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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-25. J.B. The Next Episode.(次なる展開)
しおりを挟む晴天の空の下、じりじりと暑くなりだす日差しを避けるように軒下に避難している。
長椅子に座りそろそろ正午前の3の鐘。片付けるべきことを片付け終わるまではここで待ち続けるしかなく、腰につけた水袋の生ぬるくなった水で唇を湿らせる。
季節は春に入り、もうしばらくすれば短い雨期。その短い雨期を過ぎれば、熱風吹き付ける夏が来て、そしてまた短い冬……寒くはないが死ぬほど暑くもならない穏やかな冬が来る。
俺にとってはこれから来る雨期と夏は、ここクトリアへと来て三度目。
そしてハコブとシャーイダール……シャーイダールの仮面を被っていたコボルトのナップルの居ない、初めての季節だ。
俺たちはハコブの死からなんとか体制を立て直し、新年を越えてから葬儀も済ませ、新しい生活に馴染み出していた。
新体制で最初の大きな変化は、まずは地上に店を構えたこと。
今まではグレタ・ヴァンノーニの『銀の輝き』へと発掘物を卸していたんだが、俺たちはヴァンノーニファミリーがハコブを通じてシャーイダールの暗殺と俺たちの組織の乗っ取りを目論んで様々な工作をしていた事を知り、またその結果ジョス達仲間が殺されてしまった事から、逆に奴らを騙して呼び出し一網打尽にして殺してしまった。
報復でもあり、またこちらを付け狙う敵対勢力の殲滅。言葉にすればそう言うことだ。
他に方法はなかったのか? それは今でも考えないわけじゃない。
ハコブは実際、最初からグレタと通じていて俺たちを探索者として育てたのも全てグレタの計略のうちだった。
つまりは俺たちは全員最初からハコブに騙されていて、そして仮にシャーイダールの暗殺が上手くいったとしたら、そのまま俺たちを騙し続けてうやむやのうちに全員ヴァンノーニファミリーの傘下に入れられることになっていたんだろう。
ハコブに騙されていたこと。それ自体に怒っている者もいる。それはそうだ。
ニキは特に、古くからの仲間であるジョスやポッピを殺されている。今でも許しちゃ居ないだろう。
けれどもマーランやスティッフィ、ダフネの三人は、多分そう簡単に割り切ってハコブのことを憎むことなんか出来ないでいる。
そしてその反動もあってか、マーラン達のみならず、ニキにしろアダンにしろ、そしてハコブとは一番の古馴染みになるブルにしろ、ハコブを裏から操っていたグレタへの怒り、憎しみは激しく強いものになった。
───報復以外の方法を考えられなくなるくらいには、だ。
短絡的なカチコミに向かわせない為に、それらをなんとか抑えて、言葉にすれば卑怯卑劣な騙し討ちの策を練ったのはイベンダーのオッサンだ。
俺たちの中で唯一ハコブの計略に気付きそれを暴いたオッサンは、そのことについて何も弁解や言い訳もしないし、逆に誇りひけらかすこともしない。だが自分の行動の結果が、俺たちとハコブに直接的な殺し合いをさせるきっかけになったことに対しては、多分それなりの責任を感じている。
だから、俺たちがヴァンノーニファミリーとやり合う流れになったときに、なんとか知恵を絞って俺たちに出来るだけ被害の出ない策を考え……それは完全に上手くハマった。
もし正面からやり合えば、どちらが勝ったにしてもお互いに相当の死者が出たはずで、下手すれば共倒れにもなっただろう。
それが完全に一方的なまでの結果になり、俺たちには一切の被害もなく決着した。
オッサンの言った通りだ。
復讐は、熱病みたいなもの。取り憑かれているうちは熱に浮かされたようにそのことしか考えられなくなるが、過ぎてしまえばただ疲れ果て虚しいだけ。
