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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-79.マジュヌーン 災厄の美妃(50)-君が僕を知っている
しおりを挟むアルアジルが言うには、だ。
魔術師、呪術師、錬金術師、付与術士に魔導技師……とにかく様々な魔術、魔法の使い手たちの中でも、ことさらに邪術……つまりは邪悪とされるおぞましい術を行う者達。それを総称して“邪術士”と呼ぶ、てな話だ。
王の影はそういう奴らの中から、かつてのクトリア王朝の退廃王ザルコディナス三世が選りすぐって集めたとびきり“邪な”術士連中であり、名前の通りに秘密の集団。言い換えりゃ外道のエリートだな。
かつてアルアジルはその一員で、専門は“災厄の美妃”を含めた神々の遺物の研究、ということになってた。ザルコディナス三世の為にそれらを探し出し、または再現する研究をしていたというが、アルアジル自身は“災厄の美妃”に仕えるカルト集団“闇の手”の一員でもあり、その“持ち手”を探し、また“声”を伝えることで支援するのが目的だった……と言う。
その“預言”であり“予言”によれば、ここアールマール王国に潜むのは、リカトリジオスの内通者、密偵、そして“シャーイダールの仮面”の一つを持つ者。その者らはいずれ近いウチに“災厄の美妃”の持ち手とその周囲に破滅をもたらす企みに荷担しており、早急に“排除”するのが望ましい───。
あのトカゲ野郎が俺に伝えた“声”ってのは、簡単にまとめりゃそういう話だ。
で、俺は今まさにその企みの張本人……と思われる奴を目の前にしている。
奴の錫杖は術士の使うところの術具ってヤツだろう。魔力を集中させる為の媒介とする道具。そこに集められた魔力が、術式とやらを通して何らかの魔術の力を発揮させる。
攻撃か? いや、この場面でいきなり“赤ら顔”ケルビを狙うのは状況が悪い。幻惑、または───呪いの類か? 例の偽グリロドの【悪寒の呪い】みてーなもんなら、周りに怪しまれずに“赤ら顔”ケルビにこの場から退場してもらうことも出来る。
元々病だったという触れ込みで密かに監禁してたンだから、今ここで倒れるのも不自然じゃねえ。
だが───。
「ぐあッ!?」
痛みに怯み、弾かれた錫杖を取り落とす“シャーイダールの仮面”の術士。
魔術を行使しようとしている最中に術具を取り落とすと術の行使も中断される。弾いたのは“銀の腕”の放つ縦横無尽変幻自在の銀の鞭。しかもただの鞭じゃなく、電気ショックのおまけ付きだ。
「何奴!?」
叫ぶ右司祭アシフを向こうに回し、教主の“赤ら顔”ケルビを庇うように前に立つ“銀の腕”は、
「申し訳ありやせんが、そろそろお開きにしてもらいやしょう。なあに、謀反に関わってねェ一般信徒にまで累を及ぼすようにゃあいたしやせん」
と見得を切る。
と、それと同時に待っていたかに広間へとなだれ込むルチア、スナフスリー、そして“銀の腕”の子分の荒くれ者達。
右司祭アシフとその配下の助祭兵が錫杖を構えて立ちふさがり、場は一気にめちゃくちゃな混乱状態だ。
「教主さま、裏切られたのですか!?」
金切り声で叫ぶのは左司祭ハルトゥム。
だがその言い分はちと筋違いだろうぜ。最初に教えを捨てて、謀反を企み毒を盛ったなあそっちだろうによ。
自分から裏切っといて、けど裏切りきれずに心情的にゃ依存してる。だから尚更、テメーの思い通りになんねえことが許せねえ……。奴の感覚からすりゃそんなところか。
広間の信徒たちの半分は、右往左往して取り乱すか、呆然として立ちすくんでる。残り半分は、我も我もと杖や石を持ってなだれ込んだ荒くれ達めへと立ち向かおうとする。
人数的にはあちらの有利。だが戦い慣れてるのは多分右司祭アシフの配下の助祭兵達だけで、ルチアは元より“銀の腕”配下のクァド族達荒くれ者には実力じゃ劣る。
その上───、
「抗うのは止めよ! これ以上愚行を重ねるな!」
ホールに響く“赤ら顔”ケルビの大音声は、わんわんと木霊して反射する。
その声を聞いてもなお戦おうというのは、当初の半分以下だ。
俺はそいつらの乱戦には一切関わらない。ルチアやスナフスリー、“銀の腕”が居れば助祭兵もまだ刃向かう気の信徒たちも問題なく撃退出来るだろうし、“赤ら顔”のケルビを守りつつ右司祭アシフ、左司祭ハルトゥム等を捕らえるのも難しく無いだろう。
それより俺が追うべきは───ああ、逃がさないぜ“シャーイダールの仮面”の術士さんよ。
