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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-110.追放者のオーク、ガンボン(50)「ヤク使いすぎ? ヤバい? ヤバくない?」
しおりを挟む「明日は早くからになるかもしれんぞ。なかなか楽しみな事になってきたわ」
何やら妙に嬉しそうな顔でそう言ってくるイベンダーに、俺は「はてな?」の顔で問い返す。
「ん? 聞いとらんかったのか?
明日、お前とグイドと二人は荷物持ちとして同伴する。ドゥカムの奴とJBが“巨神の骨盤”近くの遺跡探しの偵察に行くのにな」
え? アレってそんな話だったの?
いや、何か俺の名前聞こえたなー、とか思ったけど、穴掘りネズミ肉の下処理にかまけててよく聞いてなかった。
で、何でも北にある大山脈“巨神の骨”の中で最も標高が高いとされる山、“巨神の骨盤”の方へと、さっきすれ違ったひょろっとしたハーフエルフの学者さんとJBとで調査に行くのだけど、その荷物持ちとして俺とグイドさんが同行するという話になっているらしい。
何で!? 聞いてないよ!? あ、いやまあ、文字通りに。
「おい、ガンボン。何をボケっとしとる?
お前さんがこっちに来るまで同行しとったというダークエルフの魔術師も捜すことにもなるんだから、お前さんにゃ他人ごとじゃあない話だろ?」
───あ、そうか。あのダフネさんが言ってた地図か何かから導いた場所が、北の“巨神の骨盤”だ……という話なんだっけか。
うん、聞いてない俺が悪い。
何にせよ、となれば明日の出発に合わせて色々準備が必要だ。
やらなきゃいけないことは色々ある。
まず……食べ物だ!
よーし、気合い入れてこー!
◆ ◆ ◆
やべぇ、超しんどい。
昼前には出発して、俺とタカギさんと大男のグイドさんとで食料水お酒他の野営用の装備を分けて持ち北へと進む。
JBとドゥカムさんという学者の人は、先に空を飛んで先行し、偵察調査と野営用の場所を確保しておくのだそうだ。
小さなステッキ程の杖を渡され、何でもそれはドゥカムさんの魔力で造る例の魔力中継点に反応し、その方向と距離が分かるらしいので、それを使ってついて来い……とのことなんだけど、うーーーん……雑!
方向は分かっても細かい地形まで分かるわけではないので、直進していったら岩壁や渓谷やら川やらにぶち当たったりして回り道する必要がある。
JB達は空路で直線移動するからいいだろーけどさ!
クトリア旧王都をぐるりと東西に囲むように流れるカロド河の支流を幾つか越えて、次第に勾配の上がる山道を例の杖を頼りに追いかけていく。
ちょっとした崖のような川幅の裂け目をタカギさんがひらりと飛び越えるも、ちょっとこの幅は俺には難しいぞー……と思案していると、グイドさんが後ろから俺の荷物を下ろし、そのままポーンと対岸へ放り投げる。
一応飲み水は小樽だし特に壊れ物は入ってないけど、ちょっと乱暴すぎませ……て、おわっ!?
いきなりの浮遊感。荷物同様に対岸まで放り投げられて尻から着地。この場合サイドポーチの薬瓶類を壊さない為にもケツから行くしかないですが……痛いってば!
そんでグイドさん自身もあの巨体でふんが! と跳躍。うわお、地響き! けどお見事な着地。
山間へ進むにつれやや荒野より木々や低木なども増えてくる。とは言え土の迷宮みたいな自然豊かというには程遠いい程度のまばらさ。
ちょっと遠くにトナカイみたいな鹿みたいな動物が見えたりもして、植生も動物も代わり始めている。
それにしても、山へと近づくにつれて確かにこれはとんでもなく高さだなあと感心する。いや、この世界での故郷であるオーク城塞も高地にあったけど、あれよりも高いかもしれん。
夕方近くになってようやく杖の示す反応が強くなり、野営用キャンプへと辿り着く。
うへー、もう超疲れた!
