遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-78.マジュヌーン 災厄の美妃(49)-スラッシュ禅問答

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 肥満になりがち、との話のシャブラハディ族の“赤ら顔”のケルビ・エルビル。遠目に見えるその姿は、確かに俺の目じゃ細かいところまでは分からねえ。だがシルエットとしちゃ縦にも横にも大柄な相撲取りみてーな体格だ。
 あー……たしか、あんこ型? とかってやつだ。
 で、その相撲取り体型の大男は、叩きのめした見張りを部屋の中へと連れ込んで、何やら祈りのような文言を唱えてから扉を閉め鍵をかける。
 
 さてこりゃどーゆーこった?
「……こりゃ、驚きましたな。私らの知る限り、“赤ら顔”が姿を見せるのは、一月近くぶりですぞ」
 あちこちの勢力に潜り込ませてたリムラ族達の情報を纏めているというモダスがそう言う。
「一月? そりゃ、“軽い体調不良”にしちゃ結構な長さだな」
 先日クスリをもらいにここへ来たときは、教主の“赤ら顔”は体調不良とかいう話だった。だがまあ見た感じこりゃ、かなりゲンキイッパイそうだ。
 
「しかし声の調子も、確かに疲れちゃおりやすが、病に寝込んで居るようには聞こえやせんね」
 祈りらしき声が聞き取れていた“銀の腕”がそう続ける。
 何かあっても三対一。いや、モダスは戦力にゃ厳しいから二.五対一、ぐれーなもんか。体格腕力はありそうだが、見た目通り鈍重そうで、万一魔法があっても俺なら防げる。
 ここは一か八か……。
「───話を聞いてみるか」
 
 ふぅふぅと荒く息を吐きながら、分離派教主の“赤ら顔”ケルビは一休みと言わんばかりに壁に背を預けて座り込んでいる。まあちょっとした大立ち回りの後だ。体格は大きいが体力はない、てところか。額の汗を拭うのか、それとも思い悩んでいるものなのか。あぐらをかくようにして座りつつも、両手でその大きな丸顔をなで上げる。
 
「あのー……」
 最初に語りかけるのはモダス。どこにいても警戒されないリムラ族の姿を見て、“赤ら顔”ケルビは一瞬見せた警戒の色を解く。
「教主様ですよね? 一体こんなところで、どうなされたのです?」
 そらっとぼけた物言いだが、それを聞いて“赤ら顔”ケルビは顔を上げて深く息を吐く。
「ああ、そうだな。道に迷うてしまったようだ」
「教主様でも、この洞窟寺院は迷路のようですか」
「はは、そうだな。この寺院も、我が信仰も、何もかもが迷路のようだ」
 落ち着いているが、しかし声の調子は明るくない。まさしく、深く暗い迷路の迷い子。途方に暮れた老人のようなしわがれ乾いた声だ。
 
「年経たリムラよ。お前たちは素早く、そして気軽に何処へでも行ける。私は時としてお前たちがとても羨ましい。私のような鈍重なシャブラハディは、迷い出すといつまでも同じところをぐるぐると回り続ける。
 信仰と、正義と、古き仲間……同志達との軋轢に、この愚鈍な能無しは既に耐えられんようだ」
 自嘲、自虐ともとれるその言葉は、恐らく他の信徒達の前ではとても吐き出せねーだろうモンだ。
 
 だが聞き捨てならねーのは、「同志達との軋轢」って部分だ。つまりは他の教団の連中と何かしらの対立があった。そしてだから、この立派そうな扉の中の部屋に「閉じ込め」られていた。
 
「はぁ、そうですか。それで、皆さん奥の方で何やら騒いでおられるのですかな?」
 さらにすっとぼけたままモダスが続ける。
「……騒いで、か……」
「どこかの娘さんを連れてきたとかなんとかで……」
 その言葉を聞いて、“赤ら顔”ケルビの顔色が変わる。
「……度し難い」
 そこに現れているのは軽蔑、嫌悪……てな言葉で済む感情じゃあねえ。絶望的なまでの懊悩、葛藤。
 
