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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-65.J.B.(40)One bad man.(ワルな男)
しおりを挟む真夜中───と言うにはやや早いか。それでも黒の月の出てる夜は、周囲の闇属性の魔力が活性化して殊の外暗くなる。
白の月、つまりは所謂普通の月が消えてなくなる訳じゃないが、それでも視界はかなり悪い。
その中、モロシタテムの町の真ん中を貫く大通り。その中央の広場に面する広場に居るのは、この街を襲撃した魔人のリーダー、“鉄塊の”ネフィルと、幾人かの手下達。
ネフィルと思われる男は、一見すると身体中にぼろ布を貼り付け巻き付けているかのような格好。ちょっと前の包帯ぐるぐる巻きのジャンヌの様というか、それこそ古いB級ホラー映画のミイラ男のようでもある。体格的には痩せて小柄……と言うほどでもないが、やや貧相な印象を受ける。顔立ちの方は布に埋もれてまるで分からない。
その周辺には、“再び”殺された元、町の住人達の亡骸がいくつも転がっていて、何人かの別の手下が念を入れまた動き出さぬようにと潰している。
それ以外の手下達は、各々一人ずつの人質を抱え武器を突きつけている。
宿屋の入り口に、丁度ネフィルを中心に半円状に陣取ったかたちだ。下手に魔法や弓で仕掛ければ、文字通りに人質を盾に出来る嫌らしい守りの体勢。
人質は子供、女……そしてその内一人は、服装からしても立場のある女性。クルス家の関係者、もしかしたらラミンの妻のカミラかもしれない。
ずいぶん抵抗したのか、かなりの怪我をしているのが遠目にも伺える。
そしてラクダへと騎乗したままそこへと向かっている一人の男は、イシドロ・クルス。
クルス家の三男でラミンの弟、かつて冒険を求めクトリア市内の地下遺跡探索者となり、その後結婚と共に引退してからは 王の守護者の一員となった男。
その男が単騎でただ一人、堂々たる様子で“鉄塊の”ネフィルへと歩を進める。
対する“鉄塊の”ネフィルはしばらくその様子を見てから、
「止まれ!」
と右手を前に出し制止する。
「……てめェが死霊術師か? ちげェーよな、おい。
何がクルス家の盾だ、ええ? てめーなんざ呼んでねえんだよ。死霊術師だよ、俺が呼んでンなァよ……!?」
確かにイシドロは明らかに戦士然としていて死霊術師には見えないし、実際そうじゃない。
見え見えの嘘、ハッタリ。しかも、人質を取られ手も足も出ないこの状況。傍目には無駄死にしに出てきたとしか思えない。
「いや、俺だ。
現に……見ろ。死者達の動きが止まっている」
ラクダを止まらせてそう言うイシドロ。
見回せば言うとおり、死霊術で動き出し魔人の奴らを襲っていた元、町の住人達は皆立ち止まり佇んで居る。
「お前は俺が術師に見えないし、魔力も感じられないと言うのだろう?
それは正しい。俺は術師じゃないし、魔力も無い。
死霊術が使えるのは、“こいつ”のお陰だ」
左手を高く掲げ、鈍い銀色の指輪を見せる。
恐らくはミスリル銀製の魔導具だろう。
「俺は昔、クトリア市街地地下にあった古代ドワーフ遺跡の探索者をしててな。
そこで見つけた“とっておき”だ。
お前も魔人なら、僅かなりとも魔力を感じることは出来るよな?」
ゆっくりと、右手でそれを外そうとし……、
「コイツと……交換だ。
人質を解放してくれ」
そこでピタリと動きを止める。
「……度胸はあるみてえだが、ちょっと知恵が足りてねえンじゃねえか、おい。
てめえ、自分の立場ってもんがまるでワカってねェぜ?
いいか、今のてめえに出来ることはな。そいつを俺に献上して、ひれ伏して赦しを請うことだけなんだよ。
頭ァ下げてよ、地に額を擦り付けてよ……『俺が悪かったです、何でも言うとおりにしますから、許してください……』ってなァ~~~!!!」
“鉄塊の”ネフィルは、右手を勢い良くスパッと振り下ろし、腕の先に付いた布を鞭のように振るう。
振るった瞬間、そのぼろ布が夜空の星灯りを反射してぬらり光った。
これか……!
