遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-18.マジュヌーン(精霊憑き)(18) -愛のクライネメロディー

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 足羽はその後数日、俺の周りをうろちょろしてまとわりつき続けた。
 実際奴は身体的にはかなり華奢で、顔立ちも含めて一見すると女にも見えるくらいだ。
 前世では俺や樫屋、田上なんかからすれば弱っちいチャラ男だったが、大野とかに比べりゃそこそこ強い。基本的には中の上か中の中程度の運動神経で、サッカー辺りに関しては俺らよりやれる方でもあった。
 それがこの世界で空人イナニースとかいう種族に生まれ変わった今は、完全に下の下くらいの体力。
 全てがそこそこでそれなりだったのが、言わば外見特化型に変わったワケだ。
 
 しかも、どうもその足羽の外見特化型の性質は、意外にもほとんど誰にでも通用してるらしく、男も女も、南方人ラハイシュ猫獣人バルーティ犬獣人リカートも、誰もが奴を特別扱いしているようだった。
 特に奴の目、だ。
 大きく、透き通るように潤んだ虹色の瞳で見つめられると、奴のヘタレた前世、本性を知ってる俺ですらグッときてしまう。
 足羽は前世からのチャラい性格のまんまに、その潤んだ瞳で周りの連中を良いように使い、そこそこ日々の生活を満喫してやがるようだった。
 
 
「真嶋、真嶋、ちょ、た、助けて!」
 気だるく暑い食後の時間に、宿の食堂でゴロゴロしていた俺のところへ転がり込みつつ、足羽がそう喚いている。
 やや眠くなり微睡んでいた俺は、そのけたたましい声に意識を引き戻され苛立たしげに
「……ンだよ、うるッせえな」
 と返しながら視線をやると、足羽の後を数人の男が追いかけてくる。

 足羽は俺の影に隠れるようにしてうずくまり、必然、俺は追いかけてきた男たちと対峙する格好。
「何したんだよテメー。変なもめ事持ち込むな」
 と、そうボヤくも、んん、と気配……いや、匂いで察するに、どうもこの男たちは足羽に怒りを向けているワケではなさそうだ。
 むしろその逆、足羽に対してかなりの好意を向けている。
 いや、その上これは……、
 
「おい、お前、アシバさんの……何なんだよ……?」

 待て待て待て、何だかこっちに怒りのムードが向いて来てるぞ?
 
「まさかお前……アシバさんの、こ、こ……恋……」
「い、言うな! そんなの俺は認めねえぞ!?」
「恋人……じゃあねえだろうなっ!!??」
 
「ハァ!? 何言ってんだテメーら、あぁ!?」
 思わず妙に裏返った声でそう喚いてしまうが、いやいや、何をどうしたらそういう結論になるんだよ?
 
 だが男共は真剣な顔で、さらには周りの客達も何やらヒソヒソ話。その中からは「やっぱり……」だの、「いつも一緒に居るしねえ……」だのと肯定の言葉が漏れ聞こえてくる。
 
「ざけんな! よりにもよって……足羽とだァ!!??」
 異種族恋愛、同性愛。この辺じゃそう珍しくもないらしいが、よりにもよって、足羽とってのは有り得ねーわ!
 そう叫ぶと、男たちの数人はかなりの怒りを露わにし、さらには背後、隠れてた足羽のボケまでが瞳を潤ませつつ「……そんな言い方しなくても……」なんぞとほざきやがる。
 何だお前、どーゆー心境でのそのセリフだよ?
 睨み合いになる俺と男たち。その俺の後ろに隠れて、潤んだ瞳でその様子を見守る足羽。
 何だよこれ、どういう状況のどういう構図だよ。
 
 何故か男たちに嫉妬と敵意を向けられて、こりゃ一触即発と言う緊張の中、それを打ち破ったのは別の声。

「ホッホーイ、何じゃ、何を遊んでおーるのだなう?」
 白と赤茶けた毛のまだら模様。俺をこの地にまで連れてきた猫獣人バルーティ、アティックだ。
「フフン? 踊りでも踊るのか? わしもそこそこうまいのだぞーい?」
 この状況のどこに踊り要素があるのか分からんが、とにかくその間抜けな介入で、場の緊張は一気にほどける。
 
