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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-29.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「ほーら見ろ! 他人事じゃないぞ!」
しおりを挟むこちらは打って変わってのフルオーケストラ……は、言い過ぎながらも、幾つもの弦楽器に笛、ドラムのリズムを重ねに重ねた軽妙でゆったりとした音楽。
それに合わせてステージ上では、白くて艶やかな毛並みの猫獣人女性を中心とした踊り子達。クトリアに古くから伝わる腰を横にくねらせる艶めかしい集団舞踊だが、センターの猫獣人はそこに所謂剣舞の動きも取り入れて、両手にそれぞれ握っている豪華な飾りの曲刀を縦横に振るう、まさに優美で洗練された見事な舞。
薄桃色のベールで顔を隠し、また豊かなバストはほぼ露わにしていながら、腕と脚には切れ目の入った薄絹の袖を纏わせ、手首、足首の装飾品で留めている。
妖艶でありながらも単にエロチックなだけじゃない。そのゆったりした薄絹のはためきもまた、彼女の舞の素晴らしさを際立たせていた。
剣舞を交えた踊りは楽曲の変化に伴い激しさを増し、次第にその動きも大きくダイナミックなものへと変わる。まるで本当の敵と対峙しているかのようでもあり、また悪鬼邪霊を祓う神聖な祈りのようでもある。
ひときわ大きな音がクライマックスを告げ、ドラのような金属製の打楽器がジャーン、ジャーンと打ち鳴らされると、大きく跳躍した白い猫獣人の踊り子は両手の曲刀を高く放り投げ、ステージの下、最前線の特等席で観ていた僕らの前に着地し、と同時に落ちてきた曲刀をその両手にすっぽり収めて受け止める。
ゆるりと立ち上がり、これまた優美な物腰で一礼。他の踊り子達と共にステージ裏へとはけて行くのを、僕ら含めて全観客が万雷の拍手で見送った。
いや、圧巻。感動。ちょっとサブイボ立つレベルのエンターテイメント。
「どぉ~ですかねェ~、ウチの踊り子達はぁ~?」
赤地に金糸の刺繍が入った独特の袖無しサーコートを身にまとったプレイゼス副支配人のパコという人は、油で丁寧に撫でつけられた髪をさらに撫でつつそう聞いてくる。
「……素晴らしいです。とても、とても、素晴らしいです……」
ため息混じりに掛け値無しの本音でそう言うと、
「いやいや、そうでしょう、そうでしょうよ~。
これだけの踊り子は、王国にだって居やあしないはずですぜぇ~?」
と喜色満面。言うなれば「確かな手応え」を感じてるだろう反応だ。
三大ファミリーとの個別会見の二日目。厳密には間一日を明けての二日後。本日は様々なステージでのショーエンターテイメントを提供してくれるプレイゼスで昼から観劇三昧だ。
ここにはいくつかの小ステージのあるフロアと、中ステージのあるフロア。そして今居る大ステージのあるフロアとがある。
小ステージと中ステージのフロアは、メインとしては賭博場。常に何種類かの賭事が行われて、その脇で簡単な軽業芸や手品に楽曲演奏、たまに演説会……この場合はなんというか時事漫談みたいに、最近のニュースや風俗、巷間の噂なんかを面白おかしく話す話芸なんかが披露され、賭けに飽きたり種銭が厳しくなった客を楽しませ、また演者たちはチップのように小銭をもらっている。
中ステージだともう少し高級な、手の込んだ演目になり、密談向きの個室なんかもある。
そしてこの大ステージは完全に観劇の為の空間。別料金を払い入場して、それらを観ながらちょっとした飲食をしたりもする。
昼に入場した僕らは、まず最近の一番の売りである『センティドゥ廃城塞の戦い』という歌劇を観た。
この歌劇というのは、まあオペラとミュージカルと舞台演劇と、あとは講壇を足したり引いたりしたようなもので、ナレーターというか語り部役がまず一人現れて、「いついつどこどこでこれこれこういうことがあり~~」みたいな物語の概要や背景説明的な口上を述べて、そこから音楽や舞いが始まり、舞台上の演者が歌いながら飛んだり跳ねたり泣いたり笑ったりと物語を進める。
なんというか、総合エンターテイメントとでも言うかのようだ。
この話は実話を元に脚色しているとかで、元となった戦いにはJBやイベンダーも実際に参加している。参加はしてないけど、ジャンヌやアデリア、ガンボンも現場には居たのだ。もちろん歌劇には出てこない。
というか話を聞くに時系列的には、僕が土の迷宮の盆地の中でそこの敵キーパーであるドリュアスさん率いる魔獣軍団と死闘を繰り広げていたちょうどそのときに、表側では王国駐屯軍と、凶悪な魔人の山賊たちとの戦争が行われていたらしい。
