遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-83.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「一応【大地の癒し】いっとく?」

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「へぇっへっへ。こちらがですね、初公開! ウチの印刷製本作業所でして」
 案内された薄暗い作業場は、『ミッチとマキシモの何でも揃う店』の裏手、倉庫、宿舎の間にある建物。
 見るとなるほど、想像通りに凸版印刷用の活字ブロックが壁にズラリ並べられ、版下用の木枠にそれらが文章としてはめ込まれている。
 しかもまた、かなりしっかりとした印刷機まである。手回し式のそれは、版下と紙をセットしてぐるりとハンドルを回すことで、ローラーが動きその二つを圧着させて印刷する。
 なんともたいした技術だけども、まー、よくこんなものを作り上げたものだ。
 
 そう感心しながら作業場内を見回すと、乱雑な室内のそこだけ小綺麗な空間があり、壁には鈍い黄金のレリーフ然とした金属板が数枚。
 けれどもよく見るとそれはレリーフではなく、ドワーフ合金製の凹版印刷用の原盤だ。
 
「おうおうおう、流石は流石、すぐそこに目が行くたぁ、分かってらっしゃるお方は違うねェ。
 ええ、ええ、まさに、まーさーによ。
 そいつこそが俺の人生を変えた代物でさぁ」
 錆びず燃えず溶けず曲がらず。そうそう簡単には変質しないドワーフ合金は、その適性から記録媒体としても優れてる。なので金属板に文字や図形を刻み込まれたものは、ちょいちょい古代ドワーフ遺跡で発掘はされるという。
 そして、好事家や研究者が欲しがるそれの中に、少なくない割合で鏡文字……つまりは文字が左右逆に刻まれたものも発見される。
 
 で、あまり知られていない事だけれども、どうやらそれは凹版印刷用の版下らしいのだ。
 JBによると、僕やアデリア、ジャンヌ等が転送門で移動した先が北方の大山脈“巨神の骨盤”あたりにあると分かったのも、ダフネさんがボーマ城塞の地下にあった遺跡から回収した金属板が、実は凹版印刷用の版下であることを見抜いた事かららしい。
 そしてそれと同じ「鏡文字の刻まれたレリーフ」をこうして飾っているところを見ると、彼もまたそれが何なのかを分かっている……というか、それこそが彼がこの印刷機を開発したきっかけ、ということなのだろう。
 しかもこれ───、
「印刷機の作り方とその手引き───?」
「あ~~~、まさにまさに、そう!
 俺とマキシモが探索者をして地下をうろついてた頃によ? この手の金属板はけっこう回収出来てたんだよ。
 けどこの数枚は文字が鏡文字で、描かれた図柄も何か意味ありげでね。
 気になって色々調べてたら、何とまあ、これ自体が古代ドワーフ達の印刷技術を記した本の版下!
 こいつぁ面白ェっ……てんで、ハマっちまいましてねえ」
 
 つまり、ミッチ氏がクトリアのガイド本作りを始めたのは、出版そのものへの興味より先に、印刷技術への興味関心があった……と言うことなのか。
 
「ま、印刷機の作り方自体はそう難しかぁありませんでね。古代ドワーフからくり人形の歯車の応用でさあな。そっから色々試行錯誤しやしてね。これ、金属板をこう……細ぉい何やらで刻んで、そこに油顔料乗せて、拭き取って、残ったのと紙を合わせてぺたり、ギギギの……パァ、でさあね。
 しかしこれだと、版下一枚作るのに手間暇かかりすぎるし、いちいち油顔料乗せて、拭いて、乗せて、拭いて……てなァ面倒だ。
 それにコイツを作ってるうちに、何やら色々印刷してみてえってな欲がどんどん沸いてきやがった。
 で、その辺どうしようかってンで……こりゃ、逆にしてみりゃどうか? ……と考えて、さらにはコイツ……このちっちぇえ活字ブロックにして枠にそろえるやり方に行き着いたワケでね」
 
 まー、さらりと言ってはいるけど、これ、かなりの事ですよ。
 凸版印刷と凹版印刷ではそれぞれに利点と欠点があるけど、こと文字を大量に使った印刷なら凸版印刷……つまり、横から見て浮き出ている部分にインクを乗せて紙に押し当てる方が向いている。
 凹版印刷、特に腐食銅版画、エッチングによる印刷は、細かく写実的な絵や図版に向いているが、その分鮮明さに欠けやすい。関係ない話だけど、この技法は日本では杉田玄白と前野良沢が翻訳刊行した解体新書の翻訳グループにもいた司馬江漢が始めている。
 古代ドワーフ合金は銅と違い普通のやり方では腐食しないので、この刻みによる版下作りにはまた異なる技術が使われているのだろうけど、そこはまあ置いておく。
 
