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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-67.マジュヌーン 災厄の美妃(38)-SPY
しおりを挟む「まずは……」
アルアジルは肉を食う手を休め、グラスから一啜りの酒で舌を湿らせそう切り出す。
「私の仮面を持ってきて頂けましたかな?」
偽グリロドの居たあの孤児院の地下室。そこで初めて会った時に現れた“シャーイダール”の被っていた木彫りの民芸品のような仮面。
黒衣とともに残されたメモ書きには、この“悪魔の咽”へと、あの仮面を持って来るようにと書かれて居た。
俺は肩掛けに背負ったバッグの中からそれを取り出し手渡す。
見た目はやはり、アフリカか東南アジアにでもありそうな木彫りの仮面。何を模しているかは分かり難いが、鬣に角に牙、とくれば、少なくとも怪物猛獣の類に思える。
「これは……“シャーイダールの仮面”です。そしてこれと似たような仮面は他にも幾つかあります。
その持ち主は皆それぞれに、ザルコディナス三世により選ばれた特別な知識と技術を持つ術士達。それが王の影と呼ばれた秘密の術士達です」
つまり……こういうことか。
シャーイダールとは個人名ではなく王直属の影の術士集団で、似ているが微妙に異なる仮面を持っていた。
そしてアルアジルはその一員であり、クトリアを邪術士が支配していた時代に、家畜小屋に居た俺を何等かの目的で買い取り確保していた。
「アンタ以外の王の影はどうしてるんだ?」
俺がそう聞くと、
「様々ですよ。王都解放で殺された者も居れば、素知らぬ顔で仮面を取り、王の影であったことなど無かったかにしている者も居る。とは言え殆どは消息不明……でしょうな。そもそも王の影の一員であった私ですら、全容は知りませんし」
内部の者すらお互い分からぬ影の組織。つまりは……、
「……様々な混乱に紛れて、内輪で殺し合って殆どが消息不明になってたとしても、誰にも分からない……てことか」
そう言うとそのトカゲの口元を歪めて、
「ご想像にお任せします」
組織としての王の影が無くなり、個人としての邪術士シャーイダールが残り、仮面の術士は王都解放と共にクトリアを離れこの洞窟の隠れ家に潜んで居たとして、だ。
「“災厄の美妃”ってのが何なのか。俺なりに色々調べてはみたぜ。
伝説の武器で、“辺土の老人”とか言う邪神がこの世界にもたらした忌まわしい曲がりくねった曲刀。
別名は“エルフ殺し”。魔力を吸い取り魔術を破壊する……。
それ以外についちゃてんでバラバラだ。一本だけじゃなく五本あるとか、いいや本当は十二本だとか、いやいや本当は刀じゃなくて封印された古代の魔法だとか、伝承だけで実在しねえとかなんとかな。
けどコイツが……」
俺は左胸、つまりは醜くただれた疵痕のある心臓の上を軽く指でたたきつつ、
「その本物の“災厄の美妃”だとして、オメーは何で俺にそれを持たせたかったんだ?」
何を基準に俺をその持ち主に選び、そして何をさせたいのか───。
「あいにくですが、それは私の意志ではありません。
“災厄の美妃”の意志であり、私は“導きの声”の示すまま、その条件に叶いそうな者を幾人か確保しておいただけ。そしてその中から貴方が選ばれた」
───ヘッ、そうかい。アナタはトクベツです、アナタは選ばれたのです……ってか。安っぽいセールストークだね。
「条件───ね。
家畜小屋育ちでモノを知らねェ猫獣人に適当なデタラメでも吹き込んで巧く利用しろ……て?」
「いいえ。
異界より来たる怒れる魂に目覚めし者……即ち精霊憑き。それが予言の条件です。
あの家畜小屋には、その条件に合うだろう者が現れると星読みに出ていた。
他にも、その条件に叶いうる者の出現の可能性はありましたが、いずれにせよ最終的に貴方が選ばれた」
精霊憑き……。飛行機に乗り合わせていたアラブ人の言った言葉であり、“砂漠の咆哮”の訓練教官のヒジュルが俺に名付けた二つ名でもある。
そして俺に直接“災厄の美妃”を授けたのもヒジュル。
「その導きの声ッてのは、つまりヒジュルがオメーにそう指示した……てことか?」
「ヒジュルが? ……ああ、いいえ違います。“災厄の美妃”の持ち手が即ちその導きの声の聞き手かと言えば、それは否です。
ヒジュルは“災厄の美妃”の持ち手として選ばれましたが、声を聞くことはありませんでした。導きの声を聞く者はあくまで声を聞くのみで、持ち手とはなりません。そして持ち手も又、導きの声をを聞く者にもなりません。それぞれに……役目が違います」
