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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-64.J.B.(39)Thriller.(スリラー)
しおりを挟む「……おい」
一人の男がそう小さく声をかける。
すぐ横で木に寄りかかり座り込んでいる別の男にむけて、だ。
「あ? 交代か? 俺らも女の方行けるのか?」
半分くらいうたた寝でもしていたのか、左手で口元のよだれを拭いながら顔を上げる。
男たちは形の歪な鉄の兜を被り、同じく形の歪な鉄の胴当てを身に付けている。見た目には、粗雑な皮製のものをそのまま鉄にしたような作りで、実際その通りなんだろう。
篝火を焚いたその向こうの路地から、動く者の姿が見えていた。
何者か? 仲間か? 隠れていた街の誰かか?
訝しみ目を細めて篝火の向こうを伺いつつ、
「おい、何だ~? 交代か~? 何か問題でもあったんか~?」
声をかけるも反応はない。
ただただ、じわりじわりとにじりよるのみ。
自らを殺した者達に向かって。
「ひぃぃ! よ、寄るな!! ひ、人質が居るんだぞ……!?」
手にした鉄の棍棒をでたらめに振り回して牽制する。
迫り来る元、町の住人の一人はその棒の直撃を受けて、顎から下を粉砕されるが、それでも歩みを止めはしない。
相手は死体だ。死体相手に人質なんざ意味が無い。
まるでB級のパニックホラームービー。迫り来るゾンビの集団のように、元町の住人達が“鉄塊の”ネフィルの手下どもを囲み、殲滅する。
「くっそ、たかが死体が……魔人舐めんなオラァッ!!!」
一人がそう怒声を上げつつ両手を前に掲げると、無数の小さな石飛礫が高速で発射され、元、町の住人の二人をまとめて吹き飛ばす。
うへ、こりゃまさにショットガン並。前にハコブが使う【石飛礫】の魔法を見たことはあるが、それの威力、精度とはまるで桁違いに強えわ。
ただし───、
「ざまぁみぐぁ……ぼぅげ……」
そのショットガンを放った魔人の背後から現れた黒い影が、口を塞ぎナイフで喉笛を掻き切る。
マヌサアルバ会の準会員は魔法は使えないが剣術棒術などの使い手……とは聞いていたが、こりゃ違ぇーわ。暗殺者だろうよ。
闇魔法、その中でも魔術師協会の中では“禁呪”とされる死霊術。特に忌まわしいのがこの【死者の使役】。
これは死体を操り、自らの操り人形として手駒にし、労働や戦闘をさせるというもの。
聖光教会ならずとも目を背けたくなるこの惨状は、マヌサアルバ会会頭のアルバによるもの。
そしてその一の手で差し向けた不死者の軍勢aka.元、町の住人達の起こす乱戦混乱の裏で、正会員の【影潜み】【消音】等の幻惑系魔法の補助と共に闇に紛れた準会員達が脅威となるだろう魔力を持つ魔人を始末したり、人質達の解放をしたりする……というのが二の手。
んで、俺は……えー、観察と様子見?
