遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-63.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「いやちょっと恥ずかしい……!」

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 さて、初のクトリア郊外だ。
 いやまあ厳密にはアルベウス遺跡には行ったことはある。
 一度支配下にした魔力溜まりマナプールを、再びエンハンス翁との共同管理の状態にするときにも一回来た。
 
 けどその後はほとんど妖術士の塔に籠もりっきり。後は会合だの接待だの密会だの、あとはマヌサアルバ会の食人の噂の検証だの、そんなことで貴族街と市街地を行ったり来たり。
 改めて考えるとめっちゃワーカホリックしてない? てな気分ですよ、ええ。
 
 んで、今はラクダ等々の背に乗っての荒野の道行き。
 同行者はデュアン、エヴリンド、そして母のナナイ。
 それとアデリアに弟のアルヴァーロ。総勢六名。
 向かう先はその二人の住んでいたボーマ城塞という山岳城塞。
 
 古代ドワーフにより建造され、その後クトリア王朝により改修され利用されていたが、後に廃れて使われなくなり、さらには邪術士専横の時代にはそれを逃れた人々の避難所となるも、現在売春業の元締めとなっている元傭兵団クランドロールが実行支配することで荒れてしまい、彼らが去った後にアデリア達ヴォルタス家と、王国から来た闘技場の英雄、金色の鬣こんじきのたてがみホルスト率いる傭兵団により建て直された……という、まあなかなかに複雑な経緯のある場所だ。
 で、その地下奥深くには地底湖があり、その区画にはまたクトリア全体の魔力の流れを調整する為の魔力溜まりマナプールの一つがある。
 
 僕はダンジョンバトルの際にその地下にある魔力溜まりマナプールのある区画には来ている。というか支配してる。けどその地上部分には一度も来たことはない。
 僕とガンボンが、双頭オオサンショウウオや岩蟹や巨大デンキウナギやらとバトルしてた頃、地上ではイベンダーとJBが亡霊を鎮めて巨大化した岩蟹マザーと戦ったりしていたらしいというのだから、まあビックリだ。
 
 そういう意味では、再びの帰還であると同時に初訪問。
 僕の今回の目的はのんびりと休暇を兼ねた観光……ではもちろんなく、今後のクトリア共和国建国に向けての非公式な会談。
 つまり、ボーマ城塞をそのままクトリア共和国の一都市として併合する為の話し合いだ。
 
 そもそも、かつてのクトリア領内にある幾つかの集落は、元々ザルコディナス三世時代にはクトリアの一部、一集落であったものが殆どだが、邪術士専横時代にはそれらの関係も崩壊し、それぞれに独立した勢力のようなものになっていた。
 その時代がほぼ30年近く続く。
 つまりは30代、いや40代以下のクトリア人とっては、「自分達、自分の住む場所がクトリアという国の一部である」と言うような意識などほとんどない。
 
 なので当然、手順としては「これから国になるけど、アナタ達はどーしますか?」という段階を経る必要がある。
 それでじゃあ、「だが、断る!」となったらどうするか? と言う点については……まあそうなったときに考えまーす、てなもんですよ。
 
 
 んでまあ。
「んー、ひんやり気持ちええなァ~」
 と、ゴキゲンダゼ! なアデリアさんとのタンデム騎乗で乗っているのは、僕の第三の使い魔であり水の精霊獣である水馬のケルピー、ケルッピさん。
 他の皆様は王の守護者ガーディアン・オブ・キングスから借りてきたラクダ。
 だけど、僕の場合は脚の問題を別にしても、たとえ両足健在でも多分ラクダ騎乗とか無理無理無理。
 使い魔であり精霊獣のケルッピさんなら、ラクダと違って慣れているし、そもそも僕が落ちないよう自然にあちらが気遣いしてくれる。その上移動方向にしても速度にしても、以心伝心、こちらが念じるだけでそう動いてくれるのだ。なんとも有り難い話である。
 唯一の問題は、使い魔なので召喚している限り僅かながらも魔力を消耗し続ける事だけど、まあそうたいした量でもない。ふふん、何せダークエルフとしてもなかなかの魔力量なのだよ、今の僕様はね!
 
