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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-32.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「 それ……けっこうキツいですよ!?」
しおりを挟む【貴族街南区・マヌサアルバ会“白亜殿”】
美食で名高いマヌサアルバ会は、豪華な食事とゆったりとした浴場に、さらには美容に良いマッサージ等を提供する。
かつての帝国貴族でも味わえただろうか、と思えるそのサービスの数々は、わざわざクトリアまで来たことが大正解であったと真底思えるだろう。
彼らの“白亜殿”は他のファミリー以上に美しく手入れの行き届いた複合施設で、その建物、庭園の美しさだけでも眼福ものだが、やはり一番の売りは美食である。
料理人達の創意と技術に加え、クトリアで手に入る最高級の素材は、他の追随を許さない。
また、ボーマ城塞で作られていたという最高級の熟成蒸留酒を飲めるのもここだけだ。
彼らは多くが魔術の使い手であり、見た目の優美さに反して、決して侮ってはいけない相手でもある。
食にこだわる彼らに対して口さがない中傷も絶えないが、筆者としてはそれらの全ては根も葉もない噂であると思っている。
■ □ ■
───と、以上は『ミッチ・イグニオのクトリアの歩き方』よりの引用。
前段のサービス内容に関しては体験済み。驚くほどのリラクゼーション施設であり美食だった。
クトリア王都解放からたったの五年。その短い期間に貴族街の中だけこうまでの復興をとげ、またその主産業が娯楽であるという有る意味かなり奇妙な状態になっているのには、やはり相応の奇妙な経緯があるという。
王都解放の始まりは、クトリアを占拠していた邪術士のあるグループが、マクオラン遺跡の奥深くにあった転送門を発掘し再起動させたことからだ。
その邪術士達はそこから現在のティフツデイル王国領内への秘密の裏口を手に入れた。そしてそこからティフツデイル王国内へと密かに侵入し、様々な邪術の実験や、そのために必要な素材、道具そして奴隷を集める活動を始める。
何より彼らが欲していたのはどうやらティフツデイル皇帝の血筋の人間だったらしく、当時の国王であり、かつてのティフツデイル皇帝の弟であったセイヴィア王とその娘リシティアミシスの暗殺と死体の奪取を目論んだ。
それを防ぐ際に王国の英雄マグヌス将軍が死に、そこから後継となったリッカルド将軍率いるクトリア邪術士討伐軍が動く。
……と、ここまでは以前から知っていた歴史の話。
そこから先、つまりリッカルド将軍によるクトリア邪術士討伐が成し遂げられ、解放された瓦礫の王都で何が起こったか。
まずリッカルド将軍は王都の邪術士達を悉くに殲滅し、ひとまずの平定を成し遂げた。この討伐には王国に拠点を持つ魔術師協会も大きく関わっているとかで、主と称される大魔術師達も参加していたりもする。
とにかくそうして邪術士勢力を殲滅し追い出しはしたものの、クトリアに大量の軍を常駐させることは出来なかった。何せ未だに本国周辺の政情は不穏なまま。
その混乱期にまず真っ先に王都へと乗り込んできた現地の大勢力が、現在“大劇場”を拠点としているプレイゼスだという。
彼らのボスであるベニートはかつての王朝期に劇場支配人だった男の息子で、幼少期には実際劇場暮らしをしていたらしい。最も思い入れのあるまさに“故郷”と呼べる場所への帰還を果たしたかったのだろう。
その他にもより小さく雑多なゴロツキ達が押し寄せる。少しでも名の知られた者達には、例えば“金貨団”だとか“蠍団”、または“毒蛇犬団”とかが居たらしいけど、そいつらは今では追い出されるか、壊滅させられたか、他の勢力に吸収されたかしている。
次に来たのがクランドロール。クランドロールは元々ボーマ城塞を根城にしてた元傭兵団の荒くれ達で、彼らが来たことでプレイゼスを除く小勢力は完全に貴族街から排除される。
人数に勝り、また密偵や暗殺、毒使いなどに長けたプレイゼスと、まさに豪腕、武力において上回るクランドロール。
この二者が貴族街の、つまりは王も無く邪術士も消えたクトリアの新たな覇者となるべく対立していたそのときに、いつの間にか“白亜殿”に居たのが、マヌサアルバ会。
誰も、彼らがいつ、どこから現れたのかを知らない。ただいつの間にかそこに居た。
この三者が揃ったときに、初めて貴族街に“ジャックの息子”の古代ドワーフのからくりゴーレム軍団が突如として姿を現す。
そしてその圧倒的な戦力を背景にして、三者に半ば強制的に協定を結ばせた。
ここまで、王都解放から半月と少しほどの出来事だと言う。
色々疑問はある。
まず、“ジャックの息子”はそれだけの戦力を持ちつつ、また“妖術師の塔”に潜みつつ、何故25年もの邪術士専横の時代を許したのか?