野営用キャンプにはレイフがダンジョンで作ってた魔力中継点に似たような塔と、その根元に岩で作られた立方体の建物があった。
その六面の立方体は学者のドゥカムさん用の部屋で、俺達は屋外の簡易テントで夜番をしながら交代で寝ることになる。
荒野に山道を大荷物背負って歩き詰めで疲れたので、気休めに【自己回復】の魔法使ってみたけど、この魔法は蓄積された疲労回復にはそれほど大きな効果はないのだよね。一時しのぎにはなるけど、根的解決にはならない。
そう言えば、とイベンダーに貰った疲労回復薬があったなあ、と少し飲んでみる。例の炭酸コーラにも使った実やその他の疲労回復や覚醒作用の薬効ある素材で作った魔法薬らしい。
味は……まあスタミナドリンクっぽい、いろんな漢方薬を最終的に甘味でごまかしたような味だが、一口で確かにグイーンとテンション上がった! ……気がする!
けどこれは、夜じゃなく昼とかまだ長く活動するときに飲むタイプだなぁ。
簡易テントはJBとグイドさんとで建ててくれるとのことで、俺は早速そのテンションで調理に入る。
持って来た食材は、まず調味料としては蜂蜜とハーブソルト。
ハーブソルトは土の迷宮で採取して乾燥させていたものや、マヌサアルバ会で貰ってきたものとかをミックスしたハーブとスパイスを、これまた土の迷宮で採掘してきた質のよい岩塩とを砕いてミックスした俺特性。
正直これ、めちゃ旨いよ! 前世にやや高めの調味料として売ってたハーブソルトにも引けを取らない。いや、少しはとるかも。
素材さえあば簡単に作れて味も良いけど、その素材を集めるのがこの世界ではけっこう大変。
あとは固いチーズにバター。それと小麦粉とシャーイダールさんが探索者用に常備している固パン。そしてこれも土の迷宮で作っておいたドライフルーツ。後は途中で摘まんで来たサボテンにサボテンフルーツと、乾燥叉は塩漬けにした豆や芋、野菜類。
そして一応のメインは、昨日の夜から漬け込み、朝になって数時間かけて作っておいた例の魔力抜きの済んだ金色オオヤモリ肉の燻製各種。
これらの準備はけっこう大変で、何せタカギさんの為のサボテン採取に協力してくれた人達への支払いとしての食べ物も出発前に作らなきゃならなかった。
ひとりで全部は厳しいなあ、と言うことでイベンダーに相談したら、ここの見習い用炊事場の管理を任された元魔人達の捕虜だった未亡人クロエさんを紹介され、手伝ってもらうことに。
何でも彼ら、つまり“シャーダールの探索者”達の仲間には、今まで正式な料理番が居なかったらしい。
最近になるまで基本的な食材は市街地で安く売られているオオネズミ肉が殆どで、一応それらを雑用係の誰かが持ち回りで担当してシチューみたいなものは作っていたけど、逆にそれ以外は自炊をほぼしてなかった。
探索用の保存食なんかは自作せずに買っていて、オオネズミ肉のシチューの不味さに辟易したお金に余裕のあるメンバーは個人的に地上へ買いに行ったり食べに行ったりしてたんだそうな。
なもんで、所謂料理の知識や技術を持ってる人が居ない。
最近になって狩人達と共同ハンティングをするようになり、自前で何種類かの食材を調達出来るようになったので食材の質は劇的に改善されたそうだけれども、調理そのものはただ煮込むか炙るか茹でるか程度。余らせても保存用に加工することが出来ず余所に売るしかなかったらしい。
けれどもここに来て、地下街の貧民に配給する残飯スープを作らせることにしたクロエさんが、思われていた以上に料理が出来ると言うことが分かり、即座に地下街以外の料理関係を担当する役目として採用されたのだという。
センティドゥ廃城塞での討伐戦以降初の新規採用第一号である。就職おめでトゥー!
