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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-113.マジュヌーン(65)砂漠の砂嵐 -ふたりのこと
しおりを挟む長身でしなやかな体躯の南方人奴隷が、くねくねとした艶かしい踊りを踊らさせられている。女顔ってなわけじゃねえが、仕草や表情が妙に艶めかしく色っぽい。だが多分こいつは男だろう。骨格や肩幅はやっぱり男のそれだからな。
楽隊もまた南方人達の奴隷。丸っこいギターみてーな弦楽器に、笛、太鼓……と揃ってる。艶かしい踊りとあわさって、こちらもなかなか色っぽい曲調。
宴の席は今は騒がしすぎもせず、静まり返ったりもせず、まあまあ和やかな雰囲気で各々歓談している。
おそらく明日は廃都アンディル攻略戦の第一歩。敵が食屍鬼達だけなら、この規模の部隊が整然と足並み揃えて隊列を組めば、大きな被害も無く制圧できるかもしれない。
問題は死霊術師に、その支配下にあるだろう変異食屍鬼の群れ。
ただの食屍鬼でも、勢い任せの無計画な突撃なんかじゃなく、何らかの知性ある存在の指揮下に入ればその脅威度は増す。
ドニシャで死霊術師が作った動く死体達が、悪霊の支配下で戦略的な戦い方を始めたみてーにな。
それが、特殊な能力を持つ変異食屍鬼となればなおさらだ。
とてつもない跳躍から一気に距離を詰め、上から攻撃してくる狩人食屍鬼。巨大化した右腕と右肩を持ち、大型バイク並みの突進力で襲ってくる突進食屍鬼。個体としちゃ強くはねえが、カエルかカメレオンみてーに長く舌を伸ばしこちらを捕まえる煙たい食屍鬼……。
こいつらもこいつらで当然厄介。何よりこの連中は拘束力が強い。一度捕まるとなまなかなことじゃあ外せねえ。おそらく誰かの助けがなきゃ、そのままくびり殺されちまう。
だがそれよりも初見でやべえのは、周りの食屍鬼達を呼び寄せ、凶暴化させて攻撃性を爆アゲする爆発食屍鬼だ。
そしてそこにあの、筋肉の塊みたいなでかいやつ、重戦車食屍鬼が来たら?
重戦車食屍鬼は でかくてバカみたいにタフな上、糞でけえ瓦礫の塊や柱なんぞを投げつけてくる。攻撃力や耐久力は他の食屍鬼どもとは桁違い。
反面、やはりその巨体からか速度や機動力に関しては並以下だ。
例えばこのリカトリジオス軍にしても、こちらの被害を度外視して十人隊の一斉突撃で攻撃をすれば、多分倒せるだろう。
だがそこに爆発食屍鬼の臭い汁がぶちまけられれば話は変わる。
雑魚食屍鬼がわらわら集まりだし身動きとれない内に、瓦礫を投げつけられるか距離を詰められ、剛腕一閃、一網打尽。
つまるとこ、この300近いリカトリジオス軍の兵士たちでも、あいつら相手に無策でガチンコ全面衝突をかませば大ダメージ、ヘタすりゃ壊滅……てな可能性も無くはない。
無くはない……が、結局そこはコイツ次第でもあるワケだ。
全体の指揮官、“不死身”のタファカーリ。
そのキーマンたる犬獣人が、傷だらけの顔を俺へと向けつつ、
「さて、猫獣人の勇士よ。
確かに有用な話であったな」
と不気味に笑う。
カタコトの犬獣人語で、その辺りの変異食屍鬼や死霊術師の情報をある程度は小出しにして話している。
別に奴らを有利にしたいワケじゃねぇが、今の俺のここでの立ち位置は廃都アンディルで見つかった情報源。問われてだんまり決め込むのも、露骨なデタラメ吹聴するのもうまくねぇ。そこそこ小出しに、それなりに有用でイマイチな精度の情報を出してかなきゃなんねえ。
「変異食屍鬼への具体的な戦略は明日通達しよう。
各隊長もそれぞれ十分に、どう対策すべきかを考えておくことだ。
我らリカトリジオスの精強なる兵たちは、一糸乱れぬ統率によりその強靭さを発揮する。貴君等の統率力こそが、我らの力である」
