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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-115.追放者のオーク、ガンボン(53)「 ちょっと、厄介」
しおりを挟む「ごええぇぇぇ~~~~~!!??」
空を埋め尽くすかと思える……んーーー、多分50羽近くの強奪鳥の群れ。
「ううぅおわぁッ!?」
走りくる金色オオヤモリ、その数は30体以上か? しかも体長も2メートル半を越える個体が半分は居る。
「のわ、のわ、のわっ!?」
灰色の体毛の岩鱗熊。珍しいことだけど、はぐれの個体が五体程連んでいる。
「え、え、何あれ!? 怪獣!?」
大型のトカゲか、小型の地竜か。ここらでは“死爪竜”と呼ばれる凶悪な魔獣らしい。
体長は尾まで含めれば5メートルはある。前傾姿勢で二足歩行の恐竜のようで、動きも素早く跳躍力もあり、長く大きな手足には30センチはあるだろう鋭い爪。顔立ちは骨ばっていて髑髏のように恐ろしげで、当然のように牙も鋭い。
その“怪獣”とも言える奴が、今まさに俺の目の前で───倒れ、地に伏している。
「ふん! 手応えのない!」
「良い爪が手に入った。切れ味のよい包丁になる」
「雌ではないのか。卵があれば旨かったのだが」
いやいやいや。どーーーーかしてる!! 何なの? 何なのさ、この人達……いや、この巨人達ッッ!!??
いやまあ、そりゃあ見て分かるよ。分かってたよ。
激強いって! 超強いって! 強すぎるって! そりゃ見てすぐ分かってたけどさ!?
もう、「あ!」っと言う間よ!? 「あ!」っと言う間に殲滅よ?
強奪鳥だって、グイドさん一人の投石じゃそうそう当たらなかったけど、総勢15人近くの巨人達が一斉に馬鹿でかい石を群れに向かって次々投げつけるのよ。そりゃ当たるよ! 撃墜マークポンポンポーーン! ってなもんですよ!?
闇の森や土の迷宮にいた奴より二回りは大きい灰色岩鱗熊なんか、代表者五人がそれぞれ1対1でガチンコのぶつかり合いでぶん投げ押し倒しヘし折りーの、まさかり担いだ金太郎かいな、ってな有り様よ?
その中には例のキーンダールさんやズルトロムさん、それに一行の中では一番年寄りらしいリリブローマさんなんかも居る。一番の年寄りでこれかよ!?
金色オオヤモリなんか、「え? いたの?」くらいの扱い。通りすがりにポーン! ベキ! グシャッ! ってな感じ。
ヤベェっスわ。巨人族、まじでヤベェっスわ。強さのインフレ、ハンパねぇっスわ。
そんなこんなで、岩と石だらけの山道を、登りーの下がりーの、右へ左へ行ったり来たり。
進むごとに増えてくる魔獣の襲撃を巨人達が「あっ!?」という間に退けること数回。
昼前に巨人族の集落を出発して、午後を半刻程度回ったくらいの時間には辿り着く。
例の“狼の口”と呼ばれる遺跡の入り口へと。
遠目には巨大な岩山に開いた大きな空洞。その外観は見ようによっては確かに大きく口を開けた狼の顔にも見える。入り口の高さも10メートルくらいはありそうだ。
しかし近付けばよりハッキリ分かる事は、これはただ単に自然に出来た大穴ではなく、そこをベースに掘られ、また石壁や柱を加えていって作られた岩山と融合した建造物だと言うことだ。
石組みの幅の広い階段を上がると、手前に二対の尖塔があり、その奥にも幾つかの石造りの壁と建造物。
大きなアーチが定間隔に奥へと延び、そのアーチは徐々に低く小さくなって、その先がさらに奥の巨大な両開きの扉へと繋がっている。
ただ、恐らく元々はその門への道を中心軸として、尖塔なんかを左右に配置した対称の構造だったのだろうが、今では一部風化し崩れてしまっている。正に遺跡、という感じだ。
「ふむ。かなり劣化はしているが、確かにハンロンド様式の基礎が見える。ここはクトリアの古代ドワーフ遺跡の中でも、かなり古い時代のもののようだな」
俺のタカギさんからもそもそっと降りつつそう言うのは、古代ドワーフ文明研究家のドゥカムさん。
今までは“シジュメルの翼”という魔装具で空を飛ぶJBの背に乗って空中から先行偵察しながら移動をしてたドゥカムさんだが、今回は巨人族の集落からここまで、15人ものガイド付き。先行偵察の必要が無いことと、「空を行くのは寒いし飽きた。しかし歩くのは面倒だ」との理由で半ば強引にタカギさんへと騎乗。
そこでタカギさんが嫌がって振り落とす……みたいな展開は特になく、食べ物をもらったら上機嫌で乗せてきた。むむむ……う、浮気者っ!!