「年経たリムラよ。私が分離派を立ち上げたのには啓示がある。
 病に倒れ死線をさ迷うたときに、ある啓示を得ていた。そこでは私は“毛無し”の姿になっていた。色鮮やかでとてつもなく高い、整えられた巨石群の町に住み、数え切れぬ“毛無し”達の暮らす町に住んでいた」
 不意に、“赤ら顔”のケルビはそう話し始める。
「そこでは南方人ラハイシュ帝国ティフツデイル人、クトリア人に北方ギーン人……そして恐らくは東方シャヴィー人や西方ジャルダル人……その他多くの“毛無し”の民族が混ざり合い生活をしていた。
 不思議と、我らは存在しなかったが、その時にはそれを妙だとは思わなかった」
 訥々とそう続ける“赤ら顔”のケルビ。
「巨大な鳥の腹へと入り……ああ、いや、食べられたのではない。それは腹の中の空洞にヒトを乗せることの出来る金属の鳥だ。それに乗って飛び立ち……私は死んだ。いや、今のこの私ではない。その啓示の中の、北方ギーン人のような姿形をした私だ。まあ───本当の北方ギーン人を見たことはないがな。話に聞くそれと似てるように思えた姿だ。
 とにかく、その世界の啓示を得て目覚めたときにそれは起きた。
 劇的な回心。
 何度も同胞同士で殺し合いを続けている“毛無し”達が、そのように様々な民族同士争い対立することなく暮らせるのであれば、我らにそれの出来ぬ理由があろうか?」
 
 猿獣人シマシーマ社会で最底辺と見下されるリムラ族のモダスも、また粗野粗暴の荒くれ者とされているクァド族の“銀の腕”も、その言葉を神妙に押し黙り聴き入っている。
 だが───俺だけは二人とは全く違うだろう意識でそれに聴き入っていた。
 これは、間違いない。この“赤ら顔”のケルビもまた、俺たちと同じ飛行機に乗っていた乗客の一人で、こちらの世界へと生まれ変わりをさせられ、病で生死をさまよった際に前世の記憶の一部が蘇るも、それを前世の記憶としてではなく夢の啓示として認識している───恐らくはそう言うことだ。
 
「夢の啓示の中の“毛無し”の社会が、そこに至るまでには様々な苦難があった。何故か私にはその知識があった。私はその“毛無し”の世界でもある種の特権的地位のある民族のようだった。その世界ではかつて私の民族が、南方人ラハイシュ東方シャヴィー人のようなもの達を蔑み、奴隷にしたり抑圧したりしていたらしいことも知識としてあった。
 そして何よりも───」
 ここで“赤ら顔”のケルビは、やや言葉を濁すような間を置いて、それから再び口を開く。
「その世界の私は、その過去の歴史こそを正しいと認識し、私の民族こそが尊く優れた存在で、他の民族を支配弾圧し、また国から追い出したり、時には抹殺したりする事すら“正しい”行いだと、そう信じていたのだ……」
 過去の恥を告白するかのような響き。
 
「死の淵から蘇り、それら啓示の世界の記憶が混乱をもたらしたが、同時に私は───深く恥じ入った。
 その“毛無し”の私は、正にこの私そのものだ。シャブラハディの司祭として説教をしながら、アシャバジやクァド、リムラのもの達を“劣った存在”と見なしている、正にこの私そのものだ」
 
 そして、“赤ら顔”のケルビは、分離派を立ち上げ宗教改革に乗り出した。
 グルラーラの夢の啓示は、今の猿獣人シマシーマ社会の在り方を改めるべきだと、そう示したのだと信じて。
 
「───でやしたら教主さま。法務官の娘を拐かし、リカトリジオスと通じているのは誰なんでやすかね?」
 そこへとそう切り込む“銀の腕”。その不意の声にもかかわらず、“赤ら顔”のケルビは動揺の一切を見せず、
「左司祭のハルトゥブ、右司祭のアシフ───。
 もうずいぶん前から、教団の半数はこの二人の派閥についてしまっておる。
 我が教えをねじ曲げ、アールゴーラの王権を打ち倒してシャブラハディこそが支配層になるべきだと言う思想になってしまった」
 そう答える。
 ムスタの予想通り……てことか。内部事情は別としてもな。
 
