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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-8. マジュヌーン(精霊憑き)(8) -記憶の破片
しおりを挟む休息を兼ねて、再び手頃な広さの区画で各々座ったり休んだりしながら会話になる。
連れ立って現れたやはり四者四様に異形とも言える連中は、まずは豚面の不細工が猪口。ガリガリ男は金田で、田上よりもデカい大男は大賀。
そして、なんというかこう……しゅっとした鼻面の長い高貴そうな顔立ちで、全体の毛足は短めだが、耳のところだけウェーブがかかったような長毛の犬の顔をした男。それが静修さんだと言う。
その静修さんはなんとも見事な金ピカの鎧に籠手やら臑当てやらを身に付けて、腰にはやはり金ピカ剣。
猪口も棍棒みたいなのを持っていて、大賀も、棒というよりは柱みてえなもんを装備してる。
道中色んなところで見つけてきたものらしいが、まあ一気にゲームか映画の世界な感じが増してくる。
「笑えるよな、マジで」
そう言う樫屋に、
「ざけんな、笑えるかよ」
と唾を吐きつつ答えるのは猪口。
笑えるかどうかは別として、悪趣味というか何というか……、
「あの爺、馬鹿にしやがって……!!」
声音はさほど大きく無いものの、憎々しげに猪口が言う。
猪口は元々名は体を表すとでも言うかに、豚鼻猪首でずんぐり体型。まあつまり、柔道やってて実際には筋肉質なんだが、見た目の印象としては確かに豚っぽい奴だった。現実の豚も脂肪より筋肉の多いガチムチらしいから、その意味では「豚みたい」というのをその意味で捉えりゃあほめ言葉とも言えるのだが、昔からそう馬鹿にされがちだった猪口からすりゃ知ったこっちゃねえわな。
「オークではなく、猪人という種族だと、思いマス。やはり、獣人種と呼ばれる、動物のセイシツ、を、持つ種族。 猪人の能力は、タシカニ、オークに、近いですが、別の種、です」
大野らの知ってるゲーム知識とは色々と違っているらしい。
「オオガ、さんは、巨人か、オーガ……でしょうか……? どちらも、あまり、記録ないので、なんとも言えまセンが……」
大賀は前もでかかったが、今は桁違いの巨人だ。多分2メートル半はある。その上額と顎に数本の角も生えていて、虎皮のパンツと金棒さえ持てば、すぐさま節分の豆まきが出来る。
どっちにしろ、現時点でこの世界のことに最も詳しいことになるテレンスによる解説も、記録にないんじゃ仕方ない。
「ほら、ダジャレだろ? 大賀さんがオーガで、猪口が猪。
んで俺だって猿面言われてて猿になってるしよ」
「あぁ!? じゃ何だ、俺が豚面だって言いてえのかよ!?」
「そうだろ」
「てめぇ、ブッ殺すぞ!」
「カリカリすんなよ、腹減ってんのか?」
下らねえ口喧嘩だが、樫屋の話もそうそうバカ話とも言い切れねえ。
「まあ……確かにな」
「ああ、猪口ば豚面だ」
「だとコラ、てめーなんかサイじゃねえかよ!?」
「ハイ、何カ、食べるもの、欲しいデスネ」
「……いや、そこじゃねえよ」
田上も猪口もテレンスも、てんで話が噛み合ってない。
「───あの老人……」
そのバカげた言い合いに不意にそう切り込んでくるのは静修さん。
倒れた石の柱を椅子代わりにして座った姿は、身に付けた金ピカの鎧も相まって、この状況に不似合いな威厳すら感じさせている。
「『強く望めばそのようになる』『結びつきの強い者同士はまた巡り会える』
そう言ってたな。
巡り会いは、実際今俺たちが一堂に会しているので証明出来る。
強い望み……は」
ここで、隅の方で固まってる大野と日乃川を見る。
奴らは「魔法の力が欲しい」とはしゃいでいた。そして実際、日乃川は魔法の力を手に入れたらしい。まあ、ドラゴン野郎にはたいして効かなかったみてえだが。
「俺はこんな姿望んでねえ」
猪口が吐き捨てるように言う。
「けど、筋肉は前よりあるだろ。おめー、ガッチガチだぜ」
元々ガチムチマッチョ系の体型ではあった猪口は、部活そのものはサボリ気味だが常から筋肉を鍛えたがる力自慢の男だった。毎朝プロテインを飲むくらいにはな。
樫屋は前より小柄な猿体型だが、拳はデカい。文字通りに拳骨自慢の拳骨ケンゴ。
