遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-45.J.B. -Free Cat.(自由な猫)

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「良いか? ドゥアグラス様式は大胆にえぐり込むような曲線と重厚な直線の交わりこそが重要なのだ。
 一方ハンロンド様式はと言うと、大きな直線の内にさらに細かい直線を重ねて行く。
 モチーフにしても四角、六角など偶数のものが好まれ、円と直線を組み合わせるドゥアグラス様式とは趣が異なる。
 それらを踏まえれば、クトリアの古代ドワーフ遺跡はハンロンド様式を基本としつつも、年代と共にドゥアグラス様式を取り入れて行ったのが明白ではないか!」
「いや……ないか、とか言われてもなあ……」
 
 かれこれ体感で小一時間ほど、ドゥカムの古代ドワーフ遺跡研究の成果を聞かされ続けている。
 ドゥカムは言わば典型的な研究家肌の変人で、ついでに傲慢な自惚れ屋タイプっぽく、何でもドワーフ遺跡研究者が来たことを人伝に聞いたミッチが訪ねてきたときに、大人気なくも知識勝負をふっかけて圧勝した上、まあ手酷く貶し小馬鹿にしたらしい。
 そりゃあミッチも渋い顔をするわけだ。
 ハーフエルフだけに見た目の若さに反して100年近くは生きてるらしいが、精神的には恐ろしく大人気ねえ!
 
 一応俺が探索者(休業中だが)であることや、別にことさら知識で張り合おうなんて気が全く無いこともあり、ドゥカムは非常に気分良くしゃべり続けているが、まあ止まらない終わらないの無限地獄。
 しかもよくよく聞いていると、勢いのまましゃべり続けて居るもんで同じ事を何回も繰り返していたりもする。
 
「あー、その、な。
 建築様式とかのことは、正直俺にゃさっぱりなんだがよ。
 俺が聞きてーのは、ガーディアンのことなんだよ」
「ふむ? ガーディアンか? ま、君は探索者だというからな。確かにガーディアンの事は懸案事項だろうよ」
 
 なんとか話の隙間を捕まえて、本来欲しい方向へと流れを変える。
「良いかね。現在多く発見される人型からくり人形式のドワーベンガーディアンの原型はハロンド様式の物がベースとなり……」
「そーゆー話じゃねーーーのよ!!」
 ヤバい。このままじゃ全く話が進まねえ!
「何だ? 他に何があると言うのかね?」
 話をぶった切られた所為か、ややムッとしたように眉根を歪める。
 
「あ、いや。俺がここに来たのはよ。
 今、この世界でドワーベンガーディアンの“改修”が出来そうな者は誰か? って聞いたら、『最もそれに近い天才は、ドゥカムを置いて他になし』って聞いたからなんだよ」
 へそを曲げられても困るので、ちいとばかし過剰なおべっかで持ち上げると、
「何だと!!??」
 と、急に大声で叫び出す。
「誰から聞いたか知らんが……ふふん、そいつはなかなか分かっているではないか!」
 おおう、見事に乗ってくれた。
 
「……まあ、それがミッチだったんだけどな」
「ふむ? ふーむ……研究者としては取るに足らぬ愚物ではあるが、成る程天才を見る目だけはあったようだな」
 絵に描いたような得意顔。
「だーが、その情報は……些か古いな」
「古い……てーと?」
「ふふん。
 君は『ドワーベンガーディアンの改修が出来そうな者が誰か?』と聞いたのだろう?
 であるならば私はそれに不適格だ」
 得意顔をニヤニヤさせながら、何でかそんなことを言う。
「じゃあ、別の誰かの方が出来そうなのか?」
「違う違う、そうじゃなぁ~い。
 私はね、『出来そう』ではなく、『出来る』……のだよ。
 すでにそれには、成功しているのだ……!」
「な、なんだってェ~~~~~~~!!??」
 
