遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-108.マジュヌーン(60)死者の都 -月明かりに照らされて

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 足音というよりもはや地響き。決して動きは速くないが、もし追いつかれりゃあパンチ一発でこっちゃお陀仏。
 異常に肥大した筋肉はさながら重戦車。その上……、
 
「うぉ、マジかよ」
 
 思わず漏れるその感想は、重戦車食屍鬼タンク・グールが建物の瓦礫をみしりと掴み、2メートルはあるかという柱をぶん投げたからだ。
 高速で飛来する石柱を避け、芝居がかった高笑いをあげながら、フォルトナは立て続けに矢を放つ。
 重戦車食屍鬼タンク・グールに命中した矢は、赤い閃光を放つかのように輝き燃え上がる。
 
「ははは! 愚鈍な化け物よ、我が極炎の矢をとくと味わうが良い!」
 相も変わらずの芝居がかった物言いだが、確かにコイツは言うだけあるぜ。しかし、平時の喋りはめちゃ暗いのに、戦闘になると異様にテンション上がりやがるな。
 
 俺はその激戦を後目に陰へと潜む。派手にドンパチやらかして、重戦車食屍鬼タンク・グールとその他の雑魚食屍鬼グール達を引き剥がすのはフォルトナの役目。その隙に、俺はシャーイダール仮面の術士から、灰砂の落とし子アッシュサンドスポーンと共に囚われてる二人を奪還する……。
 ま、そう言う算段だ。
 
 重戦車食屍鬼タンク・グールが攻撃され誘い出されたことから、シャーイダール仮面の術士はやや警戒心を感じている。手にした杖の先には真っ赤な髑髏。趣味が悪ィ事この上ねぇが、ありゃ多分作りもんじゃなくてマジモンを加工したものだろう。
 
 しばらく様子を見ていたが、仮面の術士はでかい水晶球みてえなものの前から一向に動こうとしない。出来りゃこいつに見つからず二人を奪還できればいいと思うが、ちっとそいつは難しそうだ。
 フォルトナによると、奴の使う【灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーン】てのは、魔力の塊みたいな奴が砂や灰を依り代にし実体化する魔物だ。
 なので、物理的な攻撃にはめちゃくちゃ強いが、魔力による攻撃には大して強くない。
 なら……役割分担としちゃあ俺の出番。
  
「……よう」
 俺は影から足を踏み出し、その地下ホールの真ん中にいる仮面の術士へと声をかける。
「……そこに寝転がってる二人なんだけどよ。そいつら俺のダチの連れなんだ。悪いが連れ帰らせてもらうぜ」
 
 仮面越しでその表情は見えない。だが向き直ったそいつは、俺の言葉に応えもせずに杖を振り上げ何やら呪文を唱える。
 ゆらり、と、台の上に寝かせられた、あるいは壁際に積み上げられたいくつかの死体が起き上がり、こちらへと向き直る。
 予想通りすぎるほど予想通りに、こいつは死霊術師のようだ。
 
 アルアジルによる初級魔法講座、術士の属性と系統を見極めろ、だ。
 属性は六種類。火、土、風、水、そして光と闇。これは魔力の六大元素と呼ばれるものの種類らしい。術士のそれらへの適性ってのは、そのほとんどは生まれつきのもんで、後はそれをどれだけ修行で伸ばせるかどうか。
 系統というのはそれとは異なり、そういう属性の素養を、どのような分野、どのような魔術に活かしてきたかと言う、個人の経験、学びによって変わる。
 性格気質による向き不向きってなのもあるらしい。言うなりゃ身体能力が高いのは前提として、それをサッカーみたいな球戯、集団競技に活かせるタイプか、レスリングみたいな格闘技、個人競技に活かせるタイプか、みたいなモンだ。
 
 魔力を矢みたいなものにして敵にぶつけたり、炎を生み出し火の玉ぶつけたり、ってのが攻撃、破壊系統。分かりやすい、ゲームとか映画なんかにもよくある魔法だな。
 結界だとか魔法の盾だとかを生み出すのは防御系統、怪我を治したり病気を治療したり、てなのは回復系統。姿を消したり相手を魅了したりと、意識や五感を操るのは幻惑系統。
 鎧や服を硬くする、あるいは敵の武器をなまくらにする、物を作り出す……てなのは、物の性質や意味、概念を変えるということで、変性、創造系統とかも呼ばれるらしい。
 まあ、細々ややこしくてちょっとよくわからねーけどな。
 
 で、死霊術ってのは、その中でもかなり特殊な系統だそうだ。
 死霊術、または霊術系統。
 死者の霊と交流したり、それらを支配して死体を操ったりという魔術。またはそう……永遠の命を求めたり……と。
 
 系統と属性は必ずしもイコールじゃねえが、系統によって主な属性はある程度はわかる。死霊術ならだいたい闇属性。
 そして闇属性の特徴のひとつは、直接的な攻撃系統の術が少ないこと。
 だから、敵とみなした相手が姿を現しても即座に攻撃魔法をぶっ放してくるってことはまずはねえ。
 用心すべきは───、
 
