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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-77.マジュヌーン 災厄の美妃(48)-大人物
しおりを挟む「ああ、うん。居たね」
間の抜けたというか気の抜けたというか、そんなことを言いながら俺たちの居るやや開けた空き地に来たのはひょろぶちことスナフスリーだ。
その横には片足義足や酔いどれ爺たち、甲羅猪退治のために雇われた他の連中もいる。
おっかなびっくりでおどおどしながらの爺たちは、俺と金毛逆毛、何より“銀の腕”とが揃って話しているのを見て、
「あ、あの~……旦那方の……その……問題は~……」
と聞いてくるが、それには“銀の腕”が片手をあげて、
「片付きやした。お互いただの誤解の行き違い。何の問題もありやせんぜ」
と返す。
それから、胸をなで下ろす、てなのがぴったりの表情の爺達と金毛逆毛に対して、
「お前さん方には後始末をしといてもらいやしょうか。亡くなった一人の遺体も含め、きちんと頼みやすぜ」
と指示を出す。
元は誤解、そのキッカケもモールドによる【暗示の目】とは言え、【暗示の目】はあくまで思考の方向を操るだけだとかで、金毛逆毛が雑な計画で俺とムスタを始末しようとしたのは奴の粗暴で短絡的な性格からだ。
モダス自身もモールドの【暗示の目】を使って“銀の腕”にやらせたかったのはあくまで「色んな勢力に出入りして調べてる」らしい俺たちの身辺調査でしかない。
恐らくはムスタに対する恨みもあったンだろうが、とにかくとんでもない勇み足。
その結果新入りらしい一人が甲羅猪に突き殺されちまったのは、不運じゃあるが一番の責任は金毛逆毛野郎にあると言える。ま、管理者責任としちゃあ“銀の腕”にもあるっちゃあるがね。
「で、どうした?」
スナフスリー……というか、ルチアに娘の護衛を依頼していた町の名士、ってのは、実はこの甲羅猪退治をしに来た農園の持ち主。
つまり娘を一時避難させる為に連れてきていると言う別荘のある所と言うのがここだった。
先日の報告と打ち合わせでその事を知った俺達は、まあいざという時には落ち合い連絡をとろうとも話して居たわけだが、その正に“いざという時”が来ていたようだ。
スナフスリーは俺とムスタを見、それからまだ残ってる“銀の腕”にモダス、モールドの二人のリムラ族を見る。
無言で俺に頷いて目線をくれて、まあそりゃ当然のこととして俺を呼び出す。
「ちょっと待っててくれ」
他の連中にそう告げてスナフスリーへと近付くと、耳元へ口を寄せて小声で、
「うん、やられたよ」
「何が?」
「攫われた」
「誰が?」
「娘さん」
「護衛対象の、か?」
「うん」
「どうやって?」
「ネムリノキの煙幕。俺は匂いを知ってたし、酒飲みだから効き目薄いし、すぐに水つけた布で鼻を覆ったからあまり吸わなかった。けど元々の警備兵はほぼ全滅。ルチアも頑張ってたけど、多勢に無勢でね。隙をつかれて連れ去られた」
「お前はどーしてたんだよ?」
「俺は途中でやられたフリして倒れた」
「おい、いいのかそれで?」
「奴ら、娘さんを丁寧に扱ってたから、すぐ殺す気はないよ。俺一人じゃ流石にあそこで娘さんを無傷で助けるのは難しいからね」
「確証あんのかよ?」
「多分ね」
何とも合理的なのか無責任なのか。俺が言うのもなんだけどよ、猫獣人ってのは結構そう言うところがある奴多いんだよなァ。
「何か手掛かりになる“匂い”は他にあるのか?」
「良くは知らないけど、ネムリノキ以外の薬の匂いも少ししたね。普段から薬を扱ってる」
「ネムリノキの匂いの強く残ってるもんは?」
「これだね」
懐から取り出すのは小さな陶器瓶の欠片。“砂伏せ”達が使っていたのは煙幕弾だったが、これはこの中に眠りの粉を詰めておき、投げつけて割ることで撒き散らすやり方だ。
煙幕弾にすると少ない量で広範囲に撒き散らせるが、作るのには結構技術と知識が居る。この陶器瓶タイプは作る手間暇技術はそうでもないが、その分眠りの粉の量がいる。
そいつを鼻の近くへ持って行き、覚えのある匂いを確かめる。
「───ま、ちょうど良いタイミングだぜ。
俺らも今、こいつらのところに行こうかってな話になってたんだよ」