 そして何よりもアデリアがゴキゲンで、かつ僕もご満悦なのは、この灼熱の荒野においてもケルッピさんの周りは、ひんやり涼しいということだ!
 言うなればエアコンの効いたバイク旅。
 一応、僕ら含め全員分、大蜘蛛アラリン製の魔糸を織り込んだフード付きのトーガを纏っていて、それにもある程度の冷却清涼効果はあるけど、ケルッピさんのもたらすそれは桁が違う。
 他の皆様には申し訳ないけど、僕達だけ格別に快適なのだ!
 
 ……。
 ………………。
 
「うわっ!?」
「ふぇッ! な、何!?」
 
「いや、ちょっと急に大声出さないで下さいよ」
「お、驚いたわ~」
「いやいや、君らこそ何よ? そんな距離詰めてストーキングして……」
 まるでケルッピさんの背後をつけ回すかに僕らの真後ろをラクダで歩くデュアンとアルヴァーロ。驚いたわ~、じゃないよ、驚いたのはこっちよ。
 
「いやー、何か彼ら? ラクダ達が勝手にその精霊獣の後ろをついていくんですよねェ~」
「ほんま、空気ひんやりしてて気持ちええしな~」
 
 ……いや、ま、いいけどさ。
 何か絵面悪いよー?
 
「カカカ! そのケルピー、ここじゃ誰からもモテモテだな!」
 そう笑う母ナナイとその横のエヴリンドは、僕らに比べるとナチュラルに涼しい顔。
「母上達は暑くないのですか?」
「アタシとエヴリンドは、闇属性魔力と同程度に火属性魔力の適性があるからな。暑さには強いんだよ」
「レイフもデュアンも、火属性の循環を鍛えろ」
 あー、そうか。その違いがあるかー。
 
「いやー、私は火属性はまるでダメです。闇属性専門ですよ」
 そう舌を出すデュアンだが、僕なんかダークエルフなのに火はからきしで闇よりも土に適性が高い。
 この四人の中じゃ最も“ダークエルフらしからぬ”魔力適性タイプだ。
 
 ま、お陰様で土属性特化の古代ドワーフのダンジョンバトルの試練には向いていたのだから、世の中何が幸いするか分からない。多分僕の土属性適性が低かったら、アレはもっと時間も手間もかかっていたと思う。
 ……ん? そうなるとタイミング的にジャンヌ達と合流する事もなく、結果としてはJBやイベンダー達の支援も無しにザルコディナス三世の悪霊と戦うハメになっていたのか? 
 ……いやー、良かった。土属性高くて!
 
「あ、もう半分くらい来とるやん! 久し振りやから、楽しみやわー」
 回りの景色を見ながらそう言うアデリア。まだ日の高さは斜め四十五度くらいで、三の鐘にもならない午前中。
 この調子で行けば昼過ぎか昼前にはボーマ城塞には到着しそうだ。
 後から訓練兼ねて徒行軍して来るJB達とはかなり差が付くかもしれない。
 
 ◇ ◆ ◇
 
「いやー、よう来てくらはった! ささ、暑い中お疲れですやろ!
 昼餉の準備も出来てますさかい、ゆっくりしたって下さいな」
 何というか、ゴツゴツしたジャガイモみたいな丸顔のおじさんがそう言ってお出迎え。
 
「ん? んんー? アレか、アンタは……もしかしてジーノの血縁か?」
「へ……? や、まあ、ジーノはウチの爺さんでっけど……何でっか、急に……?」
「あんな、おじさん、この人なァ……」
「……ホ、ホンマかっ!?」
「ホンマのホンマや!」
「い、い、一大事や……え、え、えらいこっちゃ……」
 
 あー……。まあ恐らく……というか間違いなく、アデリアがこのジャガイモみたいな顔をしたおじさんに話したのは、誰あろうこの僕の母、ナナイこそが、彼らが語り継いできた「一族の救い主のダークエルフ」その人であるという事実についてだろう。
 まあ、そうなるよねー。
 
