遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-75.J.B.(50)Beasta Beasta.(ビースタ、ビースタ)

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 城塞内部は比較的静かで落ち着いていた。
 やや離れた位置に陣取り、またその脇の丘を占拠し組み立て式の攻城用投石機を設営しようとする王国軍へと魔獣達が攻撃を仕掛け、狩人達が反撃すれば引く。
 それを延々繰り返し攻め手の思うように事を進ませない。
 “猛獣”ヴィオレトはその二つ名に反してしたたかで巧妙な指揮を執る女だそうで、魔人ディモニウムやヒトの部下を一切持たないものの、使役する魔獣達の“軍団”はかなりの統率がとれている。
 戦略知略に長けている、というよりは、曰わく「獣のしたたかさ」に似ている、というのがニコラウスの分析。直感的な判断や嗅覚に優れている上、使役する魔獣達もヒトの手下達よりも忠実な分脅威かもしれねえ。
 
 半壊した廃虚のようなセンティドゥ廃城塞は、アニチェト・ヴォルタスにより修復されていたボーマ城塞とは異なり、地形的な利を除けば決して頑強な要塞とは言えない。本格的な攻城兵器等を使われれば、城壁や城門が落ちるのにはさほど時間は掛からないだろう。
 つまり完全な籠城戦となれば圧倒的に魔人ディモニウム側が不利。
 だからこそ、その攻め手の出鼻を挫き、あの情けない総司令官のニコラウス・コンティーニを打ち取って瓦解させる。
 “猛獣”ヴィオレトが“黄金頭”アウレウムに与えられた役割はおそらくその二つ。
 寄せては引き、引いては寄せての間断無い攻めで攻城兵器を運用させる隙を与えないこと。
 そして出来れば総司令官のニコラウスを討ち取るか、そいつを誘い出すか回りの守りを薄くさせること。
 丘の上での攻城兵器の設置が巧く進まなくなれば、そこへより多くの人員を割くことになる。そしてその分本陣の守りは薄くなる。
 
 それらが巧く行けば、次には別働隊として待機している“炎の料理人”フランマ・クークが急襲して仕留める。
 或いはクークを陽動にしてそのまま魔獣達に襲わせても良い。
 その二段構えで攻めの機会を窺っている今、城塞内部の防衛兵力は、“黄金頭”アウレウムの部下達のみ。
 人数としては数人の魔人ディモニウムを含む80人程。
 アウレウムは三悪以上の大物魔人ディモニウムとされているが、直属の配下はそんなに多くは無いらしい。
 
 ───と、そこまでのことを探り出したのはマヌサアルバ会の斥候と、東方人の方術師でアヤカシという使い魔を使役する狩人達の代表者ティエジ。
 つまりニコラウスの策略通りに、今現在のセンティドゥ廃城塞内部は潜入破壊工作をするにはもってこいなくらい手薄だ。
 しかしまあ……。
 
「ここを登ンのかよォ~……」
 アダンで無くとも文句は言いたくならぁなあ。
 ちょっとしたホールのような空間から少し進んだ場所で、その上方に幾つかの穴がある。
 何かと言えば、つまりは便器。
 下水道からの侵入だ。廃城塞内部への侵入口は当然そういうことになる。
 トイレの中からコンニチワ、だ。
 
 勿論、現在使用中のトイレからコンニチワするのはリスクが高い。汚物的な意味ではなく、な。
 なのでティエジの使い魔である狐猿が斥候として様子を探り、既に使われなくなってるであろう侵入に適した区画を探している。
 そこをドゥカムの魔術で加工し人の通れるくらいの穴を開けようという手筈なのだが、まあ暫くは使われてなかったところだとしても、気分的には気持ちの良いもんじゃねーわな。
 
「おい、JB」
 隅の方からコソコソと隠れるようにしながら、イベンダーのオッサンが小声で話しかけてくる。
「何だよ、コソコソとよ」
 どうやら以前からドゥカムの事を知っていて、しかも「面倒だから関わり合いになりたくはない」と言うイベンダーのオッサンは、兜の面を下ろしっぱなしで顔も見せず、近づきもしてない。
「こっちだ、ちょっと来い」
 そのオッサンに呼び出され誘われて、別の通路へと進む。
 ちょいとばかし歩いて行くと、上方からの微かな光。
「排水口だ。見ろ、格子が外され隙間が出来てるだろ?」
 見上げると確かに、半円状のアーチにやはり鈍い金色のドワーフ合金製の格子。
 アーチ型の排水口自体は結構大きく、部分的に石が崩れ広がっている。
 子供かハーフリング、またはダイエットに成功したドワーフならば難なく通り抜け出来そうだ。
「あそこをもうちっと広げれば、便器から顔を出すよりかは楽に侵入出来そうだな」
 そう言ってから俺は“シジュメルの翼”で軽く浮遊し、その隙間から外……いや、内部を窺う。
 中は薄汚れた狭い部屋で、普段から使われていない事は間違いない。カビ臭く湿っていて、よく見ると動物か人か分からねー古い骨も散らかっている。
 部屋の中自体には光源らしき光源はない。その部屋の分厚い扉の真ん中にある、のぞき窓程度の小さな格子から僅かに光が洩れていて、その向こう側がどうなっているかは分からないが、もっと詳しく調べてみる価値はありそうだ。
 
