遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-53.マジュヌーン 川賊退治(36)-Dragon Night

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「シャーイダール……?」
「……とも、呼ばれます。
 しかしここでは私個人の名を名乗らせていただきましょう、マジュヌーンよ。
 我が名はアルアジル。シャーイダールの一人であり、また“導きの声の伝え手”」
 
 慇懃な態度でそう答える仮面と黒衣の邪術士。
 背が高く、直立してれば多分見上げるくらいはあるだろうが、今はそれを小さく縮こまらせるかに背を曲げてそこに居る。
 俺の家畜小屋時代の朧気な記憶をまさぐると浮かび上がるシャーイダールの姿は、確かに今目の前に居る者によく似ていた。いや、まず間違いなく本人だ。そう思える。
 
「アンタが……俺の“飼い主”かい?」
「その表現は適切ではありませんな。しかし私が貴方を家畜小屋で買い上げたという意味でなら、その通り。
 貴方こそ私の得た予言の者であり、また“災厄の美妃”の主として選ばれし者───」
 すう、とまるで滑るように滑らかな動きで俺の横へと来た。
 そして俺の意識の隙間を縫うようにして、仮面の男は俺の右腕へと軽く手を添えて、何ら無理な力を入れることもなくその手を突き出させて───。
 
「カヒュッ……」
 
 まだその手に握られたままだったドス黒い歪んだ刃の刃先を、這いつくばっていた偽グリロドの喉へと突き入れて、噴水のような血飛沫をあげさせる。
 
「───て、てめェ、何を……!?」
「意志力の強さはとても素晴らしい事ですが───まあ、やり始めたことは最後までやり通さないといけません。
 でなければ“災厄の美妃”もまた、貴方や貴方の親しい者の生命へとその食指を動かしかねない。
 彼女は常に、飢えているのですから」
 
 偽グリロドの血を全身に浴びせられながら、シャーイダール……いや、アルアジルはそう言った。

「そりゃ……どういう意味だ?」
「聞いての通りの意味です。
 彼女は常に飢えている。今はまだ、ヒジュルが与えてきた生命、魂の力が残っていますが、貴方が新たな主となってからは、まだろくに“食事”をしていないでしょう?
 あまりに飢えさせたままでいると、いつかは暴走して、貴方の身の回りにいる者達の生命を手当たり次第に喰らいだしかねない。
 そういう危険性があるのですよ」
 
 ぞわりとした悪寒と怒り。
「そりゃ……ふざけた話だな、ええ?」
 頭の中に何人かの顔が浮かぶ。そいつらの生命を喰らう? 暴走して?
 冗談じゃねえぞ、テメェ。
 
 そのふざけた話にイラついて、左手でそいつの胸倉を掴もうとし黒衣の首もとを捻り上げるが……。
 
 ふわり。
 
 いや、飛んだんでもよけたんでもねぇ。
 そこに今まで確かに居たはずの男の姿は影も形も無く、脱ぎ捨てられたような黒衣と仮面だけが一瞬宙へと浮いて、そのまま床へと落ちて残される。
 
「───おい、待てよテメェ、どこに隠れやがった……!?」
 慌てて辺りを見回し匂いを追うも、一切全ての気配痕跡が残ってない。
 文字通りに消えたとしか思えないが、そもそももっと言えばそこに本当に居たのかすら怪しく思える。
 
 俺はそこに残された黒衣と仮面を手に取り、その双方を観察する。
 手で調べ、匂いを嗅ぎ、それから内側のポケットに残されたものを見つける。
 そこに書かれていた言葉。聞き覚えもあり、また知っても居るあの場所。
 また……そうかい、回りくどい真似ばかりしやがるぜ。
 
「招待状───確かに受け取ったぜ」
 
 ▼ △ ▼
 
 川賊退治の顛末は、後になりアニチェトとロジウスから事細かに聞かされる。
 ティドが持ってきたカシュ・ケンの兜。あれは確かにカシュ・ケン本人のモノだが、後を付けて襲って来たゴロツキ共から逃げる際に落としたものだとかで、本人はあの臭くて汚い川へと飛び込み見事に逃げおおせていた。
 ゴロツキ共は逃げられたことを報告するのが嫌で、曖昧にごまかしてあの兜をティドに渡し、ティド自身はきちんと始末したものとそう思い込んでいたらしい。
 