その布は一瞬にして鋭くとがった鉄へと変わっている。
触れている物を鉄へと変える魔力。それだけなら戦力としての驚異度は炎を操るという“炎の料理人”フレイマ・クークよりも低く思える。
だが、普段は軽い布切れが瞬時に鉄へと変わるというのは、作戦行動中の応用度が高い。常から重装備を持って行軍する必要が無いワケだからな。
その尖った鉄の布の切っ先を、人質の一人の女へと向ける。
「クルス家だってな、ええ?
じゃあこいつはおめーの身内だよな。顔が変わりすぎてよく分からねえってか?
おい、火だ。よし、よーっく見せてやれ」
手下の一人に指示をして松明の火を近付けさせ顔を照らす。
さっきもしかしたらラミンの妻カミラか? と思った身なりの良い女性だが、“鉄塊の”ネフィルの言うとおりに顔中が血と腫れで原型をとどめておらず顔立ちもよく分からない。
その女の顎を左手でくいっと上げ、さらに右手の鉄の布の先端を突きつけ、躊躇することなく頬のあたりへと突き刺すと、ぐりぐりと抉るように動かした。
「止めろ───!!!」
女のくぐもった悲鳴と、イシドロの絶叫が重なる。
「身内の女と、その“とっておき”の指輪。どっちが大事かをよーっく考えるんだな。
まず、俺が10数える間に、だ」
カミラは、良くあるお淑やかで鷹揚な上流ぶった女じゃないと聞いている。
まあ勿論このクトリアにはそんな女はむしろ少ないンだが、この町で警備隊長をしていた男の娘で、彼女自身結構な使い手だったそうだ。
ラミンと結婚し現場は離れたが、気丈で責任感もある。他の人質を守るため、連中の矢面に立っていたんだろう。
今もとてつもない痛みに耐え、極力悲鳴も抑えている。
イシドロは顔面蒼白で怒りを抑えながらも、かろうじて踏みとどまる。
踏みとどまりつつ、それでも少しずつ、少しずつ歩を進め、“鉄塊の”ネフィルへと近付いてゆく。
距離。
直前に教えられた策では、“距離”と“時間”、そして“ネフィル達の意識をイシドロへと集中させ引きつけ続けること”……この三つが最も重要だからだ。
◆ ◇ ◆
「ふむ。
……またも即興になりますが、会頭は次の策に取りかかっております。
貴方……皆様方にも協力してもらいますが」
この状況のほんの少し前。丁度イシドロが大声を上げて“鉄塊の”ネフィルに口上を述べたとき、だ。
「あ? まさか今の……イシドロの動きは、会頭の策だってえのか?」
マヌサアルバ正会員の言に思わず聞き返す。
「命懸けの、ですがね」
事も無げにそう返す正会員に、端でその会話を聞いていたラミンが顔色を変え、
「イシドロがもう来ているのか!?」
そう食ってかかった。
「はい。そして今、自らの姿を“鉄塊の”ネフィルの前に晒し、奴の気を引きつけております」
周りの男達もざわざわとし始め、
「イシドロが……?」
「あのきかん坊が駆けつけてきたのか……?」
「あいつにだけ任せちゃおれねえ……!」
「そうだ! 俺達も……!」
騒乱、決起へと意気が上がるが……。
「───お静かに」
正会員のその冷ややかな一言で機先を制される。
「彼は策を前提に命を懸けておられます。
皆様方がただ闇雲に突撃しては、その策は台無しになり、彼も人質も命が危うい。
ここはヒドゥアの如く密やかに、ウィドナに倣った策を張り巡らせ、エンファーラの苛烈さで復讐を遂げる……。
その漆黒の意志こそが今求められるものなのです」
混沌の神々の名を引き合いに出してさらりと述べるマヌサアルバ正会員。
言葉による説得……だけじゃない。多分所謂精神操作の魔法をこっそりと使っている。
使ったのは【沈静】あたりか? 逸り猛った心を静めて、落ち着かせる魔法。
よく見れば俺の隣の正会員以外は、集まった町の男達を闇に紛れて取り囲むように周囲に散っていた。