▽ ▲ ▽
「うん、わずかだけど……あるね、匂い」
目の前にあるのはごくごく目立たない岩の割れ目。まだ離れた位置のここからじゃあ、そこに割れ目があることすら分からないが、モールド曰わくそこは“赤ら顔”の教団組織の本拠地の裏口で、しかも教団内でもごく一部の者しか知らない極秘の区画へ通じてるという。
既に日も陰りだし薄暗くなった今じゃ、目視に頼る猿獣人じゃあほとんど確認出来ないはずだ。
スナフスリーが嗅ぎ取った匂いというのは、当然攫われた名士の娘さんのもの。
俺達猫獣人は、数多の獣人種の中でも犬獣人と並んで嗅覚が良い。猿獣人では嗅ぎ分けられない匂いでも判別がつくし、意識して覚えようとすれば特定個人の匂いも暫くは忘れない。
スナフスリーが無理して攫われそうな娘を守ることより、奴らがすぐに殺さないだろう事を読み取ってそれに任せたのにも、猿獣人では不可能な匂いによる追跡に自信があったから……ということにしておこう。多分な。
「モールド、他に出入り口はあるか?」
「奥の秘密区画に繋がるのはないの! でも他の裏口はあと二つあるよ! モールド、全部知ってる!」
俺は“銀の腕”へと視線を送る。
「分かりやした。正面、ここ、他の裏口二カ所……全て手下に張らせておきやす」
金毛逆毛へと指示を出し、モダスの連れてきた別のリムラ族に案内させて数人ずつ散っていく。
「娘を攫ったのは“赤ら顔”の勢力……。それは間違いないのだな?」
確認するようにルチアが言う。
「うん。少なくとも、あの中に……あの秘密の入り口を通ったのは間違いないね、うん」
スナフスリーが答え、続いて俺が補足する。
「攫うときに使われた眠りの粉の匂いは、“赤ら顔”の教団で配ってる痛み止めに使われてたネムリノキと同じだ。つまり、産地が同じもんなのさ」
特徴的……と言っても、恐らく俺ら猫獣人、しかも“砂伏せ”達みたいに専門的に扱っているか、そういう誰かから現物込みで教わっているかでもなきゃ区別が付かないだろう匂いを、俺は覚えている。
「たまたまという事はないか?」
その一見もっともな問いには明確な答えがある。
「奴らが使ってるネムリノキは、ハクル・ジャフのネムリノキだ。残り火砂漠の遙か西方。今じゃこの辺で手に入れるのは難しい種類のシロモノだ」
難しいのには距離的な問題以外の理由がある。
「リカトリジオスの勢力圏か……」
「ああ。特に最初期の頃からだ。巧く使えば効能が高いが、今新しくこっちで手に入れようッてんなら、何らかの形でリカトリジオス勢力圏に潜入するか、取引するしかねえ」
この匂いに気がついたときから、“赤ら顔”は俺の中では最重要容疑者ではあったが、とは言えそれだけでリカトリジオスの内通者とは決めつけられねえ。
何よりその後モールド……つまりはその希少なリカトリジオス勢力圏産のハクル・ジャフのネムリノキの匂いをさせてる奴に出会った以上、誰がアールマールにそいつを持ち込んだのか……て点で新たな可能性が広がり出す。
単純に言っても、“赤ら顔”の教団が入手したか、モールドが入手したか、全く別の第三者……例えば“銀の腕”の人足やゴロツキが密輸していて、それを各勢力に流しているのか……。
ま、何にせよそれだけじゃ判断出来ねえところで……まあこの状況になった。
となりゃ消去法で言やあ、リカトリジオス勢力圏からハクル・ジャフのネムリノキを持ち込んでるのは“赤ら顔”の教団……てコトになる。
このサーフラジルの町をうろつき回る中で、“赤ら顔”の教団の信徒やそこから薬をもらった奴ら、そしてモールドとその仲間のリムラ族。それら以外と思える所、人物からこの匂いはしてきてない。この二つ以外のルートで町中に普通に流通しているという線はなくなった。
少なくともこの街への供給源、その起点はこのどちらか。
そしてその一方が俺の後に付いてきてる間に、この誘拐事件が起きたワケだ。
「何故法務官の娘を?」
「リカトリジオスと通じてるんでやしたら、リカトリジオスの狙いは王国への侵攻なんでやしょうが……」
“銀の腕”がそう言うと、
「娘を人質にして法務官を抱き込み、リカトリジオスの侵攻を手引きさせる。誘拐の目的はそこだろう。だが───」
と、ムスタがもっともらしい推測を述べはじめる。
