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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-81. J.B.-Check Yo Self.(調べあそばせ)
しおりを挟む実際のところ俺たちの仕事としては、まずは新入りや衛兵隊候補たちを半月ほどホルストにみっちりしごいてもらう為にボーマ城塞へと送り、一樽の最上級熟成蒸留ヤシ酒と数樽の蒸留ヤシ酒を仕入れ、幾つか保管してた古代ドワーフ遺物を回収。それからボーマ城塞周辺の魔獣の調査と退治を済ませたトムヨイ達狩人チームと合流したらクトリア市街地への帰路につく───てな予定だった。
んで、半月ほど過ぎた頃には遺跡調査団の新入り、秘法店組、衛兵隊候補の第二陣連中を引き連れて、アダンを中心とした別チームが再びボーマ城塞へやってきて、諸々済ませて第一陣を連れてまたクトリア市街地へと帰る。
こんな感じのローテーションでそれぞれをホルストに鍛え直して貰い、また訓練法も学んでいく。
ま、大まかに言やあそんな計画だ。
予定は未定、てな言葉もあるが、ちょいちょい細かけえとこで変更が入る。
簡単なところから言や、まず訓練メニューにダークエルフ戦士流の魔力循環訓練が加わったこと。ま、これは俺にはあんま関係ない。
後はヴォルタス家の長男であり、今は南海諸島で海洋交易を取り仕切ってるロジウス・ヴォルタスから、新たに南の密林地帯で作られた蒸留バナナ酒の取り引きを持ちかけられた。これはひょうたん入りの数セットを貰い、サンプルとして貴族街各ファミリーやらに配り、注文を受けたら伝える事になる。
このバナナ酒、確かに独特のバナナっぽい甘い香りがして面白い。ここらじゃ絶対作られないし、ウケるかもしんねーなあ。狩人チームのひょろブチ猫獣人、スナフスリーもなかなかのお気に入りらしい。
で、最後の一つは……そのスナフスリーから得た情報とも関係する。
スナフスリーの奴は元々は残り火砂漠に近いシーリオというオアシスの街と、そこから北上したボバーシオという港町周辺をウロウロしてた流れの猫獣人。
ただそのシーリオは数年前にリカトリジオスにより壊滅させられ、ボバーシオも長らく包囲されている。
ボバーシオは遙か昔はクトリアの属国だったが邪術士専横の時代に独立した。けれども独立後は内政治安は荒れていて、かなり無法者はびこるヤバい街になってしまってたらしい。
俺の生まれ育った砂漠の村も、一応ボバーシオの領土内てことになってたが、俺がリカトリジオスから逃亡した時期には既にリカトリジオスの勢力圏で、逃亡奴隷としちゃそこに落ち着ける気にはなれなかった。
なので逃亡後はその周辺を避けつつカロド河を渡りクトリア市街地へと辿り着いたワケだが、元々流れ者で定住しない猫獣人気質の強いスナフスリーは、その時期も含めて周辺を放浪し生活していたらしい。
そのスナフスリーは、「昔、俺のと同じ様な入れ墨魔法を入れた南方人と知り合いだった」と言う。
スナフスリーはなんつーか、アティック以上に癖のある話し方をする奴で、こう、単語単位でボソボソと話す。もしかしたらクトリア語がそんなに堪能じゃないのかもしんねーし、ただの性格の問題かもしんねーが、不意に思いも寄らない話が出たかと思うと、そこから欲しい情報を得るのには一苦労。
しかもスナフスリーの奴は、アルバの言ってた、“災厄の美妃”の持ち手かもしんねー猫獣人にも心当たりがあったらしく、デュアンの奴がそこに食いついてきて、結局は俺と同じ入れ墨魔法を持ってただろう南方人について詳細は知れず仕舞いだ。
けど、「もし生きているなら」という但し書き付きだが、生きているならクトリア近郊に来てるだろう……てなのは、推測とは言え貴重な情報。
そしてその事で、俺は……ちょっとばかし気分がもやついている。
◇ ◆ ◇
「───いいか?」
そう言いながら入るのは、ここボーマ城塞の図書室。
城塞に元からあったものと、その後アニチェトが持ち込んだもの。そして最近じゃ地下の古代ドワーフ遺跡から回収された幾つかの本をここに収めてある。ダフネなんかも機会があれば来たがっているが、特にアニチェトの蔵書なんかには他ではなかなか見られないものも含まれてるらしく、量はそうでもないが貴重なコレクションだとか。