考えてみるとあの場所で「とりあえずダンジョンバトルとか抜けちゃって、山にトンネル掘って外出ちゃおうぜー!」とかやらかしていたら、そのまま激戦の最中にズームイン! してたかもしれない。いやー、しなくて良かった。
ただその脚色というのが、なんというかかなりのもので、恐らくイベンダーやJB達をモデルにしてるだろう元シャーイダールの探索者達は、この話の中では「かつて邪術士の奴隷として使われていた者達が、ニコラウス隊長と王国駐屯軍の高潔な志に感銘を受けて、自ら命懸けの決死隊として潜入した」というような設定になっている。
イベンダーのヘンテコ金ピカ鎧はそれほどの力もなく、彼らの活躍は基本的にはあくまで内側から城門を開くまで。
そこからニコラウス隊長率いる駐屯軍がなだれ込み、三悪と呼ばれる魔人達をバッタバッタと打ち倒す……という展開。
そこには他にも、“狂乱の”グイド・フォルクスと呼ばれるかつての闘技場の悪役剣闘士や、“金色の鬣”の異名を持つ美丈夫の北方人の元剣闘士ホルストなんかも絡んで来て、この二人の関係性というのがまたこう、ある種のプラトニックラブな解釈込みでロマンチックにも描かれる。
“猛獣”ヴィオレトの呼び出した岩鱗熊とのガチンコ殴り合いで瀕死の重傷を負ったグイドを、助け起こしその手を握るホルストに、グイドはこう告白する。
「俺はかつて邪術士の奴隷となり、望まぬ殺し合いをさせられ続けていた。だがその俺の闇に閉ざされた心の中にあった一つの光。それはホルスト、お前の気高く美しい存在だった───」
これもう、ほぼ愛の告白じゃん? ここがまあ盛り上がる盛り上がる。めっちゃ高らかに歌うし。
そして魔獣達に囲まれて二人とも終わりかという場面に───ジャーン! と、ニコラウス隊長とその親衛隊が現れて二人を救う。
「貴様ら卑しき魔人どもに、この二人の高潔なる魂を汚すことなど出来ない! 」
決めゼリフ。
よくよく物語を追うと、実はこのニコラウス隊長は自分自身で敵をきちんと討ち果たすシーンはほとんどなかったりするんだけど、そこがまた上手いところで、誰かが敵を追い詰めつつも最後に討ち果たせず、ヤバい、ピンチだ! という展開になると、「いよ! 待ってました!」という具合にニコラウス隊長が現れて巧いこと敵を倒せる流れになる。なんかある意味越後のちりめん問屋のご老公よろしく、「グイドさんや、ホルストさんや。やっておしまいなさい」と良いとこだけ持って行く感じ。
まー、何にせよ大迫力だし大興奮。圧巻で圧倒的な観劇体験だ。
それを観終えてややぐったりしているところに、副支配人のパコ氏がやってきて、インターバルを置いて先ほどの舞踊。
で、こちらもまたかなりのもので、何にせよここのショーは、想像してたよりかなりのレベルだ。
舞踊が終わったらここからが会談の本番で、ステージを見下ろせる二階の個室へと移動。
料理というにはやや簡単な、おつまみ叉はオードブルといったものが並べられ、様々な酒を含めた飲み物がカートで運ばれ簡易バーカウンターのようにして振る舞われる。
「パコ、こりゃなかなか大した作家をつけたもんだな。よくもまああそこまで大胆な改変をしたもんだ。アダン辺りが観たらむちゃくちゃ怒るぞ?」
またもや駆けつけ一杯と麦酒を飲みつつイベンダー。
「何? あれは実話ではなかったのか?」
と、観劇中おそらくは表には出さずともかなり興奮して見入っていたエヴリンドがそう聞くと、
「いやいや、事実ですよー、事実~。た~だ、まあ、ちょぉ~~~っとばかし劇にする上で、多少こう~……足したり引いたり、しやしましたがねェ~」
妙に間延びした話し方も相まって、なんとも軽薄な調子で弁明する。
「ニコラウス隊長というのは、あのニコラウス・コンティーニですよね? 王国の英雄、リッカルド・コンティーニ将軍の息子の」
デュアンがそう確認をすると、
「ええ~、そのニコラウス・コンティーニでさぁね~」
「ま、劇中ニコラウスが大活躍する脚本になってるのは、そちらさんからの横やりだったんだろう?」
「いやいや、まあまあ、ねェ~。その辺の所だけで、作家に5、6回は書き直しを頼んだからねェ~」
うーん、お偉いさんのねじ込みによるリテイク……。作家さん、お疲れさまです。
「今もニコラウス隊長はこちらに居るんですよね?」
「ま、御本人としちゃ~、この歌劇含めた評判で、本国に売り込んで帰国したい、ってェ~考えみたいですがねぇ~」
この劇場には王国関係者の客も多い。その辺を見越してのねじ込みだとしたら、いやこれもまた食えない人物だなあ。
