遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-41.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「ああもう、鬱陶しい!!」

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 テレンス氏の困惑混乱を後目に、改めて母ナナイは、
「じゃ、ちょっと他の連中ともナシつけてくらぁ! また後でな!」
 とかなんとか言ってアルバと共に立ち去って行く。
 残されたテレンス氏とは……うーん、気まずい。
 その気まずい空気を察してか、デュアンが進み出て愛想良く、
「正式な会談はまた後日改めるとしまして……、と。ところでテレンス氏はこちらは初めてで?」
 と話の向きを変える。
 
「あ……いえ。王都解放の際に従軍書記官として随行し、一旦帰国した後も何度か。
 しかしほとんど軍務ですので、貴族街の優雅なお遊びとは無縁でしたね」
 早速外交特使として気を取り直してか、すらすらと丁寧な返し。
「なるほど。ではクトリアの様々な情勢についてもお詳しい?」
「まあそうですね。とは言え今のクトリアについては、これから色々と学んで行くつもりですが」
 
 外交特使との交渉は、これまでティフツデイル王国と、“ジャックの息子”との間に結ばれていた同盟関係を、改めてクトリア共和国とのものとして結び直すことが第一の目的。
 何よりこの新体制のクトリア共和国との同盟が、彼らにとってどだけの利益になるのかを見定める為でもある。
 この特使団の団長だと言うテレンス氏は、なんというか見事なまでの穏健派に見えるが、となると強面担当のビビらせ役は別で居るのか、或いは今回の特使団はあくまで様子見で、正式な条約締結には別の特使が立てられるのか、はたまたこう見えて実はかなりの凄腕外交官なのか……。
 まあ、人は見た目だけでは分からないものね。
 
「そうですか。それでは政治向きのお話はひとまず棚上げにして、私と少し回ってみませんか?
 私はクトリア自体は今回初めて来ましたが、ここは確かに見所満載ですからね。先入りをした分はご案内も出来ますよ」
 デートのお誘い……ならぬ、探りの入れ合い。こういうのは僕よりもデュアンの方が遙かに巧い。
 
「それは良いですね。私もどこからどう見て回って良いものか悩んで居たところです」
「おお、それではさっそく参りましょうか!」
 いかにも品の良さそうな帝国人と、妙に気さくなダークエルフという奇妙な組み合わせ。
「申し訳ありませんが、私の方は所用があります。またいずれ後ほど改めて」
 そう言って僕は離脱。デュアンによる人物観察待ちだ。ヨロシクヨロシクー。
 
 個室はまだ借りたままなので、一旦入浴と魔力循環マッサージを受けたら、お土産を買ってから“妖術師の塔”へと戻るとしましょう。
 そーしましょったら、そーしましょ。
 
 ◇ ◆ ◇
 
 エヴリンドと二人、既に薄暗闇に包まれた貴族街を“妖術師の塔”へと戻ると、エントランスにはもはやお馴染みのアデリアさんと今日はジャンヌも。
「レイちゃん! お土産持って来てん! これな、マヌサアルバ会のお土産なんよ! 一緒に食べよ思うて持って来てん!」
 と、掲げるバスケットの中身は……多分エヴリンドの持ってるそれと同じ。
 小声でエヴリンドに「それ、隠して!」と言ってから、
「良いですね。アデリア、ジャンヌ。上に行って頂きましょう」
 と連れ立って向かう。
 
 この三人がそろっての食事、てのもなかなかお久しぶりだ。
 アデリアは『ブルの驚嘆すべき秘法店』での下働きとして。ジャンヌは遺跡調査団のみならず、下院議員としての勉強に忙しい。
 ジャンヌが北地区下院議員になったのは、実際のところシャーイダールの探索者と地下街のシンパ達によるごり押しでもある。
 
 
 北地区は大きく分ければ三つの勢力に分かれてた。
 一つは当然、地下街を中心にした“シャーイダールの探索者”たち。
 もう一つは地下街、地上どちらにも勢力を持っていたゲルネロという荒くれ男で、別名“ねずみ屋”。
 彼は主に貴族街が棄てるゴミを漁り、そこから使えるものや食べられるものを集めさせたり、下水道を中心にした“狩り場”でオオネズミや地虫、時には市街地にまで入り込んだ穴掘りネズミなんかを捕まえて屋台で売ったりという“事業”をしていた。
 つまりJB達“シャーイダールの探索者”は、富裕層相手の事業者で、ゲルネロ達“ねずみ屋”は、貧民層相手の事業者。
 資金力や武力ではJB達“シャーイダールの探索者”が圧勝だが、貧民層の支持と人数ではゲルネロ達“ねずみ屋”が圧倒的。
 