アルアジルは自分を“導きの声の伝え手”とも称していた。声を聞けるのは伝え手だけで、その伝え手の齎す声を受けて“災厄の美妃の持ち手”が行動を起こす。
そういう図式があるッてんなら、そりゃ分かり易い話だ。
「なるほどね。つまり結局は俺はテメーの飼い猫。テメーが言う“導きの声”とやらの言うままにパシられる都合の良い手下ッてだけじゃねーのか?」
半眼に軽く睨みつつそう返す。だがやはりアルアジルは持って回った言い回しで、
「そう単純な話でもありません。貴方が“災厄の美妃”の持ち手であるというのは宿命です。しかし私が“導きの声の伝え手”である事は、単なる役割にすぎません。
持ち手は唯一無二。ヒジュルがそうであったように、貴方と“災厄の美妃”とを死が分かつまで何人たりともそれを覆す事は叶わぬものですが、私の代わりはいくらでもいます」
そこで一旦アルアジルはその饒舌な言葉を止め俺の目をじっと見る。
「貴方は“災厄の美妃”の伴侶。言い換えれば王。我らはその重臣です」
俺はアルアジルの目を見返す。濁ったガラス玉みてーな硬質な印象のある丸い目からも、鱗に覆われた顔の表情からも、さらには爬虫類の持つ独特の匂いからも、コイツの真意はまるで見えてこねえ。
だがコイツからは読み取れなくても、それでも分かることはある。
「───俺が“災厄の美妃”の伴侶であり王だと言うンなら、俺を王という手駒に仕立てようッてのが、あの干からびた汚ェ爺かよ」
今でも、時々夢に見る。すべて明確にとはいかないが、おぼろげだが生々しく覚えているあの赤黒く染まった空と荒野の下での出来事───いや、言うなりゃ謁見とでも言うもんか?
石造りの玉座のぼろ布に包まれた干からびたミイラみてーな爺。
ヤツ曰く、不運にも飛行機事故で死んだ俺たちに、特別な配慮でもって新たな別世界での人生という救済措置を齎した。
今じゃその飛行機事故すら定かに思えねえし、救済措置という言葉もやっぱり嘘臭ぇ。
けど、この世界に“災厄の美妃”という武器をもたらしたとされる邪神、“辺土の老人”があの時の爺だとすりゃ、俺がその“災厄の美妃”の持ち手に選ばれたッてのも、あの爺の思惑通りッてな話になる。
それを聞いて、アルアジルに何かしら変化が起きたか。起きるかもしれねえとちったァ期待しちゃいたが、やはり何も読めねえ面のまま。
「さて、“辺土の老人”グィビ・ルフオグの真意を我ら定命の者がそう易々と推し量る事など出来ますまい。
分かりもせぬ神々の思惑などを探ろうとするなど無意味。ただ己の心と目の前の使命に殉ずるのみでしょう」
「へっ……どうだかな」
はぐらかしなのかどうなのか。“辺土の老人”どころか目の前のコイツの思惑すらまるで分からねえ。
「どっちにしろ……俺がテメーらの思惑通り動くと思ってンならそりゃ大違いだ。“災厄の美妃”やら何やら、ご大層なシロモンあてがってくれたようだが、全部まとめて糞喰らえだ」
「私や、“老人”の思惑など……何れも些事です。そもそも“災厄の美妃”は、彼女が例え“老人”の手により生み出され、この地にもたらされた者であるとは言え、必ずしも“老人”の思惑の代行者ではありません。
親は子に己の願望を仮託するものですが、子は必ずしも親の思惑通りに動くとは限らない。
まして子にとって忌むべき親ならなおさらです」
「───へえ、そうなのか? “災厄の美妃”ってな、親不孝な不良娘か?」
「さて、どうでしょう。
ただ少なくとも貴方が“災厄の美妃”の持ち手となった以上、何れ貴方は“災厄の美妃”の望むように魔力と生命を供物として捧げることが必要になります。
そして貴方にとって重要なのは───であらばどのような者の生命を捧げるか。そうではないですか?」
そう───そこだ。
アルアジルの語る言葉が、俺の求める核心へと近づいてきた。
▽ ▲ ▽
“災厄の美妃”が俺の手に握られたときに湧き上がる吐き気や嫌悪感。そしてしかしそれを上回り俺を焦がすのは、ドス黒い殺意と渦巻く怒り。
“砂伏せ”達の猫獣神を奪還した際に現れた仮面の術士。バールシャムで孤児院の院長を殺して密かに成り代わり、シャーイダールの名を騙っていた邪術士。
連中とのやり合いの際に現れ俺の手に収まった“災厄の美妃”は、もしそのままにしていれば間違いなく奴らの魔力と生命を奪い取り餌食としていただろう。
そうならなかったのは……成り行きと、やはり俺の中にその誘惑にそのまま乗ってしまう事への抵抗感があったから。
バールシャムの件では結果的に“災厄の美妃”は偽グリロドの邪術士をその餌食として命と魔力を奪いはしたが、それは俺の意志、行動からじゃなく、突如現れたアルアジルによるもの。