 日本では、の話を続けると、江戸の大衆文化として有名な浮世絵、錦絵、春画諸々は、職人の手彫りによる木版画。これの世界的に凄かったのは複数の色を塗って何回も刷る事で色鮮やかな画面を作り出した多色刷りにあるんだけど、あれらはまさに職人芸。
 それに対して活字ブロックを利用した凸版印刷の利点は、くっきり鮮明な文字に、何より版下作りが楽なこと。
 エッチングにしろ浮世絵などの手彫り木版画にしろ、版下は一枚一枚を彫っていかなきゃならない。
 なので『ミッチ・イグニオのクトリアの歩き方』みたいに何度も版を改訂する前提で作られているものの場合、当然枠に入れてある活字ブロックを適宜入れ替えることで内容を刷新できることが物凄い利点になる。
 
 と、ここまでは予想通り。これらの技術、設備をミッチ氏が1人で独自に作り上げていたのは賞賛に値するけれども、これらを利用しての事業……んー、計画? それに乗ってもらえるか?
 
 
 
「懸賞付き教本……?」
 何じゃそら、と言う顔はごもっとも。簡単に言えば、前世ではクイズやパズルを解いてその答えを送ると抽選で賞金が貰えるような雑誌があったが、それを計算ドリルや漢字練習帳でやるようなもの。
 学校を作るのには議会を動かす必要があるが、単に事業としてやるのは好き勝手出来る。
 基礎教養としての読み書き計算レベルの問題集と、あとは簡単ななぞなぞやらパズルやらを「娯楽」として配布、または販売して、正解者に何らかの報奨を与える。
 楽しんで、勉強して、うまくすれば利益にもなる。
 それで、「学ぶ習慣」をつけさせよう……と言うのが、まあ、狙い。
 
 そこで学びに対する意欲や経験を積んだ者達が増えれば、いずれは学校設立への道も広がる。
 万里の道も一歩から、だ。
 
「へぇ~~、そりゃあ……なる程ねェ~。で、そいつの印刷を俺に任せてぇ……て、話ですかい?」
「はい……あ、いえ。印刷をしてもらうと言うだけではなく、出版事業そのものをやってもらえないかと」
「へ? ち、ちょっと……いや、そりゃ……どーゆーこってしょうかねェ?」
「資金は提供します。必要なら原稿も。ただ、印刷、製本、出版、販売までをある程度はミッチ氏の裁量でやっていただきたいのです」
「……ちょっ、ちょっ、ちょっ……、おい、おい、おい……、そりゃあ……そりゃあいくら何でも……」
 饒舌早口なミッチ氏が、言葉もうまく出せず言いよどみ、
「面白すぎるじゃねえのよ!?」
 破顔一笑する。
 
「おいおいおい、そりゃあつまりレイフ殿よ? お前さんの資金で自由に好きな本を作りまくれるッてェことだろ? いやいやいや、そりゃあたまらねえ話よ!
 いやね、そりゃ今の『クトリアの歩き方』に『クトリア不毛の荒野ウェイストランド生き残り指南ガイド』もご好評絶賛発売中で大人気だけどもな、俺ァ前からもっと色んなネタを考えちゃあいたのよ。
 まずは個別のテーマに沿った詳細な新しいガイド本だ。美食と言えばマヌサアルバ。そりゃ確かに違いねぇが、だからって他が全部ダメってワケじゃねえ。『牛追い酒場』の新規メニューに屋台の売れ筋、郊外まで足を延ばしゃあそれぞれに名物もあるし、下町じゃ牛の餌並みのチョークサボテンにもよ、聞くってーと旨い料理法があるってー話だ。それに東地区! あそこにゃ穴掘りネズミ牧場があって、ここらで食えるそれとは肉の味が違うぜ?
 そういうのを実際に確かめて記事にした本を出してみてえってな考えもあるんだよ。
 それとな、他にゃあ……へへ、それこそ貴族街の闇の噂を検証する企画とかな? クーロの新体制で去ったサルグランデとネロスの行方は今どこに? マヌサアルバの60の噂をすべて検証! アルバの本当の年齢は!? 食人の噂の真相は!?
 あーーー、それよりもな、俺が一番書きてぇなぁよ……」
 息継ぐ間もなく畳み掛けるミッチ氏。
「ドワーベンガーディアンの研究本だよォ~……」
 そう言って最後に、ふぅ、と深いため息。
 
 ……いやいやいや、ちょっと、その、乗り気なのは全然ウェルカムオッケーなんですけどもね?
 めちゃめちゃジャーナリズムに目覚め過ぎじゃないですか!? 
 