午前の訓練に昼飯と昼休息を終えて、室内訓練場では魔力循環を含めた格闘訓練をしている。
俺はそれを早めに切り上げさせて貰い、午後からここに籠もりっきりのレイフの元へ来た。
普段なら付きっ切りの護衛役のおっかねえ姉ちゃんは、破天荒なレイフの母、ナナイと共にダークエルフ戦士流魔力循環を指導する役をやらさせられてここに居ない。
その代わりに図書室の扉の前には使い魔のテディベアみてーなのがちょこんと見張り。護衛の役に立つとは思えねーがな。
明らかに1人になりたいというレイフのところに、こうやって押し掛けたのには一応それなりの理由 はある。多少無遠慮すぎるなとの自覚はあるがね。
レイフは机に座り本を読みつつ背を向けたまま、
「はい、何でしょう?」
と、相も変わらずの調子で返してくる。
「悪いな、邪魔してよ」
長テーブルのそこそこ上等な椅子をががっと引き寄せ、ちょうどレイフの真後ろ辺りに置いて座る。
「大丈夫ですよ」
速読、とでも言うのか、レイフの奴はバラバラっと本を流し読みするみてーにページを捲りつつ返す。
ところどころは手を止めてじっくり読んでたりもするが、殆どはそんな感じだ。
アレで内容、頭に入ってんのか? なんて余計なお世話か。それより……さて、どーすっかね。
「あー……スナフスリー……。あの、ひょろブチの猫獣人のな……」
「はい」
「あの……“災厄の美妃”どーのこーのとは別の話でな。ま、聞いたんだよ」
「はい」
「奴が言うにゃあ……どうも、俺の村の出身の奴と、以前会ってた事があるらしいんだわ。俺と同じ、シジュメルの加護の入れ墨をしている奴と、村が焼かれたその後にな。
で、そいつが……生きてりゃ多分、クトリア周辺に来てンじゃねーか……ってな」
俺以外殆ど生きてないと、そう思っていた。その生き残り。
それを聞いてレイフは本のページをめくる手をピタリと止めて暫し黙る。
考えているかに押し黙って数十秒か数分か。
「───お会いしたい……のですか?」
と、まあストレートに聞いてくる。
「正直、よく分かんねえ」
俺は前後を逆にして座った椅子の背もたれに両腕と顎を乗せながらそう返す。
実際───良く分かんねえんだよな。
「胸はちっとざわつくンだよ。このことを考えるとよ。
けど、リカトリジオスに村を焼かれて親父と他の大人の男達を殺されて……。俺が頭をドツかれ気絶した後荷車で連れてかれ……そのまま奴隷にされたンは10歳ばかしのときだ。
それまでは、そうだな───夢で見てるみてーな感覚で前世の記憶を垣間見たりはしてたんだけど、あくまでぼんやりしたイメージだった。
けど、そん時に明確にこう───今まで俺が見てた夢みたいな世界のことが俺の前世で、ここはそことは全く違う別の世界なんだッてなことを意識できるようになってよ。
そッからは───感覚としちゃ前世のコンプトン生まれのスラムのガキ……。そっちの方がなんつーか……リアルなんだよな」
改めて、俺はこの世界で“目覚めた”頃のことを思い出しつつそう話す。
「だから……同じ村の生き残りが居る……て言われても、理屈じゃあこう……何か思うところがあるモンだろう、ってな風にゃ思うし、実際……何かしら気持ちの動く……ざわつくとこはあんだよ。
けど……何つーかよ……」
「……リアリティがない?」
「ああ」
リアリティ……現実感、実在感……何と言うか、そういうもんがねえ。
その俺の話を聞いて、レイフはまた少しだけ思案するように口を閉じる。
それから、一旦立ち上がって席を立つと、俺の座る長テーブルの方へと来て正面へと座り直してから再び口を開いた。
「多分それは───そうですね、ある種の……現実逃避です」
現実逃避? 不意に予想外の言葉が出てきて驚く。予想外というか、クトリア語……レイフの場合は帝国語ベースのややクトリア語、だが、とにかくこの世界の言葉としては、本来ストレートに「現実逃避」を表す言い回しがない。言い換えりゃ今レイフが組み合わせて作った言葉だ。
「もし、失礼な言い方になっていたら申し訳ありません」
「いや、いいぜ。続けてくれ」
「はい。では、続けさせてもらいます。