「何か、ナナイ様と旅してると、行く先々でこう言うことになりそうですよねェ~」
 呆れてるのか感心してるのか分からない声でデュアンがそう言う。
「全く、一々面倒な事だ」
 続けてボヤくエヴリンドだが、
「なーにを言っとる。お前だってアタシと旅してた時には同じようなことになっとっただろうに」
「アタシは貴女の手伝いしてただけです。自分からほいほいと人間のつまらん揉め事に首を突っ込んだりはしてません」
 そうキッパリ返すエヴリンドだが……、
「え、そうですか、“姐御”?」
「……うぐッ!?」
「このラクダ借りるだけでも大騒ぎだったじゃないですか、“姐御”。
 『お前ら! 姐御の為に最高のラクダを選んでさし上げろ!』
 『へい! 任せてくだせえ!』
 とか何とか……」
「むぐぐッ……」
 横柄な王国外交特使相手に啖呵を切って見せたエヴリンドのことを、王の守護者ガーディアン・オブ・キングスのむくつけき男連中が妙に気に入ってしまい、今やあそこじゃアイドル並の人気者だ。
「そう言えば、今度エヴリンドの為の歌を作るとか何とか言ってたよね、パスクーレ氏」
「あー、言ってましたねェ~。ねえ、“姐御”?」
 
「……そろそろ黙らねば、二度とその軽口を叩けぬようにしてやるぞ、デュアン……」
「ひぇっ!? ちょ、ちょっと、それ、冗談に聞こえませんよ!?」
「───私がお前のようにつまらん冗談を言った事があるか?」
「ひぃぃっ!? 待って、抜刀はさすがになしです、抜刀は!? 暴力反対!」
 かなりガチな表情で詰め寄るエヴリンドに、やりすぎたかとおびえて後ずさるデュアン。
 
「いーじゃねーかよ、“姐御”。
 慕ってくれてんなら、ちっとは可愛がってやれ」
「なッ……!? だから貴女はそうおもしろ半分に……!!」
「分かってないなー。
 アタシはおもしろ半分でやってんじゃないのよ?
 おもしろ全部だ。面白いから人間達と関わってるのよ。分かる?」
「分かりませンッッ!!」
 
 ま、そだよね。ダークエルフ的にはエヴリンドが普通でマットーな感覚ですよ。ええ、ええ。
 僕の母のナナイは、トータルでどの観点から見てもちょっと……いや、だいぶオカシイのだ。
 

 バタバタじたばたされつつ案内されたのは、山岳城塞たるこの内部を結構登った先にある高い位置の庭園。
 色鮮やかな花と木々が美しく手入れをされ咲き誇り生い茂り、さらには今までやってきた荒野をも一望できる大パノラマ。言うなれば高層展望庭園とでも言うかの眺めで、ここまでの道行きの荒野からは信じられない美しさだ。
 ここから真東へずーーっと進む先にあるボーマ城塞と対になるセンティドゥ廃城塞。そこの奥にある土の魔力溜まりマナプールの影響と管理者である樹木の精霊ドリュアスの力で、自然豊かな広い盆地の“土の迷宮”から比べれば緑の豊かさ自体はそれほどでも無いが、景観としてはお見事の一言。
 この城塞が比較的緑豊かなのは、カロド河から引いてきてる用水路の水源のみならず、地下にある“水の迷宮”の魔力溜まりマナプールの影響もあるのかもしれない。
 
 その美しい空中庭園で待っていたのは、年の頃40代くらいだろうか。小柄で丸顔、つまりはアデリアにそっくりな夫人と先ほどのジャガイモおじさん他数名。
 それとその横に居るのは見事に透き通るような金髪と、歴戦を思わせる貫禄を漂わせる美丈夫な北方ギーン人系の戦士。おそらく彼が金色の鬣こんじきのたてがみホルストだ。
 
 庭園に用意されたテーブルに様々な食事、飲み物などは、マヌサアルバ会のそれに比べると質素で簡単なモノのように見えるが、特徴としては新鮮な果物や野菜類、その加工品の多さ。
 城塞内にも畑や果樹園が多くあり、やはり豊富な水資源を上手く利用しているのだろう。
 