というか……まさか、どうも、なんとなく……タカギさん、俺のこと子分とか弟分的に見てない? 気のせい?
「おい、右前方上の方に……あーりゃ何だ? 猿か? ばかでけェ白い毛の長い猿みてえなやつら、わらわら居るぞ」
上空を旋回しつつそう報告してくるJB。道中もこの調子できっちり偵察任務は果たしている。
むむ。実はここまで、何も仕事してなかったの俺だけ?
「白雪猿共だな。面倒な奴らよ。
素早く、獰猛で、小賢しい。その上体力もあり身に冷気を纏う魔力と、傷を回復する魔力を持つ。
単純な攻撃力では灰色岩鱗熊や死爪竜には劣るが、群れの勢いで連携されると我等巨人族にとっても難敵だ」
ニルダムさんが嫌そうに呟くと、
「ふん! それでも我等“灼熱の巨人”の眷族か? 生ぬるくなったものだな!」
と、赤紫の肌のキーンダールさんが挑発する。
赤みの強い肌の巨人達は、“大いなる巨人”の中の“灼熱の巨人”という存在の眷族で、キーンダールさんとニルダムさんはその中でもそれぞれ別の大きな二つの部族に属している。
眷族、部族とややこしいけど、何でも巨人達はまず四人の“大いなる巨人”に連なる別々の眷族に別れ、その中でさらに幾つかの部族に別れている……ということらしい。
その中でいま、“灼熱の巨人”の眷族と“霧の巨人”の眷族は、巨人族全体の中でやや勢力が弱い。数が少ないのだそうだ。
理由は例のザルコディナス三世による奸計。戦争奴隷とされ連れ去られた部族が多かったのがその二つの眷族なのだ。
そしてキーンダールさんの部族は闇属性の魔力を埋め込まれる実験をされ、ニルダムさんは危うくも連れ去られず山に留まった。
留まったとは言え、同じ眷族の仲間が人質として捕らえられているため、彼ら側からも安易な手出しは出来ない。
もちろん、そうこうしている間にキーンダールさん達が恐ろしい魔力実験をさせられていたと言うことは知らない状況ではあったそうだが、その事が───どうしても彼ら同士の軋轢にも繋がっているっぽい。
その辺りのデリケートな話は、余所者である俺達に直接的に話してくれたりはしていない。
けど、彼ら同士の会話ややりとり、合間合間に無遠慮なまでに話に割り込み、また自分の見解を述べてくるドゥカムさんによる補足をふまえれば、いくら「人間関係の機敏に鈍い」俺ですら、なーんとなくは分かる。
「何も考えず突撃するだけが能ではない」
キーンダールさんの挑発を軽くいなし、ニルダムさんは手にした丸太みたいな棒の先を地面に打ち付ける。
最初に強く一回。それからドン、ドン、ドドン、とリズミカルに地を打ちながら呪文を唱えると、ニルダムさんの棒を含めた周りの巨人に俺の背負った棍棒等々へと、仄かな赤い光がふわっと絡まるように纏わりつく。
「なるほどな。“灼熱の巨人”の眷族だけあり、火属性が得意か」
「白雪猿の治癒能力は火を嫌う。武器や拳に火属性の魔力を纏わせたから、奴らの傷の治りも遅くなるだろう」
武器に対する魔力付与。これだけの人数に一度にかけられるというのは、結構すごい。
「おい、何体かがそっちに向かってるぞ! いや、かなりの数だ!」
上空からの警告に、巨人達は悠然と、またはやや楽しげに各々そちらへ向き直る。