 大当たりだ!
 こいつが……襲撃……犯……てのは、無いな、うん。どう考えても無い。
 誰か別の奴が裏で糸を引いてるだろう事は間違い無い。
 コイツからその糸を手繰れば、いずれその本体に辿り着く。
 
「それじゃ、その、改修したドワーベンガーディアンは……?」
 今、どこにあるのか?
 それを聞き出そうとしたとたん、それまでの饒舌さはどこへやら、急にもごもごと口ごもり、
「いや、まあ……それは、その……アレだ。
 今、此処には無い……。
 無いが、間違い無くそれは成功しておるのだよ!」
 
 
 言い訳と自慢と幾らかの考察の混じったドゥカムの話を統合すると、まず「機能停止したドワーベンガーディアンの再起動」には成功したらしい。
 ただし、起動後は完全に暴走状態。つまり俺たちのアジトで起きたのと同じ状態だった。
 その頃ドゥカムは、数人の護衛と助手を連れて、俺達がメインとしている北方面とは逆の、南側の地下遺跡にドワーベンガーディアンの研究所を仮設して、集めてきた停止状態のそれらをいじくり回しこね回ししていた。
 
 で、一旦は起動に成功するも、結局は暴走状態でしか再起動出来ない事に腹を立て、ドゥカムはその日簡易寝床に潜り込み不貞寝。
 すると起きたときにはもう、それまで書き留めておいた研究資料と再起動をさせたガーディアンが全て無くなっていた。
 
「あの痴れ犬共の仕業に違いないのだッ……!!」

 助手と護衛たちが、ドワーベンガーディアンと荷物及び研究資料を全て持って逃げたのだ、と。
 まあ、暴走で大怪我をした護衛に対して、治療や薬を使うどころか、ヘタレの役立たずの能無しのと罵るだけ罵って不貞寝したらしいので、むしろ寝てる間に殺され無かっただけマシとしか思えないが、何にせよこの話が事実なら俺達のアジトへと送り込まれた「暴走状態になるドワーベンガーディアン」の出所に、例のクランドロールの元ボス、サルグランデの雇っていた“客人”にと、それら全てが繋がってきそうだ。
 
 “客人”の持っていた研究資料。それがもし奪われたドゥカムのそれと同じか内容を引き継いだものであるとすれば、この予想は確定するンだろうけど、新ボスのクーロによれば“客人”の持ってた資料やら何やらは、全て廃棄されたか“ジャックの息子”に引き渡されたらしい。
 証拠から手繰るのは難しいとなると、後は逃げた護衛あたりを探すくらいしか今の所手はないかもしんねーなあ。
 
 
◆ ◇ ◆
 
 これらの諸々情報収集挨拶まわり等々は、地下街のアジトまわりの改修を始めてから数日間、時間の空いたときの出来事だ。
 他にも、メズーラ達のところへ差し入れをしたり、“腐れ頭”に酒を持って行きつつ情報収集を頼んだり、ブル等と共にミッチとマクシスの何でも揃う店へと行き、必要な装備や生活雑貨の購入をしたり、貴族街の各ファミリーに注文を聞きに行ったりと走り回っていた。
 “シジュメルの翼”を使えば走り回るより早くに行ったり来たりも出来るには出来るが、街中では緊急時以外なるべく飛ばないことにしている。
 悪目立ちしたくはないし、場合によっちゃ何かしらの攻撃と見なされて面倒な事になるかもしんねえしな。誤解で始まる殺し合いなんてな、ここじゃ結構ざらにある。
 