「えェ~と……。具体的な内容に関しては、話し合いの会議で決定する、ということで……」
「いやいや、けど、何てったってレイフ殿、レイフ殿の御墨付きとなりゃあ、どんな内容だって誰にも文句は言わせないでしょうよ?
 貴族街の連中にしてもそうだし、何より……“ジャックの息子”のドワーベンガーディアン! それの詳細をこう~……ね? ちょっとだけでも見せて貰うとか~~……無理~~……でやすかねぇ?」
 
「無理です。あと貴族街の不確かな噂を書いて恨まれても当方は関知しません」
 
 ここは、変に期待持たせるのは後々まずそうなので、きっぱりはっきり断った方が良さそうだ。
 特に貴族街の噂の検証とかやられたら、正直ガチでヤバい話しか出てこないだろうし、その結果ミッチ氏が「不幸な事故」とかに遭われちゃっても困る。
 ああ……、政治ってそういう所、闇社会の闇情報の隠蔽にも関わらなきゃならないものなのね……。
 
 やや意気消沈したミッチ氏。うーん、ちょっと可哀想な気もする。
「───あー、ですが、例えば妖術師の塔に保管されていたドワーベンガーディアンの資料を見せる事くらいは出来ますし……」
 パッ、と明るくなり顔を上げるミッチ氏。
 と、ここでもう一つ思い立ち、
 
「ああ、そうだ。もしよろしければミッチ氏も、妖術師の塔の読み分けサロンに参加していただくのも良いかもしれませんね」
 この時は、こりゃなかなかの名案、と。そう思いました。
 
 □ ■ □
 
 読み分けサロン。
 妖術師の塔の一階から三階までの入館許可を発行して、その三階で未整理の蔵書を読み分けて分類整理に書き出し、写本等々をして貰う人たちの集まりだ。
 これ、最初の頃は僕とデュアンの二人でやっていたのだけども、いい加減きりがないし、何より他にやることが多すぎる。
 で、クトリアに居る数少ない知識人層に色々とお願いして、それらに協力してくれる人達を集ったのだ。
 見返りとして幾ばくかの給金も出しているけど、彼ら的にはタダで妖術師の塔にある本を読め知識を増やせるのだから、むしろ金を払ってでもやりたいという人の方が多い。
 勿論、蔵書の中にはうかうかと外部に漏らしたらまずいような内容もあるので、その辺は事前にヤバそうなものは取り除いて居る。
 
 現在は遺跡調査団のダフネさん、マヌサアルバ会、プレイゼス、黎明の使徒から数人、そしてドゥカム師及び王国駐屯軍研究員のエンハンス翁とそのお弟子さん達等々が参加してくれている。
 全員が常に詰めているワケじゃなく、それぞれに本業の合間に来てもらっては地道に作業を続けて貰っていているのだけど、なかなかの成果も上がっているのだ。
 
「ひえぇぇぇ~~~……。こりゃまた、下から見上げると、ハァ~~……。とん~でもない高さじゃあねえのよ」
 口をあんぐり開けて驚くミッチ氏。彼の見上げるこの妖術師の塔は、だいたいそう……20階建てくらいの高層ビル。実際には居住区等の人の出入りできる範囲はその三分の二までくらい。全体のシルエット的には東京タワーとかエッフェル塔にやや似ている。いや、どっちか言うと短くなった鉛筆……かな? 或いは、エンパイアステートビルみたいな古いアメリカの高層ビル。下から上へ向けて鋭角のピラミッド状になった塔だ。
 何にせよ現在のクトリア建築技術基準からすれば、どうやって建てたのかすら分からないレべル。
 
