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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-32.-J.B. Love Rollercoaster.(愛のジェットコースター)
しおりを挟む夜になり、牛追い酒場の貸し切り部屋に三大ファミリーの使者が全員集まると、ブルによる仕切りで入れ札の競売が始まる。
入れ札の競売は、渡した木札にそれぞれが持ってきた金額を書いてこちらに提出して、もっとも高い金額を出せた者と取引をする、という方法。
そして競売の展開は順当かつ予想通りに、美食を売りにしているマヌサアルバ会が金貨5001枚という入札価格で競り落とす。
セコいというか抜け目ないというか、1枚の端数を足しておくことで、誰かが5000枚で入札しても勝てるようにしているのが、かなりの本気度を感じさせる。
しかし二番目に高かったのはプレイゼスの2500枚で、ぶっちゃけマヌサアルバ会はかなりの高値で競り落としたことになる。
二番目以降の金額は公表しないので、奴らにそこは分からないンだけどな。
何にせよ彼らは大喜びで───まあ表にはその感情は出してないが───熟成蒸留酒の樽を持ち帰って行く。
この高値は今回限りにして、次からはもう少し安い値で卸してやった方が良いだろう。
で、競り落とせなかったプレイゼスの“気取り屋”パコはいつもの余裕の表情を無くして頭をかく。
ハッカ油で丁寧に整えたヘアースタイルも台無しにして、何やらブツブツと呟いているが、大きく息を吐いたら気分転換をしたかのように、
「あ~、連中の美食への拘りを甘く見てたなァ~。
しゃーない、次は絶対に買わせてもらうぜェ~~」
と陽気に言いながら、手下達と共に店を出る。
終始無言、むっつり押し黙ったままの“鉄槌頭”ネロスは、やはり何も語らぬままに店を出る。
傍らに抱えた皮鞄の中には入札価格の金貨2000枚が入ってるはずだが、そいつを独りで小脇に抱えているんだからとんでもない怪力だ。
しかもついてる手下は両脇に二人のみ。
プレイゼスやマヌサアルバ会とは異なり、“鉄槌頭”ネロス1人でも、酒樽だろうと2000枚の金貨だろうと護りきれるという自信の現れだろう。
さて、残された部屋の中ではブルが1人、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら金貨を数えている。
普段の不機嫌そうな面はどこへやら。満面の笑みに涎まで垂らしそうな締まりのなさだ。
「おまえなー。いつまで金貨数えてんだよ?
さっさと帰る支度しろよ」
「あ、ああ!? な、何見てんだよッ!?」
「何見てんだよ、じゃねえよバカ。顔赤らめるな。
まあ、流石に5000枚もの儲けは予想を遥かに上回るけどよ。
手はず通りにさっさと動かねーと、こっちの仕掛けが上手く行かなくなるだろ」
そう言われて、ブルはむっつりとした表情に戻ると、
「はいはい、わーったよ。
おら、おめーらちゃっちゃと背負え」
荷運びに連れてきた数人と共に金貨を小分けにして箱に詰め、それぞれに背負い袋に入れてそれを背負う。
「おいおい、お前が1000枚も背負ってどーすんだよ?」
「は、はァ!?