それとほぼ同時に、ゴゥア! という吠え声と共に上空から躍り掛かるように巨大な影。
体格はゴリラ並みで筋骨隆々。体長は個体差もあるが2~3メートルくらいか。
毛の長い猿、というJBの報告通り全身を2~30センチほどの白く長い毛が覆っていて、顔立ちは所謂猿、ゴリラというよりは、口のところが長く突き出たヒヒに近い。この顔立ちからすると、噛みつかれたかかなりヤバそうだ。
名前はちょっと可愛らしいのに、見た目は凶暴な雪男みたいに恐ろしい。
躍り掛かる数体の半分はかわされ、叉はカウンターで迎撃されるが、残り半分は巨人達を爪で引き裂き、叉噛みついてくる。
目の前に居た一人の巨人の肩口へとかぶりつく白雪猿を、俺は両手に握り締めた棍棒で殴りつけようと構えるが、それをグイドさんが止めてくる。
何で? と振り返りその顔を見ると、
「我等巨人族では、一対一の戦いの最中に手助けされるのは侮辱になる。俺は人間達の戦い方を経験しているが、この者達の多くはそうではない。下手に手出しをすれば恨まれるぞ」
とのこと。ええー、そうなの?
そうこうしてる内にさらなる白雪猿が襲いかかって来て、その内一頭は俺の方へ。
技も駆け引きもない、しかし超強力で素早い爪の攻撃に、慌てて棍棒を構えて受け弾く。のけぞりたたらを踏んで数歩後退。そこへまた矢継ぎ早の連撃だ。
野生の日本猿の凶暴さに、ゴリラの体格とチンパンジーの素早さ。加えて冷気を纏い傷も治す魔力……って、いやいや、岩鱗熊にも勝るとも劣らない強敵でしょ!?
「おい、さっさと片付けろよ。私はキャンプの設営もしなきゃならんのだからな」
そう事も無げに言いつつ、一人後ろへ後退して尖塔にもたれかかっているドゥカムさん。ええー? 魔法使えるんでしょ!? 何かバーンとやってよ!?
緊張感ゼロのドゥカムさんを後目に、ともかく俺としては目の前の爪をなんとかしないといけない。
上下左右と変幻自在に迫り来るそれを右手の棍棒でなんとかいなしつつ後退。その後ろ足がそこそこの石に引っかかり、バランスを崩しのけぞり気味によろめく。
それを好機とみたのか、俺へと迫っていた白雪猿は右手をさらに大きく振りかぶり、強力な一撃をお見舞いしようと勢いよく飛びかかって……背中から岩の上に叩きつけられる。
右手の棍棒を白雪猿の腕の下に突き込んで、左手で相手の腕ごとがっつり掴む。そして後ろに倒れ込む動きのまま足を相手の鳩尾へと蹴り入れ放り投げる。いわば変形巴投げ。
対人ではないけど、ここに来て戦った中では最も人間の体格に似た相手。こういう格闘技もより使い易い。
が、人間に近い体格でも、そのタフネスさは人間以上。痛みに咆哮をあげつつも、身体を捻って力任せに腕を抜き即座にくるりと立ち上がる。
うお、怒り心頭ってな感じだわ。吠え声は辺りの岩壁や遺跡の建物に反響するほどに響く。ビリビリと俺の全身の毛も逆立ちそう。
その吠える大きな口をそのままに、今度は噛みつきを仕掛けようと飛びかかってくる。仰向け状態でいた俺が横に転がりそれをかわすと、お次は爪先での追撃。
向こうの方が反応、速度共に早い。というか多分基礎的な身体能力はほぼ全部俺より上だろう。勝ててるのは体脂肪率くらいかな?