いや、別にサボってるわけじゃあねえぞ。
隠密能力という点ではマヌサアルバ会の連中には及ばねーし、“シジュメルの翼”のアドバンテージである「空を飛ぶ能力」も連中は自前で持っている。
だもんで俺は少し離れた立場で中庭を観察してサポートに徹している。
表立っては突っ込んではいないが、遠くから【風の刃根】を飛ばして牽制したり追い討ちをかけたりはしている。……まあ、セコいけどな。
女子供が人質となっているであろう宿屋ではなくこちらの担当なのは、宿屋は中庭のような開けた場所ではなく、個別の個室に閉じこめられている可能性が高いからだ。つまりこっちよりも隠密能力の高さが求められるし、広い空間での飛行が利点の俺では場所が悪い。
しかしこっちでもこんだけ奴らが活躍しちまうと、“謎多き”マヌサアルバ会の連中の立てた策の中では、俺の出番はあまり無さそうだ。
とは言え、だ。
偵察様子見の為に駆けつけたはずが、マヌサアルバ会という想定外の戦力によって一気に捕虜の救出と撃退にまで進んでる。
そりゃ出来るならそこまでやりたいが、にしても───死霊術ねえ。
事前に連中は街の外をぐるりと囲むように何らかの結界を作っていた。
その結界が会頭のアルバが使う死霊術の効果範囲を広げる役割を果たしているようで、街のあちこちに放置されていた魔人どもの犠牲者が同時に起き上がり逆襲を始めて居るらしく、方々からうごめく気配や怒声悲鳴が聞こえてくる。
魔人やその手下たちからすりゃあたまったもんじゃあねえ。正に地獄から復讐しに来られた様に感じただろう。
こういうのは知識として死霊術というものを知ってても、感覚として即座に切り替えられるもんでもない。
つい今さっき殺したばかりの連中だ。いかに“イカレた”連中とは言え……いや、むしろイカレた連中だからこそ、恐慌に陥り出すと脆い。
優位な立場で調子に乗って勢いづいているときは良くても、得体の知れない相手からの攻撃に対して、受けに周り追い立てられれば弱い、てのは魔人とその手下に限らず良くある話。よぼど鍛え上げられ規律の徹底させられた軍隊でもなきゃあな。
中庭の魔人と手下たちは既に半壊し、残りは慌てふためきつつ逃げ出していた。
その追撃……は優先せず、黒装束のマヌサアルバ会正会員達は、捕虜の解放を始める。
全身黒ずくめの連中に突然解放されて戸惑うモロシタテムの町の住人達。
まあそりゃそうだ。何より最初に町を占拠していた魔人の手下連中を襲っのは彼らに殺された町の他の住人の亡骸、アンデッドだ。
ざわめき混乱し、また動き回る死体の中に親しい者や家族恋人などを見かけ泣き叫ぶものも居る。
ホラー映画のゾンビ達のように生者を貪り喰わないだけマシではあるが、彼らからしたら凄惨極まりない光景だ。
……いや、全く彼らとは無関係な俺ですら、気持ちの良い光景じゃあねえけど。
確かに、現状の戦力で魔人達に対抗するには最高の手ではあったが、同時に最低最悪の手でもある。
その混乱した町の男達の中から、ひとりが進み出て声をかけてくる。
「その……あなた方が魔人を撃退する為に助力してくれた……と、そう解釈させてもらって宜しいのか?」
顔色はあまり良く無さそうだが、それでも臆することなく振る舞っている。
茶褐色の髪を短く切った面長で骨っぽい顔立ちには見覚えがあった。
ガエル、そしてダミオンだ。旧クトリア商業地区で建設及び修理を生業としているクルス家の顔立ち。そして彼らは元々この町の顔役の家系。
つまりこの男が現在のクルス家当主であり町長でもあるラミン・クルス……なのだろう。
どうしたもんか。表立って戦闘に加わってなかった俺はややタイミングを逸していたが、意を決して“シジュメルの翼”を使って、屋根から中庭へと飛んで降り立つ。
「あんたがラミン・クルスだな。
不躾で申し訳ないが、俺はクトリアのシャーイダールの遺跡探索者でJBってもんだ。
ガエル、ダミオンから話を聞いて、イシドロ達ともここに来る途中で会っている。
細かい話は悪いが後に回させてくれ。別働隊が宿屋の方にも行ってるはずだ」
別働隊、とは言え人数は少ない。ここ同様に、動く死者としての元住人達による陽動込みでの策。
ラミン・クルスは俺の言葉に複雑な表情を浮かべる。
直情径行のある弟のイシドロとは違い、さすがに当主でもあり町長でもあるラミンには自制心と思慮深さが備わってる様で、頭の中には様々な思考が駆け巡っているだろう。
「……ならば、我々も今度こそ宿屋へと武器を持ち助勢に行こう。
宿屋には奴らの親玉が居るはず。別働隊と……死者達だけで打ち勝てるとも思えん。
……何故魔人どもに殺された彼らが動いて居るのかは分からんが」
まあそこはそりゃ気になるわな。当然。
それを受け、パン! と大きく手を叩く乾いた音が響く。
黒ずくめの一人、マヌサアルバ会正会員で、アルバを追って来た中で一番地位が高いであろう者だ。
「我らはクトリア貴族街三大ファミリーが一つ、マヌサアルバ会の者だ。
故あってシャーイダールの探索者と共に助勢しまかり越した。
彼ら、即ちモロシタテムの同胞達は死者にして死者にあらず。
死と薄暮の担い手サータルヌと、軍神ガントの特別な計らいにより、魔人への復讐と、生き残った諸兄等を助けるために仮初めの生を得た聖戦士達なり。
我らもまた、彼ら聖なる死者の無念を晴らさんが為手助けをする者なり」
なんとも、ものは言いようだ。
死者の使役ってのは有り体に言えば死者の魂…いや、霊、か?