「おぉっと」
 奴が翳したランタンからの光。その光によって生まれた影のいくつもが、まるで腕のように伸びてきて、俺の体を掴んでからめ取ろうとする。
 それらを軽く振った“災厄の美妃”で切り裂くと、その影から漏れた黒い霧のようなものが刀身へと吸い込まれる。
 もたもた動く動く死体アンデッドは、食屍鬼グールに比べりゃ間抜けな木偶の坊。これまた魔力点っつー弱点を突けば簡単に倒れて灰になる。
 円を描くようにして壁際へと移動。
 血まみれの髑髏を飾ったみてえなねじ曲がった杖から、今度は黒い霧だかもやだかみてーなものが吹き出される。
 “災厄の美妃”をぐるりと回すようにして動かすと、こりゃ祭りの夜店の綿菓子みてーに絡め捕って吸い上げる。
 
 【動く死体アンデッド召喚】、【影縛り】、【毒の黒霧】と、アルアジルスタディーでの闇属性死霊術師の教科書みたいな展開だ。
 慌ててるか? だろうな、当然。シャーイダール仮面の死霊術師の放った魔術。その全てを打ち破り、無効化し、吸い取っちまってる。
 死霊術師は長衣の裾を手でまくるようにして小走りに台座の方へ向かう。だが、手遅れだ。
 人質にし、俺への盾にしようとしたのだろうが、攫った二人を寝かせていたその台座の上にはすでに誰もいない。
 手はず通りだ。俺が死霊術師の相手をしてるうちに、フォルトナの灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーンが外へと連れ出している。
 
「悪いね、あんたの目的にも正体にも興味はねぇ。これ以上もう用はねえんだ」
 実際にこいつが食屍鬼グールを支配、使役出来るのか? 何が目的でこんな廃墟に住み着き、人攫いみたいな真似をしてるのか? そして何より、コイツのシャーイダールの仮面は本物なのか? かつての王の影シャーイダールの一員だったのか?
 それら全てに俺は興味ねぇ。
 重要なのは攫われた二人を確保し、すばやく確実に撤退する。ただそれだけだ。
 
 石畳や壁を蹴るようにしながら、動く死体アンデッド共を切り裂き飛び越え灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーンの後を追う。
 
 そして地下からの階段を上りきったところで、事前に苦労して準備した仕掛けを作動させる。
 別にそんなに凝ったもんじゃねえ。ただ単に、支えになってた石を除けると、そこらにあった瓦礫の山がこの階段をふさぐようにしておいただけだ。一応生き埋めに出来るが、多分死霊術師ならそんなにかからず脱出出来るから、そう長くは保たないたろうな。
 
 がらがらとした音とともに瓦礫が崩れ、階段の出口はその中に埋もれる。
 いかにもボスキャラってな感じの死霊術師をほっぽらかして帰るなんてな、ゲームで考えりゃありえねえが、まあ奴が苦労して瓦礫を除けた後には、多分きっと、ちょうどいい具合にリカトリジオスの本隊が来てくれるだろう。そこで思う存分、憂さを晴らしてくれ。
 
 灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーンは、カリブル達の方へと奪還した二人を連れて行くように指示されている。
 あとは連中がボルマデフと食屍鬼グール達とが戦っている所まで来ちまってるかどうか。
 なるべく時間をかけずに奪還できたとは思うが、そこまで来てしまってたとしてもおかしかねぇ。
 どっちにせよ、残りの撤退までの過程を戦闘無し、隠密行動のみでかわしていく……てなわけにはいかねーだろう。
 それにそうなると、できれば奴らの前では“災厄の美妃”を使いたくねえから、元の山刀に持ち替え地道にやるしかねえ。
 
 案の定、すでにカリブルたちは全員ボルマデフのところにまで合流し、襲いかかる食屍鬼グール達と乱戦の真っ最中。まだ何体かの変異食屍鬼グールも残っていて、突進食屍鬼チャージャー・グールに跳ね飛ばされたり、煙たい食屍鬼スモーカー・グールの舌に捕まったりと、なかなかに厄介な状況だ。
 
「捕まったものはすぐに助けろ! 長時間拘束されるとまずい!
 あの丸く膨らんだ食屍鬼グールや、首の長い食屍鬼グールの吐き出す汁に気をつけろ!
 特に膨らんだ奴は必ず遠くから飛び道具で始末をするんだ!」
 サルフキルがなかなか的確な指示を出している。多分変異食屍鬼グールとやりあうのは初めてだろうに、短時間の戦闘で、ながなかうまいこと敵の特性をつかんでやがる。
 
「おい!」
 瓦礫の建物の陰からそう鋭く連中へと声をかける。
「アハー! マジュ~! 遅かったノー!」
「戻ってきたか、お主!」
「カリブル、例の攫われた二人ってな、こいつらじゃねーか?」
 すでにその建物の陰へと運び込まれていた二人を抱えて上げ、奴らに見えるようにする。
「お、ルゴイ! レイシルド!」
「ああ、彼らだ! これで撤退出来る!」
 サルフキルの確認も取れた。これで問題は……まだあったか。
 