 で、もう一人の北地区の顔役が、クォンドンという年老いた南方人ラハイシュ
 彼は何に秀でていたのかと言うと人徳、カリスマ性だ。
 金と武力のある“シャーイダールの探索者”達は、直接の利害関係にあった地下街の一部住人達以外からはあまり好かれては居ない。基本的には胡散臭がられ恐れられ煙たがられていた。 
 ゲルネロは多くの貧民達を手下にしてゴミ漁りやねずみ狩りをさせているが、本質的には粗野粗暴で無教養なごろつきの親玉で、当然好かれてはいない。
 それに対して北地区の顔役と誰もが認めるクォンドンは、クトリアが邪術士に支配されていた時期から、今は王の守護者ガーディアン・オブ・キングスと名乗っている自警団の人たちと共に貧民達を手助けしていた。
 
 なので、本来なら彼が北地区下院議員となるのが最も筋が通っているのだけど、彼は早々にそれを辞退した。
「自分はもう年寄りで、馴染みの連中を手助けするので手一杯だ。これからの未来のことは、若い連中に任せる」
 と。
 
 それで、ジャンヌへの支持が高まった。
 勿論ゲルネロ達は猛反対。クォンドンが出ないなら俺しか居ないだろう、と方々で吹聴し、また表に裏にとジャンヌ支持の貧民達への嫌がらせも始める。
 “シャーイダールの探索者”に正面切って喧嘩を売るのは無理だから、その支持者を脅してやろう、というわけだ。
 
 各地区ごとに議員となる代表者を選出するように、との通達は出したものの、具体的な決め方には言及してない。当然それぞれに混乱は起きる。通達を出してからはその代表者決めからの殺傷沙汰などにならないよう、王の守護者ガーディアン・オブ・キングス達にも見回りの強化をお願いしつつ、同時に“ジャックの息子”のドワーフ合金製からくりゴーレム兵も各地区に派遣して治安維持には勤めた。
 それでもまあこういう混乱やトラブルは多々起きはした。残念なことに怪我人も出ている。
 けれどもあえて選出方々を特定しなかったのは、「彼らがどうやって代表者を決めるか」までをきちんと見ておきたかったからだ。
 
 職人と狩人が多く住む西地区は、実に丁寧な話し合いが重ねられ、最終的にはくじ引きでの選出になった。
 南地区では『牛追い酒場』のオーナーである女傑のメアリー・シャロンが「共和国建国記念パーティー」をぶっ続けで行い酒とつまみと割引サービスの大盤振る舞いで代表者になった。まあ分かり易い賄賂政治だ。
 
 市街地で一番揉めた北地区では、最終的にからくりゴーレム兵と王の守護者ガーディアン・オブ・キングス監視の元の北地区会議を開いて喧々囂々の話し合いで決められた。
 最初に地下街側の候補者を決めるとき、彼らにジャンヌを推薦したのは僕だ。
 裏の理由としては、彼女が血統的な意味での王権の後継者である、というのもある。表向きこのことは公表されていないが、万が一血統をもってして自らを王と名乗る者が現れた際の保険みたいなもの。
 ただそれよりも大きな理由は、僕が彼女の本質の中に為政者として必要な資質があると思ったことだ。
 単純な言い方をするのならば「弱きを助け強きを挫き」の精神。
 
 イベンダーの様な相手の懐へするっと入り、利害と欲をうまく操って煙に巻くような話術もない。
 アルバの様な極端なカリスマ性、クォンドンのような人徳もない。
 プレイゼスのパコやクランドロールのクーロの様な権謀術数、その上で時として暴力も辞さない冷酷非情さもない。
 メアリー・シャロンの様に目的のためなりふり構わぬバラまきもしなければ、狩人ギルド長のティエジのように地味で根気よく交渉を続けつつ、時には折れ、時には望まぬ責任や汚名をも引き受ける柔軟性もない。
 
 ただ一点、ただ一つの、彼女が為政者として相応しいと思える資質は、彼女が“灼熱の巨人”へと語った言葉に始まる根本的な精神。
「王権なんざクソだ。意味も何もねえ。あたし等孤児はな、そんなもん無くッたって助け合って生きてきたんだ」
 権力そのものをクソだと言いつつ、それでいて自分の持てるモノ全てを掛けて誰かを助ける事の出来る高潔さ。
 彼女のその資質は、このクトリアが新しく国として生まれ変わる上では欠かすことの出来ない最後のピースになる。
 そう思った。
 
