遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-51.マジュヌーン 川賊退治(34)-勝算(オッズ)

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 位置的には南岸側の外れ。海岸沿いの岩場に近い立地で、まあ何とも薄気味悪い場所だ。
 やはりじめっとしてるし、岩だらけで潮風に晒されて風化した古い土壁を、間に合わせの板で直したようなカ所が幾つもあるぼろ屋敷だが、大きさだけはそれなりにある。
 そして匂いからもその他の痕跡からも、中には数十人を超える人、特に幼い者達が居るのは分かっているが、子ども特有の騒がしさや活力のようなものがまるで無い。
 
 南岸側の連中の話だと、元々この孤児院は例の組合長の亡き妻が出資者の一人だったらしく、院長のグリロドという老婆は、別名“慈愛の母”とも呼ばれるくらいの人徳者。あまり品性良くないと思える南岸側の住人達ですら、悪く言う者はほとんど居なかった。
 だがその評判に反して、この場所から漂ってくる“匂い”はと言うと……どーにも感じが違う。
 
「何つーか、辛気臭ェ所だなァ~」
「まあ、景気の良さそうな孤児院、てのもそれはそれで無さそうだがな」
「そらそうか。けど、その……何だ? 義賊か何かが寄付とかしてんなら、もうちっとばかし元気そうなガキが居ても良さそうじゃねーのよ?」
 しかめ面で手をかざしつつ遠目に様子を見るカシュ・ケンだが、ふん、と鼻息を荒くしてから、
「こんな遠くからじゃなーんも分かんねーわ。ちょっくら様子見てくんぜ」
 と、ぴょんぴょこ跳ねつつ建物へと向かう。
 
 名前の通りに“すばしっこい奴”の猿獣人シマシーマであるカシュ・ケンが、ものの見事にひょひょいのひょい、っと壁を登り屋根の上へ。そしてどこかの隙間から中を覗いて居るようだ。
 俺はその代わりに別の方向へと注意を向ける。
 この孤児院の中、じゃなく、外、周りに何かの気配は無いかと探っていると……こりゃ、珍しいというか意外と言うか。まさかこんなところで再会するとは思わなかったぜ、お二人さん。
 
 ▼ △ ▼
 
 ひょこひょことまるで酔ったような足取りに、肩を怒らせ歩いているのは一人の南方人ラハイシュの中年男。
 禿散らかし薄くなりつつある頭髪に、丸顔で気さくなおっさん然とした風貌だが、表情から匂いから、確かにスケベジジィとの評判通りの雰囲気だ。
 そうだな、まさにちょうど、その顔の横に漫画みてーなフキダシで、「ぐへへへ」とでも書き込んでやるとピッタリな感じだ。
 向かっている先は当然孤児院。
 このいかにも今頭の中でエロ妄想してます、ってな中年男が実は篤志家で、孤児院に多額の寄付をしに来ている……てのは考え難い。
 強いて言うなら誰かの使い。その可能性は無くはないが……まあどーだかな。
 
 で、そのスケベジジィ顔を晒している河川交易組合警備兵のティドの後ろから様子を伺いつつ後を付けているのは……以前酒場で飯の残り物を集めていた猫獣人バルーティと人間種の混血らしいガキ。
 薄汚れた服に身なり風体。ま、間違いなく両親の元すくすく育っている……とは言い難いだろうガキが、手に小さなナイフを持ちそれを振りかざし───。
 
 茂みの中で羽交い締めにされる。
「暴れンな、コラ、おい……糞、噛むンじゃねえ!」
 出来る限り小声で、少し先を行くティドには気付かれないように口を塞いでそう言い聞かせる。
 コイツの殺意はガチの本物。人差し指くれーのちっぽけナイフで、間違いなく本気でティドの奴を殺そうとしていた。
 何故? てのはまあこれから聞く話。だとしてもハッキリ言えばその殺意はまず不発に終わっていたはずだ。スケベジジィ顔晒していたとしても、あれでも組合の警備兵。ガキの小さな牙が届くような間抜けじゃない。
 たとえ一撃見舞えたとしても、そのまま返す刀で斬り殺されるのがオチだ。
 