 が。
 そのほどけた緊張が今度は全く別の存在により、さらに底冷えするかに高まり出す。
 
 まるでそこだけ気温が数度下がったかにヒヤリとした空気。
 影から現れ、闇そのものが立ち上がったようなその姿。
 傷だらけの顔と身体に、短い真っ黒な毛並みに覆われた黒豹のような姿。
 上半身は剥き出しで、腰履きに幾つかの小袋と歪んだ曲刀。
 ヒジュル……。曰わく、“砂漠の咆哮”の新入り訓練教官だというその猫獣人バルーティは、気配を感じさせぬほどひっそりと現れ、しかしその存在だけで周囲を圧倒し、震え上がらせる。
 足羽を追ってきた男たちも、店の他の客も、俺の背後の足羽さえも───だ。
 
「───ちゃんと……逃げずに来たか」
 俺に一瞥をくれてからそう吐き出す言葉は、重く、冷たい。
「……逃げるかよ」
 その冷たさに気圧されつつも、なんとか気を張ってそう返すが、我ながら腹に力が入ってなさすぎる、か細い声だ。
 
 
「おい!」
 そこへ、今度は別の野太いだみ声が割って入って来る。
「お前がヒジュル───“賢者見習い”のヒジュルか?」
 太い男だった。
 腕も、脚も、胴も、胸板も、首も、その全てが太く、厚く、重い。
 背はそう高くなく、やや薄い茶褐色の毛並みは全体としてはかなりの短毛。顔立ちはそう───鼻の部分が長くない、潰れたタイプの種に近い。
 一言で言えばブルドッグか土佐犬か。それらに似たタイプの犬獣人リカートだった。
  その犬獣人リカートは、これまた全身から闘気というか殺気というか、とにかくそういう闘争心を漲らせ、匂いを放っている。
 
「だとしたら?」
 その漲る闘気を意に介さず、事も無げにそう返すヒジュル。
 ブルドッグ男はふん、と鼻息を荒くし、
「入団審査……とやらを、するそうだな?」
「ああ」
「いいか、そんななァ時間の無駄だ」
「ほう」
「俺より強い奴が居るわけねえ。俺を今すぐ“砂漠の咆哮”に入れろ」
 
 こりゃまたたいした自信家だ。まあ確かにかなりの体格に筋肉だ。上背はそうでもないが、横がかなりの厚さ。言うだけのものを持ってるだろうことは見てわかる。
 が、その傲慢不遜な物言いに対してヒジュルは一言、
「力でなく口先で己を誇示する者など、わが団には不要」
 と言って返す。
 その言葉その切り返しに、アティック含め、いつの間にか周りに集まっていた獣人達が笑う。
 戦士として示すべきはただ己の技と力。その当たり前と言えば当たり前のことを返されて、ブルドッグ男はカッとなったか、そのまま豪腕で掴みかかろうとし───ひっくり返った。
 
 その瞬間を、多分俺を含めたほとんどの者は見ていない。いや、見れていない。
 ブルドッグ男の身体が膨らむように大きく立ち上がったかと思うと、次の瞬間には───ダーン! との音と共に、仰向けになっている。
 投げた。それは多分そうなんだろう。だろうが、どうやって投げたのかはまるで分からない。
 
「───丁度良い、入団候補の者達は全て町外れの船着き場の側にまで集まれ。
 最初の試験だ。力と技を見せてみろ」
 
 ヒジュルがそう言うと、集まっていた獣人達の多くが表情を変えて立ち上がる。
 この場だけでも十人近く。アティックが言うに「方々から集めてきた」候補の連中がすでに集まっていたようだ。
 
 それからヒジュルはちらりと俺の……俺たちの方へと視線を向けて、
「己の無力を思い知るのが怖ければ───今すぐ逃げだ出すが良い」
 そう言ってきた。
 
 

 
 
 ▼ △ ▼
 
「なあなあなあなあ、何なんよ、何なのあのおっかねェ~~奴! なあ?」
 隠れるようにしながら俺の後ろをついて来ながら、足羽がそう聞いてくる。
「お前、何か、目ェつけられてね? 何やったんだよ? なあ?」
 小さくため息を吐きつつ、
「なあなあなあなあ……、うるっ……せェな、てッめーはよ! 知るかっつーの!」
 とどやしつけると、
「お、怒るなよォ~、だって気にな~るじゃ~ん?」
 と、怯えながらも馴れ馴れしく食い下がる。
 
