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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-74.マジュヌーン 災厄の美妃(45)-穴があったら出たい
しおりを挟む落とし穴は結構な大きさだ。直径にして3メートル~4メートルほど。深さも多分その位かもうちょい深いくらい。
甲羅猪は成人すりゃ2メートルちょい、てな話だが、こう言うときの落とし穴は落として脚を怪我させたり身動きさせなくしたりすれば十分で、底に木槍でもおっ立てておきゃあそんなに深く広く作る必要もない。
かなり念入りな事だが、何でも依頼主が出来れば大きな外傷無く捕まえる事を希望してるってな話しで、数日前からしっかりと穴掘り作業をしてたらしい。
生け捕り、じゃなくても良いが外傷を少なく、てのは、多分剥製か何かにするためか?
何にせよご苦労なこった。その大落とし穴近辺で待機してんのは、俺とムスタの他数名。
ぶっちゃけムスタ以外の猿獣人は、明らかに年食いすぎな酔っ払いのアルシャバジ族の爺さんや、片足が木製の棒になってるクァド族と、この役割振りは分かり易いほど「死んでも良さそうな奴ら」に回してる。
やや離れたところにいる二人組は金毛逆毛の手下の下っ端らしく、俺達への見張りか何かのつもりなのか。単に貧乏くじを引かされただけかもな。
何にせよ俺たちを含めその六人が、暇を持て余し所在なさげに時間を潰してる。
落とし穴のこちら側には、バナナの葉を被せて熾火で蒸らしてる芋とバナナもある。
甲羅猪の嫌う煙草の匂いをさせた連中が煙を立てつつじっくりと周りから囲んで行き、好む食い物の匂いでおびき寄せるらしいが、普通に食欲そそられてくるぜ。
何にせよ、俺達はぶっちゃけここで待つだけで、それだけで言えば楽な仕事に思える。
だがそこでフラビオの言っていた甲羅猪の性質だ。
縄張り意識が強く、敵と見なした相手には文字通りに猪突猛進で体当たりをかます。
つまり俺達は落とし穴へ落とす最後の決め手としての囮、誘導役だ。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」……ってなヤツだな。
「さて、どーしたもんかね」
「よほどの間抜けでなくば問題ない」
「言うね。だがよ、俺はその甲羅猪の現物を見たことねーからな。どんくれーのモンかは見当もつかねえぜ」
「たかが甲羅猪程度に殺される“持ち手”では、我らも仕え甲斐がない」
まったく、気楽に言っちゃってくれるぜ。
日も高くなり退屈し始めた頃、森の奥からざわざわとした気配が押し寄せてくる。
鳥や動物のざわめきに、俺からすればまさに匂い立つ程の獣臭。
そこから伝わってくるのは、単に巨大な猪のような獣の気配……ってだけじゃねえぜ、こりゃあよ。
「───何だこりゃ?」
「ふん? 妙だな……これは……」
「ホワァァッッ!?」
ハナから怯えてた木製義足のよれよれクァド族が悲鳴を上げるのとほぼ同時に、辺りの木々をはねのけ……いや、へし折り蹴散らし現れるのは、体長2メートル……てなモンじゃすまない、3メートルはあるだろう厳つい巨獣。
シルエットは確かに猪に似てもいて、四つ脚で豚鼻猪首の体型に、頭のてっぺんから背にかけては黒光りする瓦みてーな鱗状の甲羅。額の辺りにゃ瘤だか角だか分からねーよーな尖りがあるのはサイっぽい。