「その先の狙いは現体制の崩壊……謀反だろうな。元々グルラーラの教えに対する解釈違いから異端として“山から降ろされた”シャブラハジだ。当初は宗教改革の意気高く、貧民窟で布教と救民に挑んでいたが、貧民共は目先の飯と薬にしか興味はなく布教はそうそう進まない。
そんな生活が長く続けば、気位の高いシャブラハジ族としては耐えられない。次第にヤクと寄進で金を巻き上げる事に腐心し始め、山から追放された恨みから、リカトリジオスと組んででも支配階層へと戻ろうと企みだす。
奴らはリカトリジオスへの協力の見返りとして、アールーマールの支配権を得るつもりだろう。
だが、それで出来上がるのはリカトリジオスの傀儡政権だ」
「おいおい、そりゃまた随分でっけぇ話だな」
もっともらしいっちゃもっともらしい。けど全部想像の範囲じゃあある。
「実際にやったのは教団幹部の第三位、右司祭のアシフ・アリマでしょうな。アシフ自身はシャブラハジですが他民族の“武闘派”を助祭兵、従者として抱えていますから」
やたらに内部事情に詳しいのはモダス。
さすが、多数のリムラ族をあちこちに潜入させてただけある。
「お前らリムラで、直接そのアシフに仕えてるようなのはいねーのか?」
「残念ながらおりません。リムラの小間使い達を纏めてるのは左司祭のハルトゥブ・ハーサムです。このハルトゥブは、薬づくりと事務方の得意な裏方で、地味で小心。大それた野心の持ち主とは思えませんな」
となると……どっちにせよ潜り込むなら、懐柔策もあり得るのか?
▽ ▲ ▽
忍び込む基本メンバーは決まった。
まずは当然俺。そしてルチア。そしてモールドとモダスに、今更ながらも頭巾とヴェールで顔を隠した“銀の腕”。
俺は攫われたお嬢さんの髪飾りを借りて、その匂いを覚えておく。こういうのは長い時間側に居た方がしっかり覚えられるから、そこに関しちゃスナフスリーの方が適任だが、奴には一旦バックアップに回ってもらう。
同じくムスタも待機組だ。何せここの面子の中で、一番「潜入」には向いてない。
リムラ族二人は内部構造を把握していることと、モールドの【暗示の目】。
“銀の腕”は音による気配察知力と、何より他の連中にはまだ秘密ながら、本職であるラビアルザムの密偵、てなところからもこの状況は見過ごせねえ。
それと何より、俺とクトリア語でやりとり出来て、通訳もしてもらえる……というのも理由だが、実はモダスも少しだけクトリア語は分かるらしい。ちょっと俺らもその辺気を抜きすぎてたぜ。
モールド達の案内でまず先に進む。
割れ目の内側はそこそこ幅のある空間で、肥満の多いというシャブラハジ族でもなんとか通れそうだ。
ただその先の奥まった空間ですぐに行き止まり。ほぼ円形の四、五人が立って居られるかも程度のそこの、奥の壁の真ん中に大きめの岩がある以外には何もない。
「あー……一応確認するが……この岩……?」
「岩? 岩は岩だよ!? 大きくて重い!」
「あー、はいはい。この岩が仕掛けのある隠し扉です、はい」
「開け方は?」
「鍵と秘密の仕掛けですが、わたしらにもそこまでは分かりません」
案内人のモダスが初っ端から躓かせてくれる。
「おいこら、じゃ、どーしろってンだよ?」
「待て。少し動くな」
ルチアがそう言い周りの動きを止める。我慢できず飛び跳ねたがるモールドを押さえ込んで暫くすると、
「……こことここに隙間があるな。
下の隙間は広い空間へ繋がっている。上の両側は……仕掛け部分か?」
と。
「何だよ、暫く会わないウチに特技増えたのか?」
「魔力循環と制御を特に鍛えて、その応用だ。風、空気の微細な動きから隠された部分を見つけ出す。そういつも巧く行く訳では無いがな」
としれっと言う。
「でやしたら……お次は手前の出番でさあ」
そう言う“銀の腕”が進み出ると、仕掛けのある場所を調べ出し、それを作動させて鍵穴を表に出す。そこから聴診器みたいな道具で音を聞きつつ、鍵穴をピックで慎重に弄くり鍵を開ける。
さすが、王家直属の密偵組織の一員だな。忍び込むのもお手の物だ。
動いた岩の仕掛けからは穴と梯子で一端降りる。
その先の通路はまんま薄暗い洞窟の道。壁に定間隔に設えてある松明の灯り以外に光源はない。
しばらく進むと別れ道に出る。
右手からも左手からも何かしらの気配。