跳ね上がり一足飛びに前方横へ。祭壇の脇の岩壁を蹴り、右司祭アシフや助祭兵の頭の上を飛び越えさらにその奥。取り落とした錫杖を再び拾ったと思うや迷うことなく一目散に逃げ出すそいつへと肉迫する。
頭上からの一閃。“災厄の美妃”は逃げる術士の頭部の頭巾に引っかかり、そこから黒いもやめいた魔力が少し漏れると、そのまま頭巾の布を黄ばませ朽ちさせる。昼間吸収した“化け物”甲羅猪の毒の息の魔力の残りだ。
頭巾が外れて見えた頭部にゃ、猿の耳じゃなくありゃ犬の耳か。つっても“輪っかの尾”の耳は尖ってて犬っぽいし、アナグマ似のアラークブみてーに、犬獣人っつっても俺の前世知識の感覚で言う分かり易く犬っぽい奴らばっかじゃねえ。
だがまあ、お香の匂いで鼻もそこそこバカになっちゃいるが、あの匂いは猿獣人じゃねえだろうぜ。
奥の通路へ滑り込む“シャーイダールの仮面”の術士は、走りつつも振り返り、錫杖を振るって呪文を唱える。
唱えた途端に魔力のほのかな輝きが仮面から錫杖、錫杖から通路の床と壁面天井へ放たれぐるり。
ちゃちな時間稼ぎか。単純なトラップ。魔力で術式を場所に固定して、一回限りの接触式の魔法を発動するヤツだろう。アルアジルの魔法基礎知識レクチャーが糞役に立ちやがるのがムカつくぜ。
通路全体にぐるりとゲートみたいに術式を埋め込んだから、壁や天井に触れても発動する。普通ならどうにも避けようがないが、あいにく俺には“災厄の美妃”が居る。
走り抜けざまにヒュッ、ヒュと十字を切るように“災厄の美妃”を振るうと、仕込まれた術式が破壊され、魔力が刃に吸い込まれる。
愉悦に震える“災厄の美妃”を片手に奴を追う。
こいつは本物の“元”シャーイダールか? いや、多分そりゃあ違うだろう。
アルアジルが言うには、王の影達はそれぞれ特殊な魔装具の仮面を持っていて、集まったりするときには必ず仮面を被っていた。だからお互いにその正体も素顔も詳しくは知らない。
そして仮面ごとに細かい性質に差はあるが、被ることで何らかの魔法の力を得たり、それらが向上したりもする。
その代わり、その仮面には持ち主の意志だか思念だかが宿りだして、別人が被ると次第にその持ち主の思考やら邪念だかに染まっていくらしい。
それで言うなら、今追ってるこの“シャーイダールの仮面の術士”は、仮面を被って魔法の力を得た別人。
アルアジルを基準に考えりゃ、元王の影ってのがこんなしょぼいワケがねえ。
逃げながらも様々な魔法の罠を置き土産にしていく“シャーイダールの仮面”の術士。地面から生える魔法の腕が俺を掴み拘束しようとし、通路一面を氷や土の壁で塞ごうとし、茨のような棘のある蔦が絡みつく。
それら全てを“災厄の美妃”は切り裂き吸い込み力へと変える。
狭い通路での決め手の無い逃走劇は、次第に距離を詰めてケリが着くか……てなところで、再び開けた空間に出た。
そこに着くことを計算していたのか、奴が新たに使ったのは白い霧の魔法。広間にはまだ雑務を行う一般信徒が多数居る。その中でいきなり広がる真っ白な霧は、雑多な信徒たちを巻き込み視界を奪う。
だがお生憎様だ。さっきの地下祭壇の広間と違い、お香の匂いが強くないこの一般信徒の区画なら、匂いで奴の跡を追える。俺の匂いレーダーは猿獣人達と犬獣人の匂いを嗅ぎ分けるくらいわけもねえ。
目じゃなく鼻がとらえた影。そいつの首根っこへ左手を伸ばして掴もうとしたその瞬間、間に割って入る巨体。シャブラハディ族の司祭か何かか? と思うがそうじゃねえ。
意外、いや、全くの想定外の相手であり……この状況、この流れでも、思考と動きが一瞬止まらざるを得ない、見知った相手───。
「あぁ? 何だテメー、ぶつかってんじゃねェぞコラ!?」
典型的などチンピラとしか言いようのない頭の悪そうな売り言葉。だがこの声に、その口調に、何よりもその匂いに覚えがある。
「───猪口……?」
猪口雄大。“前世”における元クラスメイト。筋肉自慢で田上とやたら張り合ってた柔道部。足羽と連んでは大野たちオタクコンビをいじめていたセコい奴。
そして“今世”じゃ前世の名前と体型に引っ張られてか、猪人という猪に似た外見の獣人種へと生まれ変わっていた男。
クトリア郊外でデスクロードラゴンとかいう化け物を、集まってたクラス全員でなんとか倒した際、俺と静修さんだけ下水へと落ちはぐれてしまい、その静修さんによってさらに突き落とされて以降、初めての再会。
その……猪口だ。
猪口、という俺の言葉を聞いているのかいないのか。その猪人はうすら寝ぼけたような視線で俺を睨む。
「あぁ……? おい、何だテメェ……?
