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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-19.マジュヌーン(精霊憑き)(19) -翼の折れた天使
しおりを挟む拳に伝わる肉を打つ感触。
握りは柔らかく、そして引きを素早く。
ボクシングで言うところのジャブというヤツだ。正式に習ったワケでもなし、聞きかじりと見よう見まねで覚えた技。
パンチの打ち方は腕だけじゃない、てのは樫屋の口癖。
地面を蹴るようにして足腰の力を背中、肩、腕───そして拳骨に乗せる。
「この拳骨一つに、男の魂を乗せてやんのよ!」
へらへらとアホみてえに笑いながら、奴はそう言っていた。
軽く牽制のジャブで注意を左に引きつけて、返す刀で右ストレート。基本も基本の教科書通り……のハズのそれだが、うーん……耐えたな、コイツ。
やっぱこの猫獣人って種族のタフネスさなのか、その中でもさらにはハイクラスの連中の集まりだからなのか。
どいつもこいつも一筋縄じゃいかねえツワモノ揃い、ってか?
まあ良い、そもそも俺はボクサーじゃねえし、考えられる手はまだ沢山ある。
例えば今のストレートによろめいて前傾姿勢になった相手の、たてがみみてえな頭の毛を両手で掴み───引き寄せてから鼻面に膝蹴り、だ。
鼻血が出たな? これ、呼吸が苦しくなるからスタミナがどんどん落ちてくんだよな。
敵も当然、ただでやられちゃくれやしねえ。二発、三発目の膝を受けながら、そいつは両手で俺の軸足を取る。
おお、やるじゃんなかなか。諸手刈りよろしく力任せに引っこ抜き、俺は背中から砂地に倒れる。
叫声、歓声、野次、罵声にと、盛り上がってやがんぜギャラリーどもが。
こりゃ簡単にやられちゃ台無しだ。馬乗りになりつつとにかく乱打でぶっ叩かれるが、腰も入ってない手打ちのパンチは、こっちの芯には響かねえ。だがそれでも……食らい続けちゃちとヤベェ。
相手の態勢が前のめりになるタイミングを狙い、腰を跳ね上げ力をそらす。
奴はこの有利な馬乗り態勢を奪われまいとバランスをとる。地面に脚をしっかりと着け、体重を俺の下半身にかけていき……悲鳴。
狙いはがら空きになった喉元。そこに抜き手で尖らせた指先を突き入れる。
ナンデモアリで素手なら反則もないこのルール、当然狙うは弱点だ。
喉元への突きで呼吸が止まる。止まって意識も一瞬停止。その隙に今度は俺が体を起こして相手を後ろに倒す。
……よっし、形勢逆転だ。
試合の決着は、降参、失神、そして審判役の判定。
馬乗り状態になった俺が、今度はじっくり絡みつく。
左腕を絡めつつ首を締めあげ、身動き出来ない状態でギリギリ固めて右手で脇腹を殴り続けるていると、締め落とされるより前に降参が入る。
審判役のアティックによる勝ち名乗りを受けて立ち上がると、賞賛半分、困惑と畏怖と罵声が半分……といった反応か?
