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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-148.J.B.(79)I DON'T GIVE A FUCK.(知ったこっちゃねえぜ、そんな事はよ)
しおりを挟む絡まる風の魔力、飛び交う怒号と雄叫び。いつもならある種の爽快感を伴う“シジュメルの翼”による飛行魔術だが、この妙に粘ついた闇魔力の溢れる空間じゃあそれも半減。
だがそりゃ仕方ねえ。今対峙するのはクトリア王朝最期の王、ザルコディナス三世の亡霊、怨霊、闇属性魔力の塊にこびりついた糞のカスみてえな奴の思念。そいつに取り憑かれちまったハコブは、自身の欠点だった魔力適性の低さ……つまり高度な術は使えるものの、魔力の少なさ故に回数をこなせないというそれをクリアーしての大暴れだ。
今はこのアルベウス遺跡の中、ティフツデイル王国駐屯軍が支配している魔力溜まりの支配権を奪おうと躍起になっているが、その周りを渦巻く闇の中からはぼろぼろと魔獣、魔物が溢れ出てくる。
それら魔獣軍団と対峙しているのは、“悪たれ”部隊。ニコラウス・コンティーニ率いるその精兵達とは、センティドゥ廃城塞での魔人討伐戦での共闘以来だが、実際目にする連中の戦いぶりは、確かにかなりの練度のものではある。
だが、それでも今は分が悪い。
魔物のタイプがそれぞれ厄介で、闇の魔像は空を飛び硬い。死目虫は小さく素早い上麻痺毒を持つ。闇の落とし子は邪眼で相手の感覚と動きを鈍らせる。そして首狩り蜘蛛は、その長大な前脚の鎌は容易く人間の皮膚、肉、筋、そして骨まで切り裂き両断できる。
この混成部隊が、規律はないものの絶え間なく襲ってくる。
そして何よりこのホール自体に闇属性魔力が薄くはあるが充満しだし、それが兵士達の体調を悪くする。
俺は【突風】を使い部隊の前に居る魔物数体を吹き飛ばしてから、その中衛にいるニコラウスのもとへ降り立つ。
部隊編成は盾兵25を二部隊、ニコラウスの周りを守る近衛兵25、そして弓兵25の百人隊編成。
前衛で盾兵が横陣を組んで攻撃を防ぎ、中央にニコラウスを囲む近衛兵の方陣、その左右に“目立たぬ男”アモーロ率いる弓兵部隊。
ニコラウスらしくない、と言えるのか、帝国流の基本に忠実な編成に戦術だ。
「あのちびオークに連絡を受けたが、詳しい現状が分からん。どうなっておる?」
開口一番の詰問に、
「すまねえが詳細を細かく話していられる余裕があんまねえ。
今頼みたいのは、あのわらわら溢れ出てくる魔獣、魔物共をこのホールから外に出さずに封じ込め続けて欲しい、ってのと───」
ここで一旦、いや、僅かに逡巡。これを言わなきゃ話を通せねえが、言葉にして言っちまうのもおっかねえ。
「───あそこの……魔力溜まりの所に居る人影……。
あれはハコブだ。遺跡の奥からやって来たザルコディナス三世の怨霊に取り憑かれちまっている。
だから、攻撃しないでおいてくれ 」
まんまその通り、正直にそう言うしかねえ。
それを聞いたニコラウスは、「何!?」と口にしてから渋面を作り思案顔。
考え事をするときの癖らしい、指でトントンと頬を叩く仕草をしながら数呼吸。
「───なるほど、分かった。だが、その“取り憑かれた”という状態をどうにかする策はあるのか?」
乗って来た。オッサンの言うとおり、ニコラウスは慈悲心や道義心やらでハコブを助けようとは考えはしない。
しかし損得勘定には敏いから、助ける場合の利と、見捨てる場合の利を計算するはず。つまり奴が最も得をする方を選ぶ。
そしておそらくは今、「俺達に恩を売ることの利」と、「面倒そうな難敵を俺達に始末させる利」を取った。
「二手、ある。
一手目はもうじきやってくる。二手目はあの奥で今準備中だ。その為にも、ニコラウス隊長、その手が揃うまでここを確保して固守してもらいてえんだ」
頭の中で積み重ねられる損と得のコインが、天秤の上でじゃらりと音を立ててそうだ。
だがその天秤は最後にはこちら───助ける方に今は傾いている。その時間を上手く活用しなきゃなんねえ。
