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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-94.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「縁は異なもの……ですなあ」
しおりを挟む僕が知っている死爪竜に関する知識というのは大まかに言えばに二つ。一つは書物から得たかつての神話時代、巨人族と龍族の戦いにおける尖兵であったということ。
そしてもう一つは JBやガンボン達から聞いた巨神の骨近辺で巨人族と戦っていた死爪竜の話。
巨人族との闘いの話をアホ面下げて聞いてしまえば、「なんだよ、巨人族の年寄りにもやられる見かけ倒しの雑魚敵じゃん」なーんて思ってしまいがちだが、それは大間違いだ。
まずそもそも巨人族というのが、僕らエルフをはじめとした他のあらゆるヒューマノイド型の種族ではまともに立ち向かうことのできない畏怖すべき存在。
僕らエルフが最も精霊に近い種族と言われるのと同じように、彼ら巨人族は最も神に近い種族だ。
ガンボン達から見て巨人族たちの圧勝に見えたとしても、それはその場の勢いだとか、状況だとか、コンディションだとか、個体としての能力差だとか、様々な要因にもよる。
死爪竜そのものが巨人族より弱い……と言う単純な話ではない。
そして今、この地下闘技場で僕らの目の前にいる死爪竜はどうかと言うと……、まあ、ヤバいね。
体長は頭から尻尾まで含めれば5メートルは超えるだろうか。 まさに大型肉食恐竜といった具合だ。
ねじ曲がった角は一旦前方に突き出てから跳ね上がるように上へと向かう。
頭突きされれば間違いなく、それが例え岩鱗熊であっても、その角に刺されて腹に大穴が開くだろう。
ただしその角は、右側の一本が途中から折れている。他にもその大岩の塊のようなゴツゴツした鱗だらけの体の表面には、いくつもの傷や剥がれといった歴戦の傷跡と呼べるものが見て取れる。つまりこの死爪竜はかなり戦いの経験を積んだ死爪竜だと言える。
何よりもその傷跡や鱗の隙間といったところからほんのり燐光のように輝く光が見てとれる。これは魔獣の中でまれにある現象だ。体内にある魔力が飽和するギリギリの所まで高まっていて、普通なら魔力を見ることのできない一般の人間の目ですらそのオーラの様な痕跡が見て取れる状態。
元々魔力の許容量が少ない、弱い魔獣においてはまだ頻繁に見られる。しかし魔力適性の高い、強い魔獣においてその現象が見れるというのはめったにない。
死神を思わせる髑髏めいた顔を軽くかしげるようにしながら、発光死爪竜は北側ゲートを出たすぐのところで軽く唸り声をあげる。
その様子は、まるでおあずけをされたペットの犬のように大人しく従順にすら見える。間違いなくリディアによる魔法の支配を受けているだろうが、発光死爪竜などという恐ろしく強力な魔獣を【獣の支配】で使役できるなんて、とんでもないことだ。
相対してるだけでも気の弱い者なら失神しかねないほどの圧を浴びながら、僕ら三人は試合開始の合図を待っている。
いや、僕は……ちょっと違う。
「【土の壁】でも、【炎の壁】でも、とにかく何でもいいです。試合開始になったら このゲートの周りを徹底的に防御の魔法で守り続けてください」
「何か、手があるのですか?」
「はい、一応」
「 一応……ね。いいだろうレイフ、お前に従う。
マーラン、炎は私が受け持つから、土はお前がやれ。僅かだが、お前は土の適性の方が高い」
今まで僕たち二人が守りを担当して、攻めを中心とした立ち回りをしていたエヴリンドが、僕の指示に従い完全な守り役をする。
魔法戦士であるエヴリンドは、もちろん守りの術よりも攻撃の術の方が得意。
本格的な呪術師に比べれば魔法の腕それ自体は高くはないが、それでもダークエルフとして闇と炎の祝福を受けたエヴリンドが守りに徹して術を使うのならば、生半可な人間の魔術師にもそうそう引けはとらない。
彼等の時間稼ぎ。その間に僕は今まで密かに準備していた最後の手段へと取り掛かる。
「開始!!」
地下ホールに響き渡る太鼓の音と開始の声。それとともに湧き上がる観客席の歓声の中、発光死爪竜は悠然と、また軽く跳ねるようにサイドステップを繰り返しつつ距離を詰めてくる。
