遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-9. マジュヌーン(精霊憑き)(9) -SHADE AND DARKNESS

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「そりゃ、俺がこの世界で怪奇猫人間として生きてきたときの記憶……ってことか?」
 相変わらず金田から漂ってくる不安と恐怖の匂いに鼻をひくつかせつつ、怪奇猫人間たる俺はそう聞き返した。
「ああ」
 短く返す金田に、
「いや、それっぽいもんは特にねえな」
 と、これまた端的に答える。
 
 ここで金田はまたしばらくの逡巡の後に、意を決したようにしてボソボソと語り出す。
「さっきよ……少し寝たろ」
「ああ。樫屋のいびきで寝付きにくかったけどな」
「そんときよ」
「おう」
「───夢……見たんだよ」
 ここで……さらに恐怖の匂いが強くなる。
 
「俺は……何かのでかい桶みたいなのに入れられ、身動きとれねえように固定されててよ。
 血生臭い、赤黒い……腐った血みてえな液体に漬けられてんだよ。
 口にも枷みてえなの填められて、そこにチューブみてえな管つけられてて、時々さらに生臭ぇ液体流し込まれて、飲まさせられる」
 そう震える声で続ける内容は、まるでB級ホラー映画のワンシーンみてえにおぞましく気持ち悪い。
「時々……それこそ魔術師みてえな格好した連中がやってきて、何かごそごそやったり、別の……そう、俺の入れられてる桶以外にも似たようなのがあるらしくて、よくは見えねーけど……そこから何かを運び出したりしててよ……」
 次第に声がつまり気味に、たどたどしくなる。
 
「ありゃ……そう、死体だ。死んだ奴を棄てるために運び出してンだ。
 そうだ、死んだら運び出される……死なない限り……解放されねえんだよ……」
 上擦ったような調子になり出した語りの中に、次第にこの世界の言語らしき単語、言葉が混ざり出す。
「死ねば……セペルド ナ シ モエレ……。ペレ ア メンデスウィ……? ウィオレ……ウーク……ペデルナ……」
「おい、待て。俺はまだコッチの言葉あんま分かんねえよ」
 そう割ってはいると、ハッとしたように一瞬黙り、またしばらくして、
「あ……ああ、悪ィ」
 と呟くように言って黙る。
 
「───で、その夢が、何なんだ……?」
 キモい夢だが、別にただ「キモい夢を見た」話をしたいワケじゃないのは分かる。
 そう聞いて、金田はようやく初めてこちらへと顔を向け、その見慣れない白人の貧相なガキみてえな顔を歪めながら、こう聞いて来た。
 
「今の───今の俺は、金田鉄人なのか? それとも───奴隷のネフィルなのか?
 俺は誰で───いや、今のこれが夢なのか? 桶の中で血生臭い液体に浸かって震えている方が夢なのか……?
 なァ……俺には、分からねえんだよ……」
 
 後半は、もう問いというより独白。
 そしてその問に対して俺は、全く一切、返せる言葉がなかった。
 全く、一切……だ。
 
 ▼ △ ▼
 
 地上のどこかから鐘の音がし、俺たちはまた交代してそれぞれに寝た。
 瓦礫の山みてえな石畳の上に丸まると、固く冷たい床だが、自前の毛皮のおかげでか見た目ほどの寝心地の悪さは感じない。
 こう言うところばかりは、怪奇猫人間に生まれ変わって得をしたなと笑う。
 
 目が覚めたときには気がつくと人間の身体を持つ連中が結構すぐ近くにきて寝ていた。
 というよりは、でかすぎる大賀と田上を除く「毛むくじゃら軍団」の間に潜り込むようにして人間達が寝ているような格好だ。
 まあ無理もないか。
 