 俺とオッサンは引き返して、またもコソコソと隅に行ったオッサンの代わりに、俺がドゥカムへとこの発見を告げる。
 ドゥカムは以前“黎明の使徒”の拠点で俺と会っていた事は忘れていたみたいだが、とりあえず二つ返事に確認に行き、ティエジの使い魔であるアヤカシに潜入をさせる。
 戻って来たティエジのアヤカシの報告を受けると、マヌサアルバ会に命じて【消音】の魔法をかけさせてから再び土魔法を使い排水口を広げ、かつ壁面にちょっとした足場をつける。
 これは俺も知っている事だが、古代ドワーフの遺跡の石壁には、この手の魔法による操作や変質、攻撃や破壊への抵抗力を増す処理が施されて居るらしく、やはりなかなか難易度が高い。
 
「あたしの“雷神の戦鎚”でぶっ壊した方が早ェんじゃねーの?」
 やる気なさげにそう言うスティッフィに、
「それだと壊しすぎちゃうからさ。時間をかけずに適切な範囲だけ排水口を広げるにはこの方法が一番なんだよ」
 とマーラン。
 ふーん、と気のない空返事で答えるスティッフィだが、実際そういう細かいさじ加減はスティッフィの最も苦手とするところ。使うのが“雷神の戦鎚”じゃなく、ノミと木槌でも派手に壊しまくるだろう。
 
 広げてまずは、ティエジの狐猿みたいな顔をした小さなアヤカシとマヌサアルバ会から二人組が登って潜入。隠密と闇魔法に優れたマヌサアルバ会は偵察のみならず露払いの任も兼ねている。
 つまりこの小部屋とその周辺を密やかに「確保」すると言うことだ。
 暫くして狐猿だけ戻ってきて、ドゥカムに連絡。それから護衛班の班長らしい南方人ラハイシュがティエジのアヤカシを通じて本陣と連絡を取り状況を確認。順次上へ行くよう指示がでる。
 
 面倒だったのは例の木箱に入った荷物。
 上と下で別れて、紐を使い吊しながら慎重に持ち上げて行く。
 俺達はそれを下から補助をして、最後に内部へと潜入。
 
 
 上にあがると、数十人ほどのやつれ衰えた者達が居た。殆どが女だが、数人程男や子供もいる。
 両手足が紐で縛られていたが、マヌサアルバ会の者が紐を切り解放し、また水を飲ませたりなどをしていた。
 魔人ディモニウムに捕らわれていた捕虜たちだ。
 二人ほど元脱走囚人の奴らも居る。
 デレルやマルメルスが話を聞くと、半分はフランマ・クークの“食材”としてのキープで、残りの半分は奴隷として利用するか売るかする予定の者達らしい。
 
 この区画はそういう“今の所用がない”状態の捕虜を閉じこめておくための場所で、この廃城塞で魔人ディモニウムどもが利用している所の中では最奥部なのだそうだ。
 話が出来る状態の捕虜達からは諸々の情報を引き出し、少なくとももう暫くはこの辺りの小部屋にまとまって留まってて貰うことになる。
 
 俺はその捕虜達の状態を一通り一瞥して眺める。殴られ、または切られた痣や傷のある者も居れば、火に焼かれた火傷痕のある者も居た。
 女は年齢は幼い子供から年増まで居て、比較的見た目の良い者が多い。しかし汚れて栄養状態も悪そうで、無気力で怯えた表情をしている。
 俺は腰のポーチからシャーイダールの魔法薬を一本を取り出し、その中身を薄めたヤシ酒の水袋へ垂らして混ぜる。
 それを一番酷い怪我をしていた捕虜に渡して、
「全員で一口ずつ飲め。ちっとはマシになる」
 と手渡す。
 恐る恐るこちらの顔色を窺っていたので、小瓶に残った雫を舐めて、「毒じゃねえぞ」と示して見せる。
 変わらずに怯えは残るものの、少なくとも飲んでも安全なことは確認できたため、口を付けくいっと一口。
 慌てたのか緊張からかむせて少し吐き出すが、「大丈夫、慌てるな」と背中をさすってやると、再び口をつけて一口飲み干した。
 