私は、前世での記憶が蘇ってから1年と少しです。そしてそれまでの40年ほどこの世界で生きてきた記憶もしっかりとあります。なので私にとって、前世の記憶はあくまで前世であり、決して戻らぬ過去のものです。
私のアイデンティティは、完全に闇の森ダークエルフのレイフィアス・ケラーにあります」
アイデンティティ……か。そういやイベンダーのおっさんも、何だか似たようなことは言ってたな。
「ですが貴方は、まだあまり自我を確立し切れていない幼児期に記憶を思いだし、またその直後に奴隷とされるという過酷な環境に置かれました。
それは恐らく、貴方の心にある種の心的外傷を齎したハズです」
そりゃ……まあ、普通に考えりゃそうだろう。
「その心へのダメージを軽減するために、貴方は現実の無力で幼い自分自身よりも、そのとき初めて鮮明に思い出したばかりの前世の自分……少なくとも今の自分よりは遥かに経験を積み、知恵も知識もあり、スラムで生き抜いてきたタフな男ジェームスこそが本当の自分である……そう、思い込もうとした」
そう言われて、俺は少しの間黙り込む。
ダークエルフ特有の心の奥をも見透かしてくるかのような黒い大きな瞳で、真正面から俺を見てくるレイフの言葉には、相変わらずの妙な生真面目さと率直さがあり、そしてその内容に関しても……俺には反論できるものはない。
言い当てられたとか、腑に落ちたとか、そういうのとはちょっと違う。違うが……そうだな。ただそこにあったものを、そのままに目の前にポンと出された……そんな感じだ。
レイフは俺の無言をどう受け取ったのか、再び少しの間を置いてから語り出す。
「闇の森にユリウスと名乗る男が居ました。彼はこの世界でゴブリンに生まれ変わったのですが、前世での……私やガンボンと同じく、21世紀の日本での人生の記憶を持っていました。
彼がこの世界で生まれ育った環境は、私やガンボンに比べて遥かに過酷でした。
彼の言う通りに、私はダークエルフ郷の氏族長の娘という恵まれた環境でぬくぬくと育っていた引き籠もりで、彼はと言えば同じ群れの同族同士でも食料を奪い合い力で支配をする暴力的な境遇。その上で彼は、あるきっかけで特殊な力を持って群のリーダーとなります。
そしてその上で……闇の森のダークエルフを支配下におき、外へと向かい覇権を唱えるという“野心”に捕らわれました」
この話は……ほんのさわりだけガンボンから聞いたことがある。
化け物みたいな力を持ったゴブリンロード。その化け物ゴブリンの率いる軍勢と、闇の森ダークエルフとのぶつかり合いがあった。そんな話として、だ。
「彼───ユリウスは、そのゴブリンの群れの下位という過酷な環境を生き抜く為に、現実逃避をしました。
それは、『この世界はゲームみたいなものだ』という現実逃避です」
それは───なるほど、確かに分かる気はするぜ。いっそこの世界なんざお遊びの延長……そう信じ込めちまえば、確かに楽になるだろうな。
けど……。
「ああ……そりゃあだがよ……」
だがよ……何だ? その後に続く言葉が、うまくまとまらない。
言いよどむ俺の反応を十分に待ってから、レイフは続ける。
「JB、貴方はアルバに言いましたね。彼女は悪党鬼畜になりかねない境遇から自力で戻ってきたと。
アルバはそれに対して、それは単に自分が出会いと幸運に恵まれて、周りの者に助けられたからに過ぎない、とも言いました。
私が思うに───それはどちらも正しいです」
先日の、アルバによる集まり……今、運命か偶然か、クトリアに集まっている、俺やレイフを含めた「別の世界での前世の記憶」を持つ連中の密会。そのときのやりとりに言及する。
「そしてJB、それは貴方もです。
貴方がもし、そのときの現実逃避の意識、認識のまま、この世界での自分自身の生を現実味のない夢のようなものとして認識し続けていたら、どこかでユリウスの様に過ちを犯していたかもしれません。
この世界で出会った人々、命を、ゲームに出てくるキャラクター、駒のようなものと見なし、軽視したユリウスのように。
けれども今、貴方の周りには探索者の仲間が居て、ジャンヌや孤児たち、アデリア、イベンダーに秘法店の人達……。
彼らとの繋がりがあります。彼らは現実そのもので、コンプトン生まれのジェームスではなく、この世界の砂漠の村生まれの少年である貴方と地続きの存在です。