転がりつつ岩壁にぶつかり、その反動で起き上がり横にかわす。勢い余って岩壁に頭から突っ込みそうになる白雪猿だが、これまた姿勢をくるりと素早く変えると、脚で器用に岩壁を蹴って反転。
今度はまるでロケットみたいに突っ込んでくる。
頭を下げ這いつくばるようにそれを避ける俺。避けるが、その長い脚が俺の首元に絡みつき覆い被さってきて潰される。
うぐえ、すげえ重い。ウェイトはスーパーへビー級。そのまま膝立ちになって俺の脚を掴んで来た。
デブとは言え身長は低い。それでも体重はけっこう重いハズの俺。
その俺を引っこ抜くように持ち上げて、まるで赤ん坊のようにぶら下げられる。しかも顔面が地面に擦られすげー痛い。
ぶらーんとぶら下げられて手も足も出ない俺に、まるで嘲笑うような声で吠えかけてくる。
ヤバい、この体勢、超ヤバい。このまま高く持ち上げられてマルカジリされる!
そう肝を冷やしていると、白雪猿の高笑いのような吠え声が悲鳴に変わる。
握力の緩んだ瞬間に、棍棒を肘の外側へジャストミート。さらなる痛みに手を離し落下するところを───抱きかかえて舞い上がるのは“シジュメルの翼”で滑空してきたJB。風魔法による攻撃で脱出の機会を作ってくれたようだ。
「あ、あ、りが、トン……」
「気にすンな。それよりあっちの……」
言い終わるか終わらぬかする前に、すぐ近くを何かが物凄い勢いで飛んでいく。
「うお、こりゃやっべ……」
飛んで来たのは石。これまた人間の頭くらいはありそうなデカいやつ。それが下の方からビュンビュン投げつけられ───JBの肩口を直撃。コントロールを失って俺とJBは揉み合いながら落下。
むむん! とかなり無理矢理に着地とともに身体を丸めつつ捻り、俺を抱き抱えていたJBを逆に庇うようにして受け身をとる。地面との接地点を段階的に分散させることで落下ダメージを減らす着地法だけど、それでも岩ばかりのここの地面じゃめっちゃ痛い。
けれどもJBも途中で再び“シジュメルの翼”の浮遊力を回復させてたのか、思ってた以上に落下の衝撃はない。
双方膝立ちに体勢を整え攻撃してきた辺りを見る。少し先の岩場の上に、顔に大きなひっかき傷らしき痕のある、他の白雪猿より一回りくらい大きな個体が、横に二頭程侍らせつつも悠然とこちらを見下ろしている。
「クソ、多分アイツがこの群れのボスだな。
上から見てたが、アイツだけ動き回らずあそこに居て、他の奴らに指示だしをしてるくせぇんだよ」
体格、身体能力的には巨人族にやや及ばないものの肉薄する上、タイマン勝負にこだわりがあるらしい巨人族と違って群れで連携しリーダーも居る。そして多分数もあちらの方が上。となるとこれは───。
「ちょっと、厄介」
むむう、と岩陰に隠れつつそう言うと、
「は! ちょっと? 言うねえ。“ちょっと”厄介なだけってか!」
ニヤリと笑ってJB。え、いや、別にそういう意味ではなかったんだけど……ま、いいか。
で、ふと気がつくと俺の横には聖獣タカギさん。あちらはボスらしき一回り大きな疵顔に他二頭。この三頭は全体を見渡せる高台に位置して居て、乱戦状態の他の群れとはやや離れ孤立してる。
「上と下。まずは撹乱作戦と行くか」
ぶおん、と、空気の膜が広がり、JBの周りを包み込む。
いーなー、あれ。飛べない俺はただの豚だ。
◆ ◆ ◆
タカギさんに跨がり跳ねるように岩場へ駆け上がる。丸々とした愛されボディでありながらもバランス感覚に優れたタカギさんは、見事なまでの高機動力を見せつける。とは言えこの複雑で高低差のある遺跡周辺は、どうやら白雪猿のホームグラウンド。地の利に馴れにと、あちらの方がやや……いや、かなり条件が良い。
駆け抜け交差する瞬間、ボス猿の鋭い爪先が頭上を一閃。直前に下げた頭のあった場所の空を切る。
その両サイドにいたボス猿親衛隊の二頭は、大きく息を吸い込み……ぶおん、と吐き出す。超臭い息! ……ではなく、冷気の魔力を帯びた凍てつくブレスだ。厳密には凍てつく臭い息。
それをぶん回す棍棒の勢いで無理矢理に撹拌、威力を減じさせるが、それでも寒い! いや、「痛い」!