 それを順繰りに飲み回して、次第に捕虜達の目に生気が戻ってくる。
 使ったのは持ってきた魔法薬の中では低級のものだし薄めたのを少量ずつ。そもそも古い傷や火傷痕まで治るような効果はない。
 けれども疲れを癒やし、真新しい小さな傷や痣くらいなら塞がりもするし、炎症による腫れや痛みもある程度は引くだろう。
 それらの効果も相まって、ようやく「もしかしたら助かるのかもしれない」という意識になり始めたようだ。
 
「JB。まだ先は長いんだ。あまり無駄遣いはするな」
 ハコブがそう軽く窘めるように言う。
「大丈夫だって。元々俺達は多めに持ってきてるし不足することもねえよ。
 それにこの先どういう展開になっても、疲れきった捕虜が居るよりかはある程度まともに動ける状態で居てくれた方が、俺らだってやり易いだろ?」
 逃げるにしろ戦うにしろ、そこは同じだ。
 
 
「あの……」
 怯えというより遠慮がちに、捕虜だった女の一人が話しかけてくる。
 なんでも彼女の夫は鍛冶師で、別の場所で働かさせられているという。
 命令に逆らわないようにするための人質として、彼女と二人の子供がここに閉じ込められていたのだ。
 夫を探して、助けて欲しい。二人の子供を庇うように両脇に抱えながら、弱々しい声で、だがはっきりとそう言った。
 
 家族や恋人を人質にして隷属させる。そのやり方はモロシタテムでの“鉄塊の”ネフィルと同じだし、俺の生まれた村を襲い、その他多くの村々から南方人ラハイシュ達を攫い奴隷にした犬獣人リカート達の軍とも同じだ。
 
「なあ、ちょっといいか?」
 俺は振り返り、作戦の準備を始めていたマヌサアルバ会の一人に声をかけその事を伝える。
「なる程。そういう人質なら、砦の内情にも詳しいかもしれませんな。探してみましょう」
 マヌサアルバ会の主な任務は俺達とはまた違う。
 ドゥカムが囚人達に運ばせていた木箱を持ち、それぞれに隠密行動で廃城塞内部に散る。
 その次の段階までは、俺達は見つからないようにここを確保しつつ待機。

 マヌサアルバ会の任務は撹乱と破壊工作。つまり俺達の行動の前の地均しだ。
 そして俺達の特命任務こそが、主要な魔人ディモニウム達の撃破、叉は捕縛。有り体に言えば「廃城塞の占拠」。
 この胸糞悪くなる魔人ディモニウムの巣穴をぶち壊すための特大花火。
 ああ、そうだな。俺達でそれをぶち上げてやる。
 
 ■ □ ■
 
 方々から聞こえて来るのは悲鳴と破壊音。
 悲鳴と言っても殆どは混乱によるもので、怒声やら叫声やらも含まれる。
 その混乱は何によるかと言えば数体のドワーベン・ガーディアン、古代ドワーフの造り出した機械仕掛けの守護者が暴走状態で暴れているからだ。
 ドゥカムが囚人部隊に運ばせていた木箱。その中に入っていたのは、ドゥカム自身が修理調整し再起動出来る状態になっていたドワーベン・ガーディアン。核、つまり動力源であり、また機能を統括する頭脳に使われていた魔晶石に魔力を流して再充填すると、暫くして動き出す。
 勿論、暴走状態で、だ。
 暴走状態で再起動するのは別に意図的なものではなく、ドゥカムの研究成果としては暴走状態で“しか”再起動させる事が出来ないからだ。
 作戦詳細を説明しているドゥカム自身はその事について触れる気は無さそうだが、何にせよ状況的には俺達のアジトで起きた事の再現。
 ただ、再起動されているのは中位から下位のドワーベン・ガーディアンで、主に“蜘蛛型”と呼ばれる個体だ。
 
 蜘蛛型はドワーベン・ガーディアンの居る古代ドワーフ遺跡の中では最もよく見かける種類だ。
 直径1~2ペスタ(30~60センチ)程度の円盤状のボディに、8本くらいの蜘蛛の脚を彷彿とさせるアームが付いている。
 それらを巧みに動かして移動し、こっそり近付いてきては体当たりや電撃の魔法で攻撃してくる。
 ただ、そもそもこれら“蜘蛛型”は戦闘……つまり侵入者の撃退の為のものではなく、遺跡内部のメンテナンス用なんじゃないかとも言われてる。
 つまり、敵としてはたいして強くはない。
 
