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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-47.J.B.(28)It Was A Good Day feat.Scorpionis.(イカした一日 feat.蠍)
しおりを挟むクトリア旧王都からボーマ城塞へと陸路で行くには、西カロド河を一旦渡る必要がある。
カロド河は結構広い場所の多い河で、特に西カロド河は比較的上流の北部ならまだしも、河口近くの南方は2ミーレ(約3キロメートル弱)近くは余裕である。
なので、殆どの場所では船が必要。
ただそれでも橋が架かっている場所もあり、その一つがボーマ城塞方面へ向かうこの場所だ。
古代ドワーフによるものと言われる大橋は、幅は1アクト(30メートル)ほどと広く、長さはだいたい1ミーレ(1.6キロメートル)程。
ボーマ城塞がクトリア王朝時代に防衛拠点の一つであったことからも交通の便が重視されていたと言うことだが、“滅びの七日間”以降はまともに補修されておらず、部分的に崩れたりもしていて渡るのはけっこうビビる。
前回ハコブ達はラクダで来たので、ちょっとしたひび割れ裂け目程度は難なく越せたが、今回は荷牛と荷車があるのでより難儀になる。
それは事前に分かっていたことでもあるし、今後俺達は定期的にボーマ城塞とは荷の取引をすることになっている。
直接城塞にまで行くのではなく、西カロド河のいずれかの場所を取引の為に船着き場として整備しようかという話も出てるが、今の所そこまでは行ってない。
なので、ある程度の橋の補修を頼んでおいてある。
大きめの裂け目には板を渡してもらい、細かい所は粘土などを詰めてある。
完全な修復とまではいかないが、荷牛と荷車、それと10人の逃亡囚人の牽く荷車が通るには十分だ。
ん? そう、10人。3人ばかし増えている。
◆ ◇ ◆
西カロド河に架かる橋に着くより少し前、先ほど逃げ出していった囚人達との再会があった。
まあ別に誰も望んでは居なかった嬉しくもない再会だが、状況的にはなかなか微妙なものだ。
岩場に囲まれた窪地。冬なお昼の日差しのキツいクトリア周辺の荒野では、思わず岩陰で休みたくなる絶好の場所だが、それが危ない。
この手の場所は、俺達以外も潜みたがる。特にこいつら─── 魔蠍は、こういうところで待ちかまえている。
◇ ◆ ◇
「うわ、こりゃひでぇな……」
岩場の上から覗き見ているグレントが、嫌そうな顔で吐き捨てるように言う。
妖で先に偵察をしていたカリーナは青ざめているし、血の匂いは5パーカ(15メートル)以上は離れているここにまで漂ってきそうだ。
クトリア周辺の不毛の荒野で出会ってはいけない三大危険種の筆頭でもある大魔蠍は、大きなもので体長1パーカ(3メートル)前後になり、硬い殻と大きなハサミ、何より強力な毒という攻守に隙のない厄介な魔虫だ。
数の多さと火属性魔法の火炎放射で隊商を苦しめる火焔蟻と並ぶ、クトリア周辺での代表的魔虫だが、個体の脅威度は比較にならない。
何せ王国駐屯軍の巡回部隊ですら、成虫の魔蠍相手に全滅することもあるらしいからな。
窪地の底を見ると、逃げ出していた囚人達の殆どが毒でやられ、尚且つハサミにより切り刻まれても居る。
相手は大型、尾を含めた体長1パーカ弱(4メートル)にやや満たないくらいの魔蠍で、しかも白色種。
白色種は日中日を浴びてる限り生命力が増強され、自己回復の魔法を常時発動しているような状態になる特性がある。
クトリア周辺で棲息する魔蠍の中でも、格別に厄介な個体だろう。
「なあ、さっさと離れようぜ。
ただでさえこんな連中抱えてんだしよ」
グレントの言う「こんな連中」は、勿論捕虜にした七人の脱走囚人達。
縄で首枷同士を繋がれたままの脱走囚人に、死んだ荷牛代わりをさせて荷車を牽かせているが、その分機動力は落ちる。