こういう状況、展開を見越して、町の男達の暴発を抑えるため、事前に集団魔術を密やかに使える準備をしていたか。
魔術師の結社だからこそ出来る手だ。
「あまり時間がありません。
手早く───移動しながら手順を説明しましょう」
そして俺は宿屋の面する中央広場の反対側、高い鐘楼のある町の集会所のてっぺんに隠れて様子を見ている。
時間を稼ぎ、距離を詰める……そして“鉄塊の”ネフィルの意識を自分一人に集中させる。
本来この手の駆け引き策略を苦手とする直情径行の強いイシドロが、ここまで自分を抑え、マヌサアルバ会会頭の策を忠実に実行しているのは、素直に感心するし尊敬もする。同じ立場に置かれて俺にそれが出来るか? そう自問しちまうくれえにはな。
“鉄塊の”ネフィルに限らず、特に魔人達は魔導具には執着がある。
それもそうだ。奴らの殆どは元々自力で魔術を行使することの出来る者達じゃあない。
他人に、半ば無理矢理与えられた力。その力は自らを焼き焦がすと同時に、それまで得られなかった万能感ももたらしただろう。
分かり易く言えば、文字通りに「力に溺れる」ってやつだ。
何の能もない、まともに努力もしてこなかったチンピラでも、銃を手に入れたとたんに「デカいことの出来る大物」になったような錯覚に陥る。それと同じだ。
そんなもん、てめえの力でも何でもねえのにな。
だがその万能感もすぐに醒める。
不意に手に入れた力。意志も思想も決意もなく、結局はただひたすら持て余す。
その上、多くの魔人の植え付けられた力は偏っていて限定的。
火は操れるが生み出せないというクーク。物体を鉄へと変質化させられるが、自由に物を創造できる訳ではないネフィル。
偏り、限定的で、応用の利かない魔力。より万能感という“麻薬”を得る為には、より多くの力が欲しくなる。
だから、他者を支配し、蹂躙し、攻撃もする。
力を使う快感を得るために、自分より弱い何者かを一方的になぶるのは、もっとも安易で手っ取り早い。
だがそれ以上に───新たな力、魔導具を得る、というのはさらに良い。
一度拳銃を手に入れて万能感に酔ったチンピラが、よりデカい、威力のある銃を欲しがるのと同じだ。
ピストルの次はサブマシンガン。その次はショットガン、ライフル、アサルトマシンガン……。
持てば持つだけ、自我が膨れ上がり大きくなるが、快感と同時に不安も増える。
何せ自分で努力研鑽して得た力じゃない。本質的な自信には一切繋がらない。
上っ面の自信は、より強い恐れを生み出すだけだ。そして虚勢を張り、暴力を誇示し、ドラッグや酒に溺れていく。
“鉄塊の”ネフィルは明らかに飢えていた。
死者を操り支配するという“死霊術師の指輪”なんて美味しい餌を目の前にぶら下げられれば、それを得たくて仕方なくなる。
ヤク中の前に上物のドラッグを持った奴が現れたよーなもんだ。
だから、イシドロの一挙手一投足から目を離せない。
「分かった! 少しずつ、少しずつ近付く!
そして、この指輪を外しておまえの方へと投げる!
だから、それ以上手を出すな!」
ごく自然に、イシドロはラクダを降りて宿屋の方へと近付いて行く。
“鉄塊の”ネフィルも他の手下達も、その動きその挙動からまるで目を離せない。
一歩、あと一歩……。
じりじりとした数秒の間。
その間に、俺は密かに“シジュメルの翼”へと魔力を込めておく。
「余計な真似はすんなよ?
両手と指輪は見えるようにしておけ。
俺が指示したことには全て従え。いいな」
一歩。
「分かってる。お前も、もう人質に危害を加えるな。
なぶりたきゃ後で好きなだけ俺をなぶれ」
また一歩。
「へっ! 自己犠牲精神か? たいした聖人様だな。
いいぜ。俺はクークみてえに人間焼いて食う程イカレちゃあいねえが、お望みとありゃあ好きなだけなぶってやらあ」
さらに一歩……。
「───止まれ!
