遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-10.マジュヌーン(精霊憑き)(10) -再殺部隊

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「ゾ、ゾンビだぁ!?」
 多分大野か日乃川の間抜けな叫びが、正直俺たちの頭に浮かんだイメージをストレートに言い表している。
 腐り、また干からび、土気色になったような肌は生きた人間のそれじゃあなく、また虚ろで濁った目には理性らしきものの影もない。
 奴隷や捕虜達が着ているようなボロ着か、或いは全裸。老若男女問わない痩せこけた死体たちが、今は怨念にでも取り憑かれたかに這いずり爪と歯で襲いかかってきている。
 
「やっ……ぶぺ、ゴブ、ゲ、こいつ、ら……!」
 およそ三体の死体に組み付かれている樫屋は、なんとか水面に顔を出すので精一杯。
 その樫屋の手を取り引き上げようとする俺の腕に別の一体が腕を伸ばして来たところを、まずは田上の拳が振り抜きぶちのめす。

「手ぇ握れ! 離すなよ!?」
「はなっ……ぶざっぶべ、ばやっ……ぎあべ……!」
 何言ってっか分かンねーよ! と内心で突っ込みつつ、両手で奴の手を握る。
 絡みつく死体を田上が丁寧かつ迅速に剥がして汚水に叩き込むと、なんとか引き上げられた。
 
 その最中にも、汚水溜まりに浮かんでいたいくつもの死体が次々と通路へと這い上がり、俺たちへと躍り掛かって引っかき、噛みつき、また殴りかかり組み付いて引き倒そうとし始める。
 フォーメーションも糞もねえ。とにかく大混乱の中、逃げ回る奴ら多数に、なんとか立ち向かうのが少数。
 俺たち獣人に、前方じゃ静修さんを中心とした三年組。そして……いや、こりゃ駄目だな。あの狩人だと言ってた連中も、立ち向かえているのはニ、三人。残りは既にやられているか、慌てふためき這いつくばるか。
 
「金田、小森! 樫屋と戦えねー奴らを来た道の方へ連れてってまとめといてくれ! 
 田上、そいつらの方に糞ゾンビが行かねーよう頼むぜ!」
 俺はそう叫ぶとわらわら溢れる糞ゾンビ共の中へと躍り掛かる。
 
「わ、分かった……!」
「おう」
 それぞれの了承の声を背に、まずは少し手前の狩人どもの方へひとっ跳び。
 実のところまだ脇腹だの脚だのの一部は痛みが残ってる。ナップルの魔法薬ってのは正に文字通りに魔法みてえに治しちゃくれたが、全てが完璧に完全回復ってなもわでもねえ。
 だがそんなのは言わばいつものことだ。
 それこそ樫屋も居たって言う新御多三中の土屋とその連れの30人ばかしのクソったれ共と、ウチの連中10人でやりあったときなんざ、後で検査したらやっぱ三本ほど骨にヒビが入ってたし、打ち身に腫れに擦り傷なんかは数え切れないほどだった。
 そんときに比べりゃまるで軽い。軽いしそもそもこの身体、痛めつけられ弱っていたにしても、こうやって動かしてみれば分かるほどに、あの頃の気合いだけで殴りあってた真嶋櫂の身体とは比較になんねえくらいのポテンシャルがある。
 言うなりゃ以前の俺は原チャリで、この猫怪人の俺は大排気量のレースバイクだ。
 ただし現状、古びて整備もろくに出来てないオンボロだが、それでも基礎性能が違ってやがる。
 
 右手を一振り、爪先を糞ゾンビの眼窩に引っ掛けブン投げる。その腕はそのまま半回転させ、別の糞ゾンビの首もとにラリアットよろしく勢い良く叩きつけ、これまた吹き飛ばす。
 糞ゾンビ共は最近の映画パターンののろのろしてない素早いゾンビだが、それでも俺の機動力と反射速度にゃ適わねえ。
 
 
 
「真嶋テメェ、俺の方に寄越すンじゃねえよ!」
 叫びながら手にした例の金色の金属棒で糞ゾンビの頭蓋をかち割る猪口。
「しゃーねえだろ。俺は素手なんだしよ」
 答えながらも今度は足元に纏わりつく糞ゾンビの頭を思いっ切り蹴り飛ばす。
 映画なんかのゾンビはだいたい脆くなってるような描写だが、こいつらは素早いし身体の作りもそこそこ頑丈。金属棒でぶん殴ってる猪口とじゃ与えられるダメージが全然違う。
 