その他にも普通の……俺の知ってる猪とは異なるところとして、下顎から生えた牙が、ギョッとするくれー長くてご立派なところ。牙、角、甲羅で考えると、アレだ、ヘラクレスオオカブトとかいう南米かどっかのデカいカブトムシっぽくもある。
額の角にしろ牙にしろ、突進してきて突き上げられたらたまったもんじゃあねえ。
そして締めくくりにゃあ何やら薄黒い煙だかオーラだか何やらを、鼻の穴から毛穴からどんよりと漂わせている。
「魔獣化してるな。恐らくは一代変異か」
ムスタがそう分析する。魔獣ってのは簡単に言えば、魔力を持ち、それにより変化したり魔法を使える獣。
甲羅猪には硬い甲羅があるが、別に魔力でそうなったワケじゃねえし、魔法の力も持ってねえ。
魔獣には生まれつきそういう種として生まれるものもありゃ、後天的に魔力を得て魔獣化する……つまり魔獣に変異した奴とがいる。
そしてこれは多分後者で、後天的に魔獣化した“一代”の獣は、たいてい生まれつきの魔獣や、魔獣化してない獣よりも厄介。性質が凶暴になりやすいし、力を巧くコントロール出来ず暴走しガチなんだとか。
が。
「お主、昨日の賭場といい、ツイてるな」
「さあて。何にせよ引き寄せられてはいるのかね……」
全く、確かめるまでもなくビンビン来てるわな。どこに? 俺のハートによ。
ばたばたと逃げ出す片足義足と腰を抜かしたかにへたり込むよれよれ爺。金毛逆毛の手下二人も、予想外のことに明らかにビビってるがそりゃ当然か。ただでさえ厄介な甲羅猪だが、コイツは魔獣化した化け物甲羅猪だ。厄介度がケタ違いに跳ね上がってやがらぁな。
けどビビって動けない奴らはまだ良い。甲羅猪は怒りに燃えると特に動く物へと突進したがるッてな話で、コイツはまず真っ先に逃げ出した片足義足へと狙いを定めた。
ブルルと嘶き黒い煙みてーな鼻息を吹き付けると勢い良く走り出す。
鼻息の通過した地面の草が見る見るしおれ、また腐敗したかに茶色くなり臭気を発する。こりゃヤベェ鼻息だ。毒か呪いか、どっちにしても浴びりゃろくな事にゃなんねーぜ。
その鼻息が片足義足の背をかすめる。間抜けな悲鳴と共にその背中が腐りだし前のめりに倒れると、走る化け物 甲羅猪はそのまま踏み潰そうと加速する。
その鼻息へとかざされるのは、鼻息よりも濃い闇の色をした歪な刃。
渦巻くようにし引き寄せられ吸い込まれる黒い息。魔力を帯びたそれを吸い取る“災厄の美妃”は、俺の右手で青黒く輝き力を見せつけるかに誇らしげだ。
魔力を吸い取られて突進を止めた化け甲羅猪は、その怒りの矛先を逃げ出した片足義足から、不愉快な刀を手にする猫獣人へと変える。
そしてその俺と化け甲羅猪の間には、枝とバナナの葉と土で隠した落とし穴。
ブゴォッ、と、さっきよりもさらに大きな嘶きと共に頭をこちらに向ける甲羅猪は、足元を均すように数回蹴るとそのまま突進。駈ける勢いはパッと見の鈍重そうな見た目に反して軽自動車並みの加速だ。
俺は挑発するように右手の“災厄の美妃”をゆらゆら回す。
奴の敵意殺意と沸き立つ魔力に喜ぶかのような“災厄の美妃”は、野放図に放たれる甲羅猪の毒の鼻息を吸い取り続ける。
化け甲羅猪 が穴の手前にさしかかった所で、俺は上へと高く跳ね上がった。
事前に仕込んでいたロープは近くの木の太い枝へと結ばれていて、弓のようにしならせたまま別の細い紐で固定しておいた。固定させた細い紐を斬ると、そのしなりによってロープが勢い良く引き上げられる。
