人のことは知らない。知ってて、砂漠の村々を渡る商隊部族の猫獣人ぐらいだ。
そしてリカトリジオスが奴隷として狩り集めていたのは、主にそちらの方の住人。
だから、生まれて初めて会った獣人種がリカトリジオスで、その後はずっとその奴隷……みたいな奴の方がこの中には多いはずだ。
そう言う連中にしてみれば、猫獣人だろうと猿獣人だろうと、リカトリジオスの獣人と大差ない恐れの対象。
少なくとも今よりマシであって欲しいとの希望……というよか、ある種の賭けでついて来た。
そうだな、状況的にはそれこそクトリアの地下街で目を覚まし、過去の……前世の記憶ばかりが鮮明なままでなんとか集まり、その中で「王国軍に投降する」か、「クトリア地下街に残って隠れ住む」か、「とにかくあの場から逃げ出す」か、との選択肢を突き付けられていた俺たちみたいなもんだ。
そして、紆余曲折あって結果として今、俺たちはここでこうしてやってけてるが、王国軍に投降した奴らや、地下に残った奴ら、そして静修さんをはじめ、あの後別れて「リカトリジオスへ投降する」と言う4つ目の選択肢を選んだ連中がどうなってるか……それは未だに分からねぇ。
「とりあえずタダで飯食わせて泊めてやんのは数日だけだ。それ以上居るなら、ちったぁ働いてもらうぜ? あと、飯の内容も昨日のみたいなのはもう期待すんなよ?」
俺は軽くケチ臭い事を言って話を締める。それでもまだ、大半の南方人やクトリア人たちはなかば半信半疑……てなところだろうな。
「……で、犬獣人の連中は、俺じゃなくこっちの奴の話を聞いてくれ」
選手交代。カシュ・ケンの代わりに真ん中に立つのは当然カリブル。
「我が名はカリブル。誇り高き魔獣狩り戦士の部族、猛き岩山の者だ。
まず、お前たちの中に、戻るべき部族、家族のはっきり分かっている者は後で名乗り出てくれ。“砂漠の咆哮”や猫獣人の商隊部族等の伝手を使い、戻ることが出来るかどうかを確かめる。そして戻れると分かって後、戻ることを望むのならば、帰れるよう手伝おう」
何人かの犬獣人たちが僅かにざわめく。
「次に……ボアルボ! ロワイラ! ポリマデフ! リアンガ!」
そう呼ばれて応じる四人は、それぞれ微妙に体格や毛色などは違うが、大体がカリブルとよく似た垂れ耳短毛、短躯だが筋肉質で、マズルの短いへちゃむくれ顔の連中。そう、つまり猛き岩山の生き残り達だ。
それぞれに古傷だらけの古強者。半分はボルマデフ同様に、少年兵、奴隷から鍛え上げられ、戦奴となっていた。
呼ばれた四人は、そのまま前へ出てカリブルの横に並ぶ。
「我等はこの地を借りて、猛き岩山の野営地を設営する。
戻る場所のない者は、我が部族、猛き岩山の一員として迎え入れる」
これも、昨夜の内に話し、決めておいた事だ。
▽ ▲ ▽
部族の仲間との感動の再会は帰りのウチに済ませてある。遠目にはほとんど同じような不細工なブルドッグ面が5人も揃って、抱き合い泣き合いしていてなんとも笑える光景だったが、そこで勢いづいた一人が「我らで部族の故郷を奪還だ!」なんぞと言い出した。
ま、そこで当然揉める。
根は単純武人バカではあるが、ここ何年も外部からリカトリジオスの動向を調べ、追い、時には幾つかの部隊とも戦ってきていたカリブルは、その脅威を一番に分かっている。
特にカリブルたち猛き岩山の故郷は、残り火砂漠の中でも西の方。リカトリジオス勢力圏の中でも奥の奥だ。奪還どころか、戻ることすら難しい。
対して、リカトリジオスの戦奴として取り込まれ、各地を転々としていた連中は、リカトリジオスの酷薄さや残虐さに、内部の細かいことや何かには詳しいが、今現在のリカトリジオスの規模や活動範囲等の全体像はむしろ俺たちより分かってない。
これは猛き岩山の生き残りたちだけに限った話じゃあない。奴隷も少年兵も、多かれ少なかれ全員そうだ。
ただそれが、リカトリジオスへの過大評価と恐れに繋がる者もいれば、ある種の過小評価、侮りに繋がる者もいる。
俺が動けるようになるだけの体力を回復するよりも前から、カリブルと猛き岩山の生き残りたちはそんなこんなでガーガーガーガー言い合ってやがった。
あまりにもうるさくて鬱陶しいもんだから、いい加減俺も頭に来ちまって、
「やかましいぞ、てめえら! ガタガタガタガタくだらないことばっか言い争いやがってよ! いいからおめーら、とりあえずは俺んとこに住め!」 と言っちまった。
「む、むむ……いや、だがお主のところは、ありゃ……農場だろ?」
「我等猛き岩山は魔獣狩りの戦士の部族だ。ヤシの木やサボテンを植えたりはしていたが、農作業なんぞしたことはない」
「知るかよ! そもそもてめーらにそんなもん期待するわけねーだろ!
大体、集まったってったって、結局まだ5人しかいねーじゃねーかよ。それで部族の再興だの故郷の奪還だのよう言えるわ。
それによ、おい、カリブル。
あの連中を連れてくって言い張ったのはテメーだろ? たった5人ではるか西まで故郷を奪還するまでの間、あいつらの事はどーすっつもりだ?」
あいつら……てのは、部族の仲間以外の元女奴隷や少年兵、予備兵たちのこと。
当たり前だがそこを言われれば奴らは弱い。もともと仲間意識の強い犬獣人で、さらに境遇からも他の奴隷たちに共感しているのはカリブルも他の猛き岩山の生き残りも同じ。
さらにはボルマデフ同様、女奴隷を与えられ妻としている者も居る。
「俺ら猫獣人と違って、おめーら犬獣人は仲間の結束が最大の強みだろ? まずはここに居る連中で立て直せよ。
特に……」
▽ ▲ ▽
「───我等猛き岩山は勇猛なる魔獣狩りの戦士の部族だ。この地域には危険な魔獣はそう多くは無いが、魔獣以外の獲物は多い。
我等の一員となり、心身を鍛え、技を磨き、より強き犬獣人戦士となる。
だが、我等が自らを鍛えるのは、他の部族を攻撃するためでも、侵略し征服するためでもない」
この演説は、特に少年兵たちへと向けたものだ。
かつてリカトリジオス内で少年兵だったカリブルたちは、リカトリジオスが少年兵に何を教え込むかを知っている。
リカトリジオスでは強さが全てだ。強い者は弱い者からあらゆるものを奪う。奪われた弱いものは自分よりさらに弱いものから奪う。
強さ、そして勝つこと、奪うこと……。それだけを教えられ育って来た。
それらの全てを、いきなり最初から全部否定することはできねぇ。今まで教え込まれ支柱としていた生き方を、全部否定したら混乱もするし反発もする。
だから、「強き犬獣人戦士となれ」と言う部分だけは残す。
それはカリブルたちの猛き岩山の在り方とも変わらない。ただ、その“強さ”の先に求めるもの───そこだけは変える。
「真に強き犬獣人の勇士は、弱き者から奪うのではなく、与える。弱き者を攻めるのではなく、守る。奴隷など求めぬ。求めるは強き友であり、仲間であり、家族だ」
カリブルはそう演説を締めくくる。
それがあの少年兵たちの心にどれだけ響いたかってなぁ、まあ今の段階じゃ分かりゃしねえがな。
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