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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-12.マジュヌーン(精霊憑き)(12) -これで自由になったのだ
しおりを挟む併走するような獣の気配は、大きさは中型犬くらいか? 四足歩行で素早い動き。群れは適度な距離を保ちつつ次第に間を詰めてくる。
ここが森林や山岳地帯なら狼かとも思うが、どっちかと言えば、砂漠、サバンナに近い荒野。となればハイエナ、コヨーテ、リカオンみたいな犬科の群かと思いきや、どうやらもう少し厄介な奴らのようだ。
だがそいつらが勢いに乗って襲いかかるのは手負いの俺ではなく、明らかに強者のドラゴン野郎。
噛みつくのは犬科の牙だけではなく、尻尾に生えた毒蛇のそれも、だ。
腰から前が、耳が大きくブチ模様の犬科の獣で、後ろ半身には鱗が生え、尻尾が毒蛇の頭。もう見るからに怪物、ってな姿のそいつらは、つまりは今は敵の敵、俺の味方ということだ。
そいつらが近付き攻め、また離脱する連携に、俺を追うドラゴン野郎も苛立ちつつ応戦する。
ドラゴン野郎のウロコはやたらに硬くぶ厚いから、どっちの牙もそうそう簡単には「歯が立たない」だろうが、それでも奴の気は逸れる。
当然、そっちに掛かりっきりになるでもない。俺のことは追いかけつつも、邪魔なハエを追い払うかに尾を振り爪先で払う。
そのちょっとのロスが俺には有利。もうあちらじゃ準備万端、後は誘導して始末をつけるだけだ。
ゆるやかに円を描くようにしつつ徐々に軌道を変える。あまり急激に進路を変えると、横についてるお化け犬の方に行かれるかもしんねえし、何より俺自身背中の傷のおかげで、そうそう機敏にも動けねえ。
なるべく走り易い道を選び、目的地は例の大穴。古い地下移籍に空いたあの穴のところだ。
「来たぞ!」
高いところからのその声は樫屋のもの。集まっているのは主に夜目の効く獣人連中と、夜目は効かないが魔術を使える魔人の四人。狩人達には知恵と道具は貰ったが、闇夜の戦いと言うこともあり裂け目での防衛を頼んでいる。
遠巻きにその穴を囲むように待機している連中の中、目印としてランプを掲げる一人───、
「こっちだ───!」
「おう!」
静修さんのいる場所目指して走り抜けて───跳んだ。
その先は三階層はある遺跡の深い大穴。
俺を追いかけ、全力疾走をしていたドラゴン野郎も当然その後に続く。
だが俺は、穴の底へと落ちることなく、ロープを腰に巻いて柱の一つにくくりつけた静修さんにより、バンジージャンプよろしく飛び降りながらも抱き留められ、二人して穴の中の浅い階層へと転がり込む。
ドラゴン野郎は? 勿論穴の奥深く。深さにして10メートルはある汚水の底へザブンと落ちた。
そこへ周りから幾つもの攻撃が躍り掛かる。
一番ヤバいのは投げ槍。その使い方やコツは狩人達に軽くレクチャーしてもらった程度だというが、巨漢の田上や大賀たちの怪力で投げられるそれは、とんでもない威力になる。
そしてその武器を“作った”のは、金田の魔力によるらしい。
あいつは石や木の棒なんかを、そのまんま鉄に変える力があったらしく、急ピッチで幾つもの武器を作り上げた。
ただ、巧く成功するのは五回に一回くらいだそうだがな。
その金田の投げる鉄礫も、流石は時期エースを自称してただけあってのピッチング……と言いたいが、生憎身体の衰えから、こちらの方は芳しくない。再びの豪速球を投げられるようになるには、かなりの筋トレをやり直さないとなんねえだろう。
そして日乃川の火炎に、小森の呼び寄せた例の蛇犬。
日乃川の火炎は最初はただバカでかいだけのものだったが、実は大野の魔力でコントロール出来ることがわかったらしい。