その答えは直接の本人───ではなく、本、知性ある魔術工芸品の弁によれば、自らの力を邪術士の誰かに支配されることを一番に避けたかったかららしい。
彼……“ジャックの息子”は疑似人格を持ち思考することの出来る知性ある魔術工芸品だが、あくまで道具でしかない。
そして彼にはクトリアの保護や統治の補佐をする機能と、クトリア全土の古代ドワーフによる人為的魔力溜まりを管理する機能がある。
邪術士達がその存在を知り、何らかの方法で彼───“ジャックの息子”を所有、支配してしまえば、彼の持つ様々な力を使えるようになる可能性が出てくる。
そうなれば、“妖術師の塔”はもとより、古代ドワーフ合金のからくりゴーレムも彼ら邪術士達の支配下におかれてしまい、邪術士たちの力はさらに強大になる。
また、僕がやった“王の試練”をクリアされ、正式な王として認定されてしまうのは何よりも避けたい。
道具に過ぎない彼は、邪術士の誰かが支配者になればその命令に従わねばならない。しかし本来の責務からすれば、彼らが自らの所有者となれば、クトリアは益々滅びの道を辿るだろう。
さらに言えば、そのときすでに死霊怨霊と化したザルコディナス三世がアルベウス遺跡の地下にある隠された魔力溜まりに取り憑いていて、大いなる巨人達がその力を抑えてはいるものの、機があれば復活し再び王権を得ようと狙っていることも分かっていた。
生前のザルコディナス三世ならば王権を保証することは出来たが、悪霊と化したザルコディナス三世では基本原理に反する。
例えるなら、ロボット三原則に矛盾が起きたようなものだ。
クトリアの王権を補佐し、維持するべきという基本原則においては、邪術士達や悪霊と化したザルコディナス三世に王権を奪われることは最も避けねばならない。
それが結果として、25年もの邪術士達の暴虐非道を看過することになっても。
それを酷薄で非道だと非難するのも、さぞかし心苦しく辛かったろうと同情するのも、あくまで道具に過ぎない知性ある魔術工芸品の“ジャックの息子”を擬人化して捉えすぎている。
知性があり疑似人格を持っていても、“ジャックの息子”はあくまで高度な人工知能みたいなもので、定められた基本原則に沿った思考、行動しか出来ない。
それでも───邪術士たちが王国軍により排除された後に、王権を受けるに足るものが現れるまで、つまり僕がクリアした“ダンジョンバトル”の勝者が現れるまでの臨時の支配体制を確立させるべく、三大ファミリーを利用し、また王国駐屯軍との同盟を結んだことは、かなり高度かつギリギリの判断だったと思う。
ここにもまた基本原則のせめぎ合いがある。
より安定し繁栄を求めるならば、“ジャックの息子”がその持つ力を万全に使い、自らを王と詐称し統治支配した方が効果的だったかもしれない。
