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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-31.J.B.(17)J.B. & The Biz.(J.B.とお仕事と)
しおりを挟む「酒を売れ」
実に率直でストレートな物言い。
俺としちゃあ決して嫌いじゃあ無いが、だからと言ってはいどうぞ、とは言えないもの。
「そうは言ってもねえ。
こちらもまあ色々あるんで、どうしたもんか考えどころでしてね」
クランドロール。
その名の意味するところは、「血盟団」。
元はと言うとかつてクトリアでは名を馳せた傭兵団が母体らしい。
滅びの7日間で王朝が壊滅的被害を受け、混乱の極みにあった王都でいち早く略奪を始め、穫れるだけの財を手に入れさっさと逃げ出した。
邪術士達の専横が始まると、王都へは近寄らずに手勢を率いてボーマ城塞を根城とし、周辺勢力と時には手を組み、時には吸収し、ときには完膚なきまでに叩き潰して勢力を拡大して行く。
その後はボーマ城塞でホルスト等に聞いたとおり。
城塞にあっためぼしい物を漁って立ち去った後、旧王都へ帰還し三大ファミリーの一角となり、今では貴族街の最大手の売春業を担っている。
構成人数はおおよそ200人前後と言われているが、定かなところは分からない。
25年間の放浪と城塞暮らしは、武闘派でならした傭兵団を変質させるには十分な時間で、今のボスのサルグランデは当時の団長からすれば三代目。
しかも二代目の団長を毒殺してその地位を奪ったのだという。
巷説にのぼる「血にまみれたボーマ城塞の歴史」の殆どはこいつらによるものだそうな。
連中はもう戦働きで鳴らした凄腕の傭兵団ではなく、裏切りと策謀の海に溺れるならず者のギャング集団でしかない。
その副団長が、ネロス。今俺の目の前に居る大男だ。
怪力頑強で容貌魁偉。クランドロールお揃いの黒く染められた革の胸当てを着けているが、それがはちきれんばかりの筋肉だ。
コイツは副団長であると同時にいつもサルグランデに侍る、“ガードマン”でもある。
その副団長であり団長サルグランデの盾でもあるネロスがわざわざ来ている。それこそがつまりは奴らのメッセージなワケだ。
ハーフオークだと言う話のコイツは、別名“鉄槌頭”と呼ばれるゴツゴツと厳つい禿頭に、頭頂部から生やした長い黒髪のポニーテールが特徴。
その頭蓋骨はオークの銅ことオーカリコス合金で出来ていると噂される程に固いらしい。
で、その糞ッ固い頭をこちらに向けてじろりと睨む。
常人なら震え上がり言葉も出ないだろうが、今の俺はあいにくそれ程マトモじゃない。軽くチビるくらいはなんともない。
「いくらだ」
又もド直球ストレート。
「少なくとも……最低で一樽1000以上が蒸留ヤシ酒の卸値。
それよりは高い値で始めることになるだろうね」
長椅子にふんぞり返ってそう言うのはブル。
ブルの肝ッ玉のデカさは俺たちの中でも図抜けてる。交渉事のみならず、この小さな巨人がビビってるところなんざ見たことねえ。
クランドロールのサルグランデは、内では策謀と裏切りに溺れる悪党だが、表向きにはより直接的で単純な暴力を好む。
その方が分かり易く、そして弱者は分かり易い力に靡く。
分かり易さこそが支配力だということを熟知してる分、根っから単純なチンピラギャングなんかよりはるかにタチが悪い。
「どういう事だ」
「どーゆー事もこーゆー事もねェさー。
こちらさん、そんな安ッすい脅しでどうにかなるよーな連中じゃねェってーこーとよーぅ」
横合いからそう口を挟むのは、ひょろりと痩せた体躯を特徴的な刺繍入り赤の袖無しサーコートに包み、腰ベルトにナイフとウェストポーチを着けている男。
これは、「洒落者気取り」のプレイゼスのお揃いの衣装だ。