クロエさんとその子ども達が手伝っていると、元囚人でこれまた地下街周辺の警備のまとめ役を任されたマルメルスさんがやってきて、自分も手伝うと申し出てきてくれた。
うーん、正直……あんまり人手ばかり増えすぎても指示する手間の方が面倒だけど、無碍にも出来んよねえ。
どーすっかなあ。メニューを変えようかなあ。
採ってきた食材は穴掘りネズミと金色オオヤモリ。
穴掘りネズミはハーブソルトを揉み込んでから買ってきた酒に漬け込む。具体的には熱湯消毒した後の壷にハーブソルトを揉み込んだ穴掘りネズミ肉を敷き詰め酒をまぶし、間にまた粗塩を刷り込んでさらに肉を敷き詰める。これで何層かしたら、同じく煮沸消毒した布と重しを置く。
これ本当はもっと多めの塩で数日やると肉質が変化してハムを作れるようにもなるけど、今回はそこまでやらない。ていうかそこまで手間暇かける程の肉ではない、とのこと。
もう一つの食材、金色オオヤモリ肉は爬虫類系の肉だけあり感じが鶏肉に近い。全身筋肉! という感じなので、ほぼどの部位もささみ肉っぽい。
下に一度持って行って、何等かの秘密の儀式か何かで魔力抜きをしてきたものを、さてどうしたものかと思案して、基本的には燻製にすることにした。
長期保存のための燻製は結構作るのには時間がかかる。
ハム作りと同じく塩漬けで肉質を変化させ、塩抜きをしてから乾燥、燻製……という手順が必要で、長ければ一週近く、短くても三、四日は必要。
この辺のやり方は疾風戦団の見習い時にも仕込まれてる。魔力抜きしたオオヤモリ肉の三分の一はそのまま調理して、残りのウチ半分は長期保存用燻製のために塩漬けし、残り半分は短期保存の燻製として朝まで軽くつける。
朝方になり、再びクロエさんとその子ども達に手伝ってもらい続きをやる。
穴堀ネズミ肉の炙りを試しに作ると……んー、確かにちと癖が強いかな。
蜂蜜も利用した濃いめの照り焼き風な味付けでサボテンと共に炒めものにし、三個の浅めの器へ盛り分けて、孤児組、元囚人と捕虜組、地下貧民組の手伝ってくれた人達へ渡す用に分けておく。
残りはアジト内部の人たち用。ちょっとこの辺ややこしいし面倒くさいね。
燻製の方はいつかやろうと思ってたので燻すためのチップも“土の迷宮”で確保してあった。調理に使うのは大きめの陶器の瓶。これはクトリアの市街地に来てからイベンダーと共に職人街の方まで行きミッチさんと言う滅茶苦茶おしゃべりな人のお店で都合してもらったもの。おしゃべり過ぎて正直何言ってるかはほとんど分からなかった。街に着たばかりならまずウチの本を買いな、みたいなことを言ってたのはなんとなく覚えてる。本かー。レイフなら喜びそうだなあ。
んで、出かける前までに作っておく燻製は、所謂温燻というやり方のものだ。
温燻はだいたい50度くらいの温度で4時間くらい燻す。
燻すことで香りと風味が加わり美味しくなるけど、何より表面がコーティングされ保存性が増す。
けど、長期間の塩漬けとその後の乾燥があるのと無いのとではその保存期間がまるで違って、今回作るタイプの温燻だと長くて一週程度。
今回は漬け込み期間は一晩だけだし、温燻は熱を加えず長期間燻す冷燻という手法よりも長期保存には向かない。
探索の初期に保てば良いくらいかな。
長く漬け込んで熱を加えずに燻す冷燻の代表例は生ハムとかスモークサーモンなんか。
そちらはクロエさんに燻製作りのやり方を教えておき、俺が居ない間に長期保存用の冷燻をやっておいてもらうことにする。
俺の拙い帝国語で巧く伝えられたのかどうか微妙ながら、元々料理の経験が豊富なためか、飲み込みが早い感じだった。
そしたら手伝いを申し出ていたマルメルスさんが、元囚人仲間の1人に燻製作りに詳しい奴が居ると言ってきた。
北方人系の王国民で元狩人の家の生まれ。クロエさんと違い料理全般に詳しい訳ではないけど、狩った獲物の食肉加工については学んできてるらしい。ただ狩人としての経験は少ないらしい。
なのでその彼とクロエさんに、残りの食肉の管理は完全お任せ。
今回使った部位は、もも肉と尾の肉と舌、つまりスモークタン。そして一番の変わり種は一体が胎内にもっていた卵だ。
拳大くらいの卵は、まだ胎内にあったため殻も柔らかく、ものによってはそのままでも食える。
もも肉はまあ鶏もも肉の燻製っぽい感じの出来栄え。タンもこれがなかなか。軽く茹でてからの温燻だけど、コリコリの歯応えある食感が実に良い感じの燻製になる。
尾の肉はここもかなりしっかりした筋肉質の肉で弾力がある。骨ごと輪切りにしてそのまま燻製した。ぱっと見いわゆる「マンガ肉」っぽい感じする。
卵の方はそのまま一旦茹で上げてからの温燻。ただこれは保存期間が数日しかない。けど旨い。
んで、これらも一部はサボテン採取を手伝ってくれた人達へ分けておく。
俺らが持って行ける分は……量的には10㎏くらい……かな? ちょっと少ない気もするけど、保存可能期間を考えればその位に押さえるしかないかもなー、と。
そんな感じで慌ただしく準備してかーらー……の。
昼前に出立しての今現在。
改めて思い返してもしんどいなあ!
