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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-11.マジュヌーン(精霊憑き)(11) -雲の上を真夜中が歩く
しおりを挟む遠く、かなり遠くに見える城壁に囲まれた市街地からは、もくもくと煙が立ち上り、赤紫に染まる夕日の空に幾筋もの白い帯を描いている。
あそこでは戦闘もほぼ終わり。だがそれまでには、多くの兵士が戦い、傷つき、死に、そして殺していたはずだ。
ティフツデイル王国軍がこの後クトリアの地を占領支配するのか、または悪徳の地として徹底的に破壊し焼き払うのか、それはここの誰にも分からないが、“イカれてない半死人”の言うには、少なくとも俺ら獣人や魔人たちが歓迎されないだろうと言うテレンスの見通しは正しいものだとみて良いようだ。
特に厳しいのは邪術士達の雇われ兵や衛士をしていた者。
魔人はそれぞれ実験的な邪術で造られたいわば改造人間で、出来の良し悪しは個人により全然違う。
そして失敗作や不出来な者は廃棄されたり冷遇されたりしていたが、出来の良い者は重宝がられ、中には十分な衣食住どころか身の回りの世話をする奴隷まで与えられ、厚遇されていた者も居るという。
もちろん邪術士の奴隷のままであることには変わりない。変わりないが、良い食事に清潔な服や装備、快適な寝床を与えてもらう代わりに、邪術士たちの護衛や、他の奴隷や反抗的な住人の監視役をしていた。要するに奴隷頭だ。
同じ様に身体能力に秀でた獣人を、そういう奴隷頭として使っていた邪術士もいる。または物珍しい獣人を、愛玩動物のように侍らせていた者なんかも居るらしい。
そういう奴らは奴隷とは言え王国軍からすれば敵対の可能性が高い危険人物。獣人兵の戦闘能力や、埋め込まれ使える魔術も危険なら、性質的にもやはり危険。
なので邪術士同様に追撃を受ける可能性は高いだろうと言う。
“イカれてない半死人”の言うことには、今ここに居る元奴隷たちの中には、七人ほど邪術士の実験で魔人となってる者たちが居るという。
俺たち一年生組では、大野、日乃川、金田、小森の四人だ。
自身も魔人であるそいつには、何となくではあるがそれが感じ取れるらしい。
だが、ほとんどが所謂失敗作。頭がイカれる程にヤバくはないが、廃棄にはいたらぬものの、邪術士たちが満足するに足る魔人とはなれなかった者たちだろう、とのことだ。
それから狩人達の先導で、ここから少し離れた岩場の裂け目にある洞窟へと案内される。
そこは外からは本当にちょっとした裂け目程度にしか見えないが、内部の空間は広く、また奥には昔作られただろう居住区がある。
今いる全員が入ってもまあまあなんとかなる広さだ。
狩人たちも昔は隠れ家の一つとして利用していたらしく、幾つかの道具や資材が残されてもいるが、最近はもっと便利な場所が確保されたことと、この岩場のそう遠くない場所に崩落した古い遺跡の跡があり危なっかしいという事で、ほとんど使わなくなったという。
その崩落した地下遺跡の跡というのも確認したが、確かにこれは危なっかしい。
直径にして50メートルくらいはありそうな、三層分かそれ以上の地下遺跡が丸出しになり見えるくらいの大穴が空き、その底には汚水が流れている。例の下水路の一部と繋がっているのかもしれない。
こういう所は落下や崩落の危険性だけでなく、魔獣や危険な野生動物が集まることもあるとかで、その意味でも危険だってー話。
ま、要はうかつに近付かなければ良いってだけだけどな。
狩人達はその他にも、この辺りの地形や町に集落、そして様々な危険についても教えてくれた。
平地にはバカデカい角の凶暴な羊、川に近づきゃ巨大蟹やら鰐怪人が居るし、山の方に向かえは化けヤモリ。そんで夜には尻尾が蛇のまだら犬がウロウロしてる。こりゃやっぱとんでもねえ怪物の国だ。
けれども困ったことに、水や食料はここに来て明らかに足りなくなった。特に水は問題だ。それを見越した狩人達は、完全に日が暮れる前に俺たちの中から、俺と樫屋を含めた数人を連れてちょっとした乾いた土の広がる場所へと向かう。
フリオと名乗った狩人たちのリーダーは、他の狩人と俺たちにてきぱきと指示を出す。