有る意味ではそれぞれに望みは叶ってるとも、或いは元々の資質に近いものに生まれ変わっているとも言える。
「『猿の手』か───」
ため息混じりな声でそう言う静修さんに、呼ばれたかとでも言う顔の樫屋が振り返るが、勿論樫屋を呼んだわけじゃない。
「望みば、がなうが、代償も、デガい」
田上がそう補足する。
『猿の手』───。まあ細かいところまでは覚えてないが、おとぎ話なんかにある「何でも願いをかなえる魔法の道具」か何かだ。だが、それで叶えられる願いの結果は必ず皮肉なものになる……。確かそんな風な話だ。
「結局、あの爺はタチの悪ィ詐欺師みてえなモンだった……てことじゃねーのか?」
赤黒く染まった渦巻く空の元、石の玉座にこびりついた染みのようなあの老人。結局あいつの言うところの「望みが叶う」なんてのはそういう絵に描いた餅みてーなもんだった。いや、それよりもっとタチが悪ィか。
「クソ爺の考えなんか知ったこっちゃねえぜ。どーすんだよ、これからよ」
再び唾を吐きながら猪口が言う。荒れてはいるが既に混乱はあまり無い。或いは混乱する不安な気持ちを怒りで誤魔化して居るのかもしれねえな。
「大きく、三つ、考えられます」
改まった調子でテレンスがそう切り出す。
「一つは、王国軍に、保護を求める。
ワタシはこの世界で、元々王国軍の、セクレタリーという、立場持ってます。
ワタシが、居れば、一時的保護を受けるは、そう難しくない」
テレンスはこの中で唯一、捕虜や奴隷の立場じゃなく、この世界でのちゃんとしたバックボーンと地位を持ってる。それは確かに有効だろう。
「タダシ、問題、あります。
王国軍、つまり、あー、ティフツデイル王国は、基本的に人間種の国。エルフ、オーク、ハーフリング、ドワーフ等、また、犬獣人や猫獣人、比較的この辺りでも、見かけられる獣人種以外は、受け入れ、難しいかもしれまセン」
樫屋や田上なンかは、この辺りじゃ珍しいタイプだとも言ってた。その辺で扱いに差が出るかもしんねえ、ってことか。
「ただのクトリア人なら、そこはあまり、問題ない。しかし、もし、邪術士や、魔人であったら……」
「魔人?」
「クトリアで、邪術士達により、造られた、魔術を使える、特殊な人間、です」
「魔術師とかってのとは何が違うんだ?」
「魔術師は、長い勉強と訓練で、魔術を学び、その力を得ます。また、特別な才能が無ければ、なれません。特別、エリートです。
しかし、魔人は、特定の魔術だけを無理矢理、埋め込まれます。改造人間。多くは一つか二つの力のみです。
ですが、その力はとても危険。なので、邪術士同様に、えー……排除、対象となってます」
排除、という言葉が何を意味するのか……。
「殺される、ということか?」
ストレートにそう聞く静修さんに、
「───はい、タブン、オソラク」
と返すテレンス。
俺達の視線は、やや離れた所に固まってぐったりしている日乃川と大野に向く。
大野の方は分からねえが、日乃川は炎を手の先から噴き出させる魔術を使えた。しかも身なり風体からすれば、魔術士というより捕虜か奴隷だったんだろう。
今居る元クラスメイトの中で人間であり捕虜や奴隷の境遇だったと思われるのは大野、日乃川、小森、金田の四人。
そのうち魔人の可能性があるのは、炎を噴き出させた日乃川と、ネズミを操ったと思われる小森。大野と金田は今の所は不明だ。
「───王国軍に保護を求めたい者が居れば止めはしないし、その場合はテレンス、あなたに仲介して欲しい」
静修さんがそう言うと、テレンスは真面目腐った顔で頷き、「ワカリマシタ」と答える。
「俺たちはどうする?」
静修さんの横でまるで忠臣のように侍る大賀がそう聞くと、
「───何にせよ、別の道を探す必要があるな」
と答える。
「その、別の道の一つデスが、この、新しい友人の、ナップル氏が、一時的に、匿ってくれる、との、事です」
と、紹介されキョロキョロ辺りを見回し、また何か甲高い声で喚くチビ。
このチビは俺の怪我の具合を良くした薬をくれた、まあある意味恩人だが、何というか胡散臭い。
さっきまでは頭から顔からすっぽりとぼろ布みたいな服を被りよく分からなかったが、今見える感じでもカンガルーとネズミと犬とアルマジロを足して5で割ったみてえな面をしてる。ぶよぶよでしわしわで、なんとも奇妙だ。ネズミ獣人か何かだろうか?