 知らない連中も含めてだいたい30人程度の集団になっている俺たちは、再びナップルから糞マズいスープを貰い、今後の方針について改めて話し合った。
 話し合うと言っても、ほとんどは俺たち元学園生徒の連中が静修さんに質問をし、静修さんがそれに答える形。
 良く知らない連中は特に考えも意見も無く、ただなんとなく俺たちについて行けば比較的安全そうだ……ぐらいの考えのようだ。
 他には静修さんらと同じクラスの三年組も何人か居るらしいが面識はない。そしてやはりそいつらも静修さんを頼りにし、ついて行くつもりで居る。
 
「ナップルによると、この先をしばらく進むと古い下水道に繋がる入口があるらしい。
 そこを下流に進めば、この都市の外にある浄化槽の方に出て、そこから地上に出れば、王国軍や邪術士の勢力とはぶつからない場所に行けるだろう……と言うことだ」
 
「下水道かよォ~、マージかぁ~」
 樫屋がさも嫌そうに鼻をつまみつつ文句を言う。人間の頃より鼻孔が広いから、あいつも匂いにはうるさそうだ。
「糞……冗談じゃねえ!」
 猪口の奴は前から短気の気はあったが、こちらに来て……猪男になって目覚めてからは、その傾向がより強くなってるみてえだ。
 俺も怪奇猫人間になって、視界が悪くなると同時に鼻が利くようになった。そのせいか以前よりもより周囲のことを観察する癖がついてるような気がする。
 身体が変われば、それに応じた立ち振る舞いになる。つまり性格にも変化がでる……そう言うことだろうか。
 
「下水道にはあのドラゴン野郎みてーな化け物は居ねえのか?」
 あいつは閉じこめただけで殺したワケじゃねえから、地下にいる限りいつ襲われるか分からねえし、同じ様なのが他にもウロウロしてねーとも限らねえ。
「ナップルの話だと、あれは本来この地下に居る生き物ではないらしい。恐らくどこかの邪術士が魔術か薬で支配し使役していたのが、この混乱で脱走しさまよっているんだろうってな」
「ヤヅも、俺だぢど同じが」
「そう言うことだ。囚われていた分弱っているから、野生のものよりそう危険でも無いそうだ」
「マジかよ? アレで!?」
 そこは樫屋に全面同意だ。三人掛でもほぼ手も足も出なかったアレが、囚われの身で弱ってたとか言われても全然納得いかねー。
 
「……あー、じゃあ、その下水道は……あ、安全なの?」
 一晩寝て起きてから、妙に大人しくなった大野がビクつきながらそう聞いてくる。
 まあむしろ魔法だチートだとはしゃいで居た昨日よりは、この状況には相応しい。
「いや、そう安全とは言えないそうだ。オオネズミの集団だとか、何かしらの障害はある」
 
「はっ! ネズミなんざ一捻りだ!」
「おめーより素早いから厄介だろ」
「うるせーぞ、チビ猿!」
 昨日のドラゴン野郎に襲いかかった様からすりゃ、実際あんな大群に襲われたら猪口がどんな怪力でもたまったもんじゃ無いだろう。
 だがそのオオネズミが巣くってるってーんならむしろ重要なのは……、
 
「小森、またネズミは操れそうか?」
 少し離れたところに居た小森へと俺はそう聞く。
 急に話を振られたせいもあってか、いつもよりさらに挙動不審に慌てながら、
「……分か……らない、けど……出来る、かも……」
 と小さく答える。
 
 小森の能力───魔術? それがどういう条件で発動し、具体的にどういう事が出来るのか分からないが、上手く使えればかなり有用だろう。
 ネズミ以外も操れればさらに良い。あのドラゴン野郎とかな。
 