指示通りに位置取りをして、また指示通りに揃って足を踏みならし地響きを立てて吠え声をあげると、土の中から数匹の犬みたいな奴が飛び出して来た。犬みたい、と思ったが、良く見ると全然違う。毛のない大きな生まれたてのパンダの赤ちゃんみてーな見た目で、上下に鋭い出っ歯。
そのキモい動物がぴょんぴょん飛び跳ね逃げ回るのを、狩人達が棒やナタで仕留めようとする。
俺は横をすり抜けようとする一匹を蹴り飛ばして一人の狩人の胸元へ。狩人はそれを見事にキャッチして締め上げる。
同じ様に樫屋もその大きな手でがっつりと掴み、残りのもう一匹はフリオの吹き矢が仕留める。
合計三匹。大きさからしてもまあ20人ちょいの今夜の飢えを凌ぐには十分足りるだろう。
それから幾つかのサボテンの葉や赤い果実をもいだり、乾いた木の枝を拾ったりしながら岩の裂け目へと戻る。
サボテンの葉も食えはするが、まあ不味い。けれども何より水分補給が出来る。
全員にサボテンの葉とサボテンの果実を切り分けて配り、それから例の生まれたてのパンダの赤ちゃんみてーな生き物の首を切り、頸動脈から血を取り出して器に貯める。そしてそれを俺達への回して飲ませようとする。
「うえぇぇ、いくら何でも生き血を飲むのはキモすぎるぜ」
そう嫌悪感を露わにする樫屋だが、
「血を飲むのは水分補給だけでなく不足した塩分を得るのにも重要な栄養補給だ」
と、静修さんが言い、まずはと一口器の血を飲む。
犬のような長い口元は、人間の時と違って器から液体を飲むのに向いてない。最初に杯を空けるみたいに飲もうとしてうまくいかずに血をこぼしてしまい、それから口を器の中に突っ込むようにして啜ると、今度は鼻に入ったのか咽せてしまう。
一通り咳き込んでから、
「だめだ、俺じゃうまくいかん」
と言って笑う。
パッと見には、口元を血塗れにした犬人間。普通なら不気味もいいとこのホラー映像だが、何だかそれらの作り物めいたシチュエーション込みで、バカバカしくもあり笑えてくる。
大賀が笑いながら生き血を飲み干したのをきっかけに、俺達もまた妙な高揚感と共に笑い、めいめいに生き血を回し飲みにする。
生臭くては飲めたもんじゃないだろうとの予想に反して、確かに鉄臭くも生臭くもあるその生き血を、俺は一気に飲み干した。
「……旨いな」
「味覚まで変わっちまってんじゃねえのか、俺ら」
「いや、俺も……けっこう旨く感じるぜ。
あれだよ、激しい部活でめちゃくちゃ汗かいたあとに、普段なら不味い塩分濃いめに作ったスポドリがめちゃ旨く感じるのと同じじゃねーの?」
金田のその説も、その前に猪口が言った味覚まで変わってるという説も、どっちも説得力はある。
それから、奥の方からちょっとした歓声があがる。
見ると日乃川を中心にして石組みのかまどで火をつけていた。
狩人達は下処理を終えたさっきの獲物の肉を、串に刺して炙り出す。
その焼けた表面からナイフでこそいで、これまた器に持って次々と回していく。
「これもイケるな。昨日の臭ぇスープとはえれえ違いだぜ」
焼きたてというのもあるし、多分狩人達が持っていた調味料や処理の仕方も良いんだろう。樫屋は手放しに喜んでいるが、正直肉そのものの臭みや何かはあまり美味とは言えないだろう。やっぱこれも生き血と同じく身体が欲していたんだろうな。
ふと気になって、焚き火の前で狩人達と肉を焼くのに興じている大野と日乃川へと向い、
「なあ、もしかしてこの火、日乃川が“魔術”でつけたのか?」
と聞く。
前世の面影をどことなく残している小柄な体格の日乃川は、やや誇らしげな笑みを浮かべ、
「うん! 俺、やっぱ魔法使えるみたいでさ! ただ、まだ大きさをきちんとコントロール出来なくて、すげーデカいのか、すげーちっちゃいのしか出せないの」
「あのゾンビ先生が、マリョクジュンカンのコツ教えてくれたから、それを訓練してけば、もっと上手く出来るようになるぜ!」
大野がゾンビ先生とか言ってるのは、“イカれてない半死人”とかの、見た目がゾンビみてーな奴の事だろう。
奴自身も邪術士に改造させられた魔人だと言うし、ある意味先輩としてその辺にも詳しいのか。
それぞれに腹も満たした俺たちは、再び昨日と同じく交代で見張りをしつつ寝ることにする。
鐘の音が聞こえないから、月の位置で交代を決めることにしたが、星の出てきた夜空を見上げると金色のごく普通の月の他に、薄青い小さめの月が浮かんでいる。改めてこの世界が、全く別の“異世界”なんだと言うことが実感出来た。