ハッカ油で丁寧に撫でつけた髪型を得意気にひけらかし、“気取り屋”のパコはここ牛追い酒場の便所から出てきて、その手をコートのひだで拭いながら、貸切の奥まった小部屋へと入ってくる。
「何しに来た」
「オタクと同ンなじよォ~。
新しい上物の酒の噂がこれだけ溢れてりゃあ、いち早く手に入れておきたい……ッてのは当然の話だろォ~?」
妙に語尾を伸ばす口調は、多分昔の貴族の鷹揚な話し方を真似ようとしているのだろうが、どうひいき目に聞いてもヤク中のラリッた喋りにしか聞こえない。
プレイゼスはクランドロールと違って、元は旧クトリア王朝期の下級貴族やそこに出入りしていた私兵、密偵、商人、道化に楽士、下働きやら奴隷連中までを含めた、かなり雑多な者達の集まりだ。
30年前の滅びの7日間のときには、王都内の隠し通路や地下からの脱出路に詳しかった連中が、逃げ延びたい貴族を逃がす為の案内をしていた。
が、ある時横暴な貴族に忠義を誓い命懸けで逃がすより、逃がす代金として財産を脅し取る方が賢いと気づいた者が居て、さらには逃がすと言って誘い出した後に身ぐるみを剥いで邪術士達に突き出す事までし始めた。
そうやって財を集めた後に、いよいよ自分達の身も危ないとなったら、一味に従ってた中の反主流派とも言える一派を追い出し囮にして旧王都を脱出。
様々な遺跡、砦、集落を転々としつつ集合離散を繰り返し、5年前の王国軍によるクトリア王都の邪術士討伐に合わせて帰還。
現在の構成員は300人とも400人とも言われる大所帯で劇場跡を占拠し、三大ファミリー入りを果たした。
連中お揃いの赤いサーコートは、元々はその劇場等の高貴な身分の方々も来られる娯楽施設での警備兵の制服だった。
華美で華やかな劇場に無粋な鎧甲は似合わないということで作られたらしく、正直実用性より見た目重視。
単純な戦闘能力ではクランドロールを下回ると思われているし、事実としてそうなのだろうが、人数と情報戦、そして陰に隠れた陰謀においては頭一つ抜けていると言う。
これには、母体となった連中の中に密偵達が居たことも関係している。
そして今は劇場で賭事の他に酒と娯楽を扱って商売をしてるが、それも母体となった集団に楽士や道化が居たことに由来してる。
「酒は、俺達が、買う」
立ち上がると“鉄槌頭”のネロスは、“気取り屋”パコより頭二つほどデカい。
威嚇するように上からパコを睨みつけるが、パコは逆に目を合わせて半目で睨み返し、
「協定を破るのか? クランドロールはよォ~?
良いのか~? 協定破りは、貴族街の全てを敵に回すんだぜェ~?」
不敵な顔で薄ら笑い。ただし、目だけは笑って居ない。
協定。つまりは貴族街の真の支配者である“ジャックの息子”による三者協定だ。
滅びの7日間以降クトリアを支配していた邪術士達が、遠く離れたティフツデイル王国版図内で“血の髑髏事件”を起こすため秘密裏に使っていた古代ドワーフ遺跡。
正統ティフツデイル王国軍がそこの転送門を奪い、逆に旧王都へと侵攻、邪術士達を討伐したのが5年前。
しかしその後王国駐屯軍は、転送門のある遺跡と 魔力溜まりまでは支配したものの、クトリア全土を制圧するのには兵力が足りなかった。
正統ティフツデイル王国の南には辺境四卿が陣取り、西方は聖光教団を擁するティフツデイル教国。
東には広大な闇の森が広がり、ダークエルフに闇の主が独立勢力として存在。さらには東方騎馬民族のシャヴィー人もいずれ勢力を盛り返すだろう。
南には新興の犬獣人の帝国が版図を広げつつあり、北方人達も、帝国という大きな支えが無くなった今、かつてのような属国扱いにいつまでも甘んじているとは思えない。既にいくつもの部族が帝国からの独立を宣言し、北からの貢ぎ物は年々減ってるらしい。