しかしそれはやはり基本原則に反する。彼の役目はあくまで「王権を授けるに値する者を審査し」、また「その王権の維持を補佐すること」で、決して彼自身が統治者として君臨することではない。
その為、よくあるSFの「人工知能の反乱により人間が支配される高度な管理社会」にはならなかった。
とにかく、邪術士たちよりマシで、また操りやすいと見なされた三大ファミリーを利用して、初めて自らの存在を───力ある魔術師であるかに偽りつつも表に現れ暫定的な政治体制を作る。いつかまた王の試練を乗り越え、ザルコディナス三世を滅ぼし、新たな体制を作り出す者が現れるのを待ちながら、だ。
そして───話を今の問題に戻すと、その三大ファミリーの中で最も謎めいているのがマヌサアルバ会だ。
“ジャックの息子”は“生ける石イアン”の本体で、同様の性能を持ってはいる。けど“生ける石イアン”が使っていた能力の一部は“王の試練”用にカスタマイズされたもので、その圏内でしか使えなかったり、限定的あったりもする。
特に鑑定、つまり“味方”として登録された対象の様々な能力を査定して数値化、リスト化する例の力は、三大ファミリーのように利害に基づく協力関係の相手には上手く働かない。相手側の心理的抵抗が関係するらしい。
それでも大まかな概要くらいはある程度分かる。
正会員と呼ばれる者達は皆高い魔力と魔術への理解がある。特に闇属性のものへの適性が高い。
準会員と呼ばれる者達はその正会員に忠誠を誓う従士で、多くの者が高い戦闘能力を持つ。
彼らのその力の源は何なのか。また邪術士専横の時代、それ以前のザルコディナス三世の暴政の時代にどこにいて何をしていたのか等、出自来歴は一切不明。
その洗練された所作振る舞いから、クトリアの元貴族ではないかと噂されはするが確証はない。
そして同じく確証のない噂が他にも……たくさんある。
■ □ ■
「殺される───とは、どういう事ですか?」
エクトル・グンダー。王国駐屯軍の前哨基地でもあり転送門のあるマクオラン遺跡の西側で牧場を経営するクトリア食肉産業の大物。
けれども彼が育てる牛やラクダ等々の家畜は、ほぼ王国駐屯軍かマヌサアルバ会と取引され、市街地の貧民の食料となることはまず無い。
なにせ土地は痩せているし、家畜目当てに危険な野生動物や魔獣、さらには山賊なんかもやってくる。
王国軍と提携することで保護を得てなんとか被害を少なくしているが、潤沢な食料生産を実現するのはまだまだ難しい。
そのエクトルが沈痛な面もちで告発する内容もまた、「確証のない噂」に基づく憶測であり危惧。
「あいつら……マヌサアルバ会は貴族ぶって澄ましてはいるが、本性はイカれ邪術士の生き残りだ。
昔から噂はされていた。だが王国駐屯軍以外で金になる取引先はあいつらしか居ない。だからそんなのは噂にすぎないと自分を騙して、取引を続けていた……。
あんたは最近クトリアに来て、しかも“ジャックの息子”の代理人なんだろ……? 奴らより立場は上……なんだよな?