「汚らしい戦いだ」
唾を吐きつつそう言うのは、例のブルトッグ男。元々しわの多い顔を、益々歪めて睨んでくる。
「ハハ! 何言ってるノ? 見事だったじゃないノ! あんな技……ホント、感心したモノ」
賞賛派筆頭は、白く美しい長い毛にしなやかな長身の女猫獣人。ほぼ純白と言えるほど白い毛並みだが、鼻を中心とした顔の真ん中と両手足の先が濃い茶色で、顔の周りの鬣のようなウェーブがかった毛の両サイドに小さな三つ編み。背は俺よりやや高いくらいだが、全体としては鍛えられた筋肉と、女らしいふくよかさが絶妙なバランスで同居している。
こいつは俺より先に試合をし、見事な動きで難なく勝利している。例えるなら舞。くるりひらひらと、踊るようなしなやかで軽やかな戦い方だった。
「フン! あんなものは所詮は非力をごまかす手先の技だ」
あくまで不機嫌なブルドッグ男だが、まあこの言い分は正しい。
俺はどうやら長年の“家畜暮らし”のせいか、身体的な能力は一般的な猫獣人としては高くない。
その辺を自覚してからは意識的に鍛え直してはいるが、戦士として、狩人として鍛えられていた他の猫獣人にはガチンコの殴り合いではフィジカル負けをする。
ま、その辺は前世同様だ。荒れて喧嘩をしまくっていたときも、たいていの相手は俺よりデカくて、体力も腕力も上だった。
そんな中では当然、非力をごまかす手先の技や、汚くえげつないやり口を身に付けた。
その時の経験が今も生きている。
「ね、アナタどこの出ナノ?」
次の試合に場を譲り、木陰へと向かう俺を追い掛けてきながら白猫が聞く。
「クトリアの家畜小屋だ」
「本当!? そこで生き延びたの!? すごいネー。あの技もそこで覚えたノ?」
クトリアの邪術士が色々な獣人なんかを捕らえて家畜のように繁殖させていたのはそれなりに知られているらしい。
アティックやヒジュル等が王国軍の邪術士討伐に合わせてクトリアに来ていたのも、そこで囚われていた同胞の救出が第一の目的だった。他にも何人かの“砂漠の咆哮”の団員も来ていたらしい。
そしてその中で、使えそうな奴が居ればスカウトする。今回は一応俺、そして……、
「糞、何だよナンパかよ真嶋ァ~!」
情けなく喚く足羽の二人。
本人は元々試験を受けるつもりなんか全くなかったが、俺にノコノコついて来た結果、整列させられ対戦カードに組み込まれてしまう。
慌てふためく足羽だが、それを仕切っている黒豹みてーなヒジュルには、おっかなくて辞退を切り出せない。
それでまたさっきから俺に対して、「代わりに言ってくれよ~」とせがんでいるんだが、俺は「知るか! てめーで言えよ」と突っぱねている。
こんなことまでいちいち頼られっぱなしにされたらかなわねーし、最近は周りの好感度が高いことにあぐらをかいてすぐに他人に甘えて調子こいてるから、ちっとは痛い目にあった方が良い。
「うわぁーーー、どうすんだよーーー! こんな連中と戦うとか、無理に決まってんじゃーーーん!」
頭を抱える足羽を見て、白猫が不思議そうに、
「何で? アナタ空人なんじゃなナイの?」
と言う。
「こいつ、羽根はあるが飛べないらしいぜ」
答える俺に、やはり不思議そうに小首を傾げ、再びまじまじと足羽を見てから、
「あーーー、これ、魔力阻害の印じゃナイ?」
「へ?」
「魔力……阻害?」
白猫は足羽の前にしゃがみ込んでから、両手足に着けられている宝石みてーなのの嵌まった輪っかを見る。
「やっぱそうね、コレ。これがアナタの魔力循環を邪魔して、飛べないようにしてるよ」
と言う。
「魔力? 関係あんのか?」
二人揃って間抜け面晒す俺たちに、白猫は呆れるようなトーンで
「何も知らないネ、アナタ達」
「俺たちゃどっちもクトリアの家畜小屋育ちだからな。他の連中の知ってる、当たり前の常識ってーのがねえんだよ」
「あー……そっか、ゴメン」
「いいよ。で、何なんだ?」
改めての説明によると、空人はそもそもが魔力の高い種族で、空を飛ぶのも生来的な魔術によるもの。
羽根はあくまでバランスをとったり軌道を変えたりする為の補助的な役割のもので、羽根で羽ばたくことで空を飛ぶわけじゃあないらしい。
で、足羽は家畜小屋で飼育され、また邪術士の奴隷とされていた時期にもずっとこの両手足の宝石付きの輪っかをつけられていた。
それが魔力阻害の為のものなどとは知らず、ただ単に自分にだけ与えられた特別なものだと思い喜んでいたらしいのだが……。
「マジ……かよ」
今までとはまた異なるだろう感情の呟き。
この事実は、けっこうかなりキツいだろう。
本来なら自由に飛び回れる種族に生まれていたのに、そのことすら知らず、また喜んでつけていた装飾が実は文字通りに奴隷の枷そのものだったんだ。
俺たち家畜小屋育ちは、この世界での記憶はほぼ薬漬け魔法漬けで朦朧とした曖昧なものばかりだ。
そのせいもあり、前世の記憶が蘇ってからはそちらの意識、人格の方が前面に出てはいるが、だからッてまるで何も覚えてないワケじゃねえ。
自分はきれいな飾りを貰えている、特別な存在だと喜んでいた過去を考えると、この事実は……まあ、キツいよな。
「……じゃ、あれ、何か? これ外せば……!?」
そんな俺の薄っぺらい感傷をふっ飛ばす勢いで、足羽は白猫に食い付かんばかりに詰め寄り……これまたくるりと投げ飛ばされる。
投げとばされた足羽は仰向けに倒れつつも白猫を見上げ、
「俺も魔法とか、使えちゃうワケ!?」
……何だか大野っぽい反応だな。
「フーン? 多分それムリ。アナタ、呪文とか、知らないデショ?