つまり日乃川がでかい炎を作り出した後、それを大野がドラゴンに向かってぶつけることが出来る。何だか二度手間な話だが、オタクコンビのコンビネーションの見せどころだ。
小森の呼び寄せた蛇犬は、それ自体はこのドラゴン野郎相手には歯は立たないが、牽制し穴から出てこないように吠えてている。
穴の中へと落とし、這い上がらせずに一方的に遠隔攻撃を叩き込み続ける。
狩人達が集団で大物狩りをするときの常套手段とのこの策が、今は見事にハマっている。
「へっ……こりゃ、巧くいったな」
背中の痛みも忘れて、俺は穴の底のドラゴン野郎を見ながらニヤリと笑う。
策もある、道具も必要で、他の奴らの様々な力も必要だった。けどやっぱりそれをまとめ上げ率いたのは、静修さんの力だ。
俺が言ったところで、こんな風には動いて貰えない。
「……ああ、皆がそれぞれに、巧く、動いてくれたからな」
俺の隣で荒く息をつきながら、やはり穴の底のドラゴン野郎へと視線をやる。
この位置からは……5、6メートルくらいか? ちょっとばかし顔が近いが、上から投げつけられる槍だの岩だのがガンガン当たり、こいつはかなりのダメージだ。
大賀、田上の怪力チームは、金田の作った槍が尽き、今度は大岩や瓦礫を投げつけている。その大岩の一つが、今顔面にべっこりとめり込むみてえに大当たり。ああ、こりゃキツいだろうな。
次第に動きも鈍くなり、這い上がろうとの足掻きも減り始める。空飛ぶタイプのドラゴンじゃなくて良かったぜ。もしそうならどうしようもなかった。
そう思い、安堵と共に大きく息を吐く。だがその弛緩した意識に、再び最大級のアラートが鳴る。
このデスクロードラゴンとか言うのには翼もねえし空は飛べねえ。だが、跳ぶのに十分なぶっとい脚がある。
俺同様に、もうケリがつくかと気がゆるみ、上の連中からの攻めが甘くなったその瞬間に、奴は最後の力を振り絞るかに大跳躍。その飛距離はこの大穴から地表に這い出るほどには高くはなかったが、俺達の居る階層の床に激突し、崩れさせるには十分な威力。
地面が揺れ、崩れるのに伴い、俺と静修さんの二人は死にかけのドラゴン野郎と共に大穴の底へと落ちて行った。
▼ △ ▼
どれくらいの時間が経ったのか。正確なところはまるで分からない。
とにかく俺たちは流れる汚水の中へ落ち、そのまま下流へと押し流される。
べとべとぬるぬるとした壁面になんとか指を這わせ爪を立て、むりやり流れに逆らおうと奮闘。その手を誰かに……静修さんだろう誰かに引っ張られて、石畳の通路に上がる。
ゲホゲホとせき込むように口の中の汚水を吐き出す。糞、背中の傷も含めて、こりゃヤベェ病気にかかるかもしんねえな。
自分の身体を引き上げると同時に、絡み合うようにして一緒に流されてきた静修さんの方を見る。
見ると言っても細かくは目じゃ見えてない。
呼吸の音に心臓の音、そして匂い諸々で状態を確認するが、少なくとも命に別状はなさそうだ。
「大丈夫すか、静修さん」
「……あ、ああ。少し、汚水を飲んだが、な」
「病気になるかもしんねえから、気ィつけねーと」
「……そうだな」
さっきまで死ぬか生きるかの戦いをしてたのが、今は病気の心配か、とも思うが、いやいや、こういうのを舐めちゃダメなんだよな。
俺はよろけながらも立ち上がろうとするが、またまるで力が入らない。やはり例の薬の副作用か。
「お互い……九死に一生、てところだな」
そう言って静修さんは俺に肩を貸し、二人して狭い下水の通路を見回す。
構造的には最初に通ってきた下水路とそう変わらない。やはりあそこと繋がった、または似たような別の区画の下水路か。
確か聞いた話じゃ、複数の下水路は地下で複雑に絡み合い集合してて、何ヶ所かにある浄化槽にまとまってから河へと排出されるはずだ。
なかなかたいした下水道網だよな。
つまり、この下水路も、どこかで外には繋がっている。