なんつーか、ガチガチの体育会系で上からの命令は絶対……みたいなイメージが強いが、こう聞くとなかなか演説がうまい。ただ力ずくで上から押さえつけるってだけじゃなく、うまいこと下を立てて乗せてこう……ってな感じか。
言われた隊長達もまんざらじゃねえって顔でうんうん頷き、または気合を入れ、互いに鼓舞している。
「……ところで猫獣人の勇士よ」
場の様子を一通り一瞥してから、タファカーリは改めて俺へと向き直り話しかけてくる。
「まだ、お主の名前を聞いておらなかった。今更だが、名を教えてもらえぬか?」
確かに今更ながらだ。
「……カイ」
さすがに今名乗ってるマジュヌーンっを名乗るのはまずい。かといって、普段から偽名なんて考えちゃいねーから、思わず口にしたのは前世の名前。言ってからややしくじったと思ったのは、この「カイ」という単語には特に猫獣人語での意味はないからだ。漢字での船の“櫂”を意味する言葉でも使えばよかったが、よく考えりゃ、猿獣人と同じくらいに海嫌いの多い猫獣人の言葉には、確か船の櫂をそのまま一言で言い表す単語はなかったような気もするな。
「そうか、カイ。では、そう呼ばせてもらおう。
お前には何やら不思議なものを感じる。ゴミ漁りの部族出身だと言っているが、とてもそうは思えん」
こりゃまた、おだてかお褒めの言葉なのか、あるいは何かしらの探りのつもりなのか……。
いまいち真意のわからない言葉に、ただ無作法にならない程度に頷き返す。
「それにな、実際お主の戦い方を見てある男を思い出した。
そやつも猫獣人の戦士だった。俺は今まで、猫獣人も犬獣人も含めて、あやつほど優れた戦士を見たことはない」
やや懐かしむような響きのある物言い。
これまた真意の分からない昔語り。やはり曖昧な態度で、ただ頷き返してその言葉を聞いていると、次に出たのはまったく予想外の名だ。
「“賢者見習い”のヒジュル。それがヤツの名だ」
▽ ▲ ▽
この廃都アンディル攻略部隊の隊長……将軍、か? 何にせよその指揮官であるタファカーリの別名、“不死身”と言うのは、勇猛果敢なタフガイという意味合いというより、多くの死地で生き延び生還したというある種の幸運、または機知に対する評価らしい。
そのタファカーリが「今まで見た中で最強の戦士」と評する猫獣人戦士、“賢者見習い”のヒジュル。
表向きは“砂漠の咆哮”の団員であり、訓練教官。
そしてその秘された裏の顔は、邪神と呼ばれる“辺土の老人”が地上にもたらしたと呪われた武器、“災厄の美妃”の先代の持ち手であり、つまりはこの俺にそいつを“継がせた”黒豹野郎。
猫獣人という種族の身体能力は、まさに“生まれながらの戦士”だ。頑強で素早くしなやか。匂いや音にも鋭くて、動体視力も高い。そして同時に、生まれながらの狩人でもあり、盗賊でもあり、暗殺者でもある。
その点で、確かにヒジュルは図抜けていた。
多くの猫獣人は生まれながらの戦士であるが故に、その素質のみで闘い、技術の鍛錬や日々の研鑽を怠りがちな傾向がある。
「鍛錬などということは弱者のやること」とでも言わんばかりの総天然系がほとんど。“砂漠の咆哮”で出会う猫獣人戦士の多くは、多かれ少なかれその傾向がある。
だがヒジュルは、元々の高い身体能力のみならず戦う技術に関しても半端じゃなかった。
特に力のいなし方にそらし方、また、相手の力を利用したカウンターといった、本来ならば力が弱いが故に鍛えるような技術。そういうものをよく研究し、身体的な力に頼るばかりの新人をそうやって鍛えていた。
「ある極秘任務で……だ」
タファカーリはそう話を続ける。
まだ一軍を預かる将などという高い地位にはついていない、斥候働きの下っ端だったころの事らしい。