 遺跡の閉ざされた区画のどこかに蜘蛛型を修理、生産する装置があるんじゃないかと言われるくらいしつこく現れるんだが、よほどの数に囲まれでもしない限りこっちがやられる事はまず無い。ただ機動力の方は侮れない。
 とにかく素早い。そしてちょっとした隙間なんかに隠れて、見失ったあたりで後ろからビリッとかましてくる。
 探索初心者なんかだと入って早々に翻弄され続けて疲弊し、何も得られず帰ってくるハメになったりもする。
 
 で。その蜘蛛型ガーディアンが今、この廃城塞の中のあちこちで暴走し暴れ回っている。
 それ自体による被害はそう大きくは無いが、巻き起こる混乱は結構なモンだ。何よりあいつらの電撃はやられるとすげぇ腹が立つ。
 その混乱の中、隠密で動いているマヌサアルバ会の連中が破壊工作をしている。
 武器庫の武器を魔法で腐食させ、弓や矢は折る。ドワーフ合金製のものは腐食しないので下水道や砦の外に破棄したり、あるいは隠したり盗んで来たり。また、城壁での防衛戦用に用意されている石や油なんかも全部使えなくしている。
 他には、鍵を壊し扉を閉められなくしたりもする。とは言えそれ程補修もしてないだろう廃城塞だ。きちんとした鍵を付けられた扉も多くはない。
 そして何より最終的には、城門を内から開けて閉められなくすること。それが一番の目的だ。

 とにかくそうやって細々とした、見ようによっちゃせこい妨害破壊工作だが、勿論それだけでこの廃城塞を占拠しようってワケじゃない。
 蜘蛛型ガーディアンによる攪乱。それに乗じたマヌサアルバ会の破壊工作と援護。その上で俺達が……仕上げだ。最上は敵の総大将、“黄金頭”アウレウムを仕留めるか無力化すること。
 こりゃ確かに常道の王国軍人の考える作戦じゃあない。俺達が手間取ったりしくじったりすれば、その分敵の主力を引き受けてるニコラウス自身がヤバくなる。
 狩人達、ボーマ隊のことも考えりゃ、とにかく素早くやるに越した事ァねえ。
  
 俺達は今お揃いの黒いトーガを身にまとい、ドゥカム達の居る捕虜の牢獄の監視部屋近くに潜んで居る。
 これはマヌサアルバ会による貸し出し品で、魔糸と呼ばれる魔力を含む糸で作られた魔装具。闇魔法の魔力が編み込まれていて隠密性を高めてくれる。要するに「見つかりにくくなるトーガ」だ。
 他に残っているのはドゥカムとその護衛兵、そして囚人部隊に捕虜達。
 ここは万が一のときの脱出口にもなるから、その確保が連中の今の任務ってとこだ。

「奴ら、なかなか巧ェことやってるっぺえな」
 ニヤリと傍目にはいやらしい笑みを浮かべてアダン。
「おい、気をつけろよアダン」
「あ? 何にだよ?」
「今の笑い顔、すげえ不気味だったぞ。それじゃモテねーわ」
「あぁ!? マジかよ!?」
「あー、だねえ。アダンのこう言うときの笑い顔、かなりヤバいわ」
「ちょ、マジ、ざけんなよ!」
 
「……し!
 結界内に何か入って来た……」
 小声で馬鹿話しをしていた俺たちをマーランが制する。
 事前に仕掛けてあったそれは、この区画周辺へと何者かが入り込んだらそれを知らせてくれる。ただ、入り込んだことを知らせるのみなので、具体的にどんな相手かは分からない。

 捕虜の見張り役をしていた魔人ディモニウムの手下達はマヌサアルバ会の連中に始末されている。
 この曲がり角を奥に進めばドゥカムや捕虜達の居る小部屋。ドゥカムの役割は基本的にもう終わりなのだが、ここが古代ドワーフ遺跡を移築した廃城塞だってーんで、全く戻ろうとしない。いい迷惑だ。せめてもっと本気で戦ってくれよ。
 何にせよ、交代や巡回が来たとかであれば、俺達で仕留めるか捕縛するかしないとならねえ。

「……うーむ、デカいなこりゃ。魔人ディモニウムかもしれん」
 例の左腕の篭手にはめ込まれた手鏡みたいなものを見つつイベンダーのオッサン。
 魔力や生命力を感知するというそれは、近付く存在の大まかな強さも分かるらしい。
  