 走りつつ狩人どもに纏わりついてる糞ゾンビを引き剥がし汚水に投げ込み、
「おいコラ、情けねえ様晒してンじゃねーぞ」
 と言うと、中の一人が何事かをわめく。その手の指し示すのは汚水溜まりに浮かんだ何か……ああ、火の消えた松明だ。
 ああ、そうかそうだな、忘れてたぜ。
 俺は猫怪人になってるから暗闇でも視界が効くが、普通の人間のこいつらとしては、灯りがないのは致命的。
 多分最初に襲撃を受けた際に松明を汚水溜まりに取り落としちまったのか。
 そりゃ仕方ない、と、今戦ってない動けそうな奴を一人引っ張って立たせ、
「おい、あっちだ。あそこの……あー……犀人オルヌスのいる方へ行け」
 と告げる。言葉は通じてねえだろうが、身振り手振りと犀人オルヌス、との言葉で理解は得られたっぽい。
 
「猪口! 何人かそっちに送るから、間違ってぶん殴るなよ!」
「しねえよ、バカ!」
 しそうだから念押ししたんだが、まあ気をつけてくれ。
 
 二人、まずは這うようにして向こうへ。怪我はほとんどない。
 動けそうにないのが三人ほど。一人は……ああ、こりゃダメだ、喉を噛み千切られもう息もしてねえ。くそ、マジでこりゃグロいぜ。ものの輪郭がぼやけて見えていて助かった。
 あと一人もこりゃヤバそうだ。太股の内側をかなりエグられて、血の量が半端じゃねえ。
 その横に着いてるもう一人も、肩と腕に深手を負い、これもすぐに治療しないと危ない。
 
「こいつを借りるぜ」
 言いつつ、既に息絶えた狩人の腰に差していたナタみたいな分厚いナイフを抜いて手に持つ。
 素手のままじゃ流石にキツい。こいつがあればもっとなんとかなるだろう。
 
 で、踏みとどまり戦ってる三人も、一人は額を切って血が目に入ってて、ただでさえ暗い視界がさらに悪くなっている。
 もう一人は既に三体ほどの糞ゾンビに組み付かれていて、別のもうひとりがそれを引き剥がそうとしてるが、その足元には新しく汚水溜まりから這い上がって来た別の糞ゾンビ。
 まずは……こいつを上から踏みつけにし、そのまま後頭部、その付け根の延髄へと力任せに斬りつける。重く分厚いナタの刃は、巧いこと首へと食い込んで、ほぼ半分くらいまでを切り裂いた。そいつをさらには蹴りつけて、また汚水の中へとたたき返す。さあ、今度はもう生き返ってくれるなよな。
 
 そのまま一人に組み付いているゾンビ一体の背後から顔面に左手を伸ばし、もう一度人差し指と中指を眼窩へと突き刺し引っ掛けるようにして引き剥がす。
 顔を仰け反らせたそのゾンビの開いた喉元へナタを振るい、今度は横から首を斬る。ゾンビはまたも死人と思えない勢いで血飛沫をあげて、俺の右腕を濡らす。
 とどめとばかりに床面へと叩きつけつつ、さらには脊髄へと体重を乗せた膝蹴り。普通の人間相手なら危険きわまりないやり方だが、相手はゾンビだ。これでも足りねえくらいだろ。
 
 そうしてると組み付かれていた狩人の一人は、他の仲間に助け起こされ、膝をつきつつ這うようにこっちへ。
「おい、俺がケツモチすっから、そいつら連れてあっちへ戻れ!」
 やはり言葉そのものは通じてないだろうが、身振り手振りで意図を伝える。
 倒れ、手傷を負い動けない仲間をそれぞれに担ぎ、肩を貸し、背負いながら田上の位置まで撤退。俺はそれを助けつつ少しずつ移動し、ひとまず猪口と肩を並べる位置で糞ゾンビ共を牽制。
「よし、取りあえず全員下がったな。俺らも戻るぞ」
 と示し合わせ田上の位置まで後退した。
 