と、それを聞きつつデュアンは少し思案顔。
気になり小声のエルフ語で「どしたの?」と聞くと、これまた小声のエルフ語で、
「ニコラウス隊長の父リッカルド・コンティーニ将軍は闇の主討伐の総司令官として出陣し、大敗の上大怪我もしてます。直接は関わってないとは言え、我々闇の森ダークエルフに対して良い印象は持ってないでしょう。アルベウス遺跡の魔力溜まりのことも含め、王国駐屯軍とは慎重な対応が必要になりますね」
と返してくる。
ああー、そうなんだよね。クトリア内部の利害調整のみならず、ティフツデイル王国駐屯軍との“外交”も、色々問題になる。
プレイゼスへの政治的根回しも、基本はクランドロールでやることと大きな違いはない。
プレイゼスにだけ大きく関係しそうな法案は少ない分、むしろ楽だとも言える。
強いて言なら……建築基準法、消防法……あたりかなあ。
このプレイゼスの“大劇場”は、元々王朝時代に実際に使われていた円形劇場とその周辺を基盤としているが、まずは邪術士専横時代に、その後彼らが入城し占拠してからも、かなり乱雑な増改築を続けて今に至っている。
なので全体の作りがかなりごちゃごちゃしていて、火災でも起きようものならとんでもない事になりそうだ。
営業形態そのものには大きな問題はなさそうなので、その辺をうまく言いくるめて支持を取り付けられれば良いかもしれない。
と、ちみちみとおつまみを食べつつそんなことを考えていると、不意に勢いよく個室の扉が開け放たれる。
「パコちー、特別ナお客、ココに居るノかニャー?」
「うぉあ!? 白猫! いきなり入ってくるな!?」
慌てる副支配人のパコに、警戒し戸口を睨むエヴリンド。その声の主であり現れた人物は、先ほどの演舞でセンターを張っていた猫獣人の女性だ。
そう、見事なまでの剣舞を見せた、あの白く美しい猫獣人。
「ワー! アナタ、噂のダークエルフのヒトね? アハー、ワタシの舞い、一番前で見てくれてタよネ?」
舞台で舞っていたときの印象からすると大違いなほどのなんとも無邪気な喜びようで、まるで跳ねるように近づいてくる。
その動きの間に素早く入るのはエヴリンド。ニアミスどころでなくくっつくかというくらい近くで踊り子の猫獣人はようやく足を止め、顔の前にかかっている薄いヴェール越しにこちらを伺う。
「不用意に近付かないでもらおう」
「ンフー? そなの? お礼したいのニ」
「礼ならそこから、節度を守ってしてくれ」
「ンー…、ワタシ、ギュッとしたかったノ」
心底残念そうにそう言うが、そこはさすがのエヴリンドさんも譲らない。
僕としては正直、猫獣人と触れ合える滅多にない機会なのでちょっと残念。一昨日も離れたところにしか居なかったしねえ。
「あなたの舞い、本当に、とても素晴らしかったです。感銘を受けました」
そう賞賛の言葉をかけると、その猫獣人は嬉しそうに、
「アハー! アリガトー! また観に来てニャー!」
とピョンピョン跳ねてから退室した。
「いやいや、こいつぁ失礼しましたぜ~。なにぶん猫獣人ってなぁ礼儀知らずで扱いづらいもんで、すみませんねぇ~。
あいつは元々は旅の舞子でしてねぇ~。こうして時々流れてきちゃあ、踊っていくんでさぁ。まあ、ここはあたしに免じて多少の無礼はご勘弁してくださいよォ~」
副支配人のパコがそう頭を下げるが、僕としては全然問題ない。だけどもエヴリンド的にはそうでもなかったようで、
「ただの踊り子ならそう問題はないがな」
とボソリ。
「え? ドユコト?」
「アレは踊り子じゃなく剣士だ。それも、昨日の“接客係”とやらよりかなり上のな」
「そーなん!?」
エルフ語でのこのやり取りは、パコには多分理解されてない。それに会話が理解出来たとしても、内容に関してはどうかというと……。
「クランドロールの裏部隊……みたいなのとは違うでしょうねえ。昨日の接客係の娘からも聞きましたけど、西の残り火砂漠方面で暮らしていた猫獣人達は、犬獣人のリカトリジオス軍の勢力拡大に伴って、生活域が奪われているみたいなんです。
それで、色んな猫獣人がクトリア方面にも流れて来ている。
元々猫獣人は定住より流浪の生活を好む種ですから、これからももっと増えるかもしれませんね。
リカトリジオス軍の動きもそうですが、猫獣人の流入による混乱や衝突も今後の懸案事項になりそうです」
と、デュアンが補足。
うーん、デュアン、僕なんかよりよっぽどクトリア近辺の政治的情勢をめちゃ把握してきてる。今まで闇の森内部でしか外交官活動してなかったから気づかれなかったけど、彼、もしかして外交のみならず情報分析官としてもめちゃ優秀なんじゃない?
