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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-68.マジュヌーン 災厄の美妃(39)-山の向こうへ
しおりを挟むロバとアルマジロの中間みてーな甲羅馬二頭立ての荷車には、樽で三樽。ひょうたん入りで箱詰めされたバナナ酒が二百本と、なかなかの大荷物だ。
その荷車に付き添い、時には押して、厄介な登り坂の街道を進むのは、俺、カシュ・ケン、そして元孤児逹の中からアリオとフラビオ。
そして“漆黒の竜巻”ことルチアに、その従者として雇われているひょろブチのスナフスリーだ。
この六人が向かう先はアールマール王国で、その入口にあたる都市のサーフラジル。
表向きの用件は、伝手を辿り幾つかのアールマールの酒場へとカシュ・ケン印の蒸留バナナ酒を売りに行くこと。
アールマール王国は猿獣人を中心とした、山に囲まれた広大な盆地の中の密林地帯の王国だ。
山間の盆地だが、標高はややラアルオームのあるところよりは高い。ラアルオームから川づたいに西へ向かい、だらだらとした坂道を登った先の宿場町に着き、そこから南西へ進むと夕方には密林地帯だ。
密林地帯に入ると、その周りはほぼジャングル。
いくらかは開けた草原もあるが、荷車を押しつつ牽きつつで進めるのは申し訳程度に整備された街道くらい。
その密林の中のガタガタ道を、なかなかしんどいながらも進んで行く。
「なぁ、おっちゃん、ちっと、休まへん?」
荒く息を吐きつつフラビオがそう言う。
「おっちゃん言うな。まだ若ぇし、だいたいお前らとそんな変わんねーぞ。多分」
カシュ・ケンがそう返すも、
「おっちゃんでええやん。貫禄や、貫禄」
舐めてんだか敬意を払ってるつもりなのか、そうフラビオは笑いながら言い返す。
「フラビ、おまえ、あんましアニキ達に失礼な態度すんなよな」
横合いからそう言うのはアリオ。アリオは俺たち……特に俺が偽グリロドを“退治”したということから、出会った当初とは裏腹にやたらと変ななつき方をしてくる。
言うなりゃ一の子分気取りでうろちょろし、またときおり行う訓練でもやたらと張り切って「良いところ」を見せようとする。
この二人はガキ共の中の年長組でリーダーだ。どっちが、というよりは良いコンビという感じで、態度は素っ気ないが熱い性格、体格の割に力仕事の得意なアリオと、おしゃべり好きでお調子者だが何気にまとめ役も上手いフラビオは、確かに傍目にもうまく行ってる。
何より二人とも面倒見が良い。世話好きで、自分たちより年下のガキ共の事をよく見てる。
アリオが訓練に熱心なのも、偽グリロドの一件での後悔から、他のガキ共を守れるようになりたいとの気持ちが強いからだ。
今回この二人を連れてきたのも、後々このバナナ酒作りが商売として軌道に乗ったときに主力として働けるように学ばせておこう、というカシュ・ケンの考えから。
ま、バナナ酒がうまく行くにせよ行かないにせよ、いい経験にゃあなるだろう。
「ま、もう少し行くとちょっと開けた場所に出るらしいからよ。そこで小休止すんべ」
「ひやぁ、助かるわおっちゃん!」
カシュ・ケンがそう言うと、フラビオのみならずアリオからも安堵のため息。
実際、斜度はまあまあ緩やかだが、曲がりくねる長い坂道はかなり疲れる。
朝も早くからのなかなかの強行軍。正直俺も休みは欲しかった。
暫く進んで着いたところは、単にちょっと開けてるというだけではなく、一応は形になった野営地だ。
曲がりくねり蛇腹状の街道の、丁度折り返し地点のところに整備された簡単な柵のある広場。
野営地と言っても常から管理された“砂漠の咆哮”のそれとは違い、まあ野営道具を持ってれば便利に休める、程度の場所。管理人の居ないキャンプ場だな。
元々カシュ・ケンがそうであるように、獣人種の中でも猿獣人は特に密林、木々の多い場所での移動を苦にしない。今回みたいな大荷物でもなきゃ、ひとりで背負える程度の荷ならばそのまま木々の間に樹上まで使ってひょいひょいひょい、てなもんだ。
なので実は最近まではこういう“街道を整備する”という文化自体なかったらしい。