それでも───俺たちは復讐を遂げた。完璧なまでに、だ。
その事を知っているのは、ごくごく僅かな内輪だけ。
表向きグレタたちヴァンノーニファミリーは謎の失踪を遂げ、それは本家の後継者争いをしている兄弟姉妹達との争いに破れたからだとも、今まで秘密裏に争っていた商売敵に殺されたからだとも、怒らせてはならない相手を怒らせて夜逃げしたからだとも噂されている。
それにまた、グレタの弟のジャンルカが、三悪と呼ばれてた魔人たちをまとめ上げていたとされる“黄金頭”アウレウムの正体だったことも、そうやってグレタが裏で魔人たちを操っていたことも知られてはいない。
俺たちが殺したジャンルカ……“黄金頭”アウレウムは、表向きは王国駐屯軍“悪たれ”部隊のニコラウス・コンティーニが討伐した、ということになっている。
勿論裏で諸々の取引をした上で示し合わせてのことだ。
そしてやはり表向きは、「ビジネスパートナーであったヴァンノーニファミリーの失踪により困った俺たち」は、やむを得ず自分たちで店を立ち上げる必要に迫られ『ブルの驚嘆すべき秘法店』を地上に作った。現在クトリアで唯一、魔法関係の遺物や何やらを取り扱う高級店になる。
まあやむを得ず、てのはある意味事実だ。
店の従業員としては、元々ヴァンノーニファミリーの『銀の輝き』の現地採用の下っ端をしていて、グレタ達の裏の陰謀策略には全く関わってなかったシモン達をそのまま採用することにした。
連中は連中で、グレタ達ファミリーの突然の失踪で路頭に迷いそうなところを俺たちに拾ってもらったかたち。なのでかなりマメに働いている。職場環境もかなり良くなったしな。
そうこうしているウチに、ガンボンの連れだった例のダークエルフ、闇の森のレイフが主導する形で成立した新生クトリア共和国の建国式典の日が来た。
建国だけでもなく、ティエジ達の狩人ギルドの設立なんかもあり、とにかくクトリアは今年から様々なことが変わっていく。ある意味歴史的な節目の年になるだろう。
その式典の日に───ナップルが殺された。
何故? 何者が?
その答えは誰にも分からない。
グレタ達が実は生き残っていたのか? 叉はヴァンノーニファミリーの本家か他の兄弟姉妹による報復か? それともグレタが事前に手配していた暗殺者が、グレタの死を知らぬままその依頼を完遂したのか?
想定できる可能性は色々ある。色々あるが、どれもこれも根拠の薄い宛推量。
しかもナップルを殺した奴には、他にもいくつもおかしな点があった。
◆ ◇ ◆
「魔法の防御結界だが、あれが無効化されとった」
現場検証、てな感じでアジトを調べていたイベンダーがそう報告した。
「防御結界の半分は、元々ここを隠れ家にしていたシャーイダール……本来のシャーイダール自身によるものと、ドワーフ遺物の再利用だ。生半可な術士にどうこう出来るもんじゃないし、内部に潜入していたハコブも簡単には弄れずに居た。
だからこそグレタも、魔法結界の多くを無視できるドワーベンガーディアンを暴走させて送り込むような強引な力業を仕掛けたワケだしな」
オッサンのその手の事に関する知識、見立ては多分だいたい正しい。少なくともその手のモノへの知識で言えば俺たちの中の誰よりも上のはずだ。
「じゃあ、めちゃめちゃ凄腕の魔法使いか何かの仕業……てことか?」
そう聞きつつも、それには自分でも違和感を感じる。
「もしそうなら……本当に破格の術士だよ……」
マーランがそう補足をし、さらに続ける。
「この術士は“魔力痕”を残してないんだ」
魔力痕、つまり何等かの魔術を行使した後に残る僅かな残留物としての魔力の痕跡。言い換えりゃDNAとか指紋とか足跡とかの魔力版みてーなもんだ。
それがない、ということは、
「え? じゃあ、何だ? 結局魔術士じゃあねえのか?」
アダンの疑問はもっともだ。
「凄腕の魔術師じゃなきゃ結界を無効化出来ない。けど、魔術師なのにその痕跡がない……?」