プレイゼスの“大劇場”での根回し、というかほぼただの観劇を終えた頃には夜も更け始め。僕が仮住まいをしている“妖術師の塔”から自動で鳴らされる鐘の音では8の鐘、前世の感覚で言えば夜の8時頃。
一応お土産も貰いつつ帰路につく。
しかし、リカトリジオス軍に猫獣人達の流入かー。
西の果てで興ったリカトリジオス軍の話は以前から闇の森にも入って来ていた。ただそれを明確な脅威と見なす言説はそれほど強くはなかったんだよね。
彼等は基本的にはある意味レジスタンス的な軍で、元々はかつてのティフツデイル帝国や、例のザルコディナス三世のクトリア王朝末期、その後の邪術士専横時代等々に、砂漠の獣人達が奴隷狩りの対象にされていたという事があって、そういう人間種による攻撃への抵抗として幾つかの有力部族が同盟を組んだことから始まっているらしい。
つまりそもそもは専守防衛的な軍で、本来の棲息圏である残り火砂漠以西から出てくることはなかった。
その残り火砂漠内でも、元々棲息圏の被っていた南方人達とはある種の相互不可侵的な関係であったのが、クトリアの邪術士専横時代に徐々に南方人達の村々も襲うようになり、それから王国駐屯軍による王都解放後にはより顕著になっていったらしい。
この辺り含めてデュアンに改めてレクチャーしてもらったところ、シーリオというオアシスの街も滅ぼされ、ボバーシオという港湾都市は長いこと包囲されているという。
つまり、本来の棲息圏を越えての軍事活動が増えている。
場合によっては今後クトリアにまで軍を進めてくる可能性も考えられるので、確かに注意は必要。
現実的には、今現在の純粋な戦力ではクトリアはリカトリジオス軍にはまるで適わない。兵力増強、または王国駐屯軍との強固な同盟関係……或いは魔力溜まりの魔力を用いての軍備の増強……。
うーん、こちらもまた難しい選択だなあ。
□ ■ □
「止まって」
“妖術師の塔”の一階エントランスへと入った僕らは、前を歩くエヴリンドにそう止められる。
エントランスは一階、二階吹き抜けの広いホールで、夜でも【永久なる灯明】の効果を持つ魔導具のライトで薄明るく照らされている。
その中の幾つか並んだ長椅子の一つに、何やら小さな人影が座っていた。
エヴリンドが近づいて確認すると、これまた嫌そォ~な顔をしてこちらを見る。
その表情で僕とデュアンは「お察し」する。
まあ実際、このエントランスホールだけでも自由に入ることが許可されている人物はごく限られているので、だいたい誰なのかは予想通りではあるんだけどもね。
「ふんむ。それじゃ、俺は今日のところは戻るとするかな……」
そう言ってきびすを返そうとするイベンダーを、デュアンががっちり肩を抱いて引き留める。
「いやいや、ここは是非とも明後日の打ち合わせのためにイベンダー殿にも」
「いやいやいや、それはまたまた日を改めて……」
「ふぁっ!? レイちゃん!?」
ごちゃごちゃやってるウチに寝ぼけ眼ながらも居眠りから目を覚ましたアデリアが、大声とともに跳ね起きてキョロキョロ。
「ふわわ!? エヴ様、デューっち!?」
「……変な略しかたをするな」
起き抜けテンション爆上がりである。
アデリアは現在、元シャーイダールの探索者の中で会計係をしていたというハーフリングのブルという人が独立して始めた『ブルの驚嘆すべき秘法店』という店の見習いをしてる。まあ明らかに探索者に向いてないアデリアにとっては、むしろ良い転職先だと思う。
そしてその後。
例のアルベウス遺跡でのゴタゴタの後には、僕は僕で“ジャックの息子”による王権授与からクトリア議会の設立、そしてクトリア共和国建国という流れに翻弄されていて、ジャンヌやJB達とはあまり話せていない。
なのでどういう経緯でそうなったのかは良く分からないのだけど、建国式典が一段落してからJB達はシャーイダールの探索者であることを止めた。そしてまたこの辺はイベンダーの腹案を元にして決まったことでもあるんだけども、彼らの多くはクトリア遺跡調査団という組織を再結成し、それは半官半民のような形で、古代ドワーフ遺跡の調査、探索と、古代ドワーフにより作られ、未だに現役で稼働しているクトリア上下水道の保守管理を行うようになった。