「───そちらの方も、もう出てきなされ。私は逃げも隠れもせぬ。王家がこのしわ首を持って事を治めようというのであれば、そうしてくれて構わん。
 あの者達を止められなかったのは私の罪、私の愚かさ故だ。
 だが願わくば、あの者達の企てに従ってはおらなんだ信徒達へは、出来るだけ温情ある対処をして貰いたい」
 
 “赤ら顔”のケルビには、“銀の腕”のみならず俺の存在も分かっていたようだ。そう言われちゃあ隠れ続けても意味はない。
「少なくとも今、あんたの首を取るつもりはねえよ。王家が後々どうすっかは知らねーけどな。
 俺としちゃ、攫われた娘を取り戻して、リカトリジオスの内通者を確保出来りゃ御の字だ。後の事は知ったこっちゃねーぜ」
 ルチアの表向きの依頼に、裏の思惑。そして何よりアルアジルの言う“予言”とやらの結末───。
 クーデターだの教団の行く末だのは、俺の手にゃ余る話だ。
 
「───娘の居所は分からぬ。居るとすればこことは別の隔離部屋だろう。
 右司祭と左司祭は、この更に奥へと進んだ地下祭壇に居るであろうな。祈りの儀式と称して、薬を用いて己の派閥の信徒達を操っておる……」
 
 ▽ ▲ ▽
 
 洞窟内にゆっくりと低く反響する緩やかな金属音は、手のひら大のお椀状の金属から発せられる音。それを左手の布で優しく包むようにしてに持ち、右手の小さな棒で縁をなぞるようにしながら、ゆわんゆわんと響かせる。どことなく見たことがあるな、と思って思い出すと、ありゃ葬式の時だ。坊さんが持っていたあの……おりんだか何だか、そんな名前のヤツだ。
 記憶の片隅に残ってたそいつよりか二倍くらいでかいそれを、整然と並ぶ列の両サイドの司祭服姿の連中が奏で、その前方、一段高くなった石組みの祭壇のところに立つ男は何やら説法だか祈りだかをしている。多分ずいぶん古めかしい猿獣人シマシーマ 語なんだろうし、発音も独特。正直俺にはイマイチ分かねえ。
 
 音、そして篝火の柔らかな光に、これまたネムリノキの成分をうまく利用したお香の香り。お香は即座に眠くなるほどの強い効き目には調整されてねえ。“砂伏せ”達からもいくらか聞いてもいる“応用編”。
 睡眠、麻薬、鎮痛の他の効果である、暗示の効果を狙ってるんだろう。
 お香を嗅ぐことで、ややふわふわとした心地よい感覚と、酒を飲んだときのほろ酔い気分みてーなゆるい精神状態になる。そうすると、その時に聞いたことや言われたことが、すんなりと受け入れやすくなる。抵抗したり考えたりする力が抑えられるんだ。
 これをうまく成分を調整して使えば自白剤みてーなものとして尋問にも使えるし、暗示や催眠術、洗脳をし易くもなる。
 少なくとも、マトモに人々を教え導こう……ってなときには、絶対に使われるもんじゃねぇわな。
 
 その様子を見つつ、俺たちの一番前にいる大男は、ふぅ、と長く深い息を吐く。自らを落ち着かせるためか、ある種の気合い、精神統一みてーなもんか。
「───行くぞ」
 小さく、だがハッキリとそう宣言し、男は前へと進み出る。
 
 その男、“赤ら顔”ケルビの両脇に、やはり頭巾に司祭服で変装した二人、俺と“銀の腕”とが侍っている。地下祭壇前のなかなかに広いホールには、おおよそ50人からの信徒達。その中でも祭壇近くに居るのは、右司祭アシフ・アリマとやらのまとめる10人ほどの助祭兵達だ。
 この人数相手に真正面から立ち合っちゃどーにもなんねえ。そこにたった三人で乗り込むのは、一つは教主たる“赤ら顔”のケルビが居ることの勝算。あともう一つは……ただ、見てみたかっただけなのかもしんねえな。
 信頼してた仲間、同志に裏切られた男が、その裏切りの首謀者達と何を話すのか。
 
 どん、と、唸るような金属音の合唱と祈りの言葉を打ち消すように、“赤ら顔”のケルビは手にした野太い杖を地面へと打ちつける。
 どん、どんどん、と、再び拍子を取り杖の音が木霊する。
 どんどん、がっ、と、杖を二回打ち鳴らし、最後に杖の頭にある丸く大きな飾り……そこでぶん殴れば当たり前に頭蓋骨くらい陥没しそうなそいつを、近くの柱へと打ちつけてやや固く高い音を鳴らす。
 