「イアン、認証、ミッチ・イグニオ氏。三階までの自由入館許可」
『了解だ、キーパーよ』
「ひえぇ!?」
 と、ミッチ氏がその声にまた驚くが、これで彼の入館許可が出る。
 イアン……と、僕は呼び続けているこの塔そのものの仮想人格であり、また“ジャックの息子”であったそれへと話しかけてミッチ氏を登録。この塔の前で話しかける場合は、門番のドワーベン・ガーディアンがある種の端末役となる。

「今ので、ミッチ氏はこの塔に認識されました。三階までなら自由に出入りできます」
「ふえ? ほ、本当なんかい? そりゃ……いや、願ってもねえけどよ……本当に、今後はここまで来ても……殺されねえのかい?」
 うーんむ。“ジャックの息子”の居城として知られていた頃は、この塔への侵入者を悉く排除するべくかなり強硬な対応だったらしく、この塔の周りだけで山のような死体が転がっていたとも聞く。塔の住人として知られている僕と同行してなければ、ミッチ氏としては入り口の前の広場にすら来たくなかっただろう。
 
「で、後はどーすんだよ?」
 取りあえず着いてきていたジャンヌが、やや手持ち無沙汰に言う。
 まあ折角なのでジャンヌにもサロンまで来てもらおうとは思うので、同行している孤児仲間と共にまずはエントランスへ。
 エントランスには他のサロンメンバーの同行者達が各々待っていたりする。一階、二階の吹き抜けのエントランスまでは、入館許可を得ている者達の同行者なら同時に入館出来ることにもなっている。
 軽食と酒以外の幾つかの飲み物はフリーなので、揉め事さえ起こさなければ自由にしてて構わない。
 
 ジャンヌの連れとはそこでいったん別れて、三階へは例の魔導エレベーターで行く。慣れてるジャンヌはもう平然としてるが、やはり初体験のミッチ氏はあの独特の浮遊感にひゃっ、と小さく悲鳴。動き出して悲鳴、止まっては悲鳴で饒舌も止まる。ま、無理無いよね、最初は。
 
 研究室として作られていただろう続きのニ部屋を読み分け用の部屋にしてあり、そこへとミッチ氏を案内。
 おっかなびっくりについて来る彼を伴い入室すると、本日は六人ほどが来ている。結構多い。
 
「お疲れさまです」
 挨拶にとそう言うと、数人が書を読む手を止めてこちらへと挨拶を返す。
「んん? 貴様、最近顔を見せる回数が減っておるぞォ~? 気を抜きすぎではないかあ~?」
 開口一番そう言うのは当然のごとくドゥカム師。僕が王の名代であるとか、今のこの塔の支配者であるとか全く関係無く意にも介さず変わらぬ態度だ。
「すみません。またしばらく外の方に行かねばならないので、来れない事が多いと思います」
 彼は古代ドワーフ文明関係に関してはエンハンス翁と並ぶ専門家で、お陰様でその系統の本の分類整理は急加速で進んでいる。ただし本人も未読の興味深い本に当たると、熟読と考察が始まって読み分け作業はぴたりと止まってしまうし、またエンハンス翁やその弟子達との議論にまで発展することもあるが。
 
 そのドゥカム師の姿を見て、何故かミッチ氏はエヴリンドの後ろに隠れるようにして縮こまる。
 何か小さく、「うわ、いやがった」みたいな声が聞こえたけど……ん、んー?
 
「あぁ~? 何だそこに隠れとるのはぁ~~……?」
 と、ドゥカム師が長身でひょろりとした体躯をねじって覗き込み、
「おお、何だ貴様、あの……あれだ、あのときのォ~……?」
 うう、と息を漏らしてから諦めたのか、
「へへ、どーもお久しぶりで。ミッチでやす」
 と上目遣いに見上げる。
「おー、おー、そうだそうだ、ミッチだミッチ!
 翁! こやつだ、前に話していた、自称クトリア一のドワーベンガーディアン研究者とか抜かす馬鹿者は!」
 と、今度は大声で人を呼ぶ。勿論その相手は、本の山に埋もれるようにして長机に座っていたエンハンス翁だ。
「エンハンス翁! 来て頂けてたのですね」
 慌てて近寄り礼をする。それを鷹揚に受けて、
「お……、おお、申し訳ない、ちょっと本に夢中になってしまってましたわ……。
 いや~、これほどの蔵書を読ませてもらえるのなら、何度でも足を運ばせて頂くよ」
 とにこやかに返す。
 
