遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-155.怪物の再来

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 “それ”、とここでは称しておこう。
 “それ”、はぶよぶよとした粘液状ともゲル状とも言えるモノだった。
 “それ”、は生物とも無生物とも言えるモノだった。
 そして“それ”は、ある時期から小さくて緑色の肌をした二足歩行の生き物と一体となり活動をしていた。
 しかしその個体があまりにも力を失い、生命を維持するのが困難になったことを受けて、その個体から離れて、小さな小さな欠片となり、地中に潜り眠りについた。
 
 “それ”は、暫くの間ただひたすら生命活動を休止して、ただ少ない生命力を温存しながら糸のような触手を伸ばしていた。その先に触れるいくつかの小さな生命を吸収し、喰らい、糧としながら、ただ生き残る為だけに休み続けていた。
 小さな欠片はもう少し大きな欠片となり、また生命を喰らい大きな欠片となった。
 どれくらい経ったのか、さほど長くはないだろう時が過ぎ、“それ”を含めて誰もが忘れた頃に、“それ”にとってある種の親しみと共感とを感じる何者かがそこへと訪れた。
 その何者かは地表を這い、耳をそばだて、匂いを嗅ぎ、何かの痕跡を見つけようとしていたが、暫くしてそれを諦めたようだった。
 その何者かがようやく立ち去ろうかとしたときに、“それ”はついに我慢出来なくなり、地表へと這い出て何者かへとの接触を試みた。
 
 その僅かな瞬間に、“それ”はその何者かの振るったぐねぐねと曲がった醜い刃により両断される。
 そこで、遂に“それ”の生命活動は終わりを迎えることになった。
 そう、思われた。
 
 “それ”は、両断され、また魔力を奪われる前に、なんとか肉体の一部を切り離し、ほんのわずかの欠片となってその何者かの体毛へとへばりついた。へばりつき、うねり、這い周り、何とかしてその“何者かの体内へと辿り着いた。
 “それ”は、やはり以前と同じようにして一体となっていた別の者のとき同様に、何者かを宿主としてその体内に住み着くことに成功した。
 新しい宿主は、全体としてかつての宿主よりも非常に高い身体能力を持っていた。
 以前の宿主のように、“それ”の持つ全ての力を明け渡さずとも、宿主は悠々と脅威を排除し、また生命活動を続けるのが容易だった。
 “それ”は、この新しい宿主のことを気に入った。宿主の曲がった刃に斬り捨てられ多くのものを失ったが、それを差し引いても有り余るほどの恩恵を得たと感じていた。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 “それ”が新しい宿主と共に過ごして暫くしてのことだ。
 新しい宿主はまた、全く別の場所へと来ていた。
 その場所はかつての宿主の居た洞窟よりも遥かに多くの生命が蠢き、もぞもぞと動き回って群れていた。
 宿主や宿主に似た者達は、こういう場所のことを、村、とか、町、とか、集落、とかの言葉で表していた。
 言葉というのは便利なようでまた難解でもあった。
 幾つかの音の組み合わせにより同種の、または近似種の者達同士で意志疎通を計るのだが、音や匂いなどに比べると、齟齬の多い手段に思えた。その点宿主はそれらの手段にも長けている為、言葉以上に多くの物事を知れた。
 それでも、“それ”はこれまでの経験から、宿主を含む近似種達において“言葉”によるやり取りが重要な意味を持つことを知っていたし、新たな宿主に両断された際にその“言葉”に関する情報を多く失ったことから、“言葉”の収集は重要な課題だと感じていた。
 
 宿主はその町の中の近似種の者達が多く集まっている広場を暫く観察して、それからひっそりとそこを立ち去った。
 その広場へと来るより前に落ち合って言葉による意志疎通をしていた皮膚が焼けただれた様になっている個体から聞いたことを確認したら、元々の目的地へと移動をした。
 
 その近似種達の群れる場所からやや離れた、生命の少ない区画へと進むと、その中の岩と石と土の山のようになった場所から下へと向かう穴に入る。
 宿主は素早く、音もなく、また存在感もきれいに消し去ってその奥へと進み続ける。
 汚れた排泄物混じりの水の流れるそこを通り、再び別の区画を抜けると、また数体の生命が活動している区画に近付く。
 
 宿主は暗い地下の通路の陰に潜み、そこに居た幾つかの近似種の一つへと小石を投げつけてぶつける。
 するとその小石をぶつけられた近似種の個体は、別の個体へと何事がを唸り、吠え立て、またそこに別の個体が何事かをわめいて、次第に増えていく個体同士が、いつの間にかお互いに殴り、蹴り、組み合いして戦いだしていた。
 
