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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-42.マジュヌーン 砂伏せの猫(25)-月の沙漠
しおりを挟む「アスィーバ……アズヴァ……アッシヴァー……アッシーマ……」
と、ぶつぶつしょーもねえことを呟き続けているのは足羽の奴だ。
本人曰く、「ええ? マジュヌーン? お前何それ、カッケーじゃん!? 俺も新しい名前考えよー!」と言うことで、元々の前世の名前である「足羽大志」をもじった名前を考え続けているが、それがなかなか決まらない。
大志、の方はいいのか? と言うと、「そっち、元々あんま好きじゃねーの」だそーだ。
けど、俺がマジュヌーンと名乗ることにしたのは、別に「カッケー」からじゃなく、その言葉がたまたま前世の本名、真嶋と響きが似ていて、意味も「精霊憑き」、つまり「イカレ野郎」と言うことだからだが……まあ、改めて考えると自分で自分を「イカレ野郎」と名乗るってのも、ソートー痛いな……。
何にせよ、その真似をしたくて延々と自分の新しい名前を考えてる足羽なワケだが、それがいまいち決まらないとかで悩んでいる。
「チビリ野郎」
と、不意にその足羽に突然そう言う声がする。
「んあぁ!? な、何だァ!?」
「チビリ野郎だ」
「だ、誰がチビリ野郎だ!?」
そのとんでもない罵倒の主はムーチャ。以前俺らと一緒に“砂漠の咆哮”への入団試験を受けたが最終選考で落ちた一人、へちゃむくれのちび猫獣人 。
「アハー、それはね、アッシヴァーだよ」
そう付け加えて笑うのは、同じく“砂漠の咆哮”への入団試験を受け、こちらは合格した“白き踊り子”のマハ。
ムーチャもマハも俺と同じ猫獣人だが、見た目はまるで違う。白くて艶やかな毛並みで長身グラマーなマハと、小さくてまん丸い毛むくじゃらな毛玉みたいなムーチャ。
前世、人間的な感覚だとマハの方がしなやかで美しく、ムーチャはまあいわゆる「ぶさカワ」な見た目だが、その辺の感覚は猫獣人的にはどうも違うらしい。
「アッシヴァーが……何だって?」
「古い西の方の犬獣人の言葉で、アッシヴァーはチビリ野郎って意味ヨ」
「……マジかよ……。響きは気に入ってたのによォ~~~!」
天を仰ぎ嘆く足羽。
雲一つ無い晴天の空に、足羽の間の抜けた嘆きがこだましていく。
この4人が道連れとなって向かっている先は残り火砂漠を南下した先にある獣人の町、ラアルオーム。
残り火砂漠南側の入り口であり高い山の麓でもあるその町は、様々な種類の獣人が集まる所だそうで、俺たち“砂漠の咆哮”の本部もある。
いや、本部……という言い方が正しいのかは難しい所だが、元々定住をあまりしない俺たち猫獣人を中心とした“砂漠の咆哮”は、常にリーダーが居て全体の運営を決定するというような意味での本部はない。
というより正式なリーダー自体存在せず、五人、五種の派閥のトップが居て、大きな決めごとはその五派閥の長による会議で決まる習わしなんだそうな。
考えてみると納得な話。とにかく自由気ままな猫獣人の多い組織で、リーダーまで猫獣人だったらそりゃ組織そのものが成り立たねーもんな。
その五派閥は大きい順から猫獣人派閥、犬獣人派閥、猿獣人派閥、蹄獣人派閥、そしてその他派閥となっている。
蹄獣人派閥というのは 犀人や猪人なんかを含めた、前世の分類で言う偶蹄類とか奇蹄類とか、確か総称して有蹄類だとかの、蹄をもつ草食獣に似た連中全般を指す言葉らしいが、その辺の厳密な定義はどーなってるかはよくわからねえ。
その他派閥はそのものズバリ、今あげた派閥に属さない少数派全般。その他派閥で多いのは所謂爬虫類系の獣人種だそうだが、足羽みたいなレア獣人にルチアなんかの所謂非獣人系もここになる。非獣人系は片手で数えるほどしか居ないので、非獣人系のみで派閥を作るのは無理なんだとよ。
で、そこに行けばそのうちの誰かはだいたい居る、という事らしいので、結果的に本部のような役割になるんだそうな。
なので“砂漠の咆哮”に入った新入りはまずはそこに挨拶しに行くというのが習わし。
その為今俺たちは、他数人の“砂漠の咆哮”の戦士たちと共に、50名近いそこそこの規模の隊商に新人価格で雇われつつ護衛を兼ねて同行している。