狩人たちと俺たちとで、それぞれに見張りを立てる。
俺は今回、静修さんと組んで入り口近くのちょっとした窪みに座り込むことになる。
この状況になってから静修さんと二人だけになるのは初めてで、しかも今や怪奇犬人間と猫怪人だ。
ぶっちゃけ状況の変化に頭がまるでついてきてねえ、ってのもあるが、何にせよ妙な気分じゃあある。
気まずげな沈黙を、まず先に破ったのは静修さんからだ。
「───こうなってから、二人きりで話すのは初めてだな」
今まさに俺が考えて居たとおりのことを静修さんも言う。だが、それに続く言葉は全く予想外のものだった。
「いや……、まあ初めてと言うか……正直に言うと、今までお前のことを避けていた」
俺はそれにどう答え、どう反応して良いか分からず、ただ「あ、うん」と間の抜けた返事をする。
それにまた応じて、静修さんは頭を軽く掻いてから、
「俺たちは死んで───別の世界に生まれ変わった。その事はもう、どうやら疑いようのない現実らしい。
そして俺はこんな犬みたいな生き物で、お前は猫だ。もう、お互い人間ですらない」
自嘲かどうか、その声にはやや笑いの響きがある。
「───そして、櫂。俺とお前の関係は───もう母親違いの兄弟なんかじゃあない。
ただの、一人の男と男……それだけだ」
───それもまた、確かに一つの紛れもない事実だ。
言い換えれば、俺と静修さんとを繋ぐものは、今ここでは何もない。
「その事を、俺は自分の中でどう整理をつけて良いのか……それがまだ分からないんだよ……」
そう言いつつ、岩の裂け目から空を仰ぎ見るようにして深く息を吐く。
俺は───いや、俺にとって静修さんは静修さんだ。
例え異世界でお互いワケの分かんねー状況で、人間じゃない、獣の顔した生き物になっちまっても、その事実は無くならねえ。
だが……。
「……しッ!」
俺が何かを口にしようとするより早く、静修さんは右手を突き出してそれを止める。
「───ヤバそうなのが来るぞ」
何が? いや、それは聞くまでもねえ。匂い、音、そして存在感。
怒りまくりのアドレナリンがビンビンに出てるだろうそいつの狙いは、多分、俺。
自分の口の中に金色の金属棒を突き立てた、ムカつく猫野郎を執念深く追いかけてきたのは、テレンスがデスクロードラゴンと呼んだ、あの化け物だ。
▼ △ ▼
どうする?
岩の裂け目は幅が狭く、田上や大賀でもギリギリだ。それよりデカいあいつの図体なら、奥に隠れて立ち去るのを待つって手もある。
だが奴が立ち去らなかったら? いつまでも粘り強く入り口を塞いで待ち続けたら?
それにまた、奴の爪、或いは尻尾、体当たりに、岩の裂け目を崩せるだけの力があったら?
そのどちらでも、ここに籠もる選択は致命的だ。
なら、やる事は一つしかない。
誰かが囮になり、奴を遠くへおびき寄せる。
そこで───ケリを付ける。
俺は岩場から岩場へと疾走する。
バランス感覚に脚力にと、この身体はマジで信じられねえくらい安定して素早い。
機敏さなら樫屋も凄いが、速度で言えば俺の方が上。何よりあのドラゴン野郎は俺の匂いを覚えて、それを追って来ているみてえだしな。
いいぜ、来いよ。真夜中の鬼ごっこだ。崩れそうな岩場に、足場の悪い砂地。絶壁みてえな高い崖をよじ登り、新鮮で乾いた夜の空気を思い切り吸い込む。ああ、血のにおいだの汚水の匂いだのばかり嗅いできてた今、こんなにも気持ちの良い空気を吸い込めるなんて、嬉しくてたまらねえぜ。
だがその空気の中に紛れる嫌な匂い……つまりは例のデスクロードラゴンの匂いが、やはり執拗に俺を追い掛けて来ている。
「モテねえぜ、そういうのはよ」
雄か雌かも知らねーが、まあしつこいのは良くねえよな。
距離は───100か200メートルくれえか?
かなり近くにまで来ているが、まだまだちょっと離れすぎか?
高い岩場の上で感覚を研ぎ澄ます。形はよく見えないが暗闇でも見通せるこの猫の目は、闇夜を動く獲物、そして敵を見つけやすい。何より音や匂いへの感覚の強さは、人間だった頃にゃ想像もつかねえ。
よし、来てるな。見つけたろ、この俺を。
そうだ、テメェの口ン中をえぐってやったムカつく毛玉野郎だぜ。
図体に似合わぬ俊敏さに跳躍力。俺を上回るその脚力で、軽々と崖を登りっつつ……そら、お出ましだ!