 それを後目にして、また再び陰の中を歩むように音もなく気配をさせずに宿主は先へと進む。
 大きな鉱物製の動く仕切り、宿主たちの言葉で言う扉を開けて素早く中へと入る。
 摺り足で音もなく進む宿主は、途中で腰に佩いた曲がった刃を抜き、それをかざしながら探りを入れる。
 その曲がった刃は幾つかの場所へと反応を示し、宿主がそこに向けて曲がった刃を振り抜くと、何かしらの力、宿主達の言葉で言う魔力というべき何かを吸い取り、また破壊していた。
 
 宿主はそれらのことを暫く繰り返して、最初に入った加工した鉱物製の動く仕切りから降りて進んだ先の一つの空間へと忍び込む。
 その場所は日の射さない暗い空間で、似たような他の空間よりもやや広い場所だった。
 まず真ん中にかつての宿主が椅子、机などと呼んでいた加工品に似た、それでいてより巧妙で精緻な置物があった。
 又、壁やその机と呼ばれる加工品の上などに、魔力により光を齎す結晶が置かれてもいた。
 壁面や底面には繊維を編み合わせた織物と呼ばれる平たいものや、獣、魔獣の体の一部を加工した物などがある。
 これらはかつての宿主もよく好んだ。“それ”は、かつての宿主の近似種である生き物の多くは、このように別の生き物の皮膚や骨や角を加工したものを好んで集める習性があることを知っていたし、今の宿主の記憶などを探っても、それはこの近似種達の多くに共通するものであると知れた。
 
 そこからさらに奥の空間へと続く仕切りを潜り抜ける。
 宿主曰わく“扉”と呼ばれるその仕切りの奥に、また別の小さな個体が存在していた。
 その小さな個体は、石組みで作られた長方形の大きな囲いの中に、温めた砂を入れて、その砂の中に埋まるように潜り込んでいた。
 ふん、ふん、という鼻息に、ときおり放たれる言葉なのか言葉ではないのか良くわからぬ高めの音の音声は、安らいだ心地よさを感じさせる。
 緊張を示す響きも匂いもなかったし、その小さな個体は宿主の存在にも気付いて居ないようだった。
 宿主は薄暗い中を忍び歩きで移動し、より陰の中へと紛れ込みつつ、その石組みの近くにある様々なものを確認した。
 金色に鈍く輝く鉱物の加工品……装飾品、などと呼ばれるもの。
 黒くてボロボロの布と獣の身体の一部を組み合わせた加工品。宿主達が服と呼ぶもの。
 そして最も宿主が注目したのは、木製で意匠が彫り込まれ、またここも獣の身体の一部である毛皮や角というものを組み合わせて作られた物……それを宿主は「シャーイダールの仮面」と認識した。
 
 宿主がここへと来た目的の一つはそれだった。それを回収し、また───。
 
「……猫?」
 不意に、その小さな個体がそう言葉を発して、宿主は緊張し驚いた。
「うーん、これは猫の匂いなのね? ナップルは覚えて居るよ。疵男より……もっとずっと前だったのね、猫。ずいぶん久し振りな気がするのね。いつ戻ったの?」
 匂いによる情報収集は宿主の得意とするところだったが、この小さな個体にもその優れた能力が備わって居るようであった。
 
 宿主はそれを受けて、すっと暗闇に起立した。姿をその小さな個体へと晒したが、その全貌は恐らく小さな個体には見えていないだろう。
「ああ、そうだな。ずいぶん久し振りだ。また会うとは思っても居なかったし……よもやお前が“シャーイダールを名乗る者”だとも予想外だった」
 落ち着いた、緊張も恐れも、また興奮も喜びもない声で宿主は返した。
 
「んん? あー……それはね、仕方ないの。シャーイダールがどこかに行ってしまったから、シャーイダールの真の相棒であるナップルにしかその代役は出来ない、って言うからね。
 あ、でもこの事は秘密にしなきゃいけないのね。猫もこのことは誰にも話したらダメなのよね?」
 小さな個体はそう返して、再び温めた砂の中へと隠れるようにして潜り込み───そのまま出て来なくなった。
 
 宿主は右手の曲がった刃を砂の中から引き抜くと、石組みの横にある駕籠の中の黒いぼろ服で血を拭った。
 それから“シャーイダールの仮面”へと手を伸ばし、装飾品類と共に懐の袋へと入れてその口を結ぶ。
「……糞」
 宿主はそう吐き捨てるように呟くと、そのまま闇の中へと紛れてそこから立ち去った。
 
 後に残されたのは、温められた砂の中に埋もれる小さな個体の身体と、そこから溢れ出し砂を赤黒く染めてゆくおびただしい血の匂いだけ。
 “それ”は、宿主が軽く唇を噛みつつ立ち去るときに、宿主の心臓に走ったある種の不快感が何なのか、しばらく気になり続けた。
 しばらくしてそれが、彼らの言葉で言うところの「苛立ち」というものに近いものだと言うことを、“それ”は知った。
 
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