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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-59.J.B.(35)Don't Let It Go To Your Head.(いい気におなりなさんなよ、お前さん)
しおりを挟む「あんた、ニッコラとか言ったか?」
ど頭からハコブがかなりかまして入る。
「貴様はあれか。邪術士の子分の一人……だったか?」
「ああ。親父や兄弟のおこぼれも貰えない、哀れなただの探索者だ」
俺が着くまでの間にどんな険悪なやり取りがあったのか知らねーが……いやちょっと待て飛ばしすぎだろ。
俺が言うのも何だが、基本的にクトリア人は沸点の低い奴が多い。
トムヨイみたいなのは稀も稀。同じ狩人チームで言えば、屋台と荷運びをやってるゲラッジオくらいの方が「一般的なクトリア人の気質」に近い。
この辺は前世のスラム暮らしでもそうだったが、生まれつきの気質を別とすれば、たいていの奴は金や生活の余裕も将来の計画も無く、現状への不満だけを膨らませてりゃあ怒りっぽくもなるし、突発的な衝動でどうしようもなく馬鹿な事をしでかしたりもする。
うちのチームで言うならそういうのはスティッフィかアダンあたりがやらかしかねないモンだが……それより先にハコブが動くとはな。
「いいか。ホルストは剣闘奴隷から解放された王国の準自由市民扱いってことらしいから、あんたのことを“閣下”とも呼ぶだろう。
だが俺達は違う。
クトリアはティフツデイル王国の属州じゃないし、俺達も王国に恭順を示しているワケじゃあない。
王国が同盟関係にあるのは“ジャックの息子”だけだし、その“ジャックの息子”もクトリアの支配者じゃあない。
だから俺達は、作戦上あんたの指揮下に入る事があるとしても、それは対等な同盟、協力関係ってだけで配下じゃないし、“閣下”と呼ぶこともない」
これは事実だが……すげえ危ねえ話でもある。
王国側からすれば、自国領内でもなく自国市民でもない。まして国交のある他国の市民でもないクトリア人は、法律上は人とは見なされない。
クトリア王朝が無くなり、邪術士の専横が続き25年。その後王都が解放されて5年、実質上クトリアには国が存在していない。つまり、“支配者の居ない無法の地”だ。
有り体に言えばここで俺達全員をぶっ殺したとしても、「王国の法律上」は、さして問題は無いわけだ。
だがだからって道義的問題が無い訳じゃない。
多くの善神は無闇な殺戮を良しとしていないし、法の枷が無いからと言って突然殺人暴力への忌避感が消えてなくなる訳じゃねえ。
理性、感情、利害において、たいていの場合は「ここで殺し合って何になる?」という判断を下すのがマトモなアタマの持ち主の思考で───問題はその“マトモなアタマの持ち主”がどれだけ居るのか、ッて話だ。
「それで?」
ニコラウスが座ったまま傲岸に顔を上げ、立っているハコブを見下す。
後ろにいる他の兵士達も、こちら側のアダンやスティッフィ、ニキ等に、トムヨイ他の狩人達も、押し黙り睨み合う。
俺を除けば唯一我関せずとでも言う風に思案顔をしてるのは、ドワーフ合金鎧を身に纏ったイベンダーのオッサンに、“狂乱の”グイド・フォルクスくらいだ。
「俺達が頭を垂れかしづくとしたら、唯一クトリア王朝の血を引く正統な王家の者が現れたときのみ。
それを忘れるな」
ハコブはきっぱりとそう断言する。
「おう、そうだぜ!」
「ああ!」
「我らの王はクトリア王のみだ!」
アダンが調子づいて続け、それに応じて狩人達数人からもそう声が続く。
恐らくはニコラウスの傲岸不遜な態度に苛ついていたのだろう。その声は徐々に大きく広がる。
───これが狙いか。