「その二手が外れたときには、全力でハコブごとそのふざけた亡霊とやらを消滅させるぞ?」
「───分かった。まずは一旦……いくぜ?」
そう言いつつ再びホール上空へと飛び上がり旋回しつつ魔物の群へ降り立つと魔法を放つ。第一、そして第二の手を打つまでの時間稼ぎだ。
まずの一手、そいつはしばらくして大急ぎでやってくる。
「おっほー、こりゃえれェお祭り騒ぎだな、ええ!?」
「一大事です、その様な発言は控えなさい」
“半死人”の軽装戦士ターシャがはしゃいだ声で楽しげに言うと、その雇い主で“黎明の使徒”の代表でありかつての聖光教会聖女候補の一人、グレイティアがそれを窘める。
付き従うのは四人ほどの術士達。グレイティアとその術士達は治癒術や闇属性魔法への守り、そして対死霊術などの多い光属性魔法を得意とする者達だ。 特に人間で、光属性の魔法の適性のある者は少ない。魔術師の中でも希少な使い手で、彼等もグレイティアを除けばそう優れた使い手とも言い切れない。
だがこの現状、闇属性魔力の溢れるこの場には、たとえ未熟でもかなりの戦力。
グレイティア達はニコラウス隊長の本隊の後ろに付くと何事が話し、それから【聖なる結界】をはじめとする様々な術で支援を始める。
「なあ、おい、グレイティア! ここは戦力的にゃ問題ねえよな? ちょっとあいつらをサクっとやってきちまっても良いよな!?」
「あ───お待ちなさい、ター……」
そう聞く───と言うよりそう宣言すると素早く駈けるように前へと出て、右手にしなやかな曲刀、左手に例の棍を持つという二刀流ならぬ二本流で闇の落とし子やらを切って捨てる。左手の棍は受けを中心とした盾代わりだが、隙をついては叩き、突き、また相手の動きを牽制するのにも使っていて、かなりの高度な技の連携。
その技量もさることながら、かつてザルコディナス三世の命で行われた実験の結果作られた“半死人の”ターシャは闇の魔力を内包してる。その分光属性には弱いのだけど、敵から闇属性の攻撃に晒されても影響が薄い。つまり闇の落とし子の邪眼にも、また魔法的なもの以外も含めた殆どの毒も効かない。
その上ターシャはグレイティアから光属性魔法による攻撃への耐性が得られる魔装具を与えられているから、光属性にも強い。
そしてその横合いから来たのは───彼等をここまで連れてきたちびオークのガンボンだ。
ガンボンは例の糞でけぇ豚に跨がり、その横には巨人のグイド。
デカブタはドゥカムお墨付きの【聖なる結界】を発動して傍目にムカつくくらいに光のオーラをぶり撒いている。その勢いのまま闇の魔物の群れをグイドと二人で掻き回す。
ターシャ、グイド、そしてガンボンの三者が良い具合に遊軍となり、それを後ろのニコラウス率いる“悪たれ”部隊が支える格好。
“悪たれ”部隊に被害は出ているが、しかしそれらを“黎明の使徒”のグレイティア率いる術士達が上手くリカバーしている。
形勢はこちらに傾きだしてきた。次から次へと無尽蔵に思える勢いで溢れ出てきていた闇の魔物達が、次第にその数を減らしていく。
麻痺毒とその小ささでかなり厄介だった死目虫は、毒の効かないターシャ、そしてグレイティアにタカギそれぞれの聖なる結界で退けられ完全に無力化してる。闇の落とし子もそれに近い。攻撃能力は死目虫より高いが、的も大きいから簡単に倒される。
まだ厄介なのは巨大な鎌を持つ首狩り蜘蛛に、空を飛び石の皮膚をもつ闇の魔像だが、前者二種類の援護を無くして攻めあぐねてる。
それに……おおっと、さすがのグイドだ。首狩り蜘蛛の鎌攻撃をすんでにかわしてそれをもぎ取ると、その鎌を使って柔らかい蜘蛛の腹に突き立てる。ぐええ、エグいぜ。
俺はいつものごとく上空から全体を見回して援護をしつつ、空飛ぶ魔像を引きずり回す。
レイフに飲まされ続けていた糞苦ぇ死目虫茶のお陰で、闇属性魔力の悪影響はかなり減ってる。
けどその状況に業を煮やしたのか、ハコブ……いや、“悪しき者”ザルコディナス三世が手に入れようとしていた魔力溜まりから離れ全体へと意識を向ける。
『───ティフツデイルの愚昧な弱兵が、またも我を煩わせるか……!』
奴の中じゃまだ30年前の戦争が続いているのか、そう憎々しげに吐き捨てると、両手を掲げつつ術を発動させる。
こりゃ───まずい!