「おい、意味分かんねーぞ」
ニキとスティッフィもそれぞれに疑問を口にする。
「ああ、そこがまずおかしい」
「それに、凄腕の魔術師だとしたら、ナップル……あのコボルトを殺したのが魔術ではなく刃物……ていうのも妙なんだ」
凄腕の魔術師でなければ無効化出来ないレベルの魔術結界を越えて、けれども魔力痕は残さず、そこまでして忍び込んだ先での殺しは、シンプルな刺殺。刃物でグッサリ、だ。
なんつーか、一貫性がない。
「ここでな。まあ考えられる別の可能性がまた増える」
やや声のトーンを落としつつ、イベンダーのオッサンがそう続ける。
「一つは、殺し屋は魔術師じゃないが、魔術結界を無効化する方法を知っていたか、無効化する魔導具を持っていた。
魔導具もものによってはほとんど魔力痕を残さないこともあるから、その可能性もある」
痕跡も残さず魔術結界を無効化出来るような魔導具となりゃ、かなりのレア物。となるとヴァンノーニファミリー本家筋やヴァンノーニの商売敵……てのもあり得る話だ。
「もう一つ───」
さらに声のトーンを落としたイベンダーは続けて言う。
「本物のシャーイダール自身か、その手先……。その可能性だ」
元シャーイダールの部屋の温度が、すうっと下がったかに錯覚する。
「───だとしたら、仮面を盗んで行ったのも説明がつくな」
殺し屋は砂風呂に入っていたナップルを殺し、“シャーイダールの仮面”を盗んで行った。
それが何か知らずに盗んだ……てのはちと考え難い。あるいはそっちが本命の狙いだったかもしれない。
勿論それはイベンダーの作った偽物だが、本物のつもりで盗んだと考える方が自然だろう。
「……えっと、その……つまりさ。
自分が居ない間に自分の仮面と名前を使っていた偽者を、本物のシャーイダールが……その、やっつけに来た……てこと?」
青ざめてまとめるダフネだが、今までの話を統合すればそれはかなり考えられる可能性。
「じゃ、じゃあ、待てよ、それ、俺たちもかなりヤベーんじゃねえのか!?」
慌てるアダンにざわめく室内。
「ま、可能性はある」
あっさりそう言うイベンダーのオッサンだが、続けて
「だが、もしそのつもりなら俺たち全員、まとめて殺されてた。
そうじゃないってことは、俺たちのことはどーでも良かったのかもしれん」
「───又は、俺たちとは事を構えたくなかったか……」
魔術結界は痕跡も残さず無効化出来る。忍び込み暗殺するものも容易い。
それに警備として置いていた連中が、ちょうどナップルが殺されたらしい時間に、くだらない口論から喧嘩をしていた。何かしらの方法、マーランの見立てでは【苛立ちの棘】という人の神経をささくれ立たせる幻惑系統の魔法か何かで注意をそらせて忍び込んだんじゃないか、という。
わざわざ式典の日を狙い、偽のシャーイダールことナップルが一人になるタイミングを待ったのもそのためかもしれない。
「コソコソするのは得意でも、正面からアタシらとやり合える力はねえってことだろ?」
スティッフィはそうまとめるが、別の見方もある。
「もしくは、俺たちを手下にしたい───か」
偽者のシャーイダールが育てた部下だ。本物が戻ってきてそれを頂こうと考える、てのは、そうおかしな事でもない。
「ああ、どれも考えられるな。
俺たちの事ははなからどうでも良く、偽者を殺して仮面を取り返したかった。
俺たち全員とやり合うにはリスクが大きかった。
俺たちを何らかの形で利用したくてあえて生かしておいた……」
いずれにしろ厄介な話だ。
想定できる可能性はまだあるが、今考えられる中で一番ヤバいのはこのパターン。つまり本物の邪術士シャーイダールの帰還……というものだ。
で、その上で考えなきゃならねーのは……、
「どーするよ? これからよ?」
と、ブル。
「逃げる? 隠れる? 悪いけどアタシはイヤだね、そんなのはよ」