俺はハコブの目論見に気づき、冷や汗をかく。
クトリア人にとって、「クトリア王朝の血を引く者のみにかしづく」という言い回しは、要するに「俺たちは誰にも屈しない」という意味だ。
王朝後期の王家の腐敗ぶりは、滅びの七日間の後に産まれてきた世代の俺達ですらしつこく聞かされてきている。
だからクトリア王家への忠誠心なんてものは、ほとんどのクトリア人には残っていない。
そして邪術士達が叛乱を起こしクトリアの王都を掌握して手始めにやったのは、王家の血を引くもの達全てを悉くに殺したことだ。
つまり、「王家にしか従わないぜ! まあ王家の人間なんざとっくに誰も居ねえけどな!」
というある種の自虐的言い回し。
そして今じゃひとまとめに“邪術士”なんぞと呼ばれてはいるが、当時の連中の多くは王家により集められた高度な魔術の研究家達で、王命にて様々な研究をしていたエリート達。
その成果の一つは巨人族の隷属化だし、また別の一つは魔人の製作実験だ。
彼らの中で、また、彼らと当時の“退廃王”のザルコディナス三世との間で何があったかは知らないが、何にせよその決裂が後の25年にも及ぶ血塗られた歴史の始まりだ。
邪術士達は畏怖の対象で、王家はそれら全ての原因を生み出した侮蔑の対象。
それがまあ、一般的なクトリア人の感覚。
王国駐屯軍の部隊長の態度に苛ついていた狩人含めたクトリア人達の前で、「我等がかしづくのはクトリア王のみ」と宣言すれば、クトリア人は盛り上がる。
さあみんな手を挙げろ、声上げな、 put your hands up! ってなモンだ。
これは同時に、その王家が始め、後に邪術士達の引き継いだ生ける災厄とも言える魔人の討伐への意欲も上げていくし、元々バラバラだった俺達と狩人達の気持ちを一つにまとめる効果もあった。
盛り上がる探索者、狩人等クトリア人勢に対し、椅子に腰掛けたままのニコラウスは、耳の辺りで右手をひらひらと振り、
「あー、あー、あー、でかいでかいでかい、声がでかぁ~~~い!
もう少し加減しろ。発情したの鰐男の群れか、お前等は。耳が痛くなるわ」
辟易したとでも言うかに嫌そうな顔。
「貴様等の頭なんぞいくら下げられたところで何の足しにもならん。
そんなモンはどぉ~でもいい。
俺が興味あるのは、貴様等が使えるか使えないか。それだけだ」
既に国としては成立していないクトリア人を、王国の人間が殺したとしても王国法ではたいした罪には問われない。
だが駐屯軍の軍属であるニコラウスが今ここでそれをやるのは具合が悪い。法ではなく軍規。駐屯軍は駐屯軍にクトリアでの略奪、非交戦時での暴行殺害などを禁じているからだ。
現状では実行支配出来てはいないが、王国側にはいずれはクトリアを支配地にしたいという目論見がある。
旧帝国領にあった魔力溜まりは、滅びの七日間による崩壊で殆どが使えなくなった。
クトリアに残された魔力溜まりは、言ってみりゃ枯れることのない油田みてえなもんだ。絶対に手放したくはない。
だから略奪、虐殺をして余計な軋轢を生むのは拙い。
特に得体の知れない貴族街の支配者、“ジャックの息子”との敵対だけは絶対に避けたい。
王国本土の上層部、つまり元老員の政治家どもは、軍規で駐屯軍のクトリア人への略奪、暴行を禁止した。
連中としては、クトリアの特に各勢力が適度につぶし合い混乱をしつつ自滅するように弱体化し、「王国駐屯軍に頼らないとやってけない」ぐらいになったあたりで、優位な立場から「手を差し伸べる」……と言うようなプランで考えているらしい。
当然現場の連中には不満も出る。ただでさえ僻地での激務。本国でのうのうとしてるお偉方は、口うるさいだけで役には立たない。
で、そこに貴族街の「お楽しみ」があるわけだ。
言って見りゃこれもある種の戦争。