「……てめェ! 離せや、このクソ野郎ッ!!!」
 かなり離れたところまで連れて行ってから、口を押さえていた手を離す。
「元気でけっこう。だが言っとくが俺はオメーの命の恩人だぜ。そんなテメーのチンポよりちっちぇえナイフでティドの奴を殺せるとマジで思ってんのか?
 無理だね。お前は間違いなく殺されてた。俺が止めてなきゃあな」
「知るか! 頼んでねえし、ティドもテメーも、ぶっ殺したらぁッ!!!」
 じたばた暴れる拳の先が顎を強打。糞、痛ぇじゃねえかよ! 元気がいいな!
 背後からの羽交い締めじゃまだ足りてねえか。こうなりゃちっとばかしテクを使うか……と、体勢を変えてヒジュルとダーヴェ仕込みの固め技。ガキのわりになかなか鍛えられた身体じゃあるが、鍛えられた“大人の”猫獣人バルーティが体術を使ってきっちり固めりゃ、そりゃあ身動きもとれなくなる。
 じたばたあがくも数分、動けないのみならず体力の消耗も著しい固め技に、次第にぐったりとしてくる。
 
 さーて、大人しくなってからの楽しいお話タイムだ……と思ったときに、がさりと藪を掻き分ける物音。
 
「……マジー、いくら何でもそりゃあダメだろ……どの世界だろうとよ」
「寝ぼけた勘違いしてんじゃねえよ!」
 
 ▼ △ ▼
 
 ガキの名前はアリオ・アルド。名前は猿獣人シマシーマ風だが猫獣人バルーティとクトリア系との混血で、元々はラアルオームで生活していた。貧しい母一人子一人の家庭で、そのクトリア系の母親は二月ほど前に流行病で死んだと言う。
 類縁もなく天涯孤独となったアリオを、母親の仕事の面倒を見ていた親方が伝手を使って“慈愛の館”へと紹介状を書いて送り出す。だが河を下って辿り着いた先は、話に聞いたのとはまるで違う場所だった。
 食事は一日一回、野菜と魚のクズを煮たスープのみ。朝から晩まで何かしらの手先仕事をやらされ、外出は禁止の監禁生活。
 グリロドは“慈愛の母”どころか絵に描いたような“鬼婆”。癇癪を起こしては殴る蹴るの暴行に、お仕置きとして牢屋のような地下室へと鎖でつないで閉じ込める。
 
 我慢できなくなったアリオは、数人の親しくなった孤児達とともに脱走を計るも、ことごとく失敗してさらなる“お仕置き”を受け続ける。
 そして先週。アリオと数人の孤児が、共に「新しい親に引き取ってもらえる」と言われて案内人と共に小舟で河をさかのぼり向かうが、その休憩途中にアリオは案内人達の話を聞いてしまう。
『───今回はどこに届けるんだっけか?』
『“毒蛇犬”のアジトだ。連中この間の襲撃でけっこうガキ共減らしちまったらしいから、新しい奴隷が必要なんだとよ』
 貰い手は新しい養父母でもなきゃ農家でも工場でも商家でもない。おそらくはならず者達に、使い捨ての奴隷兵として売られるんだ、と。
 盗み聞きしてたのがバレて捕まりかけるが、持ち前の素早さを駆使して逃げ出し河へと飛び込む。
 流れ逃げた先はまたもやバールシャム。宿無しや浮浪児の集団の中で隠れつつ、グリロドとその周辺を探り続けての……今だ。
 
「何でそこでラアルオームに逃げ帰らなかったんだ?」
 カシュ・ケンがそう聞くと、
「俺が逃げたら、他の連中がまた奴隷にされて売られちまうだろ。……俺しか助けらンねー」
 とアリオ。
 こいつはたいしたガキだぜ。こんなちっぽけな牙しか持たねえ孤児のくせに、テメー独りで他のガキ共を助けだそうと足掻いてやがった。
 