 当然のように、俺たちは静修さんを中心としてその下水道経由で外へ向かうことになった。ナップルからは薬や水の入った皮袋やら、灯りに使えるランプやら、他いくつかの道具を貰い、またここまで同行していた内の何人かはナップルの所に留まることにしたようだ。
 猪口なんかは「あいつボコって持ってるモンを全部奪っちまおうぜ」なんぞと言い出していたが、静修さんに諫められて二度とそれを口にしなくなった。
 樫屋は相変わらずすばしっこく辺りを探って周り、瓦礫の山や俺達じゃ手も届かない隙間なんかから目ざとく色んな道具やゴミみてえなものを探してきてる。その中から、例の鈍い金色の金属で出来た鍋とその蓋とすりこぎか肉叩きみたいな棒を紐や何かで加工して、それぞれ兜、盾、棍棒代わりに装備し得意気な面をしてやがる。ぶっちゃけ。ガキのごっこ遊びみてえだわ。
 他にも幾つか武器代わりになりそうなガラクタもあり、めいめいにそれらの山から使えそうなものを手にしていく。
 
 残る者も居れば、新たについてこようとする者も、再会する者も居る。
 この辺りにたむろしていた宿無しらしき連中や、戦乱に紛れ逃げ出した他の捕虜や奴隷、また最初のホールにも居たがドラゴン野郎の襲撃で散り散りに逃げた中の数人が、地下街をさまよってる内に再会しまた同行することにもなった。
 下水道へ向かう道すがらにも、新たに加わる者達も居る。
 これが、明らかに無目的な集団の移動であれば、そう言うことはなかっただろう。
 だが俺たちは、明確に静修さんというリーダーの元に集まり、静修さんを中心として目的を持って行動していた。
 だから、その目的が何かも分からない連中までもが、その流れについてこようとしたんだろう。
 
「おいシュウ、こいつらどーするよ? ぞろぞろついて来やがるぜ」
 大賀のその言葉に、静修さんは軽く首を振り、
「好きにさせれば良い。なるようになるさ」
 と軽く返した。
  
 中には俺と同じ猫人間、つまり猫獣人バルーティとかいう種族の奴や、静修さんと同じ犬獣人リカートという種族の奴も居た。
 猫獣人バルーティの一人は俺よりさらに背は低いが、捕虜になってたとは思えないような健康体で、何やらみゃーみゃーと話し掛けて来たのだが、何を言ってるのか全く分からない。
 
「おい、何言ってっか分かんねぇよ」
 何だコイツは、という俺の気持ちと同様に、あちらもお手上げみたいな仕草に表情。他の猫獣人バルーティとは話が通じているようで、もしかしたらここいらのクトリア語とかとはまた違う、猫獣人バルーティ独自の言葉なのかもしれない。
 そいつは他の獣人達にも話しかけて居て、しばらくしたらそいつを含めた数人の猫獣人バルーティ達はいつの間にか居なくなっていた。
 
「獣人クラブみてーなの作ってたんかね、あいつ」
「さあな。どっちにしろ俺たちは静修さんと一緒に行くだけだ」
「ま、そうだな」
 
 そうこうしてる内に、下水道への入口へとたどり着く。
 この地下遺跡の通路は両脇に排水溝のような溝があり、それらが集まり集合して下水へと流れて行くらしい。
 遺跡のわりにそういう設備が生きてたりするのも変な話だが、実際あのナップルの使っていたアジトでも、それらの施設を再利用した上下水道が使えてたのだから驚きだ。何せ水洗トイレまでありやがった。何だかこの世界、文明が進んでんのか進んでねーのかがよく分からねえ。
 テレンスの話や着ていた装備品の感じからしても、古代ローマだかギリシャだかの時代っぽいのにな。
 いや、ローマにも下水道とかはあるにはあったんだったか? まあよく覚えてねーわ。
 
 下水道への入口は、マンホールみたいなもんじゃなく、普通の鉄扉だった。
 何が普通かの基準も分からねえが、やや大きめな鉄製でレリーフの刻まれたその見た目からは、ここが下水道への入口とはとても思えない。
 