任務そのものは難しくはなかった。当時はまだ邪術士支配の続くクトリア近郊。もともとは人間たちの奴隷狩りに対する抵抗組織だったリカトリジオスは、獣人奴隷狩りをしていた邪術士の手下達を追撃し、囚われていた犬獣人や猫獣人達を解放した。そこまでは上手くいったが、解放された獣人達を連れて西へと帰還する最中、別の邪術士の手下部隊の追撃を受ける。そいつらは成功した魔人や強化された獣人など強者の揃った特殊部隊。数では勝っていたが、太刀打ちできずに散り散りになる。
逃げ延びた先でタファカーリたちは深い崖に落ち、数人の仲間や助け出した獣人達と、とにかく追撃を逃れるため隠れ潜む。
夜になれば、人間よりも夜目が効き、音や匂いに敏感な獣人たちの方が有利。辛抱強く夜を待ってから移動を始めるが、向こうもそれを見越していた。
怪力巨漢の獣人が崖上から巨石や瓦礫を落とし、炎を操る魔人が攻撃と同時に周囲を照らす。逃げ場を塞がれ追い立てられ、身動き出来ない行き止まりに追い込まれ、たった3人ほどの敵に、まだ5倍はいた獣人達は次々と殺され、また行動不能にさせられる。
タファカーリとあと2人程がただ何とか立っているだけの状態になった時、闇の中からぬるりと現れた黒い塊のようなものが、魔人の放つ炎を吸い取り、消し去った。
それからほんの数瞬。文字通りに「瞬く間」のうちに、気がつけば炎を操る魔人は血溜まりの中倒れ伏し、全身を硬い鎧で固めた巨体の蹄獣人も昏倒し倒れ、もう一人、おそらくは索敵に特化した何かしらの術を使う追っ手も既に半死半生。
「……瞬く間、というのはおそらく、そのとき既に私の感覚が麻痺していたからこそなのだろうが、それでも、いつどのようにしてどうやって奴らを倒したのか、私には見当もつかなかったし今でも分からない」
そう語るタファカーリの声音は、まるでちょいとした恋する乙女。アイドルかスターの話をしているみてーだ。
「その後も、追撃して来る奴らをかわし、撃退し、見事返り討ちにした。
特に魔人たちへの反撃は凄まじく、奴らの魔術のことごとくを打ち破っていた。
私にとっては彼こそが真の勇士だ」
ヒジュルは確かに“砂漠の咆哮”の中でもかなりの凄腕の戦士だったらしい。俺たちの訓練教官だったときにも身に染みて感じていたが、その後の他の団員たちからの風評からもそれは伝わってきていた。
だがそれ以上に、今の話にある「魔人の魔術をことごとく打ち破っていた」というところ。
それは間違いなく、かつては奴の手中にあり、そして今は奴から俺へと受け渡された呪われた武器、黒く歪にねじ曲がった刃を持つ“災厄の美妃”の力だろう。
つまりそれは、タファカーリはヒジュルの野郎が“災厄の美妃”の持ち手となった後に出会ってるということだ。
となると……ヒジュルがヤツを助けたのはただの気まぐれ、また偶然なのか、それともの“災厄の美妃”の持ち手としての意志なのか、だ。
「彼、何故、閣下、助けた?」
話を促しつつそう聞くと、
「……さて、寡黙だったからな。詳しい話はしてくれなかった。
だが彼には何らかの目的があり、クトリアの邪術士たちを見張り、また狙ってるようだった」
“闇の手”のアルアジルが、クトリア王朝末期にザルコディナス三世の組織したイカレ邪術士集団“王の影”の一員だったってことからすりゃ、その当時のヒジュルの動きもアルアジルと通じてものかもしれない。
何にせよ、その辺りの真偽はここじゃ分からん。
問題は、何故今ここでタファカーリの奴がヒジュルの名を出し、その出会いを語ったのか? そのことだ。
俺の戦い方にやつの面影があった……と言われれば、確かにそれはあるのかもしれねえ。
前世での悪ガキ、不良時代の喧嘩テクを除けば、俺がこの世界で覚醒し、クトリアの家畜小屋生まれの猫獣人として、身体の使い方を覚え、学んできた戦い方は、まさにヒジュルの教えそのものだ。