そのまま木の枝へと捕まって、大車輪の要領でくるりと回転。穴の真ん前まで勢い止まらず走る化け甲羅猪の後頭部を駄目押しにと蹴りつけたら一丁上がりだ。地響きを立てて穴へと落ちる。
いくら魔獣化し巨体になってるとは言え、かなり大きめに掘られたこの落とし穴はヤツのデカい身体をまるまる飲み込める。そして突進力はあっても垂直に飛び上がる力はないし、むしろ巨体化し自重が重いのが災いしてる。暴れて足掻いてもこの穴から出れそうにはない。
「見事にハマっちゃいるが、まだえれぇ元気だな。どーすんだこの後。疲れ果てるまで見張り続けンのかね。槍でも石でも投げ込もうってんなら、依頼にある出来るだけ無傷で……ってのは守れそーにねーぜ」
覗き込む先の化け甲羅猪は、その体格には狭い穴の底で興奮し苛立たしげにじたばたしている。
そのとき───。
「うぁっ!?」
「うむッ!?」
油断も隙もありまくってたぜ。穴の底の化け甲羅猪に対して……じゃねえ。さっきまで後ろでビビりあがっていたハズのクァド族の連中、金毛逆毛の手下どもに、だ。
向こう臑を勢い良く叩くのはかなり太目のロープで、俺が跳ね上がるのに使ったそれよりも太い。運動会の綱引き用の綱みてーだな。
そのロープを2人掛かりで端を端を持ち、地面より少し上を滑らせるようにし勢い良く走っている。
そして間抜けにも無警戒に穴の縁で下をのぞき込んでいた俺とムスタの二人は、足をすくわれてそのままバランスを崩し───穴の中へと落とされる。
「な、なーにをしちょるか!?」
驚きと抗議の声を上げるのはよいよいの酔っ払い爺。姿は見えねーが、別のクァド族がその爺を払いのけるか蹴りつけるかして、
「黙ってろ、爺ィ! これも仕事のウチなんだよ!」
と吐き捨てる。
そんなやりとりを耳にしつつ、俺はくるり回転し穴の側面を蹴りつけ、化け甲羅猪の背中に着地。穴の底、つまり化け甲羅猪の足元なんかに落ちたら瞬く間に踏み殺されちまう。
俺より体格もよく体重もあるムスタは、足元をすくわれバランスを崩しはしたが、穴の方へとは落ちずに尻餅をついたらしい。そのままロープに引きずられそうになったものの逆にそれを握りしめてぶんと一振り。するとムスタ側のロープの端を持っていたクァド族の男が穴へと落ちてくる。
「うわぁぁッッ!?」
落とすつもりが落とされて悲鳴をあげるクァド族。木々の上を走り回る猿獣人は立体でのバランス感覚は俺たち 猫獣人よりも優れて居るハズだが、慌ててたからか恐怖からか、何も出来ずに穴の壁へとぶつかり、跳ね返って底へとそのまま落下。まさに“猿も穴に落ちる”だ。
「ひゃっ、ヒィィ!?」
「バカ、てめー何やってやがるこの間抜け!?」
もう一人もその顛末に慌ててそう叫ぶが、そちらも慌てて素早く対応出来ない。間抜けというより不運なクァド族の男は、猛り狂う化け甲羅猪の毒の鼻息を浴びて皮膚を腐らさせられたかと思うと、そのまま牙と角で突き上げられて落とし穴の壁へと昆虫標本よろしく串刺しにされる。
見たくもねえそのホラー映画ばりの処刑シーンを至近距離で見せられつつ、俺は暴れる化け甲羅猪の背から振り落とされないようしがみつく。
甲羅は亀みてーなそれじゃなく、一枚が10センチから30センチの六角形の鱗状。その継ぎ目の隙間に指を差し込み踏ん張るが、怒り狂ってる化け物甲羅猪は身体ごと落とし穴の壁面にぶつけようとする。
どん、どず、と地響きと共に繰り返される体当たりを、振り回されつつ身体の位置を変えてぺしゃんこに潰されるのをなんとか回避。
「くっ……うぉっ、ま、動……くなコノヤロウっ……!!」