しんどいが、歩いて行くしかなさそうだ。
「……とりあえず、下流に行くか」
「ああ」
肩を借りてひょこひょこと進む。上流に行けば本の大穴のところに戻れるだろうが、あそこはどう考えても上に登れるような場所じゃない。
ロープを垂らしてもらって助けてもらうというのも考えられるが、足場も悪い壊れた遺跡。むしろいわゆる二次災害の危険もある。
それにここの水は、最初の所よりも汚れてない。つまり既に浄化された下水の可能性が高い。となるとそう遠くない場所で川へと放出されてるのか、川へつながる用水路みたいなところに出ているか。
ま、どっちもある種の賭だ。最善が最悪か、またはどっちつかずの結末か。
「───なあ、櫂」
歩きつつ、静修さんがまたそう改まって聞いてくる。
「お前は、何を願った?」
願い? 何の話だ、と少し考え、ああ、と思い出す。
あの気味の悪い爺が「強く願えばそれも叶う」と言っていた、生まれ変わる前の赤い荒野でのこと。
改めて考えて、何を願ってたかと思い出すが、
「───あんま、ハッキリとは考えてなかったな……」
というのが答えになる。
「まあ、俺はチビで汚ェガキだったから、出来りゃもうちっとは見栄えも良くて強い身体になれりゃあ良いな、くれーのことは思ってたかもしんねーけど……大野達みてーに魔法が欲しいとかも思ってなかったしな」
俺のその言葉に、静修さんは少し考えるようにして黙ってから、
「そうか」
と小さく返す。
「俺はな───解放されたかった」
唐突に、静修さんがそう吐露をする。
「学園の中じゃ、俺は全生徒の規範だ。そして一族の中じゃ、宍堂の家を継ぐべき後継者だ。
そういうあらゆる全てから、解放されたかった。
あのとき俺は、そう望んでいた」
初めて───そう、初めて、だ。
初めて俺は、静修さんのそんな言葉を聞いた。
「宍堂の家は古くからの地元の名士。企業グループも幾つもあり、親族には議員も居れば、医師、弁護士、警察関係者も居る。
あの街のほぼ全ての場所に宍堂の影響力が及んでいて、言うなれば文字通りに王国だ。
俺はその宍堂王国の後継者として育てられ、宍堂王国に相応しい能力、立ち振る舞い、生き方を求められ続けていた」
静修さんはただ前を見て、こちらに一瞥もくれることもなく歩き続ける。
「───糞貯めの中の、糞の王国だ」
吐き捨てるかのような響き。
「うんざりだった。親父も、親戚も、その宍堂の名前にすり寄りおこぼれに預かりたがるカス共も───何もかもうんざりだった。
建二郎叔父さん、三年前に落選しかけたろ? あれは選挙事務所のボランティア女性を泥酔させ暴行したのをもみ消すために、方々に金をばらまき根回しするのに手間取ったからだ。正次さんの介護事務所でも、虐待や不審死を誤魔化すためゴタゴタ続き。けど誰もその問題を指摘しようとすらしない」
うっすらとは耳にしていた、宍堂の家に纏わる腐敗や問題。
「けど、何よりも一番うんざりだったのは、それらを嫌悪しつつ、それに染まり、従い続けていた俺自身のことだ。
表向き優等生を演じつつ、腹の底ではそういう全てを嫌悪し、ぶち壊してやりたいと思っているのに、何もしない、何も出来ない俺自身のことだ」
そんなことを───そんなことを考えていたなんて、俺は全く知らなかったし、思ってもいなかった。
どう答えれば良いのか、どう返せば良いのか。
何も考えることも出来ず、ただその告白を聞いていた。
「望んだのは、二つだ。
一つはさっきも言ったように、そういう糞なしがらみ全てを断ち切って、解放されることだ。
そしてもう一つは───蛮性。
言うなれば俺は、櫂、お前になりたかったんだよ」
不意にそう言われ、俺はさらに何をどう受け止め、どう答えれば良いかがまるで分からなくなる。
「出会った頃のお前は、正に野生の獣だった。誰にもなつかず、誰にでも牙を剥く───気高く野蛮な猛獣。