「だがよ、そいつ、確かにすげえ魔法の薬持ってたけど、何か邪術士だか何だかの手下なんだろ?
ノコノコついて行っても、下手すりゃ儀式の生け贄になれ、とかされかねねーな」
コイツ自身に悪意は無くとも、コイツの親分だかの邪術士やらってのまでは信用出来ない。
「そのナップルの薬というのは、どれくらい効果があって、どれくらいの量があるンだ?」
静修さんの問いをテレンスが通訳して聞いての回答は、「すごいしたくさん」とのこと。こりゃ、何の参考にもならねえわ。
「効果に関しちゃあ俺が保証するぜ。瓦礫に押し潰され、埋もれて全身ボロボロだった俺の身体が、とにもかくにも動き回れるくらいには回復した。普通なら全治一、二ヶ月とかはしてたろうな。
もう一つの、一時的にパワーアップする薬もかなりの効果だったが……その後の副作用もキツかったぜ」
疲れは未だに残っているが、まあ休憩もあってそこそこ持ち直して来ては居る。
「───ふーむ。どうしても治療が必要な者や、荒事に不向きな者は行った方が良いのかもな」
「だがよシュウ、いつまでもこんな穴蔵で変な化け物相手にしてても仕方ないだろ」
「確かに、いずれは外に出た方が良いだろう」
大賀とそう話す静修さんだが、確かにそうだ。この魔物のうろつく地下遺跡を出て、そしてどうするのか?
「行ける場所があるなら良いが、どうもテレンスの話では今は戦争中で、俺たちの殆どは奴隷か捕虜。多分行き場のない者が多いだろう。だとしたら纏まって協力しながら、昔───前世の仲間を探しつつ自分達の拠点でも作ってた方が良さそうだが……」
静修さんらしいと言えばらしい。こんな状況でこんな有り様だというのに、驚くほど理路整然とした展望を述べる。
誰かを評するときに、生まれついての何々と言う言い回しがあるが、静修さんはそれで言うなら生まれついてのリーダー気質とでも言うんだろうな。
結局のところ、テレンスが言ったように、大きく分ければ選択肢は三通りになる。
まず王国軍とやらに保護を申し出て受け入れられる可能性がある者達は、テレンスを仲介にしてそちらに向かう。
治療が必要なそうな者達は、ナップルとかいうチビのアジトに行く。
そして、王国軍による保護が難しそうな者達は、集団でこの地下遺跡を脱出し、なんとか協力しあって拠点を確保する。
どの選択もリスクがある。王国軍はクトリア解放を大義名分にして侵攻しているから、邪術士や敵対する者以外の市民への略奪や暴行は軍規で一応禁止されている。だが本当の目当ては魔力溜まりとかいう施設を占拠してそこからの利益を独占する事にあるらしい。
なので一時的には保護を得られても、その後の処遇は保証出来ないと言う。
ナップルのアジトに関しては前述の通り。そもそも信用出来るか分からねえ。
で、どちらにも行かずに独自のルートで地下から脱出して行くのは、当然一番危険性は高い。
右も左も分からねー異世界で、しかもこのクトリアとかって街は荒野の真ん中にあるらしい。城壁から一歩外に出れば山賊、野盗に猛獣、魔獣がわらわら居て、水や食料を確保するのも難しい。
俺やら田上、樫屋、それに猪口に大賀の今の身体は、テレンス曰わくそれぞれ一般的な人間より身体能力に優れた種族のものらしい。そして日乃川や小森は、特殊な魔法か何かの使える魔人とかってのの可能性が高い。
だが勝手も分からない上さっきのドラゴン野郎みたいな化け物相手にどこまで出来るか? 正直、難しいよな。
いや、化け物相手ならまだ良いかもしれねえ。
問題は野盗、山賊……つまり、こっちを殺しに掛かってくる人間や、人間に類する連中と衝突したときだ。
喧嘩ならまあ慣れたもんだ。スポーツ特待生も多数居るから、格闘みたいな戦いもお手の物だろう。
だが、そりゃ殺し合いとは全然違う。
さっきのドラゴン野郎のときも、クスリの効果もあり、また絵空事めいたモンスター相手と言う状況もあり、ある種のハイなテンションで乗り切りはした。したがそれでも、今思い返せばとんでもなく恐ろしいし、死んでいてもおかしくない状況だった。
それが、生身の人間との命のやりとりなんかになったとき、どこまで出来るのか?