天然ミートテックの俺ですらその凍てつく空気に一瞬意識が持っていかれそうになるのだから、これ、常人が直撃されたらあまりの冷気に動きが止まる。
駆け抜けた俺とタカギさんへ追撃しようと体勢を向けてくるボスとその親衛隊。その背後から連続して撃ち込まれるのはJBの“シジュメルの翼”による魔法攻撃、【風の刃根】。いわば風のカッターを撃ち込むオートピストルだが、本人曰く大型の魔獣相手に致命傷を与えられるほどの威力はないらしい。
なのでこちらは、「とにかく手数」で勝負する作戦。
地の利、立体的空間での戦い、基礎身体能力。それらで上回る白雪猿が、ボス猿の指揮で連係攻撃をしてきている。
基本的能力ではかなわない俺たち二人は、まずはとにかく手数を増やし、さらには上下からの連続攻撃でボス猿に指揮を執らせる余裕を与えない。
壁を蹴りつけるようにユーターンするタカギさん。その背に跨がる俺は、今度は咆哮。
吠え声は自分達の専売特許だと思ってた? んー、残念! 実は意外と俺もいけます! 何せ“狂犬”ル・シンの呪いパワー込みだ。
その声に親衛隊の一頭は怯み、一頭は虚を突かれ、疵顔のボス猿は挑戦と受け取ってか猛然と向かってくる。
流石、速い! 足場の悪さなどものともせず、跳躍して軽々と距離を詰める……が、その背中と後頭部をJBの【風の刃根】が連撃。長く厚い毛皮を切り裂かれて血を吹き出しつつ、それでも怯まず前のめりに突っ込んで来る。
その上をより高い跳躍で飛び越すタカギさんに、追撃として棍棒の一撃を加える俺。
そのまま前のめりに倒れ込むものの、しかしボス猿はなんとか踏みとどまる。前転するように転がりながらも半回転で着地。僅かによろけるところを別の白雪猿に受け止められて立ち上がる。うへー、タフだし反射神経良いし連携もとれてる。
周りを見ると、思ってた以上に周りの白雪猿が増えていた。ボス猿の危機に集まりだして来たのか、どうやら巨人達とタイマン勝負していない連中の殆どがこちらに向かって来て居るようだ。わ、やっべェじゃん?
位置の遠いい白雪猿達は、またも大きな石を次々投げつけてくる。タカギさんはなんとかそれをかわし、避け、走り回るが、その動きに俺の方がついて行けず振り落とされた。
のわっ、となりつつ背を丸めてゴロリ転り着地。起き上がった俺の目前に迫る大きな石を───打ち返した。
おおー、ファールチップ! 棍棒の真芯では捕らえきれずに右に逸れた打球……打石? は、先ほどの俺の咆哮で怯んでいた一頭を直撃。ラッキー!
次々投げ込まれる投石の内、その二割ほどを打ち、さらには二発ほどは迫り来る白雪猿の群れの中でどれかに当たる。
しかし打ち返せれば結構な威力だが、打率はさほど良くないし、二発三発と肩口、腰へとデッドボール。当たったところで出塁できない。
アイアム ノット ドカシット。前世にて柔道漫画から野球漫画への華麗なる転身は経験してなかったようだ。
立て続けに投げ込まれる投石は、次第に間隔も精度も上がってくる。避ける隙も打ち返す余裕もなくなり出したとき、後ろから投石より大きなモノが墜ちてくる。
おお、とつんのめり前倒しに倒れる俺と、その背の上で身悶えるJB。
「……くっそ、次から次へと鬱陶しいぜ!」
やはり投石に被弾したらしいが、例の空気の防壁のお陰が目に見えたダメージはない。
けどこりゃ二人して完全に囲まれた状態。その俺たちの前に立ちはだかるのは……疵顔のボス猿。
まるで背中から炎を立ち上らせてるかにはっきりと怒りのオーラが見えてきそう。
右手を後頭部にやり、そこの血を拭うと舌でペロリ。そこから………うわお。まるで拳法家みたいに構えをとる。カンフーモンキー猿拳か。
「───はっ! ブルース・リー気取りかよ白髪のモンキーが」
うーん、雰囲気ある。
二対一。空に逃げれば投石。前後左右を固められ、逃げ場無し。ちょっと……けっこうヤバい。
ボス猿が一足飛びに距離を詰める。先程と違って姿勢は低すぎず高すぎず。自分の背の低さを利して下に潜り込むのも出来ないし、タカギさんも居ないので跳躍で飛び越えるのも無理。俺とJBは左右に分かれて回り込もうとするが、辺りを囲む他の白雪猿に阻まれて大きく距離はとれない。
囲んだ奴らは何故か直接的に手を出してこない。タイマン至上主義の巨人達の流儀に合わせてか? んー、どっちかと言うと、「こいつらは直接この俺様がなぶり殺しにしてやるわ!」というところか?