おい、何だテメェ、何だよおい、何だ? 見たことあるぞ、おい、お前……」
酔っ払ってるのか、いや、むしろこりゃラリってやがんのか?
ネムリノキの樹液から抽出した成分は所謂ダウナー系の作用があるが、それと覚醒系の作用のある成分とをうまく配合する麻薬がある。“砂伏せ”達からも存在は聞いてるが細かい調合法までは知らねえ。そしてこれも体験談じゃなくウワサや読み物の前世知識だが、そういう覚醒、興奮作用のアッパー系とダウナー系を“ちゃんぽん”させたドラッグってのは、ある種のヤク中にとっちゃかなりキマるもんらしい。
なんでそんな事を思い出したのかっつーと、猪口の口から吐き出された息の匂いが、酒とネムリノキの他に、クォラルの実をはじめとする様々な覚醒系の薬や食い物の混ざった匂いだったからだ。
俺は……声をかけるかどうかを迷った。コイツには聞きたい事は腐るほどある。別に思い出話をしてーワケでも旧交を温めてーワケでもねえ。
俺の知ってる猪口に関する最新情報は、足羽……今はアスバルと名乗ってる糞チャラ野郎が遠くから見ていたという、リカトリジオス部隊との“試合”と、その後だ。
捕虜達同士の試合をさせ、勝てば戦奴として厚遇するという奴らの風習。その中で猪口を含む前世のクラスメイト達の集団は、静修さんが破格の五連勝をして迎え入れられたらしい───というそれ。
その後のことは、何もハッキリとは分かってねえ。
猪口を含め、静修さんら前世のクラスメイト達の多くがリカトリジオス軍に吸収された───その後のことは、何もな。
なんでテメーがここにいる? 他の連中は、静修さんはどうしてる? 生きてるのか? 今もリカトリジオス軍に居るのか?
だが、そんな事悠長に聞いてる暇はねえ。今すぐにでも追わなきゃあの“シャーイダールの仮面”の術士は逃げ切っちまう。
話すのは後だ。今のこの猪口のラリった匂いは覚えた。酒と色んな薬物、奴の口臭体臭が混ざり合った不快な匂いは、そうそう簡単にゃ忘れねえ。
俺はそう決めて、ふらつく猪口を押しのけて再び“シャーイダールの仮面”の術士の匂いを追おうとし───そいつをモロに吸っちまう。
ガシャン、という破壊音。割れたのは陶器の小瓶。そこから立ち上るのは、ネムリノキを素材にした強力な眠り薬……法務官の娘を誘拐するときにも使われた眠りの粉と同じモンだ。
思い切り吸い込んでむせると共に、瞬間的に眠気が襲ってくる。
ただでさえ効果の高いハクル・ジャフのネムリノキ。そして猫獣人は種族的な特性として、他の種族よりもネムリノキの効果が強く効く。
奴らがそれを使うことを知っていながら、仮面による魔術を難なく防げることに慢心した俺の間抜けさを嘲笑うように、ゆらゆらと回る視界もすぐにに暗転した。
マジで、糞間抜け過ぎるぜ……。
△ ▼ △
寝ていたのはそう長かねえ。何せ“銀の腕”にしこたま頬をひっ叩かれたからな。
周りは未だに混乱が残っちゃ居るが、戦闘も終わり落ち着き出してる。法務官に衛兵なんかもやってきて、捕縛される上級信徒たちの姿に慌て騒ぐ信徒たちを“赤ら顔”のケルビが落ち着かせている。
ルチアは法務官に助けた娘───予想通りに例の右側の奥に、他の奴隷たちと共に閉じこめられていたらしい───を引き渡しつつ分かった事実を伝えている。
“銀の腕”によれば、何等かの責任は問われるだろうが、“赤ら顔”ケルビ自身が重い刑に処される事はないだろうとの話。リカトリジオスと通じ、麻薬を密かに密売させ、さらには……そう、事前の噂じゃ“銀の腕”達が怪しいとされていた、非合法な奴隷売買をしていたのも、左司祭ハルトゥブによるもんらしい。
身よりのない、居なくなっても騒がれない貧民の中から選び出して、まずは薬で操り、頃合いを観てリカトリジオスへと売っていた。
