遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-4. マジュヌーン(精霊憑き)(4) -猫のリンナ

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 暗い。真っ暗だ。
 わずかなりの光もほとんど無く、熱と赤錆た鉄臭さと肉の焼ける匂いが強烈に鼻孔を刺激する。
 どこだ? ここは。そして……何が起こった?
 思考が、頭が鈍る。糞、ぐらぐらするぜ。
 
 体に、四肢に、全身になんとか力を入れ、五感を鋭くし周囲の様子を伺おうとする。
 同時に、ぐらぐらとした意識の中から、断片的な記憶のカケラを掴み取り、それを並べて組み立てる。
 そうし続けることで、霧散し手放しそうになる意識をつなぎ止め、俺は“俺”という存在のカタチを保つ。
 
「……か、居ま……かー……?」
 どこかからかそう声が聞こえる。
 遠く、小さく、明瞭とは言い難いカタコトの日本語か。
 続けて今度は別の言葉……これは、英語か。そしてまた別の言葉。
 救助の誰かか? そう考えて、何故急にそんな事が浮かんだのか疑問に思うと、まるでフラッシュバックのようにある情景が浮かぶ。
 
 飛行機の中、隣で引きつる樫屋の声。喚いているアラブ人。それをハイジャックだと言う誰かの言葉。
 ハイジャック? そして……そうだ、飛行機……墜落し……それから……どうなった?
 
「……おい」
 妙にしわがれた乾いた声でそう叫ぶが、叫んだつもりがまるで病気の猫みてえにか弱く力がない。
 両手両足へと力を込めようとする。だがそれも徒労。力そのものが入らないだけじゃない。そのときになって初めて、自分が石か土か砂利か瓦礫か、とにかく様々なものにより埋もれて身動きが取れなくなっている事に気づく。
 
「……おいっ……! ここだ……!」
 かすれるような情けない声でなんとか叫ぶ。そうしていると次第に例の呼び掛けてくる声と匂いが近づいてくる。
 匂い? 何でだか、俺の鼻が妙に鋭くなっている。いや、単に鋭いとかってンでもない。
 匂いから得られる情報がとんでもなく多い。
 まるで……そうだ。匂いが形をもってそこに在るのが分かるように───だ。
 
 声の主ともう一人が近づいて来ている。
 声の主は体格的には中肉中背……いや、やや痩せ気味か。汗の匂いはあるが、筋肉や脂肪の少ない人間の汗だ。
 人間? そうだ、これは“人間”の汗だ。人間の……男……年はまだ若い。20代の前半か半ばほど。
 緊張や恐怖もやや匂うが、精神的には落ち着いている方だろう。
 
 もう一人……これが、難物だ。何なんだこれは?
 体格は声の主よりかなり大きい。巨体の持ち主。汗、息、またそれらを含めた体臭は、人間のようでもあり獣のようでもある。
 獣……何の獣だ? 犬、猫、豚、牛、馬……違う。何故か、何なのかは分からないがそれらの匂いじゃあないッてことが匂いで分かる。どこかで嗅いだような気もするが、それがどこかが分からない。
 
 その二人連れがあちこちを動き周りながら、次第に俺が埋もれているだろう場所にまでやってくる。
「おい……ここだ、何……かに、埋もれ……てる」
 聞こえているか? 聞こえてなきゃ暫くこのまんま埋もれっぱなしになるだろう。でけぇ声で呼び止めたいが、出せる限界でこの程度だ。
 
「ごの下、が」
 くぐもったような重低音の声が、高い位置から響く。
「意識、ありますか? 私は、テレンスです。あなた、誰ですか?」
 テレンス……。その名前に覚えがある。確か……フリージャーナリストを名乗ってた眼鏡の若い白人男だ。
 いつ、どこで会ったんだ? いや、そんなのはどうでも良いか。
「真嶋だ……他の、奴らも……居るのか?」
「お、マジー。おれ、ダウエ」
 俺の名前に反応したのは、テレンスに同行していただろう獣臭い巨漢で、やけに重低音の声の奴だ。
 ダウエ……つまりは田上? 元の声とはまるで違うが、俺も喉がやられてるのか妙にしわがれてるから人の事ァ言えねえな。
 
「田上か? 樫屋や、静修さんは、居るか……?」
「ああ、いるっぢゃ、いる」
 何だよ、煮え切らねえ反応だな。
「ぐぢ、どじでろ。がれぎ、のげる」
 田上がそう言うと、俺の周りの石やら土やら瓦礫やらが動かされ、どかされ、真っ暗な視界に徐々に僅かな光が射し込み出す。
 光と言ったところで、ほんの僅かなうっすらしたもの。自然光じゃない。どうやらほんの小さな火。暗闇の空間で動き回るための光源としてテレンスが持ってきた何かのようだ。
 