特に他の猫獣人や犬獣人戦士たちと比べた場合の身体的な不利を補うためにも、ヒジュルの使う、相手の力をいなし、そらし、利用するような戦い方は、まさに俺のベースになっている。
さらに他の猫獣人どもに言わせりゃあ、性格気質もソックリだって言うしな。
だが……問題はそういう理由で言ってきたんじゃない場合だ。
用心深く、だが、用心してることを決して悟られないようタファカーリへと注意を向ける。
そのとき……だ。
「閣下! 襲撃です! 異様な姿の食屍鬼達の群れが攻撃して来ております!」
そう報告が入り天幕内の空気は一変する。
▽ ▲ ▽
群れの先頭を行くのは、甲羅馬に乗ったアラークブ。
例の爆発食屍鬼のゲロの入った小瓶をいくつも持ち、それらを定期的に割ってぶちまけて臭いを発することで、まさに夏場の誘蛾灯並みに食屍鬼たちを引き寄せている。
アラークブが囮役をやるのは、比較的体格が小さく身軽だということと、念のためリカトリジオスの兵装をあらかじめ着込んでおくだめだ。
上空から全体の位置関係を把握する役はアスバル。夜目の効かないアスバルの代わりの目の役割としては、やつに背負われたムーチャがついている。
やや離れて並走する形で追うのはマハとレイシルドたち。レイシルドは近い距離でなら、空を飛ぶ小さなウサギのような使い魔を使うことで、互いの連絡役をすることができる。そしてその使い魔を使ってる最中の無防備なレイシルドを守る役目がマハ。
基本的な狙いは、この廃都アンディル攻略部隊の陣内にある程度の混乱をもたらすこと。
カリブルたちがボルマデフの妻子らを連れて逃げ出せるだけの混乱。
別にこいつらを壊滅させようだとか大打撃を与えようだとかいう、大それたことまでは考えちゃいねえ。
「どのくらいの規模だ?」
「およそ50……いや、100……」
「緊急時の誤報は打首だぞ!」
「も、申し訳ありません! 確認できただけでおよそ50! ですが、何より巨大で異様な……」
巨大で異様……となりゃ、まずは重戦車食屍鬼のご招待には成功したか。
変異食屍鬼の中でも、全身が膨れ上がった爆発食屍鬼や、舌が異様なまでに伸び、おそらくそれがふだんは膨らんだ喉に収納されているだろうバランスの悪い体型の煙たい食屍鬼なんかは移動も遅い。
甲羅馬での誘引について来れそうなのはその他に、天高く飛び上がり移動できる狩人食屍鬼、小柄で人の後頭部に乗っかるようにしてとり憑く騎乗食屍鬼、右腕だけ異常なまでの筋肉をして、ブチかまし体当たりを狙って来る突進食屍鬼辺りか。
聞くと見るとじゃ大違い。俺がした説明もそれなり役に立つかもしれないが、それだけで初見でうまく対処できるかって言うとそれは無理だろう。
むしろ俺はある程度は狙いで、未知なる存在の変異食屍鬼への恐怖心をより強く煽るよう心がけてしゃべった。
「各々隊へと戻り、然るべく指揮をせよ!」
宴に集まっていた各隊隊長へそう指示を出す。同時に別の者へも指示して、親衛隊たちが高く力強い遠吠え。
犬獣人お得意のこの遠吠えは、銅鑼や角笛以上に遠方への素早い指揮伝達手段だ。
慌ただしい天幕内を見渡しながら、俺は自分にあてがわれた天幕へと戻ろうとする。
「猫獣人の勇士。お主はここに残れ。奴隷どもなど指揮しても無意味だ。奴らとの前哨戦だ。我が指揮を補佐し、己の価値を示すが良い」
嬉しくもないご指名だ。だが、こいつのそばにいて動きを把握し、また、コントロールできれば、カリブルたちが脱出する条件をうまく整えることができるかもしれない。
そうも考え奴の話に乗ろうとするが、次に発したタファカーリの言葉で俺の思考はかき乱される。
「“砂漠の咆哮”のマジュヌーン。ヒジュルの技を受け継ぐ者よ」
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