 城門を出て東地区まで足を延ばしてみたり、それと約束通り外で昼間にメズーラを抱えて飛んでやったりもした。
 メズーラはずいぶん喜んだので、それはそれで良し。
 それと、いずれメズーラを含めたジャンヌ達孤児グループが地下街の改修した区画に越してくる予定で居ることから、前々から少し気にかかっていた、「メズーラの着ている犬獣人リカートの毛皮の服」についてどうなのかをマルクレイにそれとなく聞いてみた。
 いや、まああれ、俺達に置き換えて考えれば、「人間の皮で作られた服を犬獣人リカートが着ている」みたいなもんだろう?
 その辺り、犬獣人リカート的にどうなのか……ということなんだが、実は一部の犬獣人リカート部族では結構当たり前のことらしい。
 特に生前勇士とされていた犬獣人リカートの死体から毛皮を剥ぎ取り服や鎧に仕立てるというのは、それらの習慣のある部族の中では死者の名誉であるとされ、そうやって作られたれ服や鎧をもらい受けることもまた名誉あることとされるらしい。
 
 マルクレイの居た部族ではそういう風習は無かったそうだが、犬獣人リカート文化の枠内で言うなら、毛皮の服それ自体は何ら問題はないらしい。
 ただ強いて言うなら、勇士でもないただの人間の小娘が身に付けているということに対しては、名誉に拘る部族出身の犬獣人リカートなら不快感を持つかもしれないので、そこには注意しておいた方が良いだろう、てな助言も貰った。
 まあそういう状況もそうは無さそうだけどな。
 
 
 地下街の改修作業も思ったよりは順調に進んでる。
 日雇いの連中は相変わらず怠けるしサボるし仕事は雑だしでろくなのが居ねーんだけど、ガエル含めたクルス家連中の仕切りが上手い。
 毎日、その日に一番よく働いた奴というのを必ず褒めて、褒賞として余計に賃金を渡し、酒も奢ってる。
 作業の仕方等を聞きに来る奴にはきちんと説明し、失敗してもやたらと怒鳴り散らしたりはしない。
 その代わり、何時までも進歩しない奴や、意欲のない奴にはかなり冷淡。
 だらだらやってても注意はされるが激しく叱られたりはしない。だが注意されても怠け続けて改める気が無いと見なされたら、即切られる。
「何度注意しても改善がないから、お前は明日から来るな」だ。
 
 手厚く指導もするし、衣食住(まあ元々宿無しばかりなので、作業場に用意した寝床に泊まり込みだが)も保証して、払いも良い。
 しかしいつまでも勤務態度が改まらない、改善されないとスパッと切る。
 そして切った分は即座に新しい奴を雇い直して頭数は減らさず。
 これを繰り返して行くことで、作業が進めば進むほど、使える奴や意欲的な奴だけが残っていく仕組みだ。
 
 ちょっと面白いのは、仕事を覚え意欲も上がって来た奴には、現金の払いを増やすことよりも褒賞として仕事道具や何かを渡しているところだ。
 ガエル曰わく、「ある程度出来るようになった奴は、金よりも物を渡す方がより意欲的になる」らしい。
 特に仕事道具を渡すと、「自分の仕事が認められた」という感覚がより明確で強くなるのだとか。形のあるものを渡される、ということ自体効くらしい。
 これ、改めて考えるとウチでもやってるヤツだわ。
 それこそアダンの盾とか、ニキのクロスボウ、それに俺の“シジュメルの翼”もそうだとも言える。
 
 クルス家の連中、侮れんなあ。
 こいつらちょっと、この世界の標準的な「仕事」の感覚からは数段上回ってるわ。
 帝国領の連中は特にそうだが、この世界の一般的な考え方としては、「働かないで暮らすこと」がステイタスらしい。
 要するに「高貴な人間は自分では直接働かずに他人を働かせるもの。自分で身体を動かし働かねばならないのは下賤な者の生き方」というのが、王侯貴族や富裕層の思想らしい。
 だからセレブ気取りのスノッブ連中は、ちょっとでも金を持つとすぐに「自分の仕事を他人にやらせよう」とする。
 元帝国領やかつてのクトリアで奴隷制が盛んだったのもそういう思想に依るものも大きい。
 優秀な奴隷を沢山持ってあらゆる仕事をさせるのは、貴族や富裕層のステイタスなワケだ。
 