 カシュ・ケンはアリオを抱えていることもあり、報告をし援軍を呼ぶのが一番重要と判断してまずは宿へと直行しマハ達と合流。そこから河川交易組合に報告して返す刀で組合の最速の舟(ウワサ話にも出たヨアナの舟だそうだ)で海岸沿いから孤児院の“慈愛の館”へと急行。
 ちょうどティドを先頭にゴロツキ共が慌てふためき逃げ出しているところへ出くわしてそのまま一網打尽。
 それから地下へと乗り込んで、血塗れの俺と偽グリロドの死体を発見する。
 
 で、そこから先はまあ、キオン・グラブスと組合の警備兵達のしきりで諸々を進める。
 ティドを含めたゴロツキ共から洗いざらいの情報を引き出して、その後アスバルだけは上空からの偵察役。
 それ以外、特に俺は宿へと戻り休む。
 いや、俺に関しちゃあもはや、休むと言うよりは気絶する、という方が正しかったかな。
 
 翌々日にはアニチェト達と連携して、全ての川賊のアジトを壊滅。奴隷兵として使われていた連中も、少なくない人数は救い出せたという。全てを……とまでは都合良くいかねえがな。
 川賊連中自体は俺らが予想してた通りに、昔居た海賊の残党達の集団と、クトリアの王都解放後にこちらへと流れてきた悪党どもの寄り合い所帯。
 それらを繋いでいたのもまた、偽グリロドであり自称シャーイダールの王都解放後の混乱と王国軍の追求を逃れた邪術士の一人。
 偽グリロドの呪術による恐怖と、奴隷の斡旋に情報提供という利害で結びついた関係だったが、それぞれの連携も信頼も忠義もない。アジトがバレて追い込まれてからは、瓦解するのもあっと言う間だ。
 そういや偽グリロド。結局本名は最後まで知れなかったが、まあ知らなくても構わないだろう。
 
「何にせよ、お前さんらの働きは見事なもんだな!」
 ガハハ、とでも言うかに豪快な笑いをあげつつそう言うのは船乗りであり魔術師でもあるアニチェト・ヴォルタス。
「これで俺も、こっちのことはロジウスに任せて、隠居して酒造りに専念出来る」
「隠居言うても、あないなボロ城塞なんぞに引きこもらんでもええですやろ」
「ふん! だからこそだ。ボロいからこそ直し甲斐がある。それこそがロマンだ!
 ……ま、それにロジータとのんびり気ままに過ごす時間も欲しいからな」
「はァ~。いつまでもお熱いことで……」 
 呆れるような息子、ロジウスの言葉に、アニチェトは再び豪快に笑った。
 
 ただ、この組合長の応接室内で陽気なのはアニチェトただ一人。というより何より、組合長が激しく落ち込みふさぎ込んでいる。
 それはもう、身も蓋もない程に……だ。
 
 俺たちはアニチェトの言うとおりに「見事な」働きをした。
 その調査により内通者のティドが判明し、川賊共を取りまとめていた首魁であり、孤児院長の“慈愛の母”グリロドを殺して成り代わって居た邪術士に、川賊を退治してやることが出来た。
 完璧にして申し分無い成果ではあるが……長年仕えていたティドの裏切りに、妻の死の真相に、と、組合長個人にとっちゃ知りたくもない真相ばかり明らかになっちまった。
 
「ところでなァ、キオン」
 長椅子に鷹揚な態度でふんぞり返って座りつつ、アニチェトがそう話を切り出す。
「あのナキアという孤児院の使用人な。
 偽のグリロドに呪術やら薬やらで半ば意識朦朧とした状態で操られとったらしいじゃないか」
 
 ナキア。アリオ曰わく、偽グリロドを信じきっていた使用人だが、心根は優しく孤児達の世話を親身にしていたらしい。そして偽グリロドにより組合の裏切り者で内通者のティドへの褒美として“与え”られていた。
 今回の件じゃあ、キオンと同じかそれ以上に心に傷を負っているだろう。
 信じてたグリロドは知らぬ間に殺されすり替わっていて、呪術で操られて居たとはいえ、孤児達を奴隷として売るのに協力させられていたワケだからな。
 