そこまでは、“赤ら顔”ケルビも予想だにしてなかったらしく、その事実を知ったときは文字通りに膝から崩れ落ちたらしい。
皮肉……いや、皮肉どころじゃねえだろうな。何せ万人平等、民族による格差差別を無くすべく立ち上げた分離派の古参の仲間が、謀反を目論むのみならず、立場を利用して貧民を奴隷として売っていたんだ。
俺には関係のねえ話───じゃああるが、正直“赤ら顔”ケルビの心情としちゃ……ああ、想像も出来ねぇぜ。
肝心の、“シャーイダールの仮面”を被ったリカトリジオスの密偵は取り逃した。少なくとも今、この時点じゃな。それに猪口の奴も、衛兵だ何だのの騒ぎに紛れて姿をくらましたようだ。
何つーんだ、アレだ。二兎追う者はなんとやら、だ。あのわずかな迷いで、どっちも見失っちまった。
衛兵や法務官には、俺の立場はルチアの従者として密かに情報収集をしていた者、という事として話をしてる。もちろん嘘じゃあねえ。ただその目的が、法務官の娘の護衛と捜索にあったんじゃねえ……てことを除けば、だ。
王家直属の密偵であることはこの町の誰に対しても秘密である“銀の腕”は、法務官の娘誘拐のときに偶然居合わせた事から捜索に協力した、という事でこちらも話を通している。もちろんこれも嘘じゃあねえ。表にしてない事がやたらに多いってだけだ。
そしてモダスやモールドらリムラ族のことなんぞは、誰一人注目もしてなきゃ気にもしてねえ。奴ら自身も今回の事を語られるのは嫌だろうから、俺らも誰にも話すつもりはない。
ただ今まで通りに「誰にも見向きもされない、バカで幼稚なチビの小間使い」を続けるのはちと無理があるわな。表向きは出来ても、少なくとも俺や“銀の腕”とその手下の一部にゃバレちまった。その辺、今後はお互い知らんぷりを続けンなァ難しいだろーな。そうなりゃそうなったで、新しい関わり方もあんだろーさ。
夜中に向けて、俺達含めて信徒たち全員が、一時的に衛兵詰め所に連れて行かれる。一部は拘束もされての聴取で話を聞かれる。まあ俺とルチアとスナフスリーは最優先で聞かれて早めの釈放とはなったが、その後も暫くは詰め所周りをうろついて、酔っ払いの猪人について聞き込み、また探してはみたものの、影も形も……何より匂いまでも消えちまった。まったく……マジで糞ッたれな話だぜ。
結局一番の目当てのリカトリジオスの密偵は逃したが、ルチアは法務官に頼んで、奴と取り引きしていた左司祭ハルトゥブ等の調べに加わらせて貰うことにした。リカトリジオスの情報がどれだけ得られるかは分かんねーが、ま、ゼロよかマシだろ。
一通りゴタゴタが片付き、カシュ・ケン達の宿へ戻ると、連中はまだまだ細かい商談で暫くかかるってな話で、俺は一応都合も良いってんでまたサーフラジルの町をうろつき回る。
最後にはしれっと居なくなっていたムスタの安酒場に行くと、奴本人は居なく、下働きに伝言を伝えられる。
“赤ら顔”の分離派教団に行くと、やはりまだ混乱は残っているが、救民活動は細々続けている。
血の気の多そうなクァド族の若造共が、ここぞとばかりに徒党を組んで嫌がらせに来ていたのを、軽くボコってちょっとした憂さ晴らし。
“輪っかの尾”の賭場は相も変わらず。モダスもモールドも忠実で間抜けな側近を演じ続けている。モールドに関しちゃ、魔法のことを除けば間抜けは素だったみてーだがな。
ついでに言うと、“輪っかの尾”が負け確実なときにベタ降りするよう仕組んでたのも、モールドの【暗示の魔眼】で操ってたかららしい。別にあいつは無駄に運が良いことを除けば、やっぱり単なる間抜けなようだ。
“銀の腕”とは……少しばかし込み入った話もした。
奴が王家直属の密偵であることを簡単に見抜いたムスタのお陰でか、“銀の腕”は俺とムスタを「お忍びの視察をしている王族関係者」みたいに勝手に誤解してるっぽいが、その辺はなんとなく言葉を濁して否定も肯定もしない。