名前の通りの“死の爪”一閃!
俺の頭のあった位置を風圧が襲うが、俺は既に上体を低くし這うような姿勢からの跳躍。
スカイダイビングよろしく崖から飛び降りて、左手を崖の窪みにかけて反転、右足を別の出っ張りに乗せてまた回転。そのままくるりと着地してから、またも素早く岩場を駆ける。
ナップル様々、お陰様だ。
おとり役をするにあたって、俺は再び例のナップルから貰った魔法薬を使っている。
確かに体調も回復し、この身体の使い方にも慣れて来た。だが前にやりあったときは三対一で薬込み。一人で逃げ回るのに素の身体能力だけじゃあちと心許ない。
そこでやっぱりドラッグの出番。
効き目が終わるとえらく疲れるが、その前にケリをつければ問題ない。
言い換えれば……薬の効果が切れる前になんとかしなきゃ、命はない。
さあ、頼むぜ。
なんでか猫怪人になっちまった俺だが、ここですぐさま死んでやる気は全くねえ。
出来るだけのことをやるだけやって、力尽きるまで走り抜けてやる。
ずしん、と地響きのような着地。体重、体格と比較にならねえ恐竜並み。そいつがほとんど俺と───薬でブーストアップした俺と変わらねえ速さで猛烈に追い掛けて来てる。
爪、爪、噛みつき……そして尻尾!
死んだ狩人から拝借したナタ並みの、文字通りに簡単に死をもたらす爪も怖いが、ぶっとい尻尾の一撃も怖い。
直線速度じゃ追いつかれる分、細かい狭い場所を選んでちまちま進路変更をしながら逃げるが、そのタイミングで尻尾の一撃もやってくる。巨大の制動、バランス取りに必要な尾の動きが、そのまま追撃にも繋がっている。
その次に頭上をかすめる巨大な顎。爪の連撃をかわした後には、このマルカジリ攻撃。流石に爪より雑な攻めだが、頭に食いつかれたらこりゃ一巻の終わり。
転がるように前転し、そのまま跳ねるように跳躍。目の前の岩壁を蹴りつけて、背をそらして後方宙返りで奴の背後へ。
おっと、当然のような尻尾の追撃をかすらせもせず、再び不安定なでこぼこの岩場を別の方向へと駆け抜ける。
どうした? まだまだだぜ。まるで当たる気配もねえぞ。当たれば全部致命傷。それでも当たらにゃ意味もねえ。
かわす、走る、飛び跳ね、着地。
よし、いいぜこいつは。いけるぜこれは。
夜空に浮かぶ、合図を待ちつつ、俺がそう自信をもって飛んだ先に……ああ、マズい! こりゃ……サボテンだ。
岩場のつもりで足を乗せようとしたのは、絵に描いたようなトゲトゲ塗れの丸いサボテン。
そのぶっとい針が俺のしなやかな猫の足裏へと刺さりまくる───かと思いきや、危うく身体を捻り軌道を変える。
だがその数瞬のロスが致命的。背中を引き裂く奴の爪先は、俺の血に濡れて月明かりにぬらりと輝く。
痛い、なんてもんじゃねえ。いや、最初の数秒は、むしろ鋭さ故か痛みの感覚すらなかった。
ワンテンポずれての血しぶきに小さな悲鳴。飲み込んだそれを無理やりねじ伏せ、それでも着地した地面を蹴りつけ再び距離を取る。
マズい。痛みと衝撃で頭が鈍る。
じんじんと熱を帯びたような傷口に、まるで後ろから奴の息がかかってるかに錯覚してくる。
走り、跳び、着地し、反転。それぞれの動きそれ自体はそう変わらねえ。
だがその一つ一つが少しずつ鈍り、テンポがずれて詰められる。
再びの爪。かわす、かわす、ステップバックしてさらに半回転。するがその軌道の先手を取られて、反対側からの痛烈な一撃。
爪先は俺の鼻面から眉間にかけてをえぐり取り、その衝撃だけで吹っ飛ばされそうになり後退する。
意識がまた飛びそうになる。
まだか? まだなのか?
飛びかけた意識を無理やり引き戻し、再び距離を空けながらも、それを別の方角へと向ける。
向けると当時に、二つの兆し、変化が訪れる。
一つは、そう、闇夜に光る炎の柱。これこそお待ちかねの、日乃川による準備完了の俺への合図。
そしてもう一つは……一体、二体……いや、六、七体くらいの、地を駆ける獣の気配。
乱入してくる新手の登場だ。
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