街道をきちんと整備するようになったのはバールシャムの人間達と交易をするようになってからで、バールシャムからラアルオームまでは川を使い水上交易。そしてラアルオームから密林地帯の第一の都市サーフラジルまでは街道で行く。
サーフラジルは広大な盆地になっている密林地帯の北東の入り口にあたる都市で、その分外部への警戒度の高い都市でもある。
で、まあまずはそこで商売の伝手を確保したい、てのがカシュ・ケンの狙い。
「うえー、つーかれッたー。もうあかん、ダメ、やってられへん」
でれーん、と両脚を投げ出してフラビオが舌を出す。
「だらしねーな。もっとちゃんとダーヴェの兄ィの訓練受けときゃええのに、サボってばっかやからそーなんだよ」
「俺はお前と違って繊細なんや」
これまたカシュ・ケン作のひょうたん水筒から水を飲みつつそう返す。
水、というが、実はこれもダーヴェ特製のスポーツドリンクもどきで、生活用水として浄水槽経由で濾過した後に煮沸させた水を普段の飲み水や料理用にしているんだが、仕事や運動など体力を使い汗をかくとき用の飲み水には、塩と蜂蜜かヤシシロップ、そしてレモンかライムの果汁が少し混ぜてある。
熱中症対策も万全、てなところだが、早めに飲みきらないと糖分がアルコール発酵し始めるので長旅には向かない。予定では今日中にはサーフラジルまでは着く筈なので、それぞれ一本だけはダーヴェ特製スポドリだ。
「アリオ、フラビオ、サンダル脱いで足の裏確認しとけ。マメが出来てたら手当しといた方が良いし、でなくても休みのうちによく揉んでおけよ」
特にぐでっとしたままのフラビオに向けてそう声をかけておく。
俺達猫獣人を含めた幾つかの獣人種は、個体差もあるがだいたいは足の裏に所謂肉球みたいな分厚い皮膚がある。
手足体格含めて全体は人間寄りながらも、個々のパーツにはそれぞれの獣の特徴が色濃く出ていて、特に足の裏はその傾向が強い。 蹄獣人の連中なんか特に、たいていは蹄があるしな。
ただ猫獣人との混血のアリオと、祖父が猿獣人で所謂クォーターのフラビオは、パーツの殆どはほぼ人間達と同じ。足もまたやや毛深い事をのぞけば全く普通の人間だ。
なので当然、徒歩での長い歩きにはあんま向いてねえ。
「あっちゃー……マメ出来とったわー」
「どこだ?」
「右足の爪んトコ」
マメってのは蒸れと摩擦で出来る。基本的には火傷の水膨れと同じ。
指先が全部開いたタイプのサンダルならもう少しマシなんだろうが、足場の悪い山道を進むことから、かかととつま先は覆ってカバーするタイプの皮サンダルを履いてきている。
その分、どうしてもマメは出来やすくなる。
「見せてみろ」
そのフラビオに近寄りルチアが様子を見る。
「まだそう大きくないな。軟膏だ。今更だが塗っておこう。少なくとも悪化は防げる」
腰のポーチから取り出したそれを丁寧に指先へと塗る。
「お、うひょっ、ほっ、や、こしょばいっ!」
アホみてーな声でじたばたと悶絶するフラビオ。
「おい、ちゃんとお礼言えよ!」
カシュ・ケンにそう窘められて、慌ててもしょもしょとお礼らしき言葉を口にする。
「もっとハッキリ言えって」
「うう……アリガトー、お姉さん……」
普段はアホみてーに騒がしいフラビオにしちゃ妙に歯切れが悪い。
「……お前、何を照れてンだよ?」
「はぇっ!? 何言うとんね!? 照れとらんわ!?」
アリオの突っ込みにまた大仰に反応するフラビオ。
「……はーん? そうかそうか。そりゃあ青春だなァ~」
「おっちゃん、何言うとるか分からへんわ!?」
まあ、分かり易いこった。
少し離れて木陰に座ってるひょろブチのスナフスリーは、この辺の騒がしさには我関せずでひょうたんの中の飲み物を飲みつつ小袋から何かを摘まんでいる。
何の気無しにそれを見ていると、ちょっと見覚えのあるローストナッツのようなもの。
色んな豆や種やらをハーブソルトや香辛料で味付けして炒って乾燥させたそれは、例の最終試験のときにルチアがくれた猿獣人の作る保存食だ。
ウチの農場でも似たような物を作り置きしてあるが、何種類か農場では採れないものもあり、定期的にラアルオームでまとめ買いもしている。
これは獣人種にはなかなか薬効が高いシロモノで、疲労回復や精力増強に向いてる。その効果は俺達猫獣人にも現れる。
「やっぱお前でも疲れたか」