 その古い貴族や富豪の価値観で言うと、雇用主側であるガエルが率先して手を動かしているのは「卑しい振る舞い」となる。
 まあ、家長であるタリク・クルスが現場には来ていないのだから、もしかしたらそういう感覚も少しはあるのかもしれないがな。
 
 ただ、帝国崩壊後にはそんな呑気なことを言っている余裕もなくなり、正統ティフツデイル王国内でも生産性を上げるためにと奴隷依存の意識を変えさせようとしているらしい。
 クルス家の場合も、衰退する宿場町の盟主という環境に居たことで、そういう古臭い「富める者のステイタス」なーんてのは早々と捨て去ったのかもしれない。
 

 で、こうやって方々で集めた情報や何かは、基本的にブル、マルクレイ等と逐一共有している。
 とは言えそれで進展があるかというと、正直無い。
 じっくり攻めるしかないだろう。
 
◆ ◇ ◆ 
 
 で、アダンが戻ってきて、アデリア、ダミオン、ジャンヌ達のテストをしたその翌日。
 俺は朝方早くから王の守護者ガーディアンズ・オブ・キングスの仕切ってる南門前市場へと行く。
 今日も仕切りは“大熊”ヤレッドだ。アホのパスクーレ辺りが居たら面倒なことになるから居なくて助かる。
 
「よう、ヤレッド。
 ところで、イシドロはこっちにはあんま来ねえのか?」
 暇を持て余しつつ、適当な話を振る。
「んー。イシドロは巡回担当だなあ。
 あいつは図体の割にはしっこいからな。悪さしてる奴を見つけたら、素早くとっつかまえる」
「へえ。ま、確かにあいつに追いかけられたら、それだけでチンピラ程度なら足が竦むな」
「ああ、違ぇねえ」
 ゲハゲハ、とでも言うように笑うヤレッドと子分たち。
 
 王の守護者ガーディアンズ・オブ・キングの連中は、パスクーレみたいなのも確かに居るが、基本的には妙に規律正しいところもある。
 制服、というか、立場に応じた規定の装備もあるし、髪型なんかもある程度統一されてる。
 まず髪は基本この世界の基準からはやや短めで、油で丁寧に後ろに撫でつける。“気取り屋”パコも似たようなことをしてるが、凝ってる奴は前髪を一旦ふわっと盛り上げてから後ろに流す、という固め方をする。

 下はだいたい黒の麻か皮のロングパンツ。この辺りで言えば船乗りスタイルに近い。
 で、上が地位により変わってて、一番の下っ端は簡素で短いチェニック。裾はパンツに入れている事が多い。
 班長になると黒皮のベストで、幹部は袖のついた皮ジャケット風のソフトレザーアーマー。
 
 俺の前世の感覚から言うと、全体になんつーか昔のロカビリーみたいな感じだ。
 クトリア周辺に限らず、旧帝国領全体で見ても、多分かなり独特のスタイルだろう。
 皮ベストもジャケットも、要所を固く加工したハードレザーで補強しては居るが、全体は所謂革ジャンみたいな柔らかいもの。
 防御性能より機動性……というよりは、そのスタイル、ファッション性を重視して居るのは明らかだ。
 
 格好付け、と言ってしまえばそれまでだが、幹部の一人でもあるヤレッドに言わせると、きちんと意味はあるのだという。
 一つは勿論防具として。革製の防具としては決して強靭とは言えないが、クトリア城壁内のチンピラ相手なら十分ではある。
 もう一つは威圧効果。この独特のスタイルを見れば、誰もが「王の守護者ガーディアンズ・オブ・キング が来た」ことが分かる。なのでチンピラ小悪党共は萎縮する。ま、警察官の制服と同じ効果だな。
 そしてメンバー達に誇りと責任を持たせる効果。
 所詮はチンピラ集団に毛が生えた程度、といつも俺は評しているが、言い換えるとそのチンピラを規律正しい自警団へと変えてしまうだけの効果が、“制服”にはある……てことでもある。
 この辺り、普段全く表に出てこないボスの知恵や統率力は、確かに大したもんだとは思う。
 