ふ……猛獣は言い過ぎか。だがそれは俺から見て、あまりに眩しく───羨ましかった」
前方から夜空の光が近づいてくる。出口。この長い下水路が外部へと繋がる排水口。
「だからな、櫂」
排水口からは勢いよく水の落ちる音が聞こえてくる。高さがあるのか、それほどの量ではないのだが、ちょっとした滝のようになってるのだろうか。
「俺は───お前が心底憎かった」
ここで、小さく自嘲気味に笑った。
「一目見て、羨ましく、妬ましくなり───だから許せなくなった。
だから俺は、お前を手懐けてやろうとし、結局はそれに成功した。
だが、それに成功して感じたのは満足感でもなければ、勝ち誇れるような充実感でもない。
一言で言えば失望だ。
気高く野蛮な、俺がなりたくてもなれないでいたそのお前が、俺なんかに手懐けられ、飼い猫みたいになっちまったことへの、大いなる失望だ」
その声には、何ら感情らしい感情が含まれていなかった。いや、或いは単に俺が、それを感じられなくなっていたのかもしれない。
「───こうなって、俺は二つの願いを叶えることが出来た。
宍堂のしがらみなんかまるで関係ない、囚われていた捕虜の境遇。そしてまさに獣そのものの蛮性。
さっきのドラゴンとの戦いも、イカれた半死人とやらとの戦いも、どっちも本当に───心躍る愉しい経験だった……!」
陶然とした、熱のこもった荒い息。
もうすぐ、目の前には月の光りと夜空の渇いた空気。そこは本来排水口として作られた場所ではなく、どうやら最初の大穴同様に、壊れて外部へと繋がっただけの場所のようだった。
「───静修さん、俺は……」
「いい、お前は何も悪くない。
それに、お互いこうなったお陰で、そういう過去の……前世のくだらないしがらみからは解放されているんだ。
俺は、初めてお前と本音で話すことが出来たし、その事に思ってた以上に……満足している」
初めての本音。
確かに、それはそうなんだろう。俺が間抜けなだけか、それとも静修さんが本心を隠すのが巧すぎたのか。
俺が今までに見て、感じてきた俺たちの関係性への認識を覆し、全部をチャラにしてしまう衝撃だ。
「ここに来るまで、それでもまだ俺は迷っていた。どうするかを……決めかねていたんだ」
何を?
「ここ……つまり、この下水路から外へと繋がる出口。
そこに着くまでに……いや、着いたときに、そこがどういう場所か……。
それによって、どうするかを決めようと、そう思っていた。
ある種の賭け……だな」
静修さんは俺の方を……ここに来て初めて、真正面から俺の顔を見つめる。
月明かりに象られた影の中、かつて兄弟だった二匹の獣が、お互いの顔がぶつかるかの距離で見つめ合っている。
「櫂。お前は今の俺にとって、唯一残った『宍堂家のしがらみ』の、最後の一つだ。
俺は、もしこの出口がそのまま普通に外に出れるような場所なら、お前に肩を貸したまま共に歩いて行こうと思っていた」
「静修さん……」
水は、崖状に抉られた岩肌の下5、6メートルくらいの沼のような場所へとドボドボと音を立てて落ちている。
「───もしここが」
ゆっくりと、静修さんは俺の肩から身体を離す。
「……静修さん?」
沼はやや広い湿地のような扇状に広がり、その先がうねる川となり流れている。
「こんな風に───お前との縁……しがらみを断ち切るのに相応しい場所だと思えたら───」
「静修さんっ───」
ゆっくりと、俺の両足が地面から離れる。
「───さよならだ、愛しい我が弟。
もし縁がまだあるならば、また会うこともあるかもしれんな───」
その声を聴きながら、俺は意識も思考も、もちろん身体も、まるで麻痺したように硬直したまま、闇の中へと落下して暗い沼の中に飲み込まれていった。
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