「其に問う! “グルラーラの神性”とは何ぞ!?」
 ゆわんゆわんとした金属音より、司祭の祈りの文言より、どんどん打ち鳴らされた杖の音よりも響き渡る“赤ら顔”ケルビの大音声。
 その問いの意味は詳しくは俺にゃ分からん。元々前世からして宗教だ何だにゃ縁はねーし、この世界じゃキモい爺の邪神しか知らねえ。だが意図なら分かる。なんだろうと奴らは宗教、信仰で結びついた集団だ。
 その中で、例えここにいる連中が教主を裏切り国への謀反を企んでたとしても、宗教論争を挑まれれば応じざるを得ない。
 タイマン無敗の喧嘩自慢を売りにして成り上がった不良なら、タイマン勝負を挑まれりゃ逃げることは出来ねー、ってのと同じだ。
 
 その声に、焚きしめたお香の香りでややイッちまってた信徒達含めて、ホールの連中が教主の存在に明確に気づく。完全にイッちまってたら反応はない。やや反応が鈍るくらいの香りだが、俺と“銀の腕”は頭巾と共に顔の前にかけておいたヴェールを濡らしてあるから、少しだけその香りの効果を減らせてる。
 
 そして恐らく同じ様にお香の効果を少し減らす目的で、口と鼻の前にヴェールをかけた祭壇前の司祭が、祈りを止めてこちらを見ると、何とも言えぬ表情で少し止まると、それから大きな声で返してくる。
「其に応ず! グルラーラは昼と夜、天と地を開闢し、我ら猿獣人シマシーマ を創造した!」
 やや甲高い声で応じたのは、多分左司祭のハルトゥム・ハーサブ。祭壇脇に控えている数人のウチ目立つ大柄な一人の方が右司祭のアシフ・アリマだろう。どちらも“赤ら顔”のケルビ同様、ゆったりした司祭服のシルエットで隠せない程に横幅がある。
 
「其に問う! 数多神々の御業において、正邪を分かつは何ぞ?」
「其に応ず! 神意神妙にして正邪を計るは我らに非ず!」
 
 ややこしい問答をしてやがるが───あー、多分、な。
 “赤ら顔”は「色んな神様の行いの、正しいのか邪なのかはどう違うのか?」とか聞き、左司祭ハルトゥムは「神の御心の正邪を我々が決める事は出来ない」みたいな感じの事を返してる。多分。
 宗教、信仰ってのはそこが……ややこしい。神の教え、信仰により自分の正しさを証明しようってのは、そもそも神の教えが正しく無きゃなんねえ。
 神は正しい。だからそれに従う自分も正しい。
 
「ならば其に問う! グルラーラはアールゴーラにのみを神意において支配者と定めたか!?」
「其に応ず! グルラーラの神意はアールゴーラにのみ与えられたものに非ず! 全ての猿獣人シマシーマを祝福するもの也!」
 この辺は、さっきよりはちょっと分かり易い。
 つまりアールゴーラ族は自らの王権の正当性を猿獣人シマシーマの主神であるグルラーラの神意、つまり神の御意志である、という形で正当化している。
 だがそれを「それは神の意志ではなく、アールゴーラ族がついた嘘である」と返してるわけだ。
 ここまでは、おそらく“赤ら顔”の立ち上げた分離派。かつて病で死にかけた“赤ら顔”の得た啓示───俺には中途半端に覚醒した前世の記憶、のように思えるそれ───により、猿獣人シマシーマ社会における民族間の格差、差別を無くそうという思想と共通している。
 問題は……そこからだ。
 
「ならば其に問う! 犬獣人リカート の帝国の走狗となりて王権を得るは神意なりや!?」
 
 分離派教団の教主、“赤ら顔”のケルビは司祭の二人がリカトリジオスと通じている可能性を、薄々感じ取ってはいたものの確信がなかった。
 そして対外的に表に出ていなかった理由である体調不良も事実だった。ただその原因が、司祭達が使った薬にある……てのは、表沙汰になってない。
 