迫力満点、死のロデオだ。あっちからすりゃ勝手に乗るなコノヤロウ、ってなもんだろうが、降りたら瞬く間に潰される。
体当たりとともにパラパラと落ちて来る土や枝。被せてたそれらだけじゃなく、壁面そのものも崩れ始めてる。
こりゃマズいな、このまま暴れ続けてたらいつかは壁も崩れて斜面になる。そしたらコイツはまた自由の身だ。
上の状況も分からねーが、コッチものんびりしてらんねえ。
さてどうする? だがその答えは実際俺の中にゃねえ。あるのはそう───“災厄の美妃”の中に、だ。
うおんうおんと共鳴するかに小さく震えて唸るのは、闇そのものをねじ曲げたような歪な黒い刃。
そいつが俺の右手の中で歌い出すと、吐き出されるのはさっきの化け物甲羅猪の鼻息みてーに黒いエネルギーか。
うっすらと燃え盛るオーラとでも言うか、刀身を覆うその闇の魔力。その闇がただの不細工に曲がった刀身に新たな力を与えているのが俺にも分かる。
俺は化け物甲羅猪の背の上で、甲羅の隙間に指を引っ掛けつつ這い進み、額の瘤だか角だかへと左腕を回してぐっと締める。暴れ回る動きに振り回されぬよう身体を固定してから、右手の“災厄の美妃”を逆手に握って振りかざすと、それを化け物甲羅猪の眼窩へと突き刺した。
今まで以上のするでぇ嘶きは、怒りよりも悲鳴。ひときわ暴れて跳ね回るところを、なんとか振り落とされぬようにしがみつきつつ、刺した刀身をうねり抉る。
ブシュッ、と吹き出す真っ赤な血が、俺の右腕を激しく濡らし、抉りひねる度にさらに暴れて跳ね回る。
そしてその刀身を突き込まれた目の奥から、どろりと溶けたような腐ったような汁も噴き出してくる。
これは、さっき化け物甲羅猪の闇の鼻息を浴びた片足義足の背中のただれ、落ちてきた不運なクァド族のそれとよく似てる……いや、そのものだ。
“災厄の美妃”はこの化け物甲羅猪から吸い取った魔力とその効果を、相手に返して攻撃に変えていた。
固い甲羅と分厚い頭蓋骨のさらに奥にあった化け物甲羅猪の脳みそまで腐り出すのにはさほど時間もかからない。暫くして化け物甲羅猪は大きく痙攣するように身体を震わせてから、よたよたと数歩ほどつんのめりよろけた後、ずずん、とまた大きな地響きを立てて崩折れた。
俺は荒い息を吐きながら“災厄の美妃”を引き抜くと、数回振って血とドロドロした腐れ汁を少し払って、それを持て余しつつ大きく息を吐く。
はぁ~……、結局俺だけで仕留めるハメになったじゃねーかよ。糞しんどいぜ。
にしても……と、穴の上を見上げつつ考える。
俺とムスタを化け物甲羅猪と一緒に穴へと突き落とそうとしたクァド族の二人組。
一人は化け物甲羅猪に串刺しにされて死んじまったが、もう一人はまだ生きてるハズ。
あいつらの目的がただのムスタへの意趣返しならたいした問題じゃねえ。
それに残ってたクァド族の一人に、追い立て役の勢子をしていた金毛逆毛達がそこに加わっても、多分ムスタ一人でもそうたいしてマズい事にゃならねえだろう。むしろムスタがやり過ぎちまったりする方が問題だ。
俺はすでに事切れた化け物甲羅猪の上に再び乗って、そこから“災厄の美妃”を使い落とし穴の壁面を削って足場を作る。土の壁面は簡単に削れるが、同時にやはり簡単に崩れるから、出来るだけ大きめの穴にしておかないとダメだ。
数カ所に穴を空けてから、俺は頭の中で上までの手順を計算し、“災厄の美妃”を握り直して勢い良くジャンプ。あけた穴を足場にして壁面を蹴りつつ縁へと手をかけ、その勢いのまま上へと跳ね上がる。