「ま、何よりモテるしな、これを着てるとよ?」
 そしてまたゲハゲハと豪快に笑うヤレッド達。
 なーんかヤレッドの場合、このゲハゲハ笑いはなんとなく地というよりは周囲への豪快さアピールみてーな感じするんだよな。
 ま、良いけどよ。
 
 
 ここでだらだらとだべってるのは、別に仕事をサボってるワケじゃない。
 待ち人達との待ち合わせ。
 お相手は再びボーマ城塞へと向かう同行者である、トムヨイ達狩人チーム。
 酒の流通と、遺跡探索、そして魔導具やドワーフ合金設備の整備補修を取引している俺達とは別に、トムヨイ達狩人チームも、ボーマ城塞の農作物と、トムヨイ達の狩猟採集品の取引に、周辺魔獣の定期的駆除等を取引している。
 特にボーマ城塞では水路を通じて湾内の島や港町との取引もしていて、そちらからの輸入品を扱えるのはトムヨイ達にとってはかなり旨味があるようだ。
 俺達が遺跡発掘という本業の他酒取引の副業を始めたのと同じように、トムヨイ達もボーマ城塞との交易という副業を始めたようなものだ。
 
 これらの取引は今の所それぞれに俺達だけの独占状態なので、必然的に互いの協力関係を強めることになる。
 思いつきと成り行きで始めた共同ハンティングがこんな話に転がるとは、どちらも予想してなかった展開だ。
 
 
「お~、お~またせ~」
 相変わらずの妙に間延びした調子で“腕なが”トムヨイが声をかけてくる。
 引き連れてるのはグレントにカリーナ。
 それとその後ろに居るのは……初めて会うが、猫獣人バルーティのアティックと、恐らくは彼等のリーダー、東方人の方術士のティエジだろうか。
 
 アティックらしき猫獣人バルーティは、ぱっと見は犬獣人リカートのマルクレイ同様の“服を着て直立歩行する猫”そのままの見た目をしている。
 やや長めの毛並みは白と赤茶色のまだら模様で、頬と目の上の辺りが赤茶なので、なんとなく眉毛ともみあげの濃いおっさんの顔みたいに見える。
 背が高くてひょろりとした印象のトムヨイに並ぶと、やや背が低くて何やらずんぐりとしたシルエットで、“精悍な狩人”という印象からちょっとばかし外れている。
 ……いや、ハッキリ言おう。下っ腹のぽっちゃりしたデブ猫だ。
 
 服装は砂漠の民らしく、ゆったりした貫頭衣に、耳が出るよう切れ目を入れた頭巾を、額の輪っか状にした紐で留めている。
 革の胴当てと曲刀の他は、幾らかの小袋を腰帯につけているが、それ以外には荷物もない。
「フン、フン。ああ、おぬしがアレか。シャーイダールの所の、若いのか。
 アティックだ。フン、フン。ところで、モノは相談だが、おぬしらが独占してるボーマ城塞の酒取引をこちらに譲らんか?」
「はァ? ちょっと待て、何だおい突然?」
 鼻をひくひくさせながら、いきなり何をむちゃくちゃなことを言い出すのかと驚き目を剥くと、慌てた様子でその後ろの東方人が間に入る。
 
「ちょと、もう、だめでしょ!
 ゴメンナサイね、今のは失言。気にしないで!」
 やや発音や言い回しに癖のある東方人は、彼らのリーダーである方術士のティエジだ。
 土色のフード付きの腰までのトーガに、同じく白っぽいサーコートに似た刺繍の入ったローブ姿。
「アティーック、だ~めだよォ、そんな言い方しちゃあ~」
 “腕長”トムヨイも間に入るが、今のは“言い方”の問題か?
 