 どうしたもんか。足羽はどーにもここンところ、俺に妙に馴れ馴れしく、取り入ろうとするような媚びた態度を取る。
 まあ知り合いでそれなりに腕の立つ奴が他に居ないから、というのもあるんだろうが、正直かなり鬱陶しい。
 
「フンフン、まあそれはわしにも分からんなーう。確かにヒジュルの奴は、妙~~におぬしのことを気にしてるところがあるなーう。特にこれと言った才能があるともおもえんのにのう」
 ひょこひょこと尻尾を動かしつつ、隣でそう言うのはアティック。こいつはこいつで、相変わらず微妙に失礼なことを言いやがる。
 
 着いた船着き場は、船着き場と言ってもたいした所でもない。オアシスの岸部に魚穫り用の幾つもの小さなボートが浮かべられ、木製のボロい桟橋の先には魚穫り用のボートよりはやや大きな帆船がある。
 このオアシスからは北へ向かって川が流れていて、そこからボバーシオとマレイラ海へと繋がっている。大きめの帆船はそれを水路として利用するための船だ。
 
 既に二十人近くの獣人達が集まっていて、それらの中心にはヒジュルが居る。
 獣人以外、入団候補の者達以外は、まだ食後の休息を取っている時間で数も疎ら。何人かは近くの小屋の軒先から様子見をしたり、漁に使うボートや網や銛の手入れをしたり、またはハナから見学目的でついて来て遠巻きに眺めていたりする。
 
「な、真嶋。お前、コレ、受けるの? そのナントカホーホーとかってのに入りたいの?」
 続けてくる足羽を手で追い払いつつ、さて俺はどう答えたもんかと考える。
 入りたい……という積極的な動機はない。だがすげー嫌……というワケでもない。ここに来る前にアティックに言った通り、今の俺にはやることが何もなく、帰る場所も居場所もない。
 生まれつきの───いや、違うか。
 つまり、真嶋櫂マジマ・カイ としての前世の記憶なんざ何も持たず、邪術士の家畜として育てられ中身空っぽのまま生き延び逃げてこの町に流れ着いたのならば、ごく普通の猫獣人バルーティの様に、腹が減れば狩りをするか魚を穫り、時たま取っ払いの仕事をして金を稼いで、酒を飲み歌を歌い、眠くなれば好きなところで寝て、ただその時の気分でふらふらする───そんな根無し草の生き方も出来ただろう。
 だが───。
 
「まあ、やるだけやってみるさ」
 足羽にはそう返し、軽く伸びをする。
 身体の調子は、まあ悪くはない。十分に健康体だ。のんびりだらけて過ごしては居たが、暑さのない朝夕には、散歩がてらに辺りを駆け回り時には狩りもし、またちょっとした筋トレめいた事もしていた。俺なりのリハビリみてーなもんだ。
 
 軽くジャンプをしながら、手足をブラブラと振る。
 こういうのは確か田上が言うには動的ストレッチというヤツで、本格的な運動の前にやると効果的なんだと。
 それから屈伸やら何やらの準備体操みたいなもの。うろ覚えのラジオ体操だ。
 で、気がつくとちょっとばかし周りの獣人達に「何やってんだコイツ?」みたいな目で見られてる。
 うるせーな、準備だよ、準備。
「んん? 踊りか? フフン、やはりわしの方がうまいぞーう」
 だから違ぇーよ、準備体操だよ!
 
「アティック、11人だ。11人並べろ」
 ヒジュルがそう指示を出すと、アティックが適当に候補者達を集めて横一列に並べる。
 その反対側に、別の11人をヒジュルが並べて、そのそれぞれの列を向かい合わせにして面をつきあわせさせる。
 俺はその、ヒジュル側の四番目。
 
「目の前の奴がお前らの敵だ。そいつを倒せ。勝った者を、“獅子の谷の野営地”に連れて行く」
 なるほど、分かり易い審査だな。まずは腕っぷしを見せて見ろ、てか。
 そう思い、俺は目の前の猫獣人バルーティを見、睨み付ける。
 火花散るかのような睨み合い……になるかというところで、俺の耳に入って来た間抜けな声に邪魔をされた。
 
「え? え? 俺? え、俺も?」
 
 ───足羽、何でお前も並んでんだよ……?
 
 
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