王国の元老員貴族達は「直接的には手を出さず、反感を買わない程度の関係性を維持しておきつつ、現地勢力の弱体化を待ち支配力を強めたい」。
それ対して貴族街の三大ファミリーは、駐屯軍兵士達を様々な「お楽しみ」で骨抜きにして取り込もうとしている。
北方やその他の属州とは異なる、単純な力押しの支配、被支配の関係とはまた異なる争いだ。
剣と魔法で殴り合うよりかは、よっぽど遠回りでヤヤコシイ。
何にせよ、そういう計算がハコブにあったのか。
……あったんだろうな、ありゃ。
ニコラウスが立場的にも関係性的にも、すぐさま暴力に訴える事はないというのを見越した上で、表向きは義を通した筋を語りつつ、その実狩人含めたクトリア人側の自主独立を煽って結束力を高める。
で、ニコラウス側はどうかと言えば、きっとこいつもその辺を踏まえた上でその流れに乗った。
ニコラウスにとっては王国元老員の目論見も、クトリア人の矜持や反骨心も関係ない。自分の手柄に使えれば何でも良いし、その役に立たないものには興味もない。
面倒な人格の持ち主だが、今回の件に関して言えば基準が明確な分、わかりやすいっちゃーわかりやすい。
何にせよ、ひやひやさせられたぜ。
◆ ◇ ◆
クトリア人達の騒ぎが一通り収まってから、俺達“シャーイダールの探索者”によるデモンストレーションだ。
まずは一番わかりやすい俺の“シジュメルの翼”。
風の魔力を通して空を飛び、地上の的に向けて【風の刃根】や【突風】を放つ。
お次はニキ。新たに手に入れた魔力付与の出来るクロスボウだ。
ボーマ城塞での遺跡探索で新たに“発掘”された小型のクロスボウは、巻き上げ式の機械仕掛けでストックしているボルトを飛ばすが、その下部に属性魔力を付与した魔晶石をはめ込むスロットがある。
そこから魔力を付与されたボルトには属性に応じた効力が付与され、火属性なら熱と炎、風属性なら着弾地点周囲にちょっとしたつむじ風を巻き起こす。水属性はこれも周囲に水を撒くので、戦闘においては敵陣の足場を悪くさせるような効果があるし、土属性は地面や岩に突き刺さるとひび割れや崩落を起こせる。
直接的なダメージ増加に繋がるのは火属性のみなのだが、これの効果はまあ火矢を放つのと大差が無い。
逆に水を撒く、つむじ風を起こすといった、直接的なダメージとは無関係な方が、実際は使い方次第で大きな効果が得られるだろうな。
次にハコブとアダン、マーランが組んで技を見せる。
マーランはハコブに対して補助系統の術をかけて守りを上げる。
それからハコブの使う術の中では中くらいの威力の【火炎弾】をアダンヘ放つ。
アダンは当然、例の魔法返しの盾を構えてそれを受けて、その一部を跳ね返す。
マーランとハコブの【魔法の盾】二重掛けでその反射による被害はない。
スティッフィは結構大きめの戦槌を持って登場。これも新たな収集品の一つだそうだ。
ターゲットとして用意された人型の丸太人形の周囲に、同じような丸太人形が五体ほど。
肩に担ぎ上げた戦槌をそのままドスンと真ん中の丸太人形へと振り下ろすと、雷鳴のごとき轟音と共に閃光が放たれ、それが周囲の丸太人形にまで飛んで焼け焦げを作る。
「なあ? やっべーだろ、今回手に入れたやつ!」
魔法返しの盾を得意気に見せびらかしつつ、アダンが肩を組んでくる。
確かに、今回の“収穫”はすげえわ。
これにはイベンダーのオッサンの、古代ドワーフ遺物の魔導具、魔装具を修理回収できる技術も関係している。
オッサンのおかげで、今までなら効力を失ったまま修復もできなかった遺物や、その効力が弱まっていた遺物なんかも、こうやって改修して使えるようになった。
しょっぱなは俺の“シジュメルの翼”だし、腕を悪くし喉の潰れていたマルクレイに拵えた腕、声の補助魔装具なんかも基本的にはその一種。