喧嘩慣れ、戦い慣れしている俺たちはまだしも、日乃川や小森なんかは元々が大人しいタイプの奴らだ。
オタクコンビも最初は魔法だ何だとはしゃいじゃ居たが、そんなのも何時まで保つか分かりゃしねえ。
どの道行っても危なっかしいが、何よりこれは前途多難だな。
「───俺は……そうだな。やはり王国軍に頼らず外への道を探すべきだと思う」
そうきっぱりと静修さんが断言すると、元学園の生徒達の殆ど……いや、今居る全員はそれに同調する。
俺たちとは元々縁のない連中や、おそらく飛行機の乗員でも何でもない、爺によって生まれ変わりをさせられたわけじゃない元奴隷や捕虜の連中は、遠巻きにしつつ様子見で、テレンスが通訳して説明した王国軍の保護を求める者が多いようだった。
またとっくにここを出て独自に動き出した連中も居る。まあそれはそれで奴ら自身で決めることだ。
▼ △ ▼
この街は元々古代遺跡の上に作られた街で、地下はかなり広く複雑になっていて、色んな場所に繋がって居ると言う。
その中で、王国軍へと保護を求める者達は出来るだけ市街地に近い所から出て行った方が危険は少ない。
勿論、まだ上では戦闘が続いている可能性もある。出るならば既に王国軍により制圧された地区かどうかの見極めが必要だ。
その辺の難しい判断がテレンスに要求されるところだったが、そこにまた思わぬ助力が得られた。
灯りを持ち武装した集団が前方から歩いて来て、テレンスも俺達も緊張が走る。連中はお揃いの黒のパンツを穿き剣だの棍棒だのを手にしている。パッと見は髪型含めて一昔前の漫画に出てくる不良集団みたいな連中で、テレンスが言う王国軍とやらには思えない。
さっそく盗賊とやらのお出ましかと身構えるも、テレンスがやり取りして分かったことは、こいつらはクトリアの住人の中の自警団みたいな連中で、王国軍の侵攻に伴い地下に逃れた邪術士の捕虜や奴隷達を助け出すために巡回していたらしい。
そりゃ何とも御立派な事だが、パスクーレとか名乗ったその連中のリーダーらしき男は、クトリア人……つまり人間達を保護する気はあるが、俺たち獣人のことは知らん、と言っている。
王国軍にしろクトリアの自警団にしろ、やはり獣人や魔人に厳しいのはあまり変わらないらしい。
テレンスは俺たちのことを気にかけて説得しようと食い下がっていたが、全く取り合う気は無さそうだった。
「スミマセン、力不足で」
「いや、十分だ。とにかくここでお別れだな。機会があればまた遭うこともあるだろう」
テレンスは元学園関係者他数人を除く大多数と共に俺たちの元を去り、パスクーレ達と立ち去った。
残ったのは元学園の生徒達と、そうではないがそいつなりの考えでパスクーレ達の方へと行かなかった何人か。
それと、例のナップルとかいうチビ。
困ったことに俺はこのチビとは会話が出来ない。どーしたもんかと考えていたが、どうやら何人かがこちらの世界の言葉がある程度分かるようになってきたらしい。
まず、大野、日乃川、金田なんかの、ここで言うクトリア人? に生まれ変わった連中は、ある程度のクトリア語を「思い出して」来たという。
思い出す、というのも妙な言い方だが、実際そうとしか言い表せないんだそうだ。
ナップルや他のクトリア人等の言葉を聞いているうちに、最初はまったく意味の分からない外国語のように思えていたのが、ある瞬間に不意にその意味が分かったりする。
「どうあれ、俺たちはどうも既に別の人間……存在として生まれ変わり、この世界でそれぞれの人生を送っていたのが、この王国軍によるクトリア討伐とやらをキッカケに一斉に前世の記憶が蘇って、今はその記憶が強すぎてこちらでの人生の記憶が一時的に抑圧されている状態───という事かもしれないな」
そう分析する静修さんだが、確かにそれは筋の通った理屈に思える。けどじゃあそれでなるほどそうか、と納得し安心出来るのかと言えばそうじゃない。
むしろ薄ら寒い嫌な予感しかして来ねえ。
田上は確か、最初のときから「少し記憶があるが、嫌な記憶だ」というようなことを言っていた。
テレンスによれば、恐らく俺たちはその殆どはクトリアの邪術士の捕虜か奴隷。
思い出して楽しい記憶があるようにはとても思えねえ。出来りゃ、二度と思い出したくないようなモンと思った方が良いだろう。
その事を薄々ながら皆考えているようで、何かを不意に思い出す度に口調も足取りも重く、暗くなる。