止まって、そこから投げろ……、そう、ゆっくりと、だ」
イシドロは指示通りにゆっくりと左手を掲げ、右手でその指にはめられた魔導具の指輪に手をかける。
ネフィルを含めた全ての視線がそこに集まり、そして俺達は指示通りに顔を伏せ目を閉じる。
「いいか、今、指輪を外す。
変な真似はしない。今、外すからな───」
───閃光。
まるでそこだけ急に昼になったかという程の強い光が、連中の目を刺し貫き視界を奪う。
悲鳴、嗚咽、怒号はネフィルとその手下、そして人質達。
事前の指示通りに指輪から放たれた激しく強い閃光を目にしないようにしていた俺達は、その機に即座に行動に移す。
町の男達は宿屋の裏手から密かに入り込み、中に残っていたネフィルの手下を急襲し人質の救出。
マヌサアルバ会の者達は二手に分かれ、一チームは町の男達の支援、残りは宿屋の前に陣取っていた手下達を始末し人質を奪還。
イシドロは即座に走り寄り、ネフィルが髪の毛を掴んでいたラミンの妻カミラを奪取。しかし咄嗟のネフィルの反応で肩口を深く切り裂かれた。
そして俺は───滑空してその場へと突入すると、ネフィルを捕まえて高く飛び上がる───。
以前にメズーラを攫った元取り立て屋のカストを捕まえたときと同じやり方だ。
目潰し、不意打ちからの滑空、抱え上げて他の連中と切り離す。
カストより体格も小さく体重の軽いネフィルを抱え上げるのは難しくない。
抱え上げ高く上空へ舞い上がる俺。この状況にさえしてしまえれば、「手にした物体を鉄に変える」魔力しか持たない“鉄塊の”ネフィルにはもはや打つ手は無い。
俺の服や小物を鉄に変えられてもたいした問題にはならないし、“シジュメルの翼”は魔法に耐性のあるドワーフ合金製な上そもそもが魔装具だ。介入するには付呪された術式を打ち壊すほどの強い魔力を必要とする。だから何の問題もない。
そう考えていたが───甘かった。
密着していたネフィルの身体の周りが瞬時に硬い物体に覆われる。
布。身体中にぶら下げ張り付けるようにしてあったボロ布の無数の切れ端が、それぞれにまるで鱗鎧のそれのように変わっている。そこまではまだ問題もない。
だが同時に、同じく鉄化させられた長い布の一枚が、俺の首に巻き付き締め上げつつ、先端が尖り突きつけられていた。
反応が早い……!
まだ先程の、“死霊術師の指輪”ならぬ“閃光の指輪”による魔法の【閃光】で視界すらまともに効いてないはずだ。
この変化は多分、誰かに密着されたり攻撃を受けたりした瞬間に、即座に発動できるようしていたのかもしれない。
首そのものはこの状況ではまだ大丈夫。俺の“シジュメルの翼”は、魔力を通して起動することで背中からスライドするように頭部を保護し覆う隼型の兜がせり上がる。なので頭部、頚椎の守りはかなり強固。
問題はその先端。尖った布の先が俺の目を捕らえ今にも刺し貫かんと構えていること。
「くッそ、てめェ……ふざけンじゃねえぞ……、何だこりゃあ!?」
慌てては居る。そりゃそうだ。
けどカストのときみてえに身も蓋もなく怯えるって訳じゃなく、きっちりこちらへの牽制、反撃の一手を仕込んでやがる。
「はっ! てめェが奴の“とっておき”ってぇわけか。
だが生憎だなこの糞黒人野郎! てめえももはやただの人質だ!」
「そうか? 俺を殺しゃあお前も一緒に墜落して死ぬだけだろ?」
「だろうな、この糞ったれが。
けどな、殺さずとも痛めつける手はいくらでもある」
そう。現状奴の言うとおり、不利なのは俺の方だ。
“シジュメルの翼”の防護膜は、俺の身に付けてるものや抱え上げ持ち上げているものにも適応される。
つまり密着し抱え上げているネフィルはその内側。奴からの攻撃を防ぐことは出来ない。
「降ろせ……。ゆっくり優しく丁寧に、だ。
初めての舞踏会で貴族のお嬢さんをエスコートするみてえにな───」
鉄の布が巻き付いているから高高度から叩き落とすことも出来ないし、そこで揉み合いになり下手をすれば鋭いその切っ先が目玉をズブリ、だ。
まさにメキシカン・スタンドオフ。互いに互いの頭に銃口を突きつけ合うかのような状態。
悔しいが今は奴の言うとおりにするしか無さそうだ。
俺は旋回しつつ、適当な着陸地点を探す。
なるべく宿屋からは離れたところ。足場が悪く、奴がとっさに巧く対応出来なさそうなところ。
着陸し離れるときには、奴は俺に巻き付けた布の鉄化を解除し、布の状態に戻さなければならない。そこが奴の隙になる。
当然奴もそれを踏まえてる。だからそのときにすかさず攻めの手を放ってくる。或いは振り落とされても平気な程度の高度になったら───。