とにかく肝が据わってる事と目つきの悪さにゃ定評のあるハーフリングだ。商売人でもあるブルにすれば、店を構えてそれが軌道にも乗ってきた。「かもしれない」というだけでは逃げ出したくはないだろう。
「今更逃げるところなんかねーしな」
気合いを入れて……でもなく、むしろやる気なさげな調子でそう続けるのはスティッフィ。
「お、おい、マジかよ? そんなアホみてーに簡単に決めていいのか!?」
逆にそう慌てるアダンに、
「グッドコーヴに帰りたきゃ帰りなよ」
と素っ気なく返すのはニキ。
「アタシはサ。別に……ジョス達の遺志を継ぐとかサ。そんなご大層な事は考えちゃいないよ。
けど、王国の貧民窟からクトリアに来て四年ちょっと、それこそ血を吐きながらしがみついてここまでやって来たンだ。
ハコブの事を許しちゃいないし、その辺のことではアンタ達とは正直分かりあえない。そうも思ってる」
グレタと裏で通じていたハコブの策略で、王国から共に来たジョス達古くからの仲間を失ったニキは、共に元邪術士の奴隷として行き場を無くしていたところをハコブに見出され育てられたマーラン、ダフネ、スティッフィ達三人とはどうしても温度差がある。
「───それでも、今のアタシにとっちゃここがアタシの居場所だし、守るべきモノだ。
仲間のアンタ達を置いて、今まで築き上げたモノを捨てて自分だけ逃げ出すつもりはないね」
ニキのその言葉に、俺たちは少しの間しんと静まる。
「おま、ば、馬鹿にすんなよなァ!? お、俺だってな、おめーら放っといてテメーだけ逃げ出すよーな真似、するわけねえだろ!?
だ、だいたいな! 守りの要の俺様抜きで、どーするつもりなんだよ!?」
立ち上がりそう宣言するアダン。それに軽く笑いかけるようにしてから、
「守りの術なら、シャーイダールやハコブにはまだ及ばないだろうけど、僕とイベンダーで今まで以上に厳重に作り直すよ」
とマーラン。
マーランは廃城塞での戦いや、アルベウス遺跡でのザルコディナス三世の亡霊との死闘を経てから、魔術師としての腕をかなり上げている。
イベンダーに言わせると、元々資質は高かったものの、臆病さと師であるハコブへの依存心が、マーランの本来の実力を抑えてしまっていたのだから、この伸びはむしろ遅過ぎたぐらいだ、とのことだ。
自分に自信を持ち、自立する。それだけでマーランの力は何倍にもなるだろう、と。
「ま……こことドゥカム師の研究室以外で、今以上に本を読める場所ったら、“妖術師の塔”か王国駐屯軍のエンハンス翁の研究室に行くしかないもんねえ」
仕方ない、とでも言うかにダフネ。元々本好きのダフネにとっては、逃げ出して本に触れられない生活をする方が辛いと言うことか。
『俺モ、残ル。他に、行く場所ナド、無イ』
かつて奴隷時代に潰された喉の代わりに、イベンダーにより調整された魔装具で発話するマルクレイもそう言う。
あとは俺とイベンダーのオッサン。
勿論言うまでもなく、
「ヤバい奴らに狙われてる、ってなのは、別に今まで通りだしな。
本物のシャーイダールとやらが乗り込んで来て、邪悪な実験の手伝いをしろとか抜かして来たら、ぶっ飛ばして叩き帰してやるか───それが無理そうならそんときに飛んで逃げるわ」
少なくとも逃げるのは“今”じゃない。
「ふむ。なかなか意気盛んで結構なんだがな───」
と、最後にまとめるかのような流れで、イベンダーのオッサンはそう話を切り出してくる。
「とりあえず、“シャーイダールの探索者一味”は、解散することになるぞ。どっちにしろな」
「……は!?」
「な、何で!?」
「え? い、今そういう話の流れ?」
俺含めて、全員が口々にそんな風な反応をした。
◆ ◇ ◆
「おーう。待たせたな」
「あー、待ちすぎた。ったく、糞暑いぜ」
建物から出てくるイベンダーのオッサン。
その後ろにはアダンとニキも居る。加えて、未だ見習いのダミオン・クルス。
そして俺の目の前に整列していた……整列していたハズが、暑さにやられてめいめい日陰に避難してぐだっていた連中へと号令。
