遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-87.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「色々面倒臭い!」

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『あの……』
『何だ?』
『あの人は一体……どの様な人なのですか?』
 僕はどうにも気になってしまい、そのあまりにも漠然とした質問を“闇の主”トゥエン・ディンの背に向けて投げ掛ける。
 彼は作業の手を止めることなくしばし無言。
 それからややあって一言、
『世界一のアホだ』
 と、そう返してきた。
 
『アホ……なのですか?』
『そうだ。しかも天才的なアホだ』
『天才的……?』
 一見矛盾したその言葉を、“闇の主”トゥエン・ディンは続けて補足する。
 
「奴が目指していたのは元々幻術師だ。なぜ目指したかは分からん。というより、単に面白そうだから……程度の事でしかなかろうがな。
 魔術師としての才は元からあった。そして幻術と言えば闇属性のもの───という一般的見解に沿って、まずは闇属性の魔術から勉強を始めた」
 つまりは元々は“闇の主”トゥエン・ディン同様の闇術士だったのか? と思うが、そうでもなさそうだった。
「だが奴は、他の属性の中にも幻術系統へと応用出来るものがあることに注目し、より高度でより複雑な幻惑魔術を編み出すことに熱中しだした。
 その中で、炎属性の持つ蜃気楼の効果に興味を持って学んでいくうちに───いつの間にか炎術士の最高峰になってしまっていた」
 だから───。
「天才的なアホだ」
 
 □ ■ □
 
 思い出したのはかつての黒金の塔での“闇の主”トゥエン・ディンとのやり取りに、それをしたきっかけでもある“炎の主”アイオン・クロウの事。
 その時は今よりもさらに奇抜で派手な、ある意味ピエロかとも思えるような服装。それで息を吐くように幻術を使い、空や空間に色鮮やかな草木花々、海に海賊船と巨大な水竜との戦いを描き出して見せた。
 今思えば前世でのSFにでも出て来るかの空中立体映像。そういうものをひらひらと手を振りながら自由自在に生み出していた。
 
 その幻術の業に見惚れ、また人を煙に巻くかのような話術に翻弄され、いつの間にやら話し込んでたときに聞かれた事の一つ。
『 ねぇ、レイフ嬢?
 せっかく優れた魔術の才があるのだし、それで何をどうするつもりなんです?』
 つい先ほど聞かれたこととほぼ同じ。
 そのときは、漠然とケルアディード郷の発展に尽くしたい……みたいなぼんやりしたことを答えた気がする。
 
 □ ■ □
 
「全く、あの母親にも関わらずお行儀の良い優等生ぶりは相変わらず───ではあるけれども。
 まあ前よりは自分の求める欲に対して率直になったのは進歩なのかな。にしても、ダークエルフの“進歩”ってのは、本当に気が長いねェ」
 
「ア……イ……」
 アイオン、と口にしようとしてうまく言葉にできない。それくらい混乱してる。
 まず何故彼がここにいるのか。
 そして何故アスタス・クロッソ等と偽名を使っていたのか。
 僕が彼の正体に気がつかないで居たのは、間違いなく彼の幻惑術による効果だ。この場合は、ただ見た目を変えるのではなく、恐らくは周囲の彼に対しての認識を変えるという術だろう。
 その術により僕は彼を、以前何度か会ったことのある“炎の主”アイオン・クロウであると認識する事が出来ずに居たが、不自然さに気づくことで効果が破れ、「認識の再構成」が起きた。
 
 アスタス氏改めアイオンは、その戸惑い口をパクパクさせている僕を見てニヤつくような薄ら笑いを浮かべつつ───うん、それを“魅力的な笑み”とは思わなくなってる時点で、彼の幻惑術による補正はかなり薄れている───僕へとこう言ってくる。
 
「まぁったく、それにしても気付くの遅すぎだよー? 色々ヒントは出してたのにねえ」
 心当たりは……ある。最初に手を触れたときの炎の魔力。それに、彼の好む赤を基調とした豪華なひらひら服。
 何より態度物腰口調振る舞いすべてにおいて、全くいつもの彼そのままで、今にして思えば幻惑術を使い認識を操作すること以外では隠す気もさらさらないとしか言えなかった。
 つまり、僕がどこかの段階で彼のことを思い出し、その類似点を認識さえすれば、幻惑術による認識齟齬はすぐに解けたはずなのだ。
 
「ど、ど、どう……で、で?」
 どうして、何で?
 さらにしどもどする僕をからかうように、アイオンが続ける。
 
「まずね。アスタス・クロッソは僕の公式な偽名。公式な偽名、って、意味不明で面白いでしょ? 要するに“炎の主”として表に出たくないとき用の別人としての身分で、本当に元老院付きの精霊官としてやっているのさ。
 別に本物のクロッソ氏がもともと居て、その彼を殺して名前と身分を乗っ取ったりなんてしてないからご安心を。
 ホントだよ?
 