 ザルコディナス三世との戦いの際、アルベウス遺跡の魔力溜まりマナプールの支配権を一時的にとは言えエンハンス翁から奪う形になってしまい、それは早急に返上して詫びを入れたのだけども、翁はそれを快く許してくれた。
 ダンジョンバトル、なんていう形式を続けていたから麻痺してしまいそうになるけど、本来他者の支配管理している魔力溜まりマナプールを奪うというのは、場合によっては戦争にもなりかけない失礼なこと。
 彼と彼の弟子たち数人は王国軍の代理として魔力溜まりマナプールの管理をしていたワケだけど、むしろそうなると王国軍への宣戦布告と見なされても仕方ない行為なのだ。
 ま、勿論状況が状況だから、そうは受け取られなかったけどさ。
 
 その後再びアルベウス遺跡の「上の」魔力溜まりマナプールに関しては、以前の“ジャックの息子”との契約に基づく共同管理状態にいったん戻しているけど、この後の共和国としての新たな同盟の内容如何ではまた変わってしまう。
 それら諸々含めて、エンハンス翁の弟子、助手の何人かは、僕に対して嫌悪や敵愾心、または猜疑心を持っている節がある。
 けれどもエンハンス翁御本人はと言うと……、
 
「レイフ殿、こちらの本はもう読まれましたかな? エドガル・ヘレイロによる『戦鎚篇の再解釈』」
「いえ、まだです」
「これはなかなか興味深いですよ。『戦鎚篇』は古代ドワーフから現在でも形を変えつつ白ドワーフ叙事詩の一遍として伝えられる有名な詩編ですが、この第一期クトリア王朝時代の魔鍛冶師であったと思われる著者、エドガル氏は、それを特殊なドワーフ合金や別の魔法金属の精製方法を詩編に託して記したものではないかと研究しているのです。
 ドワーフ合金に関しては山ドワーフであるドゥアグラス達の間でも、その加工法までは魔鍛冶師の秘伝として伝わっていますが、高度な精製方法は不明なものも多い。さらにはその派生系として血晶鉱等があるのではないかとも推察しているようです」
 ほほう? これはイベンダー辺りは興味があるのでないかな?
「その本の内容は聞いたこともないですね。写本などが作られなかったのか、あるいはクトリア王家がある種の秘伝としてこの塔に封印したのかもしれませんね。
 関連しそうな古代ドワーフの金属板等があれば、ドワーベンガーディアンの製作法等も分かるかもしれません」
「ええ、ええ、そうなのですよ。特に魔法への耐性の強いドワーフ合金を、付呪によるゴーレム化をするのに何が使われたのか。その謎が解けるかもしれません」
 
 と、まあ。
 とにかくこの人は、一に研究二に研究、と。
 政治的な駆け引きだの軋轢だのにはまるで興味がない……と言うか、そもそもそれらを理解してないのではないか、というくらいに無邪気。
 もう、絵に描いたような「研究馬鹿」な感じで、正直微笑ましいくらいの人なのだ。
 
「おい、こいつの写本は私ももらうからな?」
 横合いからそう言うドゥカム師。同じ研究馬鹿ではあるものの、表に出る性格気質はまるで違う。でも何気にこの二人は仲も良い。というか、ドゥカム師は昔、エンハンス翁に師事していた時期があるらしいのだ。
 ……その割に、エンハンス翁への態度が横柄なので、やはり他の弟子たちにはかなり嫌われているようだ。
 
 そんな事を話していると、僕の背後からヒィヒィと奇妙な声が聞こえてくる。
「あのー……、レイフ。ミッチ氏の様子が、ちょっと……その……?」
 デュアンに言われて振り向くと、脂汗を垂らし青ざめた顔のミッチ氏。
「だ、大丈夫ですか!? 何か具合でも……!?」
 
「ひゃっ、ひゃっ、はろ、は、はの……」
 何かを言おうとしてるけどもろれつが回らず、手足もぶるぶる震えている。
 あまりの異常さに治癒魔法の【大地の癒し】を準備して唱えようかと身構えていると……、
 
「エンハンス翁! ご、ご、御著書は、拝読させていただいてますっ……!!
 お、翁の、偉大なる、研究、に、敬意を、表すととと……に、お会い出来て、こうえっ……ぶっ」
 
 あ、舌噛んだ。……一応【大地の癒し】いっとく?
 
 
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