一気に仕留めようという感じではない。まるで「どうした、掛かってきな」でも言うかの王者の風格。
こちらの様子を伺い出方を見てから対応を決めるつもりなら───チャンスは高まる。
その様子見の時間に、まずはエヴリンドによる【炎の壁】が立ち上がり半円状に僕らを囲う。そしてその内側に築き上げられるマーランによる【石の壁】………いや、石の城塞とでも言うべきか。
これには観客席からも驚嘆の声と共にそれ以上のブーイング。そりゃそうだ。彼らが見たいのは戦いであって、こんな風に亀のごとき石の城塞に立てこもる臆病者ではない。
驚きあるいは苛立つのは発光死爪竜も同じだ。いや、それはつまりあの発光死爪竜を支配しているリディアの感情そのものだろう。
その苛立ちを現すように一声叫ぶと、強靭な二本の足で突進して来る。 幾重にも重ねられた【炎の壁】も【石の壁】もまるで意に介していない。体当たりだけで全てを粉砕できるという自信があるかのようだ 。
ただ、忘れちゃいけないのは僕には今この時点でも自由に動かせる二つの手駒がいるってこと。
そう、大蜘蛛アラリンと水馬ケルッピさんだ。
突進してくる発光死爪竜の足元に、【水の奔流】をぶちかますケルッピさん。 今までの敵なら直接ぶつけてその体を押し流すような事も出来たが、発光死爪竜相手にそれは不可能。けれども足元を狙うことで突進の勢いを弱め、また足を滑らせ転倒することも狙える。
しかし発光死爪竜の反応は素早い。足元を狙う【水の奔流】を素早くサイドステップでよけると、避けた先に居る水馬ケルッピさんへと攻撃目標を変えて再びの突進。
もちろんそれに対しては天井近くの格子に張り付いているアラリンからの糸の洗礼。魔力の強く込められた大蜘蛛の糸は、普通の蜘蛛糸よりもまた、人の手で編み上げられたロープよりも硬く強靭でしなやかにもなる。
が───。
幾重にも編み上げられた強靭な網のような蜘蛛糸の罠に、頭から突っ込む発光死爪竜はその勢いをほぼ減じることなくぶち破る。
「もう来ます!」
マーランの叫びを耳にしつつ、僕は最後の仕上げに入る。
触媒、術式、詠唱───発動……。
【炎の壁】と【石の壁】に囲まれた闘技場南ゲート側。観客席でも僕らの後ろから見ていた者達には、その瞬間がはっきりと見えていただろう。
新たに立ち上がった一つのオブジェ。
輝く尖塔を持つ、高さ3メートルほどの建造物は、ダンジョンバトル時にはお馴染みだった、魔力中継点だ。
これまでの試合中、透明化し周りから姿を隠した使い魔熊猫インプに、これの触媒として作って持参していたミニチュア魔力中継点を設置させ魔力を注ぎ込んで、いつでも発動できるように準備をさせていたのだ。
「イアン! 従属魔獣召喚!
岩鱗熊二体! 大蜘蛛六体! 岩蟹六体! 白骨兵、基本編成で……六部隊!」
粉砕されかき消された二重の防壁の内側から、まずはツイン岩鱗熊がどすこいがぶり寄って発光死爪竜の両脚を止める。
それを取り囲む白骨兵部隊は、手にした武器でガチャガチャ音を鳴らして攪乱。
岩蟹は防壁代わりでまずは待機。
その隙に、アラリンへの従士設定にしてある配下大蜘蛛達は格子へと登って蜘蛛糸による集中攻撃。
一匹の蜘蛛の糸で縛れないのならば、七匹で縛り上げてやればいい。
さあどうだ?
放たれた糸は束ねられ縄となりあるいは網となり、様々な形で発光死爪竜を縛りあげようとする。尻尾、腕、首、頭、そして足。
そしてそこから最後の止めは───。
岩蟹の背を蹴り、岩鱗熊の上を飛び越え、発光死爪竜の頭上を越えて背へと着地するエヴリンド。
マーラン、そしてエヴリンド自身の魔力、魔術による様々な加護も含め、最大限に力を高め、強烈な一撃を見舞おうと言うその瞬間……。
「おぉっと、悪いけど試合終了ね」
振り下ろされたエヴリンドの山刀を受け止める交差された二本の短剣。
と、同時に試合終了を知らせる太鼓の音と大歓声が響き渡る。
もはやがんじがらめという状態で、さすがに身動きの取れなくなった発光死爪竜の上で、あたかも勝者を賞賛するかにエヴリンドの右手を取り、高く掲げつつ観客に向かって挨拶をするリディア。
既に少なくはない観客達はかなりの興奮で大喜びしているようだが……いやいや、この結末……大丈夫なの?