 けれども僕が無理にジャンヌを議員にしても意味はない。議会制を採用する以上、強引なトップダウンでああせいこうせいじゃダメなのだ。
 本当の近道は遠回りにある。北地区の少なくない住人達に納得してもらった上でジャンヌが代表にならないと意味がない。
 なので僕はその北地区会議ではあくまで立会人としてのみ居て、個人的な意見は一切差し控えた。
 
 そこでやはり一番弁舌を振るったのは当然のようにイベンダーだ。
 古くからの顔役でもあるクォンドンを持ち上げて、彼の見解を重要なものと印象づけてから、再び「若い者に未来を委ねる」との言葉を引き出す。
 孤児達を上手く配置してジャンヌのリーダーシップを引き立てる。
 そこで次にゲルネロを貶めるかと思いきや、今度は事業者としてのゲルネロの腕をべた褒めする。
 
 イベンダーの弁舌で不利になると警戒していたゲルネロは、そこで肩透かしを食らわされる形になり、反撃の機会を封じられた。
 そこから「ゲルネロはもっと事業を広げ、また遺跡調査団が公的な業務を負ったのと同様かそれ以上の仕事を得るべきだ」という話を僕へと振る。
 で、その一つがゴミ収集及びリサイクル業の委託だ。
 要するにここでも利権。元々ゴミ漁りやねずみ狩りをやっていた彼らに、その利権を全て任せ、さらには国庫から補助金を出すという法案をジャンヌが提出する、というのが最終的な落としどころになる。
 
 そもそもゲルネロは是が非でも議員になりたかったワケじゃない。ただ単に国が新しくなるというこの変革期に、自分が取り残され割を食うのが嫌だっただけだ。
 西地区ではティエジを中心とした狩人ギルドが作られ、またシャーイダールの探索者達も地下から表に出て新しく遺跡調査団として再編された。そういう新しい波の中で自分にも利権が欲しい。他の連中だけ得をするのは許せない。
 彼の動機はせいぜいその程度のモノだ。
 なので公の場で彼の顔を立てた上で、その利権を得られる道筋を示す。
 とまあ、その辺その流れもまた、イベンダーのもくろみ通りに進んでいった。
 
 
「ほら、これな、めっちゃ美味しいんよ? 甘くてちょっと酸味もあってな。そんでぷるっぷるやねんて!」
 はい、あーん、てな感じにフルーツ入りヨーグルトゼリーを食べさせようとするアデリアに、それをやはり醒めた目で見ているジャンヌ。
 あー、もうね。こちとらその辺諦めてますからね。素直なもんです、ええ。
「あーん……。うん、美味しいです」
「せやろ? せやろ? な? な? これレイちゃんにもめっちゃ食べて欲しかってん!」
「ありがとう。それじゃあ僕からも……」
 ドワーフ合金製のスプーンで白いプルプルのヨーグルトゼリーを掬って……。
「はい、ジャンヌ」
「ふぁっ!? な、なんでアタシだよ!?」
「美味しいですよ。ジャンヌも召し上がれ」
「ア、アタシはいいよッ!! じ、自分で食うからよッ!?」
「遠慮なさらず」
「えーーー!? あたしにもあーん、してぇなあ~」
「じゃあアデリアから……あーん」
「むひゃー! あンまぁ~~~い!」
 
 ふふふ、ジャンヌよ! 三人のうち二人が「あーん」をしていれば、もはや多数派は「あーん」派閥になるのだ!
 
「それでは、ジャンヌもどうぞ……はい、あーん……」
 ぱくりんちょ。
「おお、なかなかうめーな!」
 
「ひゃっ!?」
「……誰だ?」
「あ、母上」
 
 リビングでのあーん攻防戦の最中に現れたのは、母のナナイとデュアン。
「え? 母上て、もしかして……」 
「おう! ナナイだ! いやー、レイフと仲良くしてくれてるらしいな!」
 とかなんとか、まるで小学校の友達を家につれてきたときのオカン的なフランクさでアデリアとジャンヌに抱き付く母、ナナイ。
 ジャンヌはやはり微妙に引き気味で、アデリアは逆にテンション上がりすぎてヒャーヒャー言っている。
 
「うひゃあ、なになに、レイちゃんのママ、めちゃカッコエエやん!? いや、ほんま何なん!? 何なんこれ!?」
 うーん……、色々こう……微妙な感じ!!
 