けど、空は飛べる……かもね。魔力循環さえ、出来れば」
「マリョクジュンカン!?」
「簡単に言うトネ───」
と白猫は言うが、簡単な話とはとても思えねえ。
が、それでもぐぐっと圧縮すれば、この世界には魔力ってのがあらゆる場所に満ちていて、それを体内でこう……ぐぁーーっと、血液を巡らせるみてーに「循環」ってのが出来れば、足羽の場合は生来的な能力である【飛行】の術が使えるハズなのだ、という。
「そ、それ、どーやんの!?」
「ンー……」
焦る足羽に、白猫はやや困り顔。
「……じゃあ、チョット? 試す?」
言いながら、足羽の手足の輪っかを外す。
「ソコ、座ってて……うん、そう、そんなカンジ?」
大人しく白猫の指示通りにあぐらをかいて座る足羽。そしてこれまた指示通りに、目をつむりながら大きく、深く、長い息を吸って……吐いて……吸って……吐いて……、で、
「おぶごわぁぶぁっ!?」
「ホラ、今! どう?」
鳩尾あたりに猛烈なパンチ。
「ぶぇえ、げっ……ぼぶっ……ぢっ、で?」
「今、魔力を少し、撃ち込んだヨ? 感じタ?」
「いっ……いだっ……びぢがっ……がんぢねべ……」
「ウーン……。じゃ、もっかい……」
「いいぃっ!?」
「ハイ、吸って……吐いて……吸って……吐いて……」
なかなか面白い見せ物だが、向こうじゃまた歓声があがり、誰かが勝利を収めたらしい。
「見たか、小僧! これこそ真の強者の戦い方よ!」
ちらりと輪の方の様子を見た俺に、例のブルトッグ男が両腕を高く掲げつつそう誇る。
あー、すまん、全然見てねえわ……とはさすがに言えず、とりあえず肯定の意味を込めて曖昧に頷いておく。
そして俺の横では再び足羽が「ゴボベェッ!?」みてえな悲鳴をあげ、白猫が何やらアドバイスしてる。
白猫、これをけっこうかなり真面目にやってる臭いから、足羽としても自分から頼んだ手前、引くに引けない。
やーれやれ、こりゃどーなることやらな……。
なんとも間の抜けた応急の特訓に呆れていると、奴が来た。
「何をしている?」
いい加減少しは慣れたが、それでもゾワゾワ寒気がするような錯覚をする。
「ンー……、カレが、魔力循環出来るよう、手助けヲ……」
と、途中まで言いつつ白猫の言葉が止まる。
闇から抜け出した黒豹、ヒジュル。その気配に周囲の全員が反応し、まるで気温が数度下がったかに空気が変わった。
「見せてみろ」
ヒジュルがそう言うと、緊張した顔で白猫が脇へと動く。
呻き悶える足羽を見て、その前にしゃがんで身体を触ると、しばらくして首根っこを掴んでから、右手を一閃!