まあ詰まるところ王国軍は本土防衛に忙しく、クトリアにまで手が回って居ないということで、そこがこの“三者協定”に関わって来る。
“ジャックの息子”が何者かを正確に知ってる者は居ない。
ただ、王国軍により邪術士達が討伐され、支配者不在となったクトリア旧王都の覇権を、現三大ファミリーをはじめとした諸勢力が争って居る最中に、強力なドワーベン・ガーディアンの軍勢を率いて現れた。
そのドワーベン・ガーディアン達はその以前には 魔力溜まりの防衛をしていた物で、王国軍が侵攻した際には非常に仰々しい出迎えとともに、「“ジャックの息子”は王国駐屯軍を歓迎し、魔力溜まりの権限を移譲する」と宣言したらしい。
正統ティフツデイル王国とはそのときに“同盟”を結んだことになる。
そして王国駐屯軍が魔力溜まりを支配する代わり、“ジャックの息子”は旧王都を支配し、現在三大ファミリーと呼ばれる三つの勢力に協定を結ばせた。
一つに、“ジャックの息子”は彼等の貴族街での商業活動を認めるが、その代わりに忠節を誓うこと。
そして三者は決して争い合わず、そうなった場合“ジャックの息子”はその庇護を与えず、地位を剥奪する、ということ。
その他の細かい取り決めはあるが、基本はとにかく、「“ジャックの息子”に逆らえば、たちまち貴族街内での特権的地位を奪われる」、ということだ。
それらの国際状況や貴族街の概要、勢力及び人物評等は、既に情報屋の半死人、“腐れ頭”から仕入れてある。
クランドロールが強面を使った脅しの外交をすることも、プレイゼスがのらりくらりの搦め手での情報戦を得意とすることも、そして───。
「やぁ~~~、JB~~~。
お客さんだよォ~~~」
狩人の“腕長”トムヨイが連れてきた謎多きマヌサアルバ会が、三大ファミリーの中では唯一、魔術を中心とした結社であるということも。
◆ ◇ ◆
「さて、まずは現物……と行きたいところだが、その前にここに卸している蒸留ヤシ酒の方を味わってもらいましょうかね」
牛追い酒場の従業員がトレイに乗せて運んで来るのは、昨日の試飲会でも好評を博し、サラディーノやイゾッタ婦人を始めとする酒好きの社交家達が噂を広めまくってくれたもの。
その噂をいち早く嗅ぎ付けた貴族街の三大ファミリーの“交渉役”が、今こうしてここに集まって居る。
テーブルに並べられた3つのマグに、指一本分程注がれた透明な液体。
クランドロール副長、“鉄槌頭)”ネロスは、その大きな指でマグを掴むとグイッと一気に煽り、マグを叩きつけるようにテーブルへ戻す。
プレイゼスの“気取り屋”パコは、まず匂いを嗅いで大きく吸い込み、それからゆっくりと味わうようにして飲む。
そして、最後に現れた純白の貫頭衣に純白のトーガを身に付け、純白の布を頭に巻いて額のところを紐で留めた上、さらには顔の上半分を覆う純白の仮面を着けた性別不詳のマヌサアルバ会の使者。
その使者はパコ同様に目と鼻でその中身を確認すると、無言ですっと立ち上がり去ろうとする。
「おおっと? “美食”が売りのマヌサアルバ会は、もうお帰りか~?」
“気取り屋”のパコが眉根を軽くあげてそう揶揄するように言うと、
「この程度の酒ならば、わざわざ我らが扱う程では無い」
と一刀の元に切り捨てた。
「それじゃあ、コッチのはどーだい?」
進路を塞いだブルの手には、もう一つのマグ。
前のと同じ位の量を注がれたそれにあるのは、先ほどの透明の透き通った蒸留酒ではなく、琥珀色をした熟成蒸留酒。
それを見るや表情の見えぬ仮面の奥から鋭い視線を送って来る。
「深い……熟成させているな……?」
「ああ? 熟成ィ~~?」
マヌサアルバ会の使者の言葉を、“気取り屋”パコが復唱する。
「一年……いや、二年か……?」
マグを奪い取り、薫りを鼻孔へと吸い込みながら目を閉じている。
「そいつは三年物だ。
今ここには無いが、五年物までなら用意できる」
「五年!?