その繋がりがあるから、貴方は貴方で居られる。貴方のアイデンティティは、まさにそこにこそある」
俺は───大きく息を吐き……それから再びゆっくりと吸いこむ。
そしてその呼吸と共に深くレイフの言葉を染み渡らせるようにしながら考える。
詰まるとこ───今更な話だ。周回遅れどころじゃなく、何十周も遅れた悩みでしかねえ。
俺は既にコッチの世界で前世の記憶を蘇らせてから10年近く過ごしている。前世での繋がりと、今世での繋がりのどっちが濃密かなんてのは問うまでもねえ話だ。
確かに、故郷は焼かれて、共に逃げ出した奴隷仲間も殆ど居ない。今でも繋がってんのは狩人になったグレントだけ。だが俺の実人生は間違いなく、ここクトリアに来てからの数年の中にギュッと詰まってる。
「……最初、私は原因は現実逃避だと言いましたが───少し、違いますね。訂正します。
貴方が故郷の村の生き残りが居ると知っても、そのことに現実味を持てないでいるのは、前世の記憶が貴方の人格の多くを形成しているからではないと思います。
ただ単純に、貴方の中の故郷の村の記憶が、その後の様々な経験や結びつきの濃密さと比較して相対的に弱くなっていることと、もっと単純に言えば───幼かったから。
多分、それだけです」
俺は、奴隷時代の過酷な環境を生きる上で、「前世の記憶にある自分こそが俺自身だ」という現実逃避をした。
それは間違いなくあの過酷な環境を生き抜く上では役に立ったし、多分必要な事だったんだろう。それが無きゃ……今でもリカトリジオスの奴隷だったか、或いはとっくに死んでいたかもしんねえ。
けど、今生きてる俺は前世の俺じゃない。コンプトン生まれのスラム育ちのジェームスじゃなく、砂漠生まれでクトリア育ちの探索者、JBだ。
当たり前な事だが、その当たり前を再確認する。
そしてその当たり前から考えりゃ───。
「いや、結局どーすりゃ良いんだかな……」
と、最初の問題に行き戻る。
するとそこに、
「成り行きで良いのではないですか?」
と、レイフが付け加えて言う。
「無理して無視することもありませんし、かといって現状、万難排して探しに行かねば……、というのもそれはそれで無理があります。
元より不確かな情報で、もしかしたら近くに居るかもしれない、けれども生きてるかすらも分からない……と言うくらいなのですから、機会を見て見つけられるのなら見つけて、会えるのなら会ってみる。そのくらいで良いのでは?」
無視するのも、気負うのも違う。言われてみりゃあ、それこそ「当たり前」だ。
その当たり前の事実を言葉にして言われて、俺はようやく……力が抜ける。
そうだな、本当にその通りだ。
「良ければ……ですが、私はしばらくクトリアの各地を巡り訪ねる予定です。東地区やノルドバ、グッドコーヴにモロシタテム……。共和国の根回しとしてですが、もしよろしければ……護衛の一人としてでも同行してみませんか?」
つまり、各地を巡るレイフの護衛をする“ついで”に、村の生き残り探しをしてみちゃどうか……てな誘いか。
まあ……そうだな。悪い話じゃあねぇ。
俺はそれを受けてから軽く顎を掻いて、
「分かった、考えとくぜ」
と返す。
それからちょっと話を戻して、
「な、ところでさっきの話なんだけどよ」
と、そう続ける。
「さっき、21世紀の日本……つってたよな?」
「え? あ、はい……?」
「俺、コンプトンで撃たれたとき、まだ20世紀だったぜ」
「……え、そうなの!?」
考えてみりゃレイフやガンボンにイベンダーは長命種族で3、40歳以上。アルバにいたっちゃ吸血鬼となり不老不死らしいし実年齢は80歳以上。
けっこうな年齢差にタイムラグが有るもんだ。
「じゃ、スマホとか知らない世代!?」
「おう、何だそりゃ?」
「ジェネレーションギャップ!!」
まー、今更前世での世代差なんざどーでも良いっちゃ良い話だがな。
「N.W.Aの映画作られたのも知らないよね?」
「マジか!? めちゃ Fuck′n cool じゃねえかよ!?」
クッソ、未だにその辺だきゃあめちゃめちゃ未練あるぜ。
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