疲労回復ヤクをキめて鍋でシチュー。温燻してきた肉はそんなに日持ちしないし多めに使っちゃう。
ベースをお酒にして、骨付きの尾の肉は出汁も出るので煮込みまくる。
そこに少し溶いた小麦粉とチーズを削って入れて、オオヤモリ肉入りチーズクリームシチュー。それとつまみとしてスライスしたスモークタン、オオヤモリ卵の燻製とドライフルーツ。
「ん、出来た」
俺は天然ミートテックだし元々高山地方出身なのもありこのくらいの寒風は涼しいもんだけど、JBなんかは結構寒そうにしてるし、とろみもある暖かいシチューが丁度良さそうだ。
「お前、本当に料理上手いな」
食べながらそう改まって言うJB。
うわ。この人普段どっちかっちゅーと悪態っぽい突っ込み多くて、過剰に持ち上げたり誉めたりしないけど、褒めるときはすげいストレートに言ってくる感じ? むしろ照れるでしょそういうのって!
グイドさんは相変わらずのガチ無表情。けど少なくとも不満は無さそう。
「おい。それは……貴様が作ったのか……?」
突然横合いからそう聞こえてきてちょっとビックリ。例のドゥカムさんという学者の人だ。
話しかけてる相手はJBで、この“貴様”というのも当然JBのことだろうけど、当のJBは口の中でもごもごと肉を噛みつつ、木匙で俺を指し示す。
「美味いぞ。食うか?」
「……いらん」
あらまあ。おなかの調子でも悪いのかしらん? 表情も何やら冴えないし。
けどそんなに消化に悪くは無いよー?
◆ ◆ ◆
翌日からはさらに道は険しくなり、勾配も上がる。木々も減り、疎らに低木や下草が生えるばかり。
サボテンは結構多く見かけられるが、よくサボテンフルーツを採っている丸いタイプのサボテンや、例の手のひらにちょっと似た葉が連なって延びる食用にもなるチョークサボテンは少なくなり、細長くてとげのみっしり生えてるヤツや、竜の舌とか呼ばれる縁が紫色で尖った肉厚の葉が放射状に伸びる背の低いものなんかが増える。
「あの針の長いポルポストロサボテンは季節が違えば実が生る。それなりに甘い。
ドラコリヴアは傷薬になる。食えるが苦くてまずい」
ぼんやりとサボテンを眺めてる俺に、グイドさんがそう言ってくる。あら、意外に詳しい。
針の多いやつを素手で握りぼきりと折って、顔を上げて口を開けるとその上でぎゅっと搾るとかなりの水分が流れ出てきた。
それをごくごくと飲み干してから、
「こいつは水分が物凄く多いから、迷ったときののどの渇きに良い。その代わり食っても腹は膨れないし不味い」
へー、なるほとなるほど。
俺も真似してみようと手を伸ばすが、……いやいやこれ、針痛いよ?
ひえっ、と指を引っ込めると、グイドさんは厳めしい顔を少しだけ綻ばせたように歪め、またもむしり取った針だらけのサボテンの外側をザクザク剥がして渡してくれる。
フカフカのスポンジみたいな繊維の塊の中に透明な水がたっぷりと含まれてて、確かにこれはちょっとした水筒代わりになるな。
飲んでみたら、やや青臭くて少し甘い。
その代わりというか中の繊維が結構強く、目の粗いスポンジみたい。確かにこの感触はすげー不味そうだ。
その辺のものを適当に採集しつつ道を行くと、岩影から大きなはさみがひょっこりと現れた。
ふひゃっ、と驚くと後ろから伸びてきたグイドさんの手がそいつをわしっと掴み引っ張り上げ、中型犬くらいの大きさの魔蠍が。それをそのままむじっ、と両手でひねりバラバラにしてしまう。うへえ、すげえ。
また暫く進むと、今度はタカギさんがブヒィ! とうなり高く跳躍。着地した低木の影には数頭の毒蛇犬が居てざざっと陣形を組み威嚇の声。
五頭程の小さな群れかと思っていると、後ろからギャン! と悲鳴が上がり、背後に回り不意打ちを狙っていただろう別の一頭がグイドさんの右拳に頭を掴まれたまま高く持ち上げられ、そのまま勢い良く岩にたたきつけられ痙攣するように大きく数回動きお亡くなりに。
それを期に前後左右から飛びかかってくる毒蛇犬の群れ。ぐへえ、ヤバい!