犬獣人のカリブルとアナグマみてーな面してたアラークブと言う奴は、別の野営地に犬獣人派閥のトップが居ると言うことでそちらに向かった。ルチアはその他派閥のボスのところに……と行く前に、一旦シーリオからボバーシオへと戻り、装備その他を整え直すとのことで、ひょろブチことスナフスリーと北回りの隊商に同行する。
ムーチャがこちらについてきているのはマハと従者契約をしたからだ。元々ムーチャは「従兄弟が入っているから」という軽い理由で入団しようとしただけなので、入団試験に落ちたこと自体はたいして気にしている風ではない。
気にしているのは……俺や足羽の態度の方だ。気にしてる……というか……まあな。
いや、まあこれは俺らが悪い……てなとこだが、俺たちは勝手にその……人間感覚で言うとかなりおっさん臭い顔立ち体型のムーチャのことを男だと思い込んで居たんだが……まあ、女だったらしい。
胸が膨らんでるかどうかくらいでしか性別が見た目でそうそう分からない猫獣人だが、本来なら匂いで当たり前に分かるものらしい。
だが俺はクトリアの家畜小屋生まれの家畜小屋育ちで、やはりその辺の常識がほとんどない。
匂いの違いに関しても分かる部分とそうでない部分があり、普段の状況では男と女の匂いが、他の匂いよりもきちんと区別できて居なかった。
で、俺と足羽がムーチャを当たり前に男……しかもおっさんだと思っていたことで、どうもムーチャの心証を著しく傷つけたようだ。
ムーチャは猫獣人基準ではかなりイイ女の匂いを持っているらしい。特に同族である俺がその匂いに気づかず男扱いしていた……というのがまあ良くなかった。
で、
「オマエはアホ。チビリ野郎で十分」
てなくらいに足羽も手ひどく言われる。どちらかと言うと足羽は俺の巻き添えの様でもあるが、普段の態度がチャラいことでより攻撃の対象になりやすい。
「むぐぐ……!!」
しかも足羽自慢の【魅了の目】も通じない。何でもこれは、基本的には初見不意打ちじゃないと効きにくく、既に種のばれてる馴染みの相手じゃほとんど効果はないらしい。つまりは第一印象をめちゃくちゃ良くする効果はあるが、その効き目のある内にきちんと好感度をあげる振る舞いをしておかないと、逆にしっぺ返しが来る。今みたいにな。
「じゃあさ! マジュヌーンにも何かそういう意味ないのかよ!? 超ダセェヤツ!!」
「おい、俺を巻き込むなよチビリ野郎」
「チビリ野郎じゃねえ!!」
どうにも俺を巻き込みたいらしい足羽がそう喚くが、ムーチャは
「しらん。あれば良かった。残念」
とそっけない返し。
「ていうカー? どこの言葉ナノー? いつも二人で話しテる変な言葉ー?」
と、そこにそう突っ込むのはマハ。確かに俺と足羽は度々前世の日本語で話したりもしているから、周りからすりゃ不審にも見える。
「あー……多分遠い国の言葉だ。家畜小屋の邪術士に教えられたからな」
と、この辺のデタラメな言い訳は以前二人で相談して作った設定。
「役立たず。そんな言葉知ってても無駄」
ムーチャがそうまた手厳しく言うが、確かにその通り。
それより俺たち二人は、南に向かう以上、猫獣人か猿獣人辺りの言葉を覚えなきゃなんねえ。
クトリア語は人間と交易、交流をしている猫獣人達なんかじゃ当たり前に使われているが、南の方の人間とほぼ交流のない獣人達にはほとんど通じねえ。
南の密林地帯に大きな国を作ってる種族と言えば猿獣人なので、使われている範囲が広い。ラアルオームでもほぼ公用語扱いだ。
「あー、分かってるよ。さっさと日常会話くらいは覚えねーとなあー……」
しかしこの二つ、結構厄介だ。
と言うのも、俺らの前世の感覚で言う「言語」と言うものとは、かなり違ったものらしいからだ。
まず猫獣人語。これは基本的に匂いと短い単語の組み合わせになる。
例えば名詞を言葉で表し、そこに感情や動詞に類する匂いを乗せることで細かいニュアンスを伝える。
つまりある程度の匂いを意識的に発する事と、それを嗅ぎ分ける事が必要で、そこが難しいし、他種族には使えない理由でもある。
「マハ」という名前に「好き」「嫌い」「楽しい」「つまらない」などの感情の匂いや、「戦う」「遊ぶ」「食べる」などの行為を意味する匂いを組み合わせて意志を伝える。
今ならムーチャなんかは「チビリ野郎」という単語に「イラつく、嫌い、バカ」という嫌悪感の匂いを全力で発してる。その匂いは足羽に通じないのは残念だが、猫獣人や犬獣人になら、ムーチャがどれくらい足羽を嫌っているかが見事に通じる。