そうスナフスリーに聞くと、
「うん、まあ……それほどでも」
と、どっちなのか分かり難い返事。
そして俺の視線に気がついたのか、
「これ、つまみに良いからね、うん」
と言って、ひょうたんの飲み物をマグに注いでちびり。そして小袋のナッツをコリコリと。
「んん? それ、バナナ酒じゃねーかよ?」
改めて匂いを嗅ぐと、あのカシュ・ケン特製の蒸留バナナ酒の甘い香り。
「うん。これは良いね。旨いよ。売れる」
て、おいおいおい、いくら自由気ままな猫獣人とは言え、仕事中で、しかも坂道登坂中にそりゃ大丈夫かァ? と思うが、
「ほろ酔いくらいが、一番体の調子が良い」
と、まるで悪びれない。
……いや、それ、アル中の言い訳の常套句だろうよ。
「……ちょっと待て、それ、まさか積み荷のバナナ酒じゃねえよな?」
「あー、違う違う。俺がやったんだよ。酒好きだっつーから、試飲兼ねてよ」
俺の疑問に即座にカシュ・ケンが答える。まあ確かにスナフスリーの奴は、“砂漠の咆哮”の入団試験を受けたのも酒と博打のツケが溜まって……との理由だし、際立った酒好きなのは間違いない。
「ま、なら良いが……いや、仕事中に酒飲むのは良くねーか」
「マジュのアニィ、固ぇーよ! こんな糞疲れんの、酒でも飲まなやってられんやん」
「お前は色んな意味で飲むな!」
カシュ・ケンにそう叱られるフラビオだが、まあ懲りねェな、こいつは。
△ ▼ △
サーフラジルは猿獣人の都市の中でも変わり種で、密林地帯の樹上都市が基本のアールマールの他都市と違い、なんつーか渓谷都市とでも言う場所だ。
広大な山岳に囲まれたの内側の、これまた広大な盆地であるアールマールの北東の出入り口に当たるサーフラジルは、その山岳の中腹ほどの谷になっている場所を完全に横断するように作られている。渓谷の門のような形だ。
仮に外敵が北東側から内側へ侵攻しようとするのなら、必ずこのサーフラジルを落とさないとならない。
サーフラジルを迂回しようというのなら、糞高い山々を越えて軍を動かす必要があり、まあつまりほぼ不可能ッてな事だ。ラアル山地と呼ばれるこの周りの山は、ギザギザ山と呼ばれるくらいに険しい。
外敵、軍に限らずアールマール王国内部に行くのならばやはり通過点であり、関所みたいなもんになる。
アールマールでの商売を考えている場合にも同様だ。
市民でない俺たちは門で通行税を払い、ついでに取引が巧く成立しても割高な税金を払う必要がある。
そうならないためにはアールマールの市民権を得るか、サーフラジルより内側の商業ギルドに加入して通商免許を取るか。
まあその辺はカシュ・ケンがなんとかする話なので俺にはあんまり関係ねえ。
そしてカシュ・ケンの商売が巧く行くか行かないかも……まあ、俺にはあんま関係ねえ。
「さーてと。とにかくここがパトラさんに紹介して貰った宿屋だ。
まずはここの主人と交渉。んで他の有名所の宿屋か酒場に交渉して、市場の確保。その後はギルド加入して通商免許か……。
ま、その辺はおいおい……だな」
カシュ・ケンの奴はバールシャムで縁のあった馬面中年男の雑貨商パトラ・ザイジと結構マメに取り引きを続けていて、小物作りでのちょっとした利益を上げていた。
その後バナナ酒作りをやろうッて時にも色々協力してもらい、今回もそこそこの古馴染みだというサーフラジルの宿屋宛に紹介状を貰っている。
全くの飛び込みで見知らぬ相手から酒を買うよりは、一応身元のハッキリとした相手との方があちらさんもやりやすい。
で、その辺のことはカシュ・ケンとガキ二人の用件だ。
俺とルチア、そして一応スナフスリーの三人はというと……、
「マジー達は人捜しだっけか?
とりあえずは別行動か。部屋は一応キープしておくか?」
「まあ、そうだな……もしかしたら、そうこっちには戻ってこねーかもしんねえから部屋はいい。取りあえず何かあっても三日おきくらいでここに集まろう。それじゃあな」
ルチアから協力依頼を受けたのは人捜し、との説明には嘘はない。
ただ捜す相手が親しい相手でも楽しい相手でもない、アールマール国内に潜むリカトリジオスの内通者だってな所だけは、教えていないだけだ。
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