 ハコブがハンドサインで全員に黙るよう指示し、腰の短剣を抜いて身構える。刃渡り2ペスタ(60センチ)弱の幅広の短剣は、帝国盾兵の運用でも使われていた取り回し易い剣だ。ドワーベン・ガーディアンを相手取るには非力だが、人間、生物相手なら有用で、特に狭い室内での乱戦には持って来い。
 指輪の術具にも魔力を通しだして素早く術を行使できるようにもし、万全の体勢。
 
 ひたひたと近づいてくる気配は、魔力云々を抜きにしても妙な威圧感があった。
 力のある魔人ディモニウムで城塞内に残っているとしたら、正に“黄金頭”アウレウムの可能性が高い。今ここであいつをなんとか出来れば、この戦かなりこちらの優位に動く。

「この反応、かなり手強いぞ。魔力の反応が半端ない」
 オッサンの言に、一堂がさらに警戒をすると、
「いや、臭ェぜ。かなり匂う」
 “雷神の戦鎚”を両手で低く構えたスティッフィがそう続ける。
 お前が言うのかい、てな視線を浴びるもそれを無視して、
「獣の匂いだ。魔人ディモニウムじゃなくてデカくて強ェ魔獣だな、こりゃあよ」
 
 獣、魔獣なら、こちらの匂いや気配にも気づいているかもしれねえ。
 スティッフィは先頭で構えつつ、明らかに出会い頭の一撃をお見舞いするつもりだ。
 次第に俺達にも分かる獣の気配が濃厚になる。匂い、息づかい、石畳の上の爪の音。
「岩鱗熊だ」
 小さな手鏡を使い角の向こう側を見ていたハコブが鋭く囁く。
 本物は俺も見たこと無い、クトリア周辺でも一部の山岳地帯にしか棲息しないという魔獣。背中をアルマジロみてえに土属性魔力による岩の鎧に覆われた巨大な魔獣。仔熊ですら容易く人ひとりをなぶり殺しに出来る圧倒的膂力に体力、そして防御力。
 恐らくは俺達全員でかかってもかなり厳しい相手。
 
 ハコブの指示で全員が位置と体勢を整える。
 前衛スティッフィとアダン。スティッフィが一発かまし、アダンはカバーに入る。
 そのファーストアタックで出来た隙にニキ、俺、オッサンが追撃。マーランは魔術の準備をしつついつでも補助に入れるようにし、最後にハコブがデカいのをかます。
 面子は多少入れ替わっているが、俺が現役で潜ってた頃と同じ戦術パターン。
 
 そう力を抜きつつ慎重に気配を殺していると、足元にちょろりと動くもの。
 鼻面と耳のとがった狐猿みてえなティエジのアヤカシ。本陣との連絡用にこちらに同行し、ドゥカム達と奥に居るはずのそれがやってきてた。
 
『チョット、大変なコト、起きたヨ』
 【憑依】の術を使い狐猿へと意識を移しているティエジから、焦りの含まれた小声。
「悪い、こっちも大物相手だ。すぐにでも始まるから、余裕がねえ」
 間の悪いというかなんというか、のんびり会話してられる場合じゃあねえ。
 
 ゴフ、とでも言うかの荒い息。興奮してるのか、殺気に満ちてるとでも言うか、角の向こうから来る岩鱗熊も警戒から戦闘体勢という感じだ。
 敵が近くにいる。少なくともそれは察知してるかのようかだ。
 
『ソッチにも関わるコト、良いから聞いてて』
 ティエジはそう食い下がる。気が散るっちゃ散るが、向こうもそれだけ切羽詰まってるってことか?
 
 のそり、とさらに近付く気配。一触即発。あとほんの数歩でご対面か。全員の意識がまだ姿の見えぬ大物に集中したかと思ったそのとき───。

『“黄金頭”アウレウムが本陣を急襲して来たヨ!
 タブンそっちに居るのは別の───』
「拙い、上だ!」
 狐猿からのティエジの声と、魔力の反応を見ていたオッサンとの声とが重なる。
 
 上───天井を蹴りつけるかにして上から飛びかかって来るのは、魔獣の毛皮に身を包み、四肢を含め全身傷だらけ。顔半分には醜い大きな火傷跡に傷痕のある南方人ラハイシュの女。
 獣のように開かれた口に鋭い爪。
 まさに獣の如き風貌身のこなしのその女は、身構える隙さえ与えずにハコブの首筋を切り裂いた。
 
 
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