例の渦巻く巨大な炎の束が、螺旋状に絡まりのた打つ蛇のような奔流となって“悪たれ”部隊へ躍り掛かる。
“炎の料理人”フランマ・クークを軽くしのぐそれを散らす為に、まずは【突風】! 全力の風が炎の束をいくらかかき消すが、まだ足りない。
グレイティア達の光り輝く【魔法の盾】は、さらに炎の威力を減じるが、全てを止めるのにはまだ足りず、カバーしきれなかった横列の左右の端へと直撃。
炎は“悪たれ”部隊の前衛、盾兵をまきこんで渦を巻く。盾の防壁でもある程度は防げるかと思いきや、奴の放った炎は普通の炎の魔術でのそれと何か違う。例えるならどす黒いタールを投げつけ火をつけたかに、黒くべったりとした闇の魔力が燃焼し続けてる。
闇の炎。そうとしか言えない火が盾兵達を焼き焦がす。焼けた兵士を素早く後方へ引き戻し、すぐさま続きの兵士が前列へと入って盾を構える。
引き戻された盾兵の身体に残り続ける炎を後方の弓兵達がなんとか消火し、“黎明の使徒”の術士達が浄化、治療を試みるが、それでもこの被害は甚大だ。
闇の魔物相手に優位に見えた情勢だったが、一人で百人隊を相手できるだけの魔術を行使できる“悪しき者”ザルコディナス三世の本格参戦でまたヤバくなってきた。
あと二、三回アレをかまされたら隊列は崩壊する。前衛の盾兵が崩れれば、近衛兵、弓兵、術士達の入り乱れた乱戦状態。そうなりゃ数に勝るあちらが優位。そしてその間に“悪しき者”ザルコディナス三世は魔力溜まりを奪い、より巨大な魔力を得る……。
そうは───させるか!
出力最大で滑空して飛びかかる。
第二波の炎を吐き出す前に、俺は身体ごとハコブへとぶつかり腰を抱えて飛び上がった。
闇の渦と炎の渦が俺達を取り囲み、それらと“シジュメルの翼”の風の防護膜とがせめぎ合い、魔力が撹拌されたかに様々な色が踊り狂う。
『おのれ、下賎な南方人ごときが我が身に触れるな!』
我が身? ざけんな何言ってやがる。
「てめェになんざ用はねえんだよ、さっさとハコブから出ていけやボケが!」
人の身体を盗んどきながら我が身だなんだ、図々しいにも程があらあな。
丁度腰を掴んでいる状態で、しかも高速で飛行してる。術を放てば自分にも当たる。となれば不安定な体勢で剣を使うしかなくなるが、俺の“シジュメルの翼”は、頭から背中にかけては守りが固い。上下左右に自在な動きに振り回され、なんとか当てても致命傷には程遠いい。
そして何よりレイフにかけてもらった【石盾の乙女】の魔法の効果で、ハコブの操る剣先を自動で防いでくれる。
この隙に、ニコラウス達には態勢を立て直させて、イベンダーとレイフには魔力溜まりの奪取をしてもらわなきゃならねえ。
『……この、愚か者め! いつまでこうして抱きついておるつもりだ!?』
ざくり、と腕に痛みと鮮血。石盾で防ぎきれずに肌を斬られる。
けどもこんななぁ正に軽傷。この体勢じゃあ2ペスタ(60数センチ)にも満たない短剣だとしても取り回ししにくいし力も入らない。鉄製の爪を握り込んでいた“猛獣”ヴィオレトの方がよっぽど堪えた。
『貴様などに、美しき我が王国を損なわせるものか!』
ざくり、ざくりと薄皮を斬られる。三枚あった石盾の一枚が壊される。
たいした事ぁねえ。“鉄塊の”ネフィルにゃ肩や太股を鉄槍で貫かれた。痛みも出血もこいつの比じゃねえ。
『平伏せ! 我が前に頭を垂れるのだ!』
ざくり、ざくり、ざくりと斬り刻まれる。又壊されて、石盾はもう残り一枚のみ。
ちっとは深いが、太い血管も筋もやられちゃいねえ。所詮太刀筋も立ってない撫で切りだ。“炎の料理人”フランマ・クークの火焔竜に焼かれた痛みにゃ言葉を失ったが、こんなの比べりゃ屁みてえなもんだ。
だがそのとき───。
「───JB、よくぞ、そこまで……鍛えあげ……たな……」
ハコブの声が頭上から聞こえ───。
錐揉みしながら落下していく俺とハコブ。
ハコブの声に思わず反応し、顔を上げたところを鼻頭にキツい一撃。剣先ではなく柄頭での攻撃を食らう。
あまりの痛みと衝撃に一瞬白熱した意識だが、勿論それだけで制御を失ったワケじゃない。失血しすぎた……ってワケでもねえのに、何やら急に力が抜けだして集中力も散漫になった。
そこをさらに、体勢を変えたハコブから膝蹴りを受け、遂にはバランスを崩しちまう。
落ちた先は魔力溜まりのすぐ脇だ。先客のレイフとイベンダーのおっさんに、聖なる巨大地豚とガンボンからさほど離れてもいねえ。
衝撃に仰け反り、息が肺から全て吐き出される。呼吸が乱れ、入れ墨魔法の魔力循環も不安定。当然“シジュメルの翼”にも上手く魔力は回らない。
「ぐむ、こりゃまずいな」
遠のく意識の端に聞こえるオッサンの呑気な声。ああ、そりゃまずいだろうぜ。だが、おい、俺の時間稼ぎは上手く行ったのか?