 で、その庭園の人々の真ん中に居るアデリアにそっくりな女性へと、
「ママ! 帰ったで!」
 と跳ねるように駆けよるアデリアと、やや遅れて近寄るアルヴァーロ。
 やはり当然、彼女こそが二人の母であり、ボーマ城塞の現リーダーであるロジータ・ヴォルタスだ。
「なんや、元気そうやな。ちゃんと飯食うとるか?」
「うん! あんな、マヌサアルバ会の料理、めちゃ美味しいねんて! お土産も貰てきたで!」
「そら、ウチの酒や果物卸しとるんやからな。つまらんもん出しとったら許されへんわ」
 ここは面積としては住人の食料を賄ってさらに余剰を十分に作るには些か狭い。なので余所へと売り物に出来るのは幾つかの農産品の他は、高級品としての酒と少しの果物くらいらしい。
 それでじゃあマヌサアルバ会に何をどれだけ卸しているのか? と言うと、この城塞で作られた作物よりも、カロド河経由で南海諸島や火山島、密林地帯の獣人王国から水上輸送してきた珍しい果物や農作物、南方や外洋でのみ穫れる魚介類、それに香辛料等々なのだそうだ。
 
「やあ、アンタがグラシアの娘か。母娘三代で、本当によく似てるなあ」
 母のナナイは懐かしむような笑みを浮かべながらそう言う。
「ナナイだ。こっちはアタシの娘で、今は成り行きでクトリアで王の名代やらやってるレイフ。
 後は護衛のエヴリンドと補佐のデュアン」
 本来の筋からすれば、非公式とは言え交渉の中心である僕から紹介するべきなのだろうけど、まあこのヴォルタス家に関しては、母のナナイに譲るべきだろう。
 
「ロジータや……。ジョヴァンニはもう会ったんやろ。こっちのシュっとした色男はホルスト。ウチの防衛やってもろうとる」
 帝国流の軽い会釈でこちらへ礼をするホルスト。
「それで……な。聞いたんやけど、ほな、あんたが……あん時の海賊退治に関わってくれたお人……なんやろ?」
「ま、ね。それも“成り行き”だ」
 ロジータの問いに、そうさらりと返す母、ナナイ。
 
 草花樹木の繁る庭園を通る涼やかな風に髪が揺れ、おそらくはそう長くはない静寂。
 その静寂を壊す嗚咽の主は、ロジータその人だ。
 
「……ホンマに、ホンマに有り難うな……。あン人を連れて来てくれて……。ホンマにな……」
 そのロジータが不意にそう言いながら、ボロボロと恥も外聞もなく大粒の涙を零して泣き始める。
「あいつも、なかなかのいい男になってたろ?」
 誰のことかと言えば、ロジータの夫でありアデリア、アルヴァーロの父、そしてまあ僕の父の弟子の一人でもあるという、今は亡きアニチェト・ヴォルタス氏の事だろう。
「あン人は……ホンマに最高の男やった……!」
 
 泣き崩れるかというロジータの、その小さな震える肩を母ナナイは優しく抱きしめる。
 ロジータだけではない。アデリアにアルヴァーロ、ジョヴァンニに周りに居たボーマ城塞の住人たちまで涙を流し、警備担当だというホルストまでもが僅かに肩を震るわせている。
 
 これだけで、アニチェトという人物がどれほど愛され慕われていたのかが一目で分かる光景だ。
 ぐずぐずと鼻をすするような音に振り向くと、何故か無関係なデュアンまでもが涙目になり、また驚いたことにエヴリンドすら眉根を寄せて目を細め、涙を堪えているかの表情。
 ええー、ちょっとちょっと、大丈夫!? もらい泣きし過ぎじゃない!? と驚き目を剥いた瞬間に、ポロリと熱いものが頬を伝うのを感じる。
 ……って、僕もやないかーーーい! と自分で内心突っ込んでしまうが、あー……うん。僕もでした、ええ、いいああ、僕らも、もらい泣き。
 
 
 と、涙目大集会と化したその庭園に、新たに別の数人が訪れる。
 それにいち早く僕が気づいたのは、僕が後ろのデュアンの方を振り向いたその視線が、集団の真ん中の人物とばっちりと合ったからだ。
 
 訪れて初っ端から見るその異様な光景に、呆気にとられてたその男性は、
 
「……いや、あのー、皆さん……ていうか、母さん何してはりますのん……?」
 
 母さん、とロジータを呼ぶこの男性は、現在も南海諸島にある拠点に居住し、海運交易事業の方を取り仕切っているヴォルタス家の長男、ロジウス・ヴォルタス氏だそうだ。
 いやちょっと恥ずかしい……! ジロジロ見んといて!
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