このアタ、シが、一番持たないで、どーすん、だよ!?」
「いやそれ、お前の体重くらいあるだろ?」
「ね、ねーよ!」
金貨1000枚もあれば、おおよそ12~3歳の子供くらいの重さはある。
ハーフリングのブルもその位だろうから、自分の体重と同じくらいの重さの金貨を背負って運ぶつもりだ。
その金貨への執念執着は、呆れもするがちょっとした敬意にも値する。
「さーて、それじゃあまあ、俺も準備をしますか……ね、と」
俺は準備していた俺用の大きな木箱の入った背負い袋を担ぎ上げ、小部屋を後にした。
◆ ◇ ◆
旧商業地区の市街地には夜間の明かりなど当然無い。
それぞれが松明なりカンテラなり、場合によっては【灯明】などの魔法を用いて灯りとするだけだ。
そして旧商業地区の治安維持は、自警団を自認している王の守護者が担っているが、夜になると数人の見張り巡回がある程度で、元々悪い治安が益々悪くなる。
そんな中、大きな背負い袋を背負った真っ黒な人影が、ややふらつきながらもてくてくと歩く。
手にした松明はドワーフ合金製のカバーと持ち手がついており、左手でゆらゆらと動かされていた。
その背後を、数人の黒い陰がつけている。
彼等は一様に黒っぽいボロのトーガに、同じく暗い色のフードやターバンを被っており、明るいところで見てもどんな顔かは判断つかないかもしれない。
目当ての人物が路地を曲がり、その先はさらに狭く入り組んで居ることを知ってる追っ手の1人は、手を上げて他の仲間へと素早く移動することを指示。
音を立てずにその路地を曲がると───。
「い、居ない……!?」
「おい、別の道を曲がったんじゃないのか?」
「見間違えるか、こんな道で!」
小声で囁き合うが、悪いね、それ、全部聞こえてる。
彼等の上空高くに“シジュメルの翼”で飛んでいる俺は、その加護のお陰で遠くの音も聞き分けられるし、さらには空気の流れを読むことで、近くを動く者の気配もかなり分かるようになってきてる。
意識を集中さえしておけば、後を着けてくる連中の動き足音人数は当然として、囁き声なんざ簡単に聞こえる。
「カリーナ、ちょっくらよろしく頼むぜ?」
『りょーうかい!
ふふん、楽しい~』
俺の横にふわふわ漂っていた小さな白い鳥の形に似たものは、狩人チームの若き見習い女術士カリーナの使う“妖”という東方人の方術による使い魔。
カリーナのそれに戦闘能力はほぼないが、その与えられた姿から空を飛べるし素早い偵察や情報収集には最適だ。
そして昨日今日と狩人チームの面々には、美食ビジネスのマヌサアルバ会に上物の食肉や食材を卸しがてら、三大ファミリーの偵察と情報収集を頼んで居た。
探す対象は基本として例の「牛追い酒場の用心棒兼取り立て屋」改め「持ち逃げ野郎」改め「人攫い」と、着実に人としての道を転がり落ちている男、カスト。
まず最初に容疑から外れたのはマヌサアルバ会で、彼等はとにかく俺が用意した熟成蒸留酒を競り落とすために大騒ぎ。
元取り立て屋の人攫いの出番などありゃしない。
次に外れたのはプレイゼス達。
彼等は一応資金集めはしていたものの、マヌサアルバ会に比べれば必死さが無い。
それで何をしていたかというと、酒の出所を探り当てようという情報収集に力を入れていたらしいが、こちらにもカストの姿はない。
そして最後、本命も本命のど本命が───。
「ぐあ!?」
「な、何だ……!?」
悲鳴と驚きの声が上がる中、小さな白い陰が素早く動く。
カリーナの妖は追っ手達の中を素早く飛んで、顔を隠していたフードを取り払いつつ目元をその羽で叩き、かすめ、目潰しを仕掛けた。
両目を抑えうずくまる者、慌てて腰の短剣を抜こうとして指を切るもの、お互いにぶつかり転ぶ者。
半分はほぼ呆気なく無力化され、まだそうはならなかった内の1人に、目当ての男の顔があった。
俺は急降下の後にそいつの後ろから両脇に手を入れると、“シジュメルの翼”の力を借りてすくい上げる。
そのままがっちりとホールドしたまま夜空へと急上昇。
絹を引き裂くかのよくな悲鳴、というのはこう言うのだろう。
俺に抱え上げられ上昇しているカストは、とてつもなく甲高い声で叫ぶ。
どこかで聞こえてるだろう旧商業地区の住人たちにとっては、けっこうな悪夢になりかねない。
「おーいおいおいおい、暴れるな! 墜ちる!
この高さから堕ちれば、お前死ぬぞ?
死にたくないなら、暴れるな」
後ろから耳元で囁くと、ようやく自分の状況に気がついたカストは、顔面蒼白で息を飲んだ。
「あああ、あ、あ、な、何だ!?
何で、おれ、これ、そら、空、え? 空? 何で?」
ほぼほぼ文にならない単語の羅列。まあ言いたいことは分かるので、
「ああ、そうだ。
ま、上空6パーカ(約20メートル)くらいってところかな?」
ヒィ、と再び息を飲む。
「なな、んで? おま、だれ?」
「オーケーオーケー、よーしよしよし、色々、な。色々ある。
まず、最初の俺の要求を言うぜ?