 教主を毒殺をするつもりだったのか? 
 それは多分、ちょっと違う。いや、最終的なところどうするかの判断を出来かねていた……てなのが多分正解なんだろう。
 右司祭と左司祭は教主の教えに反して武力闘争での地位の復権を狙いだした。そこで教主とは反目。信徒達を扇動しつつ、秘密裏にリカトリジオスと密約を結ぶ。
 教主とはもはや道を違えた。今後交じり合うことは多分無い。だが───すぐさま殺してしまう事はなかなか出来なかった。
 薬の量や配合は、身体を弱らせ病のようにする程度の毒と、やはりネムリノキの樹液を使って意識朦朧とさせる成分。
 もしかしたら長患いを演出してから殺すつもりだったのかもしれねえ。急死するよりそいつはリアルだ。
 もしくはとにかく時間稼ぎをして、事が動き出して止めようが無くなれば、教主も最後は折れてくれるという希望的な考えだったのか。
 実際奴らには、教主の“赤ら顔”ケルビを新たな国王とする、という計画もあったらしい。
 どっちにしろ───要は問題の先送りだ。
 
「───其に、応ず! グルラーラの祝福は我ら猿獣人シマシーマの王国にのみ注がれる! “毛無し”であろうと猫獣人バルーティであろうと、犬獣人リカートであろうと、それらはグルラーラの神意とは無関係也!」
 
 その先送りの結果の今、この問答での左司祭ハルトゥムの答えは、俺が聞いてもなかなか厳しい。
 グルラーラは猿獣人シマシーマの神で、その祝福神意は犬獣人リカートには及ばない。だから犬獣人リカートと協力しようがしまいが、グルラーラの教えとは無関係だ……と。まあ、だいたいそんな理屈か。
 
「然り! 犬獣人リカートは生来において我らが主神、グルラーラの祝福能わず! しかし信仰とは種族生まれではなく個々の内なる回心にあるべし! ならば我ら司祭は、猿獣人シマシーマとして生まれながら信仰の道を見失う者も、 生来において祝福能わぬ者も、等しく教え導くべきであろう!」
 
 それに対し、教主、“赤ら顔”のケルビは左司祭ハルトゥムへとそう突き返す。
 これはつまり……金持ちの良家に生まれてもグレて落ちぶれるヤツもいる。逆に言えば貧乏な家に生まれたヤツが学べない事はねーんだから、「あつらは生まれが悪ィから知ったこっちゃねー」なんてのは司祭の態度じゃねえ……みてーな事か。
 そしてこりゃ、犬獣人リカート猿獣人シマシーマの生まれの違いについて話しているようで、多分それだけの話じゃねえ。猿獣人シマシーマ社会の中の民族格差のことでもあり、また神官の民とされるシャブラハディ族に生まれながら他勢力と通じての謀反を目論むまでになったコイツ等のことも指している。そしてまた───そういう風に“堕ちて”しまった者も分け隔てなく教え、導くことが出来るし、そうすべき───みてーな話だ。
 単に言葉面、理屈だけの問答じゃなく、信仰ってのを通じての、信念をぶつけ合う問答だ。
 
 俺はその二人の問答を見ながらも、この広間に集まった50人だかばかしの信徒たちの様子にも注意を向けている。
 問答が続く中、お香と音の作用でややラリってた連中も、次第にざわめき戸惑い出してる。
 二人の司祭達による教主の排除の動きは、そいつらとこくご近しい一部の信徒たちでしか共有されてなかった動きらしく、ここに集まってる連中の大半は知らなかっただろう、てな話だ。
 この辺は、毒に気づいて密かにそれを捨てながら、機会をうかがう為に弱ったふりをして様子を見ていた“赤ら顔”のケルビ自身の得た情報含めた推測だそうだが、ここの反応を見ればまあ正解。
 もしここに集ってた信徒全員が、教主排除の上で王国への謀反に賛同してたら、“赤ら顔”がこの広間に来た途端に数任せの力づくで取り押さえられてる。
 まだ完全に掌握し切れていない信徒たちを前に教主からの問答は逃げられないし、逃げられない上で今、分離派としての万人平等の信仰という基本の教義を突きつけられ、左司祭ハルトゥムは劣勢に回っている。
 