「お前さん、彼女が孤児院を立て直すのを手伝ってやれ。俺も金なら出すぞ」
「ちょっ……!? また父さん、何勝手に決めてはりますのん!?」
 アニチェトの提案に組合長のキオンは目を見張り、息子のロジウスは恐らくは「金を出す」の部分へと異議を唱える。
「商会の金は出さん、俺の懐からだ。
 それに元々あの孤児院設立は、キオン、お前のかみさんも出資者だったんだろ?
 言い換えりゃかみさんがお前に残したものだ」
 
 そう言われて、組合長はハッとしたような顔をして、それからゆっくりと目を閉じ考えてから、
「───そうですなあ。わしは自分の事ばかり考えとって、妻の残したもの……妻の思いに目を向けるのを忘れとりましたわ……」
 そうキッパリと言った。
 その顔は、先程までの意気消沈し悲嘆にくれていたときのものよりは、僅かにだが晴れやかになっているようにも見える。
 
「そうですよ! わたしらかておるんですから、組合長ももっと頼りにしてくれんと!」
「資金面のことなら、あてもキチッと無駄を無くして捻出しますわ」
 マーリカとハビエルもそう続けるが、
「……いや、ハビエル。金はどんどん使うんや。しみったれたことなんぞせえへんで、出来るだけ豪快にや」
 ふてぶてしいような顔でそう言う組合長。
 
 ところがそこで、
「ンー! それ、いいネ! とてもいいヨ!
 ワタシも今回の報酬、全部寄付するヨ!」
 その流れに突然マハがそう言い出した。
 驚いたのは俺もアスバルも同じ。
「え、えー!? ちょっと、何言ってくれちゃってンのマハっち!?
 今回、けっこう、かなり、かなーりの報酬よ!?」
 
 契約確認時にはなかなか渋っていたロジウスだが、何せ俺は今回、結果的に敵の首魁を仕留めた形。これには誰も文句の付けようがなく、「有益な情報」の割り増し報酬がかなり上乗せされている。
 アスバルにしても、序盤の情報収集では何の役にも立たず女と遊び回ってただけだが、後半のアジト襲撃時には上空からの偵察で珍しくも大活躍。
 トータルで言えば一番最初に受けた“砂伏せ”の猫獣神バルータ奪還に匹敵する高額報酬だ。
 それぞれその半分、そして俺は四割を“砂漠の咆哮”に上納する……てな事になるが、それでも手に入る額はかなりのもの。
 その全額を寄付……となると、アスバルや俺以上に黙ってられない奴が居る。
 
「馬鹿! マハ! アンタもう馬鹿!」
 勢い込んで部屋に飛び込んで来るのは、外で待っていたマハの従者であるムーチャ。
 そりゃ当然。ムーチャへの報酬はマハが払う。マハが全部寄付しちまえば、ムーチャの報酬も無くなるわけだから大慌てだ。
「全部、ダメ! 今月、赤字!」
 金銭感覚に限らず生活面ではほぼ行き当たりばったりなマハの財布の紐を握ってるムーチャからすれば、単純に自分の報酬云々の話だけでなく、トータルで懐がヤバいらしい。
「 エー? 大丈夫ヨー? ワタシ、まだ仕事出来ルしー。
 それニ孤児院、大変ヨー! 子どもたちカワイソ!」
「ムーチャ、もっと、カワイソ! 街暮らしお金かかる!」
 
 思いも寄らぬこの展開に、組合長のみならずアニチェトもロジウスも目を丸くする。
 
「……お気持ちはありがとぅ頂いておきます。せやけど……金のことはわしがなんとでもしますわ」
 覚悟を決めた……てのとも違うな。ただそう当たり前のことのように組合長のキオンがそう言う。
「なぁ、そのことォ~……なんだけどよォ……」
 外で控えていた俺の方の従者、カシュ・ケンがそこにそうひょっこり顔を出して話に入って来た。
 
 ▼ △ ▼
 
 で、まあそれから二週過ぎくらいの話だ。
 突貫工事で進めている家の拡張もまだ間に合っちゃ居ないが、ヨアナの舟に乗せられてやって来たのはアリオを筆頭にした16人ばかしの孤児共だ。
 下は10歳ほどから、上はこの辺では成人年齢になる15歳を越えた奴も居るが、“慈愛の館”に居た、叉は川賊共に奴隷兵として買われた浮浪児なんかも含んで居る。
 