丸太の如き腕から繰り出される爪を、両手で構えた棍棒で受けるも弾き飛ばされたたらを踏む。
俺の機動力はタカギさん抜きではどん亀だ。とてもじゃないがかわせない。なんとか受けて、受けて、耐えてから反撃の機会を狙う。
その後ろから再び魔法を撃ち込むJBだが、ボス猿もそれは経験済み。爪先の攻撃を受けてた俺の棍棒をそのまま握り、それを軸にして前へと飛んで体を入れ替えると、間抜けな顔した俺を後ろ脚で蹴りつけて盾にする。
矢面に立たされた俺の腹を中心に空気の刃が突き刺さる。皮鎧を着ている分致命傷ではないが、釘か何かを突き刺されたみたいだ。
「うぉっ!? すまねえ!」
皮鎧に豊富な皮下脂肪でダメージは多くないが、けっこう痛い! 前のめりに倒れた姿勢から片膝立ち。歯を食いしばりつつ【自己回復】で気休めの回復をして向き直ると、ボス猿の後ろ蹴りが顔面に迫り仰け反る。こんにゃろめ!
身体能力高い上かなりむちゃな動きが出来る。岩鱗熊や普通の人間に比べても攻撃技の選択肢が半端なく多いし予測もつかない。
ゴロンゴロンと又も転がり距離をとる。うぐぐ……、こんなんばっかだ。
JBは“シジュメルの翼”で空を飛べるが、のみならず動きの速さ、反応速度も俺……いや、人並み以上。だがその強みすらこのボス猿は余裕で越えてくる。
俺たち二人それぞれの強みが、それぞれにボス猿に及んでない。
ホワホワホキャー! っと、興奮気味な猿独特のハイな叫びを響かせて、蹴り、爪、噛みつきと連続攻撃。どうやらより動きの鈍い俺を先に始末しようと狙いを定めたか、素早いJBには牽制程度でこちらに集中。腹の痛みもあって反応はより鈍くなり、受けに失敗する事が増えてくる。
どうする? 考える暇もない。あと一手、あと一手何かが加われば、反撃の糸口も出てくるだろうに……と、そのときだ。
「遅ォ~い! 遅い遅い遅ォ~い。なァ~~~にをいつまでも遊んでいるんだァ~~~?」
呆れたような不機嫌そうな、ドゥカムさんの甲高い声が聞こえてくる。いや、遊んでなんかいませんって! こちとら本気の書いてシンケンです!
