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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-114.マジュヌーン(66)砂漠の砂 -暴動チャイル
しおりを挟む空白の間はほんの数瞬……と言いてえとこだが、いや、多分そこそこの間は間抜け面を晒していたかもしれねぇな。
「……違う、俺、カイ」
「とぼけずとも良い。お主の事は以前から知っておる。まあ、アールマールであれだけの事をしてのけたのだ。私の諜報網に入らぬわけもあるまい」
凶悪なご面相をさらに凶悪に歪め、タファカーリは話を続ける。
「構えるな。とって食おうと言うわけではない。むしろ私はお主のことを買っているのだ」
天幕内に残っているのは、親衛隊らしき屈強なリカトリジオス兵に、楽隊や舞手等の南方人奴隷たち。俺達の間で何やら問題が起きてることは分かってるだろうが、おそらく指示がない限りは演奏を止める事は出来ねーんだろう。やや曲調は変わってるが、淀みのないBGMだ。
その妙な状況の妙な緊張感の中、俺はタファカーリと対峙しつつ、心臓の上へと手を這わす。
「生前のヒジュルが最も目をかけていた“家畜小屋”生まれの猫獣人……。だからこそ、お前はヒジュルの培った多くのものを受け継いだ」
目をかけていた? 少なくとも“
砂漠の咆哮”内でそんな扱いだったとは思えねえ。
有り得るとしたら、そう、“災厄の美妃”を受け継がせる新たな“持ち手”の候補のひとりとして……と言うのケースだが、そんな事は当時の俺を含めて誰も知らねー話だ。
知っているとしたらそれは、このタファカーリが“闇の手”の一員だという場合だけだろうが……いや、まさかな。
何にせよ、じっとりとした嫌な汗をかきそうな気分だ。タファカーリが何を知ってて何を意図しているのかが分からねえ。何より奴自身言うように、アールマールで反乱を起こし、そこに乗じて新たな傀儡政権を打ち立て同盟関係となるというリカトリジオスの策を妨害したひとりが俺だと言う事を知っているなら、俺は許されない敵のはず。
俺のその疑問を察したのか、タファカーリは話の流れをその一件へと変える。
「アールマールの事なら気にするな。猿どもとの同盟など馬鹿げた愚策だ。あの小賢しい策が台無しになったのは、私からすれば朗報。
しかも……2つの意味で……な」
タファカーリは再び折り畳みの椅子へとどっかと座り、俺へも着座を促す。
用心しつつ、俺は大人しくそれに倣う。
タファカーリからは相変わらず威圧や敵意のようなものは感じられない。和やか……てなワケでもねえが、腰を下ろした事とも合わせ、一触即発、斬るか斬られるか、てな状況でもねぇ。
「何が、良い?」
核心には触れず、そう話を受けて返す。
「一つは、あの失態でワンゴボが処刑されたことだ。あやつはアールマールの策に拘り、東征の進行を妨げておった。あの愚策が完全に費えた結果、我らのクトリア侵攻策がより重視された。この廃都アンディル制圧はその手始め。
古い地下水路を整備し直せば、飲み水の不足も解消され、ここを拠点としての東征がより早まる」
あやつら、に、我ら……。これはつまり、リカトリジオス内部の派閥……と言う事か。
南征、アールマールでの政権転覆から、新政権を傀儡政権として南部での基盤を固めていこうと言う戦略を立てていたのがワンゴボとか言う奴らの派閥で、“不死身”のタファカーリは廃都アンディルを制圧し拠点化し、そこを起点としてクトリア侵攻を仕掛けると言う戦略を掲げていた。
で、俺やルチア達がワンゴボの南征策の一部を潰してしまったため、そいつは失脚し、代わりにタファカーリの廃都アンディル制圧策が重視されだした。
結果的に俺やルチアは、タファカーリの出世に手を貸した……てことになるワケだ。
「愚策を潰し、ワンゴボを失脚させた。それだけでもお主を評価するには余りある」
とても文字通りにゃ受け取れねえ「お誉めの言葉」だ。こりゃ要するに脅迫だ。こっちはお前のやってきた事を知ってるぞ、隠しておきたいなら言うことを聞け……てな話。
「閣下、望み、何?」
引き換えにコイツは俺に何をやらせたいのか? そう聞くと、タファカーリは全く予想外のことを言い出す。
「なに、今度はお主の望みを私が叶えてやろうと思うてな」
▽ ▲ ▽
夜風に乗って、遠くから喧騒が聞こえてくる。アラークブたちが仕掛け、誘導した食屍鬼による襲撃と、それに対応しようとするリカトリジオス兵たち。
それに伴って、とでも言うかに、南方人奴隷たちの奏でる楽曲もまた激しさを増しているが、それでも俺とタファカーリとの間にある冷ややかで緊張した空気を変える事は出来ない。
「……俺の……望み?」
意図せず漏れ出る言葉は、犬獣人語ではなくより馴染んでいたクトリア語。だがそれを受けてタファカーリは同じくクトリア語で、
「───シュー。
この名では馴染んではおらんか?