 カシュ・ケンの提案は、うちの農場の働き手になることを前提にして、希望する孤児を何人か引き取る、というもの。
 金を直接寄付するのとは違うが、それでもあちらさんの負担を減らせる上、孤児達に自分の力で生きる術を与えるという意味じゃこの方が助けにもなっているだろう。
 こちらが用意するのは当然まずは衣食住……ま、「衣」に関しちゃ着たきりのボロ着でしばらくは済ませて貰うとして、何よりも「食」、そして「住」だ。
 
 部屋は今、もはや生きる重機とでも言わんばかりのダーヴェとカシュ・ケンとでなんとかしているが、まだ半分も出来ていない。なので中庭に以前使っていた天幕を立てて、暫くはそこで寝て貰う。
 食、に関しちゃこの間の儲けでもって保存の利く乾燥豆や穀物に、カチコチに乾燥させた干し肉や干し魚なんかを安くまとめ買いで買い込んで、また俺やマハも狩りにでて備蓄を増やしておいた。量だけで言えば、この人数でも三月くらいは食える分を確保してある。
 先を考え畑も増やしておきたいが、まだ働き手がきちんと整ってない時期にやっても意味はないのでその辺は後回し。
 
「まぁったく、どーすっつもりだよなァ~、ガ~キばっか増やしてよォ~」
 年齢も種族も性別もバラバラな新参者達を眺めつつそう愚痴るアスバルに、
「オマエより働き者揃い」
 とムーチャがチクリ。
「へぇへぇ。けど言っとくけどな、取り決め以上には金は出さねーかンな!?」
「別にテメーの金なんざアテにしちゃいねえよ」
 従者としてのカシュ・ケンとダーヴェとは、俺が得た報酬を二人合わせてきっちり半分を取り分にする、ということにしてある。
 実際に行くのが二人とものときも、どちらか一人だけのときもそこは変わらず、という形で。
 そして今回、俺から得た報酬のその全てを二人はこの孤児達を迎え入れる為の費用として世帯資金に入れた。
 家計の管理や農場の運営に関しちゃ二人に一任してる。これからはまた、さらに物入りにはなるだろうけどな。
 
 比較的年長のアリオを先頭にやってきた面々は、その多くはまだおっかなびっくりてな様子。
 初めて見るだろう巨漢の犀人オルヌスに興味津々ながらもやや怯えている。
 それを見たダーヴェは、まるで這うようにして背を低くし孤児達と目線を合わせると、
「乗っでみるが?」
 と一言。
 中の一人、未知の巨体といかつい容貌への怖さよりも好奇心の勝った小柄な男の子がまずは「うん!」と大声で返し肩の上へ。
 それからゆっくり立ち上がるダーヴェの上で、目を輝かせながら周りを見回す。
「すげェ! おれ、山に乗ってるみてーや!」

 そこからは僕も私もの大騒ぎ。
 生ける重機から、今度は生けるアトラクションへと変身だ。
 
「なんかよォ」
 鼻をすすりつつそう言うカシュ・ケン。
「なんか、なんつーかよォ~」
「おい、俺の服で鼻水拭くなよ」
「なんか……なんつーか、なんつーかよォ~……」
 以前よりもかなり涙もろくなってるカシュ・ケンは、そこから先は同じことを繰り返すばかりで言葉にならねえ。
 ならねえからもう仕方なく、俺はそれを受けてこう返しておく。
「───ああ、そうだな。悪くねえな、こういうのもよ」
 実際……まあ、悪くねえよ。
 
 
 ▼ △ ▼
 
 それからさらに二週程だ。
 俺はまた、“悪魔の喉”へとやって来ている。
 時はすでに夕暮れ。そろそろ夜になろうという頃合いだ。
 あれからそろそろ9ヶ月くらいか。
 “残り火砂漠”はほぼ年中灼熱の夏で、僅かな雨期と、春と言えば春と言えなくもない程度の暑さの春以外なら、それだけ過ぎても近辺の過酷さも風景もそう変わらない。
 あのときと変わっているのは俺の方。
 “砂漠の咆哮”入団前のヒヨッコじゃあない……てだけの話でもねえ。
 何より違うのは、俺の身体の中には“災厄の美妃”とかいう、曲がりくねり歪んだ黒い刃があり、そいつが時折表に現れては、誰かの魔力と生命を吸い取る───そこが違う。
 
