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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-98.J.B.(64)Movin' On Up.(上を目指して)
しおりを挟む午後を回り、俺はドゥカムの奴を背負い空を飛んで居る。
ドゥカムは「子供のように抱えられて飛ぶなど我慢できん!」と駄々を捏ねたので、間に合わせながらも狩人達が蓄えていたなめした獣の皮などを使い、背負い袋状の鞍を作る。
まあ確かに便利なんだが……馬扱いされてるのはちょっとムカつくな。
目的地は南のノルドバ付近。
脱走囚人達の数人が一時的に隠れ家としていたものの、火焔蟻の餌場だったことから逃げ出した遺跡だ。
今回俺がセンティドゥ廃城塞まで来たのには幾つか理由がある。
一つは探索状況の確認と物資の補充。
もう一つはアリックを送ること。
そしてもう一つはダフネが“印刷”した、ボーマの遺跡で見つけた金属板の地図をドゥカムに見せて、検証して貰うこと。
ドゥカムは以前から、クトリアには大きな古代ドワーフ遺跡が東西南北四方にある、という推論を立てている。
で、俺たちはそのうちの三カ所を既に発見している。センティドゥ廃城塞、ボーマ城塞、そして今向かっているノルドバ付近のそれだ。
地図を見せたドゥカムは、それらの既に位置の特定されている遺跡へと連れていけ、と言ってきた。
とにかくそれらの現場検証をしない限りは何も言わん、と言うわけだ。
んで、となると今日中に残り二カ所を回れるのは俺しか居ない。
正直、オッサンと交代制で飛べれば楽なんだが、まー相変わらずドゥカムを避けてて嫌がってやがる。
なので、背の上でベラベラと古代ドワーフ遺跡のうんちくを垂れ流すドゥカムの言葉を適当に聞き流し、“シジュメルの翼”で飛び続けているワケだ。
聞き流しながら頭の中で考えてるのは、遺跡のことではなく先日のこと。いや───“キング”のことだ。
王の守護者のことを俺は今まで「せいぜいチンピラに毛が生えた程度の連中」と言っていた。それはまあ事実ではある。一面的には。
“キング”自身とはあのときが初対面だが、その右腕を名乗るパスクーレを知ったのはクトリアに来て間もない頃。そして会って即座に「面倒臭ェただのチンピラ」と決めてかかっていた。
だが先日の“キング”のステージで見たパスクーレは、俺が今まで感じていた印象とはまるで違うものがあったのも事実だ。
“キング”の威を借る小物……なんかじゃねえ。
長い間共に苦楽を乗り越えてきた絆と信頼で結びついた本物の男同士の関係。“キング”とパスクーレの間にはそれがあった。
“キング”は、「成し遂げた男」だ。
その事がハッキリと分かった。そして俺があの場を早々に立ち去ったのは、あの二人に遠慮したのでも、馬鹿馬鹿しくて白けたからでもねえ。
正直に言えば───恥ずかしかったからだ。何よりも自分自身が。
俺はこの世界に対して、いや、この世界での自分の人生に対して、どこか一歩引いた目で見ている部分がある。
その事を「前世の記憶があることで、今の人生をどこか“別世界のこと”として捉えてしまうからだ」と思っていたし、多分それもそう間違っちゃいない。
だが、同じ様に前世の記憶を持ち、“生まれ変わった”第二の人生を歩んでる奴らが他にも山ほどいやがる。
イベンダーのオッサンだけじゃねえ。アルバに三悪の連中、“キング”、それにあのちびオークのガンボンまでだ。前世記憶持ちの大安売りかよ、てなくらいに。
確かに俺は砂漠の貧村に生まれて、物心着いた頃には犬獣人の奴隷にされていた。前世の記憶、知識が蘇ったことから、その過酷な奴隷生活を6年も耐え抜き、反乱を起こして脱走するところまではやり遂げた。
けど───その後はどうだ?
何も成し遂げちゃいねえ。
“キング”もある意味俺と似たような……いや、むしろもっと過酷な環境にいた。
だが、悪態をついて、“第二の人生”を呪って、ただこのまま死ぬのが腹立たしいってだけで生き続けてる俺とはまるで違う。
俺が無理やり植え付けられ制御も難しい魔力に翻弄され、糞みてえな悪党に堕ちた三悪の魔人達と違うのは、「少なくとも悪党にはなってない」ってだけで、それだってそこまでの悪環境じゃなかったからでしかない。
村は焼かれ、家族は殺され、奴隷にされはしたが、イカレ邪術士共の実験体にまでされたワケじゃねえ。
いや。“キング”にしろ“三悪”にしろ、そいつらと比べてどっちがより「ひどい環境だったか」比べなんかにゃ意味はねえんだよ。
───何をすべきか、何を求めるべきか。
“キング”は、迷いの中にそれらを見いだし、そしてやり遂げた。
文字通りに、“自分の人生”を貫き通したんだ。
俺に───“それ”はあるのか?