奴らの裏の顔を暴いて、息子を……テオを救い出してくれ……!」
いつもの取引のため貴族街へと来たのが六日前。
しかしいつもなら遅くとも三日もあれば戻ってくるもののまるで音沙汰なし。
妻や他の子達に先立たれ、三十路近くにもなる放蕩息子のテオを溺愛しているエクトルは、心配になり護衛を連れてやってくる。マヌサアルバ会でその消息を訪ねるもとっくに帰った、その後は知らぬの一点張り。
そこで脳裏によぎるのは以前からある不穏な噂───マヌサアルバ会は秘密裏に食人の儀式をしているというそれ。
エクトルのよく日に焼けた顔に刻まれた深い皺の数々は、彼が実直で日々の労働に勤しむ誠実さを持つことを現している。
そしてその深い皺に見え隠れする苦悩と悲しみもまた事実だろう。
とは言えそれがそのまま、彼の告発、疑念の正しさを証明するわけではないのも確か。
エクトルのこともマヌサアルバ会、アルバのことも同等に「良く知らない」以上、僕が最も公正公平にそこにある事実を確かめることが出来る立場なのは間違いない。そしてそのことがどういう結果をもたらすか───。
「───で、どうするつもりだ、レイフ?」
エヴリンドが去っていくエクトルとその護衛達を窓越しに見送りつつそう聞く。
「面倒な話だぞ。その上馬鹿げてる。こんなゴミの山でくだらん人間どものもめ事になんぞ首を突っ込むからこういう事になる」
エヴリンドは基本的に僕がここでクトリア共和国に関わることに否定的だ。まあ当たり前っちゃ当たり前。母のナナイのお供兼お目付役として旅をすることは何度かあったらしいけど、エヴリンドの性格やものの考え方に価値観は、いかにも闇の森ダークエルフらしい実直さだ。
人間達の社会と関わることは無意味で下らないと思っているし、闇の森での生活にも何ら不満はない。
そのエヴリンドに半ば呆れられ気味に見られつつも、エクトルには「調べておきます」と答えてしまった僕ではあるが、しかし何からどう調べて行けばよいのやら。
「あー、デュアン?」
まずは、マヌサアルバ会“白亜殿”の中庭にある噴水の脇で沈痛な面もちで座り込んでいたエクトルへと声をかけたことで、この話を持ち込んで来たデュアンへと確認をする。
「はいはい」
「その~……噂? とか? どーゆー感じなの?」
「はいはいはい、そうですねー。
まず、彼らへのその手の噂は実は結構かなりあります。
秘密裏に食人の儀式をしている、に始まり、まあ邪術士の生き残りである、実は“半死人”の本当の成功例の魔人である、美容マッサージをされながら眠ってしまうと生命力を吸い取られて寿命が縮む、実は料理の食材も人肉である、会頭のアルバは昼と夜で年齢が変わる、会頭のアルバは実は男で会員たちはみな彼の愛人である、会頭のアルバは実は千年以上生きている、会頭の……」
「ちょ、ちょ! 後半ほぼほぼアルバさん絡みじゃん」
「───とまあ、あげていけばきりがない。きりがないので止めておきますが、他のクランドロールやプレイゼスに比べればその手の不穏な噂が三、四倍はあります」
うーん。まあ出自来歴の不明さに加えて魔術の使い手で、本人達も常に顔半分をマスクで隠していたりするし、そういう噂が多いのも仕方はないかとは思うけど……それにしても多いねえ。
「で、推量ですけど、その中三分の一は自然発生的なもの。三分の一は商売敵の他のファミリーが流したと思われるもの。で、最後の三分の一が、マヌサアルバ会自身が流したものと思われますな」
ほい? あら、そうなの? というかよくそんな分析出来るね。
「シンプルに、市街地含めたクトリア王都内全体に流れてる噂と、貴族街で特に囁かれている噂と、マヌサアルバ会の近辺で流れてる噂との比率でしかないですけどもね」
なるほど。確かにシンプルではあるけど、そういう噂分布の傾向が分かれているのなら、確かに考えられなくもない。
「何だ、その噂の出所の違いは?」
エヴリンドのその問いに、
「つまり、嫌がらせとして意図的に流された噂と、逆に噂を増やすことでそれを打ち消そうとした噂と、それら意図的に流されたデマではない噂がある───ということだよね?」
と僕が確認する。
「ええ、恐らくそうでしょーなー。
意図的な妨害としての噂の出所は多分プレイゼスです。