「そりゃあ分かったがよ。それで何でティドの奴を狙ってたんだ?」
 そう聞くとアリオはこちらの顔色……いや、“匂い”を疑うように睨みつけつつ鼻をひくつかせ、それからゆっくりと話し始める。
「……あいつは、ナキアを虐めとる。そして、グリロドの“呪い”の手助けをしてる手先だ」
 
 ナキアとは孤児院育ちで、そのまま成人し孤児院の雑用を手伝っている南方人ラハイシュの女だそうだ。
 そして今はグリロドの召使い兼奴隷頭。彼女自身は孤児達に優しいが、グリロドの命令には逆らえない。
 孤児達にはいつも、「グリロドも今は色々苦しいから怖いこともしてしまうけど、本当は優しい人なの」と語っているが、アリオはナキアが騙されていると思っている。
「俺の母さんだって、金が無くて苦しいときに酷い真似しちまう事はあったぜ。だからって、ならず者達に金で売ったりなんかしねェ!」
 
「おう、分かるぜ。俺のオフクロも、オヤジが死んで工場の経営苦しくなったときによ。そりゃあボロボロにもなったし、態度も荒れてたりはしたけどよ。それでも、ぜってーに本当に裏切ったりはしなかったぜ!」
 アリオの境遇に過去の、つまりは前世の樫屋健吾カシヤ・ケンゴの人生を重ね合わせて感情移入をするカシュ・ケン。
 だが俺からすれば、実の親だろうとそうでなかろうと、愛情があろうとなかろうと、ダメになるときはダメになるし、やらかしちまうときはやらかしちまう。
 
 問題はグリロドが“変わった”というのならそれがいつからで、何を理由にしてなのか……そこにある。

「グリロドは孤児達をならず者に奴隷として売っている。で、ティドはそのグリロドの“呪い”の手伝いをしてる……。
 “呪い”は印の書かれた所で失踪や盗難が起きる。その“呪い”を匂わせていたよそ者が雑貨商のパドラを盗品商に仕立てようと脅して居た。で、そいつららしきよそ者は、孤児院に時々出入りして、浮浪児や宿無し連中と関わっていた……」
 こりゃ……色々と繋がっては来たみてーだな。
「大当たり……てとこかね、こりゃ~よォ~」
 
 ティドの動きも気にはなるし、孤児院の中も確認したい。とは言えアリオを連れたまま、ってのはそれはそれで問題。そこで取りあえずはカシュ・ケンにアリオを預けて、宿へと連れて行きマハ達とも情報交換。その後再びこちらに来て貰うという流れに。
 その間俺はここで隠れて孤児院を監視し、ティドが出てきたらその後をつけるか、或いは夜中に孤児院の中を確認するか……。
 ま、先走ってむちゃな真似はしないけどな。
 
 離れ際、アリオには聞こえないようにカシュ・ケンは俺にコッソリ耳打ち。
「あのティドの愛人云々の話な。多分相手はアリオの言うナキアって女だ。
 あの感じ、実際のとこ脅されて無理矢理やらされてる……て感じだったぜ。
 しかも……変な薬か何かでも使われてそうだったしよ。
 裏がきちっと取れたらよ~……、しっかりと……カタつけてやんねーとなァ~」
 
 屋根の上から覗き見していただろう様子がどんなものだったのか。カシュ・ケンの面からすりゃ、そこで飛び出して殴りかかりたかったのをよほど我慢したんだろう。
 
 ▼ △ ▼
 
 既に夕日も沈み薄暗くなり始める頃になるが、ティドの奴はまだ出てきそうにない。
 奴はグリロドと連んで情報を流し、その見返りの一つとして孤児院の下働きをしているナキアの身体を良いようになぶりものにしている。
 グリロドは以前はマトモな孤児院経営をしていたらしいが、最近はそうではない。ガキ共を外へ出さずに酷使して働かせ、さらにはならず者達へと奴隷として売っている。
 そのならず者達……全てかどうかは分からないが、その中に川賊達が居るのだろう。
 つまり、組合長の危惧していた「川賊へ情報を流していた裏切り者」は親の代から組合長の家に仕えていたというティドで、それらの情報を元にして川賊は船便への襲撃を計画し実行していた。
 