一体どこで……!?」
今にも組み付かんばかりの声の調子だが、自制心からかプライドからか態度だけは落ち着いたていを取り繕っている。
「申し訳ないがそれは秘密にさせてもらう」
「へぇ~~、そいつは興味深いねェ~」
茶化すような“気取り屋”パコだが、矢張り目だけは笑っていない。
「ヤシ酒は王国版図内では造られていない……つまりクトリア領内で造られているはず……。
蒸留酒というだけならブドウのかすとりも造られているし、それならば我々も輸入している。
だが、熟成技術や酒職人の多くは長い混乱期に失われているものが多い。
いつから……? 王国軍による王都解放から既に……?」
ブツブツと口の中で呟くマヌサアルバ会の使者は、完全に自分の世界に入り込んでしまっている。
「まあまあ、とにかく皆さん、一杯ずつ」
他の二人にもマグを渡し、三人ともがそれぞれに味わう。
やはり無言で一気に呷り、先程より強くマグを叩きつけて割ってしまう“ 鉄槌頭”ネロス。
一口含んで、しばらく言葉を失い黙ってしまう“気取り屋”のパコ。
そしてようやくマグに口をつけて、陶然とした溜め息を吐くマヌサアルバ会の使者。
「……量は、どれだけある?」
白い仮面の奥からそう問い掛ける声には、先程までの傲慢な侮りは微塵もない。
「今日中に渡せるのは、一樽。
来週以降になりゃあもう少し出せるが……最初の一樽を渡せるのは……」
「三大ファミリーの中で一つだけ……ってか~?
ったく、憎いねェ~、オタク」
「今夜」
ブルがマグを掲げてそう宣言をする。
「入れ札での入札をする。
支払いは即金。最低金額は金1500から」
三者三様に表情を変え……或いは表情を変えずに、それに聞き入る。
「貴族街でこの特上熟成蒸ヤシ酒を“一番最初に”仕入れられるのがどのファミリーになるかは、それで決まる」
◆ ◇ ◆
支払いが即金となれば、入札金額分は必ず持ってくる事になる。
この世界にゃクレジットカードも、それに類する便利な魔導具もないし、王国ならまだしもクトリア領内で信用手形なんて有り得ない。
いつもニコニコ現金払い。それがここの常識だ。
で、そーなりゃ当然、相応の人数で守りを固める必要がある。
そこが、まず第一の狙い目だ。
夕方に連絡が入りあちらの様子も確認すると、連中の動きや目論見も見えてくる。
入札自体はブルの仕切り。俺はここからはもう一つの仕事に専念だ。
「悪いな、マランダ。何度も使わせて貰ってよ」
「あら、気にしてたみたいに言うのね」
「悪ィ、実は気にしてねえ」
「だろうと思った。
それより、酒場であるウチの店で、余所の店に卸す高級な酒の入札をするってコト自体、普通はどうかって話よ?」
「この店での売れ線の醸造酒と、非熟成の蒸留酒は優先的に卸すんだから、そこは勘弁してくれよ」
カウンターでおどけてそう言うが、勿論マランダはその辺の利点も承知済み。
熟成蒸留酒の方は、最低でもこっちに卸す蒸留酒の二倍以上で売れる筈だ。
勿論特別サービスの初回限定価格ではない方の、だ。
どこが競り落としたにしろ、とにかく最初のうちはもったいぶったプレミア価格で店に出すはず。
で、そうなれば「そこまではなかなか手を出せないが、それでも噂の良い酒は飲みたい」という客が、あぶれてこっちに流れてくる。
貴族街と旧商業地区ではそうそう客層は被らないが、この酒があれば普段はこちらに来ないある程度の中流以上の客層や王国軍関係者をも呼び込める。
言わば彼ら貴族街の三大ファミリーが、大金を払ってこの店の宣伝をしてくれるようなものだ。
「ま、正直ウチの店の格じゃあそこまで高い酒は出せないからね。
色々落ち着いたら、瓶で数本くらいは回してよ」
「ブルが許したらな」
「はァ~、シブいのねェ~あのコ」
溜め息混じりのに肘を突くマランダに、
「ま、それよりもお待ちかねのお楽しみタイムがもうじきある。
そっちを楽しみにしててくれ」
「あら、今日イケるの?」
「まあ……多分な。
帰りに仕掛けてくる可能性が一番高い」
「人手はいる?」
「大丈夫だ。今もきっちり張り付いてる」
「怖い怖い。あンたを本気にさせたら、全部手の内ね」
「ンな事ァねェさ。
ただ前にも言ったが、俺は殺し屋じゃねえから殺す前提じゃあやらねえぞ?
その代わり、死ぬほど怖い目には遭ってもらうだろうけどな」
そう言う俺に向けられたマランダの笑顔は、嗜虐的でありながらも、驚くほどに美しく見えた。
……多分、錯覚だな。
【左から、
“気取り屋”のパコ
“鉄槌頭”ネロス、
マヌサアルバ会の使者】
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