まず、自然発生的な噂が市街地含めたクトリア全体に広まり、それに便乗する形でプレイゼス辺りが嫌がらせとしてさらなるデマを流し、それらを受けて敢えてバカバカしい噂、デマを流して、“マヌサアルバ会への噂”そのものを“バカバカしいもの”と認識させようとした───。
多分そう言うことですなあ。あ、ちなみに会頭アルバ絡みは恐らくマヌサアルバ会が意図的に流したはぐらかし目的の噂でしょうね」
ほー。会頭自らネタ化させようというスタンスか。
策士よのーう。
「───で、ですね」
と、ここでやや顔を近づけてシリアス口調に。
「それらのはぐらかし目的の噂の効果もあってか、今じゃ“マヌサアルバ会の不穏な噂”それ自体、ほとんどの人たちはまともに信じては居ないようです。もはや定番のお笑いネタと思われてる節もある。特に貴族街に来る客や取引相手、関係住人達のあいだでは。
けど、その中でも食人の噂は、どうやらマヌサアルバ会への不穏な噂の中ではかなり古くからあるもののようです。
そしてこの噂に関しては、『目撃者の証言があった」というのももれなくついて来ますね」
目撃証言……とは言うが、かと言って具体的に誰のものかはハッキリしない。まあそれはそうだろう。
「その証言によれば、彼らは狭い室内に祭壇のようなものを設えて、建てられた十字型の柱へと括り付けられた人間を囲み、呪文のようなものを唱えながら一人がまず進み出て括り付けられた者をこう……抱き寄せるかのようにしてから、首筋へと噛み付き、ここ、そう、ここら辺ですね。ここを……ガブリ! ……で、顔中血まみれにしながらニタァ~……と」
身振り手振りを交えつつの熱演をするデュアンに、
「───デュアン、今、ちょっと怖がらせようとしたでしょ?」
と一言。
「あ、分かります? てか、怖くなかった?」
「……熱意は伝わった」
何をしたいんじゃチミは。
「何にせよ、やはりこの食人の噂だけ、他のものとはやや毛色が違ってます。
古くて具体性があり、ディティールも細かい。まあ勿論、伝搬途中で変化があったでしょうし幾つかのバリエーションもありますが、基本は今話したようなものです」
なるほど、つまり───。
「マヌサアルバ会が流した他の噂は、この食人の噂を別の噂で埋没させるのが目的……」
「の、可能性はあります」
そう仮定すると、この食人の噂はマヌサアルバ会にとってはかなり消し去りたい噂───とも考えられる。
まあ勿論、普通に考えて美食を売りにした店に食人の噂なんて立てられるのは普通にたまったもんじゃない。ましてきちんとした検証が出来るような環境じゃないし、出来たところで信じない者は信じない。
そう、それこそエクトルのような立派な大人で、しかも取引相手でさえ、いざこういう事が起きれば疑い深くなり根も葉もない……なさそうな噂をまるっと信じてしまう。デマの拡散というのは、それくらい恐ろしい。ときにはとんでもない大虐殺の引き金にすらなるのだ。
「で、エクトル氏についてですがね」
と、デュアンが今度は別の角度からの情報検証に入る。
「人柄については毀誉褒貶様々ですが、共通しているのは何にしろ仕事にはまじめで堅実、という所ですね。
その上で欲深で業突く張りだと言う者もいれば、誠実で献身的と言う者も居ます。
ただそれらの評価の変わり目とも言えるのは、妻と二人の子を失ったことからです。
数年前に魔人の賊が牧場を襲撃したことがあり、その際に妻と娘一人 、次男一人を殺された」
詳細は省くが、聞くだに痛ましい話ではある。何せ殺された家族達は、生きたまま焼かれたあげくに"食われた"かの形跡が残っていたのだという。実に残酷でおぞましい。それを踏まえれば、エクトル氏がマヌサアルバ会の“食人の噂”に過敏になるのも止むを得ないとも言える。
「それ以降、エクトル氏は周りの人間を遠ざけ、信頼しなくなり、また長男のテオを過剰に溺愛するようにもなったらしいのですが、そのテオはというとこれまたその頃から怠け癖がひどくなり、ろくに働かず賭けや酒色におぼれる放蕩息子になり果てたとか」
事件のショック、反動から、ということなのだろうが、しかしどちらも正反対でかつ両極端に現れたもんだ。
「じゃあ結局、そのバカ息子がただ羽目を外して遊びほうけているだけなんじゃないのか?」
聞いてる限りだと、エヴリンドのその推論の可能性が一番高く思える。
「ま、その辺はまた色々調べてみないと分かりませんね。どうです? レイフ、取りあえずちゃちゃっと」
いや何を気軽に言ってくれちゃってるんですかデュアンさん?