「よーし、班分けするぞー。
名前呼ばれたら左右それぞれに並べー」
だらだらと集まり出す新入り連中を眺めつつ、
「何か色々面倒臭くなったなー」
「ま、お役所仕事……てヤツよ」
アダンとニキの愚痴も仕方ない。
何せ今までと違って、今の俺たちはクトリア共和国の公式な“遺跡調査員”という肩書きだ。
好き勝手遺跡に乗り込んで、好きなだけ遺物を漁るのとはまた別の、これまた厄介な任務をこなしていかなきゃならない。
そう、“シャーイダールの探索者一味”はクトリアからは居なくなった。一人残らず、な。
そして表向き、シャーイダール本人も。
イベンダーのオッサンやレイフやらが新たなクトリア共和国評議会と進めていた新体制作りの中で、クトリアの古代ドワーフ遺跡群を調査、管理する新たな組織を作る、という計画があったからだ。
で、そこに俺たち“元”シャーイダールの探索者チームがすっぽりと収まる形で、言わば半官半民の新組織になる。
ここには下働き連中含めた結構な連中が採用され、色々と再編もされる。
まず地下のアジトは放棄して封印。名目上は倉庫としてあるが、あそこにはもう誰も住んでない。
で、そこからほど近い地上の市街地に新しくクトリア遺跡調査団の本部を建設。そこの向かい側にはブルの店もある。
調査団本部の周りも改修再建し、俺たちの居住区にした。元々俺たちの住んでた北地区は、クトリア市街地の中でも最も再建の進んでなかった瓦礫の廃墟だらけの地域なので、特にトラブルも無く進められたし、しかも元々北地区周辺の瓦礫の山に住んでいた連中の分までちょっとした長家を作ってやったから、評判も上々。
こういった市街地の再編は、レイフの奴がかなり熱心に取り組んでる課題なので、ここ数ヶ月でも地下街や廃墟に潜んでた宿無し向けの無料シェルターから始まり、安価な家賃で貸し出す長家もいくつも建てられてる。
それには奴の魔法の力も加わってはいるらしい。ただ、理屈は良く知らないんだが、例のダンジョン作りしてたときみたいには簡単に建築は出来ないそうで、基本はクルス家総勢フル稼働の建設ラッシュ。それもあって、今はちょっとした建設バブルといったところだ。
まあその辺の話は置いておくとして、俺たち“元”シャーイダールの探索者達は大きく二つの組織に再編されたことになる。
『クトリア遺跡調査団』と、『ブルの驚嘆すべき秘法店』に、だ。
古くから居た下働き連中や、地下街の宿無しや孤児たちにセンティドゥ廃城塞の戦い以降にやってきた元囚人や捕虜たち等々、とにかく関わりのあった連中それぞれもだ。
中には別の所へと行く者もいる。再編前の話だが、例えば地下街でまとめ役だったフリオは、ティエジの狩人ギルドの指導員になった。元々昔は狩人だったという話だからまあ妥当な話だ。フリオに連れられ、狩人ギルドの下働きになった奴らもいる。
ただそういう連中はそう多くはない。どちらに行くにしろ、確実に今までよりも良い生活になるのは間違いなく、それらをふいにしてまでやりたいことがある奴はそう居ない。
遺跡調査団は半官半民と言ったが、今までと違う“官”に近い仕事もある。
その一つはクトリア市街地の地下遺跡及び上下水道の保守管理業務だ。
クトリア市街地の地下にある遺跡には、もうほとんど新たな発見はない。発見はないから以前のような探索で得られるものもほとんどないが、放っておけばトラブルの種になる。
またクトリアの上下水道は古代ドワーフ遺跡のそれを再利用している。それら全てを管理する業務を遺跡調査団は評議会から委託されている。
これがまあ、半官の官な方のメイン仕事。
実に公務員的だぜ。
ま、勿論俺たち“ベテラン”の探索者がそういう地味な仕事を毎度毎度やるワケじゃない。そいつは文字通りに役不足というヤツだ。
基本的にそういう“簡単な”仕事は新しく入ってきた新入りたちの仕事になる。