布が緩み、突きつけられていた先端が元のぼろ布へと変わる。
同時に奴は俺の腹部へと膝蹴りをかまし、こちらの体勢を崩してきた。
これはさほど効いてない。腹の部分には革の胴当てをしている。
が、右手の布を戻すと同じく、左手の布を鉄化して顔を目掛けて斬りつけようとし───俺はそれを頭突きで返した。
ドワーフ合金製の隼型兜を被った頭部は、俺の装備の中で最も守りが硬い。当然頭突きの威力も高いし、ペラペラの布を鉄にした程度のものなら簡単にへし折れる。
薄い分鋭くはあるが、ニンジャソードやサーベルみたいに鍛え上げた刃じゃない。所詮は魔法で急拵えした間に合わせのなまくらだ。
「がはッ!!」
鉄より硬いドワーフ合金製兜による頭突きを鼻面に食らいつつ落下していくネフィル。
しかし高さは1パーカ(3メートル)にも満たない程度。怪我はするだろうが戦闘不能にまでなるかどうか……と思った瞬間、手元の長い布を近くの木に巻き付け、そのまま瞬間的に鉄化させ振り子のようにして着地。
勿論足から見事に、とはいかない。足場の悪いところでごろごろ転がるようにだが、期待したほどの大ダメージは負って無い。
俺は間髪おかずに【風の刃根】を放って追撃をする。
手下も人質も周りにいない。宿屋から離れたちょっとした木立に囲まれた一角。
一対一で、こちらは空を飛べるという利点がある。
今の内に手痛いダメージを与え、ボスの“鉄塊の”ネフィルを無力化すれば決着がつく。
撃つ、撃つ、撃つ。
けれども【風の刃根】の威力はせいぜい投げナイフ程度。全身に巻き付けた布を鉄化して守りに徹しているネフィルには簡単にゃあ深手を負わせられない。
なら【突風】を叩きつけて防御態勢を解き、それから連撃を───と考えた隙に、いくつもの鉄塊が飛んでくる。
危うく、背中の魔法の羽根を丸めて身体の前面をカバー。多くの鉄塊は弾き飛ばすが、幾つかは風の防護を抜けて身体に刺さる。
「くっ……そ痛ェなこのやろう!」
見ると、個々のそれは石だとか枯れ葉に小枝、砂利だの何だのというそこらに散らばってるものでしかない。
再び、それらが投げつけられ、俺は守りの態勢のまま。
子供の喧嘩……程度じゃあない。“腕長”トムヨイの投擲に近い威力と速度。
投擲は経験による精度に加えて、腕力や背筋力、腰から下のバネに安定感……とにかく様々な「身体能力の高さ」が問われる。
つまり“鉄塊の”ネフィルは、単に「触れた物を鉄に変える魔力」を持っているってだけじゃあねえ。
パッと見の貧相な印象とは真逆、そもそもの身体能力がずば抜けて高い魔人なんだ。
さっきの落下時の動きにしてもそうだ。
あの着地の仕方も、かなりのバランス感覚がなきゃあ出来やしねえ。
瞬時の判断力、とっさの対応、そして優れた身体能力。
そりゃそうか、糞ったれ! 単に「触れた物を鉄にするだけの魔力」を持っただけの凡人が、この法無き不毛の荒野で生き延び、他の魔人達との勢力争い殺し合いの果てに“三悪有り”と呼ばれる程の山賊頭として生き残っていられるワケがねえ。
お互い、今度は遠隔での撃ち合いになる。
俺はなるべく動きを止めずに飛び回りつつ。奴は木陰に身を隠しながらタイミングを見ての射撃。
俺の【風の刃根】の方が安定した性能を持っているが、奴の飛ばす鉄塊は何が混じってるか分からない所に不安がある。
【突風】を使うには羽根を打ち合わせるという予備動作が必要で、その隙を攻められると守りが弱い。
撃ってくるモノが小石砂利程度なら風の防護膜を突き抜けることは少ないし、抜けても威力が弱まっている。
ただ時々、比較的大きく鋭い破片や、事前に用意してただろう棒状の投げナイフが混ざる。
この投げナイフも、普段は単に尖った木の棒でしかないものを、魔力で鉄に変えて撃ってきてるンだろう。携帯に便利な隠し武器な上、木の枝を削って簡単に準備出来るから、奴の能力にはかなり巧くハマっている。
ちょっとした膠着。他の連中が今どうなってるか分からねえが、こうなりゃ先の展開はほぼ一つ。
どっちの魔力、気力、体力、そして集中力が先に尽きるか。根比べの意地比べ。そして相手の些細なミスや気の緩みを見つけ出し、すかさずその隙を突く。
そう考えていた矢先───。
「もっと……早く来るべきだったと───後悔してるわ」
マヌサアルバ会会頭、闇魔法の使い手のアルバが、影の中からぬうっと現れると、“鉄塊の”ネフィルを背後からそっと───優しく抱きしめた。
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