 実際ダークエルフに限らず、エルフは外見で年齢がまず分からない。いわゆる成人してからの見た目の変化がほとんどないから、人間の感覚で言えば20代くらいの外見のまま200年近く生きることになる。なので祖父祖母、両親、その子供と、三世代の見た目が人間の感覚ではほぼ同じに見えたりもするのだ。
 この辺、生粋のエルフ的にはそう違和感はないけど、人間的な感覚を持っている僕からするとやや変な感じはする。
 ミー様の立ち位置もなかなか難しいもんですよ、ええ。
  
「そうかー? カッコエエかー? んんー?」
「ひゃっ! はい! ほんまアカン! 尊い! めっちゃ興奮する!」
「フハハハ! ほれほれ、遠慮せず近う寄れ」
「ひゃあぁぁぁ」
「ほれほれ、お主も遠慮するな」
「はァ? ア、アタシはアデリアのアホと違うんだから、いいよ!」
「ヌハハハ、遠慮するな遠慮するな! もっと抱きしめてやるぞ!」
「遠慮じゃねえッての!!」
 
 全くもって相も変わらず押し付けがましく暑苦しい。
 毎度ながらの風景に半ば諦め気味の呆れ顔をしつつ距離をとると、横に居たデュアンが感心したようなため息を吐き、
「……ふーむ、やはりナナイ様の社交術は真似できないなあ」
 などと言う。
「いや、僕が言うのも何だけど、あれは真似しちゃダメなヤツでしょ……?」
「いやいや、何を言います。あの一呼吸の間に相手との距離を詰めつつ場の主導権を掌握する。真似しようにもしきれませんよ」
 いやいやいや、だから真似しようとしないで! 
 
 □ ■ □
 
 それからデュアンは自室へ戻り休み、母は僕やアデリアやジャンヌに、ときおりエヴリンドへと暑苦しい愛情表現をしつつ、飲めや歌えの騒ぎをし、ダウンしたアデリアをゲストルームのベッドへと運ぶ。
 ジャンヌは少し早めに土産の残りを持って孤児仲間の元へ戻るとのことで、僕達が貰っていた分も持たせてドワーフ合金からくりゴーレムの護衛付きで帰らせた。
 途中疲れもありうたた寝をしていた僕が、乾いた冷たい夜風にふと目を覚ますと、両開きのガラス戸が開け放たれ、高い塔のバルコニーから夜空を見る母、ナナイの後ろ姿。
 ダークエルフにしては珍しい長い金髪がふわりと風にたなびき、闇夜の空と青黒い肌とのそれぞれと明確なコントラストを描き輝いて見える。
 
 僕は杖を突きつつバルコニーへ出て、母ナナイの横に並んでその顔を見上げる。
「いい風だな」
 遠くのどこかを見つめながら、母ナナイはそうつぶやく。
「はい。砂漠の風は、闇の森のそれとはまるで違いますね」
 土や緑の匂いも森の湿り気もなく、乾いて埃っぽいが、夜風の冷たさはちょうど良く火照った顔を冷やしてくれる。
 
「レイフ」
 その夜風にふわりと浮いた金髪を右手でかきあげ、母が穏やかで優しい笑みを浮かべこちらを見やる。
「良い友達だな」
 
 アデリアはまあかなりの変人で、その上シャレで済まない系どじっ娘な直情径行で衝動的なトラブルメーカー。
 ジャンヌは基本的に無愛想で言葉も態度も乱暴なやさぐれ娘ではある。
 
 偶然の成り行きで彼女らと一緒にダンジョンバトルを共にする事になり、挙げ句はザルコディナス三世に攫われたジャンヌの奪還まですることになる。
 短い期間ながら、それぞれにかなり密度の濃い関係性。
 けど、単にそれだけと言うことではない。
 ただ戦友である、生死を共にした仲である。そういう話じゃあ……たぶん無い。
 
 何故だろうか? そう考えて気付くのは、彼女たちはそれぞれ表への現れ方は違うものの、基本的に「嘘がない」のだ、と言うこと。
 特にここ、クトリアでの生活が始まってからは多くの人間と会うことになり、イベンダーやデュアンの手助けを得つつも交渉やら会食やらを重ねて来ている。そしてそこには、多かれ少なかれ利権の奪い合いに腹の探り合い、嘘と虚飾と欲の積み重ねがある。
 