 上半身がなんとか露わになり、暗闇に逆光気味のシルエットで立つ二人の輪郭が見えてくる。
 ぼんやりした覚束ない視界だ。だがその曖昧な暗闇の中に浮かぶ田上らしき男の輪郭は、明らかに俺の記憶にある田上とは違う。
 つまりあの、寸胴で不細工な握り飯か出来損ないの小籠包みてえな面したあいつとは、まるで違って見える。
 
「おい、待てよ、マジで田上かよ?」
 そう疑問を口にすると、山みたいな巨大な影と、中肉中背のテレンスらしき影は顔を見合わせるようにして、
「あー、はい、そうデスね、今、お互い、暗くて姿よく見えない。見えたら、また……驚くことになりまスね」
「がなり、ウゲるぜ」
 ウケる?
 田上のその一言の真意も分からず、ただ今はなすがままになって掘り起こされるしかなかった。
 
 ▼ △ ▼
 
 瓦礫の下敷きになってたせいか、或いは元々衰弱してたのか。いや、多分その両方なんだろうが、掘り起こされても俺は1人で歩けないような状態で、田上だと名乗る大男の背に背負われている。

 田上達は僅かな光源と匂いを頼りに、崩れたり瓦礫が山のようになっていたりする歩きにくい地下道を進んで行く。
 地下道、と俺が判断したのは、とにかくここは自然の光がまるで差し込まない人工的な通路で、薄寒く、かび臭く、埃臭いからだ。
 それも地下鉄駅の構内とかそんなんじゃあねえ。具体的にはまるで分からんが、まるで古代遺跡か何かみてーな感じだ。
 
 それにしても視界が悪い。むしろ匂いの方が良く分かる。どーなっちまってんだかな。
 色んな匂いがわかる上に、それらの位置や状態、またいつ頃からそこにあるのかということまでなんとなく分かりやがる。
 それと視界に関しても、暗いことでよく見えないというのとは違う。むしろ暗さに対してはこう……陰影がフラットな感じで薄明るくなっている。
 ただ単純に、全体にモノの形がぼんやりとして曖昧に見える。ああ、あれだ。ど近眼の大野の眼鏡を興味本位でかけてみたことがあるが、あんな感じだ。
 
 ごつごつした妙に硬い肌触りで、明らかに以前より大きな田上の背中に背負われて、その何とも言えない違和感の数々が頭をよぎる。
「なあ、おい田上。お前、何だ、その……どーなっちまってンだ?
 でけぇだろ、まず明らかによ。それに、てめーの背中、妙に硬ぇしよ」
 言うとまたくぐもったような含み笑いをし、
「真嶋、おめえば、妙ォーにブザブザ、じでんぜ」
 グッグッグ、てなまた濁った笑い声。
「元々ハゲてねーよ、俺は」
「おう、まだ、身体もざわっでねえのが」
 再び含み笑いをする田上の態度に次第にイライラしてきたが、背負われてるときに怒っても仕方ねえ。
 それよりその言葉の意味が気になって、
「何だよ、俺の身体が何だってンだよ……」
 と言いつつ右手で左腕を撫でさすりしようとすると───信じらない肌触りがする。
 
 所々ハゲては居るが、ほぼ全体を細く短い体毛が覆っている。
 肘などの一部にはより長くて細いしなやかな毛があり、それらの体毛は背中や胸などの全身を覆っているようだった。
「何だよ、こりゃ……」
 掘り起こされたときに身に付けていたのは飛行機の中で着ていたTシャツにジーパンではなく、ほぼボロ布と言えるような腰履きだけで、それを確認したときには疲れや混乱からか、この身体の異変には全く気付いてなかった。
 とにかく───今の俺の全身には、ほぼみっしりと体毛が生えている、というのはどうやら確かな事のようだ。しかもかなり細い毛だ。
 
「何……何だ、こりゃ……? こりゃ、何だよ、まるで……」
 そう、まるでこれは───。
 
「ああ、着きました。今、出来るだけ、人をココに、集めてマス」
 不意に聞こえたそのテレンスの声とともに、急に視界の開けた広い場所へと出た。
 そしてそこにはあまりにも多くの匂いが充満し、やたらと鼻が効くようになっていた俺は、その突然の匂いの洪水に意識の半分を押し流され持って行かれた。
 