いいか。俺は、アンタと、話がしたい。
誰にも、邪魔されずに、二人きりで、話がしたい。
だから、ここに、連れて、来た。いいな?
話がしたい。いいな? 分かったか?」
「わ、わ、わかッ、わかッ、た。
話す! 何で、よ、話す!
だから、お、おろ、してッ……!」
飛行機や高層ビルが当たり前だった前世の俺とは違い、市街地でこんな高所からの風景を観ることなんかまず有り得ない。
その立場からすれば、例え夜で回りの風景がほぼ見えないとは言え、感じている恐怖は半端じゃないだろう。
あまつさえ、その殺生与奪権はこちらに握られている。
俺がカストの脇から手を抜いて、ただ自由落下にまかせるだけで、奴はものの数秒で「汚ぇ花火だ」とでも言うような地面のシミになる。
「よーし、良いぞ。
まず、簡単な質問からだ。
お前、何のために後を付けていた?」
こいつらの企みや動きは、ずっとカリーナの妖による偵察で筒抜けだった。
クランドロールのボス、サルグランデは真っ当に入札で競り落とすのを早々に諦め、別の手段で“儲け”を確保しようと考えた。
つまり、どうせ誰かが競り落とすなら、その入札金額を俺達から奪ってやろう、と。
元より、売春業を中心としたクランドロールにとって、酒なんてのは酔わせて理性のタガを外させ易くするための小道具でしかない。
上等な酒だろうと、薄めた安酒だろうと酔えば同じ。
だが、他のファミリーにただ得をさせるのは癪に障る。
しかし“ジャックの息子”による貴族街での三者協定により、他のファミリーとは直接争えない。
けれども旧商業地区の俺たちなら、いくら殺しても問題無い。
王の守護者は貴族街では無力。
だから、俺たちを傷つけ叉は殺して金も奪ってやることで、他のファミリーが取引を続けられないように出来ればしめたもの……と考えたワケだ。
証拠や目撃者さえ残さなければ、他のファミリーにも何も文句は言えない。
おおよその情報を繋ぎ合わせれば、ざっとこんな企みだろう。
カストはヒィヒィと浅い呼吸を繰り返しながら、なんとか息を整えて、
「お、おまえが、酒場から、大荷物もってあ、あらわ、れたから、た、叩きのめして奪っ……」
「はい、罰ゲーーーーム!」
「ヒギャアアアアァァ~~~~~~~~~~!!??」
ほんの数瞬、“シジュメルの翼”の浮力を落として、束の間の自由落下を楽しむ。
いやこれ、下手なローラーコースターなんかより絶叫マシーンしてね?
「カストくーん、嘘は、良くないなァ~?
君、ずーっと待ち伏せしてたよねェ~~?
入れ札競売が始まる前から、牛追い酒場の横道で、ひっそりと息を潜めて、待ってたよねェ~~?」
「な、な、何で……?」
勿論カリーナの妖と、俺の“シジュメルの翼”の地獄耳効果のお陰様だ。
「カスト君は、今夜あそこで高額な酒の取引があることを知っていた。
そして、金を持って出てくるであろう獲物を待ちかまえていた。
さーて、じゃあ一体、どこからその情報を仕入れ……いや」
ここでちと間を置いて、
「誰に頼まれて、俺を狙った?」
凄みを効かせる。
「そ、それ、は……」
カスト君、やや躊躇しながらまたもや意を決して、
「プ、プレ」
「はい、罰ゲーーーーム!」
「ピギョワァァァアアアアァァ~~~~~~~~~~!!??」
なかなかしぶとい奴だ。感心する。
「カスト君は今日の午後に、クランドロールの売春宿から出て来ましたねー?
それからチンピラを引き連れて旧商業地区に来たけれども、その間他の誰とも接触してませんでしたよねー?