 大賀が確かめるようにそれに手をかけ、錆び付いているのか上手く開かないのを、かなり強引に力尽くで押し開ける。
 開けると、元々かび臭くまた様々な悪臭がうっすらと漂っていた地下遺跡の通路内に、さらに強い汚水と糞尿の匂いが広がっていく。
「うほぉー、やっぱ臭ェな、おい」
「ぞうが」
「気になんねーのかよ。サイ? サイにしたっておめー、やっぱ人間のときよか鼻利くだろ?」
「まあな。だが、気にばならだい」
「皮も厚くなったら、感性も鈍くなったかよ」
「なに言っでっが、よぐ分がんねえぞ」
 どっちも別の意味でよく分からん。
 
 開いた扉の奥は、まずは降りる階段があるようだ。
 灯りは特になく、ナップルから貰ったやはり金色の金属で出来たランプやら何やらの道具を使わないとさらに暗い。
 同じ地下遺跡内ではあるが、今までの区画にはこれも昔からつけてあったのだろうか、ほんのり灯りの点く街頭みてえなのがちょこちょこあったりしたンだが、この先には殆ど無さそうだ。
 まあ形ははっきりしないが少ない光でも視界の利く俺にはあまり関係ないし、どうやら静修さん含めて獣人系の連中は程度の差はあれだいたい夜目も鼻も利くらしい。
 なので灯りは人間連中に分散して持たせることになる。
 
 ここで一応進み方について話が出て、いわゆるフォーメーションを決めることになり、先頭を大賀と静修さん、他は俺達獣人系を中心に、なるべく戦い向きの連中がそうじゃない連中を囲むようにする。
 具体的には大賀を含め他はほぼ獣人連中。つまり静修さん、俺、田上、樫屋に猪口。
 元三年組で普通の人間に生まれ変わってる奴らの中には、そこそこ体格の良い奴らも居て、一応間に合わせで拾いモノの武器を手にしてる奴も居る。
 だが大野達も含めてほとんどの元奴隷、捕虜は体格的にも能力的にも性格的にも戦い向きじゃない。
 なので基本は先頭集団に元三年組の静修さん、大賀を中心としたそこそこ戦える奴らが居て、その後ろに元三年とそれ以外の戦い向きじゃない奴ら。
 後方でしんがりを俺たち元一年組の獣人4人。その前を大野達人間に生まれ変わった一年組に、転生したわけじゃない元奴隷、捕虜の連中。
 
 で、その間にまた別の集団が挟まる。
 そいつらは他の元奴隷や捕虜の連中とはちょっと雰囲気の違う八人程の集団だ。
 元奴隷や捕虜のほとんどの奴らは汚いシャツ一枚着てるか着てないかのボロ着姿だが、そいつらは粗末ではあるがきちんとした衣服に革製の銅当てだの兜だのを身に付けている。何より手斧やナタに槍、または弓矢みたいな武器も装備している。

 ナップルのアジトからここまでの移動中に加わって来たそいつらは、とりあえずは敵対的じゃあ無さそうで、一見して俺たちの中心人物と分かる静修さんに話し掛けてきたが、静修さんもまだ俺たち同様にこっちのクトリア語だかいうのをよく分かってない。なのでそれを幾らか思い出してきている他の三年生組や金田辺りを通訳にやり取りをし、結局は外に行くまでの同行を許されている。
 金田を呼んで話を聞くと、奴らは元々クトリア郊外の山野で移動しながら暮らしている狩人集団の一員で、今回王国軍のクトリア討伐が起きたのを利用して市街地内部へ侵入し、以前邪術士達に捕らえられた仲間を探し助け出そうとしたのだが、結局何も見つけられず、また混乱の中危険を感じ、一旦外へと逃げるつもりなのだと言う。
 どうやらそういう、邪術士達の支配が及ばぬ城壁外の荒野に暮らしている集団は少なくないらしい。
 他の集落もいくつかあるそうで、それなら王国軍や邪術士とかって連中とは関わり合いにならずになんとか出来る場所もあるかもしれない。
 
 郊外に詳しいという狩人集団は、そういう意味じゃテレンスと別れた俺たちにとっては貴重な情報源であり戦力でもある。
 うまくいきゃあその狩人集団の仲間、または協力関係になって……というのもあり得るかもな。
 狩りに関しちゃ前世も今世も素人だが、猫怪人の俺にとっちゃ天職かもしれねえ。
 ふん……狩り、って考えてたら、何やらちょっとワクワクしてきたな。これは猫怪人の本能か?
  