 そう考えれば、やっぱ中心に居るのはグリロドと見て間違いない。
 “呪い”も、その一つだ。
 
 “呪い”の印は、前世に聞いたことのある裏社会で言う、泥棒や半グレどもの暗号だろう。
 つまり、その地域、家にどういう標的が居て、どういう守りがあるのか、家族構成や人数、人のいる時間帯は何時か……それらの情報を書き込んである。
 その情報源も多分多くはティド。組合内部で得られたそれらをグリロドに流す。
 それをグリロドは様々な悪党連中に流す。下調べをした内容は印に書かれ、それを元に盗みに入るなり殺しに入るなり、攫っていくなり自由自在だ。
 時間がありゃキチンとしっかり印の痕跡を消していくのが望ましいんだろうが、まあそれが必ず出来る状況とは限らない。
 なので後付けで“呪い”の印だとの噂を流して煙に巻く……と。
 ムーチャの見立て通り、“呪い”なんかじゃない。
 
 問題は、グリロドは何時、何故そんな悪党の影のフィクサーみてーな奴になったのか?
 そいつはまださすがに分からねー。分からねーけど、まあ多分、今のグリロドはきっと成り代わりの偽者だ。
 身近で暮らしているナキアにすら気付かれねー程の変装……となるとかなりのモンだろうが、まあそう考える方が自然ではあるぜ。
 少なくとも、“慈愛の母”と呼ばれた中年女が、ある日を境に突然悪のフィクサーになっちまった……てな話よりかは、赤頭巾ちゃんのおばあちゃんは人喰い狼に食べられていました……てな方がな。
 
 ま、何にせよこれは全部仮定、想像の範疇。
 それらが正解かどうかを確かめるのは、ここから先の話。
 
 にしても、だ
 なんつうか、この世界に生まれ変わって一年近くになるが、性格というか気質というか、そういうモンが結構変わってきてる。それが様々な経験によるモンなのか、猫獣人バルーティっつー人間と異なる種族になったからなのかは分からねーが、前世の不良気取りの糞ガキの頃より根気強くなったし観察力もついた。
 既に体感じゃ一時間近くはこうして藪に潜んで孤児院を見張っているが、まあなんだか保つもんだ。
 
 しかしティドもそうだが、それ以上にカシュ・ケンの奴が遅い。カシュ・ケン、というかマハ達全員こちらに来るよう伝えてあるハズだが、何を手間取ってんだ……。
 そう不審に思いだしてから、テメェの間抜けさぶりに舌打ちをする。
 
 囲まれてる。
 五、六人……或いはそれ以上か。
 きっちりと円を描くようにしてゆっくりと、歩調を合わせての動き。軍隊と言う程にゃ洗練されちゃ居ねえが、ごろつきチンピラにしちゃあ出来すぎだ。
 俺は右手に山刀を抜き構えておく。クトリアの地下下水道で死んだ狩人からの貰いもんだが、何気に俺の手に馴染んで来てるそいつを、やや緩めに握り気配を探る。
 
 匂い袋を持って居るらしく、複雑な香の匂いが邪魔をするが、ただのおしゃれじゃなくそれを意図して持ってるのだとしたら、コイツ等は俺が猫獣人バルーティだってことを知ってる事になる。
 つまりは……、
 
「ティド、その新しいダチ共はそんなに馬が合うのか?」
 
 ビクリ、と大きく一人が反応。しかしそれを隠しつつ、そいつは気を張った声で言い返す。
「せやなァ……オマエのちっこい連れよりかは、頼りになる奴らやで」
 ガゴン、と何やら金属のはねて転がる音。
 俺の足下近くに転がったその音の原因は───皮と鈍い金色の鍋を組み合わせて作ったカシュ・ケンの兜。
 