一体いつ、プレイゼスに頼まれたんですかー?」
「う、ああぁぁ……」
さてまあ、さっきからすでに分かり切ってることをあえて質問して、嘘をついたらショートタイムのフリーフォールサービスをしているのは、コイツの反応が面白いから以外にも理由はある。
敢えて嘘を見抜くことで、「コイツには嘘をついても無駄だ」という恐怖と絶望感を身体に覚え込ませる為だ。
「さて、じゃあやり直しだな」
「わ、わ、わか、分かった。
俺は、今、クランドロールに、身を、寄せてる……。
下っ端の下っ端で、危ねえ汚れ仕事を、命令され、てんだ。
今回、も、サルグランデの、命令で、酒を競り落とした金を奪って、ついで、に、出来れば、殺して来い、と……」
……全く、事前情報からの推測が大当たりだ。
勿論それが分かっていたから、俺は金貨なんか一枚も持って居ない。
金は全部、ブルと荷運びの連中に分散させて持たせている。
俺が背負っていたのは空の木箱で、よたついていたのもただの演技。
さすがに5000枚近くの金貨を1人で運ぶ、という無理なシチュエーションで騙せるのかには不安もあったが、一応数人の手下を見張りとして残して俺を追ってきてくれたので、なんとか巧くいった。
実際に金を持ったブル他荷運びの仲間達は、今頃は牛追い酒場裏手から、地下へ潜ってアジトへ戻ってる。
俺たち“穴蔵鼠”は、クトリア旧商業地区の地下道とその入り口に関しては、全て知り抜いているのだ。
「───で、人攫いもその汚れ仕事の一つか?」
正直になりだしたカストへと、本題の質問を始める。
「あ、ああ、そうだ。命令され、て、嫌々、やってる」
「この間犬獣人の毛皮を着て、顔に火傷のあるイカレた小娘を攫ったろ?」
「あ、あ、さら、攫った」
「何故だ?」
「女が……“壊れてもいい女”が、必要だったから、だ」
一瞬、頭が沸騰するかに血が上るが、なんとか抑えて平静を装う。
“壊れてもいい女”としてメズーラを攫ったと言うことは、言い換えればメズーラをハナから壊すつもりで居る、ということだ。
「それは何故だ?」
ここで、今までかなり正直になっていたカストが躊躇をする。
「何故、壊れてもいい女が必要なんだ?」
繰り返しせっつく問いかけに、カストは矢張り躊躇し、それから忌々しげにこう切り出した。
「客人が、居る。
何をしてる奴で、何のために居るのかは……分からねえ。
ボスのサルグランデと、あとは副長のネロスくらいしか知らねえンだと思う……」
「それで?」
「ただ、そいつはずっと部屋に籠もって何かやってんだが、定期的に女を欲しがる。
欲しがるだけなら、まあ良いんだが、よ。
とにかくえらく乱暴で、女を殴ったり、首絞めたり、よ。
そーしねーと興奮しねェんだとか……うぐぁ!?」
思わず力任せにカストを締め付けてしまい、慌てて力を抜く。
「続けろ」
「……最初のウチは、店の女をあてがってたけど、一人、二人と殺されちまってよ。
それでボスが、コレじゃあ割に合わなねえっつって、病気さえ持ってなきゃ見た目も年齢も関係ねーから、誰か攫って連れてこいって命令してきてよ……」
「今、その女はどうしてる?」
「閉じ込めてある。今はその客人も作業に没頭してるとかで、誰も部屋に入れようとしないからな。
だが、だいたいパターンだと、あと数日で行き詰まって、気晴らしをしたがるはずだ。
そしたら今度は、三、四日はずーっとその女を犯し続ける。
死ぬまで……な」
持ち逃げ野郎から人攫い、そして強盗殺人未遂と、確実に人として墜ちに墜ちつつあるカストだが、その言葉にはありありと嫌悪感が滲み出ていた。
コイツも、まだそこまでは堕ちて居ないようだ。
俺は少し考える。
居場所は分かった。そしてまだ生きてはいる。後一日、叉は数日の間は。
だが、どうする?
どうやって救い出す?
奴らの店では、酒、ギャンブル、そして売春。
手助けをしてもらうにも限界がある。
即席で考えた策ではあるが、今まで得た情報、伝手、道具や魔法……ギリギリ、なんとか出来そうなやり方。
「……よし、カスト。
お前はボスの秘密を話した。
これがバレりゃあ、おめーは間違い無く殺されるだろうな」
「ヒィッッ!?
や、やめてくれ!
バラさないでくれ!」
「ああ。お前が、今日ここで話したことは、全部“忘れる”。
その代わり、お前は俺とは、全く別の話しをしたんだ。
それを、ある男に伝えてくれ───」
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