いつの間にやらドゥカムさんはタカギさんの背に跨がり、俺らの位置より上の岩場に居る。その横には“灼熱の巨人”の呪術師、ニルダムさん。
ニルダムさんが又も低い声で歌うような唸るような呪文を唱えると、岩場の幾つかの場所から火柱が噴き出す。火柱そのものは大きな花火程度、高さ3メートルくらいでバチバチと派手な火花が散る。
そこにさらにドゥカムさんの呪文が重ねられ、花火のような火柱がより大きく激しく膨らんでいく。触れれば結構な火傷をしそうだが、火が苦手という白雪猿にとっては尚更だろう。
「おい、JB。ここまでお膳立てしてやったのだから、後は出来るな?」
えー? もうちょっと何とかしてよ!? とか思うけど、見るとその岩場の方には俺達を取り囲んでいた別の白雪猿達が登って行く。やはり敵の方が数が多い。
その俺を後ろから抱えるようにして飛ぶJB。火柱の周りの白雪猿達はボス猿も含めて混乱状態で、今なら投石で撃墜を狙ってくる奴も居ない。
「おい、ガンボン。あれ、持ってるか?」
え? どれ? あ、いや、荷物の方にならあるけど……うん。
◆ ◆ ◆
着地して大急ぎで野営用荷物の置かれた場所へ。探るとすぐに見つかるそれは、割れないように古代ドワーフの作ったドワーフ合金製の瓶に入れられている。
それを持ち再びJBに後ろから抱きかかえられ火柱の上空へ。
「よし、一旦あっちに下ろすぞ」
あっち、とは、ボス猿達のところより上の、ドゥカムさんやニルダムさんの居る位置。
それからJBはまた上空へ飛び立つと、受け取った瓶の蓋を開ける。
“シジュメルの翼”の魔法の羽根を大きく広げると、その魔力による風の羽根を動かし撹拌するようにして───小型の竜巻を作り出す。
その竜巻へと瓶の中身をパァっと盛大に振りまくと、キラキラ輝くかのように光を反射。
そのままの勢いで火柱を巻き込むと、JBの作り出した小型の竜巻は炎を巻き込んでさらに大きな炎の渦と化し混乱状態の白雪猿達を飲み込んだ。
「いよッしゃ! 計算通りだ!」
突然の炎の渦に、混乱はさらに恐慌へと繋がり、右へ左への大騒ぎだ。
俺の持ってきて居た料理用の豆油。それを巻き込んだ引火性の高い炎の渦は、複数の白雪猿の長い毛に付着しさらに燃え上がる。
ニルダムさんの作り出した魔法の火柱を、ドゥカムさんが補強し増大、俺の油を巻き込んだJBの竜巻で炎の渦と化す。見事な連携技……と言いたいけど、あれ、俺自身は特に活躍してなくね?
せっかくなので、こちらへ向かってきていた炎に巻き込まれてない白雪猿達を隙をついて殴りつけておく。ボス猿が混乱し、近くで炎が盛大に暴れている状況では、集中力も闘争心も萎えて隙だらけ。
何頭かは例の凍てつく息を吐き出して炎を吹き消そうとしているようだが、その隙を巨人達に突かれたりして巧く行かない。
それまで一進一退だった他の巨人達との戦いも完全に形勢が変わりだし、数頭の白雪猿が巨人達に打ち倒されたのをきっかけにして総崩れ。
疵顔のボス猿も最初は崩れる群れを押し止めようと吠えていたが、やはり形勢の不利を悟ってか、逃げ出す群れの後を追いかけ走る。
───そのボス猿の首根っこを何者かが掴んで、高く持ち上げた。
え!? と俺が驚くのはそこには誰も居ないかに見えたから。けどよく見ると違う。ぼやっと滲むような、叉は周囲に溶け込むようなうっすらとした輪郭が次第にはっきりと見え出し、現れるのは赤紫の肌をした巨人、キーンダールさん。
左手で高く掲げたボス猿を、ぎりりと締め上げて身動きを封じる。ボス猿はバタバタもがき暴れるが、不自由な体勢からの爪も蹴りもキーンダールさんには効いてない。
そしてそのまま右手に握りしめた……あれは何だ? 二対の牙のような爪のような武器で……脇腹を抉り、突き刺した。
断末魔。威嚇や指示の吠え声よりも明確かつ大音声のそれは、山肌に乱反射し木霊する。
総崩れになり逃げ出していた生き残りの白雪猿達の群れにもそれははっきりと聞こえてるだろう。
キーンダールさんは突き刺した爪を捻り、引き抜き、再び抉り込む。まるで捕らえた獲物をいたぶり、より大きな悲鳴を上げさせるのが目的かのように。
傷口から溢れる血と臓物とその内容物の匂いが周囲に充満し出す頃には、ボス猿はただ僅かに痙攣をするだけで、魔力による自然治癒も出来ずに事切れていた。
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主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
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