「キィキィ喚いとったで。アホみたいにな」
 俺は一足飛びにへらへらと笑うティドへと飛びかかり、右手の山刀を振るう。
 その右手をティドは僅かな動きでかわして掴むと、沈み込ませた身体を突き上げるようにして俺を投げ飛ばし地面に打ちつけた。
 なんとか受け身を取ろうと身体を捻るが完全には無理。息を吐き出して喘ぎつつ、呼吸を整えようと足掻く。
 
「カハッ! そこがオマエら猫獣人バルーティの抜けとるとこや! おどれの力を過信して、俺ら人間を舐めてけつかる! せやからそうやって安易な攻撃して返されんねん!」
 スケベ顔で大笑いしつつ見下すティドに、俺は
「そうかい、勉強になったぜ」
 と言いつつ、下からその顔面を蹴り上げると、そのまま背筋を使い跳ね上がるようにしてティドの上半身を両脚で挟み込み倒し、絡め捕った右肩をゴキリと外す。
「ふっ……ひぎぃやあァァァァ……!!??」
 
 確かに今の攻めは感情任せで安易だった。ヤツの言うとおりにこりゃ失態だ。
 並みの猫獣人バルーティなら、ティドのカウンターでやられてたかもしれねえ。
 だが俺は“砂漠の咆哮”の一員で、ヒジュルの地獄の特訓を受けている。この程度のカウンターなら、即座に返せる。
 
「スケベ面したおっさんと舐めてちゃなんねェ凄腕なのは認めるぜ。
 けどそれを言うならティド、テメーは“砂漠の咆哮”を舐めすぎだ」
 のた打ち悲鳴を上げ続けるティドを蹴りつけて横へと転がし、改めて山刀を手に残りの連中へと向き直る。
 
 ティドは実際、見た目やウワサ以上にやれる戦士だ。それは今のわずかな攻防でも分かった。
 そのティドの引き連れてたゴロツキ連中は、多分ティドには及ばない。
 周りを囲むこの優位でも、今のを見て恐れてたじろぎ、お互いに目配せしあい戸惑っている様子でも分かるし、何より既に怯えの匂いがしてきてる。
 
「で、どーするよ? 俺としちゃ、別にテメーらをやっつけるところまでは仕事に入っちゃいねーンだよな」
 ティドがわざわざ自分から出向いて来てくれたんだ。コイツ一人確保すれば情報源としちゃ十分だろう。
 が───。
 
 突然の吐き気にめまい、悪寒。いきなり重度のインフルエンザにでも罹ったかに体調が悪くなる。
 何だ? 何をされた!? 毒か? いや、ティドには傷一つつけられてない。空気に毒の粉か何かを飛ばされてたんなら、匂いで分かる筈だがそれもない。
 だがこれは───。
 
「へっ……へへっ……この……ボケが……。
 言うたやろが、あぁ!? オマエ等猫獣人バルーティは……過信して舐めすぎ……なんじゃボケェ……!」
 転がりつつ脂汗を垂らしてティドが言う。ヤツの位置は既に俺を取り囲むゴロツキ連中の輪よりも外。そしてそのゴロツキ連中は、一定間隔に周りを囲みながら、手にはほんのり輝く何かしらの魔術具を持っていた。
 ハメられた。何をされたかまでは分からねえが、それだけは分かる。
 
「……全く、余計な事なんかしないで、最初からアタシの言うとおりにしてりゃ良かったんだよ」
 嗄れた老婆のような声。視界は朦朧とし、呼吸も荒く、その姿も匂いも確認出来ねえ。
「へ、へへぇ、悪かったよ、グリロド……いや───」
 媚びへつらうようなティドの声が、続けてさらに驚くべきことを言う。
「───シャーイダール様よ……」
 

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