お主同様、クトリアの家畜小屋育ちで、そしてお主を切り捨て、見殺しにした男……」
俺は、今までの緊張感とはまた異なるぞわりとした悪寒のようなものを背筋に感じる。
「そやつへの復讐───我に従えば叶えてやれるぞ」
したり顔……とでも言うのか。前世の感覚じゃ分かり難い犬獣人の表情も、俺自身猫獣人となり、また数年は生活してきた中である程度読める。
「……フッ……へへ、ヒ……」
これまた意図せず、乾いた笑いがそう口からこぼれ落ちる。
楽しくもなきゃ面白いことも何もねぇ。だが……、
「ああ、コイツは笑えるぜ、まったくよ───」
「そうか、そんなに嬉しいか」
「違えよ、そうじゃねえ」
なかば得意げに歪んでいたタファカーリの顔が、ピタリとここで固まる。
「……ならば何の笑いだ?」
「ああ、アンタは俺を見誤っていたし、俺もアンタを見誤っていた。
そういう笑いだ」
今度は奴の方が俺の発言の意図を読めず、だが、決して愉快とは言えねえ顔でジロリ睨む。
「───アンタが俺をどう読み、どう値踏みしたか……そいつは分かった。
いや、確かにたいした情報網だし分析力だ。
アンタの言うとおり、俺はクトリアの家畜小屋生まれ。そしてクトリアを離れる際に、静修さん……おそらくはあんたの言うシューという犬獣人に見捨てられ、切り捨てられた。
この話は、ほとんど誰にも話しちゃいねぇ。それをアンタが探り出してるって事は、つまり静修さん側に対しての諜報網を持ってるって事だな。全く、すげえよ。素直に感心するぜ」
俺の背景を探り当てたなぁ、俺起点じゃねえってことだ。静修さん側へと探りを入れ、その中からクトリア脱出の際に何かしらのトラブルで見捨てた猫獣人が居たという情報を得る。
その情報を探ると同時に、奴がもともとご執心だったヒジュルについても情報を追ってたんだろう。そこで、最期の教え子となった俺のことと、その見捨てられた猫獣人とを何らかの形でつなぎ合わせて、同一人物であると探り当てた。
で、今回その俺が、自らをゴミ漁りの部族の生き残りと偽ってリカトリジオス内へと潜り込もうとしてきた……。
「だがよ……違うんだよ、その読みはよ……」
「─── 何が違う?」
ここで俺は一旦深く息を吐き、それからこの二人の間にまとわりつく静寂の向こうからの音に耳を澄ませつつ、再び言葉を続ける。
「アンタ───呪われてるな」
「何?」
「俺が知ってるアンタの話は、多分アンタの真実とはまだまだ程遠いところにあるのかもしれねぇ。
それでもアンタのその二つ名……“不死身”の由来は聞いちゃあいる。
そこでアンタに何があって、どれだけの経験をすりゃあそうなるのかなんてなあ、そりゃただ想像するしかねぇ。だがよ……」
“不死身”のタファカーリ。かつて部族ごと人間……帝国の奴隷とされた奴らの生き残り。どんな苛酷な、酷い状況になっても生き残り続けた男……。
それはつまり言い換えりゃあ、それだけとてつもない地獄を見て、それをくぐり抜けてきたってことだ。
そしてそれだけ多くの同朋の死を肌身で感じて来たということだ。
その地獄で見てきたもの、得てきたもの、経験したことその全てが、人間という存在への恨み……復讐心という呪いになってアイツの中に巣くっている。
だから───かつて静修さんにより切り捨てられた俺が、静修さんへの復讐を望んでリカトリジオス内へと潜入しようとしたと───そう読み違えた。
「アンタにとっちゃ、静修さんは今、かつてのワンゴボとか言う奴と同じぐらいに目障りで、排除したい“政敵”なんだろう?
そこで俺を取り込み、静修さんを排除するための上手い手駒にできると考えた……」
けどなァ……。
「悪いが俺は今、静修さんに対する恨みだとか復讐心だとかなンてのは、これっぽっちも持ち合わせちゃいねぇんだよ」
タファカーリが右手を上げる。
取り囲んで居た親衛隊どもが、手にしていた槍を四方から俺へと投げつける。
それをすでに予測して、槍を投げつけられるよりも早くに飛び上がり、手にしていた山刀で天幕の天井を切り裂きながら囲みの一人を蹴り飛ばす。
包囲を抜けると同時に、切り裂かれた天幕の一部が連中の上に覆い被さる。
ここでの判断は難しい。切り結び雌雄を決するべきか。いや端的に言ってタファカーリを殺しておくべきか。
こいつはかなり俺について知っている。つまりは俺が住んでる場所や、交友関係についてもだ。具体的にどこまでかは知らねえが、独自の諜報網があるからにゃ、調べようと思えばもっと調べられるってことでもある。
そして奴の性格気質からすりゃ、一度恨み、そして復讐をしようと誓った相手に対しては執拗なタイプだろう。
その上俺は奴が静修さんを潰したいと思っていて、そのために動いてるって事を知っちまった。
そら惚けて、従うふりをして様子を見てた方が良かったかって? まあその手も考えられなくもないが、そうなりゃ深みにズブズブ嵌まらあ。
そこを踏まえりゃ最善は、ここでこの話を知ってる奴ら全てを潰しておくこと。タファカーリと天幕内の親衛隊全て、だ。
だが、親衛隊の十人、そして、“不死身”のタファカーリ……。
一人でやるには荷が重すぎるぜ。
そこで、新たな一報が、この半ば崩れた天幕内へと向けて放たれる。
「暴動です! 奴隷どもが暴動を起こしています!」
あの入れ墨南方人は、どうやら俺の目論見通りに動いてくれたらしい。
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