なもんで、猫獣人はある意味猫獣人同士ではほとんど嘘をつかない、つけない種族でもある。半分以上は匂いでお互いに分かっちまう。
同じ獣人でも、猿獣人なんかは猫獣人に比べて匂いへの感覚はそれほど鋭くない。勿論人間よりは鋭いが、猫獣人の匂い言語を使えるほどでもない。
その意味では比較的人間種の言語に近い構造なんだが、連中は連中で、表情や身振り手振りとを組み合わせて、同じ単語にも細かい差異を表現する。で、その表情の動かし方が、俺たち猫獣人や犬獣人には無理。
人間種の方がまだ覚えられる。
なので足羽と俺は仕方なく、俺が猫獣人の言葉を覚え、足羽が猿獣人の言葉を覚える、という役割分担をしている。
まあ“砂漠の咆哮”や、残り火砂漠の隊商を含めた旅暮らしの連中は、だいたいクトリア語を覚えてたりするから今のところは困ってない。
実際、人間種の言語がこの辺りの様々な言語の中では一番種族を選ばず覚えられるので、ある種の公用語としても機能するらしい。
▼ △ ▼
「休息を取るぞーーー」
前の方からそう声が聞こえ、隊商達はゆっくりと一時停止。
俺たち新人の護衛は隊列の中ほど、大きめの砂ぞりの横に居る。
砂ぞりというのは字の通りに、細かい砂の上を滑るそりの付いた荷籠みたいなもんで、残り火砂漠を旅する隊商がよく使う運搬器具。
砂地から出たときの為に車輪も付けられる。水陸両用ならぬ砂土両用、てなところだ。
この辺の複雑なギミックは、猫獣人じゃなく猿獣人の仕事らしい。
密林地帯を主な生息域とする猿獣人達は、獣人種の中でも特に手先が器用なことで知られている。というかまあ、獣人種の中では最も人間種に近い、て方が正確なのかもしれねえ。
前世の知識で言えば、進化論的にゃあ人間てのは猿から進化してる訳だから、この世界の猿獣人も本は人間と同じなんじゃねーのかな? とも思うが、よく分からねえわな。
で、その猿獣人や人間達は、残り火砂漠を移動する過酷な隊商は作らないらしいが、クトリア周辺ではラクダを使う。猫獣人にもラクダやその他の荷運び用の大型の獣を使う隊商もある。
この“新月の夜風”という隊商部族でもそう。荷運び用、騎乗用に飼育されている大型の獣は何種類か居るが、ここでは主にアルマジロとトカゲと馬の中間みたいな生き物のシャルハサというヤツだ。意味としては甲羅馬、みたいな名前。背中に鱗状の固い甲羅のような皮膚があり防御が固い。
馬より脚は速くないが、タフで過酷な環境に強い。性質は大人しいから戦闘用にはあまり向かないが、粗食で辛抱強いから砂漠での荷運びには最適。
だが、何よりも人間種の隊商との一番の違いは猫獣神の存在だ。
「ナァ~~~~~ヴ」
座り込んで大あくびをする巨大な猫……にしか見えないそいつが、この隊商の守り神である猫獣神、ナーフジャーグだ。
俺の前世知識含めた大型の猫科の猛獣のどれよりもデカい。馬……いや、サイかカバくらいはある。象よりは小さいな。
「おい、新人、ナーフジャーグに水を出しておけ」
そう指示されて俺たちはそのナーフジャーグの引く砂ぞりの水樽から桶へと水を入れてナーフジャーグの前へと置く。
新人護衛はナーフジャーグのお世話係も兼任しているのだ。
「フンフン、フン」
満足げに頷いてからナーフジャーグは水桶へと口の先を突っ込んで水を飲む。
この辺の仕草なんかまるっきり猫そのもので、図体が馬鹿でかい事を除けばまんま普通の猫にしか見えない。
が───。
「フフン、フナーフナフ」
───あー、今の、は……。
「……干し肉も食べさせろ?」
「違う。干し魚を食べさせろ、だ」
ムーチャに訂正されるが、うーむ、惜しい。
猫獣神は猫獣人語、つまり匂いと幾つかの単語を使った言語を扱える。
というより、猫獣神の言葉が猫獣人語の元なんだそうな。
猫獣神は文字通りに猫獣人の守り神であり祖でもある。猫獣人という言葉自体、猫獣神の民、という意味らしい。
俺たちの……つまり前世の常識基準で考えちまうと理解しにくいが、猫獣神と猫獣人の関係はなんというか王族と庶民、みたいなものだ。
つまり、この馬並に馬鹿でかい猫と俺たち猫獣人は基本的に同じ種族で、かつ猫獣人社会においては 猫獣神の方が高貴で上位の存在として尊重され敬われている。
その割に隊商の部族では猫獣神が砂ぞりを引かされてたりするので関係性がよく分からなくなるが、それは「力ある者が弱き者達の手助けをしている」と言うことらしい。
「ナーフ、ナヴニーヴ」
「だめ。匂いが違う」