タカギさんは頭突きで応戦し、グイドさんもそのぶっとい両腕を振り回し、俺も背負った棍棒を手にして構え……大きく振りかぶって……ヒット!
幸いなことに、敵としても味方としても毒蛇犬とは“土の迷宮”で戦いまた共闘もしてきた。なので色んな戦略に動きのパターンも見てきている。
前から数頭踊り掛かるときは、必ずその背後に隠れた一頭が……そう、尾による蛇毒での噛みつきを二段構えで狙って来ている!
右から振り抜きただ攻撃を外したかに見えただろう棍棒をそのままくるりと上に跳ね上げ、尾による痛打を狙っていたもう一頭の頭を打ち抜く。
そのまま前に数歩走りつつ反転して、すれ違った最初の三頭のうち二頭を痛打。致命傷にはならないが、後ろ脚と腰を痛めつけ、ほぼ戦闘不能。
反撃を受け、毒蛇犬の群の数はほぼ一瞬にして三分の一ほどの戦力を失う。基本的に二方から襲い掛かり相手の動きをコントロールして待ちかまえてた本体で仕留めるという狩りをする毒蛇犬としては、この被害は大きい。
群れのリーダーは状況に対して即座に撤退を決めたようで、吠え声と共に素早く走り去る。
それぞれに仕留めた毒蛇犬は合計三頭。
うーむ、どうしたものか。
ちょっと考えてからとりあえず皮を剥ぎ内臓、というか消化器官を丁寧に取り除いて穴に埋めてから、棒につるして持って行く。
ていうかタカギさん強くねえ? 一人一殺じゃないですか。
野営キャンプで集合してから、JBから貰った魔法の粉とかいうのとハーブソルトを、さらに細かく解体した毒蛇犬の肉に刷り込んで魔力抜きと下味付けをし保存。寝ず番の間に組み立て式のなめし台で皮なめしをする。
毒蛇犬って、前半身は犬っぽく、後ろ半身は爬虫類っぽくて尻尾が蛇、といういわばキメラ感あふれる魔物オブ魔物っぽさすげーあるんだけど、肉質どっちよりなのかな? と思うと、実際解体すると尻尾以外は赤味の犬っぽい肉だった。後ろ半身も尻尾だけは蛇、爬虫類っぽい。
翌日、さらに険しくなる山道で、今度は金色オオヤモリの襲撃。魔獣だから聖獣様であるタカギさんの御威光も通用しないのは分かるけど、いやちょっと襲撃多くねえ? どゆこと?
荒ぶってるの? 荒ぶられているの? お山がお怒り?
とりあえず金色オオヤモリの“呪い”は、聖獣タカギさんにもオークである俺にもたいして効果はなく、また怪力巨漢のグイドさんからすれば小物。前の時の経験もあり、難なく退けまたも三体程仕留める。
どーすべかー? ……うーん、モッタイナイ!
野営キャンプまで着くと、「何でまた増えてんだよ?」とJBに呆れられるが、いやまあ、魔獣とは言え命を奪った以上、そこは、ねえ? 大切に使わないと、ねえ?
こちらも寝ずの番の間に肉の下処理やら皮なめしやら諸々を済ませる。
うーん……疲労回復ヤク使いすぎ? ヤバい? ヤバくない?
と。
そんなこんなで大荷物持っての登坂による移動、度々の魔獣の襲撃と撃退、そして疲労回復ヤクを使っての夜仕事……等々、何かちょっとさすがの馬鹿体力馬鹿であるオークの俺でもハードな状況に、けっこうな疲労が蓄積されつつある。
いやまて、ブラック雇用か!? ブラック社畜か、俺は!? いや別に会社じゃねえけど!? デスなマーチに輝く異世界登山ですか!?