 それが何か。何故俺の身体にそんなものがあるのか。
 その答えを知るだろう人物、邪術士シャーイダール。
 奴は自分をその一人だと言った。アルアジルと名乗った黒衣と仮面の術士。
 奴からの招待状にかかれていたのはこの場所。つまりは“砂漠の咆哮”訓練教官だったヒジュルが、最終審査として俺たちを連れてきて、その後穴を這い上がり登って来た俺の心臓を刺し貫くことで、俺へと“災厄の美妃”を渡した始まりの場所だ。
 
 砂漠の旅も既にお手のもの。若い甲羅馬シャルハサを“新月の夜風”から何頭か安く譲って貰って、農場でも活用している。今回はその一頭に騎乗して来た。
 
 問題は下へと降りる、そして登る方法だが、そこはシンプルにロープを持ってきた。
 下へ降りるときに使う長さのを一本。万が一のときに上に投げて引っ掛けるフック付きロープをもう一本。というかこの二つが一番の大荷物だったな。
 
 大穴の入り口近くにある岩の突起にロープをしっかり結び付ける。
 顔には“砂伏せ”に貰った防毒マスク。そしてロープを伝い底へと降り立つ。
 穴の底も前来たときとそう変わらない。古い白骨化した死体に、そいつらの残した遺品が散らばる穴の底。
 
 匂い……は、ここじゃ利かねえな。底に貯まってる毒ガスで鼻がバカになっちまう。
 さてどうするか。奴はここへ来るようにメッセージを残したが、そこでどうするかまでは話してねえ。
 というより、ここに来るようにと言うメッセージだったのかも定かじゃねーか。
 
「シャーイダール! 居るんだろ? 来てやったぜ、お前の“飼い猫”がよ!!」
 円形のホール状の穴の底で声が反響し響き渡る。
 残響が残る穴の底でしばらく待つ。待てども返ってくるのは俺の叫びの尻尾だけ。
 だんだん自分が間抜けなことをしてるんじゃないかという気がしてくる。
 本当にここに居るのか?
 単なる自分の思い込みなんじゃねーかとちと不安になるが、そこで俺の心臓がドクリと大きく鼓動し、例の感覚が湧き上がってくる。
 
 待てよ、どういうこった? 別に今は敵意に晒され、魔法で攻撃されてるワケでもねえぞ? と、訝しむが、そんなのお構いなしにせり上がる気持ち悪さ。ゲロでも吐きそうな気分で嗚咽しているといつの間にか俺の右手に握られたドス黒く歪んだ刃の“災厄の美妃”は、まるで俺の手を操るようにしてその刃を振るい切り裂いた。
 何を? この大穴の中の空間そのものを、だ。
 
 その先にあるのは一見するとただの薄暗い洞窟。けれども見えるその範囲にも、幾つかの家具調度品が設えられていて、その中の一つの椅子に座っているのは例の黒衣の術士。
 
「これまた……随分とごゆっくりなご帰還で。
 申し訳ありませんが、よもやあの招待状にお気づきになられてないのかと不安になるところでしたよ」
 テーブルの上の肉にナイフの刃を入れつつ、それを口元へと持って行き咀嚼している。
 
 こことは違う別の空間。その場所への入り口を開いたが、こりゃ予想以上にどうしたものかと考えさせられる。
 
「どうです? こちらで食事など。私はこういう……血の滴るレアな肉が好きなのですが、お嫌であればもう少し火を通しますよ」
 口元から垂れる血を舐めとりつつ、黒衣の術士が言う。
 まあ、言っちゃあなンだが、確かにそういう肉が好きそうなツラをしてやがるぜ。
 俺は深く一呼吸してから、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
 
「───いいぜ。ご相伴に預からせて貰うわ」
「どうぞ、どうぞ」
 
 ニヤリと笑って……居るのかどうか。
 まるで表情を読み取らせてくれないトカゲの顔で、黒衣の術士はそう俺を招き入れる。
 
 
 
 
 
 
 ────
 
 ひとまず連続更新終了。
 しばらく後に、多分また現在編を更新予定。
 
 
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