 そう言うモノの積み重ねの中で、彼女達の嘘のない振る舞いは、僕にとっては結構……かなり? 救いにもなってるように思う。
 
「……うん。そだね」
  
 自分なりの実感を込めてそう返す。
 
「あの……遠くに、ボーマがあるんだってな」
 遠くを見つめる視線の先は西の方、クトリアをぐるり囲む山脈、“巨神の骨”の西側の麓。僕はまだその地下にしか行ったことのない、アデリア達の住んでいた場所。
 
「前に来たときはな。あそこには誰も住んでなかった。
 グラシア・ヴォルタスは気っぷの良い船乗り女で、勝ち気な小娘。日に焼けたそばかす顔はアデリアにそっくりだった。
 アルバの行方を探しに来たんだが、何故か成り行きで海賊退治するハメになってな。火山島くんだりまで船旅しなきゃならなくなるし、しち面倒くせぇったらありゃあしなかったぜ」
 
 あー……、やっぱり? と、以前アデリアから聞いた「一族の救い主でもある弓使いのダークエルフ」の件を思い出す。
 人間社会を旅するダークエルフなんてのは本当に希少だ。まして人間社会のもめ事に首突っ込んで手を貸すダークエルフとなればなおさらに。
 
「アニチェトは王国領で知り合った小僧っ子で、あの人の押し掛け弟子になった奴でさ。なかなかに見所のある奴だったけど、魔術師協会とも馬が合わず、かと言ってザルコディナスの暴政も嫌ってたからクトリアでも師事できるような魔術師も見つからなくてね。
 一緒に居たのは短い間だったが、なかなか面白い奴だったよ」
 アニチェト・ヴォルタス。アデリアの父親で、一年ほど前に魔人ディモニウムの賊との戦いで亡くなっていると聞いている。
 
「───僕の父さんの……」
「そ。アンタの父親の弟子さ」
 相変わらず遠くへと視線を向けたままで、部屋からの薄明かりを背にしたその表情は伺い知れ無い。
 
「アタシ等が人間社会と関わる、っていうのはこういう事だ。
 10年、20年、さらには50年、100年……。アタシ等はそう変わらない。けど人間は瞬く間に成長して、子供を作り、老いて死ぬ。
 人間とアタシ等じゃ時間の進み方が違う」
 
 ───だから、多くのエルフは人間達の社会と深く関わろうとしない。
 それだけ多くの別れを経験しなくてはならないから。
 
 10年後、僕はケルアディード郷ではようやく成人したと見なされている。
 アデリアやジャンヌは、もしかしたら結婚して子供も産まれているかもしれない。
 20年後、彼女達の子供も生意気盛りで、彼女達自身はいっぱしの商人として成功してるかもしれないし、議会の大物として辣腕を振るってるかもしれない。
 30年後、40年後、50年後───可愛いおばあちゃんになって、子や孫に囲まれて、昔話に花を咲かせているかもしれない。
 私達も昔は、ダークエルフのお友達が居てね……なんて話しながら。
 
 僕はその頃……多分今とそんなに変わらない。ケルアディード郷で、同じような日々、同じような生活を続けている。
 本を読み、ドライフルーツを摘まみながら、ハーブティーを飲む。
 そしてときおり思い出す。
 僕にも昔、人間の友達が居たと言うことを。
 
 
「森の外───広い世界への扉を開けて出てきたんだ。
 観るもの、聴くもの、食べるもの、飲むもの、嗅ぐもの、触るもの……全ての出会いに巡り会い───全部取りこぼさずに自分のモノにしろ。
 喜びも、悲しみも、怒りも、寂しさも……全てはかけがえのない宝だ」
 
 いつものような不敵な笑顔。けれどもその影には、また違う想いの欠片が残されているような、そんな気がした。
 
「───うん」
 
 夜風に包まれるしばしの間。それから母ナナイは僕の肩へと手を伸ばし……不意に引き寄せて強く抱きしめると、
「うわははは、愛しの我が娘よ! 寂しくなったら好きなだけ甘えても良いのだぞ!?」
 とか言いながらぐぐりと頭を撫でくり回す。
 ああもう、鬱陶しい!!

 と、そのとき抱き寄せられた顔の位置、母ナナイの胸元にやや固い何か。
「んん、ちょっと……痛い。何、コレ?」
「ん? ……あーー、預かってきたの忘れてた忘れてた。ほい」
 外套の内ポケットから取り出すのは封書。表書きはまあなんともこう、味のあるエルフ文字で僕宛の手紙。
 
「あのちびオーク……ガンボンからの手紙だ」
 
 おおっと。
 王国領から陸路で辺境四卿の領内へと潜入し、戦乙女クリスティナさんを探しに行っているガンボンから───と言うことのようだ。
 
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