改めて“銀の腕”やルチア達から詳しい顛末やその後の経過を聞くに、結局ムスタの推論は大枠じゃほぼ八割は正解だったみてーだ。
左司祭ハルトゥブと右司祭アリマは、リカトリジオスの力を借りて王家への謀反を企み、見返りとして自分達の王権を樹立する後押しを狙ってた。
法務官の娘を誘拐したのも、人質で脅して自分たち側に取り込む為。
さらには、あの魔獣化した化け物甲羅猪も、誘拐の布石として連中が用意したものらしい。具体的には例の“シャーイダールの仮面”を被った術士による仕業だそうだが、農園周りに不穏な状況を作り出して警備の気を散らすか、あわよくば別荘にまで突撃させてやろうというつもりだったみてーだ。
ついでに聞いた話。法務官は巨大な甲羅猪と言うことで最初は剥製にしようと考えてたらしいが、結局かなり汚れの強い魔獣だったことから、そのまんまん焼却と浄化して埋めたらしい。
デカい落とし穴掘ってた連中も、無駄な苦労したな。
で、連中の計画に話しを戻せば、それらをうまく成し遂げたら第一段階終了。そこからまた時間をかけて準備をし、リカトリジオスの部隊の進行に合わせてサーフラジルの門を開けさせてから素早く都市を掌握した後に王都へ進軍し制圧。
もちろんいくら入り口であるサーフラジルを落としても、それだけじゃそこまでとんとん拍子にゃ進まねえ。
なので恐らく、他の町にも何らかの工作を仕掛けては居るだろう……てな話。ま、そこはそちらさんで何とかしてくれ。さすがにこれ以上は深入り出来ねえ。
何にせよ、アールマール新政権との同盟関係を得られればリカトリジオスは豊富な兵站と資源が得られる。特に密林地帯で採れる食料に木材資源はデカい。それらを背景にして、西から立ち上った暗雲はさらにその勢力を東へと広げていく……。そういう手筈だった。
今回はルチアが持ってきた情報で内通者探しをしに来たが、そこからバタバタとドミノ倒しみてーに謀反やリカトリジオスの勢力拡大の計画までご破算にしちまったんだから、成果としちゃ相当なもんだ。
リカトリジオスにとっちゃあ、これも大きな計画の一部に過ぎないっちゃ過ぎないンだろーけどな。
それでもまあ……悪かねぇ話だ。
その後の数日での猪口探しは結局空振りに終わる。本当にあの夜以来、影も形も匂いもしねえ。もはやアレが現実だったのかすら怪しい感じだ。ただの良く似た猪人だったンじゃねーかとも思えてくる。
この件をカシュ・ケンにするかどうかは悩みはしたが、結局はする事にした。一番の考えどころは、農場に戻ってからアスバルにどう話すか……その辺だな。少なくとも前世じゃ、俺らの中ではあいつが一番猪口と親しかったワケだしよ。
▽ ▲ ▽
そして、5日ほど後。
無事商談も済んで農場へと戻ったカシュ・ケン達と別れ、俺は一人、“悪魔の喉”にある“聖地”へと来ている。
ムスタの残した伝言通りに、だ。
「なかなか見事な活躍だったそうですね」
石造りの頑強なテーブルに着きながらそう言うのは“闇の手”であり、かつてはクトリアで“王の影”の一人でもあったと言う蜥蜴人の術士、アルアジル。
トカゲそのものの顔からは表情を読み取る事は出来ないから、その言葉が文字通りの意味なのか嫌味なのかも判断つかねえ。
「ああ、そうだな。ヤク中の演技に、猿踊り、落とし穴に落ちて右往左往した挙げ句、眠り薬を嗅がされて目当ての術士にゃ逃げられる……まあまあの活躍だ」
カシュ・ケンは新しい商売の伝手を作れた。
ルチアにとっちゃ、少なくともアールマール国内の内通者は捕らえた。
“銀の腕”からしちゃ、さらには謀反の目論見を未然に防げもした。
だが俺の一番の目的───預言によれば、近いうちに俺の身の回りに破滅をもたらすだろう“シャーイダールの仮面”の持ち主───そいつを取り逃がした……てのは、かなり痛いしくじりだ。
だがそれを聞くと大げさに目をぐりんと見開いて、