ブルさんは名目上独立して別組織と言うことになってるけど、ぶっちゃけ調査団とはほぼ同じ組織、というか、まあ親会社子会社? グループ企業? みたいな関係。
まあそんなワケでお互い色々忙しくしているわけなんだけど……アデリアさん的には、今、それらを踏まえて忙しい合間にこの塔へと遊びに来るのはやぶさかではないのだ。
妖精、エルフフェチの彼女としては、だ。
完全に趣味の行動。
「なあなあ、レイちゃん、もう夕飯食べた? あんな、今日お土産もってきてん。ボーマからな、干し果物けっこう仕入れてな。この赤いやつ、ヤシの果実なんやけど、こう、ねっとり濃厚で甘くてなんやおもろいんよ」
エントランスの一角で、持ってきた駕籠の中から干し果物を取り出す。
「なあなあ、良かったら食べてみてーな。絶対、気に入る思うんよ!」
じーーーっ、とこちらへの熱い視線。あー……まあ、良いんだけどさ。
「では、一つ、戴きます」
「ほならな……あーん」
「いや、自分で食べます」
摘まんでかじる。たしかにねっとり濃厚で甘い。干し柿と干しイチヂクの中間みたいな食感。
そして噛むと中に塩味とコリッとした堅い歯触りもする。
んん? と中を見てみると、
「な? な? この中にな? ほら、種入っとるとこにこう……ローストナッツが詰めてあんねん!
甘ァ~いのと、ちょっとしょっぱいので、めちゃ止まらなくならへん?」
「おー、確かに」
なかなか絶妙な味と食感のバランス。
ヤシの実というと僕らはついココヤシの実であるココナッツを想像しちゃうけど、多分これはナツメヤシの実のデーツと同じようなものだろう。
その干しヤシの実をねろんねろん食べていると、やはりというか案の定、でへへーな緩んだ表情でニヤニヤこちらを見ているアデリア。
いや、うん、予想通り相変わらずのエルフフェチっぷりです。
あ、エヴリンドがもの凄く哀れんだ目でこっち見てる……。
「あ、ほら、エヴ様、デューっちも食べてーな?」
「むっ……」
「え? あ? はいはいはい、うん」
ほーら見ろ! 他人事じゃないぞ!
まー正直僕はもう慣れましたけどね! アデリアさんのこういう奇行は!
しかし今のところクトリアに来て以降、エヴリンドの眼力aka.ガチ睨みに全く怯まないどころか意に介さずベタベタしてくるの、アデリアさんぐらいなんだよね。
というか実のところアデリア的には以前から妄想していた「クールビューティーなダークエルフ戦士」というイメージにドンピシャなエヴリンドさんへの偏愛は出会った当初の僕へのそれよりかなり強い。なので当然、でへり度も高い。フェチパワー、すげえ。会いに行けるアイドルならぬ会いに行けるダクエル扱い。
「うむ、やはり打ち合わせ出来る流れじゃないな。明日にするか」
一人アデリアの熱視線の標的になってないイベンダーがそうややあきれ気味に、けれどもそれよりは面白げにそう言い立ち上がると、
「ああ、せや! 師匠! アルヴァーロが課題出来たからチェックして欲しいゆうとったで! 明日見てあげてー!」
「おお? 何だ予想より早いな。よし、そうするか。
明日の午前はアルヴァーロの課題チェックで、午後から打ち合わせかな?」
アルヴァーロというのはアデリアの弟さんで、今イベンダーに師事して魔導技師としての勉強中だそうな。
「分かりました。明日、午後に」
イベンダーとアデリアを見送り……、アデリアを見送り……、アデリアを……、
「……アデリア、遅いから、イベンダーと一緒に帰った方が良いのでは?」
「ええー、そない水くさいこと言わんでー。レイちゃーん、お泊まり……させてーなあ?」
……これもう、絶対最初から泊まってくつもりで来てたな、うん。
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