 そしてその流れで、次の動きを見せる者が誰か? そこにもう一つの答えがある。
 
 答えに詰まる左司祭のハルトゥムは、教主の“赤ら顔”ケルビ、そして脇にいる右司祭アシフ・アリマ、それから一段下がった広間でざわめく信徒たちを見る。
 モダスが言うにゃ小心な左司祭ハルトゥム。大きな舞台で大きな決断をするにはまだ荷が重いか?
 いや、だが待てよ? 役目がら左司祭と右司祭は同等なようで居て左司祭の方が上らしい。裏方、事務方ってのは、言い換えりゃ内部の実権を持っている、てこと。だから理のやり合いで言葉に詰まる、てのは致命的になるが、そんな小心者に教主を排除して謀反を企むまでの度胸はマジであったのか?
 そう、モダスが言うにゃ、コイツはその器じゃねえ。
 
 どん、という大きな響きは右司祭アシフの持つ錫杖の床を叩く音。ぶっとく長い木製の棒の先に金属の意匠。
 
「其に問う! 教主さまは万人平等の信仰と救民をうたわれる! では、この信徒たちの今をいかに救われるか!? 貧しく衰え傷と病の痛みに耐えるを何とされるか!? それら全ての元凶がアールゴーラの王政の歪みにあるならば、その歪みを正すことこそがグルラーラの神意ではないか!?」
 
 左司祭ハルトゥムのそれより、深く低く響く声。周りを囲む助祭、いや、助祭兵達。頭巾に顔の前のヴェールと、青く染められたゆったりした司祭服姿は“赤ら顔”ケルビを閉じ込めてた部屋の前の見張りたちと同じ。つまり変装した俺達とも同じ姿。腰を帯でしっかりと締めて動きやすくし、その下には皮の胴当てが見える。
 手にしてるのは右司祭アシフとほぼ同じ錫杖だが、体格や体型からすると半分はクァド族、残りのさらに半分はアシャバジ族で、シャブラハディ族は数人くらいか。それなりに戦闘向きの奴が10人ばかし集まってる。
 
「其に応ず! 我らは水滴の一つにすぎぬ。一粒の水滴には何の力もなく無力と言うやもしれぬ。
 だが水滴が百、千、万と集まれば沢となり川となりいずれは湖、大海ともなろう!
 雨粒一つに喉は癒されぬかもしれぬ。しかし幾千もの雨粒が降り注げば大地を潤し草花樹木の命となろう!
 また、一滴の滴りが何年、何十年、何百年と滴り続けることで、硬い岩とて穿たれ穴を空けよう!
 己が独力で世を変えようとするは傲岸不遜にして自らを神と見なす愚行なり!
 我らは数多の水滴の一つと知り、数多の者達の一助として、大きなうねりの先に歪みを糺し、変革をみるべし!」
 
 右司祭アシフ達は、自分達こそアールゴーラに代わる支配者となる事を目指し、それこそが世を糺す唯一の道と考えている。それをせず民を救う事など出来ぬし、それをしようとしない教主はグルラーラの神意に反している、と糾弾している。
 だが教主、“赤ら顔”のケルビはそれをはねのける。こいつは───ヤツの言う啓示、俺に言わせりゃ前世の記憶がそう言わせてるのか? コイツの言ってンのはつまるとこ……あー、糞! つまりは、王政そのものの否定だ。
 王に成り代わり新たな王として上から力づくで変えようッてんじゃなく、教えを深く広く浸透させることで下から世の中を変えていこう、ってな思考だ。
 待てよ、そりゃ───、
 
「そいつぁいけねェ」
 ボソリと呟くのは俺の横に居る“銀の腕”。その見えぬ目の先が捉えているのは───居やがったぜ、俺の探してた当人がよ。
 右司祭アシフの周りの助祭兵、その一団に紛れた1人。頭巾にヴェールに青い司祭服は周りと同じ。だが構えた錫杖の先に込められた魔力はビンビンに俺のハートを激しく刺激してくる。
 そして何よりも仮面……ヴェールの奥に見えるのは、アルアジルのそれとやや似ているがどこか違う、特別な魔力の付与された、特別な仮面。
 “シャーイダールの仮面”を被った術士。
 
 さあ、コンバットタイムだ。
 
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