で、その───まあ研修というヤツをこれからやることになるワケだ。
「おいちょっと待てお前、支給してた胴当てどうした? あ? 壊れた? 何で!? 早くね!? まさか売ってねーだろうなァ!?」
「待て待て待てお前ら、揉めるな揉めるな! どっちの並び順が先でもいいだろ!」
「……その水袋、匂うぞ。開けろ……こら、開けろっ……! ……酒だろこりゃおい! 全部酒じゃねえか!?」
「携帯保存食を今食うな! ……って、何お前もう全部食ったの!? どんだけ!?」
半分以上はど素人。中には荷運び役として今まで地下遺跡に連れて行ってた奴らも居るが、先が思いやられる……。
「どーすんだよおい。悪いけど俺、こいつら連れて行くの自信ねーぞ……」
「うるせえよ、俺だってねえよ! クソ!」
「ガタガタ言わない。これも仕事でしょ」
「だ、大丈夫ですよ! 皆さん、実力のある探索者なんですから!」
正直、俺たちにハコブの百分の一くらいでも、「人を育てる」能力があればなあ……と、思わざるを得ないわ。
「よーし、そんじゃあみんな、頑張れよ!」
頭の痛い俺たちを後目に、イベンダーのオッサンはそう言って手を振り歩き去ろうとする。
「お、おいおい! オッサン行かねーのかよ!?」
「俺は今日は評議会の名誉顧問としての仕事があるからなー。いやー、残念だ」
「ああ!? てめー、だから研修の日をむりやり今日にしたんだな!?」
「うーわ、セコい……」
「仕方なかろー? 俺はお前さん達よりも人気者だからなあ。
何せ探鉱者にして運び屋、医学の徒であり魔導技師、そして何より───」
「砂漠の救世主!」
「だろ?」
「もう聞き飽きたわ」
オッサンのいつものアレが出たところで、まずは移動開始。
この調査団本部の裏庭にあたる所へ行き、基本的な注意事項の再確認とレクチャー。
それから新人研修初の地下探索実施訓練へ、だ。
裏庭へと向かう途上、これまた新しく作られた壁に囲まれたある区画を通り過ぎる。
そこに建ち並ぶのはおよそ30近くの墓石。
王都解放後暫くして、シャーイダール……の仮面を被っていたナップルに庇護を求め、またそこから地下探索を始めて次第に“シャーイダールの探索者”と呼ばれる集団が出来る。その後ハコブを中心とした体制になった辺りから、この場所に死んだ仲間を葬るようになった。
ドワーベンガーディアンの襲撃でジョス、ポッピ、ブラスを含めた五つの墓が増え、アルベウス遺跡での戦いでハコブが、そして謎の暗殺者によってナップルが死にさらに二つ増えた。
きっとこれから先も、墓石は増え続けるだろう。
この新入り達かもしれないし、俺やアダンや、ニキ、スティッフィ、マーラン、ダフネ、ダミオン、ジャンヌかもしれない。
俺が死んだとき、またこの記憶を持って別の人生をリスタートするかどうかは分かんねえし、そんなのは考えるだけ無駄だ。
俺の前世はやることなすこと中途半端で、足掻きもがきながらも何も出来ないまま凶弾で死んだ。
生まれ変わってもすぐ奴隷になり、なんとか逃げ出しはしたものの、何の目標も生き甲斐も無いまま、流されるように探索者になった。
正直、今でも何かご大層な生きる指針なんざ見つけられてねえ。
けどまあ……そうだな。
俺はその墓地の中の真新しい二つの墓石を見る。
一つは、守り指輪のそれと同じ蜥蜴の意匠の彫り込まれたハコブのもの。もう一つは……まあこりゃどうかとも思うが、奴の大好物のオオネズミの意匠が彫り込まれたナップルのもの。
その、綺麗に清められた二つを暫くじっと見て、俺は再び先行している新入りたちの後を追う。
ああ、そうだな。俺はまだまだもうちっとばかし足掻いてみるわ。
もしまた何かの縁があったとしても───再会するのはまだまだ先、ってことにさせてもらうぜ、二人ともよ。
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