何と申しましょうか。天高く飛び進むハヤブサには、地を這うブタの気持ちなど分かりますまい、と申しましょうか。
てな感じのよく分からない思考がゆわんゆわんして渦巻いていたりしたりしなかったりしていると、ぐらり地面が揺れる。
いや、揺れたのは地面というよりも俺。見事に足を滑らせ、バランスを崩して頭から後ろに倒れる……が、すんでのところで大きな腕に抱き留められる。
「少し、休むか?」
渋くて低い声でグイドさんがそう聞いてくる。あらやだ、惚れてまうやろ。
「ん、少し」
体勢を立て直してから大きく呼吸をし、顔をなで上げ、同じく気遣わしげ……に? こちらを見ているタカギさんにもたれ掛かり、そのまま腰を下ろす。
一度そうやって腰を下ろすと、どうも思っていた以上に疲れていたのか、まるで根を張ったように腰を上げたくなくなる。
足がじんじんと熱を持っているかに感じ、ブーツを脱いでみると膝から下がむくんで腫れ、頑丈なはずの足の裏にはマメが出来て潰れていた。
あらまあ。疲れすぎてたからか、痛みにも気付いてなかった。
それを見たグイドさん、自分の肩掛けにしているカバンから、強めの酒の入った小瓶と、例のドラコリヴアという傷薬にもなるサボテンを取り出して、酒できれいに消毒した後に皮を剥いたサボテンをあてがい、包帯で巻いてくれる。
あらやだ、めちゃ優しい。惚れてまうやろ。
「アリガト」
そう言うと、グイドさんは俺と目を合わせつつ、軽く頷く。
俺は一応【自己回復】の魔法も使い傷と疲労の回復をはかる。
そうしつつも、しばらく足を休めておくしかないよなあ。
こうなると、山あいの冷たい空気が逆に心地よくもなる。まあ天然ミートテックがなければガクガク震えるレベルの寒さなのかもしれないが。
そうしてしばらく休んでいると、ギャワギャワというような声……というか、鳴き声が複数聞こえてくる。
ぐへえ、また何かの魔物の襲撃? と、いやーんな気持ちで辺りを見回すと、確かに少し離れた空に羽ばたく影が。
「強奪鳥か……」
グイドさんの呟きに目を凝らすと、確かにそこには人に似た醜悪な顔と鷲の身体を持つ魔物の姿。俗に言うハーピーとかいう奴だ。
一般的に強奪鳥は半人半鳥で、巨大な鳥の身体の頭部が醜い老婆の上半身の姿をしているとか、美しい乙女の姿であるとか言われてるけど、実際のところはある種の擬態で、頭部の模様や瘤のような固まりが遠目に人間の女性っぽく見えるだけだ。
性質は名前の通り、空から急降下してものを奪い、場合によってはハーフリングや人間の子供くらいなら攫ってしまうとも言われてる。ただ時にはその擬態の姿で旅人を誘い惑わして襲いかかるようなこともするとかで、都会のカラスかそれ以上には知恵が回る。
10羽くらいかもっといるそれらは、まだここからは遠いいものの、騒ぎわめきしつつくるくると旋回して少しずつ近づいてくる。
慌てながらも俺はブーツを履き直し、一応棍棒を構える。いやまあ、飛び道具が苦手なのでこれしかないが、一応、追い払うくらいは出来るかもしれない。うーん、微妙。
それよりもまずは、と、辺りを見渡し逃げ込める所があるかを探す。一番良いのは岩の裂け目や洞穴。次は岩などを背に出来る場所。四方八方から攻撃される開けたところというのが一番マズい。
ブヒム、と顎をしゃくるかにタカギさんが指し示す方向は北西にやや登った先で、少し高めの岩場。或いはちょうど良い裂け目もあるかもしれない。
ただ問題は、それだと西から徐々に近づく強奪鳥にも近くなること。つまり速さが必要。
俺はタカギさんを見、グイドさんを見、頷き合ってからだっと走る。相応に短い足で速度はないが、なんとか2人……1人と一頭について行く。
辿り着いた岩場は遠目に見るより大きく、ここを背にすれば強奪鳥の最も厄介な攻撃である。急降下からのヒットアンドアウェイは半分防げる。奴らの攻撃は左右からしか仕掛けられず、方向を限定されるからだ。
問題は、稀に知恵を付けた強奪鳥がやるという、上空からの投石攻撃。当たる確率はそう多くはないが、急降下と合わさると気がそがれてこちらの回避力が落ちる。
グイドさんは手頃な大きさの石を集めて足元に置き、うち一つを握り締めて迎撃態勢。
タカギさんはブヒリといななきガンを飛ばしてる。
俺も……うーん。その石ちょっとちょうだい?