「右手は───人の数は多ござんすが、動きがありやせんね」
「うっすらと、例の眠りの粉の匂いがするぜ。完全に眠らせるっつーより、意識朦朧にさせておくよう調合されてるんじゃねーかな」
「モールド知ってる! あっちは檻が沢山あるの! 見張りもよくいるから、モールド達はめったに行かないの!」
「左手は右手と違って空気が淀んでないな。距離はあるが、ある程度広い空間に繋がっているはずだ。そこまでの間にも幾つかの小部屋くらいはありそうだ」
「まだ距離はありやすが、ある程度の集団がたてる音がかすかに聞こえてきやす。教団の信徒達が集まって何かしているようでやすね」
「確か地下祭壇がある場所で、わしらもめったに行くことはないですね。左司祭は特に気に入ったリムラの従者を連れて行くこともあるはずですが、特に妙なものがあるとは聞いておりません」
さて、この場合どーするかね。
攫った娘をすぐに殺すつもりは無いとは言え、もたもたしてても安全とは限らねえ。指の一本でも切り落として親に送りつけて脅しにする……なんてのも考えられるっちゃ考えられる。
「今の話からすれば、右手には牢獄のような場所がある可能性が高い。攫われた娘も居るかもしれん」
ルチアとしては依頼があるから、娘の安否を最優先にする必要はある。
「……そうだな、ルチア、おめーはそこのチビのモールドを連れてそっちへ行け。
見張りが居たら騒がれる前に倒すか、モールドの【暗示の目】で大人しくさせりゃ良いだろう」
「お前はどうする?」
「俺と“銀の腕”とモダスは左手の様子を探る。信徒の数が多いのは左手みてーだし、あいつらが様子を見に来たら出口までの道を塞がれる可能性もある。
それに、途中の小部屋だかを探しゃリカトリジオスとの繋がりを証明する証拠が手に入るかもしれねーしな」
本職は密偵の“銀の腕”にとっちゃ、娘の安否よりは内通者の特定が重要だろう。
そしてモダス、モールドの二人のリムラは、それぞれに素早く行き来して連絡をつけるのに向いている。
「手前もそれに賛成でやすね」
「モールド、やる!」
「……ふうむ、今更気乗りはしないと言っても仕方ないですね。気乗りはしませんが、お付き合いしますよ。気乗りはしませんがね」
ひとまずは二手に別れて捜索と証拠集めだ。
俺たち三人はモダスを先頭に洞窟の道を進む。モダスは小さく目立たない上、今は薄暗い色のフード付きのマントみてーなのを纏っていてより目立たない。
奴が目視、“銀の腕”が音、そして俺が匂いで索敵しつつ進むことで、不意の遭遇をする事なく奥へと進めた。
何回か巡回らしき信徒をやり過ごしてしばらく行くと、明らかに見張りの居る扉が見える。
体格からすると多分クァド族。ターバンみてーな頭巾と、顔の前には目の部分を開けた薄布のヴェール。腰を帯で締めた青い僧衣姿に飾りのついた錫杖。その姿で微動だにせず立っている。
「見張り二人に……ふん、扉の方もずいぶん立派だな。宝の部屋か、重要人物か……」
或いは───。
「攫って来た人質か」
「例の西の方のネムリノキの保管庫ですかね」
どれも考えられる話だが───。
「違うな、中には恐らく一人……」
匂いを嗅ぎ分けつつ俺が言いかけたその時に、どすん、ばきんと大きな音に呻き声が聞こえてくる。どこから? その立派な扉の部屋の中からだ。
見張りの二人が物音に慌てて、しかしやや緩慢な動きで辺りを見回す。見回したって何かが起きてんのは部屋の中だ。ややあって一人が鍵を取り出して扉を開ける。開けて覗き込んだその頭を───野太い腕が掴んで引き倒し、さらにはもう一人の見張りへと投げつけ───いや、叩きつけて打ち倒した。
「───おい、アレが攫われた娘だ───なんて言うなよな」
「……いや、そいつは手前にゃ分かりやせんが……」
「その娘っ子のことは私は知りませんがね。あれ……あの方は知ってます」
ぬう、と部屋の中から姿を現すのは巨躯の男。赤茶けたやや長めの毛の生えた肥満体で、ゆったりとした鮮やかな赤い肩掛けの僧衣を着た……多分男だ。顔もまたまん丸で大きく、肌全体は濃いめの褐色だが、頬が赤く紅潮したみたいに染まってる。つまりは───。
「教団の教主、“赤ら顔”のケルビ・エルビルですわ」
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