 そして僕がアスタス・クロッソとして外交特使団に紛れたのには、表向きには非軍事派閥の代表として公正にクトリア共和国と王国との同盟について検討するため。
 レオン殿が強硬派で、テレンス殿が融和派なのは周知のことだからね。それでも元老院としては軍事派閥にのみ決定権が委ねられるかの状況は許し難いのさ」
 つまり、強硬派対融和派、という軸の対立とは別に、元老院、つまりは文官系貴族対軍人系貴族の対立……という構造もあるのだろう。
 
「けどそれはあくまで“元老院付きの精霊官、アスタス・クロッソ”のお役目、ね。
 僕───“炎の主”アイオン・クロウとしては別な理由がある。
 つまり、魔術師協会の一員としてのお役目」
 “闇の主”トゥエン・ディンがそうであるように、基本的に“主”の称号は魔術師協会に所属しているか、深い交流がある者に送られる。言い換えればその辺はちょっと政治的なのだ。
 
 その“主”の称号を持つほどの人物が、直接クトリア入りする必要のあることと言うのなら───。
「まずは……君の調査だ」
「え? 僕!?」
「そう、君。
 君は立場的には“闇の主”トゥエン・ディンの孫弟子みたいなものだけど、正式な弟子でもないし、魔術師協会にも属してない。
 その上、一部の変わり者か追放者やその子孫を除けば、闇の森から出てくることのほとんどないダークエルフ。
 魔術師協会としては、一体何者が今になって突然クトリアの遺跡にあった魔力溜まりマナプールを再起動させ支配したのか? さらには古代ドワーフの装置により王権を授与されたのか? みなさん興味津々なワケ」
 
 ……むう。言われてみればそりゃそーか。それで、魔術師協会所属の魔術師の中で僕とは面識のあるアイオン師がその役割を引き受けた……と言うことなのかな?
 
「……それで、その……結局……どう、なんですか?」
「え、聞くの? 今聞いちゃう?」
「……あ! いえ、その、そういうワケじゃ……」
 流れでついそう聞いてしまったけど、そりゃ当然、監査にきた人がその内容を報告前に監査対象へと話すことは有り得ない。
「ま、彼らには『相変わらず可愛らしいお嬢さんでしたよ』、とでも伝えておくよ」
 ……有り得ないけど、有り得ない事が有り得てしまうのがこの人だ。
 母のナナイと同様に、僕の知ってる中では所謂「常識的判断」で計れない人物の筆頭の1人。
 
「でもね、レイフ嬢。
 今のあげた2つの理由も、どちらも表向きの理由なんだよね、本当のところ」
「───え?」
 付け足されるように続けられた、有り得ない人物のその言葉に、僕は改めて驚いて顔を上げる。
 いつの間にか、というくらいの間に僕の前に立ち耳元へと口を寄せボソリと一言。
「それは……?」
 聞き返そうとしたその時に、
「───と言うことは……んん? ちょっと待て、何か……?」
 不意にイベンダーの声が耳に入る。
 
「おっと、さすが! いち早く抜けられちゃったなあ!」
 笑うアイオンはもう元の長椅子へと戻り寝そべっている。
 
 これは、僕が彼への違和感から彼の正体に気付いたときに、アイオンは新たに別の幻惑術を使い、僕と彼との二人きりの会話、やりとりのことを周りの全員の意識から除外し、それらを認識させないようにしていたのが、今この瞬間イベンダーにより破られた……と言うことだ。
 
「……レイフ、今、お前さん……?」
 そしてイベンダーは術そのものは破り違和感を感じてはいるものの、術を破ったという自覚もないし、そもそも何の術を破ったのかも今は分かってない。ただ何かが奇妙な気がする、という強い違和感だけを感じている状態だ。
 
 アイオンは悪戯っぽい笑みを浮かべつつ口元に指を当てる。
 まるで「僕たち二人だけの秘密だよ!」とでも言わんばかりに。
 秘密にしなきゃならない理由も動機もないけれど、ただここでは僕自身混乱が残っている。このことをどう扱ったものか決められないまま、その日の会食はお開きになった。
 
 □ ■ □
 
「“炎の主”のアイオン・クロウだと~?」
 どう扱ったものかと考えたものの、結局は妖術師の塔へと戻りイベンダー達との打ち合わせのときには、あそこで起きたこと知ったことのほとんどを彼らに話していた。
「会ったことあるの?」
「あーるワケなかろう。名前くらいしか知らんわい。しかし……そりゃあたまげた話だなあ」
「しかも、幻惑術を使ってレイフにまで別人と思わせて居たんでしょう? 炎術士の最高峰でありつつ、幻惑術も私以上……いや、私となんか比べものにならないですね、それは」
 イベンダーを含め、僕以外は会ったことも無いが、伝聞と今回のことで、その凄さに関しては充分伝わっている。
 
「しかしまあ、何にせよ良かったじゃないか。
 懸案事項だった同盟締結の件も、それなら問題なく行きそうだな」
「うぅ~ん……」
 いやー、どうだろ。そう一筋縄でいくのかなー。
「どうした? 元々知り合いなんだろ?」
「まあ、そうなんですけどねェ。正直、あの人のことは……よく分からないし……」
 何より、最後のあの言葉……。
 
「あ、そういえば、ナナイ様は知ってるんですかね? その、アスタス氏がアイオン師だという話は?」
 不意にそうデュアンが言うが、そうだ、それは確かに言われてみれば……の話。
 僕が“闇の主”トゥエン・ディンを介して“炎の主”アイオン・クロウと面識がある以上に、母のナナイも顔見知りのはず。そう考えると、外交特使団には顧問含めて僕の知り合い、僕の母、僕同様の別世界の前世の記憶を保ちその事にまつわる問題で秘密裏に繋がっている人……と、レオン氏以外は何かしら裏でも表でも通じてることになる。
 こりゃ、とんでもないデキレース感あるなあ! ここまで来ると、実はレオン氏とも何かしら因縁めいた関係がある……とかがないと、逆に不自然じゃない?
 
 ああ、あとテレンス氏はこの事は知らないのだろうけど、これ、僕が勝手に話すのはやっぱマズいよねえ。
 王国内でのアイオン師の活動に関わる問題なワケだし。
 もう、またその辺話し合わなきゃなんないじゃん! 色々面倒臭い!
 どいつもこいつも秘密だらけでさ!
 
 
 
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