あの窪地にまだ生きている囚人が居るかどうかは分からねえが、ここで魔蠍に襲われたとして、助けてやる義理も助けられる余裕もありゃしない。
が。
「フンフン、これはなかなか……良い機会かもしれンのーう」
ニヤリとした、とでも言うかに鼻をひくつかせ、アティックが笑う。
「え? 何がだよ?」
グレントがそう返すと、さらに嬉しそうに、
「魔蠍の毒腺は錬金素材として貴重なーのだ。
肉は珍味で、マヌサアルバも喜ぶしのう。
あやつを狩れれば、荷牛の弁償金を払って尚、釣りが来るやもしれーぬ」
目を細めて言うアティックに、グレントは驚き、トムヨイはやや呆れ、カリーナや荷運びの二人は目を剥いた。
「ちょっと、その、流石にアティックの旦那でも、こいつは厳しいでやしょ?」
下腹の突き出たコナルムが、今にも死にそうな顔で止めようとする。
串焼き屋台をしているときに何度か会っているが、鷹揚そうな見た目の割に意外とこいつは小心なところがある。
とは言え勇敢なら魔蠍に挑むかというとそれは違う。魔蠍、しかもこのクラスの成虫は、基本的に近づくべき相手じゃない。
「のう、聞いておるがおぬしのそれ、飛ぶことが出来るそうではないか?」
アティックは俺の背負った“シジュメルの翼”を指して言う。
「まあ、な。
何か策でもあるのか?」
「フンフン、あるぞあるぞ。怪我で暇しておったからのーう。
この様なときのために用意しておいたものがあーるぞーう」
◆ ◇ ◆
日も傾きつつある午後の荒野。逆光気味に立つひょろ長い影は、その手に投げ槍を持っている。
槍投げ器にセットして体を反らし、全身のバネを使って上体を反らすと、僅かな静止の後爆発するように一気に投げるつける。
狙う先は岩場に囲まれた窪地に這う、巨大な魔蠍。
ビュッ、という風切り音と共に放たれた投げ槍は、巨大な魔蠍のやや後方への地面へと突き刺さる。
僅かに逸れた。
風切り音か或いは地面に槍の突き刺さる音か、いずれにせよ魔蠍はこちらに気がついたようで、カサカサという乾いた足音と共に、岩場の上に居るトムヨイへと走り寄る。
魔蠍は攻守共に隙がない魔虫だが、狩猟者としては一つの欠点を持っていた。
あまり走りが早くないことだ。
小型の普通の蠍と異なり、魔力で巨大化した魔蠍の移動速度は平地なら人間が普通に走って逃げるだけでも振り払える。
ただし「走り続けるスタミナ」という点ではほぼ疲れ知らずなため、追いかけられ続けたらたいていの人間はいずれ追いつかれ、毒針をブスリと刺し込まれて死ぬけどな。
トムヨイはその辺りの感覚には敏感で、適切な距離を保ちつつ退避。
まるで誘い込むかのように動き、別の切り立った岩場に挟まれた小径へと入り込む。
勿論、誘っているのだ。
「今!」
カリーナが妖の監視で位置を確認して合図を出すと、岩場の上からその下を通る巨大な魔蠍へと大きな投網が投げつけられる。
グレントとゲラッジオの二人掛かりで投げつけられた投網は、見事に巨大魔蠍に被さって、その毒針の付いた尾を、巨大な二対のハサミを、細かく動く脚を絡め取り動きを奪う。
「フッフッフッ、ホーイ!
良いぞ、良いぞ! 見事なタイミングぞい!」
岩場の上で小躍りするのは猫獣人のアティック。
手にした曲刀を振り回しつつ、自分の考えた作戦の成功に喜んでいる。
作戦そのものは実にシンプル。
狭い場所に誘い出して、投網で動きを封じる。それだけだ。
ただ、地理的条件と人数が必要だし、さらにはトムヨイの様に魔蠍相手に囮役を的確に出来る肝っ玉と身軽さの持ち主も必要。相手が複数居ても巧く行かない。
単純だが、誰にでも出来るもンじゃあない。
投網に絡め捕られた巨大魔蠍は、 思うように動けずじたばたともがく。
で、俺はその様子を上から見ている。岩場の上、じゃなくて、上空から、だ。
“シジュメルの翼”の飛行魔法を使って。
「フ、フ、フーン!