あのとき以来、その事が頭の隅にこびりついて離れやしねえ。
■ □ ■
ノルドバ付近の洞窟奥にあった壊れた遺跡は、前に見に来たときと大差ない状態だった。
崩れた岩と瓦礫に埋もれた入り口が僅かに隙間から見える。
「な、見ての通りだ。この中をなんとかしようとしたら、かなりの人手と日数がかかる」
しかも火焔蟻のテリトリーということで、常に襲撃に警戒しなきゃならないおまけ付き、だ。
ドゥカムはふむふむと周りを舐めるようにじっくりと観察しながら、ぶつぶつと小さく何事かを呟き、
「───よし、ここだな」
と言って呪文を唱え出す。
おお、と小さく驚きつつ、俺は慌てて距離をとり“シジュメルの翼”の防護膜を発動。何を使うか分からない以上、ぼけっとしてて巻き添えになりたくはない。
案の定、俺のことなどお構いなしに使われた呪文は、崩れた岩のいくつかのカ所を爆発させるかに粉砕し、その破片が飛び散った。避けてなきゃ当たってたな、ありゃ。
「あっぶねーだろ!」
「んん? 何だ居たのか」
「居たのか、じゃねーよ! 誰に運んで貰ったか忘れたのかっつーの!」
真面目に忘れてそうなドゥカムだが、こちらの言い分など完全に無視して、
「丁度良い。灯りを持ってついてこい」
などと勝手なことを抜かす。
勝手ではあるが、一応コイツから地図に対する考察を聞いてこなきゃならないから仕方ない。左手にドワーフ合金製遺物のランタンを持ちつつ後へと続く。
ドゥカムは崩れ、道の塞がれた場所に突き当たる度に土魔法で粉々に粉砕したり、乗り越えられるよう加工したりする。
まあ確かにドゥカムくらいの術者がいれば、10人20人からの人足を集めるより効率的だ。
暫く進むと破損の少ない区画へたどり着くが、全体的に荒れ果てて、まともな遺物が残っているような気配は無い。
ボーマともセンティドゥとも違う、より昔から廃棄されてたかのような感じだ。
「こりゃー望みは薄そうだな。何も残ってないンじゃねーか?」
そう言うとドゥカムはランタンの光に照らされながら振り返ってニタリと気味悪く笑い、
「ふふん、何も? 何も残ってぬぁ~~~いだとぅぉ~~~? 貴様のような素人にはそう見えるだろうがなァ~~~~。
大天才である私にとっては、柱一本、壁一枚でも重要な情報源となり得るのだなァ~~~」
と吹いてくる。
「じゃ、今のところどんな事が分かってるんだ?」
改めてそう聞くと、
「まず一つ。
ここはあの地図にあった“火の迷宮”だ。柱、壁に彫り込まれたレリーフにある古代ドワーフ文字の詩から読み取れる。
同じ様にセンティドゥの奥も“土の迷宮”だったし、まあ貴様らの見つけたボーマ城塞のそれも間違いないだろう」
と、ここまでは想定の範囲内。
「重要なのは古代ドワーフ達が何故この様な遺跡───いや、この様な施設を作ったか、だ」
俺たち探索者にとって古代ドワーフ遺跡というのは、言わば“狩り場”だ。
ダフネやマーランが調査するのも、構造を理解し隠された区画や財宝、価値ある遺物の在処を見つけだすためで、ドワーフ遺跡の由来や存在理由を調べるためじゃない。
何故作られたか? 確かにそれは、俺たちが今まで深く考えてなかった視点。
「ボーマ城塞にあったヤツは武器防具類が結構保管してあったから、防衛拠点だったんじゃないか……て話だがなあ」
そう言うとドゥカムは軽く鼻で笑い、
「ふん……。ま、それは実際に見てからでないと何とも言えんが……恐らくは後付けだな」
「後付け?」
「防衛拠点“としても”利用されただけで、防衛拠点“として”作られたのではなかろう」
と、断言する。
「そりゃあ……何でだ?」
「あの位置に防衛拠点を作る意味がない」
「んん? どうしてだ?」
ボーマ城塞はクトリア王朝が“巨神の骨”の巨人達の脅威に備えて作られたと聞いている。だったら古代ドワーフも同じなんじゃないか? とも思うが……。
「クトリアの古代ドワーフ……ドゥアグラスの始祖である彼等は、巨人族に庇護されていた。少なくとも初期においてはな」
だから、防衛のためだけに城塞を作る必要はなかった、と言う。
「初期においては……てことは、後期には何かあったのか?」
「巨人族は後に竜族と争い、古代ドワーフを庇護する力を失った。同時期にトゥルーエルフとの軋轢も強まった。
それらの流れで古代ドワーフが防衛拠点を増やした可能性はあり得るが……どちらかと言えば魔獣対策かもしれないな」
確かに、クトリア周辺は岩蟹や鰐男、毒蛇蛇に火焔蟻と魔獣、魔虫が多い。
そう言えばボーマ城塞の地下も巨大な地底湖に通じていて、そこにも魔獣が多数居た。
「なあドゥカム。あんたはクトリア以外の古代ドワーフ遺跡も研究してきてるんだろ?