 田上は俺の指示した通りにその巨体で糞ゾンビどもを寄せ付けないでいた。そのおかげでこの汚水溜まりのあるホールへの入り口通路の場所で丁度うまいこと半円形の陣が出来ている。
 中心が田上で、その左右両サイドに樫屋、金田。金田はいつの間にか不細工な鉄の棒を手にしてスウィングしてる。
 そしてさらにその外側に、今し方後退してきた狩人達のうち二人がつき、その反対側に俺と猪口がつく形。
 これで丁度きっちりと前衛が隊列を作る。
 
 このゾンビどもは早さも力も勢いもある。古典的ノロノロゾンビじゃねぇリメイク版の新世代だ。凶暴凶悪で勢いはあるが、だが無秩序で戦略、戦術もない。
 パニックを起こさず列を乱さずやり合えれば、そうそう遅れは取らないはずだ。
 
 そのとき後ろから……つまり俺たちが今まで進んで来ていた通路の奥から、再び大野と日乃川の間抜けな悲鳴が再び聞こえた。
  
「うわぁっ!」
「う、後ろからも、き、来たっ!?」
 マジかよちくしょう、そいつはヤベェな……と後ろの気配に気をやると……いや、これは……一体だけ……か?
 しかも猛烈な勢いで攻めかかるゾンビ共と違って、ただひたひたと普通に歩いて来ているだけのようだ。
「ゲェスタナ ヒダンドウ ウステデ?」
 そしてこれは、声、だ。そう大声じゃねえが、普通に何かを話している。

「え? え? 何て?」
「ウェスダード ベスダド……ノ エレス ディモニ?」 
 とにかく何の話か分からねえが、糞ゾンビに挟み撃ちにされたワケじゃ無さそうだ。
 攻撃的な相手でもないみてえだし、まずは目の前の敵に集中しようと改めて向き直ったところ……。
 
「おい、何だ、もう居ねえぞ……?」
 樫屋の言うとおり、何体かのぶっ壊れたゾンビ共の死体を除くと、既にどこかへと去り居なくなっていた。
 
▼ △ ▼
 

 
「ヒトを見た目で判断すんじゃねえぞ……だってよ」
 金田に通訳して貰ったその言い分は、なんともまあ見事なド正論だ。俺たちのこの現状踏まえりゃ、まさにグゥの音もでねえ、とかいうやつだ。
 俺たちの後からやって来た一人の男は、見た目はさっきまでここらで暴れてたゾンビそのものみてえな外見だが、曰わく“半死人”と呼ばれてる魔人ディモニウムの一種で、見た目通りの不死身の化け物みてーな能力を持ちつつ、ツラは別としても頭の中身までは腐ってない。
 
「え? う……マジか……」
 なかなかにおしゃべりらしいよく口の回るそいつの言葉を、聞きつつ時折俺たちに通訳してくれていた金田がそこで言いよどむ。
「え、何だよかねやん、気になる感じ?」
「あ、あぁ……いや……糞ッ!」
 ばつの悪そうな煮え切らない態度に、樫屋が食い下がると、深く息を吐いてからこう続ける。
 
「さっきの……ゾンビみてえなの、な。アレも基本的にはこいつと同じなんだっつーんだよ。
 あー……つまり、その、邪術士なんかが奴隷を使って手当たり次第に魔人ディモニウムとかッてのを作る人体実験してて、よ。
 その言わば失敗作のひとつが、この“半死人”てな状態らしーんだけどもさ。
 その中でもさらに失敗した奴らが、さっきみてえなイカれた人食いの化け物になっちまってんだっ……てよ」 
「あ? そんなん見てりゃ分かンだろ、糞イカれゾンビだったぜ。
 てか、戦ってたのほとんど俺じゃねぇかよ!」
 猪口の噛み合わない返しに、さらに口ごもり言いよどむ金田。
 その様子と話の内容から、俺は奴が何を言おうとしているのかが───分かっちまった。
 
「───そうか、そーゆー事かよ」
「え、何よ、真嶋くん」
 樫屋、田上もこちらを見る。樫屋は……まあここじゃ関係ねえが、田上は多分俺と同じことに気づいてる。
「つまり、さっきの連中はゾンビ……死んでから動き出した化けモンじゃねえ。
 邪術とかいう奴で、無理やり人食いの化けモンに作り替えられちまったただの人間……。
 俺たちがそうなっちまってたかもしンねー、別の“可能性”だ」
 そしてもしかしたらあの中に、俺たちと一緒に飛行機に乗ってて墜落に巻き込まれ、あの爺にこの世界へと「生まれ変わり」をさせられた奴……元クラスメイトや同じ学園の生徒、知り合いが居たかもしれねえ。
 