アダンの使ってる魔法返しの盾も、見つけた当初は今の効果の半分もなかったらしい。
で。
最後にそのイベンダーのオッサンの番になるわけだ、が。
「よおよお、さ~て俺の出番だな」
ガシュンガシャンと金属音をさせながら、ややよたついた足取りで訓練場の真ん中辺りへと歩いていく。
「俺はイベンダー。運び屋にして商人、科学者にして探鉱者。そして今は、魔鍛冶師にして魔導技師かつ探索者。まとめて言えば、砂漠の救世主だ」
相変わらず……じゃなくて、微妙に肩書きの増えた自己紹介。
ニコラウスもその周りの兵士も……まあ特に反応はない。
狩人達の中のトムヨイ等以外の初対面の連中はやや面食らってはいるが、まあ「シャーイダールの配下なら、変わり者も多かろう」てな感想だろう。うん、間違いではないが間違いだ。確かに変わり者は居るが、このオッサンは別格。
「さて、まあ俺のコイツはまだ調整中でな。
だからまだ不安定な部分もある。そんなにアテにせんでくれ」
言いながら、面頬をガシュンと下げる。
以前と異なり、オッサンの特性鎧は完全な所謂フルプレートアーマーの状態で、帝国は元よりこのクトリアでは尚更見られることはない。
てか、この世界にそもそもあったのか?
俺のぼんやりした歴史知識的には、この手の全身鎧ってのは重装騎兵が一般化した時代のものな記憶がある。
知ってる範囲ではこの世界には、そういう重装騎兵みたいなのが存在してるとはちょっと聞いたことが無い。
前世の世界の歴史的にもその重装騎兵ってのは銃器が発達し遠隔からの射撃が一般化し始めて廃れたとも聞くし、そう考えると魔法がある程度は戦場でも使われるこの世界では、全身鎧に身を固めて馬上槍で敵陣に突撃する重装騎兵みたいな兵の運用はされずに別の発展をしてるのかもしれねえな。
まあ、その辺の事は置いておくとして、正直今のオッサンの姿は……ハッキリ言うと……まあ、間抜けだ。
ベースは鈍い金色に輝くドワーフ合金製。
そして寸胴短足のドワーフらしい体型に沿ったフォルムで、バケツみたいなフルフェイスの兜。
それがガシュガシュ、ガチャガチャとやかましく金属音を立てながら、よたよたと動いてる。
……えー、なんつーかな。
子供向けのトゥーンに出てくるポンコツロボット? ブリキ人形?
そんな感じだ。
ニコラウスやその部下の兵士達も似たような感想なのか、声に出して笑うほどに愚かじゃないが、所々に薄笑いに近い表情がこぼれている。
まあ、そうだろう。バカにするとかそれ以前に、見た目が滑稽過ぎる。てーか、笑える。
前の時はブーツに俺の“シジュメルの翼”を真似た風魔法での飛行能力を付与していたが、その後の改良とやらでどうなったのやら。
と、思いつつ見ていると、ぶわっと風が揺れる。
空気が攪拌されたかの様にかき回され、明らかにオッサンの足元……いや、足と手の両方から強い風属性魔力の高まりが伝わってくる。
俺は入れ墨の加護で風属性魔力のみは感じ取れるのだが、この高まり方は尋常じゃない。
ハコブやマーラン、ニコラウス辺りはその魔力の高まりを感じ取ったらしく表情が変わる。
魔力を感じ取れずとも、この風の動きそのものは誰にでも分かる。
じりじりと膨らんでゆく魔力と、それに応じるかに高まる緊張。
その高まりが頂点に達したとき、一気にそれが解き放たれた瞬間───オッサンの姿が消えた。
上空───高く───舞い上が────
あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───────────……………………
───墜ちてきた。
……生きてるのがすげえわ、あれで。それも魔法の付与の力か。
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