僕もマーランも、と言うかわざわざ召喚した岩鱗熊や大蜘蛛部隊に、何一つ出番のなかった岩蟹なんかも、かなりのポカーン、だ。
やはり釈然としないままのエヴリンドと共に降りて来たリディアは、暴れる気満々なのに肩すかしを食らった形の岩鱗熊へと微笑みかけ手をかざす。
それから何事かをつぶやくと、興奮状態だったはずの岩鱗熊達が突然大人しくなり、まるで借りてきた猫……いやこの場合は熊だが……まあとにかくそんな感じで闘技場の床に伏せてごろごろとしだす。
まるで三毛別から突然100エーカーの森へと入ったかのようだ。
「……あんな一瞬で……しかも他の術士の従属状態になっている魔獣を大人しくさせるなんて……」
マーランが驚きそう呟くけど、全く同感。ウッドエルフの精霊使いに秘伝として伝わると言う【獣の支配】の術を実際目にするのは初めてだけども、僕が“生ける石イアン”の力を借りて行う従属化なんかよりはるかに素早く効果的だ。
だけどもリディアの方はと言うと、僕と魔力中継点とを交互に見つつ、
「……な~るほど、こりゃあたまんねーなぁ~。
こいつが“ダンジョンキーパー”の魔獣召喚ねぇ~。想像以上の力だな」
と、ポンポン魔力中継点を叩きながらそう言った。
□ ■ □
えへへ……、てな顔で笑っているのはウーゴと言う名の少年。年の頃は10歳で、確かに両親はなく孤児ではある。
東地区では孤児となり、かつ親類縁者その他引き取り手のいない者は、トマスの居る“黎明の使徒”の寺院で育てられる。だいたい7歳まではそのままに。8歳から9歳までは準備段階として市場の手伝いを。10才から成人の15歳まで様々な職人や農夫、狩人らについて弟子入りし修行をする。10歳くらいから職能訓練を始めるという事自体は、人間社会には結構よくある習慣のようだ。
ウーゴはこの間まではたしかに市場の手伝いとして、主に荷牛を使った水運びなどをしていた。
だが今はリディアの元で魔狩人になりたいと修行の身。
で、その一環として、闘技場の合間に行う余興としての「穴掘りネズミ取り」もやっている。
「穴掘り……ネズミ……取……り?」
「そそ。闘技場に穴掘りネズミをば~っとばらまいてさ。
そんで、素早く走り回るのを時間内に何匹捕まえられるか……て。
観客は捕まえられる数を当てる賭もできるし、コイツ等が走り回り転げ回るのを見て楽しむ。
ま、そういう余興だよ」
これまた調度品のほとんどが魔獣素材で出来たおどろおどろしくもド派手なリディアの応接室で、僕ら三人はそれぞれにかなりの間抜け面を晒して話を聞いている。
「え~と……その……、ですね、つまり、彼が、借金で仕方なく闘技場で魔獣と戦わさせられるというのは……」
「ウっソ~ん♪」
だん、と立ち上がり山刀を抜きかけるエヴリンド。しかしリディアはその右手が握る柄の柄頭を即座に足で踏み、押さえつける。
「ゴメンね~、許してね~♡」
口調は軽く、表情も緩い。あの人懐っこいたれ目の目尻がさらに下がり、いかにも申し訳無さそうな顔をしてはいるものの、その奥の目は笑っていない。
「いや、真に、まっこと~~~……に、申し訳ないッッ!!!」
それとは真逆に、それこそ本心からの謝罪のように見えるクレメンテ氏。
「…… 私としましては……そのォ~~……反対しィ~~、昨日までは結局のところ取りやめるということになっていたのですがぁ~~……、まさか、突然、こう……」
平身低頭、脂汗を流しながら平謝りのクレメンテ氏は横目にちらり。
再び、魔獣革張りの長椅子にどっかと座り込んでいるリディアは素知らぬ顔だ。
途中で気が変わったのか、 はたまたハナからクレメンテ氏との約束など守る気はなかったのか……。
なんだろう、母ナナイの顔がチラチラ浮かんでくるんだけど……。
「リディア」
僕は努めて冷静な声音でそう語りかける
「あはん、何?」
さてここで僕は何を問うべきか、何を言うべきか? 糾弾? それとも釈明を聞くべきか?