「あー、全く……。
 JB、今のは全然意味が違うんだよ。
 アティックは、ただボーマ城塞の酒が飲みてーだけなんだよ。
 ただアティックの考え方で行くと、何か最後は『酒取引の権利を手に入れれば好きなだけ飲める』ってことになっちまう。
 あいつはそういうとこ極端なんだ」
「何だそりゃ?」
 グレントが言うには、アティックの思考の中では「ボーマ城塞の酒を好きなだけ飲みたい」→「しかし取引は俺達が独占している」→「間に他の誰かが居るのは面倒くさい」→「よし、自分が取引の権利を貰えば良い」……という流れになるらしい。
 いや、まあ、それ自体は分からなくも無いが……間全部すっ飛ばしすぎだろうよ。
 
「……おい、まさかたァ思うが、最終的に『殺してでも奪い取る』みてーなとこにまで行かねえだろうな?」
 渋い顔してグレントに確認をすると、
「それは無いから大丈夫。
 考えることは極端だけど、契約とか約束事に関しちゃあ律儀だからよ。猫獣人バルーティの割には」
 
 猫獣人バルーティ犬獣人リカートと違い、独立独歩の自由人な気質が強い種族だと言われている。
 なので犬獣人リカートみたいな大きな国や部族を創らず、せいぜいが家族や一族単位の群で生活をしているらしい。
 定住もあまりせず、組み立て式テントで狩り場を転々とする狩猟民族。或いは砂漠の街々を渡り歩く隊商暮らし。
 それでも彼らが犬獣人リカート達に引けを取らぬ砂漠の民として知られるのは、個としての戦闘能力が人間や犬獣人リカートと比べても桁違いだからだ。
 決して粗暴というワケではないが、気まぐれで誇り高いと言われる猫獣人バルーティを相手に、利のない喧嘩を売る奴はそうは居ない。
 
「良い考えだろう? そうすればわしは好きなだけボーマ城塞の酒が飲める!」
「そりゃアンタにとってのみ、だろうが!」
 なんとなく分かってきた。
 要するにナチュラルに「他人の都合」というのを考えられないタイプなんだな。悪意とか全く無く。
 俺は他に猫獣人バルーティの知り合いが居ないから、これが猫獣人バルーティの平均的思考なのか、アティックという個人独特の極端な思考なのかは分からんが、とにかくそういうことなんだろう。
 まあ、自分の望みや欲望に忠実なのは構わねーが、そんな事で何の見返りもなく権利を譲るわきゃあねーわ。
 
「酒が欲しきゃ、俺じゃ無くてジョヴァンニに聞けよ。
 ボーマ城塞の取引担当はあのオッサンだからな」
 ついでに言えばウチの取引担当はブルだ。最近あいつの頭越しに取引を決めることが多くてぶんむくれられがちだが。
「フン、フン、そうか。
 ならボーマ城塞に行ってから決めるとしよう」
 それ以上は変に食い下がらず、アティックは素直に話を切り上げた。

「ゴメンナサイ、アティック悪気は無いよ。気を悪くしないで」
 やや褐色な肌をした東方人のティエジが申し訳なさそうに謝る。
 ティエジは前回も同行したティーシェと同郷で、シャヴィー人とはやや異なる民族だ。
 俺らは帝国を中心としてシンプルに東西南北それぞれの異民族として括られているが、実際にはさらに細かく色んな特徴や文化を持つ人種民族に別れている。
 騎馬民族のシャヴィー人とは異なり、ティエジ達は小柄な農耕民族。クトリアまで流れてきたのは、彼らも含めた東方人の殆どが、シャヴィー人の大帝国に征服、吸収され戦奴兵として連れてこられていたかららしい。
 ティエジはその中の方術使いの医療士として連れてこられ、まだ若いティーシェの方は、その時共に連れてこられた仲間の戦奴兵の一人がこちらでクトリア人の女に生ませた娘なのだとか。
 ティーシェの両親は既に死んでいるが、ティエジとその妻になったカーラという狩人の女は、その死後に彼女を引き取り育ててきた。
 