よっ、と小さく声を出して着地すると、目の前にはよいよいの爺と背中が化け物甲羅猪の毒息で背中が焼けただれ腐食した片足義足。爺は片足義足を抱えるようにしてへたり込み、あわあわと口ごもり怯えている。
「アールゴーラ、どこ?」
使い慣れない猿獣人語で爺にそう聞くと、怯えている爺は震える手をなんとか上げて、俺の背後のさらに奥を指差す。
穴越しに振り返りそちらへと視線。とは言え俺の猫獣人の目はそう視力が良くなく、モノの形は把握しづらい。だが動くモノへの感度はむしろ悪くなく、複数の何者かの動きが目に入り、さらには鼻孔に幾つかの匂いが感じ取れる。
幾つかは想定通りの想像通り。ムスタとヤニ臭い金毛逆毛達がやり合ってるのが分かる匂い。そして他の場所でも嗅いでいた例の匂いに、複数人の血の匂い。
だが一つ───記憶には確かにあるが、こここの場所このタイミングで嗅ぐのはちょっとばかし想定外だった匂いまでもが感じられる。
───こりゃ、ヤバいか?
何よりそいつの立場立ち位置が問題だ。
奴が明確にこっちの目当ての“敵”なのか、そうじゃないのか───。
音を殺しつつ影に潜みつつ、木々の中へと分け入り様子を探る。
数人の金毛逆毛の取り巻きはザコだ。問題にもならねえ。
ひときわヤニ臭い金毛逆毛はそこそこ出来る。だが単純な戦力としてはムスタの敵じゃねえ。
ムスタを取り囲む猿獣人、特に比較的軽量なアシャバジ族やクァド族の十八番である木登りの技を駆使して、奴らは前後上下左右を群で取り囲むチームワークを見せてるが、そのうち二人が同時に小型の手斧と棍棒を手に飛びかかると、ムスタは難なく両手でそれを殴り叩き伏せる。飛びかかる勢いが加わる分、カウンターで襲ってきた方へのダメージがデカい。
その調子で叩きのめされただろうクァド族が既に二、三人地面に転がっていて、そこに今更に二人が追加。
俺が懸念していた程にはやりすぎてはいないから、後で尋問するのも難しくはないだろう。
が───。
数カ所から投げつけられる棍棒。一斉に投げつけられたそれを、ムスタはまた両手を振り回して払いのける。
だがその直後、別の一本の木の上から飛来する銀色の閃光───いや、銀色の二本の蛇……蛇のごとき鞭が、投げつけられた棍棒を払ったムスタの右腕へと絡みつく。
ギキャー、ホワホワ! ってな威嚇とも歓声ともとれるほえ声が周囲から木霊する。
絡みついたそれを引き剥がそうとムスタが左手を銀色の鞭へと伸ばすが───再びの閃光。
今度は鞭が飛来したワケじゃない。既にムスタはの右腕に絡みついている鞭からのそれは、魔力を帯びて光り明滅し、ムスタを痺れさせる。
ありゃあ……多分電撃だ。
銀色の鞭を通じて電撃を送り込まれている。
なるほど、そいつが奴の奥の手か。
ムスタはスタンガンの電撃を浴びたみたいに痙攣してからガクリと崩折れてひざを突く。と同時に、がさりとの音と共に地面に降り立つのは“銀の腕”。
両手にしていたハズの銀色の腕輪は今はない。つまりは腕輪に見えていたそれこそがこの鞭の正体であり、奴の異名の本当の由来か。
「───お前様には何の恨みもござんせんが……」
“銀の腕”は両手の鞭を腕に絡めつつ強く握りしめ、ムスタへの警戒を解くことなく呟くように言葉を続ける。
「密偵の類を始末するのも手前の仕事。まずは洗いざらい背景を吐いていただきやしょう」
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