「そんな簡単にちゃちゃっととか出来ないよ」
「いや、出来るでしょ、レイフなら。あのインプ使えば」
……あー。
「そうか……僕の熊猫インプ、ダンジョンバトル中にかなり成長したしなあ」
闇の森に居た頃には正直ほとんど役に立たない程度の能力で、しかも闇の森全体の闇の魔力の影響でイマイチ扱いづらかった僕の使い魔の熊猫インプだけども、ダンジョンバトルで使い続けている内に、結びつきも強くなり、また魔力も高まっている。
それには“生ける石イアン”による補正もあったものの、ダンジョンを出てからもある程度の能力向上が残っていた。
何より特に、姿や気配を消して、偵察や探し物をするのにはかなり長けてきている。つまりぶっちゃけ、覗き見し放題だ。
マヌサアルバ会なんかは魔法の守りも多いのでそうそう簡単には探れないが、プレイゼスやクランドロール、それに他の市街地ならばまず大丈夫だろう。
つまり、マヌサアルバ会以外の場所にいる可能性を一つずつ丁寧に潰していくことが可能……と。
「うーん。けど、手掛かりが何もないとなあ~」
「それならこちらを」
すかさず渡される簡素な指輪。
「これはエクトル氏から借りておいた、テオの指輪です。ここに残っている匂いや魔力痕を元にすれば、本人確認は出来るかと」
手回しイイな、おい!
「あー、てか、テオって魔力痕残すくらいの魔力持ってるの?」
エルフや魔術師ならば、本人の魔力の痕跡から探し出すのは比較的可能だ。もちろん本人が隠している事もある、というかたいてい隠すけど。でも人間のほとんどは魔力を持たないか、持っててもごく僅か。なので魔力を頼りに探し出すのは難しい。
「一時期魔力循環訓練のまねごとをしていた事があるそうです。とは言えそれほどの才能も適正も無かったようですが、幾つかの簡易魔法を修得し、身体能力向上をさせる程度には魔力を鍛えられたようですね」
ふむ。魔力量にもよるけど、それなら追えなくもない……か。
「んーーーーー。まあ、じゃ、とりあえず探せるだけ探してはみますか」
僕はそう言うとデスクのパネルを起動させ、貴族街と市街地の地図を表示させる。
「さーてと……どこから、行き、ますか、ね……と」
ひさびさに熊猫インプさんを呼び出すと、召喚された熊猫インプはくるりと空中で一回転しながら着地して一礼。
おお、ちょっとしゃれめかしたことするじゃないの。
「いやー、ひさびさに見たけど、可愛いなー!」
楽しげにそれを見るデュアンに、
「……ふん。惰弱な姿だ」
と不機嫌に吐き捨てるエヴリンド。ふふん、いいの! 別に戦わせるわけじゃないんだし!
パネルを睨みつつ思案してると、生あくびをしたデュアンが「それじゃ」と言いつつ退室しはじめ、
「え? デュアン寝るの!?」
驚いてそう聞き返すと、
「え? いや、そうですよ。私残ってても何もやること無いですし、部屋で情報整理したら明日に備えて寝ますよ?」
うう……! た、正しい! 正しいけど……!
そうだね、おやすみ、なんて声をかけつつ横目でエヴリンドをちらり。
僕の護衛と言うこともあり、僕が何か仕事してる限りは休めないエヴリンドは、やはり不機嫌そうにこちらを見てる。
「あー……そうだね。エヴリンドも……もう遅いから、とりあえず休んでくれても良いよ……?」
そう提案をしてはみるものの、
「護衛が護衛対象より先に寝るわけないだろ」
と一言。
た、正しい! 正しいけどっ……!
エヴリンドに睨まれながら二人きりとか、いや、それ……けっこうキツいですよ!?
けっこうっ……!!
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