クトリアは余所より……あー、王国領よりも魔獣が多いよな? 少なくとも俺はそう聞いてる。
で、それって古代ドワーフ遺跡と関係してるのか?」
特にたいした意味もなく、なんとなく気になったのでそう聞くと、
「いかにも!」
と、急に振り返り顔を近づけそう答える。
「ふふん。貴様なかなか目の付け所が良いな! 見所があるぞ!
まあ考えれば単純な話だがな。魔力溜まりは魔晶石を作り、また支配することで溜め込んだ魔力を引き出して使うことが出来るが、同時に周囲の魔力循環を歪めて魔獣を生みだし、また濁った小さな魔力溜まりをも周辺に発生させる事がある。
エルフと異なり自前の魔力で強力な魔術を行使できない古代ドワーフは人為的な魔力溜まりで魔導技術文明を生み出した。
そして同時に多くの濁りと魔獣も生み出した。
私はな、彼らの文明が滅びた理由の一つに、それら魔獣の増加も関係していると睨んで居る。より多くの利益と繁栄を求めて作り出した人為的魔力溜まりが、結果的には彼らの文明の崩壊へと繋がったのではないかとな」
何というか皮肉な話だが、とは言えこれはあくまでドゥカムの推論の一つに過ぎない。まあ俺達はそれ以上に古代ドワーフ文明のことなんざ知らないワケだけどな。
「そしてそれが、おそらくは四つの迷宮───そうだな、四属性の魔力溜まりを四方に配置したこととも関係しているだろう。
そのけったいなオークを引き連れていたというダークエルフの術士がやっているとかいう───ダンジョンバトル……? だとかいうものも、言わばこれも後付けだろう。
本来の目的はそれではあるまい。それは後世の何者かが付け加えた機能だ。重要なのはその術士が人為的魔力溜まりを順繰りに活性化し支配していっているというところにある……と、私は見ている」
少なくとも俺の知る限りクトリアで知られている大きな魔力溜まりは、現在王国駐屯軍が支配しているアルベウス遺跡のそれだけで、ザルコディナス三世支配下のクトリア王朝後期にもその他の魔力溜まりが活用されていたという話は伝わってない。勿論単に、或いは意図的にその事実が記録として失われている、隠されているということもありうる話ではある。
ナップルの奴が王朝後期から居たという本物のシャーイダールならその辺の事情も知ってたかもしれないが、まあ何せ本人じゃない。
「んんー……。まとめると、だ。
四つの遺跡は元々は魔力溜まりを設置して利用する為に作られた施設で、それはクトリアの古代ドワーフ文明が滅びた原因にも、クトリアに魔獣が多いことにも関係している、と。
で、ガンボンの連れの術士が、何故か知らんが今再びそれを活性化している───」
───いや、待て待て、それってもしかしてヤベェんじゃねえのか? それを活性化したら、もしかしてまたその古代ドワーフ文明が滅びたときの再現に繋がったりしちまうんじゃねえの?