あー糞、まだ無理かよ。
ムーチャ先生の添削つきでナーフジャーグと会話を練習するというのが、今のところ俺の猫獣人語修得のための日課にもなっている。
「ナーゴム、グールヴ」
頑張れ、若造……と、ナーフジャーグ先生からの励ましの言葉を受けつつ、干し魚を取り出して差し上げる事にする。
さーて、道のりは長いぜ。
▼ △ ▼
ナーフジャーグ先生、というか、猫獣神はみた目通りにめちゃめちゃ強い。
具体的には例えば俺らがフルマラソンで“獅子の谷”へと向かう途中に遭遇した火炎オオヤモリの群れ。あのくらいならば「ひとなで」だ。
馬並の巨体のライオンだと思えば良い。その上魔力を持ってるし個別に何らかの魔法が使えたりもするらしいから、そりゃそこらの魔獣じゃ太刀打ち出来ねえわな。
あのデスクロードラゴンとか言うヤツなら良い勝負になるのかもしんねえ。
そんな馬鹿っ強いヤツが居る隊商に護衛が必要なのか? と言うと、そりゃ必要だ。何せ猫獣神は個体として馬鹿っ強いが王様みてーな存在で、王様にはそれを守る兵士が必要。そして確かに馬鹿っ強いが無敵でも不死身でも無い。
それに基本的にはたいていのトラブルを、王様たる猫獣神にお出まし願う前に下々の者で片付けなきゃならない。
猫獣神に傷でもつこうものなら部族の恥。死なれようものなら一大事だ。
と、こう聞くと何やら「自由気ままな旅の種族」という話と違って聞こえてくるが、猫獣神は基本的に部族ごと一匹……あー、一人か二人、多くても三人くらいしか居ない貴重な存在で、隊商など大きな部族単位で行動している猫獣人の群れにしか居ない。
そして猫獣人の風習として、成人を迎えた者は一旦部族を離れて旅をする。
旅をして、経験を積み、友や配偶者を見つけたら、元の部族に戻るか、相手の部族の一員になるかをする。
中には遊び暮らしに慣れきって部族に戻らない者や、人間の町に住み着いて生涯を終える者も居る。
知り合った中じゃひょろブチのスナフスリーなんかは多分そのクチだ。酒と賭事にハマり、人間の町に居着いてる。
それにアティックの奴も、美食道とやらに邁進したいと言うからには、今更猫獣人の部族社会に戻ろうという気もなさそうだ。
つまり、「旅をして、戻る」という成人の儀式だが、戻らない奴もたくさん居て、人間社会で見かけられる猫獣人と言うのはその「旅の途中の奴」か「部族に戻る気のない奴」がほとんど。
さらには旅先でつるんだ連中同士で新しい群れを作っちまうような猫獣人たちも居て、有る意味では俺たちの“砂漠の咆哮”の原型も、そういう「部族に戻らなかった奴ら」の集まりだったらしい。
ただ、その手の「新しい部族」には猫獣神が居ない。 猫獣神の居る部族と居ない部族とでは、やはり全然違うものとみなされる。
はぐれの部族の中には、色々悪習を覚えて山賊みてーになっちまう奴らも居るらしい。で、またそういう山賊化したはぐれの部族は、猫獣神の居る部族を襲って猫獣神を奪おうとしたりもするらしく、隊商部族にとっては天敵みてーなもの。そこもまた、俺たち“砂漠の咆哮”を護衛として雇う理由の一つでもある。
ただそうやって他の部族から攫ったりしなくとも、長い間一つの部族として結構な規模を保ち続けていると、部族の中から新しく猫獣神が生まれてきたりもするらしい。
見た目が、というか体の構造そのものが全然違うのに、猫獣神と 猫獣人が同じ種族だ、というのもその為だ。
猫獣人から猫獣神が生まれもすれば、猫獣神から猫獣人が生まれたりもする。前世の感覚、常識からすりゃ奇妙な種族……いや、生き物だ。
休息は正午をまたいで夕方近くまでとる。死のロングウォークや獅子の谷での生活と同じく、残り火砂漠でのタイムスケジュール的には、夜明けから朝方と、夕方から宵の口までが基本の活動時間。深夜と正午はそれぞれ睡眠、休息で身体を休める。
簡易テントで日陰を作り、俺たちは食事の後には交代で昼寝をする。
足羽の奴は風を動かす魔術がそこそここなれてきて、暑い日中にも自分の周りにそよ風を起こして少しだけ涼んでいるが、まあうちわで扇ぐ程度のぬる風だ。
今はマハとムーチャが休んで、俺と足羽が見張り。ぬる風を纏わせつつも暑さに喘いでいる足羽を横目に、同じく舌を出してうなだれた俺は、そこで不意に心臓に悪寒が走るような奇妙な感覚がした。
何だ? 何か分からねえが、ちょいとこれはいやな感じだ。そう思って辺りへと視線を巡らせ匂いを嗅ぐと、これは……火薬の匂い?