とにかくそれらの持つ力、念をを強制的に呼び戻して支配、使役する魔術。
言い換えれば死者の無念を利用して奴隷にする様なもので、死者に鞭打つとはまさにこのことだ。
生き残った他の者達からすれば冒涜的とも言えるこの状況を、口先だけで「神々の計らいによるもの」と言ってのけた。
町の住人達もラミン・クルスも互いに顔を見合わせ戸惑いを隠せない。
そらそうだ。いきなり現れた黒ずくめ連中が自分たちを貴族街の有力者だと言い、あまつさえ神の奇跡を宣言したんだ。これ以上に胡散臭い話もねえ。
「正直……」
彼らを代表し、ラミン・クルスがそう切り出す。
「あなた方のこと、今起きてること。それら全てに納得できる訳ではない……。
だが今ここに至らば、奴らを打ち倒し家族を、町を取り戻し、その血肉で弔いの火を掲げ死者へのはなむけとすることをここに誓おう……!!」
その静かだが力強い声に、周りの男達も呼応しざわめきが決意の声へと変わっていく。
「……そうだ!
昼は不意を打たれ、魔法を使われ、人質をとられたが、今は逆だ!」
「奴らは油断してるし、こっちにも魔法使いが居る!」
「待てよ! まず俺のガキ達……人質の無事を確かめねえと……!!」
個々の戦力は別として、人数だけなら町の住人の方が間違いなく多いはず。
しかし連中の全てが魔人じゃねェっつっても、だ。さっきのショットガンみてえな石飛礫を飛ばす魔人みてーなのがちょいちょい混じってるので、ある程度実戦、訓練を積んだ警備兵とかでもなきゃあっという間にやられてもおかしかねえ。
良く訓練された規律正しい軍隊なら個々の戦力差を覆せても、この町の住人にそれを求めるのは無理ってもんだ。
だが、死を恐れぬ不死者の集団と、それらを操り隠密に優れた術者に暗殺者。そして再び立ち向かうことを決意した志気の上がった男達。
やりようによっちゃあ起死回生もあり得る。
とは言え全く予定にも計画にもない行き当たりばったり。実際どこまで巧く行くかは分からねえ。
そして何より俺が今一番にやらなきゃなんねえのは、情報源の確保だ。
今回のこの動きは、“炎の料理人”フランマ・クークの動きと関係してるのか? 奴らは協力関係にあるのか? そしてその明確な目的は?
ニコラウスやマヌサアルバ会やら方々から聞いた話を統合すると、クトリア周辺の不毛の荒野にのさばる魔人勢力にはまず大きく三悪と呼ばれる連中が居て、そいつらより上に居ると言われてるのが“黄金頭”のアウレウムと呼ばれる魔人だ。
こいつらは元々一つの纏まった組織というわけじゃなく、この構図が出来るまでには様々な争いがあっての現状だという。
5年間の間に他の山賊野盗どもや魔人を蹴落とし始末し、叉は配下に加え、時には共闘し時には争い、裏切りしつつで、今のお互いに不可侵で均衡を保った状況になっている。
その経緯その構図だけを見れば、確かに貴族街三大ファミリーと、それらに協定を結ばせた“ジャックの息子”との関係に似てなくもない。
似てなくもねえが……と。こっから先は、情報が足りてねえ。
どさくさに紛れて一人か二人、手下の中から見つくろって攫っちまおう、くらいの考えで居たが、いっそこのまま一気に攻めた方が巧く行くのか……?