「おい、何か超ヤベーのが来たぞ!?」
 上空からそう警告を発するのはアスバル。指し示す先からは砂煙に地響き。そして月明かりに照らされて見えるのは、巨大な影……二体。
 
「何だ……あのデカブツ……!?」
 何かと問われても別に俺の中に答えはねえ。ただ分かってるのは、あいつら重戦車食屍鬼タンク・グールはとてつもない怪力で、その上……、
 
「来るぞ、避けろ!!」 
 人間大ぐらいの瓦礫なら、平気でぶん投げてくることができるってことだ。
 
 一体が掴みあげ投げつけてきた壁材を、全員が必死こいて避ける。
 だが二人ほど避けきれずにその破片を肩と足にくらって悲鳴を上げる。
 一体だけならまだましだ。だが二体同時にとなるとこりゃあきつい。
 よく見ると二体とも、所々に火による攻撃の跡がある。魔法で矢に発火の能力をつけたフォルトナの戦った痕跡だが、さすがのあいつも二体同時に対処するのは難しかったようだ。
 
「サルフキル! 撤退を指揮してくれ。あんたらは長いこと地下に閉じ込められて体力も消耗してるし、さらに怪我人も増えた。挙げ句二人ほど意識がねえ。ここで今こいつらとやりあうのは命取りだ」
「ああ、確かにな。だが、奴らをどうする……?」
「俺がよそに誘導する。上手くいきゃ、ほとんど戦わずに済ませられるぜ」
 
 どうするか? それはもちろん、あのリカトリジオスの先遣隊の連中にぶつけようってことだ。
「お前一人でか!?」
「その方が身軽だ……とはいいてえが、そうだなさすがに一人はきついかもしれねぇ」
「俺が……」
「おまえは撤退班に行け、カリブル。何日もたいして飯も食わずに地下にいたんだろうが」
「そ、その程度など……」
 言ったそばから、グゴゴ、と腹を鳴らす。
 獣人、特に犬獣人リカートが飢えや渇きに強いとはいえ、そもそもこの連中が今ここで他の食屍鬼グール相手にこれだけやり合えてるっての自体ある意味奇跡。さすが、強者揃いの“砂漠の咆哮”の看板は伊達じゃあねえな。
 
「ばか、マジュばか。何やる気?」
「ンフー、くるくる避けるなら、ワタシ得意だもー?」
 マハとムーチャの協力はまあ有り難い。
「……俺は……」
「アラークブ、あんたはカリブルの従者だ。撤退の援護を頼む。索敵と先導は任せた」
 アナグマに似たぬろっとした顔で、こくりと頷くアラークブ。
                  
「俺も……」
「おめーは来いよ! 
 どっちにせよ、空の上から周囲見てるだけだぞ」
「あいつ、でけー瓦礫や岩、投げてくんじゃんよ!?」
「予備動作大きい。ヘタレばかアスバルでも軌道は読める」
「せめてヘタレかばかのどっちかだけにして!? いやどっちも嫌だけど!?」
 そう、確かにあの重戦車食屍鬼タンク・グールが投げてくるでかい瓦礫は厄介だ。だが、掴み、持ち上げ、振りかぶり、投げる……という、一連の動きはかなり予備動作がでかい。
 その時の姿勢や何かで、どこに投げるつもりなのかもかなり読める。
 
「……俺も囮役になる」
 目が血走り、肩で息をするようなボルマデフがそう言ってくる。
 この感じ、多分半ば意識が飛んで、食屍鬼グールの本性が現れだしているようだ。
「ボルマデフ……」
「……止めないでくれ、従兄殿よ。
 ここでそれをやらねば、俺は“猛き岩山”の勇士としての誇り、全てを失ってしまう」
 失われた部族の誇り。それを持ち出されてはカリブルには止めようはない。
  
「分かった、頼むぞ、マジュヌーン」
 サルフキルがそうまとめ、チーム分けは決まる。
 二体同時が瓦礫を投げつける動作に入ったタイミングで、俺たちはそれぞれ別方向へと移動を始める。
 サルフキルをリーダーとし、カリブル達は町の外、例の野営した小高い岩場の丘へ。
 俺たちはそれよりやや遅れて二体の重戦車食屍鬼タンク・グールの注意をひきつつ、まずは大通り、そして目指すはリカトリジオス先遣隊の居る寺院跡。
 
 つかず離れずで二体の重戦車食屍鬼タンク・グールを引き寄せながら、時には投げつけてくる瓦礫や大岩を避け、隠れてやり過ごし、時には牽制の攻撃。
 短弓で射掛けるムーチャとアスバル。アスバルは空中からの攻撃がかなり有利に思えるが、実際のとこ奴の技術で地面に足が着いてない状態から腰の入った威力ある攻撃をするのは難しく、対人だと石を落とした方がまだましだ。それでも牽制としちゃあそれなりに役に立つ。
 
 その俺達に併走するように、砂の中を走る小さな渦がある。フォルトナの灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーンだ。
「よう、名誉挽回のチャンスだぜ。例の変異食屍鬼グールを探して、寺院跡まで誘導してくれ」
 さあ、コイツがうまく行くかどうか、神ならぬ……邪神のみぞ知る……だな。
 
 
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