体感的に数時間ほど歩き、ひとまずナップルの隠れ家とやらへ着いた。
今後のこともあり、魔法薬やら食い物やらをもらえるということもあって、外へとでる前に一旦寄ることになったからだ。
アジトとやらへ行く途上でも、地下遺跡に隠れ、逃げていた幾人かの奴隷や捕虜らしき連中が後をついてきたりして、だいたい30人ほどの集団になる。
ナップルが用意した食事は、正直とてもじゃないが食えたもんじゃない臭いスープだが、奴に言わせると大ごちそうらしい。
何の肉か分からない塊が、脂でギトギトした汁の中に浮いているし、味付けなんてあったもんじゃない。
とんでもない空腹でなきゃ即座に吐き出していただろうが、俺たちはほとんど文句も言わずに食った。
臭い飯を食べ終えると、アジトの入り口近くの通路に交代で見張りを立てつつ寝ることにした。
見張りは俺たち元学園の生徒達だけで相談して決めた。他の連中にいちいち説明し、説得するのも面倒だし、見張りに立って貰い眠れる程には信用してねえ。
この街では邪術士達の多く居る街の中心部の区画から定期的に鐘の音がなるらしく、それでだいたいの時間が知れる。
夜半過ぎに交代で見張りに立つと、俺は金田と二人組になった。
金田は見た感じはあばた面の小汚い貧相な白人のガキみてえな風体で、捕虜だったにしろ奴隷だったにしろ、かなり劣悪な環境に居たのは間違いなさそうだ。
元々大柄ではなかったが、部活一筋で鍛えまくっていた金田にとっちゃ、いきなり……おそらくは主観的には……こんなガリガリの身体になったってのは、ある意味俺や樫屋達みてえに全く別の生き物になっちまうってのとは違う意味でのしんどさがあるかもしれねえ。
俺は実際どーなのか、ってーと……確かにまだうまく受け入れられちゃあいないが、それがショックかというと……まあ難しいところだ。
正直俺は、以前の俺の身体、姿形を気に入ってたかと言うとそうでもない。いや、ハッキリ言えば嫌いだった。
背が低く猫背気味で、やぶにらみの目つきの悪さに肌艶も悪く、髪も癖毛でしかも硬い。
まあ極端な不細工とまでは行かないが、全体的な印象としちゃあひねくれて卑屈そうなガキそのもの。そして実際に、そんな人間だった。
俺がせいぜい喧嘩っぱやいだけのクソガキ程度で済んでたのは、静修さんの存在があったからだ。
もし静修さんが居なけりゃ、俺はもっと手の着けられないどうしようもないクソ野郎になっていただろうな。
俺は座りつつも金田の横顔を見る。
俺のこの目は、近眼みてえにモノの形や輪郭をぼやけさせはするが、少ない光でもものが見える。
色味のないモノトーンな視界の中、金田……かつて坊主頭の野球少年だった男の表情の無い横顔が見て取れる。
俺は樫屋繋がりで金田と交流があった程度で、実際仲が良かったかというとそんなこともない。
特に話すこともないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
その金田が、不意に涙を流した。号泣するとかそういうのではなく、ただボロリと水の粒が数滴その目から零れ落ちたんだ。
その事に、俺はややビビっちまった。
ビビる……てのは何か妙な表現だが、そうとしか言いようもない感覚だ。
声をかけるべきか? 見なかったふりをするべきか?
涙のことを本人が自覚してるのか居ないのか、またこの暗さから俺には見えて無いと思っているのか。それら全て分からねえ。
「───地下ってのは、以外と寒いな」
しばらく考えてから、俺は気まずさを誤魔化すようにそう声に出した。
急に声をかけられてやや狼狽したかに鼻をすすり、それから金田は、
「だな」
と小さく答えてから、わざとらしく身震いをした。
「俺は見ての通り天然の毛皮のコートつきだからそうでもねーけど、おめーなんか汚ェボロ一枚だから、結構キツいんじゃねーの?」
「ああ」
お互い顔を合わせることなく、そうやり取りをする。
しばらくまた沈黙があり、それから金田はやや躊躇するような素振りを見せて、それからこう切り出した。
「真嶋、お前……何か思い出したか?」
相変わらずこちらを向かず、また俺の目ではその表情を細かく観察することは出来ない。
だが猫怪人となった俺の鼻は、金田から発せられる不安と恐怖の匂いを嗅ぎ取っていた。
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