「逃がした? それはまた異な事を」
と言うと、グァルグァルと喉を膨らませて妙な音を出して……多分、合図を送る。
すると、どちゃっ、と何かを岩の床に落とすような音が背後からして、振り向けばムスタと縛られた一人の犬獣人。体格はあまり大きくなく、やや大きめの尖った耳と薄い茶褐色の短毛。鼻の頭周りが黒ずんでいて、頭部からおそらく背中に向けての斑模様がある。
そいつは焦点の合わない目をして呆然としている。多分何らかの薬で意識散漫にされた状態。ただ虚ろにそこへ座っていて、服装はあの夜に見た右司祭アシフの周りに居た助祭兵のそれそのまま。
ムスタが左手に抱えている仮面も見覚えのある通りのモノで、つまりは……、
「あなたより先にこちらへ連れて来ておきましたよ」
「……一言くらい言っとけよ」
「あのままグズグズしてたら衛兵共が来ていただろう? そうしたら引き渡さざるを得なくなる。
それより───来るまで時間がかかりすぎだ。待ちくたびれたぞ」
要するに外で張っていたムスタが、俺に眠りの粉を使い逃げおおせたと安心しきっていた“シャーイダールの仮面”の術士をとっ捕まえていち早くこの“聖域”まで運んでおいた。そう言うことだそうだ。
ムカつくことにもっともだ。そして、ルチアや“銀の腕”にゃあ悪いがまあ───コッチの都合を優先させて貰う。
「───で、俺がのんびりしている間にコイツは何か吐いたのか?」
「幾らかは」
アルアジルの言う“予言”を頭ッから信じるワケじゃねえ。
だがこの“災厄の美妃”ッてのが糞厄介な厄女なのは間違いねえし、ヤバい事になる可能性の目があるッてんなら潰したくも知っておきたくもある。
結局俺はなんだかんだ言って、根は小心なんだよ。
「仮面の元の持ち主のシャーイダールだった者は死んだようです。リカトリジオスに殺された。
元々はザルコディナス三世の王の影としては、獣人狩りと獣人奴隷を利用した魔人化実験を担当して居た者のようですね。
貴方にはお馴染みの“家畜小屋”の設立者でもあります。
王国軍の王都解放の際に一部の隷属させていた獣人達とともに西へ逃れていたところ、リカトリジオスの巡回部隊に捕まり───殺された。この者はその時隷属していた者の一人で、その後リカトリジオスの特殊な工作を専門とする部隊に編入させられたのだとか。
リカトリジオスは魔法を直接的に行使する魔術士は好みませんが、薬作りや魔導具、魔装具は使います。
そして“シャーイダールの仮面”の真価を知らぬリカトリジオスは、工作員としてこの者を使うと同時に、ちょっとした便利な道具として仮面を持たせていた」
過去をひもとけば……だな。コイツと俺とは、かつてはほぼ同じような環境、境遇でもあったワケだ。
「───その辺はどーでもいいぜ。結局のとこ、コイツの関わってた陰謀ってのは、分離派を利用したアールマール王国の政権転覆以外、何があったんだ?」
王国転覆の陰謀は頓挫した。まあ他にも何かしら裏工作は続いているとしても、一つは潰した。
「───基本的には、この者自体はあくまで末端。大枠の戦略に関してはそう詳しく知りません。
ただ、どうやらこれらの策に関しての戦略を担当する部隊長が変わったそうで、ここ一年ほどでかなり内部の変化があったようです」
単なる人事なのか、それとも内部の勢力争いか。もし勢力争いだとしたら、それはそれで付け入る隙にもなるかもしんねえ。
そう思いながら、俺は椅子の上であぐらをかいたまま腕組み。
だがしかし、俺のそんなお気楽な思考は、次の言葉で呆気なく打ち砕かれる。
「何でも、食人鬼を副官に据えた新入りの犬獣人による独立部隊……。
それが戦略担当になってから色々と変わってきたとのことです」
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