その少しの間に益々近づく強奪鳥達。お互いに完全に目視して目が合うくらいの距離になり、まるで嘲笑ってるかのような甲高い奇声をあげながら勢いを増してくる。
ぐおん、とその群れへと投げ込まれる豪速球。勿論グイドさんの遠投だが、当たらない。
当たらないは当たらないが、あちらもそれに警戒をしたらしく、ぐるりとまた大きく旋回し、機を伺ってくる。
俺もまた手頃な石を右手にとり迎撃態勢をとる。俺はグイドさんと違って手足も短くコントールも悪い。ふつうに投げてもたいした威力も出ないだろう。
旋回している強奪鳥の群れから四羽程が、ぐるりと高度を下げつつ回り、左右から急降下を仕掛けてくる。
右手へグイドさんの速球。一羽の羽根の間を抜ける。
左手へは……俺の打球。
ふつうに投げても威力が怪しいと思った俺は、右手のソフトボール大の石を軽く目の高さくらいにまで放り投げて、それを構え直した棍棒で打ち返しライナーを放つ。
速度、威力は申し分ない! 強奪鳥は驚きぎゃわぎゃわと騒いで散る。
ただし……やはりコントロールが厳しい! グイドさんのそれよりも離れていた。
数回程似たような攻防……または牽制のしあいがあり場が膠着する。しかし膠着とは言え不利なのはこちらで、しかも強奪鳥にはそれが見破られてしまったようだ。
こちら側で対空攻撃が出来るのは二人だけで、しかもまともに当てられていない。
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だがその油断の隙をついて、逆サイドから急降下してきた一羽が俺の後頭部を蹴り上げる。
のわっ、と不意を打たれつんのめるが、それ以上に衝撃を受けたのは攻撃してきた強奪鳥の方だ。いやまあ、この兜、見た目はよくある北方人風の角兜だけど、ケルアディード郷でも随一の腕利き付呪師でもあるナナイさんお手製。ちょっとやそこらの攻撃では応えない。
けど中身の俺は、不意打ちの衝撃に前のめりになりバランスを崩している。しかも足の裏の痛みで常より踏ん張りが効かない。そこで倒れ込みそうな危ういところへ、さらなる攻撃。
強奪鳥達は巨漢のグイドさんよりちびの俺の方が与し易いと思ったのか、攻撃をほぼ俺へと絞り出した。
グイドさんも追い払おうと腕を振り回すが、それらをひらりと巧みに避けて態勢の崩れた俺へと集中攻撃。
剥き出しの腕が汚れたかぎ爪に引き裂かれ、また地面に置いてある荷物から獲物が奪われて行く。
いでで、いででと慌てるこちらの混乱ぶりに、強奪鳥はさらに調子を良くしてぎゃわぎゃわ喚く。
数羽がグイドさんとタカギさんに殴り返され撃ち落とされつつも、それは致命傷にもならずよたよたと走って逃げ出してはまた空を舞い旋回しからかうように襲ってくる。
ヤバい、ちょっとこれマズいぞ……、と思い始めたときに、それが不意に現れた。
先に気づいたのは強奪鳥達の方だ。意地悪げで嘲笑うかの鳴き声が収まり、数回ギャアギャアと甲高く叫ぶと、既に奪っていた肉を持って飛び去って行く。
それらの鳴き声が小さく遠のいて行くと共に、別の音と振動が次第に大きく近づいて来る。
ずん……。
振動と音は、規則正しく大きく響く。
ずん……。
その響きが俺の安物のキンピカ装飾品をチャラチャラと揺らす。
ずん……。
揺れてるのは地面か? それとも俺自身か?
辺りに白いもやが広がり、その濃密な白が視界を染めて埋没させる。
何か? 見えてない。まだ見えていないが想像はつく。
立ち込め出した霧の中、グイドさんとタカギさんと俺の、それぞれの緊張した呼吸音だけがくっきりと際だって、唯一その輪郭を現している。
『───挑みし者の同胞、率いし者の末よ』
深く、深く、果てしなく深く。地の底か、いやあるいは海溝の奥よりさらに深きところから響く声。
『我は問う。王たる者の資質とは何ぞや?』
果てしなく深きその声の響きは、俺の頭上さらに遙か上から降り注いできた。
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異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
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これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
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見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
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