クソ、地下でドワーベン・ガーディアン相手にしたり、化け物蟹や何かとやり合うのと違って、人間相手の集団戦はいまいち判断付きにくい。
一度……一度だけやったその時は、俺と共に反乱を起こした奴隷達は半分以上死んじまった───妹も含めてだ。
こんな成り行き任せ勢い任せのままで、今ここにいるモロシタテムの町の住人の命を懸けて一か八か……なんてやり方で良いのか?
今なら賊の奴らも動く死者達に混乱させられている。同じ様なやり方で巧く宿屋の人質も助け出せてたら、そのまま逃げ出してから援軍と共に立て直して攻めた方が良いんじゃねえのか?
そういう考えも頭に浮かぶが、かと言ってそれが正しいのかどうかも分かりはしねえ。
「分不相応な懊悩ですな」
そう考えていると、横にいたマヌサアルバ会の正会員の一人が小声でそう話しかけてくる。
「貴方は指揮官でも将軍でもない。ただの斥候、偵察です。
彼ら全員を救い出す等という英雄じみた夢想などせず、己の本分にのみ従えばよろしい。
ここは彼らの町で、これは彼らの戦い。
我々はそれに便乗してるに過ぎません」
心臓をえぐり出されたかのような冷たい痛みを感じた。もちろんそんなのはただの錯覚。だが───英雄じみた夢想……か。
確かにそうだ。
モロシタテムの住人達の置かれた状況が、俺が過去に犬獣人軍の奴隷だったときのことと似ているように思えてしまい、どこかであの時のやり直しをしている気になっていたかもしれない。
奴隷の状況からは解放され逃げ出せはしたものの、俺の妹を含め殆どが死んじまったあの時の事を───。
「何れにせよ、決めるのは彼らです。
まぁ、私達が唆したという面もあるのは否めませんがね」
直立不動で、仮面の裏の表情も伺いしれぬ正会員のひとりは、そうしれっと言ってのける。
そう、決めるのは奴ら。だが唆したのは───。
そのとき、遠くから絶叫とも呼べる大声が響いた。
普通ならそうハッキリとは聞こえない。“シジュメルの翼”の遠耳の効果だが、マヌサアルバ会正会員達も気づいているようだ。
『糞ったれの死霊術師が! どこに隠れてやがる!? 町の奴か!? 連中に頼まれたのか!?
いいぜ、だったらまた死体を増やしてやるからよ! そッから術で山ほど兵隊こさえてみな!
何度でもぶっ壊して、ぐッちゃぐちゃの挽き肉にしてやんよ!!』
威勢だけはいいチンピラのハッタリ……そうとしか聞こえないが、奴はやる。
奴、つまり恐らくは“鉄塊の”ネフィルは、中味はどうあれ実際にやる奴だ。面識がある訳じゃないがそうだろう。
対応も早い。他の手下みたいに混乱し続けて時間を無駄にしない。
状況から考えられる可能性の中で、即座に対処出来る方法を取る。
奴の立場からすりゃあ、仮にこれが死霊術師の仕業でなく、人質が効かない相手だったとしても、数人殺したところでたいして痛手じゃあない。
奴にとってはそうでも───こっちにとっちゃあそうじゃない。
「別働隊は些か巧く行かなかったようですな。
宿屋の方には“鉄塊の”ネフィルが居たようです」
戦ったのか、戦って負けたのか、戦うまでもいかなかったのか。
何にせよちょっと……いや、かなり不味い状況だ。
俺は再び“シジュメルの翼”へと魔力を通し、羽根を出して急行しようとする。
しかし俺よりも早く現場へと到着した別の者が居た。
誰か?
『やめろ!
俺はイシドロ・クルス! 王の守護者にしてクルス家の盾!
それ以上の暴虐は今許さんぞ!』
駆け付けたのは良いが、そう言われてやめるような相手じゃあ無いと思うぜ。
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