つまり、少なくとも俺は今のところ、“災厄の美妃”の求めるものを捧げちゃあいねえ。
そしてそのことが何れもたらすかもしれねーことを───俺は恐れてる。
「その問題を解決するのが、我ら“闇の手”の役割です」
“闇の手”。
俺が小耳に挟んだ程度の噂じゃ、存在すらあやふやな暗殺結社。
俺が所属している“砂漠の咆哮”や、帝国人達の“疾風戦団”、南西の山に住む竜人の選ばれた戦士のみで構成された“竜兵団”なんかの有名どころの戦士団と似たようなものとして語られる事もあるが、どう考えても全く別物だ。
「さっきも言っていたな、その……“闇の手”ってのはよ。しかも“我ら”ってな。
さっきまではてめぇは自分が“王の影”の一員だった、てな話してたが、今度は“闇の手”かよ」
「ええ、その通りです。
私はクトリアにおいては“王の影”として動いていましたが、別にザルコディナス三世に忠誠を誓っていたわけではありません。というより、あの者に本心から忠誠を誓うような物好きはごく少数でしたでしょう。
多くの者は報酬や制限なく邪術を研究出来る特権を求めるか、何かしら己の野心や野望、目的にその立場を利用してたにすぎません」
「当然てめぇもそうだった……と、言いてぇワケだな」
何を今更、とでも言うかに肩をすくめるアルアジル。
だが、問題は……、
「そのてめぇの野望だか野心だか目的だかは叶ったのか?」
「その一つの成果が───貴方ですよ、マジュヌーン。“災厄の美妃”の持ち手よ」
その言葉を文字通りに受け取りゃあ、アルアジルが王の影の一人としてクトリアでザルコディナス三世に仕えていたのは、ヒジュルの後に“災厄の美妃”の持ち主となる誰か……俺を得るため、てことになる。
だが……、
「そいつが……予言の通りにて事か?」
「正しく」
予言だの未来予知だの、そりゃ前世の感覚で言や、くだらねー詐欺、オカルト、インチキ野郎の戯言だ。けど魔法があり、死んだ人間の魂を別の世界に無理矢理連れてきて生まれ変わらせるような爺が実在するこの世界にとっちゃ、ただのふざけた戯言とは言い切れねえ。
そして実際、アルアジルの奴が言うところの「予言の通り」に、俺は今、“災厄の美妃”の持ち手となっちまってるらしい。
俺はやや天井を仰ぎ見るかに背をそらし、息を吐いてから再び聞く。
「その予言を受けて、俺を探し出して“災厄の美妃”の持ち手に担ぎ上げる……。
で、終わりか? サークル“闇の手”の活動は?」
「先程、“災厄の美妃”を王女、その持ち手を王と例えましたが、その流れで言うなら“闇の手”はその家臣団です。
さしずめ私は……そうですね、王付きの精霊官……呪術師……とでも言うべきですかね」
成る程な。言いたい事は分かったぜ。勿論“言ってること”の意味もな。
“闇の手”が信奉してるのは俺じゃねえ、あくまで“災厄の美妃”だ。
そして“災厄の美妃”の望みを叶えるための様々な便宜を計る家臣……てのもそうなんだろう。
俺は?
道具だ。
“災厄の美妃”は持ち手が居なきゃその力も発揮出来ないし、自由に動き回れる事もない。
俺が道具としての“災厄の美妃”を持つんじゃない。自ら動き回ることの出来ない“災厄の美妃”が、その力を発揮するための道具として俺を必要としているんだ。
糞ッたれ! そう吐き捨てて全て投げ出してぶち壊しにしてやりたい……そう思う。
思いはする。
が───。
「その家臣団は、具体的に何をしてくれんだ?」
「最も重要なものは、祈りの声を聞き、“災厄の美妃”の望みを満たすに足る相手を探し出します」
▽ ▲ ▽
「───で、どんな用件だ?」
対面したルチアに、俺はそう聞く。
聞きはするが、そこでのおおよそのやりとりについては既に聞いている。
聞いている、と言っても、別に一言一句知っている……とかッてな話じゃねェ。
これはあのアルアジルから聞かされていた予言であり預言で示されていた状況……てな話だ。
「───戦士の仕事とは言えぬ。こそこそと嗅ぎ回り付け狙う。決して誇り高い行いではない」
「さあて、そりゃあ確かに“俺向き”の仕事だな。良い人選だぜ」
「……すまん」
「謝ンな。俺がブル公みてーに戦士の誇りだ何だてのを気にするような奴じゃ無ぇのを分かってッから、コッチまでわざわざ来たンだろ?」
「その通りだ、すまん」
「だから謝ンなって。話進まねーぞ」
「ああ、分かった。
用件は───単純だ。
アールマールに潜む、リカトリジオスの内通者。それを探してくれ」
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