「───それが、何だっ……てんだよ」
「ずぐなぐども、俺ど、真嶋ど、猪口ば───ひどをごろじだ」
 吐き捨てる猪口と、全く感情を見せずに淡々と結論を告げる田上。
 そう、俺たち三人は人を殺した。見た目もそうは思えねえし、いきなり襲われての反撃ではあったが、それでも俺たちは人を殺しちまったんだ。その事実は、もう覆らねえ。
 
「───ああなってる“半死人”は、完全にイカれた人食いの化け物だから、殺すのが当たり前だ……って、言ってるぜ」
 続けてそう訳してはくれるが、そりゃまあ理屈の話だ。
 何より、あのとき俺には「人を殺している」という意識が全くなかった。そして俺らが既にそうだと認識している「人間らしい姿じゃない」から、という判断は、俺たち自身にも言える話だ。
 猫怪人に犬、猿、猪、犀……。この世界の基準でどう扱われるかは知らねえし、結局そんなのは場所や相手によっても変わるだろう。けど見た目とその場の振る舞いだけで判断すりゃ、俺たちだって十分に「化け物」に見える。
 

 
「殺したのは事実だ。だが殺さなきゃ殺されてたのも事実だ」
 そう上の方からする声は、この面子の中では一番の巨漢の大賀。
 俺達より前の方に居た静修さん、大賀を含む三年生組は、身体的に強い戦力の頭数が後列よりも少なかった。
 狩人の二人が殺され、数人が怪我をしたものの俺たち一年生組には被害のなかった中列、後列と違い、前列では元三年生組含めた五人が殺されている。
「ああ、そうだ。俺のお陰で助かってんだよ、てめーらはよ。感謝しろよな」
 得意気に、というよりかは自分自身にそう言い聞かせているかのように猪口が大野らに言う。
 
「いずれにしろ、今のうちにナップルが言っていた外への出口を探しておかないとな。また厄介な奴らに襲われたら困る」
 それらを受けつつ、静修さんがそう纏める。静修さん自身も、手にしている剣や鎧、身体に着いた血の汚れ、匂いからも、かなり激しくあの連中と戦ったのだろう事が分かる。或いは……いや、多分間違いなく、殺しもしただろう。
  
 
 手分けをして出口探しを、とするまでもなく、呆気なく外への扉は見つかった。
 パッと見はあまりにも汚れ、錆び付いていてほとんど見つけられない程の状態だったが、例の“イカれてない半死人”の男がそれを知っていたからだ。
 奴も基本的には俺たちと同じ目的で、市街地から逃げ出し郊外にしばらく身を隠すつもりでここまで来たのだという。
 城壁内の趨勢はほぼ王国から来た討伐軍の勝利で、魔術師協会の支援を受けた精兵達が、個々には実力もあるだろう邪術士達を各個撃破し、残るは数人……という流れらしい。
 となりゃ保護を求めたテレンス達の方はもう安全だろうが、余力の出来た王国軍は今度は落ち武者狩りならぬ、逃げ出す邪術士や魔人ディモニウムを狩り出して行く。
 この“イカれてない半死人”もその狩り出される対象になるのは間違いなく、それを見越して早めに下水道を辿り南下してきた。
 
 扉をこじ開けると、上へと続く石造りの階段。大賀の巨大でも通れるくらいに広めのそこを、その大賀がまさに最初に通り、再びその先の扉をこじ開ける。
 その先は廃棄された瓦礫の部屋のようで、内部の造りからは今までの地下道のそれと似た雰囲気で、そのさらに先にある扉を開け……この世界で初めて、日の光を浴びた。いや、少なくとも真嶋櫂としての記憶が蘇ってからは初めて……という意味で、だ。
 
 赤く、血のように赤く染まった空と、何処までも続く荒涼たる荒野に瓦礫廃墟の広がる風景。
 その夕陽の荒野の中、小さな岩場に囲まれた窪地。俺たちが地上に出て初めて見たその光景は、何故だか妙な見覚えがあり、そして嫌な感じのするものだった。
 
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