色めき立ちつつ立ち上がって簡易テントから飛び出すと、四方から煙の出た玉のようなものがいくつも投げ込まれて来るのが見えた。
最初に浮かんだのは爆弾。導火線に火をつけたダイナマイトみてえなモンかと思うが、いやこの世界にはまだそいつは存在してねえはず。
だが取りあえずは跳び上がってから俺たちの近くへと投げ込まれたそれの一つを掴むと、思いっきり遠くへと投げ返す。
その時、その煙玉からの匂いが何なのか思い出した。
「ネムリノキの香だ! 煙を吸うな!!!」
ヒジュルが俺たち候補を最終試験の場所へとコッソリと運ぶ為に使った、眠りをもたらす作用のある香り。
「足羽! つむじ風起こして煙を飛ばせ!!!」
叫んで指示を出すが、暑さで半ば朦朧としてる足羽にきちんと伝わったかどうか……。
周りには既にネムリノキの香の煙が立ちこめ漂い出している。
「フナァ~~……ニャーム」
早速気持ち良くなり始めたナーフジャーグが生あくびを始め、他の隊商連中もふらふらとおぼつかなくなり、これはヤバいと焦り始めたときに、どすどすとした足音が走り寄って来る。
煙の向こうから見えるのはかなりの巨体。砂地で上手く走れてなさそうだが、あの影の感じからすりゃ2メートル半はありそうだ。
俺は左手で口元に濡らした布を押し当てつつ、右手で腰にぶら下げてた山刀を構える。
立ち込める煙の中から現れた巨体へと山刀を振るうが、その刃は鈍い衝撃と共に途中で止まる。まるで分厚いタイヤでも斬りつけたみてえな感触だ。
そいつはその山刀を構えた俺の右腕を掴もうと、これまたぶっとい腕を伸ばしてくるが、すんでのところでよけて飛び退く。
マズい。文字通りに“刃”が立たないだけじゃなく、ネムリノキの香の作用も効き始めて、意識が朦朧としふらついてきた。
心臓の辺りがまたドクリと大きく脈打つ。眠気に反して鼓動が早まり、ある種の痛みとも不安ともとれない塊が鳩尾の辺りからせり上がってくるかのようだ。
右手の拳を心臓の上へと叩き付ける。寝るなよ!? ここで倒れたらそうヤバい。
焦りつつも膝をつき、心臓の中から何かが膨らみはちきれそうになったそのとき───救いの風が巻き上がる。
乾いた砂と煙を巻き上げるつむじ風は、それらを散らして霧散させると同時に視界をも確保する。
「フハハハハ! この“天空を貫く風”、アシヴァ様に、こんな小細工など効かん!!!」
上空で翼をはためかせつつ得意げな足羽だが、くそったれ、遅ェっつーの。
だがこれでまだなんとか反撃のメドが立てられる。
腰に下げてた予備の小刀を手に持ち周囲を探ると、別のところから素っ頓狂な高い声。
「はァ!? 足羽か!?」
……まて、おい、聞き覚えあるぜ、テメーのその声にゃあよ……!?
「おお、マジー、い、生ぎでだ……?」
そして頭上から聞こえる低い濁声。
チンパンジーみてーになった猿獣人の樫屋健吾。
巨大な犀の獣人、 犀人に生まれ変わった歌舞伎役者みてーな名前の田上雷蔵。
クトリア郊外で、俺が宍堂さんに崖下の汚水沼へと突き落とされ離れ離れになって以来からの二月ぶりくらいの再会だ。
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