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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-141. ダンジョンキーパー、レイフィアス・ケラー(22)「ポン!」
しおりを挟むジャンヌの放つ炎の渦が、闇を打ち払い渦巻いている。
紅蓮の竜巻。とんでもない威力だ。もしこれが現実の世界でのことなら、ジャンヌの資質は母ナナイよりも上だろう。
けどここは今、既に死んでる“悪しき者”ザルコディナス三世の意識が魔力溜まりと融合して生み出した迷妄なる精神世界。そこでは魔力よりも意志の強さ、自我の強固さこそが力になる。
この炎の強さはジャンヌの意志、自我の強さそのものだ。
僕はジャンヌを後ろから支えつつ、ザルコディナス三世への対処を彼女に任せて魔力溜まりの支配へと集中する。勿論僕を含めた守りの力は残して居るが、先程よりは遥かにやりやすい。
“悪しき者”ザルコディナス三世の意識は、この魔力溜まりの魔力と融合することで支配権を得ている。しかし魔術理論に詳しいわけではないから、魔力溜まりの術式そのものを理解して支配してるワケじゃない。だから意志の力というもので僕を退けることは出来ても、僕が魔力溜まりに支配の魔術をかけることそれ自体を妨げる力はない。
現実のジャンヌの身体をJBが守りきり、この精神世界でジャンヌが"悪しき者"ザルコディナス三世を退け、その二人の協力があって、はじめて僕がこの 魔力溜まりを奪うことに専念出来る。
その貴重な時間は無駄には出来ない。最低限の守りを残しつつ、あとは全て魔力溜まりへと集中させる。
魔力溜まりの支配権を奪うには幾つかの段階がある。
基本は【支配の術】を使うことになるけれども、この場合の【支配の術】は言うなれば鍵を手に入れてそれを使う、みたいなものだ。
鍵を使い扉を開いて中へと入る。
そこからはまず自分の魔力を注ぎ込む。
先に支配権を誰かに握られているのであれば、その相手の魔力を消して、自分色に塗り替える、という感じ。
それらの駆け引きや技術なんてのも個々にはある。支配権を持っている術者が奪われにくいような術式を埋め込んだ形で魔力を注いでいることもあれば、こういう人為的魔力溜まりの場合は最初の製作段階でそれらの守りが設計されてたりもする。
だけどもここでの魔力溜まりはかなり特殊で、特に僕が持っている"生ける石イアン"はここの魔力溜まりを管理するために作られた知性ある魔術工芸品だ。
その上現在この魔力溜まりと融合している"悪しき者"ザルコディナス三世は……どういう事なのか、彼自身の力でこの魔力溜まりを支配しているとは言い難い状態。
推論、でしかないのだけど、これは多分、彼に仕えていた邪術士が全てを取り計らい、肉体の滅びた後のザルコディナス三世の意識をこの魔力溜まりへと融合させた……のではないか? と思える。死後に施したのか生前にかは分からないが。
何にせよ、この魔力溜まりの支配権の奪取という点では、明らかに僕の方が有利だ。
……うん、今度こそは間違いなく。
僕は改めて左手に握り込んだ"生ける石イアン"へと魔力を込める。そこで増幅され、また術式を通った魔力を今度は右手から魔力溜まりへと注ぎ込む。先程まで同様に邪念と悪意に濁った闇の魔力のおぞましい感触。けれども"圧"はかなり減っている。
この魔力溜まりへの支配権の構築も元々かなり雑ではあった。例えるなら城壁も乱雑で穴だらけの城だ。
それらを丁寧に崩し必要な"穴"を開けて進むと、本丸に進む。つまりはこの魔力溜まり自体を構成する術式だ。
ここからは打って変わって見事な美しい城塞。正面はがっちりとした城門で守られ、周囲は丁寧に掘で囲まれている。
守りの薄そうな所を見つけて攻め寄ると───おおっと、燃え盛る油壺の罠。じゃあこちらを越えようか……とすればまた見事に塔からの十字砲火、てな具合。
うーん、今までこの本来自分が支配してバトルを始めるハズの魔力溜まりに支配権の奪取を試みたことはなかったけど、まさかここまで守りが固いとは。いや、あるいは最後の試練の場だから格別なのかな?