 
 人、人、人、人……獣、人、人獣、血、獣、人、血、内臓、反吐、人、血、死……。
 何人だ? 少なくとも数十人かそれ以上、個々に異なる人の匂いがする。
 それから血。肉。肉の焼けた匂いに、大小便に唾、反吐の匂い。
 また、恐怖、混乱、猜疑、怒り、嘆き悲しみという感情の放つ匂い。
 
 有る者は座り、数人で固まり話している。有る者は横たえられ、またそれに付き添い寄り添う別の者もいる。
 それらの放つ様々な匂いは、次第に俺の中で整理されはっきりとした輪郭を形作り始める。
 
「オッホゥ、誰よ、誰よ、今度は誰よ?」
 何やら軽薄そうな声でそう語りかけてくる奴は、明らかに薄汚い毛むくじゃらの獣の匂いがする。
 近くで目を凝らすとその外見もぼんやりとだが見えてきて、確かにコイツは“毛むくじゃらの猿”みたいな姿をしている。
 みたい……というか、やや赤茶けた焦げ茶、または黒い毛並みが全身を覆ったほぼ猿そのものの姿。
 体格は大きくはない。いや、小さい。やや背の高い子どもくれえで猫背気味。ぶっちゃけて言えば、マジに「ちょっと大きめで体型が人間よりなチンパンジー」みてえだな。
 そのかわりというか、まあこれも本物の猿同様に手足が長く、その末端の拳も足も妙にでかい。
「ごれ、真嶋」
「ウォッホゥ!? マジ真嶋クン!? 俺、俺だよ、樫屋だよ!」
 オレオレ詐欺かよ、とくだらない突っ込みが頭を過ぎるが、そんな事を言える余裕のある心境じゃあない。

「ニャー、ニャーオ? マジ真嶋クン、わかる? 俺、樫屋!」
 声も見た目も記憶のそれとは違うが、このアホ丸出しなしゃべり方は、テンション高いときの樫屋そのものだ。いや……。
「……猿みてえに見えるが、そりゃ前からか……」
 改めて見ると、そんなに違和感がない。
「ウォッホ、ひっでぇ! まあそうだけどよ!
 それよか田上の方がウケるぜ!」
 
 開けたこのホールみてえな空間で、ゆっくりと田上の背中から下ろされる。
 何本かの柱があり、その柱に薄ぼんやりと光る何かの装置が取り付けられていて、その灯りのお陰で周囲の様子も人の様子も見えてくる。
 そして改めて目を細めつつ見上げると、そこに立っているのはあのおにぎり面のずんぐり田上とは似ても似つかない、角の生えた巨漢。
 しかもその角、鼻の真ん中にあるときてる。
 頭のてっぺんに二本の角、という鬼やら牛やらとは違う。何を思い浮かべるかと言えば、そう、これは───。
「犀……?」
 眉根を寄せつつそう言うと、猿みてえな毛むくじゃら樫屋が、
「やっぱ? やっぱそう見えるよな?」
 とまた騒ぐ。
 そう、田上の面を形容するなら犀人。完全に犀そのものの面、というよりは、まるで犀と人間の混血、とでも言うような奇妙な面構えをしている。
「ざい、でずな」
「関西人か!」
 俺以上にくだらないボケにくだらないツッコミを言う田上と樫屋。
 
 


 混乱している頭で周りを見回すと、辺りに居る連中には、確かに一見して人と分かるのも居るが、それ以上にそういう獣じみた奴や明らかに普通より小さい体格な奴に、宇宙人みてえに耳の尖った奴なんかも居る。そのうえさらに半数以上は大小様々な怪我やら火傷やらを負っている。古傷も多いが、真新しいのもある。
 パッと見こりゃまるでちょっとしたモンスターハウスだ。
「……何だよ、こりゃ一体よ。何でおめーら、獣みてーになっちまってんだよ?」
 そう二人に言うと、お互いの顔を見合わせてからまたこちらに向き直り、
「お前ば、ねご」
「おう、明らかにネコだニャーン?」
 は?
 何をふざけて───と言いかけて気がつく。 
 そう、さっき触った俺の身体は───。
 
 
 改めて腕、脚、腹、胸……それから顔と頭を触る。
 毛、毛、毛、体毛に覆われた身体に……よりふさふさとした顔周りに……長く尖った耳。
 鼻先、口元、目元……それらの手で触った感触全てが物語っている。
 
 そうだ、この形は猫だ。
 俺の今の頭、顔の形は、猫そのもののような顔だ。
 
 
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