 まあ何にせよその狩人達を戦力と数えて、一応それなりの隊列でテレンス経由でナップルから聞いた通りに下水道を下って行く。
 友好的だったとは言え完全に信用出来るとは言えないから、それなりに警戒はしておくが、少なくとも特に金や財産があるわけでもなく、また明らかに戦力として手強そうな獣人の集まりを相手にわざわざ戦おうってな馬鹿も居ねえだろう。居るとしたらかなりのバトルジャンキーか何かだ。
 
 その集団でのろのろと進む下水道は、アーチ型のトンネルの真ん中を汚水が流れ、その左右に幅1メートルくれえの歩く道がある。
 道なりに進み続けて居ると、汚水を一時的に集合させるためだろう汚水溜まりのある広めのホールへとぶつかる。
 汚水が方々から集まってるだけあって、ゴミやら何やら、死体だ何だと集まってきていて、ついでに匂いも酷いもんだ。

「うぅぅえぇぇ、鼻が曲がるぜ」
「曲がるほど高くねえだろ」
「猪口は豚鼻だけあって俺よりか高ぇな」
「ああ!?」
 樫屋、猪口のくだらん言い争いが後ろから聞こえて来るが、それを無視して、前方の汚水溜まりへ視線をやる。
 この汚水溜まりのある空間はそこそこ広く、目見当でだいたい20メートル四方くらい。天井までは高さもあり、反対側の壁には溜まった汚水をさらに排水する為の柵の嵌まった大きな排水口がある。
 汚水溜まり自体は多分10メートルかぐらいの広さで、周囲を囲む通路の幅は広め。深さに関しちゃちょっと分からない。
 その上に井桁状に例の金色の金属で人一人が通れるかどうかくらいの橋が縦横二本ずつかかっている。
 この橋は多分この汚水溜まりに溜まった大きなゴミや何かを取り除く作業なんかをする為のものなんだろう。または間違って落ちた奴が掴まれるように、か。
 実際、どう間違ってもこんなところには落ちたく無いが、申し訳程度に設えてある金属の手すりも危うげで、ま、とにかく迂闊にも近寄りたくはない。
 
 と、そう考えてる俺の横を、ひょいひょいと気楽な足取りで汚水溜まりの縁へ向かうのは樫屋。
「おい、危ねえぞ、樫屋」
「だーいじょぶ、だーいじょぶ。あそこにほら、何か光るもんがあっからよ。ちょっと見てみようかと……」
 言ったそばからどぶん、と水にはまるかの音。
 
「ぶはは、汚ェなこの糞猿!」
 楽しげに笑う猪口の横を、俺と田上は小走りに走り抜けて縁へと近付く。
「樫屋!」
「おぢだが?」
 暗い中も視界は通る俺の目で見て、樫屋の姿は水面に浮いてこない。
 いや、激しい音と跳ねる水、そしてそこに浮いているような人影は見えているが、それは小柄で毛むくじゃらの樫屋とは別の、幾つかの人影だ。
 
「ぎゃあ!?」
「何だ!?」
 
 それぞれ別の場所で聞こえてくる悲鳴や叫び。それらを確かめるより汚水溜まりの縁へとたどり着いた俺は素早く水面を見渡し樫屋への手を伸ばす。
 だがその俺の腕に、そして樫屋自体にすがりつき絡みつくような幾つもの影。
 それは、さっきまでこの汚水溜まりの汚い水面にプカプカと浮かんでいた、無数の死体だった。
 
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