ゆわんゆわんと耳の奥から響く反響に、めまいと吐き気を飲み込みつつも、なんとか身体を起こして膝建ちに。
すると何かの小さな手が触れて、そこから暖かな優しい力が伝わってくる。
『応急処置程度だけど、回復させるね。
それと───闇の魔法剣で切られているから、傷口が呪いで腐食して、君の力を奪い続けているし、魔力循環の妨げにもなっている。腐食の進行は【大地の癒し】で止められるけど、呪い自体は【浄化】してもらわないと治せないよ』
伝わる念話の声はレイフのもの。
「ありがとよ、助かるぜ」
鼻の穴に溜まった血をふん、と吹き飛ばす。
痛みも出血も完全にはまだ止まらねえが、アドレナリンはビンビン来てるぜ。呪いも腐食も跳ね飛ばしてやらあ。
「それで、おめえの方はどうなった?」
聞きつつ、前方へと視線をやると、相変わらずの濃密な闇の渦に立ち上がる偉丈夫の影。
『ああ、上手く行っ……』
『よくも……してくれおったな、この薄汚いこそ泥共めがーーーーー!!!!』
轟音と共に放たれる赤黒い闇の炎が渦巻く渦となり俺たちへと迫り……弾けた!
立ち込めるのは煙り……ではなく、湯気と熱気。俺の【突風】なんかよりも効果的に獄炎の渦を消し飛ばし相殺したのは、大量の魔法の水。
鱗の生えた半分魚みてえな馬の形をした水の精霊獣、ケルピーによる魔法のようだ。
同時にあたりを包み込む霧のようなもやのようなもの。これもマーランが使うことのある守りの魔法、【霧の守り】だろう。
つまり───。
「へへ、英雄は遅れてやってくる……てな」
「ああ、全く糞遅ェぜこの野郎」
先頭で盾を構えて不敵な面したアダン。
「糞だりぃからよ、さっさと終わらせようぜ」
右腕をやや庇うような姿勢。けれども確たる意志で“雷神の戦鎚”を担ぐスティッフィ。
「いつでも発射できるから」
弩弓を構えつつも安定した足取りのニキ。
「僕らの……ハコブを取り戻そう」
よろめきつつも、その目の闘志は消えていないマーラン。
そして───、
「糞ジジイを地獄送りにしてやろうぜ」
衰弱しているにも関わらず、うっすらと赤く輝くオーラを纏いしっかりした足取りのジャンヌ。
その横に侍るような精霊獣のケルピーと、全くいつもと変わらねー風でいて、けれどもいつも以上に力強く見える仲間達。
全員手負い。火傷に切り傷、骨までやられてる。治癒魔法と魔法薬とでごまかしてるが、実際はボロボロ。後どれだけ動けるかなんざ分かりゃしねえ。
けど───知ったこっちゃねえぜ、そんな事はよ。
やるぜ、俺達は。手強いぜ、俺達は。
何せ───ハコブにみっちりと鍛え上げられているからな。
さらには、その周りに列をなしてるのは“悪たれ部隊”……じゃあなく、骸骨剣士の一隊。これは多分、レイフの召喚した魔物軍団か。
そいつらは寄せて来るザルコディナス三世の魔物軍団との戦いを繰り広げて居る。さほど強くはなくむしろ簡単に壊されるくらいに脆いのだが、こちらも数押して乗り切ろうって腹か。
「ああ、そうだな。
ハコブを取り戻して、糞ジジイを地獄に叩き返してやろう───」
ああ、出来るぜ。今のこの俺たちなら、間違いなく───、
「───それは……無理だ」
渦巻く闇の中心、そこに立ちながら俺達を見下ろすかの男、ハコブがそう吐き出すかのように言った。
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