やあ、おぬしの援護は要らんかったなーう。
これなら今後も魔蠍の狩りは問題なーいのではなぁ~いかー?」
上空に位置する俺を見上げつつ、小躍りするように崖下へ飛び降り、網に絡め捕られた巨大魔蠍の前に着地するアティック。
曲刀の背でコンコンとその殻を叩きながら、
「しかーー……し、この殻の固さはなんとかならんもんかのー。
わしの刀ではどーにもならんぞ……いィィィィ~~~~~!?」
そこで俺は、“シジュメルの翼”の魔法の羽根を打ち合わせて、【突風】の魔法をうち放つ。
突然の突風を叩きつけられ、地面を転がるようにして数パーカはすっ飛ばされるアティック。
転がった先ですぐさま急下降して近寄った俺がその襟首を掴むと即座に抱え上げ上空へ。
幸いに、というか、すっ飛ばされたときに手にした曲刀は取り落としている。これで誤って余計な怪我を負うことも無い。
「の、の、のわ、のわっ!? のわーーーにを……!?」
喚くアティックに下方を指し示すと、既にそのハサミで半分近くの網を切り裂いた巨大魔蠍。
「アンタの作戦、半分巧く行ったが、半分はダメだったな」
「ぬぬぬ、あの網でも強度が足りんかったか~~~~~!」
「それもあるけどよ。ちょっと迂闊に近寄りすぎだろ。
投網で動き止めた直後に、トムヨイやグレントの投げ槍で集中的に攻撃した方が良かったんじゃねえか?」
上から見ていた分、その辺はよく分かる。
「フムン、今後の課題であーるな……。
む、そろそろ降ろしてくれんかね?」
一応、少し離れた荷車のある位置まで行ってアティックを投げ落とす。流石の猫獣人、くるりと着地は見事なもの。
既に囮役をしたトムヨイと投網を投げつけたゲラッジオにグレントもこの場所に集合し、逃げ出す準備に取りかかっている。
「ヤベェでしょ、さっさと逃げやしょうや!」
焦り気味食い気味に言うコナルム。囚人達も落ち着きなくざわめき、グレントにカリーナも警戒を解いてない。
ひとまず移動を初めて、魔蠍から距離をとろうとする。
「ううーん、そうだけど、ねェ~」
対して、相変わらずののんびり口調でトムヨイ。
「あの魔蠍、他よりちょっと動きが早いね。しかも体力回復する白色種だし、このままじゃ……もしかしたら追いつかれるかもねェ~」
魔蠍の平均的速度は、普通の人間が走って逃げれば余裕で引き離せる。
しかし、荷牛の荷車のみならず、首枷に繋いだ囚人の捕虜に牽かせた荷車がある今、俺たち全体の速度は普通に走るより遅い。
いや、荷牛の方は走らせれば良い。問題は囚人達だ。走らせても、こういうときは足並みがなかなか揃わない。そこに疲労も蓄積されれば……。
「おい、良いこと思いついたぜ! こいつらを囮にしよう!」
引きつり乾いた笑いを浮かべながら、ゲラッジオが囚人達を指して言う。
荷車一つを失うのは確かに痛いが、7人の囚人、しかも先程俺達を襲撃してきた連中を魔蠍の囮にして逃げる。それはトータルで言えば一番損失の少ない手ではある。
当然囚人達からすればたまったもンじゃない。
「そんな!」「必死で走ります!」「おらも連れてってくだせえ!」
口々に喚き立てる囚人達を、ゲラッジオが「うるせェ、ボケ! 山賊共が!」と蹴りつける。
「あー、待て待て。
囮をするなら、何も大勢でやる事ァねえだろ?」
正直、“シジュメルの翼”を使った俺が、逆方向へと誘導した方が手っ取り早いし簡単だろう。
そう思い発言するが、
「俺が、1人で、やる」
囚人達のうちの1人、唯一の赤い色、“凶悪殺人犯”の印を持つ巨漢がそう言った。
クランドロールの元副団長“鉄槌頭”、今は亡きハーフオークのネロスもかなりの巨漢だった。
この赤の囚人もそれ並か、それ以上の巨漢。有り体に言えば上位互換とでも言うかの大男だ。
他の囚人達が襲撃してきたときも、唯一それには参加せず、最初から両手を挙げて降参の意志を表した男だ。
「ああ? 何だとてめえ? おい、何企んでやがんだ、ええ?
そうか、てめえひとりで逃げ出す気だな、おい?」
ゲラッジオの罵り声が、荷車の車輪のたてるガタガタという音を上回り大きく響く。
その疑いが正しいかどうかは別にして、たしかにそいつの意図は読めない。
「フフン? フンフン、なんとも面白い事を言うなーう。
うん、面白い、面白い。おぬし実に面白いぞーう」
ゲラッジオとは真逆、アティックは猫の目を愉快そうに細めてそう笑う。
笑って、すぐさま腰の奇妙な投げナイフを手にし、大男の首枷を他の囚人と繋げていた縄を切断すると、
「おぬし1人では見届けが出来んでな! わしも残るとしよう!」
荷車からくるりと飛び降り地面に立つ。
「ひょろり! おぬしは皆を率いて先に行け! わしは後で追うぞい!」
「あー、ちょっ! また! 勝手なことして!」
「マジかよ! 怪我が治ったばっかだっつーのによー!」
ひょろり、と呼んだトムヨイに後を任せると言い放ち、大男とアティックが残され離れる。
荷牛と6人の囚人に牽かせた荷車は、荒れ地をガタガタ音を立てつつ早足程度の速度で進む。
こいつは……さてどうする?
俺は一瞬の逡巡の後、
「俺も残るぜ。
万が一のときは、飛んでアティックを連れ戻す」
そう告げて方向転換し、アティック達のところへ戻る。
アティックの回収もそうだが、あの大男がどうするつもりなのかがどーにも気になる。
ただの死にたがりか? それとも何か秘策でもあるのか?
その背へと向かい飛びながら、俺はそう思案していた。
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