いやそうじゃない。僕が今聞くべきことは……。
「貴方は“ダンジョンバトル”について、何を、どれだけ知っているのですか?」
一般には、僕が何らかのかたちで王の試練を達成し、その過程か、または結果として古代ドワーフの作った失われていた魔力溜まりを支配下に置いた……ということは知られている。
だがそれがダンジョンバトルというある種のゲームのようなものであり、それによって僕が数多の従魔たちを召喚する事ができるということまでを知る者はほとんどいない。
もちろんそのダンジョンバトルにおける召喚、つまり生ける石イアンの力を借りて行える従魔召喚は、僕本来の使い魔召喚とは全く違っていて、今回のように支配下にある魔力中継点や魔力溜まりを介してしか行うことはできない。 地域限定、特殊なデバイスを所持することで初めて使える、実に使用条件の厳しい能力だ。
僕は今回、そこに住んでいる住人たちの了承を得た後に、各居留地にて魔力中継点を建設し、それらを利用したある種の魔術ネットワークのようなものをクトリア全土に広げようかと思っている。
そのために僕用の魔力中継点建立用の触媒を手間暇お金をかけて地道に作ってストックしていたし、今回も何本か持ってきていた。
もちろんこんな状況、こんな形で使うことになるとは全く思っていなかったし、そもそもこういう魔力中継点を了承なく他者の領域内で勝手に建てるというのは、それはそれである種の侵略行為にもなる。
だからできるだけこんな風な形ではしたくなかったのだけど、まぁさすがに死爪竜、しかも魔力飽和に近い発光種なんて言うのをぶつけられそうになった時点で、悠長なことは言ってられない。
問題は……リディアがそれらをどこまで、どのように知っているか。
「───こっからは……」
それまでの笑みを、ちょっとだけ引っ込めてリディアが答える。
「嘘はなしで答えるよ。
君のやってきたダンジョンバトル……とかってーやつのこと……」
少しの、間。静寂……。
「さ~っぱりわっかんねーんのよね~」
……からの、絵に描いたようなズッコケ。
「……ちょ、じゃ、さっきのは何で……?」
いや、 ツッコミますよそりゃあ! もうこの流れなら絶対ツッコミますよ。
が───。
「……デジラエ……って奴が昔居てね」
突然、予想外の名前がリディアの口から出てきて、再び僕は息を飲む。
ジャンヌの祖母であり、ザルコディナス三世の組織した女の密偵組織、“災厄の美妃”。
その一員として、彼女はおそらく古代ドワーフが作り、その後失われてしまったクトリアの四方にある魔力溜まりについて調べていたはず。
「ダンジョンバトルや古代ドワーフの遺跡にある失われた魔力溜まりの存在について調べてたのは彼女。
アタシはそれの又聞きの又聞きぐらい。けど、アイツが調べていて、結局最後までわからなかった古代ドワーフの魔力溜まりを君が支配したンだってことは……ま、分かる。状況からすりゃあね。
だから……」
再びここでリディアは言葉を止める。
そして、どこか遠くを見ているかのような顔でやや目を細め、
「アイツに出来なかった事をやり遂げたっていう君が、一体どれほどのもんかッてのを、ちょいと試させてもらいたくッてね」
そう言った。
僕は少し、ここで考える。考えるが、正しい答えなど出せるはずもないので考えるのをやめ、ただ端的に、
「……“巨神の骨盤”の遺跡で、リリブローマとデジラエに会いました。
二人とも、最期までザルコディナス三世と戦い続けていました。
勇敢で……とても誇り高い人達でした」
と、そう告げる。
リディアとデジラエとの関係性が具体的にどんなものだったかは分からない。
けれどもそう聞いたリディアは、一瞬だけ軽く目を見開き、それからゆっくりと、そしてわずかに微笑んで、
「そっか……」
とだけ返してくる。
「あ、あと、ジャンヌとは会ってますか?」
「ん? 何だっけ、下院議員だか何かになった奴だったか……?」
「デジラエの孫です」
「え!? マジで!?」
「はい、マジです」
こちらとはずっと接点が無かったようだ。
縁は異なもの……ですなあ。
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