何にせよ思ってたより手こずりそうだ。どこか搦め手で攻め込める、付け入る隙か何かは無いものか……と探っていると───あれ?
と、突然それまで調子良く口撃を入れていたジャンヌの様子が変わる。
「───ざけろっ!!」
「ジャンヌ……?」
短く、鋭い……そしてこれまでに無いほどの激情の含まれた声音。
しかしその声とは裏腹に、放つ炎の威力は明らかにトーンダウン。
「……ジャンヌ!?」
何かを……僕には見えない何かを見ているのか。"悪しき者"ザルコディナス三世の闇の魔力を睨み付けるようにして身体を強ばらせている。
その力みが、硬直が、今までジャンヌに漲っていた気力、そして魔力のバランスを崩す。
そしてその崩れたバランスの隙間に、"悪しき者"ザルコディナス三世の闇の力が忍び寄る。
「……で、その名を語るな───!」
「ジャンヌ……!!??」
ぐらぐらと不安定な姿勢に、足元までもが崩れ出す。この世界は"悪しき者"ザルコディナス三世の意識が作った世界で、そもそも僕らはその中の異物。精神が不安定になれば、僕らの周りも、また僕ら自身も不安定になる。
『蘇えらせられるぞ、我の力とお前の力を一つにするのならば───』
「───ジャンヌ!」
文字通りにしがみつくようにしてジャンヌを支える。支えているのか、ぐらつく足元に自分が転がらぬようにしてるだけか。分からないけれどもこれはまずい。
ザルコディナス三世の悪意に、甘言に、揺さぶりによって、濁り滞り不安定になっているジャンヌの中の魔力。その魔力の流れの───ある一カ所……。
「ポン!」
「うぉあッ!?」
後ろからしがみついていた僕のちょうど目の前。または腰の後ろ側。
そこへと僕の魔力を打ち込むようにして───ポン! だ。
「……な、お、何だ、い、いきなり……!?」
「惑わされないで。気持ち、魔力循環が乱れれば、それだけアイツに付け込まれる」
彼女の気持ち、感情、怒り。それは僕にはどうにも出来ない。でも魔力循環なら、それを正してあげられる。
勿論今ここにいるのは肉体を持つジャンヌ自身じゃない。あくまで精神体。けど暫くの間共に魔力循環の訓練をしていた分、その流れを上手く調整するのも僕には可能だ。
「クソ……、分かってンよ……」
落ち着き戻して向き直り、再び魔力を膨らませて炎の渦を生み出し闇を蹴散らす。
思惑を外された"悪しき者"ザルコディナス三世はまるで地団駄を踏むようにして苛立たしげな渦となり散らされる。実体はないからどうせすぐ元に戻るだろうけど、こちらの攻め手に幾らかの余裕。
一旦仕切り直し。
けどもう……遅いよ。見つけたからね、こっちは。
何者かが途中まで、外側からこちらの魔力溜まりへと介入を試みたであろう痕跡。
厳密には魔力溜まりそのものへの介入ではなく、魔力溜まりにより管理された扉への介入のようだ。その、言うなれば既に誰かが掘り進めたトンネルみたいなものがあったのを探り当てる。
おそらくは外側にあっただろう魔力中継点のいずれかからの不正アクセスみたいなものだけど、このルートをさらに突き進めば───いけた!