「グホグェッ!?」
悲鳴というより嘔吐。吐き出されるのは胃液かゲロか。今まで以上に悶絶する足羽を見下ろし、
「これで循環が整わんのなら、才能がない」
そう言い放ってまたひっそりと立ち去った。
▼ △ ▼
最後から二番目、つまりは十組目。敵は痩せ身だが手足の長いしなやかそうな猫獣人の男。白と黄褐色の短毛に黒まだらのぶち模様。耳の先と頭頂と頬の辺りにちょっとだけ長い毛が生えている、なかなか手ごわそうな面持ち。
対峙する足羽は、見るからに貧相で華奢。どう見ても“戦士”には見えないな。
「はーじめーるなーう」
すでにかなり飽きてる様子のアティックの合図に、まずは敵の 猫獣人が一直線に突っ込んでくる。
こいつは素早い。見た目の雰囲気からチーターをイメージしたが、まさにそんな感じだな。
「ひゃひぃっ!?」
悲鳴をあげつつ転がるようにかわす足羽。そのみっともなさに周囲からは苦笑が漏れる。
二回、三回とその繰り返し。苦笑は嘲笑に変わり、中にはあからさまなからかいの言葉を投げつける奴もいる。
「なぁ、結局あいつ、その、魔力循環とかっての出来たのか?」
横で観戦している白猫にそう聞くと、
「ンー……、タブン?」
との曖昧な返事。
「ケド、まあ、なんとかなるヨ」
その楽観的見解の根拠は何か? と言うと、
「カレ、元々【魅了の目】が使えてたしネ。無自覚でも、少しは魔力循環出来てたハズだモン」
「何だそれ?」
「視線を合わせると、気持ちがキュッとなるノ。手足の輪っかは、【飛行】封じに調整されてたカラ、【魅了の目】はあんまり防げてなかったみたいダシ」
マジか。それであいつ、やたらとモテモテだったのか。本人無自覚に色目を使いまくってた、ってーことかよ。
とは言え闘争心むき出しで戦ってる相手まで魅了出来るワケじゃなさそうだ。今もみっともなく避けるのが精一杯。
だが敵のチーター野郎は、確かに素早いが動きが直線的すぎる。それに避けられた直後に起動を変える時、かなりの隙。これさえ無ければとっくに捕まえてるハズ。直線的な動きもそうだが、戦略としても単調だ。
「おーい、いつまで遊んでんだよー!」
「そんなヒョロい奴、さっさと片付けちまえ!」
無様な追いかけっこを見飽きたギャラリーからそう野次が飛ぶ。それを受けてチーター野郎も表情を変え、今度は少しずつ間を詰めながらにじり寄る。
「ウン、ようやく、頭使い出したネ」
白猫の言うとおり、離れた距離からの突進ではかわされる以上、動き始めの距離を縮める方がかわされ難い。
それを見てまた慌てる足羽。逃げ場はないかとキョロキョロするが、周りを囲む他の獣人達がそれを許さない。何より今は、俺たち含めて勝ち残った9人が居る。
文字通りに追い詰められた。足羽の運命ここに尽きるかの状況だが……さーて、どうする?
俺は足羽とダチってワケじゃねえ。樫屋や田上みたいに連んでも居なかったし、むしろ大野達にガキ臭ぇいじめをしていた足羽、猪口のことはうざったく思ってた。とは言え、だ。
チーター野郎が一瞬身体を沈み込ませるように重心を落とす。間は3メートル程か。次の瞬間、奴は一気に距離を詰め、間違いなく足羽を捕らえるだろう。
一呼吸、その間に───、
「足羽! オーバーヘッドだ!」
俺の声に足羽は反応する。チーター野郎の動きよりも早くに、足羽はそれを実行し……それが見事にハマった。
突っ込んでくるチーター野郎に対して背中から沈むように身体を地面へと落とし、サッカーのオーバーヘッドキックよろしく振り上げた右足で側頭部を蹴りつける。
不意を突かれたその死角からの攻撃をもろに受け、また自らの突進の勢いを止められずに、チーター野郎がつんのめりながら倒れる。
歓声に笑い声。足羽のカウンターは見事じゃあるが、全体の絵面はドタバタコメディだ。ワンパターンな攻防に飽きてた連中が、この間抜けな逆転に大笑いをする。
その笑いにさらにいきり立つのは、当然コケたチーター野郎。蹴りにふらつきつつも見るからに頭に血を上らせて、
「に、逃げてばっか、いんじゃ……ねえぞ、このっ……臆病者!」
と立ち上がり、再び突進。ただしその速度は明らかに落ちている。
その突進を───今度はふわり飛び越える足羽。
つむじ風か、竜巻か。いや、そこまでの激しい風の威力じゃない。どちらかと言えば優しいそよ風。その柔らかい風の渦の中、羽根を伸ばした足羽が宙に浮き上がり───落ちた。
チーター野郎の真上に、だ。
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