 ……と、この辺の話は今ここでティエジに聞いたわけではなく、今まで、そしてこの後に聞いた色んな話を総合したティエジの経歴と人物像。
 そこから分かることは、このティエジという男は基本的に義理堅く面倒見がよい、ということだ。
 外見上は東方人らしい童顔に柔和そうな垂れ目で、態度にも威圧感が無く恐ろしげには見えない。
 だが、トムヨイみたいな腕利き、アティックのようなくせ者、たまたま助けただけの跳ねっ返りの逃亡奴隷グレント等他何人もの荒くれやらを従え、義理のある友人の子の世話もしている。
 このクトリアにおいてそれは、ただの“気の良いお人好し”に出来ることではない。
 
 で、そのティエジの“義理堅さ”が、今俺達にも向けられている。
「薬のこと、アリガトウ。感謝してる。
 ワタシも錬金仙薬作れるけど、シャーイダール様の魔法薬には及ばない。
 トテモ助かった。必ず御恩は返す」
 改まって両手を体の前で合わせながら頭を下げる。
 
 これは前回の別れ際に、怪我をしたアティックや病気で倒れているというティエジの妻と娘のためにと、安くシャーイダールの魔法薬を売ったことへのお礼だろう。
 トムヨイ達の実力も分かったし、妖《アヤカシ》の術や貴族街との伝手など、今後のことを考えれば彼らとの関係を良くしておく事はデカい。
 なので魔法薬程度の投資なら軽いものだと考えて渡しておいた。
 その事が、ティエジの性格上かなり大きく響いたらしい。
 あまりそう改まって礼をされると、打算尽くの行為なことがちょっと気恥ずかしくもなる。
 
「良いって。三大ファミリーの情報集めじゃ、カリーナ達にかなり助けられたしな。
 これからもお互いに協力出来ることは協力していこうぜ」
 あくまで利害関係。そう答える。
 
「ふふ、でも楽しかったよ、結構。
 あの……フフ、クランドロールのチンピラを……ンフフ……ビビらせたの……ンフククク……!」
 横に居たカリーナが、ニヤニヤ含み笑いを抑えきれずに笑いながらそう言う。
 あれ、何かもうちょっと印象の薄い、大人しい感じの娘だったような気がするけど……意外といい性格してンなあ。
 
「おうおう、話はそんくらいにしてよ。早いとこ向かおうぜ。ノロノロしてたら日が暮れっチまう!」
 既に荷車と荷牛の手配を済ませたグレント達がせっつく。
 まだ朝方で、そんなに焦らンでも構わねえだろーにな。
 
 今回は荷牛二頭と荷車二台。
 狩人チームの運ぶ獲物及び取引品用と、俺達が運ぶボーマの酒にハコブ達が遺跡で発掘してきた遺物用。
 共に一旦ボーマ城塞まで行き、それから俺は地底湖洞窟の調査。
 その後また、一緒にか別れてかで、クトリア旧商業地区へと帰還。
 
 予定としてはそんなところ。
 シャーイダールの探索者として行くのは今回は俺だけ。
 そして狩人チームの同行者は、トムヨイ、アティック、グレント、カリーナに、荷運び役であり、普段は南門前市場で串焼き肉の屋台をしている南方人ラハイシュのゲラッジオとコナルムの二人組で、合計七人。
 ティエジは今回はただの見送りで、ティーシェ等と共に留守番だ。
 
 そして実際のところ、グレントの言ったように、日暮れには到着が間に合わないことになった。
 

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