そう嫌な考えが頭をよぎるが、
「───よし、もうここはこのくらいで良いか。次はボーマ城塞へ行くぞ」
ドゥカムのその一声で、ここでの探索は打ち切られる。
■ □ ■
「ああ、そんな心配は必要あるまい。
魔力溜まりとて所詮は道具にすぎんし、そもそも活性化させただけで文明崩壊するような大災害が起こせるようなもの、作り出した時点で跡形もなく滅びておろうよ」
夕暮れ近くにドゥカムを背にしてボーマ城塞へ向かい飛んでいるとき、先程の“嫌な考え”をぶつけてみたところの回答。
正直俺からすると、魔力溜まりなんてのは今までは「厄介な不死者や魔獣を生み出すもの」叉は「魔晶石が取れる場所」程度の認識でしかなかったから、魔力溜まりの暴走が古代ドワーフ文明崩壊の一因ではないかというのは、何度か耳にはしていた説とはいえ、改めて言われると気にはなる。
んーむ、そんなもんなのか? と思いつつも反論する根拠は別にない。
そこで流れとしてはもう聞きたいことはなくなったんだが、ここで急に黙るのも何なので、またちょっと別の気になったことをドゥカムへとぶつけてみる。
「───ちょっと別な話だけどよ。
あんた、何で古代ドワーフ文明の研究なんかしてるんだ?」
ドワーフであるイベンダーのオッサンが研究している……というのならまあ分かり易い話だ。
けどドゥカムはハーフエルフで、しかも本人自身は十分すぎるほどに魔力もあり、魔術を使える。
俺達みたいに強さや便利さを求めて古代ドワーフ遺物を必要としてるわけでもないし、勿論金目当てというワケでもないだろう。
「何をくだらん事を……。
むしろ何故貴様等探索者どもがあれほどの驚嘆すべき文明に無関心で居られるのかの方が謎だがな」
むむ。何か典型的研究者っぽいこと言われちまったな。
「……いや。
まあこういうのも偏見かもしんねーが、ハーフエルフのあんたが、トゥルーエルフ文明の研究するってんなら分かるけどよ。
何で古代ドワーフ文明なのかな……って思ってな」
「はァ~……。
全く真底詰まらん事を聞いてくるな、貴様は。見所があるなどとはとても言えん……」
これまた異常なまでに呆れられるが、ドゥカムのこの態度にもかなり慣れてきた。
「いいか、貴様のような無知蒙昧にもわかりやすく説明してやろう。
過去を知るというのは未来を創ると言うことだ。
確かにトゥルーエルフ文明も高度に発達していただろう。西方のハイエルフ達なら多くのことを伝えて居るやもしれん。
しかしトゥルーエルフ文明は、高い魔力適性と高度な術式への理解があって、初めて成立したものだ。
つまり、普遍化し難い」
確かに、ごく特殊な才能を持つ魔術師でもない俺達にとって、トゥルーエルフ文明の恩恵はあまり無い。
「だが、古代ドワーフ文明は魔導具による発展を遂げた。だから高い魔力適性や高度な術式理解が無くともその恩恵に預かれる。
現に魔法のことなどかけらも分からぬ貴様でさえ、古代ドワーフ遺物を再利用して【飛行】の術を使うことが出来ているであろう?」
今まさに、その古代ドワーフ遺物の“シジュメルの翼”で空を飛んでいるわけだしな。
「だからな」
ここでまたドゥカムは一旦息を吐き、少しの間を置く。
「古代ドワーフ文明の研究を続け、多くの技術を再現することが出来れば、貴様ら才能もない凡骨凡愚の人間共ですら多くの恩恵を受けることの出来る、豊かな未来を生み出せるかもしれんと……まあ、そういう考え方も、無くはない」
何故か、途中から妙にその饒舌が滞ったかに尻つぼみな物言いでそう締めくくる。
驚いた。いや、ここんとこ色々驚いてばかりなモンで、驚くということ自体に慣れかけちゃあ居るが、とは言えこのドゥカムにそんな遠大な思想があって古代ドワーフ文明の研究をしていたとは、全く予想をしていなかった。
むしろ基本的に面白半分、いや面白全部で遺物の改修再構成を繰り返しているイベンダーなんかよりもはるかに「まとも」で「理想主義的」じゃねえかよ。
「───なんだ、黙りこくって。自分から聞いておいて失礼な奴だな」
「……あ、す、すまん、悪かった。なんつうか───その、あんまりにも立派な理由なもんでよ」
立派過ぎると言っても良い。
魔力適性も豊富で魔術理論にも通じてるドゥカムなら、俺達みたいな魔術に疎い連中のことなど放っておいて、それこそ自分の為だけに魔術の研鑽をし続けたって良いはずだ。ハーフエルフだってエルフほどじゃなくとも2~300年くらいは軽く生きると聞く。人間なんて長くともその半分以下。態度は傲慢で居丈高だが、そういう人間の為にもなるだろうからという理由で古代ドワーフ文明の研究を続けているというのだから。或いはそれは、人間の世界とエルフの世界両方に属しているからこそ、なのかもしれないが。
「……ふん。まあ、貴様ら程度に理解出来るように言うならそういうことだ」
いつもの傲慢さというよりは、妙に憮然としたかの調子で答える。
なるほど……ちょっと照れているな?
しかし、人ってのは分からんもんだ。パスクーレといい、アリックといい、ドゥカムといい───。
ああ、もう一度言うぜ。
人ってのは───分からんもんだ。
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