カチリ、と鍵がかみ合ったような感触。
それからこの意識世界そのものがボロボロと崩れ去り消え去ろうとする。
「よし……! これで……終わりだ!」
『……止めろ! 貴様になど……奪わせは……!!』
蹴散らされていた闇の魔力が再びまとまり集結し、獰猛な渦と化して襲いかかってくるが、それをジャンヌの炎が悉くに弾き返す。
世界が。"悪しき者"ザルコディナス三世の意識により作り出された仮初めの世界が崩壊していく。
偽りの楽園。過去の記憶の残滓。妄執と虚妄にまみれた愚かな男の成れの果て───。
「じゃあな、糞ジジイ」
何もない闇の中へ放り出されるが、しかしこれは"悪しき者"の悪意の闇ではなく、僕が新たに染め上げた魔力溜まりを満たす闇の森ダークエルフの闇の魔力。安寧と慈しみの闇───。
『───おお、間に合ったか、シャーイダールよ……』
……え?
◆ ◇ ◆
意識が戻った先は、当然このダンジョンにおけるダンジョンハート区画。
先程まで"悪しき者"ザルコディナス三世の意識が特殊な術式によって融合した魔力溜まりの中の精神世界へと潜っていたが、今は元の肉体へと戻り覚醒している。覚醒はしているが……ううん、やや意識がはっきりしない。
はっきりしないながらも、それでも最後のあの言葉は覚えている。いや、正確に鮮明に……とは言い切れないかもしれないが、確かに僕がこの魔力溜まりを支配して、"悪しき者"ザルコディナス三世の意識を切り離したときに、奴は言っていた。
シャーイダール……つまりジャンヌやJBの雇い主だという邪術士の名を。
JBは本気でジャンヌを助けようとしていた。ジャンヌもまた、ザルコディナス三世へ向けていた怒りは本物だろう。
そして二人とも言葉は違えど、自分たちのボスのシャーイダールのことを疑ってはいない様だった。
けどそのシャーイダールが実はザルコディナス三世と通じていたら? いや、ザルコディナス三世の意識を死後にこの魔力溜まりと融合させることで現世に残し留めておくという術を使ったのも、ジャンヌの祖母にあたるデジラエを生きたまま人為的魔力溜まりへと作り替えるという邪術を使ったのもそのシャーイダールだとしたら?
何も確証はないが───ああ、何だかゾワゾワとした嫌な予感がしてくる。
僕は杖を使いながら立ち上がり、"生ける石イアン"を通じてこの魔力溜まりへと魔力を繋げる。
今まで通りにキーパーデスクが立ち上がり、パネルが現れて様々な情報が閲覧できる。
JBとジャンヌの状態。他の、今まで敵対してた魔物たちに味方の魔物達。支配領域の状態に魔力濃度……。
さっきまでの、おぞましく悪意に満ちた闇の魔力はもう残っていない。僕の支配領域となったこのダンジョン区画の魔力は、今は平均的で落ち着いた、害のないレベルになっている。
けど、ならばなくなったザルコディナス三世の融合していた魔力はどこへ行ったのか? いや、つまりはザルコディナス三世の意識そのものはどこへ行ったのか? 消えた? 所謂"死後の世界"へと旅立った?
いや……違う。そうじゃない。
追跡……痕跡を、だ。魔力の痕跡。あの魔力はどこへ行った?
消え去ったザルコディナス三世の闇の魔力。その残り香、僅かな痕跡、その先……。
───見つけた。ここは……さっき魔力溜まりの支配をする際に使った「途中まで開けられていた穴」に関係する部分だ。その「穴」は……そうだ……。
「外だ……」
「あ? 何が何だって?」
ダンジョンハートへと戻って来たのは、JBに肩を貸されるかたちで力無く歩いてくるジャンヌ。肉体的、精神的、また魔力自体もかなりの消耗をしている。
「何だよ、浮かねえ顔だな。おまえの策が上手くハマって、あの糞ディナスの亡霊をやっつけることが出来たんだろ?」
軽い調子でそういうJB。けど、そうじゃない。
「違うです、JB、ジャンヌ……。
ザルコディナス三世、逃げただけです。ここから───外へ」
魔力溜まりと融合してたからザルコディナス三世の意識は現世に留まっていられた。そのはずだし、だから魔力溜まりから切り離されれば程なく消滅する。理屈ではそのはずだ。
「何に、宿るのか……分かりません。
けど、奴は……奴を……私は外の世界へ解き放ってしまった……」
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